2月26日:川崎病に対する抗TNFa抗体治験結果(2月24日発行The Lancet掲載)
AASJホームページ > 新着情報 > 論文ウォッチ

2月26日:川崎病に対する抗TNFa抗体治験結果(2月24日発行The Lancet掲載)

2014年2月26日
SNSシェア
私も臨床医の経験があるが、自分の診ている患者さんがこれまで記載のない新しい病気にかかっている事に気づいて、その病気を自ら定義する事など夢のまた夢だ。そのためには患者さんを詳しく観察し、類型化し、新しい病気である事を科学的に証明すると言う医師・研究者の能力と努力の両方が必要だ。我が国でこれを成し遂げた数少ない一人が、1961年この病気を発見し、1967年にこれが新しい病気である事を最初に報告した川崎富作先生で、現在も世界中で川崎病という言葉が使われている。小児の病気で、全身の血管に炎症が起こるが、後遺症として動脈瘤が発生する可能性がある。はっきりとした原因は不明だが、免疫グロブリンとアスピリンの注射により動脈瘤が起こる確率は25%から5%に低下するため、この治療が第一に行われる。ただ、この治療によって発熱が続いたり、繰り返したりする患者さんでは、動脈瘤が起こる確率が高く、他の治療を組み合わせる事の必要性が認識されていた。幸い、この患者さんでは血中のTNFaと呼ばれる炎症を引き起こす物質が高い事から、現在リュウマチなどの自己免疫疾患に効く事がわかっている抗TNFa抗体を使用したらどうかと様々な研究が進んでいた。そして、最終的な第3相治験研究としてカリフォルニア大学を中心に多施設共同研究が行われ、結果がThe Lancetに報告された。タイトルは「Infliximab for intensification of primary therapy for Kawasaki disease: a phase 3 randomised, double-blind, placebo-controlled trial (川崎病の一次治療を増強するための抗TNFa抗体の効果:第3相、無作為、2重盲検治験)」。研究では196人の1歳から4歳までの川崎病患者さんを集め、抗体を打つ群と、偽薬を打つ群に分け10週間経過を観察している。結果は明白で、まず抗TNFa抗体により免疫グロブリン注射に伴う発熱などの炎症反応がほぼ抑制され、2週間目で調べたときのZ-scoreと呼ばれる動脈の太さの値が下降動脈で改善していたと言う結果だ。長期効果などははっきりしなかったようだが、副作用もなく初期の炎症が抑えられる事から、免疫グロブリンとアスピリン注射に加える治療として十分価値があると言う結果だ。おそらく、日本でも既に検討されていると思う。抗体薬は高価だが、将来を担う子供のために是非健康保険が適応されている事を願う。
カテゴリ:論文ウォッチ

2月25日:ALSの病巣の拡大を止められるか?(アメリカアカデミー紀要オンライン版)

2014年2月25日
SNSシェア
ALSは家族や親戚に同じ病気がなくとも突然健康な人を襲い、運動機能が急速に失われる難病だが、現在有効な治療法はほとんどない。最近になって遺伝的な原因がはっきりしているALSについては患者さんからIPSを作って病態を解析できるようになり、少しづつではあるが光がさして来た。例えば2012年、山中さんが所長を務める研究所の井上さんがScience Translational Medicine8月号に発表した研究は大きく報道された。TDP-43分子の突然変異に起因するALS患者さんのiPSから作った神経細胞を用いて、異常TDP-43分子の蓄積を押さえる薬剤が開発できる事を示した研究だ。しかし遺伝性がはっきりしているALSはたかだか1割程度で、9割以上のALSは原因がはっきりしない弧発性の病気だ。なぜ普通の人が突然ALSに襲われるのか?原因となる分子メカニズムは何か?iPS を弧発例にどのように利用すればいいのか?など多くの問題がありそうだ。私自身もこれまで難しくて当たり前と思考停止していた所もあった。今日紹介する論文は「こういう考え方もあるのか!」と納得する私には大変面白い話だった。カナダのBritish Columbia大学のグループがアメリカアカデミー紀要オンライン版に発表した論文で、タイトルは「Intercellular propagated misfolding of wild-type Cu/Zn superoxide dismutase occurs via exosome-dependent and –independent mechanisms (正常SOD分子も折りたたみがうまく行かない場合はエクソゾームを介する経路と介さない経路の両方を通って他の神経細胞へ移る事が出来る)」と言う論文だ。私はこのグループの論文を初めて読んだが、これまでの研究を通して「弧発ALSでは、先ずSODと呼ばれる分子の中に折りたたみに失敗した分子が生まれ、次にこの失敗分子が正常分子の折りたたみを阻害することで、失敗分子が細胞に蓄積し、細胞死に至る」と言う仮説を出しているようだ。今回の研究では、この折りたたみに失敗した分子が蓄積して細胞が死にかけると、失敗分子が隣の細胞に2つのルートを通って取り込まれ、新しい細胞の中で正常SODの折りたたみを阻害して細胞死を誘導することが示されている。この結果は、なぜ神経細胞死が隣の細胞へと伝播するのかと言う問題と、遺伝的異常のない人でもこの病気が発症し急速に悪化する事を良く説明しているように思う。このメカニズムは既に狂牛病として知られるプリオン病で示されたメカニズムで、条件が揃えばSODもプリオンの様な性質を持つ事を示す恐ろしい結果だ。しかしこの研究では一筋の光も示されている。細胞から細胞へと失敗SODが伝播する時、この分子に対する抗体が存在すると、正常細胞へ取り込まれる過程をほぼ完全に抑制できると言う結果だ。この話はまだ細胞レベルの事で、身体の中の運動神経でも同じことが起こっているのか結論するにはまだまだ研究が必要だろう。ただもしこのシナリオが正しいとすると、既に紹介したように、脳脊髄と血管の間のバリアーを超えて抗体を浸透させる技術は既に存在することから、抗体を使った治療は十分可能性がある。同じ抗体がALSの進行を止めるかどうかが出来るだけ早く臨床現場で確かめられる様研究が進む事を期待したい。
カテゴリ:論文ウォッチ

2月23日:早産児の言語発達(2月22日号Pediatrics掲載論文)

2014年2月23日
SNSシェア
 我が国では大体0.8%程度の超低体重児が生まれている。もちろん我が国では世界最高水準の医療が受けられ、新生児死亡を減らし、知能を中心に発達障害を軽減するための努力が行われる。この体制を続けるためには、子供の将来のために昼夜を分かたず献身的に働いてくれる新生児ICUのスタッフが安心して働ける環境づくりが必要だ。ただ、この関門を突破しても、発達障害の確率が高いこのグループの子供達にとっては、その後の心身の発達時ににおかれる環境が重要だ。今日紹介する小児科専門誌Pediatrics2月22日号に掲載された論文は、出生時600−1200グラムの超低体重児の言語発達について研究している論文で「Trajectories of receptive language development from 3 to 12 years of age for very preterm children (超低体重児の3−12歳までの言語理解発達の軌跡)」がタイトルだ。元々この研究は、超低体重児の脳障害を予防するために使われるインドメサシン(非ステロイド系抗炎症剤)が言語発達に及ぼす効果を調べる事が主目的だったが、子供がおかれた家庭環境などもよく調査が行き届いており、環境の影響も同時に評価している。研究では1989年から1992年にかけてアメリカのロードアイランドで生まれた超低体重児500人余りを無作為に選んでインドメサシン投与、非投与群にわけ3,4.5,6,8,12歳と5回にわたってPeabody Picture Vocabulary Testと呼ばれる言語能力テストを行っている。インドメサシン投与の効果は男児のみにしか見られず、差が見られるのも6歳時点までで、その後は投与、非投与で差は無くなる。一方、女児では最初から大きな差が認められないと言う結果だ。ただ女児でも悪い影響はなさそうなので、6歳までの成長に効果があるなら予防的投与をしても問題はなさそうだ。またこの研究の示すもう一つ重要な点は、12歳までの環境、特に母親の教育レベルが言語発達に大きな影響を持つ点だ。即ち大学教育を受けた母親に育てられた場合、大学教育を受けていない母親と比べて大きな差が見られる事だ。もちろんこの結果が全て育った言語環境を反映していると決める事は出来ないが、豊かな言語環境を超低体重児に提供する価値は十分ある。すなわち成長については全て母親任せにせず、言語や脳発達を促す様なプログラムを提供できる特別な保育システムを整備する価値はあるように感じた。特に少子高齢化が進む我が国で健康な新しい国民を一人でも増やす事の意味は大きい。しかし、国の借金を考えると新しい政策がますます取りにくい状況にある。折しも、2月22日号のThe Lancetに、ギリシャ経済危機により国民の健康がどのように変化するかについての英国ケンブリッジ、オックスフォード大学の共同調査が発表された。タイトルは「Greece’s health crisis:from austerity to denialism (ギリシャの健康危機:緊縮経済から否定論)」だ。この論文によればギリシャ緊縮経済が始まった2008年から麻薬中毒者のエイズ患者が10倍、鬱病が2.5倍、自殺が1.5倍に増えただけでなく、小児の死亡率も40%増加したと言う。我が国が全ての子供を本当に大事にする道を選ぶのか、あるいはギリシャのように借金のつけを子供の健康で払うのか、今岐路に立っているように思える。親子の健全な成育を目指した厚労省の「健やか親子21」は今年度で終了するが、今後どのような施策が行われるのか見守って行きたい。
カテゴリ:論文ウォッチ

2月21日:確実な体細胞リプログラミング(2月13日Cell誌掲載論文)

2014年2月21日
SNSシェア
外国から帰って来てみると、小保方さんに関する報道が大変な事になっている。おそらく今は少し冷静になって、個人の問題と、研究自体の問題をわけて考える必要があるようだ。研究については今週23日ニコニコ動画で取り上げる。毎日新聞の須田さんと、多能性についての専門家中武さんも入って率直な話をしたいと思っている。いずれにせよ論文の責任著者が早くコメントを出す事が必要だろう。私自身が最初から懸念したように、日本のメディアは2007年で知識が止まったまま、効率・安全性と言った枝葉末節な点を取り上げてSTAPを報道した。この様なマスメディア状況については、自分の話の宣伝に終始して世界の研究動向を正確に伝えてこなかった山中さん初めこの分野をリードする我が国の研究者にも責任がある。そんな折、Cell誌に分裂速度が極端に早い細胞はリプログラムされやすいと言う仕事がエール大学から発表された。タイトルは「Nonstochastic reprogramming from a privileged somatic cells (特別な細胞ではランダムではないリプログラミングがおこる)」。リプログラミングのメカニズムに関する研究は終わっていない。研究は山中因子の発現をon/offできるマウスを用いて、リプログラミングの起こりやすい細胞を探したところ、血液細胞の中でも顆粒球やマクロファージに分化する分裂速度の高い幹細胞ではOct4の発現で見たときのリプログラミングの確率が高いと言う発見から始まっている。事実4回分裂を繰り返すとほぼ全ての細胞がリプログラムされている。この効率は、高速に分裂し続けている細胞ほど上昇し、増殖を抑制するメカニズム(p53など)を除いてやると、ほとんどの細胞が簡単にリプログラムされる。これは血液に特異的ではなく、定番のファイブロブラストも増殖速度の高い細胞を選べば効率が上がると言う結果だ。論文は増殖キネティックスがリプログラミングを決める重要な因子だと言う単純な結論になっている。研究自体は、現象論に終始し、それもOct4の発現だけしか見ていないなど雑な面も多い。また、結論も単純すぎる。例えば、細胞が急速に増殖すると言う事は、エピジェネティックな状態の揺らぎが大きい可能性も高い。そう考えてみると、この仕事も小保方さんのSTAPと共通するリプログラミングの側面を示しているかもしれない。前にも述べたが、多能性へのリプログラミングが生理的なはずはない。そんな事が可能なら、プラナリアは全能性の幹細胞を体中に維持しておく必要が無くなる。日本を代表する研究者も出来る限り物事の本質を伝える努力を怠ってはならない。分野全体の進展を正確に伝えて行く事が必要だ。研究社会の成熟度こそ今必要とされているのかもしれない。
カテゴリ:論文ウォッチ

ゲノムで歴史を探る(Science誌2月14日号掲載論文)

2014年2月20日
SNSシェア
ヒトゲノムと言うと「既に終わった研究」と思われているかもしれない。しかし、情報と言う観点から考えるとヒトゲノム情報の利用はまだまだ入り口にさしかかった所だ。私自身21世紀はゲノムを中心に新しい情報科学が生まれ、分化や文明が花開くと確信している。それを感じさせてくれる一つの例が、歴史分野へのゲノムの進出だ。ネアンデルタール人のゲノム解読により、私たちホモ・サピエンスとネアンデルタール人の交雑がいつどのように起こったかをたどる研究の進展を目の当たりにするとゲノムにより歴史が語られ始めた実感を持つ。ただ、過去の現象を再現する事は不可能なため、それを科学的に推察するためには情報処理のための数理が必要になる。しかしその数理処理が真実にどれほど近いのかは、やはり他の記録と照合する事でしか検証できない。この問題にチャレンジしたのが、今日紹介する英国とドイツの共同研究で、タイトルもそのものズバリ「A genetic atlas of human admixture history (人類の交雑の歴史についての遺伝子地図)」だ。論文の本編は5ページの論文だが、100ページを超す補遺がついており、そのほとんどは情報処理についての記述で、私には手に負えない。それでもこの仕事が、地球上の95の集団、1490名の人間についてSNPを調べ、集団の間で、いつ、どのように集団間の遺伝子交雑が行われたのか計算している事は理解できる。即ち集団の間での交雑史が明らかにされている。例えば、他集団に侵略されて遺伝子交雑が起こる場合、原則として男から女性への遺伝子の流れだけだが、民族全体が移動する場合は当然両方向での交雑が起こるはずだ。更に、歴史的には例えばジンギスカンの大遠征等々、交雑を進めた活動の歴史的記録がある。もし数理的処理が正しければ、歴史的記録と遺伝子から読み取れる交雑様態が一致するはずだ。結果は予想通りで、このグループが開発したアプリケーションを使えば、集団間の交雑がいつどのように行われたかを予測する事が出来、この予測は実際の歴史的記録に対応していると言う結果だ。この歴史的事実としてあげられているのが、ヨーロッパからアメリカへの移民(1500年位)、スラブ・トルコ民族移動(500−1000年)、アラブ奴隷売買(650−1900年)、蒙古大遠征(1200−1400年)で、確かに交雑が誘導される事も納得する。実際、東欧や中東を見ると、何度も集団間で交雑が進んでいる事がわかる。これが、東欧の人と西欧の人を私たちでも簡単に区別できる理由だろう。いずれにせよ、ゲノム研究と歴史研究が融合し始めているのは確かだ。21世紀ゲノム文明の助走が確かに始まっている。最後によけいな事だが、掲載されている交雑地図を見てちょっと気になるのが、日本人集団ではほとんど交雑が進んでいない事だ。純潔だと喜ぶヒトもいるかもしれない。しかし、この結果生まれた我が国の思想のせいで、我が国がますます孤立化の道を歩むのではないかと少し心配だ。
カテゴリ:論文ウォッチ

2月19日 膵臓がんとどう戦うか(幾つかの論文を読んで)

2014年2月19日
SNSシェア
 16日に、滞在中の外国で、京大時代に私の研究室の助教授をしていた横田君が膵臓がんで亡くなったという知らせを受けた。遠く離れた地で出来る事はこのコーナーを書く事だと認識し、膵臓がんについて幾つか論文を読んでホームページにメモを残す事にした。私の周りでも膵臓がんで倒れた友人は多い。同じ時に京大に移って仲の良かった月田さん、妻の里美の友人の川中さん、それぞれ壮絶な戦いの末破れて行った。もちろん勝利した友人もいるが、結果は統計に現れている通りだ。今回最近の研究について読んでみたが、膵臓がんは研究を加速させなければならない最優先課題である事を実感した。    一般的な知識を得る意味で少し古いが2010年4月号のThe New England Journal of Medicineに掲載されていた総説を読んでみた。基礎から臨床まで簡潔にわかりやすくまとまった総説で、さすが臨床医学の頂点に位置する雑誌だ。先ず驚くのが、発ガンに関わる腫瘍遺伝子セットは他のがんとそれほど違っていない事だ(例えばKRAS,CDKN2A,TP53)。SMADの変異も膵臓がんだけに特異的ではない。ではどうして膵臓がんは他のがんと比べてこれほど悪性なのか。この総説ではほとんど議論がないので、次の論文で議論する。とは言え組織学的に見ると、膵臓がんは周りに高度の組織反応を伴い、繊維化が激しい一方、血管新生が他のがんほど著明でないと言う大きな特徴を有している。これが、薬剤ががんに到達しにくい一つの理由かもしれない(私の感想)。ついでこの総説では診断と治療、そして予後についてまとめている。現在でも根治のために最も重要な事が早期発見だが、がんマーカーも含めて早期発見のための切り札はなく、大規模な健康診断は現時点ではあまり期待できないと結論している。ただ、私が病院で働いていたときと比べると診断までは極めて迅速に行えるようになっている。問題は治療だ。早期で完全に切除が可能な場合は根治が望めるが、リンパ節転移を認めるstageIIBに至ると、原発巣を完全に切除したとしても予後は悪い。化学療法にしても、現在の所DNA,RNA合成阻害を作用機序とするジェムシタビン以外に有効性が完全に証明できた薬剤はなく、現在もジェムシタビンと併用で使える薬剤の有効性の治験が進められているが、2010年時点で一定の有効性が示されたのはEGF受容体に対する化合物しかないと言った状況のようだ。元々医師向けに書かれているため、将来の可能性についても期待させる様な事も書かれていない。ただ、厳しい現状を十分認識できた。    しかし、がんに関わる遺伝子変異は他のがんと共通しているのに膵臓がんだけがどうしてこのように厳しい状況なのか、膵臓がん特有の遺伝子変化を探す試みも進んでいる。2012年Natureに掲載されたオーストラリアを中心とする国際チームの研究「Pancreatic cancer genomes reveal aberrations in axon guidance pathway genes (膵臓がんゲノム解析により、膵臓がんでは神経軸索伸長に関わる分子に変異が多い事がわかった。)」では、142例の早期膵がんのゲノムが調べられ、ゲノムと患者さんの経過との相関が調べられている。手術例をこの規模で集め、コホート研究するためには多くの研究機関の協力が必須だ。先に挙げた総説にも述べられているように、いわゆる定番の発ガン遺伝の変異(KRAS,TP53,CDKN2A,SMADなど)を確認している。その上で、神経軸索が伸びる時に必要な受容体ROBO1, 2, SLIT2, Semaphorin3A,3E,5A, EPHA5, 7などが半分近い膵臓がんで変化し(特に遺伝子重複が起こっている)発現量が上昇していると言う新しい発見が行われた。事実、これら分子の発現が高いがんは、低いがんと比べて悪性度が高い事もコホート研究の結果わかった。現段階でこの発見が新しい治療へつながる可能性は未知数だが、この研究はこの経路が将来の創薬ターゲットとしては重要性が高い事を示している。さらに、新しくリストされたこれらの分子は細胞表面に発現されており抗体薬の標的になる可能性もある。期待したい。また、早期がんのゲノムが明らかになった事で、その後がんが進化した時どのような遺伝子変異が付け加わるかについても明らかになるだろう。ともかくがんを知り尽くして治療戦略を立てる事が重要だ。    これまで紹介した論文は、膵臓がんの発ガン過程に関わる話だが、膵臓がんはその周りに著明な組織反応が起こる事が特徴の一つだ。この組織反応が膵臓がんの転移率の高い理由ではないかとする研究もある。この点と関連する研究が2012年7月号のNatureに掲載された「RNA sequencing of pancreatic circulating tumor cells implicates Wnt signaling in metastasis (膵臓がん転移にWntシグナルが関わる可能性が血液中に見つかる腫瘍細胞のRNA配列決定からわかる)と言う論文だ。研究自体はマウスモデルを用いており、Wnt2が腫瘍に発現する事が、周りの組織の構築を変化させて転移につながるとする論文だが、最後にヒト末梢血に発見される腫瘍でもWnt2の発現が亢進している事を示しており、がんから分泌され周りの組織の再構成を行うこのがんの特徴の一端の理解が進んでいることがわかる。    有望な治療は限られているが、もしKRASに対する薬剤が開発されれば膵臓ガンにとどまらず、多くのガンの標的治療が可能になると期待される。RAS分子は立体構造上他の分子と相互作用する部位のポケットが浅く、特異的な阻害剤などを特定することが難しく、製薬企業も重要性を認識しながらも標的として考えることを諦めているところも多い。これに対して、昨年12月号のアメリカアカデミー紀要に「Mutant KRAS is druggable target for pancreatic cancer (KRAS突然変異は膵臓ガンの標的として薬剤を開発することが可能だ)」という勇ましい論文が現れた。これは化学化合物の代わりに、分解性のバイオポリマーに包んだRNAiのタブレットを患部に植え込むと、マウスモデルの段階だが腫瘍が縮小させられるという報告だ。根治につながる治療法とは言えないだろうが、期待は十分持てる。このようにがんについて理解した上で、早期発見の可能性を探るとともに、がんに合わせた治療を積み重ねて行く事が求められている。最後にNatureが、2012年オーストラリアで行われたヒトゲノム学会でマウスに個別の患者さんのがんを移植して、様々な化学療法の組み合わせをテーラーメード的に調べる可能性が議論されたことを紹介していたので、触れておく。人とマウスは大きく違っていると言っても、動物の身体の中で薬剤の効果や副作用を確かめることは極めて重要であり、この技術が更に発展することを期待したい。私は単純かもしれないが、現実に失望していても、論文を読むと多くの場合希望を感じる事が出来る。横田君の死を思いながら、生きてまだ戦っている方々に希望となるような論文を今後も紹介して行きたいと意を新たにした。
カテゴリ:論文ウォッチ

2月16日:恐竜の色はわかるか?(Natureオンライン版掲載)

2014年2月16日
SNSシェア
恐竜の再現図には当たり前のように色がついているが、本当は色についての手がかりはほとんどなく、想像の産物と言っていい。2010年に恐竜の色が特定できたと言うセンセーショナルな論文が中国から飛び込んで来たが(Nature 643号1073ページ)、これは色素が閉じ込められているメラノソームの構造の多様性が化石でも確認できたという発見で、本当の色がわかった訳ではなかった。メラノソームとは色素が閉じ込められた細胞器官で、鳥類やほ乳類でこの構造と中の色素の種類が相関している事が知られている。従って、メラノソームの構造の多様性から化石として残された生物の色を予想する事は荒唐無稽な話ではない。この可能性を更に追求したのが今日紹介する中国とアメリカの共同研究で、Natureオンライン版に掲載されている。タイトルは、「Melanosome evokution indicates a key physiological shift within feathered dinosaurs (メラノソームの進化は羽毛恐竜で起こった重要な生理学的変化を示している)」だ。この研究では現存の爬虫類からほ乳類まで181種類の皮膚に存在するメラノソームの大きさと形を操作電子顕微鏡で丹念に調べ、含まれる色素とメラノソームの構造に相関があるか調べている。次に13種類のトカゲ、亀、恐竜、翼竜化石に残ったメラノソームの形態を調べ、現存の動物の結果と比べる事で化石動物の皮膚の色を予想できる可能性を調べている。論文を読んだ印象は、少し期待はずれで、まだまだ化石の色を予想する事は難しいと言わざるを得ない。とは言えこの研究により、爬虫類から翼竜を経て鳥類へと進化が進む過程と、ほ乳類への進化過程で急速にメラノソームの形態の多様性が拡大する事が明らかにされている。爬虫類と比べると鳥類の外見は色の多様性が顕著だが、この論文では色彩の多様性にメラノソームの多様性を軽々に相関させるのは早計であると結論している。なぜなら、あまり色彩の多様性のないほ乳動物でも鳥類と同程度のメラノソーム多様性が見られる事から、おそらくこの多様性は毛や羽を獲得する過程で必要になったエネルギー代謝系に関わる生理学的変化に伴って二次的に生まれたのではないかと結論している。事実、メラノソームの形成に関わるホルモンは、同時にエネルギー代謝や摂食行動調節などに重要な分子である事がわかっている。メラノソームの構造の多様線を単純に色彩の多様性に結びつける事は早計だとしても、もちろんこうして生まれた多様性が、鳥類では色彩の多様性獲得の基礎になって行った可能瀬は残っており、過去の動物の色を知ると言う夢の実現には、鳥類進化の詳しい研究がまだまだ必要な事がよくわかった。起こった事とは言え、実験的に繰り返せない過去を調べる事は骨が折れる。
カテゴリ:論文ウォッチ

2月14日:朝日新聞記事(野中)アルツハイマー病から脳守るたんぱく質 阪大チーム解明

2014年2月14日
SNSシェア
アルツハイマー病の国家プロジェクトJ-ADNIでのデータ改ざんが問題になっている。私自身現役の頃、このプロジェクトが始まると聞いて大きな期待をいだいた。おそらく参加した患者さんだけでなく、このプロジェクトの事を聞き知った患者さんも研究から生まれる成果に期待したはずだ。朝日新聞でも1面,3面に経過や関係者のコメントを大きく掲載している。新聞を読むと、責任者は何も語らず調査委員会の調査などに任せているようだが、この研究自体が中途半端な形で終わるのは許されない。やはり関係者自ら全てを語った上で、患者さんや医師の期待にどう答えるのかを早く示して欲しい。しかし、同じ朝日新聞がデジタル版でアルツハイマー病の新しい研究について報告しているのは皮肉だ。馬鹿げたスキャンダルとは無関係に研究は進む。ベルリンのMax-Delbrueck Centerと阪大蛋白研の共同研究だ。私にとってもこの分野の研究の流れの一つを理解するのに大変役に立った。研究はScinece Translational Medicine2月号に掲載され、「Lysosomal sorting of amyloid-β by the SORLA receptor is impaired by a familial Alzheimer’s disease mutation (SORLA受容体によるアミロイドβ分子のライソゾームへの移送が家族性アルツハイマー病の突然変異では障害されている)」がタイトルだ。専門外の私にも大変わかりやすい論文で、この病気の発症メカニズムについて理解を深めるのに役立った。研究ではSORLAと呼ばれる分子の機能と、この突然変異がなぜ若年性のアルツハイマー病を起こすのかについての疑問を、モデルマウス作成、細胞学的実験、分子間相互作用実験などを駆使して明らかにしている。これまでの研究でSORLAが、アルツハイマー病で蓄積するβアミロイドに結合する膜分子で、若年性アルツハイマーの原因遺伝子の一つである事はわかっていたが、動物体内でβアミロイドをどのように処理しているかなどわからない点も多かったらしい。この研究では先ず、SORLAの脳内発現を上昇させると、脳内のアミロイドβが低下する事をモデルマウスを使って明らかにしている。次にこのマウスの脳のアミロイドβの動態解析から、この分子は結合したアミロイドβを細胞内分解システムに運ぶ役割を持つっていると言う結論を導き、分子及び細胞のレベルで確かめた。これらの結果を総合し、SORLAがアミロイドβと直接結合して補足し、アミロイドをリソゾームと呼ばれる細胞内器官に移行させる過程に関わる重要な分子である事を示している。この機能のおかげで、アミロイドβが脳内に過剰に蓄積する事が防がれている。さらに家族性アルツハイマー症でこの分子に見られる突然変異ではアミロイドβが結合できなくなっている事をつきとめ、この分子がアミロイドβを処理できなくなることが病気が起こるメカニズムであると特定する事にも成功している。残念ながら朝日の野中さんの記事では、この病態解析など細部については全く紹介していないが、アミロイドβのリソゾームへの移行と分解過程が、治療法開発の一つの標的になる事は理解できる記事だった。ただ、どのようにそれを実現すればいいのか、この論文でも何も示されていない事も確かだ。まだまだ戦いは続きそうだ。J-ADNIも問題を早期に処理して、戦線に復帰して欲しい。
カテゴリ:論文ウォッチ

2月13日:ワインと低容量アスピリンのガン予防効果?(アメリカアカデミー紀要掲載論文)

2014年2月13日
SNSシェア
読んで自分の習慣が正しいことが確認できる都合のいい論文に出会ったりすると、少し目が曇って勝手に重要な論文と思ってしまうことがままある。今日紹介したいと思う論文は、私にとってまさにそのような論文で、今日書くことも個人的な自己満足として無視していただいてよい。論文はフランスの国立保健医学研究所を中心とする共同研究で、アメリカアカデミー紀要オンライン版に掲載されたばかりだ。タイトルは、「Resveratorol and aspirin eliminate tetraploid cells for anticancer chemoprevention (レスベラトロールとアスピリンは4倍体細胞を除去してガンの予防薬剤として有効だ)」だ。タイトルを読んでいただけば私がほくそ笑む理由も、またこの論文のメッセージも理解していただけるだろう。タイトルにあるレスベラトロールというお薬は、ワインに多く含まれている成分としてよく知られているポリフェノールの一種で、抗酸化作用があり、フランス人が健康を保てる秘訣だと考えられている物質だ。当然フランスの威信のかかった研究であることが理解できる。一方、低容量のアスピリンを服用すると、炎症を抑え大腸ガンの予防にもなることが大規模調査で確認されている。この研究では、これらの予防薬に4倍体の細胞を選択的に除去する力があることを報告している。私も不勉強で知らなかったが、様々な原因で2倍体の細胞が4倍体の細胞になることががん化の重要なメカニズムの一つらしい。この研究ではまずレスベラトロールが4倍体のがん細胞を試験管内で選択的に殺す力があることを見つけている。この4倍体細胞除去に関わるシグナル伝達経路を明らかにして、この経路に介入できる薬剤を調べたところ、アスピリンも同じ効果を持つことがわかった。最後に直腸ガンを発症するモデルマウスを用いてレスベラトロールやアスピリンが予防効果を持つかどうか調べると、4倍体細胞が腸管に蓄積するのを押さえることが出来たという結果だ。科学的には、これまで腸管の炎症状態を押さえることでガンの生育を押さえると説明されていたアスピリンが、4倍体細胞に作用して除去するという直接効果があることを示している点が重要だ。しかし、赤ワイン好きで低容量アスピリンを服用している私としては、今の生活習慣がガンに対して新しい効果を持つことを知った意味で大変嬉しい研究だ。ただ、よく読んでみると、マウスに飲ませているレスベラトロールは100mg/kg、アスピリンは25mg/kgと、私が毎日摂取している量よりはだいぶ多い。さて本当に安心できるのか、少し心配だ。
カテゴリ:論文ウォッチ

RNA薬剤による高脂血症治療(1月4日号the Lancet掲載)

2014年2月12日
SNSシェア
今日紹介する論文は1月4日に発表されていたが見落としていた。2月号のNature Medicineに掲載された「Big pharma shows signs of renewed interest in RNAi drugs(大手製薬企業がRNAi薬剤へ新たな興味を示し始める様子を見せている)」という記事からこの論文を知った。RNAiとは合衆国のファイアーとメローが1998年に発見したもので、標的とする遺伝子に相補的な短いRNAを細胞内に導入すると翻訳が抑制されると言う現象だ。私もこの研究を知った時にはなんと簡単な方法で遺伝子の機能を抑制できるのかと驚いたが、あっという間に普及し細胞を扱っているほとんどの研究室で利用されるようになった。この画期的な発見で、ファイアーとメローは10年待つ事なく、2006年にノーベル賞を受賞している。簡単に特定分子の発現を抑制できると言う事で、当然臨床応用が考えられ、大手製薬企業も研究を始めたが、試験管内ではうまく行っても実際動物や人間に投与する段になると、多くの壁が立ちはだかり、撤退する製薬会社が相次いだ。それでもあきらめずに分子や症例を選び開発が進められて来たようで、今日紹介するのはAlnylam Pharmaceuticalsと言う会社が開発したPCSK9遺伝子に相補的RNAiを脂肪膜の中に閉じ込めた薬剤で、血中LDLコレステロールを下げる目的で開発された。LDLコレステロールはLDL受容体により補足され分解されるが、PCSK9は細胞内外でLDL受容体に結合し受容体の分解を促進するためLDL補足が阻害される。従って、PCSK9の量を減らせば細胞内外でのLDL補足が亢進し、血中LDLコレステロールが減る事になる。逆に、この分子の突然変異によって家族性の高LDL血症が起こる事も知られている。このRNAi薬剤の安全性と効果を確かめるための小規模臨床研究がこの研究の目的だ。結果は明確で、投与量に応じて血中PCSK9が減少し、それに応じてLDLも予想通り減少したが、ほとんど副作用はないと言う結果だ。今回は1回投与だけだが、それでも1ヶ月近く効果があり、期待通り病気と分子をうまく選べば有効な治療法の一つになりうる事を示した。特にこの分子に突然変異を持つ遺伝性の高LDL血症治療としては期待できる。昨年12月号のThe New England of Medicineにもトランスサイレチンという分子の突然変異でこの分子が心臓や末梢神経に沈着する希少難病にも同じ方法が試され、期待通りの効果があると報告されている。両方の分子とも主に肝臓で作られており、肝臓で分子が異常に作られる病気にこの治療法が期待できる事がわかる。コストの方は私も把握していないが、この方法は一旦有効性がはっきりすれば、同じ方法を他の分子に適用するのに時間がかからないと言う大きな利点を持つ。この結果は、大手製薬企業にと言うより、少なくとも肝臓で分子が過剰産生されることが原因となる希少難病の患者さんには朗報になると期待している。
カテゴリ:論文ウォッチ
2024年10月
« 9月  
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031