9月25日:オキシトシンに対する反応の男女差のメカニズム(9月22日Cell掲載論文)
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9月25日:オキシトシンに対する反応の男女差のメカニズム(9月22日Cell掲載論文)

2016年9月25日
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   感情や行動が男女で異なることは人間も動物も同じで、このような男女差を神経細胞レベルで明らかにしようと研究が進んでいる。特に遺伝子操作技術や光遺伝学が開発されこの研究分野は大きく進展した。例えば、視床下部のプロゲステロン受容体発現細胞を除去する研究から、この操作による社会性の低下はオスメス同様だが、攻撃性の低下はオスでしか見ららないことや、あるいはエストロジェン受容体を発現している細胞を光遺伝学で刺激すると、やはり求愛に関わる社会性は両性で低下するが、光刺激による攻撃性はオスだけで見られることが報告されている。このように、複雑な行動上の性差を生み出すメカニズムが徐々にわかってきている。
   今日紹介するロックフェラー大学からの、論文はさらに複雑な、オキシトシンに対する反応の性差を説明しようとした研究で9月22日号のCellに掲載されている。タイトルは「A cortical circuit for sexually dimorphic oxytocin-dependent anxiety behaviors (オキシトシン依存性の不安行動の性差を説明する皮質回路)」だ。
   この研究の目的は、オキシトシンにより、メスは求愛行動など社会性反応が高まる一方、オスでは不安を取り除く作用が強いという性差のメカニズムを説明することだ。そのため、オキシトシンに反応する細胞を光刺激で興奮させられるよう操作したマウスを作成している。このマウスでは、期待どおり光刺激でメスは社会性の高まり、オスは不安の軽減が見られる。
   次に神経生理学的に、オキシトシン反応性神経の刺激は、皮質第2/3層と第5層の神経興奮を抑制することを明らかにしている。
   次に分子生物学的探索から、オキシトシン刺激による遺伝子発現から、不安反応に関わることが知られているコルチコトロピン結合タンパク(CRHBP)の分泌が鍵となる分子であることを突き止めたあと、オキシトシン反応性神経と、それが支配する第2/3層神経細胞、及び第5層神経細胞のサーキットに関わる分子機構を、主に脳スライス培養法を用いて検討し、次の結論に至っている。
1) オキシトシン反応性の介在ニューロンは、第5層の社会性に関わる神経と、第2/3層のストレスによる不安反応に関わる神経に影響を持つ。
2) オキシトシン刺激はGABAを通して第5層の社会性反応を抑えるとともに、CRHBP分泌により第2/3層の不安反応を抑える。
3) メスはもともと不安行動に関わるコルチコトロピン受容体が低く、これを埋め合わせるためコルチコトロピン濃度が上昇しているため、この経路の阻害剤であるCRHBPの分泌が少々上昇しても不安反応を抑えるには至らない。従って、GABA反応だけが目立つ。
4) 一方オスではCRHの濃度変化に感受性が高くできており、オキシトシンによるCRHBPの分泌で不安を抑える反応が強く出る。
なぜオスでGABA反応が低下するかについては説明が不十分と思えるが、オキシトシンの機能を理解する上では極めて重要な貢献だと思う。
  オキシトシンは社会性のホルモンとして、実際の臨床にも使われ始めている。ただ、これらは経験論的な研究が根拠となっており、今後これをより詳細なメカニズムに詰める必要がある。その意味では、オキシトシンの機能についての光遺伝学的研究はこれからも期待できる。」
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9月24日:オーストラリア原住民アボリジニの歴史(Natureオンライン版掲載論文)

2016年9月24日
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   オーストラリア原住民アボリジニは、パプア・ニューギニア原住民から別れてオーストラリア全土に分布した民族で、様々な点で我々アジア人と異なっている。中でも、シベリアで発見されたデニソーワ人の遺伝子を最も多く受け継いでいることが明らかになって以来、民族の形成過程に興味が集まっていた。また、オーストラリアの砂漠は寒暖の差が激しい。この条件で暮らすアボリジニは、裸のままで低温に耐える能力もあり、この起源を知るためにも、アボリジニ民族形成全過程を明らかにする必要があった。
   今日紹介するデンマーク、オーストラリア、スイス、そして英国の研究施設が共同で発表した論文はアボリジニ民族形成史をゲノムから再構成した研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「A genomic history of Aboriginal Australia(オーストラリアのアボリジニのゲノム歴史)」だ。
  研究ではオーストラリア各地に暮らすアボリジニ83人と、高原に暮らす25人の全ゲノムを高いカバー率で解読し、アボリジニと全世界の様々な民族、及びすでに絶滅したネアンデルタール人、デニソーワ人のゲノム比較して、それぞれの民族との分離の時期、また分離後の性的交流の頻度などについて計算している。
   全ての現代人はアフリカから北へと移動した先祖由来だとすると、長い移動距離が必要な南半球のアボリジニはかなり早い段階でアフリカから移動を始めた先祖に由来すると考えられていた。ただ、アフリカからの移動は何波にも別れて行われたのか、一回きりなのかは明確でなかった。この研究はまずこの点について検討し、おそらく7万年前後にアフリカから離れ、アジア、ヨーロッパ民族を形成した先祖と同じ起源であることを示している。
   分離後早い段階で、まずネアンデルタール人、その後デニソーワ人との性的交流を持っている。一方、デニソーワ人のゲノムの流入の少ないユーラシア人とはおよそ5万8千年前に分離し、その後4万年前後に、アジア民族とヨーロッパ民族が別れている。その後、アボリジニとパプア・ニューギニア民族は2万年ほど一つの民族として過ごし、アボリジニのオーストラリアへの移動時期に3万7千年前後に分離している。
   この民族の系統が分離する歴史に、別れた民族同士の性的交流が重なる。例えば、デニソーワ人と現代人が別れたのは3−40万年前だが、5万年ぐらい前にも性的交流があることが遺伝子からわかる。同じように、別れた民族同士も交流が続くが、アボリジニの場合、パプア・ニューギニア・アボリジニ同士より、1万年ぐらい前から東アジア人との性的交流が強い。さらに、約4万年前後になんと東アフリカと、西オーストラリアアボリジニとの性的交流が見られることで、当時からアフリカ人は海に漕ぎ出す冒険家だったことがわかる。
   最後に、アボリジニは甲状腺機能と尿酸代謝に関わる遺伝子に特有の変異を持つことが特定された。甲状腺機能は低温に対する耐性、尿酸代謝は水の少ない砂漠の生活に適応したと考えられる。
   ゲノムからわかる民族史を見ていると、常に民族は性的交流を繰り返し、また地球は狭いと実感する。
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9月23日:スタチン治療の総括(9月8日号The Lancet掲載論文)

2016年9月23日
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   LDLコレステロールを下げる薬スタチンは、生活習慣病に対する薬剤としては医師が処方する薬のトップに位置するだろう。スタチンのLDLコレステロールへの効果を最初に明らかにしたのは、1980年代に三共の遠藤章博士と大阪大学との共同研究で、この業績により遠藤博士は2008年ラスカー賞を受賞している。
  スタチンがLDLコレステロールを下げることについては、何百、何千もの臨床研究により証明されているが、これまで2つの問題が常に指摘されてきた。一つは、LDLコレステロールを下げたところで、心臓発作や卒中患者数は低下しないのではという疑問で、もう一つは横紋筋融解を始めとする様々な副作用が長期投与で現れるのではという心配だ。私の経験でも、スタチンは長期効果がないと信じている医師は多い。
   またスタチンがこれほど広く処方されると、メディアで取り上げられる機会も多い。スタチンの問題について報道されると、10%の人がスタチンをやめるというデンマークの調査がある。また英国では報道により患者さんがスタチンをやめることで、2000から6000の心臓発作が増えるという試算までされている。
   このようにメリットとデメリットの判断をめぐって、常に議論の的になってきたスタチンについて、医療統計学のプロの視点から論文を読み直し、「医師、患者、そして市民が心臓や脳血管障害を防止するため適切な判断を下す一助となることを目指した」総説が、英国医学協会とオックスフォード大学から9月8日号のThe Lancetに発表された。タイトルは「Interpretation of evidence for the efficacy and safety of statin therapy (スタチン治療の効果と安全性についてのエビデンスについての解釈)」だ。
   30ページに及ぶ長い総説で、到底全てを紹介することはできない。ただ、医師にはぜひ全てをじっくり読んでいただきたいと思う。
   最初、先入観を排して論文を調べることの重要性を強調するため、治験論文の評価の方法について、様々な視点から議論している。最終的な結論は、無作為化、偽薬、2重盲検が大規模治験の必須条件で、これに合わない論文には気をつけろという当たり前の話ではあるが、これ以外の観察研究の長所、短所についても考察されており、一般医師や学生の教材としても優れているように思った。
   このようにプロの視点とは何かを説明した後、これまで発表された治験論文から得られた様々な結論の再評価を行い、明快な結論を提出している。
1、 スタチンの効果
    LDLコレステロールを下げることで、間違いなく動脈硬化により心臓発作を少なくとも20%低下させることができる。LDL コレステロールを2mm/lに低下させると45%心臓発作が減る。また、心筋梗塞などによる死亡も1mm/l下げると12%程度減らすことができる。
  一方、ガンや感染防止についての報告は証明されているとは言えない。
2、 スタチンの副作用
   確実な副作用は、横紋筋融解で、頻度は10万人に2−3例で、スタチンを止めれば治る。
  糖尿病や脳出血の発症がスタチン服用で上昇するという報告は信用できる。ただ、この頻度と、スタチンによる全体の死亡率の低下から考えると、この副作用がスタチンを避ける理由にはならない。
   これ以外に、発ガン率が上がる、認知症が起こるなどの多くの報告がある。特に、英国MHRAは副作用のリストに認知障害の可能性を加えている。しかし、根拠となった研究は観察研究が中心で、2重盲検無作為化試験の結果では相関が認められておらず、この論文では副作用リストから外すよう勧告している。他にも、白内障、腎障害、一般健康障害など、これまで指摘された問題に対して丁寧に評価を行い、全て問題なしと断言している。
   以上、スタチン全面支持をうたった総説で、異論もあるかもしれないが、効果と副作用を科学的に検証することがどんなことかが大変よく判る論文だった。あらゆる医療介入は、このような冷静な立場で評価し、医師や患者に提供して欲しいと思う。
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9月22日:卵から胚へのエピジェネティックシフト(9月22日号Nature掲載論文)

2016年9月22日
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    「どんな動物も最初は母親が卵の中に用意したmRNAを使って初期発生をスタートさせる。その後、自分の持つゲノムから転写が始まるが、この間母親側と、父親側の染色体のクロマチン構造は全く別の構造をしており、それぞれのクロマチン構造は大きく変化する。」と私たちはほぼ確信しているのだが、実際の初期発生過程でクロマチン構造の変化を詳細に調べた研究はなかった。
   この最大の理由は、クロマチン構造を調べる様々な方法が、発生初期の各細胞で使いにくいことがある。個体発生では遺伝子は全く変化せず、遺伝子発現を調節するクロマチン構造だけが変化することから発生=エピジェネティックスの問題だと言えるし(http://www.brh.co.jp/communication/shinka/)、発生段階でのゲノム全体にわたるエピゲノムが示されてきた。しかし、これまでのエピゲノムマップは一定数以上の細胞が得られる培養細胞を中心に行われ、実際の胚細胞、特に細胞数の少ない初期発生については、調べたくても調べる方法がなかった。
   今日紹介する中国精華大学とノルウェーオスロ大学から別々に9月22日号のNatureに発表された論文は、少ない細胞数で染色体沈降法を用いてゲノム全体のクロマチン構造を調べる方法を開発し、H3ヒストンのK4me3状態を比べた研究だ。オスロ大学の論文がおそらく先に投稿され、同じ研究を行っていた精華大学が大至急論文を書いたと思われる。今回は、わかりやすさの点も含めて精華大学からの論文を紹介する。タイトルは「Allelic reprogramming of the histone modification H3K4me3 in early mammalian development (初期哺乳動物発生でのH3K4me3ヒストン修飾の対立遺伝子それぞれのリプログラミング)」だ。
   すでに述べたが、両方の研究とも、そのハイライトは200個程度の細胞があれば、正確にゲノム全体のヒストン標識を解読できる独自の方法の開発だ。これは小さな改良の積み重ねだが、発生研究にとっては重要だ。ただ、示された結果は、卵が一回、2回、3回と分裂する過程でH3K4me3型のヒストン修飾がどう変化するかを調べた現象論的研究と言える。
   通常の体細胞では、プロモーター近くのH3K4me3型ヒストン修飾が存在することが遺伝子転写に必須の条件だ。したがって、胎児ゲノムが発現し始める初期過程でH3K4me3を調べることは重要だ。
   この研究からわかった結論をまとめると次のようになる。
1) H3K4me3の分布は受精後から2細胞期の間にグローバルに変化する。
2) 卵、精子はそれぞれの発生過程で体細胞とは完全に異なるユニークなH3K4me3パターンを獲得している。
3) 精子は、ゲノム全体にわたってH3K4me3が低下しており、発生によりプロモーター部位がH3K4me3に変化する。
4) 卵子は、体細胞とは全く異なるH3K4me3の分布を示し、これはDNAのメチル化部位と強く相関する。
5) これらの配偶子型ヒストン修飾は、2細胞期後期から4細胞期にかけてリプログラムされる。この引き金は、分裂ではなく、胚のゲノムからの転写が関わることも示している。
これ以外に最も重要な発見は、もともと転写オン型のヒストン修飾と考えられているH3K4me3は、卵型の場合転写抑制に関わることだろう。またこのような卵型のヒストン修飾は哺乳動物からしか見られないようだ。
  現象論だが面白い。一般の人は、一回の分裂でこれだけ大きな変化が起こって初めて発生が正常に進むと理解してもらったらいい。今後他のヒストン修飾がわかってくると、発生=エピジェネティックスが最もよくわかる発生段階として研究が進むと期待する。
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9月21日:動物園の猿は腸内細菌叢がヒトに似る(9月13日号米国アカデミー紀要掲載論文)

2016年9月21日
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   現代人特有の問題になっているメタボリックシンドロームや免疫異常の発症に、食生活を中心とする生活習慣によって変化した腸内細菌叢が関わるという考えが広がってきた。腸内細菌叢の変化とは何かを明らかにするため、都会から田舎に暮らす人間、さらには文明から無縁の生活をおくる未開の民族の大便を集めて腸内細菌叢が比べられている。この結果見えてきたのは、食生活では極めて乏しい生活をしているように見える未開の民族ほど、腸内細菌叢が多様で、現代化、都会化によりこの多様性が失われることだ。そして、この理由が動物性脂肪が多い一方、植物性繊維が乏しい現代の食生活ではないかと考えられている。
   今日紹介するミネソタ大学からの論文は、現代化、都会化が腸内細菌に及ぼす影響について極めてユニークな視点で迫った研究で9月13日号の米国アカデミー紀要に掲載された。タイトルは「Captivity humanizes the primate microbiome(霊長類の細菌叢は飼育によりヒトに似てくる)」だ。
   タイトルに示されているように、もし人間の都会化、現代化が腸内細菌叢に大きな影響を持つなら、同じ傾向が動物園の猿にも見られるのではと着想したのがこの研究の全てだ。
  実際には、ホエザルと尾長ザルの便を、野生、保護区、そして様々な動物園から集め、細菌叢を16SリボゾームRNAの遺伝子配列から調べ、動物を人工的に飼育することの影響を調べている。
   尾長ザルで一番詳しく調べられているが、結果は野生、保護のための飼育、そして動物園での飼育と、野生が失われるに従って、人間の細菌叢に近づいてくるという結果だ。
   この変化の主要部分は、BacteroidesとPrevotellaという野生の霊長類には見られない細菌の割合が上昇することだが、これ以外にも多くの細菌が変化している。
   面白いのは、ホエザルの飼育により起こる変化のそのままの延長線上に、都会化していない人間、そして都会化した人間がいることだ。一方、尾長ザルの方は動物園での飼育により細菌の種類が大きく再構成している点だ。
   この変化の原因を様々な要因について調べているが、結局食事の変化に絞られている。動物園の餌と、野生の餌の比較を中心に、違いを詳しく調べている。その結果、
1) 餌の多様性が動物園の飼育では極端に低下する、
2) 摂取植物繊維の量が減る、
3) 新しい植物摂取の指標である葉緑体などの植物DNAが飼育により低下する
などを明らかにしている。もちろんサルは常に植物性の食事をしているので、単純な植物繊維の量だけでなく、多糖体中心の植物繊維への変化が最も重要な要因だとしている。
   具体的な結果は地味な感じで、歯切れが悪い感じがする。やはりこの研究のハイライトは動物園のサルを対象に選ぼうと考えた着想の妙にある。
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9月20日:体温中枢(9月22日号Cell掲載論文)

2016年9月20日
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    昨日に続いて脳研究を紹介したいと思っているが、認知や記憶ではなく、体の体温の調節の話だ。
  私たちの体温は狭い範囲に収まるよう、自律神経系を通じて熱の産生量や散逸を調整し、同時に暑さや寒さに対する一定の行動パターンを誘導して熱調節をより安定なものにしている。私たちが猛烈な暑さや寒さに急速にさらされてもなんとか体温を維持できるのは、この自律神経と行動制御が短時間に誘導できるからで、どちらが欠けても死が待っている。
   今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、暑さにさらされた時、体温の上昇を防ぐ過程の司令塔になっている中枢を特定した研究で9月22日号の Cellに掲載された。タイトルは「Warm-sensitive neurons that control body temperature (暑さを感じて体温を調節する神経細胞)」だ。
   これも光遺伝学を用いた研究だが、体温中枢の場合遺伝子操作する神経細胞が完全に特定できていない。したがって、この研究はまず体温中枢と考えられる視床下部視索前部のどの神経細胞が高温に反応して興奮するのかから調べている。
   まず興奮する細胞ではタンパク翻訳に関わるリボゾームタンパクの一つがリン酸化されることに着目し、リン酸化したリボゾームに結合しているmRNAを調べて、熱に対して反応的に上昇する遺伝子を特定している。この実験から、神経増殖因子BDNFと松果体アデニルシクラーゼ活性ペプチドPACAPを発現している細胞が、熱を感じて興奮することを突き止める。これにより、PACAP遺伝子を指標にこの神経を操作する道筋がついた。
   次にPACAP発現細胞の興奮が光でモニターできるよう操作したマウスを使って、この神経の興奮が30度以上の熱によりほとんど数秒という単位で誘導されるが、低温には全く反応しないこと、そして熱の感知は皮膚のセンサーからの刺激で起こっていることを明らかにしている。
   次はこの中枢細胞を光遺伝学を使って刺激する機能実験を行い、
1) 刺激により、褐色脂肪細胞での熱産生が抑えられ、尻尾の血管が拡張して熱を拡散させることで体温が下がる。
2) マウスを温度の低い場所に移動させ、低温で誘導される巣作り行動を抑制する。
ことを明らかにしている。すなわち、自律神経及び行動を同時に制御する神経細胞であることを示している。
  最後に、熱を作る自律神経系に直接作用しているかどうか、視床下部背内側への投射を調べ、今回特定された神経の90%がこの部位へ投射していることを示している。残念ながら行動制御に関わる神経結合については特定できていない。
   以上、神経の特定から生理学まで大変な力作で、この結果1)皮膚の末梢神経、2)視床下部前視索領域のBDNF+CAPRA発現GABA作動性神経、3)視床下部背内側、4)褐色脂肪酸と尾部血管という、暑さに対する神経回路が明らかになった。
   この論文を読みながら、日本人と欧州人の温度感受性の差について考えていた。神戸の発生再生研時代、私のラボにはフランス、ロシア、スウェーデン、ドイツなど様々な国から研究者が集まっていたが、夏になるとクーラーの温度を巡って日本人とトラブルが起こった。要するに彼らは暑がりだ。おそらく、これは皮膚のセンサーの違いにあると思うが、しかしこれだけ反応が違っても、同じように温度が維持されるのは不思議な気がする。この論文も力作だが、やはり一編の論文で片がつくほど簡単なメカニズムではなさそうだ。
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9月19日:記憶を固める脳回路(9月7日号Nature掲載論文)

2016年9月19日
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   歳をとると記憶力が落ちるのはよく理解しているつもりでも、昨夜何を食べたかすぐ思い出せないことがあるとぞっとする。しかし、例えば1週間前でも、旅行先で食べた食事は鮮明に思い出せるので、心配することはないと思っている。このように、日常の経験が記憶として残るかどうかは、経験した時の状況に影響される。一般的に、新しい状況で刺激を受けた時の記憶は残りやすい。この新しい状況が記憶を高めるメカニズムについては、これまで腹側被蓋野(VTA)から海馬に投射する神経が、海馬記憶回路の結合を高めることで記憶が固まると考えられてきた。
   ところが、今日紹介するエジンバラ大学からの論文(Takeuchiさんというおそらく日本人が筆頭著者だ)は、VTAではなく青斑核(LC)から海馬へ投射する神経が記憶の固定に関わることを、マウスと光遺伝学を使って示した研究で9月7日号のNatureに掲載された。タイトルはズバリ「Locus coeruleus and dopaminergic consoledation of everyday memory (青斑核とドーパミンによる毎日の記憶の固定)だ。
   この研究では毎日の記憶が新しい環境で過ごすことで固定しやすくなるメカニズムについて、光遺伝学が利用しやすいマウスを用いて研究している。このため、マウスに餌の場所を覚えさせた後、30分ほどして真っ赤な床敷きの中で過ごさせ、記憶の固定を調べるという課題を設計している。結果をみると、場所の記憶は通常24時間で失われるが、新しい環境で過ごすと記憶が固定されている。
   次に、新しい環境に反応して記憶を固定させる神経が、これまで考えられてきたようにドーパミン神経かどうか、ドーパミン神経だけがチャンネルロドプシンを発現するように操作したマウスを用いて実験している。
   まず光で興奮する神経を特定して、実際に新しい環境に反応して興奮するか調べ、ドーパミン神経が存在するVTAとLC両方が新しい刺激で興奮することを確認している。
   次に、VTAとLCにCreリコンビナーゼを注射して神経を蛍光色素でラベルし、その投射を調べた実験から、通説に反し海馬に投射するのはLCのドーパミン神経であることを示している。
   そして、最後にLCを刺激すると、海馬のシナプス結合が高まり、記憶が固定すること、そしてこのLCがノルアドレナリンの刺激を受けて興奮する神経であることを示している。
   この結果は、海馬での記憶の固定を、新しい環境によって刺激されるLC細胞の海馬への投射が重要であることを示した重要な貢献だ。特に、LCがアルツハイマー病や自閉症、さらにはMECP2遺伝子異常に重要な関わりを持つことが注目されている今、この発見を基盤にこれらの疾患を見直すことは重要ではないかと思う。また、新しい環境によるドーパミン回路の活性化は、これまでの報酬回路とは異なる記憶のメカニズムだとすると、私たち高齢者にも重要なヒントになるように思う。
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9月18日:アルコール酵母は人間の歴史を語る(9月8日号Cell掲載論文)

2016年9月18日
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どんな目的で人が集まっても、酒についての話題が始まると、本来の目的を忘れて話が盛り上がる。半分はアルコールの脳に対する作用のせいだが、もう半分は酒との付き合いが、多くの人たち(少なくとも私たち夫婦)の、生活を語り、歴史を語り、民族を語り、国際性を語るからだろう。
   同じように、酒は人類とともに進化し、その多様性は各民族の文化の一部を担ってきた。だからこそ、酒の話題になると誰もがウンチクを語りたがり、話が終わりなく続く。驚くのは、この多様性の全てが、発酵に関わる出芽酵母C.Cervisiaeの多様性を反映していることだ。
   この多くの酒好きのウンチクをさらに深めてくれる論文がビールの国ベルギーから9月8日号のCellに発表された。タイトルは「Domestication and divergence of saccharomyces cervisiae beer yeasts(ビール酵母S.Cerevisiaeの利用と多様化)」だ。
   この論文では様々な酒類の発酵に使われる酵母157種類についてゲノムを調べ、酵母ゲノム変化と、そこから醸し出される酒の特徴とを相関させようとした研究だ。したがって、この論文はゲノムについての研究とはいえ、自然科学の研究というより、文化人類学についての研究と言っていい気がする。実際、特定の生物のゲノムを100や200解読したからといって、Cellの編集者の支持は得られないだろう。まさに、誰もがウンチクを語り始める酒についての核心に迫る面白さがあるから、この論文がレフリーや編集者に支持されたのだろう。おそらく編集者が全くの下戸ならこの論文は採択されなかったはずだ。まさに酒好きのための論文で、かくいう私も酒を思い浮かべながら楽しく読んだ。
   結論をまとめるとすると、「酒を作る時の酵母には人類の歴史・文化、そして嗜好までもが記録されている」と説明すれば十分ではなかろうか。
   ただ、次の酒の席でウンチクを語りたいあなたに、少しだけ知識についてもまとめておこう。
1) 世界中でアルコール醸造のために使われる酵母は、ほんの数種類の先祖から由来している。
2) 中でもビール酵母の多様性は大きく、英国やヨーロッパ本土のビール酵母の多様性は著しい。一方、アメリカのビール酵母は、私たちが感じているように多様性は少ない。
3) 酵母の系統の確率は、17世紀で、微生物学の概念が生まれるより前からそれぞれの土地で、人間の手で系統化された。
4) ビール酵母は醸造から醸造へと培養を続けていくので、すでに胞子形成能力を失っている。一方、ワイン酵母は、ブドウや昆虫とともに自然を生き続けているので、胞子形成能や自然ストレスへの耐性が維持されている。
5) ビール酵母は、2種類の異なる先祖から由来しているが、目的が同じであるため、匂いや味に関わる遺伝子の変化がほとんど同じになっている。
6) ちょっとマニア向けのウンチクだが、ビールだけでなく、日本酒やワインでも嫌う、強いスパイシーでクローバーの匂いは主に4VGという物質由来で、この物質を作る酵素は酵母から除かれていることが多いが、この匂いを特徴とするドイツのヴァイツェンビール酵母では、きちっと維持されている。
  他にもスピリットの酵母、日本酒の酵母について面白い話が目白押しだが、もう紹介しきれない。要するに、酒の酵母は文化の歴史を記録しているという話だ。そして、この文化と酵母のゲノムを組み合わせると、新しい味を生み出せる可能性まで示している。ひょっとしたら21世紀のコスモポリタン文化が、この論文から生まれるような気がする。
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9月17日:賢いカラス、アララ(9月15日号Nature掲載論文)

2016年9月17日
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    ヒト以外に言葉を使う動物はいないが、道具を使う動物は数多く存在する。個人的見解だが、道具や言葉といった、自己の外にあるものを自分の体の一部として使う能力には、物語(実際に起こっていないこと)を構想する能力が必要になる。このため、道具を使う動物を研究する時、その動物が物語を実際に起こったことから獲得したのか、あるいは全く経験していないことを物語として構想したのかが問題になる。
   今日紹介する英国のセントアンドリュース大学からの論文は、ハワイに住んでいたアララと呼ばれるカラスは、経験したことのない物語を構想する能力を持っていることを証明した論文で9月17日号のNatureに掲載された。タイトルは「Discovery of species-wide tool use in the Hawaiian crow(ハワイのカラスの種に広く見られる道具の利用の発見)」だ。
   私は朝5時半過ぎからウォーキングしてからこの原稿を書くことを日課にしているが、春から夏にかけてカラスの群れが上手にゴミ袋から餌をつまみ出しているのを見ていつも驚いている。実際ニューカレドニアのカラスが道具を使って餌を摘み出す賢い鳥であることは報告されてた。ハワイに住んでいたカラスの一種アララも道具を使う賢いカラスとして知られていたようだが、残念ながら野生のアララはほぼ絶滅し、現在は保護繁殖されているアララだけが存在している。この状況を利用して、研究グループはアララの道具を使う能力が、経験で獲得したものか、あるいは経験しない物語を構想しているのか調べている。
   繁殖保護されたアララのほとんどが、木の穴に潜む昆虫の幼虫を、その穴にあった小枝を使っておびき出す離れ業を使って取る。この研究では、このような経験を一切できないようにした環境で育てたアララでも、人工的に作った状況で必要が生まれると、道具を使って昆虫を採るという物語を構想できるかどうかを調べている。
   詳しい結果を解説する必要はないだろう。答えはイエスで、どう考えても小枝と自分のくちばしでは届かない穴をみると、自然に枝を使って昆虫を追い出す行動をとる。しかも長い枝だと、短くしてから使ったり、カラスによっては枝を他の木から折って使うことすらある。これらの事実から、アララは道具を使う能力を生まれつき持っていることが証明されたと結論している。今後、この能力のあるカラスと、ないカラスの脳や遺伝子を比べることで、物語を作る能力の生物学的背景に迫れることになる。
   読者の中には、なんだ観察だけのゲテモノ論文だと考える人もいるかもしれないが、私はこの研究は極めて重要な一歩だと思う。すなわち、同じカラスの中に物語を持つ種と、そうでない種が見つかったということで、おそらく最も進化的に近い種の中で見つかった大きな違いを調べるチャンスが巡ってきたことを意味する。期待してみていきたい。
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9月16日:アトピーになりやすい腸内環境(Nature Medicineオンライン版掲載論文)

2016年9月16日
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    アトピーを定義することは難しい。アメリカ喘息アレルギー学会は、普通に環境に存在する様々な抗原に対して免疫反応を起こしやすい体質と定義しており、この体質を明確に遺伝的体質であると明言している。最近の研究で、この体質の一端が、外界の抗原の進入を防ぐ皮膚のバリア機能の低下であることがわかってきた。この問題の一つの解決法として、保湿剤などを新生児に塗布してバリア機能を補完する試みが国立生育医療研究センターで行われ、高い効果があることが示されている。
  一方、体質以外のアトピーに繋がる要因として注目されているのが腸内細菌叢だ。昨年、生後3ヶ月の乳児の便を調べて、喘息のリスクと細菌叢の構成が相関することが示され、特に注目が集まっている。例えば今年8月このホームページで紹介した、不潔と思われる新生児の指しゃぶりにアトピー予防効果があるというニュージーランドからの研究も、最終的には腸内細菌叢の変化によりアトピーを予防しているのかもしれない(http://aasj.jp/news/watch/5506)。
   今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文はこの問題をさらに掘り下げるため、生後1ヶ月という早い段階の腸内細菌叢とアトピーの相関を調べた研究でNature Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「Neonatal gut microbiota associates with childhood multisensitized atopy and T cell differentiation (新生児の腸内細菌叢は児童の多数の抗原に反応するアトピーとT細胞分化と相関する)」だ。
   研究では生後1−11ヶ月までの乳児298名から便を採取、腸内細菌叢及び真菌の構成を調べている。生後1ヶ月前後で多くのサンプルを集めている点と真菌についても調査が行われている点が今回の研究の重要な点の一つだ。
   実際には何百種類にも及ぶ細菌叢の構成を多くの人間で比べるため、様々な数理解析を重ねる分析が必要だ。例えば、腸内細菌叢の多様性と、真菌の多様性が逆相関することを示すグラフがあるが、実際には大きくばらついている。個体間の多様性についてみると、細菌叢は年齢とともに拡大するが、真菌は逆に収束する。これらの数理解析から、新生児の細菌叢をなんとか3群に分けている。各群で、2歳児時点で様々な抗原に対するIgE反応、あるいは両親からの聞き取り調査による喘息の有病率を比べると、一つの群がアトピーと相関することが認められ、このアトピーリスクと相関する群の特徴をさらに解析している。
   この群の特徴は、細菌叢の多様性が低いこと。特にビフィズス菌、乳酸菌、大便菌,真性細菌の比率が減り、真菌についてはマラセチア菌が減っている特徴を有している。その結果、胆汁由来の代謝物が上昇する一方、アミノ酸や脂肪など多くの代謝物の構成が正常群とは異なることが明らかになっている。
  最後に、便から水で抽出できる成分と末梢リンパ球を混合する実験から、アトピーリスクと相関する細菌叢から炎症性のT細胞がより強く誘導されることが明らかになっている。
   この結果は、期待通り新生児の腸内細菌叢の構成は将来のアトピーリスクと相関すること、そしてこれを標的にした治療が可能であることを示唆している。プレバイオかプロバイオか、小児科領域で重要な分野になると思う。
カテゴリ:論文ウォッチ
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