5月15日:骨髄異形成症候群の発症メカニズム3(Cancer Cell掲載論文)
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5月15日:骨髄異形成症候群の発症メカニズム3(Cancer Cell掲載論文)

2015年5月15日
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最後のテキサスMDアンダーソン病院からの論文はタイトル「Telomere dysfunction drives aberrant hematopoietic differentiation and myelodysplastic syndrome (テロメアの異常により血液細胞分化が異常と骨髄異形成症候群が起こる)」からわかるように、テロメア異常がMDSの原因になるかどうか調べる研究が発端だ。テロメアは一本のDNA鎖としての染色体に必ず存在するDNA断端が分裂ごとに短くなるのを防ぐ防御システムで、TTAGGGという繰り返し配列をバッファーとして持つことで、テロメアを失ってもゲノム自体が守れるようにするメカニズムだ。ただ、短くなったテロメアをもう一度修復するテロメラーゼという酵素があり、生涯分裂を繰り返す幹細胞には重要だ。このグループはこのテロメラーゼをホルモン投与でオンにしたりオフにしたりできるマウスを開発しており、研究ではまずテロメラーゼ機能をオフにした時の造血に対する影響を調べている。マウスはもともとテロメアが長いので最初の世代は問題ないのだが、4世代を越すとテロメアの機能が失われ始め、結果MDSと同じ症状が出て、さらに一部は白血病まで発症することが分かった。テロメラーゼがないと、普通細胞は死んでしまって、がんにはならないのだが、それを超える異常が生まれているようだ。まずテロメラーゼの欠損がMDS様の異常を引き起こす原因を調べ、テロメア異常特異的というより、放射線などとおなじDNA障害による問題が細胞に生じて異常を誘導していることを明らかにしている。最後に、ではDNA障害により血液幹細胞に何が起こるのか突き止めるため遺伝子発現を調べたところ、多くの分子にスプライシング異常が認められ、それに呼応してすでに紹介したSRSF2やU2AFなどのスプライシング調節分子の発現が低下することを発見した。テロメラーゼというかなり特殊な実験系から始めて、実際のMDSで異常が認められる分子の発現異常までようやくたどり着いたという感じだ。最終的に、テロメア異常、DNA障害、スプライシング異常という因果性を確認するため、SRSF2遺伝子を片方の染色体でノックアウトするとMDS様の症状が出ること、またSRSF2の発現量が減少し、スプライシングが全体的に異常になると、テロメアを維持する機構にも障害が出て、両方の要因が増幅し合うことを報告している。おそらくこれまで読んでいただいた方はこの結論を聞いて「え?」と思っているのではないだろうか。最初の2編の論文では、SRSF2やU2AF分子は発現量が減るだけではMDSは起こらないと結論した。なのに、今回は、発現量の低下だけでMDSが起こると結論している。私も実のところどうかわからない。最後の論文では、テロメア異常によるMDSをなんとか説明しようと、誰もが納得出来るよう結論を急いだかもしれない。とすると、おそらく遺伝子量の差が引き起こした小さな差をどう解釈したかだけの違いが、他の論文との結論の差になってしまう。結局論文とはそんなものだ。とはいえ、この3編の論文を読んで、なんとなくMDSの病理学の理解が深まった気がする。例えば、被爆者の方が高齢化した今MDSが増加していることが問題になっている。テロメアモデル系は、この問題を扱ういいモデルになるかもしれない。実際、スプライシング異常だけでは起こらない白血病の発症が観察されている。また、MDSにレナリドマイドやアザシスチジンが効くことがわかってきたが、このメカニズムを理解するにも、今回紹介したモデル系は役に立つ予感がする。3編続けて論文が掲載されると、それぞれの研究者の焦りや無理が論文に現れているのを感じるが、同時に病気の理解もしっかりと進んでいることも実感できた。
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5月14日:骨髄異形成症候群発症のメカニズム2(5月11日Cancer Cell掲載論文)

2015年5月14日
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昨日はMDSの発症原因の一つが、スプライシング前のpre-mRNAのエクソン部分に結合してスプライシング箇所を指示するSRSF2の構造異常により、スプライシングの失敗が起こり、これが特にEZH2と呼ばれるヒストンのメチル化酵素の構造異常を引き起こし、MDSに至るというシナリオだった。今日紹介するのは、よく似た話だがエクソンエンハンサーを認識する分子ではなく、スプライシングを受けるエクソンの境界を認識する分子U2AF1の突然変異も同じようにMDSを引き起こすというワシントン大学からの論文で、タイトルは「Mutant U2AF1 expression alters hematopoiesis and pre-mRNA splicing in vivo (変異型U2AF1の発現によりpre-mRNAスプライシングが変化し、その結果造血も変化する)」だ。ただ、正直言ってこの論文は、他の2編の論文がなければ掲載されなかっただろう。というのも、ほとんどの話は京大の小川さんが2011年にすでにNatureに発表しているからだ(Nature 478, 64, 2011)。小川さんと完全にオーバーラップするシナリオをまずまとめると、1)U2AF1の突然変異はMDSで見られる最も頻度の高い遺伝子変異で、2)この変異型が発現すると全般的なスプライシングの異常が起こり、構造変化したmRNAが増える、3)この変異系をマウス造血細胞に発現させるとMDSと同じ血液細胞分化が未熟幹細胞の割合が増え、分化細胞が減ることから、間違いなくMDSの最初の原因になっているというものだった。今日紹介する新しい研究では、1)実際のMDS細胞でRNAスプライシングの全体的異常が起こっていること、2)トランスジェニックマウスモデルでMDS発症を示したこと、3)マウスの造血細胞で実際グローバルなスプライシング異常が起こっていること、4)そしてエクソンが欠失する原因になる認識部位を特定したこと、が加えられている。もちろんこれらの結果は重要だが、シナリオの枠組みは小川さんのものと特に変わることはない。本当なら、昨日紹介した論文のように、スプライシングの失敗による構造変化が直接MDS発症につながった原因遺伝子の特定まで示すべきではなかったかと思う。この論文で特に異常が見られるとしてリストされた分子の中にはEZH2は含まれておらず、他にも直接造血に関わる分子がリストされていないため、MDSの発症機序という点では不満が残る論文だった。とはいえ、今回Cancer Cellに掲載された論文から、小川さんが最初に予想したように、エクソンが欠失するスプライシング異常が、MDSの最初の引き金になることが明らかになってきた。同じ異常は他のガンでも高い頻度で見られる。このプロセスを標的とする薬剤の開発は簡単ではないだろう。だとすると、それぞれの細胞でガン化の直接原因になっている分子の同定が重要だろう。
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5月13日:骨髄異形成症候群の発症機構1(Cancer Cell掲載論文)

2015年5月13日
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5月11日発行のCancer Cell紙に骨髄異形成症候群(Myelodysplatic syndrome:MDS)の発症機構に関する論文が3報も続けて掲載されていた。普通同じ雑誌に続けて論文が掲載される時は、内容の同じ論文をまとめて掲載する場合が多いが、今回はいずれの論文も最近のMDSゲノム解析から新たに生じた新しい謎について迫ろうとしている点では同じでも、扱っている分子は異なっている。せっかくなので、今日から3日間連続で紹介する事にした。MDSのエクソーム解析結果が出て一番驚いたのが、遺伝子の翻訳部分のエクソンだけを長いRNAから抜き出して一本のmRNAにまとめる、RNAスプライシングと呼ばれるプロセスに関わる遺伝子の突然変異がなんと60%以上の患者さんに見られた事だ。なぜスプライシングの異常が発がんにつながるのか、この謎に迫る最初の論文はスローンケッタリング癌研究所からの研究で、タイトルは「SRSF2 mutation contribute to myelodysplasia by mutant-specific effects on exon recognition (SRSF2分子の突然変異はエクソン認識が突然変異特異的に変化し骨髄異形成に寄与する)」だ。   この論文では、MDSで突然変異が見つかるスプライシングに関わる分子の一つSRSF2に焦点を当てて研究を行っている。まず、片方の染色体のSRSF2に特定の突然変異を導入するだけで、骨髄細胞形態の異形、幹細胞集団の増加、血液分化異常を伴う典型的MDSがマウスで発症する事を示している。示された図から見ても、これまでMDSモデルとして示された中ではかなりヒトのMDSに近いと言っていいのではないだろうか。次に、この突然変異を、SRSF2分子の機能が完全に失われる変異と比較して、MDSの原因はSRSF2機能の欠損ではなく構造変化により機能が変化したSRSF2分子が働いているためであることを確認し、この変化の分子基盤を調べている。詳細を省いて結論だけを述べると、SRSF2の機能はエクソン部位に存在する特定の分子を認識してスプライシングに関わる分子を集めるエンハンサーの役割を担っている。この遺伝子が片方の染色体で完全に失われても大きな異常は起こらないが、MDS患者さんで見られるタイプの突然変異の場合、この部位の認識が甘くなってもスプライシングは起こってしまうので、多くの遺伝子で一部のエクソンが欠損した異常分子が作られる事になる。この異常なエクソン構造を持った分子のほとんどは分解されるが、いずれにせよ異常mRNAが細胞の中で増えるという全体的変化が、MDS発症の基盤になっているという結論だ。もちろん、全体的異常といってしまうと、それ以上解析しようがなくなるが、この研究では、この異常により特に影響を受ける分子が存在し、病気の発症により大きな効果を持つ事も示している。中でもEZH2と呼ばれるヒストンメチル化に関わる遺伝子のスプライシング異常でこの分子の絶対量が細胞で減る事により、多くの血液特異的遺伝子の発現が変化してしまう事がMDS発症の鍵になっており、SRSF2突然変異があっても、正常EZH2遺伝子を発現させてやるとMDSが正常化する事を示している。この結果は、なぜスプライシングという全体的異常がMDSという特異的疾患につながるかについて一定の答えを示してくれている。さて、明日はもう一つの遺伝子、U2AF1だ。
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5月12日:原核生物と真核生物をつなぐミッシングリンクの発見(Natureオンライン版掲載論文)

2015年5月12日
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1977年、Carl Wooseらがアルケアと呼ばれる古細菌類を発見して以来、地球上の生物は、原核生物、アルケア、そして真核生物に分類されるようになった(これについては私がJT生命誌研究館ホームページに昨年書いた「3種類の生物区分の誕生」をぜひ読んでほしい( https://www.brh.co.jp/communication/shinka/2014/post_000007.html )。ゲノムの比較から、アルケアが真核生物により近く、また真核生物にしかないと考えられていた細胞骨格分子等の分子の原始型がアルケアの一部に見つかることから、アルケアの研究は真核生物進化を理解するために最も重要な分野だと考えられるようになった。しかし、これまで発見されたアルケアは真核生物とはまだまだ遠く離れており、真核生物への中間段階にあるアルケアはすでに地球から失われたのではないかと考えられてきた。今日紹介するスウェーデン ウプサラ大学からの論文は、このミッシングリンクの存在をゲノムレベルで明らかにした研究でNature オンライン版に掲載された。タイトルは「Complex archea that bridge the gap between prokaryotes and eukaryotes (原核生物と真核生物の間の溝を埋める複雑なアルケア)」だ。研究では、このミッシングリンクを求めて深海、特に熱水床に近い海底を探索するうち、北極海の3000メートルの深さに2mの厚さで堆積した沈殿物の中から、新しいアルケアの存在を示す16SリボゾームRNA遺伝子を発見した。同じ場所の沈殿の中に含まれるDNAから遺伝子ライブラリーを作成し、約5Mベースの長さの仮想アルケアのゲノムを再構成して、含まれる5381個の遺伝子の中に、原核生物と真核生物をつなぐ分子が見つからないか検討した。この結果、この種は原核生物とアルケア、そして真核生物に近い遺伝子が寄せ集まったゲノムを持っており、これまで考えられていたように、原核生物とアルケアの間で活発な遺伝子交換が行われていることをうかがわせた。ただ、これまで発見されたアルケアとは異なり、実に3%を越す遺伝子が、真核生物特異的とされてきた分子をコードしていた。その中には、細胞骨格に関わるアクチンやゲルゾリン、細胞骨格の動きや、小胞体の輸送制御に関わるGTPase、そして細胞内の小胞体の輸送に関わる様々な分子が含まれていた。さらに個々の遺伝子の解析から、この種が多様化した一つの系統を形成していることも分かった。以上の結果から、細胞移動機能やファゴサイトーシス機能を備え、細胞内には小胞体が存在する全く新しいアルケアが存在していたことになる。ただこの論文では余計な想像を拝して、この世紀の大発見について淡々と報告するといったスタイルを取っている。しかし、これほど真核生物特異的分子が満載だと興奮は抑えられないはずだ。更に詳しい解析が待たれる。ただ一つ重要な問題がある。それは、全ての結果は再構成されたゲノムから想像されるもので、実際の生きたアルケアもあるいは死んだアルケアも細胞体の形が全くわかっていないことだ。従って、なんとか生きた形でこのアルケア系統を分離することが次の課題になるだろう。そのためにはゲノムの詳細な解析も必要なはずだ。いずれにせよ、ゲノムから生物を構想し、それが正しいかどうか実際の生物を培養して確かめるという面白い研究がスタートした。進化研究にとっては予想外の大きな贈り物になった。
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5月11日:新しい社会学(Scienceオンライン版掲載論文)

2015年5月11日
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アラブの春でも小保方問題でも、現代社会分析に、フェースブックやツイッターの分析は欠かせなくなっている。例えばフェースブックは、自分の意見を自由に一方的に述べることのできるメディアだが(もちろん受けを狙いたい向きはおのずと意見が調整されるが)、ツイッターは最初からフォローを狙うため自分の意見をマジョリティーに近づけるモーメントを持つ。いずれにせよ重要なことは、ソーシャルネットが社会の意見や傾向の形成に大きな役割を果たすようになり、本来使命が違うはずの大手メディア(NHK)ですらヤラセを捏造ではなく編集過剰と言い逃れしてしまう時代の我が国の社会分析に、ソーシャルメディアに蓄積されたビッグデータの解析は欠かせない。ぜひやってみたいと思っていたが、Scienceにフェースブックに残るデータを分析している論文がフェースブックとミシガン大学の共同で発表された。タイトルは「Exposure to ideologyically diverse news and opinion on Facebook (フェースブック上のイデオロギー的ニュースや意見への接触度)」だ。我が国では少ないと思うが、アメリカのフェースブックでは、9%のユーザーが自分のイデオロギー上の立場(保守主義か自由主義か)を表明しているようだ。この研究ではこれに基づいて、フェースブックユーザーを保守、中間、自由主義派に分類し、それぞれがフェースブック上でどのような意見をクリックして読んでいるかを調べている。例えば保守の人はFoxNewsを好むし、自由主義の人はHuffingtonpostを好む。実際に閲覧した記事を一定の基準で保守度、自由主義度の点数をつけ、それを元に自称のイデオロギーと比べると、確かに保守と自由主義がきれいに2分していることが示され、フェースブックプロファイルの記載が概ね信じられることがわかる。次に、保守の人がフェースブック友達として自由主義の人とどのぐらいつながっているかを調べると、保守も、自由主義も20%ぐらいの異なるイデオロギーの人ともリンクしている。またそれぞれは、同じ程度の数の中間派の人ともリンクしている。最後に、一方のイデオロギーをもつ人が、他のイデオロギーの情報をクリックする頻度を調べている。重要なのは、フェースブックはお仲間のお勧めだけでなく、ニュースフィードとして一定のアルゴリズムでユーザーのネットワークに集まるニュースを提供している。これにより、保守の人も自由主義の人とリンクしている限り、逆の考えのニュースが提供される。このような状況で、それぞれのユーザーがどの程度反対のイデオロギーのお勧めに気を止めるかを調べると、自由主義者は保守主義者のお勧めを読む頻度が24%に対して、保守主義者は自由主義者のお勧めを35%の頻度で読んでいるという結果だ。誤解を恐れずに行ってしまうと、自由主義者の方が反対の意見に耳を貸さないようだ。話はこれだけだが、1000万を超す情報をこのように分析できることは素晴らしい。今後も、レビューを受ける科学的研究としてこのような調査を発表して欲しいと思う。ただ、この論文にもフェースブックの研究者が著者になっているように、フェースブック上のデータを利用するためには、まずフェースブックから許可をもらう必要がある。一番問題は、フェースブックがこれを独占することだ。あるいは、一部の人だけに分析が許されることだ。ソーシャルネットの科学的分析で、間違いなく新しい社会学が可能なら、我が国のフェースブックも独立の組織を設立し、一定の条件で思想信条に関わらず誰もがこのような科学的分析ができるようにするのが社会的責務ではないだろうか。ともかく、誰かがこれを独占することだけは阻止すべきだ。可能なら、私も是非分析をしてみたい。
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5月10日アデニンメチル化2(5月7日Cell 掲載論文)

2015年5月10日
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昨日に続き、今日紹介するのはアデニンメチル化の機能をショウジョウバエやミドリムシで調べた研究だ。まずショウジョウバエでの機能を調べた中国科学アカデミーからの論文から紹介する。タイトルは「N5-methyladenine DNA modification in Drosophila(ショウジョウバエでのN6デニンメチル化だ)」。この研究もショウジョウバエDNAのメチル化はシトシンメチル化ではなくアデニンメチル化が中心で、発生段階でダイナミックに変化することの確認から始めている。次にメチル化に関わる分子を探し、それまでCG2083と呼ばれた分子が脱メチル化酵素の役割を持つことを突き止めた。また脱メチル化酵素は発生が進むと急上昇し、10時間を過ぎると急下降することから、発生過程で正確に調節されている分子であることがわかった。次にCRISPR/Cas9を使ってこの遺伝子をノックアウトし、それを量や構造を変えた遺伝子でレスキューする実験や、あるいはこの分子を強制発現させる実験から、脱メチル化酵素の発現量を正確にコントロールすることが、発生の進展に必須であることを示している。最後に生殖細胞の発生過程での脱メチル化酵素の機能を調べ、脱メチル化酵素の卵子での発現は低レベルだが、卵子形成を促進する効果があり、この促進効果に脱メチル化によるトランスポゾンの発現を誘導が関わっているところまで突き止めた。もともとシトシンのメチル化が哺乳動物ではトランスポゾンの抑制に重要な働きをしていることと比べると、アデニンメチル化はトランスポゾンの発現調節に関わっているが、シトシンメチル化とは逆で、転写を促進しているという発見は、両方の形式を持つ細菌から真核生物への進化で何が起こったのか重要な課題が生まれたと思う。この間をつなぐ研究と言えるのがシカゴ大学からのミドリムシのアデニンメチル化の論文でタイトルは「N6-methyldeoxyadenosine marks active transcription start sites in chlamydomonas (N6メチル化アデニンはクラミドモナスの転写活性化の開始部位を標識している)」だ。ミドリムシでのアデニンメチル化はこれまでも研究されており、昼と夜でメチル化の量が変化し、細胞の増殖に関わることが知られていた。この研究は、メチル化部位、メチル化の量などを正確に調べるための様々な方法を開発し、ゲノム全体にわたってメチル化のパターンを調べている。結果、メチル化は転写開始部位の前後500bpに集中していること、ApT部位でメチル化が起こるがこれを誘導するモチーフは複数あること、そしてDNAの基本単位であるヌクレオソームの間のリンカー部位に集中していることを明らかにした。以上のことから、ミドリムシのメチル化アデニンはヌクレオソーム単位を標識し、これによって転写開始を促進しているのではないかと結論している。今回紹介した線虫やショウジョウバエでも同じようなパターンがあるのか、それとも異なっているのか、確認が進んでいるだろう。面白いのはミドリムシには細菌と同じでシトシンメチル化も共存し、遺伝子発現の抑制に関わっていることだ。ミドリムシは多細胞体制へと移行する直前を代表しているので、その後の多細胞体制を比べていくことでアデニンメチル化が中心になる多細胞体制がどう進化したのかが明らかになると期待できる。なかなか興味ある分野が開けてきたと思う。
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5月9日:アデニンのメチル化1(5月7日号Cell掲載論文)

2015年5月9日
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DNA メチル化=シトシンのメチル化、と決めてしまうほどシトシンのメチル化は研究されてきたが、実はアデニンもウイルスから昆虫まで多くの生物でメチル化されていることがわかっていた。細菌ではその機能解析も進み、DNA複製時のミスマッチ修復や転写に関わることが報告されていたが、真核生物でアデニンのメチル化が何をしているのかほとんど研究されていなかった。5月7日号のCellにはハーバード大学から線虫、シカゴ大学からミドリムシ、そして中国科学アカデミーからショウジョウバエのアデニンメチル化に関する論文が3報並んで報告されていた。せっかくなので、2回に分けて全てを紹介しよう。最初の論文はシカゴ大学からでタイトルは「DNA methylation on N6-adenin in c.elegance (線虫でのN6−アデニンメチル化)」だ。この研究はまずどのタイプのメチル化が線虫のゲノムに存在しているのかを調べている。簡単そうだが、線虫は通常大腸菌で飼われており、またアデニンのメチル化はRNAに広く存在しているので、それらを除外して線虫ゲノムのアデニンメチル化だけを検出できるよう色々工夫している。その結果線虫ゲノムにはシトシンのメチル化はないが、広くアデニン残基がメチル化されていることを明らかにした。次に様々な突然変異体の解析から、F09F7.7として知られていた分子がメチル化アデニンを脱メチル化する酵素で、一方C18A3.1として知られていた遺伝子がアデニンのメチル化酵素であると特定した。面白いことに、脱メチル化酵素が欠損すると代を重ねるごとにメチル化が上昇し、4代目には完全に不妊になることが分かった。この不妊は、メチル化酵素を欠損させることで阻止することができる。このことから、メチル化は世代を超えて伝わること、またメチル化・脱メチル化のバランスをとって生殖系列でのメチル化レベルを一定に保つことが、生殖機能に重要なことがわかる。最後に、アデニンメチル化と遺伝子発現制御との関係を調べるため、メチル化に影響を及ぼす他の分子を探索し、spr5と呼ばれるH3K4ヒストンメチル化酵素が欠損するとアデニンメチル化が上昇することを突き止めた。このことは、ヒストンを介したエピジェネティック調節とアデニンメチル化を介するエピジェネティック調節機構が協調して遺伝子発現を調節していることがわかる。ただ、残念ながら世代を超えて進むこのエピジェネティックな調節機構の破綻が、なぜ生殖細胞の破綻に繋がるのかについて明確な答えは示されていない。明日紹介する残りの論文で示された高い遺伝子発現を誘導する遺伝子の標識機能、あるいはトランスポゾンの転写の標識機能などとの関わりで、再検討していくことが重要だろう。明日は、残りの論文2つを紹介しよう。 この内容は澤さんから以下の訂正を指摘されています。 線虫の脱メチル化酵素NMAD-1が欠損すると4世代目で不妊になるとありますが、これはspr-5との二重変異体です。spr-5単独では20世代くらいで不妊ですが、さらなるNMAD-1変異で表現形がヒストンメチル化異常含めて増強されるようです。脱メチル化酵素の変異体自身はstock centerにホモ変異体で入手できますので、おそらく不妊にならないと思います。spr-5変異で世代が進むと不妊になる原因は、様々な遺伝子発現異常でしょうが、特に精子形成遺伝子の発現が低下することと相関するそうです。http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19379696
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5月8日:窒素固定の始まり(Nature4月30日号掲載論文)

2015年5月8日
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今TPP交渉が妥結直前で、農協もグローバライゼーションでいよいよ危機に瀕してきた。しかし21世紀に入ってから穀物の国際価格は2倍も上昇しているのに、我が国のカロリーベースの食料自給率はすでに50%を切っている。高齢化、少子化、膨大な公的負債などから考えても、急速な円安で食糧輸入が不可能になり食糧危機が起こってもおかしくない。おそらくそんな危機を経験して初めて構造改革ができるのだろう。ちょっとこじつけの出だしだったが、生物の進化も同じような危機をバネに進化してきた。その一つが「窒素危機」と呼ばれる危機で、これをバネに自ら窒素を固定するニトロゲナーゼを進化させた。もともと生命が誕生した38億年前、生命が利用できる窒素源はNO2で、大気中の窒素とCO2が稲妻のエネルギーで生成されたと考えられている。ただ、生命が誕生した38億年から25億年前までの始生代には持続的にCO2が減少し、その結果NO2の生成が2桁減ったと考えられている。この結果、当時の生命は「窒素危機」と呼ばれる絶滅の危機に瀕するが、その中から大気中の窒素を固定するためのニトロゲナーゼを進化させた生命が発生し、生命は全体として窒素自給体制を完成させ現在に至っている。今日紹介するワシントン大学からの論文は、このニトロゲナーゼの進化についての研究で4月30日号のNatureに掲載されている。タイトルは「Isotopic evidence for biological nitrogen fixation by molybdenum-nitrogenase from 3.2Gyr (32億年前にモリブデン型ニトロゲナーゼによる窒素固定が行われていたことのアイソトープによる証明)」だ。私にとっても全く初耳のことだが、これまでゲノム解読された原核生物、古細菌類の15%がニトロゲナーゼを持っている。即ちこの細菌が私たちの窒素源になっている。ほとんどのニトロゲナーゼはモリブデンを活性に必要としているが、他にもバナジウム、鉄を活性中心に持つ酵素も存在している。今日紹介する研究では、最初の窒素固定に関わるニトロゲナーゼのタイプを特定しようと試みている。もちろん、そんな時代の遺伝子が残っているはずもなく、また現存のニトロゲナーゼ配列の系統的比較もここまで古い話になると推定が困難になる。代わりにこの研究では、生物が沈殿したケロージェンを含む岩石の中のN14,N15(窒素同位元素)を測定し、固定された窒素のパターンを調べることで、窒素固定に関わったニトロゲナーゼのタイプを特定できることを示した上で、32億年前の岩石中のケロージェンに残る固定された窒素がほとんど生物由来で、モリブデン型のニトロゲナーゼに由来していることを示している。この結果から、最初のニトロゲナーゼはモリブデン型の祖先型で、バナジウム型や鉄型ではないと結論している。よく読んでみると、この結論を引き出すためには、当時の大気状態を含む様々な条件等について多くの推論を重ねており、次は全く異なるシナリオが提出される懸念はぬぐえない。ただ、金属の触媒作用を利用する酵素の基本特性を探る中で、生物と無生物の接点が見える可能性は実感できた。モリブデンの周りに窒素を求めて古細菌が集まっていたのが目に浮かぶ。
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5月7日:新手のガン免疫療法(Natureオンライン版掲載論文)

2015年5月7日
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連休中外国に出かけ、現在帰国の途にある。当てにしていた飛行機内でのWiFiが使えず、ホームページへのアップロードが10時を過ぎてしまった。いずれにせよ今日中にアップロード出来てホッとしている。というのも、今日は「論文ウォッチ」にとって特別の日だ。昨年の5月8日から1日も欠かさず論文を紹介して来て、ちょうど今日が1年目にあたる。もちろん途中で穴が開いたとしても、読んでいただいている皆さんにとっては別に大したことではないだろう。でも、1日も欠かさず毎日論文一報を紹介しようと思い立った私は、大きな達成感を味わっている。   毎日休まず論文を紹介しようと思い立ったのは昨年の3月で、4月1日を期して、目標達成に向けて日々の生活サイクルまで変化させて書き始めたのだが、一ヶ月ほど続けた5月4日あえなく頓挫してしまった。別に病に臥せったというわけではなく、実際には連休を利用して参加したボルネオ・ジャングルトレッキングツアーで泊まった宿のインターネット接続がうまくいかず、原稿は書いたが3日間ホームページにアップすることが出来なかったのが理由だ。もちろんボルネオまで出かけるからには、宿でインターネットにアクセスできるかも問い合わせていたのだが、行って見るとホテルのLANは使い物にならず計画は頓挫した。気を取り直して、帰国後5月8日から再度挑戦を始め、今度は穴を開けることなく、少し遅れたが本日昼前、目出度く1年目の記事をアップロード出来た。とはいえこの前置きは全く私の自己満足で、今日もこれまで通り淡々と論文を紹介する。  1年365日論文を紹介し続けると、生命科学分野のホットトピックスについてはだいたい把握できる。中でもガン免疫療法についての最近の論文を読むと、これまでやってみないと結果がわからなかったガンの免疫療法が、結果を論理的に予想できる治療へと確かな一歩を踏み出したことを実感する。今日紹介するスタンフォード大学からの論文も同じようにガンに対するキラーT細胞の誘導が目的だが、臨床応用も近いと思わせる独自の方法を提案した研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Allogeneic IgG combined with dendritic cell stimuli induce antitumour T-cell immunity (遺伝的系統の異なる個体からのIgGと樹状細胞の刺激を組み合わせることでT細胞免疫を誘導できる)」だ。   さて、いくら悪性のガンでも、遺伝的に異なる系統に移植すると完全に排除される。このことから、キラーT細胞がしっかり誘導できればガンを根治できることがわかる。これを実現するため、1)正常とガンを区別できるガン特異的ペプチドを特定し、2)樹状細胞とともに免疫して、3)ガン特異的キラーT細胞を誘導するのが現在の研究の主流だ。特に最近、このコンセプトが正しく、キラーT細胞を使ってガンを根治できることを示す論文が相次いで発表され、メラノーマについては臨床研究まで始まった。たしかにこの方向は究極のプレシジョンメディシンで、結果を予測できる論理的な治療法だが、プロトコルが複雑で、普及には時間がかかる。もう少し簡単なキラー誘導方法がないか検討したのがこの研究で、まず宿主とは系統が異なるため、拒絶されることがはっきりしているガン細胞に対する免疫が成立する過程を詳細に分析し、ガン細胞拒絶のための条件を探している。その結果、他系統のガンに宿主のIgGが結合し、ガン細胞表面で抗原抗体複合物が形成されることが、ガン免疫成立のカギであることを突き止めた。そして、抗原抗体複合体が樹状細胞を活性化してガン細胞の取り込みを促進し、結果として樹状細胞が多くのガン特異抗原をT細胞に提示できるようになり、ガン特異的免疫が成立することを明らかにした。次に樹状細胞を活性化するための条件を検討した結果、ガンの増殖部位にガンに結合するIgGと樹状細胞を刺激するTNFα+CD40Lを注射するだけでガンを完全に除去できることを示している。最後に、こうして活性化された樹状細胞を他の担ガン宿主に移植するとガンが消滅することを確認し、活性化樹状細胞が誘導できると多くのガン細胞が樹状細胞に取り込まれ、ガン特異的免疫が成立することを示した。また、架橋剤を使って抗原と無関係にIgGをガン細胞に結合させる方法でも樹状細胞を活性化できることを示している。これらの結果から、IgGによる樹状細胞活性化のために、必ずしもガン表面に抗体が結合できる抗原が存在する必要はなく、樹状細胞を活性化することが、キラーT細胞を誘導のための最も重要な要因であることがわかる。これは、実際に臨床応用するとき役に立つ情報だ。この研究はまだ動物モデルの前臨床段階だが、人への応用を視野に入れて、人のガン表面上の抗原抗体複合物が樹状細胞を活性化し、T細胞免疫を誘導することを最後に示している。  様々な実験が行われているが、適切に活性化した樹状細胞にガン細胞を処理させれば、自己のガンに対しても強い免疫反応を誘導できるという結論だ。重要なのは、このプロトコルは明日にでもヒトに応用できる点だ。健康保険は使えないが、樹状細胞によるガンの免疫療法は我が国でもずいぶん普及し、この治療を専門に提供している施設の数も多い。しかしこれまでの方法は、原理は正しいが、うまくいくかどうかはやってみないとわからなかった。その意味で、現在普及している樹状細胞治療を少し変えるだけで、より確実な方法へと技術をステップアップさせられるなら、期待は大きい。
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5月6日:Leber黒内症の遺伝子治療(The New England Journal of Medicine紹介論文)

2015年5月6日
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おそらくほとんどの読者は、白内障だけでなく黒内症があると聞くと驚かれるだろう。通常黒内症とは、全身性の病気が原因で視野が失われる状態を意味しており、高血圧や糖尿病による視力障害もこの中に含まれる。逆に、目だけに起こる異常による視力障害、例えば黄班変性症や色素性網膜炎などはこれに該当しない。この中に、遺伝的原因で視覚が障害される黒内症の一つが先天性Leber黒内症で、網膜色素細胞で発現しているRPE65遺伝子の突然変異が病気の原因であることがわかっている。今日紹介するロンドン大学からの論文はレーバー黒内症の遺伝子治療臨床研究で、5月4日発行のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Long-term effect of gene therapy on Leber’s congenital amaurosis (先天的Leber黒内症の遺伝子治療の長期効果)」だ。視細胞は光を感じるロドプシンの活性を維持するためにレチナールのリサイクルが必要だが、RPE65分子は網膜色素細胞に発現し、レチナールをリサイクルする分子だ。従って、この分子の突然変異の結果起こる症状は、ビタミンA欠乏で起こる鳥目と同じだが、機能低下にとどまらず時間が経つと視細胞が失われていく。幸い眼球はもともとアデノウイルスベクターを使った遺伝子導入に適した組織で、この疾患は最初から遺伝子治療の重要な標的として研究され、2008年には幾つかのグループが遺伝子治療が有効であることを示している。今日紹介する論文はその延長で、3年という長期の効果を報告したものだ。結論だが、RPE65遺伝子を運ばせたアデノウイルスベクターを直接に中心窩近くの網膜内に投与することで、50%の患者さんで光感受性が上昇し、薄暗い場所での視力が回復している。また、この回復は投与後徐々に進み、6−12ヶ月でピークに達し、その後はまた低下することが確認された。一見期待できる結果だが、患者さんに使ってみて初めて多くの問題も明らかになっている。まず25%の患者さんで網膜の炎症が副作用として現れ、2例では炎症による視力の低下が起こっている。安全な遺伝子治療実現には、免疫反応を起こさないベクターの開発が急務になる。さらに、今回使われたウイルス力価による治療では、かなりの時間暗闇で慣らさないと視力回復効果がない。今後なんとか副作用を抑えたベクターを開発し、もっと高力価のウイルスを使う必要があるだろう。今回の研究で最も期待に反していた結果は、視細胞の変性が進んだ17−25歳の患者さんで遺伝子治療の効果が最も著銘に見られ、、まだ変性の進んでいないもっと若い患者さんでは大きな効果が見られなかった点だろう。おそらくリサイクルできるレチナール量の回復が不十分なため、変性が進んで視細胞の数が減ったことで、リサイクルされたレチナールが細胞に行き渡るようになり、細胞数の減少という災いが幸いしているようだ。また、1年を過ぎると効果が落ちることから、細胞の変性を食い止めるところまでは至っていないことがわかった。以上のことから、副作用のない高力価ウィウルスベクターの調整が今後最も重要な課題であることは間違いない。とはいえ、このように数多くの問題を抱えながらも、一定の治療効果が示されたことは、この治療法のコンセプトが正しかったことを示している。このように、確かに遺伝子治療は幾つかの疾患で実用段階に来たが、本当の普及には、医師、研究者、患者が一体となって取り組まなければならない多くのハードルはあるようだ。
カテゴリ:論文ウォッチ
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