5月9日:アデニンのメチル化1(5月7日号Cell掲載論文)
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5月9日:アデニンのメチル化1(5月7日号Cell掲載論文)

2015年5月9日
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DNA メチル化=シトシンのメチル化、と決めてしまうほどシトシンのメチル化は研究されてきたが、実はアデニンもウイルスから昆虫まで多くの生物でメチル化されていることがわかっていた。細菌ではその機能解析も進み、DNA複製時のミスマッチ修復や転写に関わることが報告されていたが、真核生物でアデニンのメチル化が何をしているのかほとんど研究されていなかった。5月7日号のCellにはハーバード大学から線虫、シカゴ大学からミドリムシ、そして中国科学アカデミーからショウジョウバエのアデニンメチル化に関する論文が3報並んで報告されていた。せっかくなので、2回に分けて全てを紹介しよう。最初の論文はシカゴ大学からでタイトルは「DNA methylation on N6-adenin in c.elegance (線虫でのN6−アデニンメチル化)」だ。この研究はまずどのタイプのメチル化が線虫のゲノムに存在しているのかを調べている。簡単そうだが、線虫は通常大腸菌で飼われており、またアデニンのメチル化はRNAに広く存在しているので、それらを除外して線虫ゲノムのアデニンメチル化だけを検出できるよう色々工夫している。その結果線虫ゲノムにはシトシンのメチル化はないが、広くアデニン残基がメチル化されていることを明らかにした。次に様々な突然変異体の解析から、F09F7.7として知られていた分子がメチル化アデニンを脱メチル化する酵素で、一方C18A3.1として知られていた遺伝子がアデニンのメチル化酵素であると特定した。面白いことに、脱メチル化酵素が欠損すると代を重ねるごとにメチル化が上昇し、4代目には完全に不妊になることが分かった。この不妊は、メチル化酵素を欠損させることで阻止することができる。このことから、メチル化は世代を超えて伝わること、またメチル化・脱メチル化のバランスをとって生殖系列でのメチル化レベルを一定に保つことが、生殖機能に重要なことがわかる。最後に、アデニンメチル化と遺伝子発現制御との関係を調べるため、メチル化に影響を及ぼす他の分子を探索し、spr5と呼ばれるH3K4ヒストンメチル化酵素が欠損するとアデニンメチル化が上昇することを突き止めた。このことは、ヒストンを介したエピジェネティック調節とアデニンメチル化を介するエピジェネティック調節機構が協調して遺伝子発現を調節していることがわかる。ただ、残念ながら世代を超えて進むこのエピジェネティックな調節機構の破綻が、なぜ生殖細胞の破綻に繋がるのかについて明確な答えは示されていない。明日紹介する残りの論文で示された高い遺伝子発現を誘導する遺伝子の標識機能、あるいはトランスポゾンの転写の標識機能などとの関わりで、再検討していくことが重要だろう。明日は、残りの論文2つを紹介しよう。 この内容は澤さんから以下の訂正を指摘されています。 線虫の脱メチル化酵素NMAD-1が欠損すると4世代目で不妊になるとありますが、これはspr-5との二重変異体です。spr-5単独では20世代くらいで不妊ですが、さらなるNMAD-1変異で表現形がヒストンメチル化異常含めて増強されるようです。脱メチル化酵素の変異体自身はstock centerにホモ変異体で入手できますので、おそらく不妊にならないと思います。spr-5変異で世代が進むと不妊になる原因は、様々な遺伝子発現異常でしょうが、特に精子形成遺伝子の発現が低下することと相関するそうです。http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19379696
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5月8日:窒素固定の始まり(Nature4月30日号掲載論文)

2015年5月8日
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今TPP交渉が妥結直前で、農協もグローバライゼーションでいよいよ危機に瀕してきた。しかし21世紀に入ってから穀物の国際価格は2倍も上昇しているのに、我が国のカロリーベースの食料自給率はすでに50%を切っている。高齢化、少子化、膨大な公的負債などから考えても、急速な円安で食糧輸入が不可能になり食糧危機が起こってもおかしくない。おそらくそんな危機を経験して初めて構造改革ができるのだろう。ちょっとこじつけの出だしだったが、生物の進化も同じような危機をバネに進化してきた。その一つが「窒素危機」と呼ばれる危機で、これをバネに自ら窒素を固定するニトロゲナーゼを進化させた。もともと生命が誕生した38億年前、生命が利用できる窒素源はNO2で、大気中の窒素とCO2が稲妻のエネルギーで生成されたと考えられている。ただ、生命が誕生した38億年から25億年前までの始生代には持続的にCO2が減少し、その結果NO2の生成が2桁減ったと考えられている。この結果、当時の生命は「窒素危機」と呼ばれる絶滅の危機に瀕するが、その中から大気中の窒素を固定するためのニトロゲナーゼを進化させた生命が発生し、生命は全体として窒素自給体制を完成させ現在に至っている。今日紹介するワシントン大学からの論文は、このニトロゲナーゼの進化についての研究で4月30日号のNatureに掲載されている。タイトルは「Isotopic evidence for biological nitrogen fixation by molybdenum-nitrogenase from 3.2Gyr (32億年前にモリブデン型ニトロゲナーゼによる窒素固定が行われていたことのアイソトープによる証明)」だ。私にとっても全く初耳のことだが、これまでゲノム解読された原核生物、古細菌類の15%がニトロゲナーゼを持っている。即ちこの細菌が私たちの窒素源になっている。ほとんどのニトロゲナーゼはモリブデンを活性に必要としているが、他にもバナジウム、鉄を活性中心に持つ酵素も存在している。今日紹介する研究では、最初の窒素固定に関わるニトロゲナーゼのタイプを特定しようと試みている。もちろん、そんな時代の遺伝子が残っているはずもなく、また現存のニトロゲナーゼ配列の系統的比較もここまで古い話になると推定が困難になる。代わりにこの研究では、生物が沈殿したケロージェンを含む岩石の中のN14,N15(窒素同位元素)を測定し、固定された窒素のパターンを調べることで、窒素固定に関わったニトロゲナーゼのタイプを特定できることを示した上で、32億年前の岩石中のケロージェンに残る固定された窒素がほとんど生物由来で、モリブデン型のニトロゲナーゼに由来していることを示している。この結果から、最初のニトロゲナーゼはモリブデン型の祖先型で、バナジウム型や鉄型ではないと結論している。よく読んでみると、この結論を引き出すためには、当時の大気状態を含む様々な条件等について多くの推論を重ねており、次は全く異なるシナリオが提出される懸念はぬぐえない。ただ、金属の触媒作用を利用する酵素の基本特性を探る中で、生物と無生物の接点が見える可能性は実感できた。モリブデンの周りに窒素を求めて古細菌が集まっていたのが目に浮かぶ。
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5月7日:新手のガン免疫療法(Natureオンライン版掲載論文)

2015年5月7日
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連休中外国に出かけ、現在帰国の途にある。当てにしていた飛行機内でのWiFiが使えず、ホームページへのアップロードが10時を過ぎてしまった。いずれにせよ今日中にアップロード出来てホッとしている。というのも、今日は「論文ウォッチ」にとって特別の日だ。昨年の5月8日から1日も欠かさず論文を紹介して来て、ちょうど今日が1年目にあたる。もちろん途中で穴が開いたとしても、読んでいただいている皆さんにとっては別に大したことではないだろう。でも、1日も欠かさず毎日論文一報を紹介しようと思い立った私は、大きな達成感を味わっている。   毎日休まず論文を紹介しようと思い立ったのは昨年の3月で、4月1日を期して、目標達成に向けて日々の生活サイクルまで変化させて書き始めたのだが、一ヶ月ほど続けた5月4日あえなく頓挫してしまった。別に病に臥せったというわけではなく、実際には連休を利用して参加したボルネオ・ジャングルトレッキングツアーで泊まった宿のインターネット接続がうまくいかず、原稿は書いたが3日間ホームページにアップすることが出来なかったのが理由だ。もちろんボルネオまで出かけるからには、宿でインターネットにアクセスできるかも問い合わせていたのだが、行って見るとホテルのLANは使い物にならず計画は頓挫した。気を取り直して、帰国後5月8日から再度挑戦を始め、今度は穴を開けることなく、少し遅れたが本日昼前、目出度く1年目の記事をアップロード出来た。とはいえこの前置きは全く私の自己満足で、今日もこれまで通り淡々と論文を紹介する。  1年365日論文を紹介し続けると、生命科学分野のホットトピックスについてはだいたい把握できる。中でもガン免疫療法についての最近の論文を読むと、これまでやってみないと結果がわからなかったガンの免疫療法が、結果を論理的に予想できる治療へと確かな一歩を踏み出したことを実感する。今日紹介するスタンフォード大学からの論文も同じようにガンに対するキラーT細胞の誘導が目的だが、臨床応用も近いと思わせる独自の方法を提案した研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Allogeneic IgG combined with dendritic cell stimuli induce antitumour T-cell immunity (遺伝的系統の異なる個体からのIgGと樹状細胞の刺激を組み合わせることでT細胞免疫を誘導できる)」だ。   さて、いくら悪性のガンでも、遺伝的に異なる系統に移植すると完全に排除される。このことから、キラーT細胞がしっかり誘導できればガンを根治できることがわかる。これを実現するため、1)正常とガンを区別できるガン特異的ペプチドを特定し、2)樹状細胞とともに免疫して、3)ガン特異的キラーT細胞を誘導するのが現在の研究の主流だ。特に最近、このコンセプトが正しく、キラーT細胞を使ってガンを根治できることを示す論文が相次いで発表され、メラノーマについては臨床研究まで始まった。たしかにこの方向は究極のプレシジョンメディシンで、結果を予測できる論理的な治療法だが、プロトコルが複雑で、普及には時間がかかる。もう少し簡単なキラー誘導方法がないか検討したのがこの研究で、まず宿主とは系統が異なるため、拒絶されることがはっきりしているガン細胞に対する免疫が成立する過程を詳細に分析し、ガン細胞拒絶のための条件を探している。その結果、他系統のガンに宿主のIgGが結合し、ガン細胞表面で抗原抗体複合物が形成されることが、ガン免疫成立のカギであることを突き止めた。そして、抗原抗体複合体が樹状細胞を活性化してガン細胞の取り込みを促進し、結果として樹状細胞が多くのガン特異抗原をT細胞に提示できるようになり、ガン特異的免疫が成立することを明らかにした。次に樹状細胞を活性化するための条件を検討した結果、ガンの増殖部位にガンに結合するIgGと樹状細胞を刺激するTNFα+CD40Lを注射するだけでガンを完全に除去できることを示している。最後に、こうして活性化された樹状細胞を他の担ガン宿主に移植するとガンが消滅することを確認し、活性化樹状細胞が誘導できると多くのガン細胞が樹状細胞に取り込まれ、ガン特異的免疫が成立することを示した。また、架橋剤を使って抗原と無関係にIgGをガン細胞に結合させる方法でも樹状細胞を活性化できることを示している。これらの結果から、IgGによる樹状細胞活性化のために、必ずしもガン表面に抗体が結合できる抗原が存在する必要はなく、樹状細胞を活性化することが、キラーT細胞を誘導のための最も重要な要因であることがわかる。これは、実際に臨床応用するとき役に立つ情報だ。この研究はまだ動物モデルの前臨床段階だが、人への応用を視野に入れて、人のガン表面上の抗原抗体複合物が樹状細胞を活性化し、T細胞免疫を誘導することを最後に示している。  様々な実験が行われているが、適切に活性化した樹状細胞にガン細胞を処理させれば、自己のガンに対しても強い免疫反応を誘導できるという結論だ。重要なのは、このプロトコルは明日にでもヒトに応用できる点だ。健康保険は使えないが、樹状細胞によるガンの免疫療法は我が国でもずいぶん普及し、この治療を専門に提供している施設の数も多い。しかしこれまでの方法は、原理は正しいが、うまくいくかどうかはやってみないとわからなかった。その意味で、現在普及している樹状細胞治療を少し変えるだけで、より確実な方法へと技術をステップアップさせられるなら、期待は大きい。
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5月6日:Leber黒内症の遺伝子治療(The New England Journal of Medicine紹介論文)

2015年5月6日
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おそらくほとんどの読者は、白内障だけでなく黒内症があると聞くと驚かれるだろう。通常黒内症とは、全身性の病気が原因で視野が失われる状態を意味しており、高血圧や糖尿病による視力障害もこの中に含まれる。逆に、目だけに起こる異常による視力障害、例えば黄班変性症や色素性網膜炎などはこれに該当しない。この中に、遺伝的原因で視覚が障害される黒内症の一つが先天性Leber黒内症で、網膜色素細胞で発現しているRPE65遺伝子の突然変異が病気の原因であることがわかっている。今日紹介するロンドン大学からの論文はレーバー黒内症の遺伝子治療臨床研究で、5月4日発行のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Long-term effect of gene therapy on Leber’s congenital amaurosis (先天的Leber黒内症の遺伝子治療の長期効果)」だ。視細胞は光を感じるロドプシンの活性を維持するためにレチナールのリサイクルが必要だが、RPE65分子は網膜色素細胞に発現し、レチナールをリサイクルする分子だ。従って、この分子の突然変異の結果起こる症状は、ビタミンA欠乏で起こる鳥目と同じだが、機能低下にとどまらず時間が経つと視細胞が失われていく。幸い眼球はもともとアデノウイルスベクターを使った遺伝子導入に適した組織で、この疾患は最初から遺伝子治療の重要な標的として研究され、2008年には幾つかのグループが遺伝子治療が有効であることを示している。今日紹介する論文はその延長で、3年という長期の効果を報告したものだ。結論だが、RPE65遺伝子を運ばせたアデノウイルスベクターを直接に中心窩近くの網膜内に投与することで、50%の患者さんで光感受性が上昇し、薄暗い場所での視力が回復している。また、この回復は投与後徐々に進み、6−12ヶ月でピークに達し、その後はまた低下することが確認された。一見期待できる結果だが、患者さんに使ってみて初めて多くの問題も明らかになっている。まず25%の患者さんで網膜の炎症が副作用として現れ、2例では炎症による視力の低下が起こっている。安全な遺伝子治療実現には、免疫反応を起こさないベクターの開発が急務になる。さらに、今回使われたウイルス力価による治療では、かなりの時間暗闇で慣らさないと視力回復効果がない。今後なんとか副作用を抑えたベクターを開発し、もっと高力価のウイルスを使う必要があるだろう。今回の研究で最も期待に反していた結果は、視細胞の変性が進んだ17−25歳の患者さんで遺伝子治療の効果が最も著銘に見られ、、まだ変性の進んでいないもっと若い患者さんでは大きな効果が見られなかった点だろう。おそらくリサイクルできるレチナール量の回復が不十分なため、変性が進んで視細胞の数が減ったことで、リサイクルされたレチナールが細胞に行き渡るようになり、細胞数の減少という災いが幸いしているようだ。また、1年を過ぎると効果が落ちることから、細胞の変性を食い止めるところまでは至っていないことがわかった。以上のことから、副作用のない高力価ウィウルスベクターの調整が今後最も重要な課題であることは間違いない。とはいえ、このように数多くの問題を抱えながらも、一定の治療効果が示されたことは、この治療法のコンセプトが正しかったことを示している。このように、確かに遺伝子治療は幾つかの疾患で実用段階に来たが、本当の普及には、医師、研究者、患者が一体となって取り組まなければならない多くのハードルはあるようだ。
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5月5日:私たちの先祖がネアンデルタールを滅ぼした(Scienceオンライン版掲載論文)

2015年5月5日
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なんども紹介してきたが今考古学分野が面白い。石器などの遺物と骨格による解剖学的解析を組み合わせて、当時の出来事を推察するのがこれまでの考古学だったが、そこにゲノムとして記録されていた情報が加わった。文字の記録がない時代の歴史を有史以前、すなわち記録のない時代と区別してきたが、ゲノムを高次の記録のない時代についての記録された情報として利用できることが明らかになってきた。そのおかげで現代人の祖先(anatomically modern human解剖学的現代人:AMHと呼ぶ)が、いつどこでネアンデルタール人と交雑したのかかなり正確に推察されている。しかし考古学と生物学が別個に研究されるのではなく、両方の協力や統合が必要になる。今日紹介するイタリア・ボーローニャ大学からの論文はこの典型で、Scienceオンライン版に掲載された。タイトルは「The makers of the Protoaurignacian and implication of Neandertal extinction (原始オーリニャック文化の担い手から考えるネアンデルタール人消滅)」だ。ネアンデルタール人の文化はムスティエ文化となずけられ、その後現れる私たちの先祖の形成したオーリニャック文化から、石器の形状などで区別されている。ただ昨年8月このホームページでも紹介したが( http://aasj.jp/news/watch/2061 )、この二つの中間段階にある原始オーリニャック文化については、私たちの先祖の文化と決めつけていいのか異論があった。昨年紹介したのは、石器の詳しい年代分析から、ウルッツァ文化やシャテルペロン文化のような原始オーリニャック文化は、私たちの先祖の形成した文化であることを結論した論文だった。このように意見が分かれる最大の理由は、石器が発見された場所から解剖学的特徴がはっきりした人骨が発見できず、文化の担い手を解剖学的に特定できなかったからだ。この研究では、私たちの先祖かネアンデルタールか議論が続いてきたイタリア各地の原始オーリニアック文化で発見された歯の化石を解剖学及びゲノムレベルで調べることで、誰が文化の担い手だったか特定しようとしている。まず出土した歯のエナメル質の厚さを精密にネアンデルタールの歯と比較し、原始オーリニャック石器とともに出土した歯が私たちの先祖の歯に近いと結論している。この結論を、記録としてのゲノム情報を用いてさらに確実にしようと、ミトコンドリアゲノムを完全に解読し、このゲノムが約45000年前の私たち先祖のものであることを決定した。この時代は北イタリアにもネアンデルタールが生存していた時代と重なるため、おそらくより精度の劣る石器しか使っていなかったネアンデルタール人は、刃の鋭さを再調整した優れた石器を持つ原始オーリニャック文化に滅ぼされることになったのではと結論している。ゲノムという記録された情報が時代と系列を明らかにすることで歴史の理解に大きな貢献をしていることを示す典型的論文だと思う。今後も目を離さず紹介していきたいと思っている。
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5月4日:アフリカツメガエルが発生学最前線に帰ってきた(Scienceオンライン版掲載論文)

2015年5月4日
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私の学生時代は、発生学にシュペーマンの伝統が脈々と生きており、実験動物もアフリカツメガエル(Xenopus )の独壇場だった。しかし今やXenopusを用いた研究は地盤沈下が激しく、発生学の専門誌Developmentでもエディター仲間に一人Xenopusを使った研究者がいたが、Xenopusの論文はかなり少数派だった。この理由は、Xenopusの持つ実験上の優位性が失われ、この実験システムでないと研究できないテーマが激減したためだと思う。Xenopusを用いる発生学の伝統が復活するためには、Xenopusに向いたしかも普遍的なテーマを探すことが必要になる。今日紹介するノースウェスタン大学からの研究はこれに成功した研究でScienceオンライン版に掲載された。タイトルは「Shared regulatory programs suggest retention of blastula-stage potential in neural crest cells(共通の調節プログラムの存在から、神経堤細胞の多分化能は胞胚期の多分化能が維持された結果であることを示唆している)」だ。この論文を理解するには神経堤細胞の多分化能について最低限の知識が必要だろう。神経堤は神経管の上部から発生し、神経や色素細胞へ分化する細胞だが、頭部の神経堤細胞はさらに骨や筋肉を含む多くの細胞系列へ分化する多分化能を持つことが知られている。多分化能といえばもちろんES細胞が由来する胞胚期の細胞の特徴だが、神経堤細胞は発生中期にできてくる細胞にもかかわらず、最も未熟な多能性細胞に匹敵する分化能力を持っている。このため分化能が一度制限された神経細胞が神経堤細胞へと分化する時多能性が新たに誘導されると考えられていた。この研究を行ったLaBonneさんたちはこの通説に反し、神経堤細胞の多分化能は胞胚期の多分可能に関わる分子ネットワークがそのまま維持され続けた結果ではないかとこの論文で提唱した。この仮説が正しければ、神経堤細胞も胞胚期の細胞と同じ多分化能の維持に関わる分子を発現しているはずで、この点の検討から研究を始めている。期待通り、山中4因子を含む多能性維持に関わる分子が両方の細胞で発現していることが確認された。次に、Xenopus胞胚期の多能性細胞を代表するアニマルキャップ細胞を分化させる時、神経堤が誘導される条件でだけ多分化能を持った細胞が誘導でき、この細胞から普通神経堤細胞からは分化しない内胚葉細胞まで分化してくることを発見した。すなわち、神経堤細胞は、ほぼ胞胚期の細胞と同じ多分化能を持っていることを示している。これが人為的な実験的条件がもたらした結果でないことを示すため、正常胚から神経堤細胞を取り出して培養し、胚内の神経堤細胞も条件さえ整えば内胚葉へ分化できることを示している。これらの結果から、LaBonnaさんたちは、神経堤細胞の多能性は、胞胚期の多能性維持機構の全部、あるいは一部が維持された結果だと結論している。論文は論理的で、実験もしっかりしている。ただ完全に納得したかと言われるとそうはいかない。研究はXenopusを用いた比較的古典的実験系だけで行われており、この説が正しいかどうか、あるいは全ての脊椎動物で同じことがいえるのかさらに検討が必要だと思う。特に多能性の分子ネットワークが維持され続けている途中段階の細胞を特定する必要があるだろう。同じような研究をマウスES細胞で行った(Cell 129,1377)本人としては、単一細胞レベルの追跡実験が必要だと思う。とはいえ、Xenopus研究の歴史で培われた全てのテクノロジーを重要な問題に集中させる方法には好感が持てる。興味があったので調べてみると、神経堤細胞分化の第一人者Bonner-Fraserさんのポスドクから独立した若手のようだ。今後Xenopusを用いる発生学のリーダーとして活躍を期待したいと思う。
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5月:空腹の記憶(Natureオンライン版掲載論文)

2015年5月3日
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喜んでダイエットに挑戦する人たちはともかく、私たちは空腹を不快と感じ、不快な空腹をもたらす条件を記憶に残し、次にはなるべく避けようとする。このような空腹の感覚は視床に存在するAgouti-related peptide (AGRP)を分泌する神経細胞の興奮と相関することがわかっている。今日紹介するバージニアのハワードヒューズ医学研究所からの論文は、マウスモデルを用いて、このAGRP神経細胞を刺激した時、空腹を感じるだけでなく、その状況についての記憶を促進する刺激としても働いているかどうかを調べた論文で、Natureオンンライン版に掲載された。タイトルは「Neurons for hunger and thirst transmit a negative-valence teaching signal (空腹や渇きに関わる神経は負の経験としてシグナルを送ることができる)」だ。この論文ではまず、匂いだけが違っている2種類の食べ物を自由に食べさせる条件で、光遺伝学を用いて片方の匂いとAGRPニューロンの刺激を結合させると、その匂いの食べ物が避けられることを確認し、AGRPニューロンの刺激で空腹感を与えると、その時の匂いを忌避すべき条件として記憶することを示している。次に逆の実験を行っている。即ち、こAGRPニューロンの興奮を阻害できるように遺伝子操作したマウスを、食べ物を与えず空腹感を感じる条件に置き、即ち普通ならAGRPニューロンが活性化される条件で、AGRPニューロンの興奮を阻害するとともに、同じ匂いを経験させる。すると今度は阻害により空腹が去ったと勘違いし、ニューロン興奮を阻害した時嗅いだ匂いを好むようになる。これらの結果は、1)空腹の起こった条件は記憶される、2)この空腹感はAGRPニューロンの刺激の度合いで決まる、ことを明らかにした。この条件は決して嗅覚で感じる条件に限るものではなく、空腹を経験した(AGRPニューロンが興奮した)場所も記憶として残る。おそらくこのような記憶は動物が食物を探す時重要な役割を果たすだろう。最後に他の条件反射との関連を調べるため、レバーを押すと食べ物が得られることを教えたマウスのAGRPニューロンを刺激すると、レバーを押す回数が減ることを示している。即ち、レバーを押して食物を得たとしても,AGRPニューロンが刺激されると空腹感が残るため、レバーを押して食物を得る行動に熱が入らなくなるということだ。さて、行動学的解析についての解釈が正しいとすると、食物を摂取することで、空腹によるAGRPニューロンの興奮が消失するはずだ。これを調べるため、AGRPニューロンの興奮を生きたままモニターできるように細工したマウスを使って確かめている。結果は予想通りで、空腹時におこるAGRPニューロンの興奮は、接触行為自体ではなく、栄養を摂取した時だけ抑制されることを示している。そして最後の仕上げとして、同じ記憶を渇きで興奮する神経の刺激でも誘導されることも示して論文は終わっている。空腹をなるべく経験しないように、動物にとって必須の脳機能を明らかにした重要な研究だ。このように、光遺伝学や、化学物質を使って特定のニューロンを刺激したり、抑制する実験が可能になり、これまで明らかになっていなかった様々な行動の背景にある神経ネットワークがどんどん明らかにされていく。しかし対象とする行動だけ変えて、同じパターンの研究が続くとすこし飽きが来る。このブームの次に何が来るのか。より複雑化した行動へ挑戦していくのか、霊長類などより人間に近い動物へと移っていくのか?素人の私から見ると、人間にしか見られない性質が細胞レベルで語れるようになるのは、まだ新しいブレークスルーが必要な気がする。それまで生きていられるか、すこし不安だ。

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5月2日:識字障害と書字障害の脳構造(Neuroimage:Clinical印刷中論文)

2015年5月2日
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これまでこのホームページで、2013年9月(http://aasj.jp/news/watch/509)、及び2014年9月(http://aasj.jp/news/navigator/navi-news/2128)の2回、識字障害について紹介してきた。特に昨年紹介した論文は、識字障害の人に文章を黙読してもらって、その間の脳内活動をMRIで検討した論文で、今日の論文ウォッチを読まれた方は是非再読してほしいと思う。このように高次機能を脳構造の問題として捉えようとする試みは続いているようで、今日紹介するワシントン大学の研究も最新のMRI計測技術を使って識字障害と書字障害の脳構造を比べた研究でeuroimage:Clinicalに掲載予定だ。識字障害と書字障害の比較ということで興味を持ったが、実際には私のような素人には詳細の理解が難しい論文だった。タイトルは「Contrasting brain patterns of writing-related DTI parameters, fMRI connectivity, and DTI-fMRI connectivity correlation in children with and without dysgraphia or dyslexia. (正常、書字障害、識字障害の子供の文字を書くことに関連するDTI, fMRI結合性、そしてDTI –fMRI関連性に関わる脳ネットワークパターンは対照的な違いを示す)」だ。タイトルにあるDTIというのは拡散テンソルイメージの略で、私の理解する範囲でいうと、MRIで検出される水の拡散は神経系が発達すると均一ではなくなり、神経ネットワークに沿って早く拡散するようになることを利用して、神経の結合状態を推察する方法のようだ。例えば、神経の太さやミエリン化の程度まで分かるらしく、ネットワークの発達の程度をある程度推察することができる。fractional anisotropyと呼ばれる指標はミエリン化を反映し、axial diffusibilityは軸索の太さと相関することがわかっているようだ。研究では、識字障害と書字障害の児童に、単語の虫食い部分を推察して書かせる試験を含む4つのテストを、字を実際に書かせて答えさせ、その思考過程をこのような最新の測定法を駆使した脳計測を用いて調べている。正直なところ、データのほとんどが脳イメージではなく、脳各部の反応の数値で示されているため、丹念に追う気にならない。ただこの研究から、書字障害、識字障害それぞれの児童は、脳のネットワークレベルに質的な違いがあることは明らかなようだ。さらに、書字障害も識字障害も文字の認識の問題だが、様々なテストと脳イメージを組み合わせることで、それぞれの状態が脳の発達の質的な差を反映していることも示されている。例えば脳の白質のネットワークを調べると、書字障害の子供はミエリン化の遅れが見られる一方、識字障害の子供は神経軸索の太さの違いが見られると結論されているのに驚く。もちろんこのような違いは、それぞれ異なる特定の脳部位に認められる。他にも、識字障害の子供が外から指示を受けることなく文字を見ている時は、普通の児童や書字障害の子供と比べて、文字を最初に認識する視覚野と、見た文字と記憶を結合させて、文章の中の文字とへとプロセスするのに関わる脳領域が過剰に結合しているという分析も面白い。ともかく膨大な仕事で、詳しく述べる気持ちになれないが、高次機能をなんとか脳ネットワークの違いとして定義するための努力が進んでいることを伝えたいと思った。このような解析が面白い分析に終わらず、新しい治療法の開発につながることを願う。ただ、識字障害を全て直すべき対象と考えていいのかは疑問だ。特に、識字障害を持つ人にはクリエーティブな人が多いことを示す様々な調査がある。だとすると、識字障害があるからと言って、闇雲に治療を行う対象として考えることは問題だ。加えて、おそらく3種類の文字を使う日本語に、英語圏の研究をそのまま当てはめられるのかも疑問だ。おそらく、もっと複雑で面白い問題が日本人の頭に潜んでいるはずだ。今後言語自体の違いに起因する脳ネットワークの違いを理解できれば、もっと面白い分野になるのではと思った。

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5月1日:X染色体不活化の分子機構(Natureオンライン版掲載論文)

2015年5月1日
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哺乳動物の性染色体はオスがXY,メスがXXだが、オスメスでX染色体の数が違うとことが細胞の活動にとって調整しなければならない問題になる。確かに多くの遺伝子は、片方の染色体で欠損が起こっても、問題がないことが多いが、中には少しの発現量の違いが致命的になる遺伝子も存在する。このため動物はX染色体上の遺伝子発現を調整する様々な仕組みを進化させてきた。その中でももっとも巧妙な仕組みが哺乳動物で見られる。片方のX染色体だけを不活化するX性染色体不活化と呼ばれる仕組みで、この機構により女性の体細胞ではどちらか片方のX染色体がランダムに不活化されている。X染色体の不活化の鍵を握っているのがXistと呼ばれる長いRNAで、片方のX染色体の不活化中心から転写され、その染色体全体を覆い、染色体構造を遺伝子が発現できない抑制型にしている。ただ、XistはRNAであり、それ自身で染色体の構造変化を誘導する力はない。Xistが様々な分子をリクルートし、最終的にヒストンの脱アセチル化、抑制型メチル化と進める必要がある。実を言うと、私はこの分子機構はすっかり明らかになっていると思っていたが、様々な技術的な問題のため、Xistと直接結合している分子についてはほとんど分かっていなかったようだ。今日紹介するカリフォルニア工科大学からの論文はXistに結合している分子を独自に開発した方法で特定した研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「The Xist lncRNA interacts directly with SHARP to silence transcription through HDAC3 (長い非翻訳性RNA・Xistは直接SHARPに結合しHDAC3を介して転写を抑制する)」だ。この研究のハイライトは何と言ってもXist結合タンパクの新しい精製方法だろう。RNAはその配列に相補的配列を持つ核酸と結合することから、Xistを精製するのは難しくないはずだ。しかしXistと結合している分子と結合したまま、相補的核酸で精製するのが極めて難しかったようだ。この研究では、まずXistに結合するタンパク成分を紫外線を使ってXistに共有結合させた後、核酸を変性させ、ビオチン標識した相補的配列でXistごとタンパク成分を精製し、そのアミノ酸配列を質量分析法で特定している。書けば簡単だが、本当は大変な苦労だったと推察する。それでも非特異的に結合している分子を拾ってしまうようで、2013年12月8日、このホームページで紹介したSILACと呼ばれる方法を用いて(http://aasj.jp/date/2013/12/08)、同じようにU1・ RNAに結合している分子と比べることで、Xist特異的結合分子の特定に成功している。最終的に10種類の分子が特定でき、遺伝子ノックダウンを用いてX染色体不活化に関わる分子を特定することができた。後は、それぞれの分子とXistの相互作用を丹念に調べた実験から、次のようなシナリオを提案している。Xistの転写が始まると、まずSAF-A分子が結合しているX染色体部位に結合する。このXistにはSHARP, SMRT,そしてHDAC3が結合し、このHDAC3がヒストンのアセチル基を外して転写を抑制する。その後この不活化された状態はPRC2を介するヒストンをメチル化により安定に維持されるというシナリオだ。分子が特定されたことで、このシナリオはさらに詳細になると想像する。このように分子の機能と相関させたシナリオが示されると、私のような素人の頭の中もうまく整理できる。重要な貢献だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月30日:思いもかけない癌治療標的(Natureオンライン版掲載論文)

2015年4月30日
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細胞の異常増殖が始まると、それを抑える仕組みを私たちの細胞は何重にも持っている。このため増殖促進だけではガンは発生せず、異常増殖を抑制する仕組みが失われてはじめてガン化が始まる。このような遺伝子はガン抑制遺伝子と呼ばれ、ガンのゲノムを調べると抑制遺伝子のどれかが不活化されていることが知られている。この代表がp53分子で、半分近くの腫瘍でp53遺伝子が不活化されている。当然失われたp53の遺伝子を導入しガンの増殖を止めようとする試みが行われてきたが、まだ大きな成果は出ていない。今日紹介するテキサスMDアンダーソンからの論文は、皆が注目していたp53の陰に隠れていた新しいガン治療標的を特定した新しい発想の研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「TP53 loss creates therapeutic vulnerability in colorectal cancer (TP53喪失が直腸癌の治療の弱点を発生させる)」だ。なぜこの可能性を思いついたのかはっきりとしないが、著者らは発ガン過程でp53遺伝子領域が欠損する時、同時に近くにある生命に必須の遺伝子も道連れになり、結果がん細胞の弱点が生まれるのではないかと思いついた。まずガンゲノムのデータベースを調べたところ、期待通りp53遺伝子の欠損は、ほとんどの場合その周辺の大きな領域にわたる欠損を伴っており、たまたまp53遺伝子近くに存在する転写に必須のRNAポリメラーゼの構成成分POLR2A遺伝子も道連れになっていることを突き止めた。もちろんPOLR2Aを完全に失うと細胞は生きていけないため、ガン細胞といえどももう一方の染色体は正常だ。ただ、POLR2A遺伝子発現量は遺伝子の数を反映し半減している。次に、POLR2A発現量が半分になっていることを弱点として利用できないか調べるため、ポリメラーゼ機能を阻害するαアマニチンを様々な濃度で加えると、片方の染色体でPOLR2A欠損した細胞は正常細胞と比べて10分の1の濃度で死ぬことがわかった。すなわち、POLR2A遺伝子量が半減したため、少しの量の阻害剤でも殺せる。試験管内の実験でこの弱点を確認したあと、ではこの着想が臨床に応用可能か調べるために、POLR2A遺伝子を半分欠損したガン細胞を免疫不全マウスに移植、増殖させたあと、αアマニチンで治療可能か前臨床実験を行っている。この時問題になるのが、αアマニチンが特に強い肝毒性を持っていることだ。転写全般を抑制する作用機序から考えて当然で、実際αアマニチンはテングタケのようなキノコが作る典型的毒素だ。従って本来の致死量よりずっと低い濃度で使う必要があるが、濃度が低すぎるとガン細胞にも効かなくなる。著者らはこの問題を、ガン表面に発現している抗原EpCAMに対する抗体にαアマニチンを結合させ、ガンだけに集まるようにして解決した。論文では、体全体にはほとんど影響のない濃度で、片方のPOLR2A遺伝子を喪失したガン細胞を除去できることを示している。結果はこれだけだが、1)p53遺伝子が欠損する際、他の重要な遺伝子が道連れになっているのではと考えたこと、2)発現が50%減っただけの分子も標的になるのではと考えたことが、この論文の全てだろう。少し出来すぎだと疑いたい気持ちもあるが、ガン治療に新しい可能性を開いたことは確かだ。臨床応用がスムースに進むことを期待したい。

カテゴリ:論文ウォッチ
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