5月3日:老化とY染色体(4月28日号Nature Genetics掲載論文)
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5月3日:老化とY染色体(4月28日号Nature Genetics掲載論文)

2014年5月3日
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論文を乱読していると自分が何も知らなかった事を思い知る。現役最後の2−3年、長崎大の宮崎先生と共同で行った高齢の被爆者の方の骨髄異形成症候群の研究を通して血液の老化について勉強したが、それでも加齢に伴い男性ではY染色体の欠失した血液細胞が増加するなど全く知らなかった。今日紹介する研究は、この高齢者男性の血液細胞に見られるY染色体欠失が私たちの身体にどのような影響を及ぼすのかを調べた研究で、スウェーデンのウプサラ大学のグループが4月28日発行のNature Medicineに論文を発表した。タイトルは「Mosaic loss of chromosome Y in peripheral blood is associated with shorter survival and higher risk of cancer (抹消血細胞で見られるY染色体欠失は寿命とがんリスクと関連している)」だ。ウプサラ大学では長期にわたって男性のコホート追跡を行っているが、追跡に参加した70−83歳の男性1141人から血液を採取、DNAアレーを用いて全ゲノムレベルで大きな変異が起こっているかを調べている。これまでの報告通り、確かにY染色体欠失は頻度が高く、大体1割程度の参加者で見られている。研究ではこの検査の後、参加者を追跡して、生存率、がんの発生率などを調べ、驚くべき結論に至っている。Y染色体欠損が見られたグループは正常と比べると寿命が5.5年短く、しかも血液に限らずあらゆるがんの発生が増えていると言う結果だ。参加者の中から数人を選んで経過観察中にY染色体を欠失した血液細胞の数がどのように変化するか調べているが、全員でY染色体の欠失した細胞の急速な増加が見られ、追跡中にがんが発生している。この結果が示唆するのは、Y染色体を欠失した細胞が正常の細胞を駆逐して行くと言う恐ろしい可能性だ。   なぜこのような事が起こるのか。一つの可能性は血液で見られたのと同じY染色体欠失が身体のあらゆる組織で起こっており、Y染色体を欠失して増殖力が旺盛になった細胞が最後はがんになると言うシナリオだ。事実多くのがんでY染色体の欠失が起こっている事が知られているらしい。もう一つの可能性はY染色体欠失を持つ異常細胞が増えた結果、免疫機能が障害され抵抗力が低下する結果がんが多発すると言う可能性だ。いずれにせよ恐ろしい。しかしここまで結果がはっきりしているのなら、70歳以上のリスク管理に役立つだろう。とは言え自分が検査を受けるかどうか、少し勇気が必要だ。
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5月2日:進む多発性硬化症治療薬の治験(The Lancet Neurology5月号掲載2論文)

2014年5月2日
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現役を退いてから読む論文の数は増えているが、一種乱読で特に焦点を当てて読んでいるわけではない。それでも最近多発性骨髄腫に対する治療薬についての論文が目につく印象がある。このコーナーでも既にフィンゴリモド、スタチン、ベンズピレンについて紹介した。もちろん患者さんにとっては検証がすんだ治療薬は多いほど望ましい。今日も新しい薬剤についての治験研究を2編紹介しよう。いずれもThe Lancet Neurology5月号に掲載された論文で、一編はJohn Hopkins大を中心に行われた超除放性インターフェロンβの第3相治験、後の一編はロンドン大学を中心の抗CD25抗体ダクリツマブの第2相治験についてのレポートだ。タイトルはそれぞれ「Pegylated interferon beta-1a for relapsing-remitting multiple sclerosis(ADVANCE): a randomized, phase3 double blind study(多発性硬化症の再発—寛解時期ペグ化インターフェロンβ1aの効果:2重盲検無作為化第三相試験)」と「Daclizumab high-yield process in relapsing-remitting multiple sclerosis(SELECTION): a multicentre, randomized, double-blind extension trial(多発性硬化症再発・寛解期のダクリツマブの高効果治療(SELECTIOO):他施設、無作為化、2重盲検、継続治験)」だ。   最初の論文では最終的に1500人余りの多発性硬化症(MS)患者さんをランダムに3グループに分け、超除放性のインターフェロンβ1a(IFβ1a)を無投与、2週間に1回投与、4週に一回投与の3群にわけて48週間投与、再発率、障害の進行、MRI検査による新しい病変の出現を調べている。結果は1年に換算した再発率が対照群の0.39に対して、それぞれ0.26、0.29、症状が進行した率は、0.105に対して、0.068, 0.068、新しい病変の数では10.9個に対して3.6,7.9個と投与群で著明な効果が見られている、普通のIFβ1aに関しては既に治験が終わっており、ほぼ同様の効果が見られる事がわかっているが、毎日注射が必要だ。一方この超除放性IFβ1aは2週間に1回注射すればよく、患者さんの負担の軽減になること間違いない。副作用については、注射部位のはれ、インフルエンザ様症状、頭痛、発熱だが、ほとんどの患者さんは48週まで治療を続ける事が出来ている。   2編目の論文は一種の第2相試験だが、投薬中止の影響についても調べている点がユニークだ。これまでもMSには様々な抗体薬が使われている。CD25抗体はIL-2の受容体の一部で、NK細胞に強く発現しており、NK細胞の活性を押さえて治療を計ると言うのが基本的アイデアだ。この研究は第2相治験ですでに効果が見られたと思われたダクリツマブの治験を延長して、薬効を更に詳しく調べる目的で行われている。このため、最初の治験に続いて薬剤を投与し続けるグループ、薬剤を中止して様子を見たあと、また投与を再開するグループ、そして新たに抗体投与を始めるグループの3群を新たに設定して2年間の経過を見ている。結果は明確で、抗体を続けていると再発率や新しい病巣の出現は押さえられるが、中止すると再発率が上昇する。また、抗体の効果は中止後12週位で見られるようになり、中止した結果NK細胞が再度上昇する。一方、治験延長後から抗体投与を行うと、それまで高かった再発率が低下する事も確認された。   以上まとめると両方の薬剤ではっきり効果が見られている。うれしい事だ。少し残念なのは投薬を中止するとMSが再発する事で、この薬剤では完治を望む事が難しい点だ。除放性のIFβ1aも同じだろう。とすると、どうしても副作用との戦いになる。次のターゲットとして是非完治を目指した戦略の開発をお願いしたいと思った。
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5月1日:神経性炎症(Nature オンライン版掲載論文)

2014年5月1日
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組織が障害を受けたとき痛みなど複雑な感覚を伝える侵害受容体はもともと血管や白血球を刺激して炎症を誘導する働きがある事が知られていた。今日紹介する論文はこの延長にあり、痛みというより皮膚のかゆみと角質化の促進を症状とする乾癬発症にこの神経系が重要な役割を演じている事を示している。ハーバード大学のグループがNatureオンライン版に発表した論文で「Nociceptive sensory neurons drive interleukin-23 mediated psoriasiform skin inflammation(侵害性の感覚神経はインターリューキン23を介して乾癬性皮膚炎症を推進する)」がタイトルだ。   まず断っておくがこの仕事は全てマウスの実験モデルでの話だ。マウス皮膚にIMQという化学物質を塗布すると人間の乾癬とよく似た症状を誘導できる事が知られている。症状が似ているだけでなく、IL-23が炎症の引き金として関わる点でもよく似ている事から、乾癬モデルとして広く使われるようになっている。この研究ではこのモデルを使って、乾癬に侵害性受容神経が関わっていないかを調べている。感覚神経と炎症を結びつけるのは一見突拍子もなく思えるが、実際麻酔や神経ブロックで感覚神経機能を抑制すると乾癬が改善する事が知られていたようだ。予想通りマウスモデルでも、侵害性神経の機能をブロックした後IMQを塗布すると炎症は起こらない。一方、血管の収縮に関わる交感神経をブロックしても何の効果もなく、侵害性神経が特異的に関わっている。この観察を入り口として実験を進め、到達した結論は次の様なシナリオだ。残念ながら乾癬の本当の引き金はよくわかっていないが、最初の刺激に続いて侵害性受容体が刺激される。この神経は皮膚に常在する樹状細胞と結合しており、次に樹状細胞のIL-23分泌を誘導する。IL-23は次にやはり皮膚に常在するγδ型T細胞を刺激し炎症性のサイトカインIL-17、IL-22分泌を誘導する。この結果局所に炎症細胞が集まり、また炎症領域も拡大すると言うシナリオだ。乾癬の誘導と言う視点から見ると神経が悪い事をしているように見えるが、おそらく特定の場所から離れる事のない神経を最初の引き金にすることで、炎症の局所性を確保するという特殊な系が生まれたのだろう。実際、全く移動性のない神経、少しは移動できる樹状細胞、もう少し動けるγδ型T細胞、そして自由に身体を移動する様々な炎症細胞と連鎖反応が拡がり、一定の範囲の炎症をひきおこす過程はその巧妙さに唸らずにはおられない。事実神経細胞だって元は普通の細胞から進化して来た。乾癬はそんな進化の過程を教えてくれる病気かもしれない。
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4月30日:体細胞核移植によるヒトクローニング(Natureオンライン版掲載論文)

2014年4月30日
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2004年3月、サイエンス紙に体細胞核移植によるヒトクローン胚由来ES細胞樹立の成功を報告するソウル大学・黄禹錫さん達の論文が掲載された時は今も覚えている。文科省などの倫理委員会でも新しい技術に備えて議論を行った。私の研究所にも招待して直接話を聞いた。当時私はISSCR(国際幹細胞研究学会)のボードメンバーで、ここでも緊急に黄さんを招待し講演を依頼した。人当たりのいい奢らない研究者の印象で、講演も大きな喝采を得ていた。しかしこの論文にはその後卵子売買、捏造疑惑が生じ、2006年12月には作成されたES細胞がクローン由来でない事が調査委員会により報告された。この世界を巻き込んだ捏造事件は、しかし、ヒトクローン胚作成が不可能である事を示したわけではない。ただ続く2007年山中さんがヒトiPS樹立を発表してから、わざわざ困難を引き受けてヒトクローン胚作成に挑戦しようという研究者は間違いなく減ったはずだ。何よりも多くの国でこの研究に対する助成額は大きく減少したと思われる。そんな困難にめげず、体細胞核移植によるヒトクローン胚作成に関わる問題を一つ一つ検討し、ついに黄禹錫さんの出来なかったヒトクローン胚由来ES細胞樹立のための方法を確立したのが今日紹介する研究だ。研究はニューヨーク幹細胞研究所のEgliさんの研究室からNatureオンライン版に発表された。なんと筆頭著者は山田さんと言う日本人だ。タイトルは「Human oocytes reprogram adult somatic nuclei of type 1 diabetic to diploid pluripotent stem cells (ヒト卵子は1型糖尿病の体細胞核をリプログラムして2倍体の多能性幹細胞へ至る)」だ。論文は技術的検討に終始しており、詳しい条件の紹介は控える。技術に終始うぃた論文になるのは当然で、多くの動物で既にクローン化の報告があり、黄禹錫さん自身もクローン犬の樹立に成功している。問題は、ヒトクローンを成功させるために立ちはだかるヒト卵子特異的な障害の解決だ。この論文では多くの条件を一つ一つクリアしている。だからこそ、黄禹錫事件から7年もたってしまったのだろう。いずれにせよその粘りに頭が下がる。実際には10種類以上の様々な変更や改良を加えた結果、ヒトでも他の動物と同じように10%近くの核移植クローン胚からES細胞を樹立できるようになっている。そして、1型糖尿病患者さんの体細胞核を移植して、疾患ES細胞の樹立にも成功している。素晴らしい仕事で、心からおめでとうと言いたい。「iPSがあればESやクローンは必要ないのでは?意味のない努力では?」と思われる人も多い事だろう。しかし意味があるかどうか、クローン胚由来ES細胞とiPSを比べないと結論できる事ではない。iPSは今やどの研究所でも簡単に作成できる。とすると、例えばミトコンドリアの初期化の問題などは、この技術を持つ研究グループでしか進まない。この意味で、研究を支え続けたニューヨーク幹細胞研究財団及びニューヨーク州の研究助成の貢献は大きい。また論文を掲載したNatureにも喝采を送りたい。国家が助成を行わない分野を守るために地方自治体が助成するこの様な仕組みはうらやましい。カリフォルニア州も同じ様な助成システムを設立し、国が助成を禁止しているヒトES細胞研究を支えて来た。これこそがアメリカの科学の強さの根源だと私は確信している。我が国の科学の将来にとって多様性が失われる事が最も危険だ。その意味で私は大いにSTAP研究に期待していた。細胞質によらないリプログラムの研究によりこの分野は多様になって行くことが期待できるが、今となっては逆に多様性が消失する方向へと収束してしまう様な気がする。ともすると科学者も含め日本人は同質性に安住したがる傾向がある。この状況を変えるためには、他人とは違う事を考えたがる元気な若い人が育つ以外に我が国に多様性は根付かないと思う。そのために、講義などあらゆる機会を使って若い人を煽動していきたいと思っている。
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4月29日CRISPRの進化(Nature Biotechnologyオンライン版掲載論文)

2014年4月29日
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4月2日このコーナーで、CRISPR技術を使って肝細胞が障害される生まれつきの突然変異を正常に戻し病気を治癒できる可能性を示した論文を紹介した。ただヒトゲノム遺伝子編集に応用するには標的遺伝子の編集を高い精度で行う必要があり、この系で使われるCas9分子が持つ標的以外の場所を切る活性が懸念されていた。この問題を解決するための新しい技術を示したのが今日紹介する論文だ。同じ趣旨の論文がNature Biotechnologyオンライン版に同時に発表されていたが、私の独断でより優れていると思えたハーバード大学からの論文を紹介する。タイトルは「Dimeric CRISPR RNA-guided FokI nucleases for highly specific genome editing(特異性の高いゲノム編集のための2量体CRISPR RNAにガイドされたFokI核酸分解酵素)」だ。これまでのCRISPR技術は標的DNAに結合する短いRNA(CEISPR)にガイドさせて標的DNAにCAS9を導き、Cas9の持つDNA切断能を用いて標的DNAを編集する。このCas9の切断活性は一個の分子があれば十分なため、ガイドRNAがホストのDNAと適合しない場所でも一定程度のDNA切断が起こってしまうのではと心配されている。これを解決するために、このグループはCas9のDNA切断活性を除去した上で、これまでもDNA編集に用いられてきたFokIと呼ばれるDNA切断酵素を融合させた分子を作成した。FokIは2分子が組合わさった時のみ活性が出るため、FokI-Cas9分子による切断にはホストDNA上の2か所の標的部位が必要になり、特異性の上昇を期待できる。これを効率よく実現するため、グループは2種類のガイドRNAを効率よく発現させるシステムを開発するとともに、2種類の標的DNA間の最適な距離などを決めている。論文では、この新しい方法の有効性をヒト細胞の遺伝子編集に試した結果を示している。期待通り、これまで以上に特異性が高く、また編集効率が高い新しいCRISPRテクノロジーに仕上がっており、大きな期待がもてる。このように、素晴らしいテクノロジーは世界中の研究者を更に新しいテクノロジーの開発へと向かわせる。CRISPRはどこまで進化するのか、当分目が話せない。
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4月28日:行動の科学(4月24日発行Cell誌掲載論文)

2014年4月28日
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誰でも自分の臭いと他人の臭いを嗅ぎ分ける事が出来る。ただ、これを科学的に解明しようとすると様々な壁が立ちはだかる。もちろんこの過程に関わる感覚、記憶、行動に関わる脳内プロセスもそうだが、何が自分の臭いかを特定する事自体難しい。3月23日にこのコーナーでも紹介したように、人間は最も敏感な人だと10の28乗種類の臭いを嗅ぎ分けるため、自分の臭いを定義する事自体が難しい。ところがフェロモンを使う実験は刺激物質が蛋白成分で対応する遺伝子が特定できる事から臭いの研究とはひと味違った研究が可能だ。この分野はこれまでほとんど論文を読む事がなかったが、今日紹介する論文を読んで、とても面白い実験系だと理解した。カリフォルニアにあるスクリップス研究所からの仕事で4月24日号のCellに発表された。タイトルは、「Murine pheromone proteins constitute a context-dependent combinational code governing multiple social behaviors(マウスのフェロモン蛋白は、コンテキストに依存した様々な社会行動を支配する組み合わせコードを形成する)」だ。この研究の背景には、全てのフェロモン遺伝子が特定され、それぞれを人工的に合成できるようにしたこれまでの研究がある。今日紹介する研究ではフェロモンにより誘導される2種類の行動を対象としている。一つは他の雄に対する攻撃行動、もう一つは他の個体が残した尿に含まれるフェロモンによって誘導される行動で、自分の尿で縄張りを主張する行動だ。攻撃行動を誘導できるフェロモンは相手だけに存在しており、自己と他を区別するのに使える2種類のフェロモンだが、最終的攻撃行動にはフェロモン刺激とともに相手マウスの存在を認識すると言う2種類の感覚が必要だ。一方縄張り行為は自己や同系統マウスの尿では誘導できないが、他系統の尿は例外なく誘導能力がある。なるほどと納得の結果だが、尿に分泌される個々のフェロモンについて反応を調べると、驚くべき事に単独のフェロモン分子にであれば、自己のフェロモンでも縄張り反応を誘導できる事がわかった。尿に分泌される全てのフェロモンを組み合わせて調べる大変な実験を繰り返してわかったのは、フェロモンの種類や量の組み合わせを自己の臭いとして学習しており、そこから外れると全て他と認識している。これが学習の結果である事を示すために、生後3週から自分の尿に加えて他の尿が足された環境で飼育すると、なんと自分の尿にたいしても縄張り行動を起こす。詳しくは紹介しないが、フェロモンを感じる細胞自体の反応を調べる事で、行動の神経細胞的基盤の一端も明らかにしている。砂輪育った環境に存在したフェロモンのコンビネーションを自己として参照していると言う結論だ。何か物知りになった気分のする研究だ。入り口の反応を明確に定義する事に成功したこの研究の意義は大きいと実感する。複雑な系にひるまず一歩一歩進める理詰めの研究の先に大きな自己と他を区別に関する大きな物語がある様な気がして来た。
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4月27日:年齢と突然変異、115歳のゲノム(4月25日号Genome Research掲載論文)

2014年4月27日
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最近は100歳を超して生きる方の数が増え続けているようで、昨年は我が国でも5万5千人近くに達した。この様な方のゲノムにどんな変化が蓄積するのか興味はあるが、いくら遺伝子解析が進んでもこれを調べるのは実は簡単ではない。というのも、元々突然変異の頻度は低く、同じ突然変異が複数の細胞に同時に起こる事はほとんどない。このため、年とともに細胞に蓄積する突然変異を調べるためには、一個一個の細胞のゲノムを別々に調べ、統計的に処理するという途方もない作業が必要で、現在では技術的にもほぼ不可能だ。しかしあきらめる必要はなかった。今日紹介する論文は、115歳まで生きた女性の血液細胞のゲノムを調べてみたら、これまで不可能と思われていた一個の細胞に積み重なる突然変異の質と量を明らかにする事が出来た事を示すオランダのグループの研究だ。タイトルは「Somatic mutations found in the healthy blood compartment of a 115yr old woman demonstrate oligoclonal hematopoiesis(115歳の正常血液細胞に見られる体細胞突然変異から血液が少ないクローンから造られていることがわかる)」で、4月25日号Genome Research誌に掲載された。この女性が115歳でなくなった後、脳組織と血液細胞を採取し、それぞれのゲノムのDNA配列を調べている。既に述べた理由で正常細胞に蓄積される突然変異は薄まって通常ほとんど見つける事は出来ない。従ってここでは脳組織は持って生まれたゲノムを代表している。一方、体中を流れる血液は全て造血幹細胞に由来しており、働いている幹細胞の数が少ないと生涯を通して蓄積される突然変異を見つける事が出来るかもしれない。結果は予想以上で、なんとこの方では多くの造血幹細胞が年とともに消失した結果(白髪になるのと同じように血液幹細胞も年齢を重ねると失われるようだ)、亡くなる時に存在した血液細胞のほとんどは2個の幹細胞に由来する事がわかった。染色体の両端にあるテロメアと呼ばれる部分が血液では他の細胞と比べて短くなる速度が速いからだと考えられている。いずれにせよほとんどの血液細胞が2個の幹細胞由来なら115年を経て蓄積される突然変異の全貌を明らかにする事が出来る。まず明らかになったのは一つの細胞に約450種類の突然変異が蓄積する事だ。「え?そんなにたくさん?」と思われるかもしれないが、私たちのゲノムは巨大であり、年5個程度の突然変異が起こるのではと推定されていた。とするとこの数は驚くほどではない。幸い、一つ一つの突然変異を調べると、懸念する異常を引き起こす変異ではない。もちろん運悪く重要な遺伝子に変異が起こると白血病を引き起こすのだろう。専門的すぎるので詳しく紹介するのを差し控えるが、この論文では突然変異の起こりやすい場所、この方が生まれついて持っていた幾つかのDNA修復遺伝子の突然変異についても結果を詳しく示しており、読んでいて様々な想像を廻らす事の出来る面白い論文だった。元血液学者のはしくれから見ると、この研究は特に高齢の原爆被爆者の方に増加している骨髄異形成症候群を考えるための多くのヒントを提供してくれているように思える。高齢者の血液に蓄積された突然変異を明らかにする可能性が生まれた今、広島や長崎の被爆者の方の血液のゲノムを調べるプロジェクトを是非加速させるべきだと思った。我が国は大きな資金を福島の方々のゲノム解読に使っている。しかし被爆者の方が高齢になり亡くなって行く今、原爆による被爆の効果をゲノムレベルで調べる事が最優先で、長い目で見れば福島の方々にも役に立つと思う。またゲノムを比べる事で、被爆者だけでなく高齢発症の白血病全般を救うための新しい方策が生まれる効果も期待できる。被爆後70年を迎える今こそ、優先して広島・長崎の被爆者に目を向けるべき時だと思う。
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4月26日血液を若返らせて造血幹細胞を造る(4月24日Cell誌掲載論文)

2014年4月26日
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幹細胞の臨床利用が最も進んでいるのは言うまでもなく血液細胞だ。骨髄移植、臍帯血移植は現在様々な疾患の標準治療になっており、1990年には骨髄移植実現に対してトーマス博士などにノーベル賞も与えられている。骨髄移植が可能なのは、中に自己再生を繰り返しながらあらゆる血液細胞を造り続ける造血幹細胞が存在しているからだ。しかしiPSが樹立され、様々な種類の幹細胞が試験管内で造れるようになった今も、骨髄移植に利用できる造血幹細胞を試験管内で造る事は難しかった。これまで試験管内で造血幹細胞を造ると言うと、骨髄や臍帯血内の造血幹細胞の自己再生を試験管内で誘導するか、あるいはiPSやES細胞から新たに誘導する方法が考えられて来た。今日紹介するのは山中さんが分化細胞からiPSを誘導したように、分化した血液を造血幹細胞段階まで若返らせる可能性を追求している。論文はハーバード大学のグループが4月24日発行のCell誌に発表した。タイトルは「Reprogramming committed murine blood cells to induce hematopoietic stem cells with defined factors(分化した血液細胞を血液幹細胞へとリプログラムする分子)」だ。方法は山中さん達がiPSへ誘導するための山中4因子を決めたのと全く同じだ。造血幹細胞と分化した血液細胞を比べ、造血幹細胞特異的遺伝子を36種類同定する。次にこれを全て分化した白血球に導入すると低い確率で造血幹細胞が出来る事を見いだし、この中のどの分子がリプログラムに関わっているか調べ、最終的に6種類の遺伝子がリプログラムに関わる事を突き止める。しかし6因子だけではどうしても効率が悪いので、更に2因子を加え、遺伝子の発現方法を工夫する事で、分化した白血球を安定して造血幹細胞へとリプログラムできるようになったと言う結果だ。もちろん、同じ方法でヒト血液細胞から造血幹細胞が誘導できるかどうか検討が必要だが、将来が楽しみな極めて重要な一歩が記されたと思う。自分の細胞から造血幹細胞が造れるようになれば、おそらく骨髄移植の方法が大きく変化し、今まで以上の多くの病気に利用できる気軽な治療になるだろう。2006年以来まだまだリプログラムフィーバーは続いているようだ。
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4月25日:続くタミフル論争(4月23日Nature誌掲載コメント)

2014年4月25日
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4月14日このコーナーで、オックスフォード大学とコクラングループが共同でBritish Medical Journal(BMJ)に発表したタミフルの有効性に関する論文を取り上げた。最も厳密な医療統計的手法(無作為化試験)を採用した論文だけを選んでタミフルの有効性について再検討すると、症状改善は明らかだが、重症化を予防する効果はないと言う驚くべき結果だ。有効性があるとするWHOなどの勧告に基づき、争うように国家備蓄を進めた多くの国をだましたのではとコクラングループは糾弾している。日本では朝日新聞が取り上げただけだったが、多くの国ではこの指摘を真剣に受け止めており、現在も議論が続いている。今週発行されたNature誌もこの問題についてコメンタリーを載せている。タイトルは「Tamiflu report comes under fine: conclusion on stockpiling of antiviral drugs challenged(タミフル論文が攻撃にさらされている:抗ビールス剤備蓄についての結論に疑義が向けられている)」だ。このコメンタリーではBMJの結論に反対する意見を紹介している。いかなる意見も盲信せず様々な可能性を検討するのが科学だ。その意味で私もこのコメンタリーを取り上げる事にした。BMJ論文に対する最も重要な反論は、「インフルエンザが流行する中で無作為化2重盲検法という厳格な臨床治験が可能なのか?」あるいは「この厳格性が逆に統計的足かせになって間違った結論を導くのではないか?」だ。「統計的厳格性を錦の御旗にして数の少ないビールスへの治療手段を排斥してしまうリスクを侵していいのか?」など全て真剣な批判だ。事実、最近The Lancet Respiratory Medicineに掲載されたオランダの観察研究ではタミフルが死亡率を25%低下させる事を報告している。一方コクラングループは、無作為化試験以外のあらゆる方法は認めないと応じている。一般の方には理解しがたいと思うが、私はこの論争が21世紀に取り組むべき重要な課題をに関わっていると思っている。生身の人間を対象にした科学の方法は何か、無作為化試験に変わる方法はないのか、わかりやすい言葉で市民に説明できないと医療の将来はない。BMJ論文がこの方向の研究を加速させる事を期待する。他にもBMJ論文では観察された症状軽減効果を過小評価しているという批判も掲載しているが、これは論文の読み方の問題で、重要な指摘には思えなかった。いずれにせよ、BMJはコクラングループをはっきりと支持し、Natureは現時点では反対意見に肩入れしている様に思える。我が国ではともするとメディアの中立性が強調されるが、私は専門誌であろうと編集者が立場をはっきりさせて議論していいと思う。重要なのは一つの意見があらゆる意見を飲み込む事だ。この論争はこれからも注目だ。
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4月24日生活習慣病の生活改善(4月23日発行Diabetes Care掲載論文)

2014年4月24日
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2型糖尿病の治療の柱の一つは食事を含む生活習慣の改善だ。ただこの柱は医療機関にとって最もハードルが高い。外来食事指導の診療報酬は低く、スタッフも少ない。更に、予備軍の指導に至っては報酬は得られない。従って我が国の医療にとって、糖尿病やボーダーラインの人に効果的な生活習慣プログラムを提供する体制が医療機関とは別に構築される事は重要だ。これについては厚労省も認識し、自治体と協力して様々なプログラムを提供できる様施策を進めようとしている。将来の医療費上昇を考えると、医療保険でカバーされる部分を抑制し、自己費用で日常健康増進等のために行う部分を増加させる事が重要になる。この時の問題は、巷にあふれる様々な健康商品やサービスの効果が科学的に保証出来ていない点だ。従って、行政や学会も積極的に様々なサービスを科学的に検証し、検証結果を公表する事が重要になる。論文を読んでいると、医療外の様々な商品やサービスの効果検証が現在盛んに行われている事を知る。例えばマッサージの上腕動脈血流への効果の無作為化試験などの論文(Archives of Physical Medicine and Rehabilitation 2014)を見たりすると、ともかく科学的(統計学的)に検証を進めると言う強い動機を感じる。確かに医療外で行われるサービスは多様であり、科学的検証がしにくい。しかし科学的検証が済んだ物を認証するようになれば、自ずとそれが当たり前になる。今日紹介する論文は約230名の2型糖尿病患者について糖尿病の生活改善治療のプログラムの効果を検証したカリフォルニア州立大学サンディエゴ校からの研究だ。タイトルは「Weight loss, glycemic control, and cardiovascular disease risc factor in response to differential diet composition in a weight loss program in type 2 diabetes: randomized control trial(2型糖尿病に対する減量プログラムでの食成分が体重、血糖、心臓病リスクに及ぼす効果:無作為対照化試験)」だ。参加者は3群に分けられまず6ヶ月朝昼晩と決まった食事の提供を受ける。一群は低脂肪食、2群は低炭水化物食、3群は通常食が提供される。他にも最初は適当量のスナックなども提供され制限食に容易になれる様計画されている。残りの半年は、望めば主食だけが1回提供される移行期で、半年と1年で効果を見ている。プログラムは1年に一回の面談や、電話やウェッブサイトによる指導なども行われており、定期検査を受けてくれた場合は25ドルが貰えるという動機付けも行われている。結果は予想通りと言うか、低脂肪でも低炭水化物でも食事制限により体重は減少するが、炭水化物を制限した食事の方が体重減少効果が高く、6ヶ月で10%、12ヶ月で9%の減量に成功している。特に血糖や参加ヘモグロビンなどの血液検査値では炭水化物制限群でのみ大きな改善が見られている。更に重要な事は、低脂肪食群も、低炭水化物群も糖尿や高血圧に対する薬剤服用が必要なくなったケースが多い事で、直接医療費から健康増進費への移行に成功した例になる。結論として、一年にわたって提供された低炭水化物食は、治療中の糖尿病患者さんへのプログラムとして有効であると言う判定だ。結果は当たり前だが、「ダイエットなど効くのが当たり前で、やり方はどこにでも書いてある」と突き放さず、科学的に検証された様々なメニューを提供する事の重要性を実感する。アメリカでは、既存の薬剤のリパーパス(これまでとは違う病気に使う)にも国が助成し医療費抑制を図っている。医療産業振興は、この様な構造改革と平行して進めないと絵に描いた餅で終わる。健康サービスはどんなに業界からの抵抗があろうと、科学的に検証し公開を進める施策を進めて欲しいと望んでいる。
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