4月10日:組織再生特異的遺伝子発現(Natureオンライン版掲載論文)
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4月10日:組織再生特異的遺伝子発現(Natureオンライン版掲載論文)

2016年4月10日
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   ゼブラフィッシュ再生研究をリードするグループの一つがKen Possのグループだが、これまではどうしても現象論的研究が多かった。それでも、マウスや人のモデルと比べると、ゼブラフィッシュは驚くべき再生能力を持っているため、我々では想像のつかない実験を示して、楽しませてくれている。もちろんゼブラフィッシュを使う利点は遺伝学を使える点だが、再生時特異的な現象の遺伝学は簡単ではない。今日紹介するデューク大学Ken Poss研究室からの論文は、よりオーソドックスに再生現象に関わる分子生物学的メカニズムを探ろうとする論文でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Modulation of tissue repair by regeneration enhancer elements(再生時のエンハンサー領域を使った組織修復の調節)」だ。
   研究ではまず心臓とヒレの再生を誘導し、再生時に両方の組織で強く発現する遺伝子を探索している。その中で最も強く発現したのがレプチンで、マウスやヒトでは肥満の抑制に関わる重要な分子として研究されてきた。この研究ではなぜレプチンが再生に必要なのかについて深入りせず(面白いテーマだが)、再生時にレプチンの発現を上昇させるエンハンサー領域を探索し、アセチル化ヒストンの結合などを指標に、最終的に彼らがLEN(レプチンエンハンサー)と名付けた領域を特定している。この領域をマウスやヒトと比べると、すでに哺乳動物では大きく変化しており、我々が再生能力を失ったこと呼応する。しかしLENを使うとマウスの指や心臓でも再生時に遺伝子発現が上昇することから、今後再生組織の操作に使えるかもしれない。実際、この研究でも、LENを活性化する分子生物学は全く行わず、この領域を使った遺伝子操作実験に焦点を当てている。結果は当然といえば当然で、LENを使って様々な遺伝子を再生組織で発現させると、再生を止めたり、あるいは細胞の増殖を促進したりすることができることを示している。この結果は、今後の再生研究にLENが重要なツールになることを示している。   内容としてはこれだけで、このエレメントがどのように活性化されるのかなど肝心なところはわからないままだ。少しレフリーも甘いかなという印象がある。しかし、将来への材料としてはかなり期待が持てる。論文でも示されたように、再生組織特異的遺伝子操作のツールとなる。また、哺乳動物への進化の過程で、どのようにこのエレメントが変化したのを明らかにすることも重要だ。そして何より、このエレメントを使って、再生組織だけで遺伝子発現が誘導されるメカニズムを、ゼブラフィッシュだけでなく、マウスやヒトを使った細胞レベルの研究も可能だろう。不満は残るが、期待を持って将来の発展を見ていこう。
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4月9日:未来の薬局(4月1日号Science掲載論文)

2016年4月9日
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  現在、講義を頼まれると、できるだけ21世紀の生命科学全般に共通する課題について話をさせていただくようにしている。しかし医学部で講義をする場合、21世紀の医療に限って話をすることもある。その場合、20世紀の中央集権的社会が、21世紀のpeer to peer社会へと変革するとき医療がどうなるか、ゲノム、IT、コホート、集合知をキーワードに講義を組み立てている。いつも話の最初に、peer to peer社会を象徴する3Dプリンターの普及を見ると、化合物合成機だけが置いてあって、ネットで送られてきた病気やゲノムのデータを元に各人に合致した薬を作ってくれる未来の薬局が21世紀の標準になるかもしれないと、20世紀の遺物にとらわれないことの重要性を強調する。とは言っても、化学合成は私の分野外で、しかも物理と化学は今も最も苦手な領域だ。話していても、実際に具体的イメージがあったわけではなかった。
  ところが今日紹介するマサチューセッツ工科大学からの論文を読んで、これまで学生さんに話していたことも、まんざら妄想だけでないことを知ることができた。論文のタイトルは「On-demand continuous-flow production of pharmacyeuticals in a compact, reconfigurable system (コンパクトで設定変更が容易なオンデマンド連続フロー薬剤合成)」で、4月1日号のScienceに掲載された。
  論文に写真が出ているが、要するに様々な化学化合物を、比較的単純な原材料から合成するための小型合成機を作ったという論文だ。実際写真が掲載されており、ちょっと大型の冷蔵庫ぐらいの大きさだ。機械は、幾つかのタイプの反応槽や精製槽をチューブでつないだ構造を持っている。論文では、すでに合成できている化合物ならほとんどをこの装置で合成できると述べている。その上でこの研究では、抗ヒスタミン剤として風邪薬に入っているジフェンドラミン、局所麻酔薬のリドカイン、セルシンとして知られている精神安定剤ディアゼパム、抗うつ剤として用いられる塩酸フルオキセチンを、同じ機械で、チュービングを変えるだけで全て合成している。もちろん分野外で私にわかるのはここまでだが、一般試薬として手に入る化合物を原料として、少なくとも現在使われている化合物の多くを合成できるというのはすごい。この小さな機械からできる薬の量は個人の使用量としてみれば十分だ。例えば最も複雑な反応系が必要な塩酸フルオキセチンだと200-300錠を1日で合成する。例えば錠剤にするための3Dプリンターと組み合わせれば、実際の錠剤としても手に入るかもしれない。   これまで、未来の薬局を21世紀後半の話として若い学生さんに話してきたが、今年からはかなり早い時期に実現可能な技術だと紹介することにする。現在薬剤のネット販売の自由化が議論されているが、こんな議論も昔話になりそうだ。
  薬として利用できる化合物の数は今後も急速に増えるだろう。とすると、儲かる化合物だけが対象になり、ジェネリックメーカーでも手を出さなくなる薬剤は増える。大量の薬剤を一挙に時間をかけて作ることが前提になっている中央集権的創薬を根本的に見直さないと、これまで積み上げてきた人類の知の遺産を捨てることになる。わからないとはいえ、興奮して読んだ論文だった。
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4月8日:ジカ熱対策の切り札(J Medical Entomology掲載論文他2編)

2016年4月8日
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    最近のジカウイルス研究を眺めていると、寄ってたかってとはこのことを指すと、人間の英知を実感する。世界を襲う正体不明のウイルスに立ち向かう人類の話は何度も映画の題材になっているが、周りで人が倒れていくというシーンはなくとも、同じことが起こっていることが、机に座って文献を検索しているだけでわかる。例えば、メドラインという検索システムで調べると、今年に入ってから発表されたジカ熱についての研究論文は250を越している。全ゲノムは当然のように解読されているし、それに基づいてワクチンの開発も進められているようだ。
   先週、5月11日発行予定のCell Host & Microbeにジカウイルスについて2報の論文が発表された。一つはジカウイルスを感染させるマウスモデルを作成したというノースカロライナ大学からの論文で、タイトルは「A mouse model of Zika virus pathogensis(ジカウイルス病態解析のためのマウスモデル)」だ。これまで、ヒト幹細胞を用いたジカウイルス感染モデルは出来ていたが、病態解析には動物モデルが欠かせない。この研究では、様々なノックアウトマウスにウイルスを感染させる実験を行い、正常マウスはジカウイルスに感染しないが、ウイルス感染に反応してインターフェロン誘導などを制御しているIRF分子などのウイルス防御に関わるメカニズムを外しておくと、マウスにもジカウイルスが感染することを示している。さらに、正常マウスでもインターフェロン受容体に対する抗体で前処理することで、ウイルスを感染させられることを示している。この系を用いて、マウスの胎盤をジカウイルスが通過する過程の解明が進むだろう。この論文で面白かったのは、1)マウスのほとんどの臓器はジカウイルスが感染するようだが、最も深刻な症状は神経系で見られ、2)精巣のウイルス量は高いという結果だ。今後、性交渉による感染への考慮も必要だろう。   もう一つの論文は「Type III interferons produced by human placental trophoblasts confer protection against Zika Virus infection (人間のトロフォブラストで作られるタイプIIIインターフェロンはジカウイルスに対する防御)」というピッツバーグ大学の仕事で、ジカウイルスの胎盤通過の鍵になると思われるトロフォブラストへの感染が完全にインターフェロンで防御されているという結果だ。従って、実際の侵入経路を見つけるためには、試験管内ではなく、動物モデルでの検討が必要になるが、その意味で最初に紹介したマウスモデルは重要になる。もちろん、インターフェロンシステムを抗体で全てブロックするという戦略を使えば、サルを含む他の動物を使った胎盤通過実験ができるだろう。
  とはいえ、これらの研究が身を結ぶのはもう少し先になる。エボラウイルスの時もそうだったが、さしあたっての問題に対応するためには公衆衛生学が重要になる。ジカ熱の場合、ウイルスを媒介する蚊を完全に退治することが急務だ。ヒトが住む場所では殺虫剤の噴霧、蚊が卵をうむ水たまりをなくすことが主な取り組みだが、今日最後に紹介するフロリダ大学からの論文では蚊の習性を利用してトラップに卵を産ませ、次世代を断つという戦略についての研究で、本当にいろんな実験が行われていることを実感する。タイトルは「Aedes albopictus (Diptera:culicidae) oviposition preference as influenced by container size and Buddleja davidii plants (ヒトスジシマカ(ハエ目)の産卵場所の選択は水槽のサイズとフジウツギにより影響される)」だ。
  もちろんこれまで長い研究があるのだろう。ヒトスジシマカの習性から著者らは蚊がフジウツギの花を好むことを知っていた。そこで、野外で蚊が産卵する容器をおいて、どの容器に蚊が産卵するかを調べている。結論だけを述べると、フジウツギの近くに2リットルぐらいの容器をおいておくと、蚊が一番産卵するという話だ。まったく現象論で、蚊が引き寄せられるのは、視覚なのか、嗅覚なのかこれから調べる必要があるが、理屈はともかくやってみる価値が大いにある。
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4月7日:哺乳動物ゲノムのアデニンメチル化(3月30日号Nature掲載論文)

2016年4月7日
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   哺乳動物のエピジェネティックス研究ではDNAメチル化というとシトシンメチル化を指すが、原核生物の大腸菌では早くからアデニンのメチル化についての研究が進んでおり、ファージウイルスやプラスミドなど外来DNAが侵入した時、制限酵素で分解して身を守る時、自分のゲノムをアタックしないための標識に使われていることがわかっている。最近になって、真核生物でもアデニンがメチル化され、転写や複製の調節に使われていることがわかってきた。昨年5月Cellに3報の論文が同時掲載されたので、このホームページでも5月7日(http://aasj.jp/news/watch/3392)、5月8日(http://aasj.jp/news/watch/3397)と連続で、線虫、ショウジョウバエ、ミドリムシについての研究を紹介した。
   今日紹介するエール大学からの論文は、マウスのES細胞でアデニンメチル化が検出できることを示した研究で、3月30日号のNatureに掲載された。タイトルは「DNA methylation on N6-adenine in mammalian embryonic stem cells (哺乳動物のES細胞に見られるN6-アデニンのDNAメチル化)」だ。
   この研究では、まず本当にアデニンメチル化が存在しているのかどうかを一分子シークエンサーを用いて調べている。これまでの研究では、メチル化されたアデニンを含むDNA断片を取り出してきて配列を調べていた。ただ、哺乳動物ゲノムではメチル化されたアデニンの量が少なく、簡単ではなかったようだ。そこで著者らは、ES細胞が分化の方向にコミットする時ヒストンがH2A.Xに置き換わる現象に注目して、ここにメチル化アデニンが濃縮するはずだとあたりをつけ、H2A.Xヒストンが結合しているゲノム部分を精製している。こうして集めたDNAを今度は一分子シークエンサーで直接解析する。これまでの研究で一分子DNAを複製する時、ポリメラーゼの反応時間からアデニンと修飾されたアデニン(この場合はメチル化アデニン)を区別できることがわかっている。これを利用して、間違いなく哺乳動物でもアデニンメチル化が存在していることを証明した。アデニンとメチル化アデニンを区別できるなら最初から全ゲノムを一分子シークエンサーで読めばいいはずだが、もともとエラーの多い方法なので、解読のカバレージをあげる必要があり、そのためにメチル化された部分を濃縮しないと正確な解読は難しいようだ。
  メチル化アデニンの存在を確認した後、次にメチル化アデニンを脱メチル化する酵素がAlkbh1であることを特定し、この遺伝子をノックアウトしたES細胞でおこるメチル化アデニンの変化を調べることで、1)アデニンメチル化は、X染色体上の遺伝子発現を比較的選択的に抑制する働きがあり、2)これはX染色体に飛び込んできたL1トランスポゾンのうち、新しい、伝播力を持った完全なトランスポゾンだけがアデニンメチル化されたためであること、そして3)L1のアデニンメチル化により近くのエンハンサーの活性が低下すること、を示している。
  この結果から著者らは、新しくX染色体ゲノムに統合されたL1トランスポゾンが、細胞分化時に活動するのを抑える特殊な働きがメチル化アデニンの機能ではないかと推論しているが、さらに研究が必要だろう。
  この週に、一分子シークエンサーを用いた研究が続いて報告されているが、このテクノロジーのポテンシャルが発揮され始めたことを実感する。
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4月6日:アルツハイマー病と補体(Scienceオンライン版掲載論文)

2016年4月6日
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   神経変性疾患での細胞死のメカニズムは、最初プリオンのような異常タンパク質の沈殿による細胞内の過程に注目して研究が始まった。その後、ALSを中心に、異常タンパク質によるERストレス等によって活性化されたグリア細胞から分泌される炎症物質により神経細胞が障害されるというメカニズムに注目が集まっているようになっている。素人から見ると、神経内因性のメカニズムから、外因性のメカニズムへのシフトが起こってきているように思う。
   今日紹介するハーバード大学からの論文はシナプス剪定メカニズムとして最近注目されてきた補体がアルツハイマー病に関わる可能性を示した研究でScienceオンラン版に掲載された。タイトルは「Complement and microglia mediate early synapse loss in Alzheimer mouse models (アルツハイマーマウスモデルでのシナプス消失は補体とミクログリアを介している)」だ。
  覚えておられるかもしれないが、今年1月31日補体によるシナプス剪定がうまくいかないことで統合失調症が起こることを示したNature論文を紹介した(http://aasj.jp/news/watch/4790)。このように発生過程では。過剰に形成されたシナプスは補体の働きにより剪定され、必要なシナプスだけが選択されることは認められるようになっていたようだ。
   同じメカニズムが逆に異常なシナプス損失に寄与しているのではと着想し、マウスモデルで確かめたのがこの研究で、家族性アルツハイマー病の患者さんで見つかった突然変異型アミロイドAβを海馬で発現するマウスがモデルとして用いられている。このマウスでは生後1ヶ月ぐらいからシナプスが急速に減り始めるが、海馬を詳しく調べると、生後1ヶ月ぐらいから補体のレベルが上昇し、C1q補体因子がシナプスに濃縮していることを見つけた。あとはこれを手掛かりに、何が補体カスケードを活性化させるのか、最終的にシナプスが失われるメカニズムは何かを調べている。詳細を省いてこの研究から見えてきたシナリオだけをまとめると次のようになる。
  重合によりアミロイドAβ分子がシナプスに沈殿し始めると、これが直接C1qを活性化、シナプスにC1qにより活性化された補体成分C3が沈着する。次にこれを標的にミクログリア細胞が集まり、シナプスを飲み込む。これによりシナプスが失われ、アルツハイマー病が進行するというシナリオだ。また、ノックアウトマウスや、補体に対する抗体処理を使った実験も行い、このパスウェイに補体が絡んでいることを直接証明している。全てマウスモデルの話だが、わかりやすいシンプルなシナリオだ。
   もし慢性的に進むアルツハイマー病でも同じような補体依存性のシナプス喪失が見られるなら、補体や補体依存性のミクログリア反応がアルツハイマー病の治療標的として使えることを示唆している。統合失調症、アルツハイマー病と来て、次はどの病気で補体との関連が指摘されるのか、興味を持って見守っている。
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4月5日:卵子から卵子へのオルガネラ輸送(4月1日号Science掲載論文)

2016年4月5日
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  Alan Spradlingはショウジョウバエの生殖細胞の発生をモデルとして、独自の幹細胞研究を続けており、マウスやヒトにも共通の多くの重要なメカニズムを発見してきた。もちろん国際幹細胞学会が発足した時ボードの一人に加わり、7年一緒に活動して私自身も学ぶところが多かった。その彼がマウスの卵子についての論文を4月1日号のサイエンスに発表した。読んでみると、様々な種の生殖細胞に精通した彼ならではの視点でマウス卵子を眺め、私には考も及ばなかった発見をしているので紹介することにした。タイトルは「Mouse oocytes differentiate through organelle enrichment from sister cyst germ cells (マウス卵子は姉妹シスト生殖細胞からオルガネラを集めて分化する)」だ。
  精子発生の最後の過程で細胞質の連絡を保ったまま分裂を繰り返すことは知っていたが、恥ずかしいことにこの論文を読むまで卵巣内の卵子形成初期過程で細胞質が連絡した一連の姉妹卵子がまず形成されることは全く知らなかった。この研究では、一個の幹細胞をラベルする遺伝的方法を用いて、同じ細胞由来の姉妹卵子集団を生後4日ぐらいまで追跡している。この姉妹集団ではそれぞれの細胞はリングカナルと呼ばれる構造でつながっているのが、これを免疫染色してそれぞれの姉妹卵子の関係を調べている。最初30近くの細胞から出来ていた集団は徐々に細胞数が減り、生後4日では平均6個程度になり、これが卵子として維持される。この論文ではこの過程での細胞選択がどのように進むのか調べ、驚くべきことに選択過程で、様々なオルガネラ(細胞小器官)が細胞質を通して選択された細胞に移ることを発見した。「驚くべきことに」といっても、これは哺乳動物しか知らない私の感覚で、ほとんどの種の生殖細胞では、姉妹生殖細胞からオルガネラが移行することは当たり前の話だったようで、Alanにとってみれば、マウスで起こっていないのはおかしいと調べ始めたようだ。
   この移行にはリングカナルとは別に細胞膜が融合した場所が形成され、この大きな穴を通って、しかも微小管に依存して、中心体、ゴルジ体、ミトコンドリアなどが一方向に移動し、もらった方の細胞ではオルガネラが急速に発達、提供した細胞では核だけを残してやせ細って、最後は消えてしまう。結局、最後の卵胞成熟過程でもそうだが、卵子ができる過程でも、姉妹細胞の犠牲のもと、一定の強い卵子が形成されることになる。プロの視点を実感させる面白い仕事だった。ただ、Alanたちはこの細胞質の移行の最大の目的はノンコーディングRNAを一つの卵子に集中させることで、オルガネラの移行自体は絶対的に必要だとは考えていないようだ。彼はPIWIを最初に発見した研究者だが、このようなノンコーディングRNAによる染色体の再構成は生殖細胞発生に必須の過程だ。そのために、オルガネラも含めた大規模な細胞質の移行を起こす仕組みが種を超えて維持されていると主張している。今後、この主張を取り入れた方法を使わないと、試験管内で卵子をES/iPSから作ることは困難だ。Alanはまた哺乳動物の研究者に新しい課題を示してくれた。脱帽。
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4月4日:脊髄損傷時のアストロサイト瘢痕は邪魔か?(Natureオンライン版掲載論文)

2016年4月4日
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  脊髄損傷に限らず、私たちの組織が損傷を受けると、修復反応が誘導され、組織を元に戻そうとする。ただ、最初にそこに存在した組織の機能を担う細胞を回復できないことが多く、その場所は瘢痕化する。他の組織と違って神経組織では、瘢痕形成にアストロサイトやミクログリアが重要な役割を演じている。とはいえ一旦瘢痕ができてしまうとそれ以上の再生を阻害する。例えば怪我をして皮膚が瘢痕化した場合、正常の皮膚を取り戻すためには瘢痕を切り取って、上皮同士を直接結合させる必要がある。脊髄損傷でも、これまで瘢痕は修復反応として重要だが、神経再生の邪魔になると考え、瘢痕化を抑えて細胞を移植する方法の開発が進んでいた。
   今日紹介するカリフォルニア大学ロサンゼルス校からの論文は、瘢痕が神経再生を阻害するとする従来の通説を全く覆し、瘢痕は神経再生を助けることを示唆する論文でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Astrocyte scar formation aids central nervous system axon regeneration(アストロサイト瘢痕形成は中枢神経系での軸索再生を助ける)」だ。
  なぜ通説をもう一度確かめる気になったのか動機はよくわからないが、このグループは脊髄損傷部位へのアストロサイトの浸潤が起こらないマウスモデルを遺伝子操作で作成し、アストロサイト瘢痕がある場合とない場合で、運動神経、感覚神経、自律神経の再生を調べている。用いたモデルマウスでは期待通りアストロサイト瘢痕は全く形成されない。ただ、これまでの通説に反し運動神経、感覚神経の再生は全く誘導されず、神経軸索自体が退縮する。一方。自律神経では退縮は起こらないが、再生も起こらない。同じように古くなったアストロサイト瘢痕を切除して神経再生を見る実験も行っており、切除後アストロサイトの浸潤が起こらないとやはり再生が誘導できない。すなわちアストロサイト瘢痕は再生にとって重要だという結果になる。
  しかしよく考えてみると、脊髄損傷の患者さんではアストロサイト瘢痕ができても結局神経再生は起こらない。これに対し著者らは、瘢痕ができるだけではダメで、そこに神経再生因子を加えると初めて再生が起こることを示している。ではアストロサイト瘢痕が神経再生を助けるメカニズムは何か?この点を、脊髄損傷部位の遺伝子発現を瘢痕有無で比較し、確かにこれまでアストロサイト瘢痕の問題として指摘されてきた神経軸索再生を阻害するマトリックスが瘢痕で作られることを確認できるが、それ以上に軸索再生を促進するマトリックスも形成されていることを示して、瘢痕にも重要な機能があると結論している。
   実際脊髄損傷の細胞治療は我が国でも始まっているが、導入する細胞は何にしても、この瘢痕の問題をどう考え、どのように対処するのかが今後問われるだろう。理想的なのは、再生を促進するアストロサイトだけを選択的に誘導することだろうが、もし瘢痕の役割が軸索をガイドするマトリックスなら、瘢痕の代わりにマトリックスを損傷部位に移植することも一案だろう。この結果を吉として、早く脊髄損傷の治療を実現してほしい。
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4月3日:ミトコンドリア機能不全で介在ニューロンが選択的に障害される理由(4月12日号Cell Reports掲載論文)

2016年4月3日
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  4月11日18時30分からミトコンドリア病について、患者さんを交えて勉強会を行いAASJチャンネルで放送予定なので(http://live.nicovideo.jp/watch/lv258204622)是非ご覧いただきたい。
  ミトコンドリア病の発症メカニズムを知るためにはミトコンドリアの機能でけでなく、細胞学、生理学、神経科学、発生学など、様々なことを基礎知識として仕入れる必要がある。そのため、患者さんだけでなく医師にとっても理解が難しい病気だ。例えば、好気性呼吸の依存率が高い脳や心臓に障害が出やすいのはよくわかるが、では神経細胞でも障害の程度に差が出るのはどうしてかなどを理解するためには神経科学の理解も必要になる。 したがって、もしミトコンドリア病が理解できれば、かなりの物知りになることは間違いない。
  さて、今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は、なぜ介在ニューロンがミトコンドリア機能不全で選択的に障害されるかを調べた研究で、昨日に続くミトコンドリア病関係の論文として取り上げることにした。タイトルは「Differential mitochondrial requirements for radialy and non-radially migrating cortical neurons: implications for mitochondrial disorders(皮質神経細胞の移動の仕方でミトコンドリア依存性が違っている:ミトコンドリア異常理解のための示唆)」だ。
  ほぼすべてのミトコンドリア病患者さんで何らかの神経症状が見られる。これは脳神経の活動には多くのエネルギーが必要だからだと単純に考えられてきた。しかしこの研究では神経細胞の種類によってミトコンドリア依存性に大きな違いがあるのではないかと仮説を立て、脳発生時に皮質の表層へと放射状に移動する投射神経細胞と、脳内を横切って移動する介在ニューロンの、それぞれの移動のミトコンドリア依存性を比べている。
   最初、2種類のニューロン内のミトコンドリアの分布の違いに注目して調べ、移動中の投射ニューロンではミトコンドリアが一定しているのに対し、介在ニューロンでは細胞によって分布が大きく変化していることを発見する。この結果を、介在ニューロンの移動にはより多くのエネルギーが必要であることを反映していると考え、次に好気性呼吸を薬理学的、あるいは遺伝的に阻害して神経細胞の移動がどう変化するか調べている。予想通り、ミトコンドリアからのエネルギー供給が抑制されると、介在ニューロンの移動だけが強く障害される。
   結果はこれだけで、ある意味では現象論に終わっていると言える。すなわち、方向性が違うだけで、移動しているという点では同じ神経細胞の間に、どうしてこれだけ大きな違いが生まれるのか、今後研究が必要だろう。この論文では、中心体の位置の変化を調べ、神経細胞が移動中に方向性を定めるための極性を維持するために最もエネルギーを使っているのだろうと結論しているが、これも現象論的解析にとどまっている。
   幹細胞研究のおかげで、成人の脳でも細胞の新しい供給が続いていることがわかってきた。とすると、供給時に必要な細胞移動も当然障害される。この研究は、この視点からもう一度ミトコンドリア病の神経異常を見直すことの重要性を示している。
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4月2日:ミトコンドリア病の画期的治療法の開発(4月1日号Science掲載論文)

2016年4月2日
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   4月11日(月曜日)6時半から、ミトコンドリア病の患者さんと、「ミトコンドリア病の勉強会」と題して、この病気についての勉強会をAASJチャンネルで放送する予定だ。ただ、この病気の発症メカニズムは複雑で、ミトコンドリアの生物学から説明する必要があり、わかりやすい放送ができるか少し心配している。
   患者さんから聞くと、ミトコンドリア病と診断できる一般医療機関は少なく、今回参加してくれるTさんも30歳を超えるまで正しい診断がつかなかったようだ。事実、ミトコンドリア病の原因となる遺伝子変異は150種類以上あり、症状も多様で、どの遺伝子の変化が病気の原因になるのかを特定するのは簡単ではない。しかし、原因に関わらずミトコンドリアの好気呼吸機構の障害が背景にある。従って、治療にはコエンザイムQなどを用いてミトコンドリア機能をなんとか維持しようと試みられるが、効果は限定的だ。
  これに対して今日紹介するハーバード大学からの論文は低酸素という直感的にはミトコンドリア病の患者さんに禁忌とも思える方法が、画期的な効果を示すことを明らかにした研究で4月1日のScienceに掲載された。タイトルは「Hypoxia as a therapy for mitochondrial disease (ミトコンドリア病治療としての低酸素)」だ。
  培養細胞のミトコンドリアの電子伝達系を阻害して好気呼吸を止めると増殖が止まる。この研究では好気呼吸の阻害を克服して増殖を維持するメカニズムがないか、18000もの遺伝子をCRISPR-Cas9法を用いてノックアウトする大規模スクリーニングにより調べている。このスクリーニングにより500近い遺伝子が候補として見つかっているが、最も大きな効果が得られたのがVHL遺伝子だった。VHL遺伝子は酸素に反応してHIF1分子を分解に誘導することで、細胞の低酸素反応を阻害している分子だ。従って、この分子がなくなると細胞は低酸素に対応するための様々な遺伝子を発現する。
   この結果はミトコンドリア機能の低下した細胞の健康に最も効果があるのが低酸素であることを示している。この細胞レベルの結果が、個体レベルでも言えるのか、2−3歳で発症する最も重篤なミトコンドリア病リー症候群のモデルマウスを通常の半分の酸素濃度(11%O2)で飼育して調べている。リー症候群の子供と同じで、このモデルマウスでは生まれてすぐから様々な症状を示し、生後80日目には全例が死亡する。これに対し、低酸素で飼育した群は160日目で全例が生存しており、120日目まで体重の増加も見られている。さらに、通常の酸素濃度で育てたマウスは生後1ヶ月ぐらいからほとんど動かなくなるが、低酸素で育てると活動性もかなり回復する。またこの変化は、生化学的検査や、脳の組織学的検査でも確認される。ミトコンドリア障害による様々な異常の抑制に低酸素が大きな効果を持つことを明らかにする画期的な結果だ。
   この結果を患者さんに使うためには、幾つかのハードルがあるだろう。詳しいことは、4月11日のAASJチャンネルで説明したいと思う。この研究は低酸素が治療に使えることを示すだけでなく、医療上の様々な示唆を与えてくれている。例えばミトコンドリア病の患者さんに酸素を投与する治療は注意が必要だし、アミノグリコシル系の抗生物質投与もできるだけ避けたほうがいいこともわかる。素晴らしい論文が紹介できたと思う。
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4月1日:ジカウイルスによる小頭症発症のメカニズム(5月5日号 Cell Stem Cell掲載予定論文)

2016年4月1日
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   様々な医療上の国際的な緊急事態に対し、基礎研究が迅速に対応するのを見ると医学の底力を感じる。例えばSARS流行時、シンガポールとカナダの研究所がいち早くゲノム解析を行ったことや、昨年のエボラウイルス感染症では、ウイルスゲノム、感染、疾患メカニズムなど多くの基礎研究により重要な情報が得られた。もちろんこのような基礎研究は緊急時に役立つものではないが、次の事態に備える意味で大きな貢献を果たしたことは間違いない。同じ底力をジカウイルス感染による小頭症発症のメカニズム研究にも感じる。
  今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文はジカウイルスの感染過程のシナリオを提出する論文でCell Stem Cellの5月号に掲載予定だ。タイトルは「Expression analysis highlights AXL as a candidate Zika Virus entry receptor in neural stem cells (遺伝子発現分析によりAXL分子がジカウイルスが神経幹細胞へ侵入するレセプターとして働いている可能性が示された)」だ。
  同じCell Stem Cell2月号にiPSから誘導した神経幹細胞を用いて、ジカウイルス感染により神経幹細胞が選択的に障害されることを示すフロリダ大学からの論文が掲載されたが、この研究ではまずジカウイルスが細胞内に侵入する時に使う受容体の特定から始めている。ジカウイルスが属するフラビウイルスの受容体についてはこれまでの研究で明らかになっているので、これらの遺伝子の発現をIPSを含む培養細胞や、胎児神経細胞で比べ、AXLが大脳皮質の細胞を作る元となるラジアルグリア細胞に強く発現していることを突き止めている。実を言うと話はこれだけで、ウイルス感染実験が行われているわけではない。ただ、AXLとフラビウイルスとの関係についてはすでに研究が進んでおり、発現だけからこの受容体が犯人と決めつけている。もしエディターをよく知らない著者が論文を送ったらリジェクトされるような論文だが、緊急であること、もっともらしいシナリオであることから採択されたのだろう。詳細は省いてシナリオを紹介すると次のようになる。   ジカウイルスは胎盤を通って血中に侵入する。すると、脳内末梢血管や、脳脊髄腔に直接突起を伸ばしているラジアルグリア細胞のAXL分子に結合し、これを利用して細胞内に侵入し、細胞死を誘導する。AXL自体からのシグナルも感染や細胞死に関わる可能性がある。この結果ラジアルグリア細胞の数が減ると、当然皮質の形成が侵され、小頭症が発症する。
  研究では、マウスやフェレットのラジアルグリア細胞もAXLを発現していることから、今後感染実験に使えることも明らかにしている。
  今後は、胎盤を通る過程、細胞内で増殖して細胞死が誘導される過程の研究が必要だろう。しかし、自分が研究してきた細胞を用いてすぐに緊急要請に応える素早い反応には恐れ入る。また、幹細胞研究者で最も用意が整っており、そのため今回の論文もCell Stem Cell に掲載されたのだろう。次はクリスパーの出番のような気がする。
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