11月28日:アルコール依存症の遺伝子(11月26日号Nature communication掲載、オリジナル記事)
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11月28日:アルコール依存症の遺伝子(11月26日号Nature communication掲載、オリジナル記事)

2013年11月28日
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  脳機能のような高次機能について小動物モデルはどれだけ人間を反映できるのだろうかという疑問は、例えばマウスが賢くなったと言った報道を見たとき、大方の一般の人が感じる疑問だろう。研究を行う側は心の片隅に疑問を抱いていたにしても、プレス発表では「この方法で人も賢くなれる」ぐらいの事は言ってしまう。実際は人間を反映する場合もあるがそうでない場合も多い。おそらく、小動物モデルの限界を認識した上で、人間とどう相関させるのかを考えていくしかないのだろう。そんな例の一つが、2007年相次いで論文が出た浮気の遺伝子だろう。最初の論文は、通常は一夫一婦を守る身持ちのいいハタネズミの中で、浮気をする雄を調べると、バソプレッシン受容体の脳内での発現に変化が見られたという報告だった。これでよせばいいのだが、人間でこの受容体遺伝子の多様性を調べてタイプ分けすると、あるタイプを持つ事で離婚率や浮気の頻度が上がるという論文が出た。この論文を見たとき私は秘書に、「結婚するとき相手を連れてきたら、この遺伝子を調べてあげる」などと解説したのを覚えている。勿論この研究が正しいかどうか結論は控えるが、たかが動物の生態とせずに人間で調べてみた研究者に脱帽だ。
  さて、今日紹介するのはその逆の話で、ヒトの遺伝子多型研究からアルコール依存症との関係が疑われていた遺伝子に突然変異を持つ、やはりアルコール依存症のモデルマウスが確立されたという話だ。論文は英国HarwellにあるMRC所属研究所の仕事で、「Mutations in the Gabrb1 gene promote alcohol consumption through increased tonic inhibition (Gabrb1遺伝子の突然変異は神経の緊張抑制を上昇させてアルコール摂取量を促進する)」というタイトルがつけられている。神経細胞同士の伝達にGABAという物質が重要な役割を果たしているが、その受容体遺伝子の多型と、ヒトアルコール依存症との関連がこれまで多く報告されていた。ただ、遺伝子多型の研究をメカニズムの研究まで進めるのは並大抵ではない。そして多くの場合、モデル動物を使う必要がある。このグループは、同じ遺伝子の変異によりアルコール依存症も出るマウスを作成する試みを行い、ついにこの遺伝子に突然変異を起こしたアルコール依存症のマウスを確立した。この突然変異マウスは、水よりアルコールを好み、一日の摂取量も正常マウスと比べると何倍も多い。この研究から結論されるのは、アルコール依存症についてはマウスもヒトのモデルになり得ると言うことになる。詳しくは述べないが、この論文ではモデルマウスの神経細胞を使って、どのレベルで異常が生じているかを詳しく解析している。このようにうまく行くと、モデル動物を使って、普通ヒトでは簡単にできない様々な研究が可能になる。論文では、この型を用いてアルコール依存症の治療薬開発が促進される可能性が唄われていた。一つ強調しておきたいのは、狙った遺伝子をノックアウトする研究と比べると、突然変異を誘導してその中から自分の求める症状を示すマウスを発見する研究は大変な仕事だ。それをやり遂げたこのグループには正直脱帽だ。とは言え、アルコールの魅力はまだまだ奥深いことも間違いないと私は確信している。

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11月24日:自閉症の分子基盤(11月22日号Cell誌掲載)

2013年11月24日
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最新の自閉症研究紹介の最後は、11月22日号のCellに掲載されたカリフォルニア大学ロサンゼルス分校からの仕事だ。研究の目的は同じ号に紹介されているもう一つの論文と同じで、自閉症に関わる分子や細胞を包括的な遺伝子発現やゲノムについての研究から明らかにしようとするものだ。タイトルは「Integrative functional genomic analyses implicate specific molecular pathways and circuits in Autism (統合的なゲノム機能研究から示唆される自閉症に関わる分子過程や回路)」だ。
  この研究では先ずヒトの脳の遺伝子発現を調べたデータベースから、遺伝子が発生時期や場所でどのように発現するのかを抜き出し、18種類のパターンに分類する。次に、やはりデータベースから得られる自閉症関連遺伝子がどのパターンを取るかを調べて、自閉症関連遺伝子とそれぞれのパターンを示す遺伝子群を関連づける。最後に、自閉症関連遺伝子の属するパターンを示す遺伝子が大脳皮質の6層のなかのどこに発現するかを調べ、自閉症発症に関わる細胞を特定すると言う研究だ。この研究によって、1)ゲノム研究などから明らかになっている自閉症関連遺伝子は、同じ様な発現パターンを示す事、2)自閉症関連遺伝子は特定の分子ネットワークを形成している事、3)自閉症関連遺伝子を含む分子ネットワークが大脳皮質の発生過程で特定の細胞(皮質の表層)に発現していること、などが示されている。先に紹介した論文と比べると少し見劣りする仕事だが、ゲノムから遺伝子発現、そして生理学を統合しようと様々な試みが行われている事が実感できる。もちろん問題もある。2つの論文を比べてわかるのは、最終的に自閉症に関わるとして特定された皮質層についての結論が異なっている事で、統合的に多くのデータを処理して過程を明らかにするための手法がまだ完全に確立していない事も理解できた。
   とは言え、自閉症の様な複雑な状態に果敢に挑戦している事は重要だ。2編の論文を読んで私が心配するのは我が国がこの様な統合的研究で大きな遅れをとっている事だ。これらの研究からわかるのは、心理学や精神医学の医師に加え、ゲノム研究、インフォーマティスト、コホート研究、データベース作成など様々な分野が一つの目的に動員されている点だ。モデル動物の研究などはここまでの総合力は必要ない。従って、これまでも紹介したように日本も高いレベルにある。しかし、人間についての研究となると、これからは総合力の勝負になる。間違っていたらいいのだが、医学に関わらず多くの分野で、統合的な研究が日本の弱点である様な気がする。ぜひニコニコ動画を使って、今回紹介した仕事を更にわかりやすく解説するとともに、我が国の弱点についても議論してみたい。もし対談していいと言う方があれば是非手を上げてもらいたいと思っている。

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11月24日:自閉症に関わる神経発生過程の特定 (11月22日号Cell誌掲載)

2013年11月24日
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あと2回、自閉症についての研究を紹介する。今日紹介するのは、Yale大学からの研究で「Coexpression networks implicate human midfetal deep cortical projection neurons in the pathogenesis of autism (遺伝子共発現ネットワークから、発生中期の皮質深部へ投射する神経が自閉症の発生に関わっている事が特定できる)」とタイトルが付けられている。
   さて、これまで2回最新の自閉症研究を紹介して来たが、両方とも自閉症患者の視線が目からそれる事に関する研究だった。それぞれ新生児行動学、あるいは患者さんでの単一神経細胞興奮記録など最新の手法を用いた研究成果だが、ある意味で現象の記述にとどまっている。なぜこのような事が起こるのかと言うメカニズムに迫り、最終的に自閉症の治療を開発しようとすると、分子から細胞レベルに至るさらに総合的な研究が必要になる。この目的で、これまで自閉症につながる遺伝子を探索する研究は盛んに行われて来た。しかし、前にも述べたように関係があるとされる遺伝子の数が優に100を超え、理論的には1000に達すると言う事がわかってくると(統合失調症も同じ状況だ)、この複雑性にどこから手を付けるのかが問われていた。これに果敢にチャレンジしたのが2回に分けて紹介する論文で、新しい方向の総合的な疾患研究として重要な貢献だと思った。
   研究は何段階にも分かれている。1)既に発表されている1043人の自閉症患者さんのエクソーム(遺伝子の蛋白質をコードする部分)DNA配列データを解析し直して、自閉症に強く関わっていることが確かな9遺伝子を決める。2)ヒトの脳の発達成長過程で、各部分の遺伝子発現を調べたデータベースを用いて、この9遺伝子が発現している部分を特定する。自閉症につながる発生過程や細胞があれば、当然これら9遺伝子がその現場で使われているはずだ、3)このようにして特定される様々な場所では、この9遺伝子だけでなくこれまで自閉症に関わるとして見つかっている遺伝子も発現しているはずで、特定された発生時期や部位が本当に自閉症に関わるかどうかの確かさを、9遺伝子以外の自閉症関連遺伝子の発現を調べる事で決める事が出来、またこれまで示された遺伝子の中から、実際に病気の発生過程に関わる遺伝子を新たに特定できる。この順序で研究が行われ、ゲノム、推計学、データベースを駆使した研究により、この論文では、発生中期の発展途上の脳の深部にある(皮質は6層に区別できるが、その中の5/6層に相当する)神経細胞の中でも他の神経細胞へと神経軸索を投射している細胞にこれらの自閉症関連遺伝子が発現している事をついに特定した。また、この9遺伝子と同時に発現して自閉症に関わる可能性が高い122種類の遺伝子を特定している。この結果は、自閉症が脳発生過程の異常である事を強く示唆している。勿論自閉症と言っても様々なタイプがあるだろう。しかし、一部にしてもこの発生異常の時期と場所が分かって来た事は大きい。
   アメリカは脳研究助成を加速させているが、人間の脳についてこのレベルの仕事が日本でも可能か心配だ。次回紹介する研究もよく似た結論を導きだしているので、研究の詳しい意義、我が国の問題点などは次回にまとめたいと思う。

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11月22日 自閉症の扁桃体神経細胞は目より口に反応する。(11月号Neuron掲載論文)

2013年11月22日
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今週発行されたNeuronとCell誌には自閉症についての重要な研究が3報掲載されていた。今日から順にこれらの研究を紹介したい。また、機会があれば11月8日に紹介したNatureの記事も合わせて、ニコニコ動画を通して自閉症研究についてよりわかりやすい概説が出来ればと考えている。
   11月8日に紹介した論文では、生後極めて早い時期から自閉症児は他人の目に視線を止める事が減り、これにより早期診断が可能になる事が報告されていた。今回紹介する研究はロサンゼルスにあるCedars-Sinai Medical Centerのグループの仕事で、11月20日号のNeuronに掲載された。「Single Neuron Correlates of Atypical Face Processing Autism (自閉症の顔認識異常に相関する単一神経細胞)」がタイトルだ。研究では、自閉症とてんかんを併発している2人の患者さんの脳底部の扁桃体に電極を挿入し、それによって個別の神経細胞の反応を見ている。なんと恐ろしい人体実験と思われるかも知れないが、これはてんかん発作を調べるために行われる検査法の一種と考えていいようだ。実際、この2人の患者さんは、対照として同じ部位に電極が埋め込まれたてんかんだけの患者さんと比べられている。前に紹介したように、自閉症の患者さんは視線を相手の目から外す事が知られている。この顔に対する反応に関わる部分の一つが扁桃体で、主にサルを使って扁桃体の神経細胞の反応を調べる研究が盛んで、理解の進んでいる領域だ。この研究では、被験者に写真を見せて恐ろしい顔か、幸せな顔かを判断させレバーを押すという課題を行いながら、扁桃体の神経の興奮を調べている。顔全体への反応を見たい時には、写真全体をそのまま見せる。同じように、口、あるいは目だけを見せる。更には、バラバラにサンプリングして部分を見せて判断してもらう。そして、何を見た時に扁桃体の細胞が反応するのかを電気生理学的に調べる。大変な研究で、患者や家族の理解がないと出来ないだろうが、結果は驚くべきものだ。まず、顔全体に対する反応を見ると、自閉症か否かの差はない。また、既に明らかになっているように、自閉症のないてんかんだけの患者さんの扁桃体には目を見た時に興奮する細胞が多い。一方自閉症では、目を見た時に反応する扁桃体の細胞は極端に低下する。代わりに、普通なら扁桃体細胞の反応がない口を見たときの反応が、大きく上昇していると言う結果だ。この扁桃体細胞での結果は、自閉症児が目を見ないと言うこれまでの結果とも合っている。ただ、視線を固定すると言う長期の反応と、扁桃体の細胞の興奮と言う短期の反応を相関させるのは簡単ではなく、これからの課題になる。ただ、今回の研究で複雑な反応と単一神経細胞の反応を相関させる可能性が生まれたことは大きい。顔認識の際、扁桃体は前頭葉側頭部から入力がある事が知られている。しかしこの研究は、自閉症が扁桃体自身の情報処理ネットワークの発生異常である事を強く示唆している。では目の代わりに口に反応するという特徴的変化の背景には何があるのか。今回の研究ではこの問いに対する答えはない。ただ、自閉症の様な複雑な精神疾患を少しでも理解したいと言う強い気持ちを感じる仕事だ。そして、分子や細胞レベルの仕事も目覚ましい発展を遂げているようだ。次回は、11月22日号のCell誌に掲載された、また違った方向からの自閉症の研究を紹介しよう。

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11月21日 アジソン病と特定機密保護法案(オリジナル)

2013年11月21日
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今週の新聞紙面はケネディー大使と特定機密保護法案が2本柱だ。
  勿論キャロライン ケネディー大使とは無関係だが、ケネディー大統領が難病指定されているアジソン病であった事はよく知られている。しかしこの事は、1976年彼の伝記でClay Blairが明らかにするまでは、大統領任期中も完全に隠されていた。彼の暗殺後40年を経て、2002年に大統領就任中の医療記録は服用していた薬剤も含め全て開示された。この開示されたデータとその後集めた様々な証言に基づき、2009年、Annals Internal Medicine (vol151, 350-354)に、空母ブッシュの軍医であるMandel医師がケネディー大統領は自己免疫性多腺性内分泌不全症(ASP typeIIが最終診断名)に罹患していた事について詳しい論文を発表している。特定機密保護法案の記事を見ていて、この話を思い出した。軍の頂点にある大統領の健康状態は新しい法案なら特定機密になるのだろうか?多分そうだろう。また、特定機密としておく期限が一つの焦点のようだが、病気などのプライバシーが(本人は亡くなっても家族にも影響があるはずだ)、機密として扱い続ける理由にならないだろうかと考えた。Mandelさんの論文を読むと、合衆国では大統領任期中の全ての医療記録が開示されただけでなく、家族や関係者からの証言も開示され、少年の頃からの様々な症状が明らかになっている。このある意味で残酷とも言えるプライバシー無視は、大統領の決断について、後世様々な角度から検証する事の重要性がしっかり理解されているからだと思う。我が国の現首相も持病がある事は公開されているが、治療も含めた詳しい記録が日本で本当に公開されることはあるのだろうか?日本が本当に世界に影響を持つ一流国家であるなら、首相の全ての記録は後世の評価のために必要なはずだ。是非特定機密保護法で首脳の病気がどう扱われるのか知りたいものだ。いずれにせよ、ドイツ首相の電話すら盗聴される時代に私たちは生きている。

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11月19日 カプセルを用いた膵島細胞移植

2013年11月19日
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今週は1型糖尿病についての新しい研究が目白押しだ。最後に取り上げるのは、ドイツ・ドレスデンからの報告で、アメリカアカデミー紀要のon line版に掲載された。アカデミー紀要でもニュースとして取り扱っている。タイトルは、「Transplantation of human islets without immunosuppression (免疫抑制なしのヒト膵島細胞移植)」だ。これまで、動物モデルで移植したい膵島をカプセル内に封入して、手術的に身体に埋め込み、インシュリン分泌をさせるという前臨床研究は進んでいた。今回の研究では、この技術をついに63歳の40年間1型糖尿病歴を持つ患者さんに応用したと言う、一例報告だ。一例報告がこの雑誌に載る事はほとんどないが、その重要性を考えて掲載されたと思われる。カプセルはまだ手作りのようで、膵島を入れるモジュールで空気が流れるモジュールを挟むと言う形で作られている。今回の臨床研究では、通常移植される細胞数の1/3-1/5の数の膵島がこのカプセルに入れられ、腹膜下に埋め込まれた。今回移植した細胞数は少ないため、勿論インシュリンが必要でなくなる訳にはいかないのだが、糖負荷に対するインシュリン反応は著明に改善し、なによりもA1cヘモグロビンが6-7とほとんど正常レンジで収まっている。そして何よりも、10ヶ月効果が続き、10ヶ月目に取り出して調べるとまだ膵島が生き生きしていると言うのが結論だ。
   今回移植されたのは、脳死ドナーの膵臓で、移植できたのは2100膵島/Kgだったが、もし普通の移植のように10000個以上が利用できればもっと著明な効果が予測できる。また、カプセルに入れるので腫瘍の心配もないし、組織的合成も必要ない。とすると、私見だがiPS技術と最も相性がいい。是非日本でもこの技術をいち早く導入して、iPSを使った膵島移植のトライアルを一刻も早く始めてほしいものだ。しかし、この分野の研究も着実に進んでいると実感した。

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11月19日 ERストレスと膵臓β細胞

2013年11月19日
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11月18日、自己免疫性の1型糖尿病モデルマウスのβ細胞の消失の一つの原因が、小胞体の中での蛋白質の折りたたみがうまく行かない事で起こるERストレスである事、及び蛋白質の折りたたみを促進するお薬でβ細胞の消失を抑える事が出来る事を報告した。ERストレスとは何かなどは、是非ニコニコ動画などで患者さん達に詳しく解説したいと考えているが、今日はこのERストレスの重要性を示すもう一つの論文を紹介しよう。ニューヨーク州立大学のグループの研究で、11月13日号のDiabetesに掲載された論文で「Beta cell dysfunction due to increased ER stress in a stem cell model of Wolfram Syndrom (Wolfram症候群患者由来の幹細胞由来β細胞は高いERストレスを示す)」と言うタイトルがついている。
  この仕事では、WFS1と呼ばれる遺伝子の突然変異がなぜβ細胞の消失を引き起こし、1型糖尿病の原因になるのかを調べている。この目的で、患者さんの皮膚細胞からiPSを作成し、この幹細胞から膵β細胞を誘導して研究を行っている。即ち、日本のメディアも盛んに紹介している最先端の患者由来iPSの利用だ。この結果、WSF1遺伝子突然変異により、β細胞の様々な活性がおかしくなっているが、この異常の最も根元での原因になっているのが、ERストレスである事が明らかになった。そしてこの異常が、蛋白質折りたたみを促進する薬剤でかなり正常化できる事も示している。このように、自己免疫型1型糖尿病と異なるメカニズム、即ち遺伝子突然変異によるβ細胞の消失も、ERストレスが関わっており、蛋白質折りたたみを促進する事で細胞を正常化できる事を今回の仕事も示した。この研究もまた、iPSがβ細胞移植だけでなく、1型糖尿病の薬剤の開発に役立つ事が明らかになった。iPS本家の日本でも是非オールジャパンで薬剤を開発して欲しい。

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1型糖尿病の新しい標的

2013年11月18日
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I型糖尿病はいわゆる自己免疫疾患で、膵臓のβ細胞が免疫反応によって壊される事によって起こる。従って、I型糖尿病の予防や治療はβ細胞に対する免疫反応を抑制したり、あるいは障害されたβ細胞の移植による方法が中心だった。今日紹介する論文はβ細胞自体を標的とする治療法開発の可能性を示唆するものだ。ハーバード大学のグループが11月13日号のNature Translational Researchに報告した論文で、「Restoration of the unfolded protein response in pancreatic β cells protects mice against type1 diabetes (折り畳まれていない蛋白に対する反応を回復させる事によりマウスの1型糖尿病を予防できる)」とタイトルがついている。これまでの研究で、1型糖尿病のβ細胞が小胞体(ER)ストレスを示している事が知られていた。ERストレスとは、小胞体の中で起こる様々な過程がうまく進まない事で起こる。1型糖尿病のケースでは、小胞体内で蛋白質が作られすぎたりして折りたたみの進まない蛋白質が溜まり、それがERストレスを誘導して細胞が死に至ると予想されていた。幸い、この蛋白質の折りたたみを促進できる化学物質TUDCAという化合物が知られている。この化合物により、もしER内での蛋白質の折りたたみが促進出来れば、β細胞が死ににくくなり、I型糖尿病の発症を止める事が出来る可能性がある。この研究ではこの可能性をマウス1型糖尿病モデルで確かめた。予想通り、TUDCAを2日に一回投与したマウスでは糖尿病の発症を強く抑制する事が出来た。人の1型糖尿病β細胞でも同じように蛋白質折り畳みがうまく行かない事によるERストレスの兆候が見られるため、蛋白質の折りたたみを促進できる新しい化合物を見つけて治療に使う事も一つの可能性として浮上したと言える。勿論、人でもどのぐらい効果があるのか、また発症をどの程度遅らす事が可能かなど調べる課題は多いが、様々な角度から研究が行われ、少しでも多くの薬が開発される事は大歓迎だ。

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ライソゾーム病の原因の分子の一つの構造が完全にわかった。

2013年11月17日
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日本でも難病指定されているライソゾーム病は、この細胞内小器官の機能に関わる様々な分子の異常で起こる事が知られ(これについてはニコ動などで詳しく説明する予定)、事実100に及ぶ遺伝子の突然変異が既に決められている。一部のライソゾーム病の治療には、異常になった分子を置き換える治療が行われるが、効率も悪く、費用も高い。これまでとは違う全く新しい治療法の開発が期待されるが、そのためには病気発症の原因になる分子について理解を深める事が重要だ。この深い理解に最も直結するのが、分子の立体構造の解明で、これにより機能部位がどのように働いているか、他の分子とどう結合するのかなどがわかる。私も前にここで取り上げたFOPの薬剤開発と関わりを持っているが、日本のトップの蛋白質の構造決定の専門家の参加を得られたおかげで、着実な進展が見られている。このように分子の立体構造がわかると、新しい薬剤の開発も進むため、立体構造を明らかにすると言う事が、分子研究のゴールになっている。今回紹介する論文はNature Chemical Biologyの11月号に掲載されたカナダからの論文で、Insights into mucopolysaccharidosis I from the structure and action of α-L-iduronidase (α-l-iduronidazeの構造と作用から得られるムコ多糖症I型についての洞察)と言うタイトルがついている。リソゾーム病の1つの原因になっているα-L-iduronidaseの構造を完全に決め、これが酵素としてどう働くかを決めたものだ。あまりに専門的すぎるので、分子の解説は完全に割愛するが、この研究の結果、これまで知られている突然変異がと実際の病気の現れとの理解が大きく進んだ事は明らかだ。ScienceNewsLineでもこの研究を取り上げており、これに対するコメントで、このグループは、この構造に基づいて新しい薬を見つけた事を述べている。論文になっていないので喜ぶのは早いかもしれないが、構造と病気との関係がこの精度で決まったなら、期待出来る様な気がする。患者さんから見ると進展は遅い。しかし、一歩づつ進んでいる事も確かだ。その意味で報告したい。リソゾーム病については、もう少し詳しく調べて難病ナビに掲載する予定にしている。

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11月15日朝日新聞記事(岡崎):乳房温存手術後の放射線、強い1回でも効果 乳がん治療

2013年11月15日
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元の記事は以下のURL参照 http://www.asahi.com/articles/TKY201311140015.html

乳がんの論文を続けて扱う事になった。乳がんになっても可能なら乳房を残したいと言うのが女性の気持ちだ。その気持ちに答えるために腫瘍部分のみを切除する乳房温存療法が開発された。ただ、この手術ではどうしても取り残しがあるため、極めて再発率が高い。これを解決するために、通常術後約2ヶ月放射線照射をする事が行われ、再発率を抑える効果がある事も証明されている。しかしこれまでの治療では、放射線を少しづつ何回にも分けて照射するため、治療に5−6週間必要だった。これに対し、手術中に一回強い放射線を当てる方法がロンドン大学で開発された。この方法が本当に有効かどうかを確かめるための、欧米及びオーストラリアの国際チームの大規模臨床研究の報告がランセット誌on line版に掲載された。この臨床治験は患者目線に立った大変いい研究だ。術後5−6週間ほぼ毎日照射を受けようとすると、ずっと入院するか、通院するしかない。欧米のように標準医療のガイドラインがはっきりしている所では、入院と言う選択肢はほとんどとれないだろう。とすると通院で照射を受けるしかないが、治療施設まで離れている場合は大変だ。また、子育てなどで忙しい場合もあるだろう。このため、結局温存手術をあきらめて、乳房の完全切除を選ばなければならない患者さんも多かった。勿論医療費もかかる。このような、患者側の要望に答える事が今回の研究の目的で、ほぼ3500人の患者さんが協力して、一回照射とこれまでの照射法とを比べている。この研究自体は更に続くのだろうが、5年目の結果は明瞭で、両者に差がないと言う結果だ。これまでもELIOTと言う方法の術中照射の成績が報告されているが、この方法では粒子線照射を用い照射方法も複雑で普及が難しそうだ。これと比べると、今回の方法はより簡単に行える。これにより手術入院の期間に治療を済ませる事が可能になる。これまでこの治療法の評価については、大規模臨床試験の結果を待つとコメントされて来たが、これからはこの治療はコストも負担も少ない治療法として考えるべき選択肢になった。
   この患者さんへの朗報をいち早く届けようと、朝日の岡崎さんは日本の研究機関の参加が全くないランセットの記事を紹介している。分かりやすい結果だと言ってしまえばそれだけだが、十分な内容が的確に紹介されている。特に感心したのは、日本でもよく似た治療が行われている事に言及している点だ。実際、この様な記事が出ると、患者さん達はどこでこの治療が可能かを知ろうとする。しかし、様々な要因のせいで大きな病院でも明日からこの治療を提供するという事は困難だろう。その意味で、日本でも同じ方法をそのまま導入する可能性がある事を示す意味は大きい。欲を言えば、何人かの乳がんの専門家からコメントを取って、この結果を見た時病院としてどう対応するかなどを合わせて報道出来ればより患者さんは安心するだろう。いい記事だと思った。

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