4月20日:疫学=WiKi学?(Plos Computational Biology4月号掲載論文)
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4月20日:疫学=WiKi学?(Plos Computational Biology4月号掲載論文)

2014年4月20日
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今日紹介する論文は誰もが膝を打つ。インフルエンザの流行予測は社会にとって重要なテーマであり、様々なモニターシステムが生まれている。我が国では厚労省が定期的に直前のインフルエンザ発生状況を公表している。ただ残念ながら1週間程度の時間差が生じるのは仕方ない。これに対する新しい方法として、グーグルはインフルエンザを調べるネットへのアクセス回数を処理してインフルエンザの流行をリアルタイムで調べる方法を開発し、Google Flu Trendサイトに情報を提供している。しかし、情報処理については全てグーグルの手の中で、例えば行政が利用するのは困難だ。今日紹介する論文は病気が増えるとその病気についてのサイトへのアクセスがリアルタイムで増える事を利用して流行を予測しようとしている点ではGoogle Flu Trendとアイデアは同じだ。違いは、アクセス回数も含めて全てが公開されているWikipediaを使う点で、自分で情報処理が出来る点で、処理方法がより透明になる。論文はハーバード大学のグループからフリーアクセス雑誌の一つPlos Computational Biologyに掲載された。タイトルは「Wikipedia usage estimates prevalence of influenza-like illness in the United States in Near Real-Time(Wikipediaを使って、インフルエンザ様病気のアメリカでの流行をほぼリアルタイムで測定する)」だ。研究は簡単で、Wikipediaにある16種類のサイトのアクセスを処理するアプリケーションを開発し、それから予測されるインフルエンザ様疾患の流行状態と、政府情報、Google Flu Trendを2007年から2013年まで比較している。さて結果だが、少なくともアメリカ合衆国ではWikipediaの公開情報を処理したアプリを使って予測した流行は政府発表とほとんど一致する。重要な事は政府発表がアメリカでは2週間後に示される事で、Wikipediaを使うと1日程度のずれで済んでしまう。また情報処理法が公開されていないGoogle Flu Trendと比べても予測率が約17%向上していると言う。Wikipediaでは情報が公開されているので、より素晴らしい予測アプリケーションを作れば更に正確な予測が可能になるだろう。この研究から学べるのは、情報が公開される事の重要性で、これにより始めて利用法は競争し合って改善していける。更に信頼できるしかしわかりやすい情報を提供するサイトの重要性だ。大事な時にアクセスされて初めて、新しい社会統計の核になる。疫学をWiki学にする新しいアイデアが我が国で噴出するのを夢見ている。
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4月19日ダウン症候群の遺伝子発現(Natureオンライン版論文)

2014年4月19日
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我が国の再生医学やiPS研究のプロジェクトの総括を務めたが、最も楽しかったのは科学技術振興機構のさきがけ事業「iPSと生命機能」だった。独立した若手研究者の研究を支援する事業で、年に2回全体会議で研究を聞き、選ばれた研究者にアドバイスする中で交流を深める事が出来た。うれしい事に現役を退いた今でも当時のメンバーから相談を受けたりすると、出来る限り多くの論文を読み少しでも役に立つ知識を集めようと励みになる。とは言え、さきがけメンバーの競争相手になりそうな論文を見つけると少し心配する。今日紹介する論文はそんな一つだ。スイスジュネーブ大学のグループがNatureオンライン版に発表した。タイトルは「Domains of genome.-wide gene expression dysregulation in Down’s syndrome (ダウン症で見られる全ゲノムにわたる遺伝子発現異常調節を示す領域)」だ。ダウン症候群は言うまでもなく21番染色体が1本増え3本になるトリソミーで起こるが、これがダウン症の症状にどうつながるのかはまだ明らかでない。ただ、ダウン症の細胞では21番染色体だけでなく、他の染色体にある多くの遺伝子の発現に全体的異常があるのではと疑われていたが、ダウン症を特徴付けるはっきりとした異常を見つけるには至っていなかった。ダウン症と言ってもその背景のゲノムはそれぞれ異なっており、共通の異常がマスクされてしまっている可能性がある。この研究は、トリソミー以外はゲノムがほぼ同じと考えられる一卵性双生児(片方はダウン症、もう一方は正常)の線維芽細胞を使う事でこの問題を解決している。研究自体は単純でダウン症と正常線維芽細胞で発現している遺伝子を比べ、両者の発現量の差を染色体上にマップしている。すると驚くべき事に、染色体に沿って、遺伝子の発現がダウン症で発現が高い領域、低い領域と交互に繰り返している事がわかった。これは遺伝子発現自体の高低ではなく、ダウン症と正常を比較した比の高低で、一卵性双生児の細胞同士を比べた時しかわからない。一卵性双生児で比べると言う着想が重要だったわけだ。事実ゲノムがほぼ同一と思われるマウスダウン症モデルでも同じ現象が見られる。更に同じ線維芽細胞からiPS細胞を誘導して調べた所同じ現象が見られている。従って細胞特異的ではなく、どの細胞にも見られる染色体のクセの様な物だ。理解のため誤解を恐れず要約すると、21番染色体が3本に増える事で、原因ははっきりしないがゲノム全体にわたって染色体構造に規則正しい乱れが生じて、遺伝子発現の機動性が損なわれると言う結果だ。そして、ダウン症の症状の多くも、ひょっとしたらこの染色体につけられてしまったクセから総合的に発生しているのかもしれない。もちろん他にも様々な実験を行っているが、結局一卵性双生児を比べてこの染色体のクセを現象として示した仕事で、メカニズムの解明はこれからだ。大変面白いヒントが得られたので、準備がしっかりできてヒントを探していた研究者達の研究は加速するはずだ。最初、私のさきがけメンバーの研究への影響はと心配したが、冷静に見ると逆にいいヒントを得たのではと胸を撫で下ろした。北畠君、頑張れ!
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4月18日ダイエットの心理学(The Journal of Consumer Research オンライン版掲載論文)

2014年4月18日
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コンビニで弁当を買う時私はカロリーを気にする。ただ、小さなカロリー表示がどこに書いてあるかを探しだすには時間がかかる。次にカロリーを優先するか、食品の内容を優先するか考えながら、忙しく棚の弁当を物色し最終決定に至る。しかしよく考えてみると、時間がなく急いでいるときなど最後に何を決め手にしているのか結局良くわからない。今日紹介する論文はレストランのメニューを選ぶと言うセッティングを選んでこんな心理を分析した研究だ。私が普通は読む事のない経済関係の雑誌The Journal of Consumer Research オンライン版(8月に出るらしい)に掲載された論文で、「How and when grouping low-calorie options reduces the benefits of providing dish specific calorie information (食品毎のカロリー情報の便宜がメニューをグループ化する事でどのように損なわれるか)」がタイトルだ。経済関係の論文はほとんど読む事がないが、仮説を最初から提示するなど書き様がずいぶん違う。正直少しだらだらしすぎていて読みにくい。医学や生物学とはずいぶん文化が違うなと言う印象を持った。ただ研究は明快だ。大きなファミリーレストランの仮想メニューを3種類用意する。一つはカロリー表示のないメニュー、もう一つはそこにカロリー表示を加えたメニュー、そして最後に例えば700Kcal以下の特別低カロリー食品だけを別に提示したメニューだ。軽めのランチをとると言う想定で被験者にそれぞれのメニューを見て昼食を選ばせ、選んだ食品のカロリーを計算する。結果が面白い。全ての食品にカロリーが書いてあると確かに選んだ昼食の総カロリーは低くなる。ところが低カロリー食品だけ特に選んでメニューの端に提示しているメニューを示されると、何故かカロリー表示のないメニューで選んだのと同じカロリーの昼食になる。色々仮説を検討して、最後に選ぶのに時間をかける場合とかけない場合にわけて選ばせると、時間をかける事でどちらのメニューを使っても同じようにカロリーの低い昼食を選ぶようになる。要するに、低カロリーメニューだけを別に表示すると、低カロリーへの選択に悪い影響があるが、この効果はゆっくり時間をかけて選べば消えると言う結果だ。使われたメニューを見てみると、特に低カロリー食グループとして示されているのはほとんどチキンかターキーで、普通のアメリカ人には選ばれない様な食品が示されている。その結果、カロリー問題を忘れて好きなハンバーガーが1200でも1000でもどうでも良くなり、結局好き嫌いだけに任せて選んでしまう。しかし、時間を与えるとカロリー問題を思い出し、冷静な選択ができる。納得の結果だ。この研究から得られる教訓は、「食べ物を選ぶときは時間を惜しむな」だ。私も急がずコンビニの棚をゆっくり物色する事にする。
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4月17日研究が趣味 or 趣味が研究?(PlosOne誌4月号掲載)

2014年4月17日
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趣味をそのまま研究に生かすのはなかなか難しい。昆虫採集が趣味と言う研究者はずいぶん回りにいるが、そのまま昆虫を研究対象にしているケースは少ない。研究対象として物足りなかったりする場合もあるが、研究に必要な資金が趣味の延長にはなかなか集まりにくいからだろう。今日紹介する論文はちょっと変わっている。プロスワン誌4月号に掲載された英国のグループからの論文でタイトルは「Effect of prolonged exposure to hypobaric hypoxia on oxidative stress, inflammation and gluco-insular regulation: The not-so-sweet price for good regulation(長期間の低圧・低酸素状態が酸化ストレス、炎症、インシュリン依存性糖代謝に及ぼす影響:調節のための苦い代償)」だ。研究では24人の英国人ボランティア(?)が集められ、全員カトマンズからエベレスト中腹5300mのベースキャンプ(BC)まで登り、8週間滞在する。その間14人は頂上アタックを試み、8人がエベレスト登頂に成功している。この8週間、血液サンプルを採取し特に糖代謝について調べている。BC滞在で当然長期の低圧・低酸素にさらされる事になり、低酸素により上昇する乳酸はBC到着後1週間で高いレベルに到達しそのまま維持される。これは当然の事だが、驚くべき結果が糖代謝に現れていた。血中ブドウ糖濃度はロンドンからベースキャンプ滞在までほとんど変わっていない。うまく調節が出来ているようだが、血中のインシュリン濃度は頂上アタックグループも、BC滞在グループも2倍以上に上昇していた。血中グルコース調節に正常より多くのインシュリンが必要になる、インシュリン抵抗性と言う状態が引き起こされている。インシュリン抵抗性のこれまでの研究から、この背景にIL-6などの炎症を引き起こすサイトカインの上昇が存在する事が知られているが、実際IL-6の血中濃度は低地の3倍にもなっている。まとめると、低圧・低酸素によりIL-6などの炎症性サイトカインが誘導され、その結果インシュリン抵抗性状態に陥ると言うシナリオだ。このシナリオはこれまで実験動物で明らかにされていたが、今回の研究でヒトでも同じ事が起こる事が確かになった。しかしこれを確認するためにエベレストに登る必要があったのか素朴な疑問がわく。早速研究資金をどのように得ていたのか調べてみると、研究はThe Caudwell Xtreme Everest Research Groupによって行われたとなっている。さらにウェッブでこのグループについて調べると、要するにヒマラヤ登山での経験を医学に生かすと言う目的で活動する団体のようだ。従って、運営資金は寄付や企業スポンサーから得ている。おそらく趣味と研究を直結させるために団体を作り、資金を調達し、研究を行い、論文を書く。行動力や組織力には脱帽だ。新しい研究のあり方を感じる。
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4月16日インフルエンザビールスの進化(4月14日読売新聞記事)

2014年4月16日
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「今」起こっているニュースに参考になる科学的研究がタイムリーに発表される事はなかなかない。また、メディアもそれを報道しようと思うと世界に広いアンテナを張って待っている必要がある。そんな例が4月14日付けの読売新聞の「鳥インフル、感染力決める遺伝子変異5か所特定」と言う記事だ。折しも熊本の養鶏場で鳥インフルエンザが発生し、感染の拡大防止に県が必死の努力を続けている。しかしニュースの映像は、養鶏場でと殺した全てのニワトリを埋めるための穴を掘るシーンと地域全体の消毒のシーンのセットで、過去のニュースと全く変わっていない。即ちどのように感染が拡がるのか明らかになっていないと言う事がわかる。さて読売新聞が報告した論文は4月10日付のCell誌に掲載されたオランダのグループの研究で、タイトルは「Identification, characterization, and natural selection of mutations driving airborne transmission of A/H5N1 virus(A/H5N1飛沫感染に必要な突然変異の特定と、その性質や選択過程の研究)」だ。しかし極めてタイムリーな記事で、世界の重要な研究に目を配れる読売の能力を示している。記事は淡々と、飛沫感染に必要な5種類の突然変異が特定された事を記載しているだけだ。しかし科学は手続きだ。ここではどのようにこの結果が得られたのか簡単に紹介しておこう。これまでの研究で様々な性質を持ったインフルエンザビールスの遺伝子が比べられ、フェレットへの飛沫感染能力の差は9種類の突然変異で説明できる事が明らかになっていた。この研究では、この9種類の突然変異を遺伝子工学で野生型に戻し、どの遺伝子が元にもどると感染性が無くなるか調べる実験を最初に行い、記事で報道されている5種類の遺伝子に行き着いている。言い換えると、野生型の3種類の分子に計5種類の突然変異を導入するだけで感染性が獲得される事になる。次に、それぞれの突然変異によりどのような機能変化がビールスにもたらされるかを検討した。すると、ポリメレースと呼ばれる2つの酵素の突然変異によりビールスの複製と転写の速度が上がり、ヘムアグルチニン分子の一つの突然変異はビールスの熱安定性とビールス侵入に必要な膜融合の至適pHの低下をもたらした。また同じ分子の他の2種類の突然変異はビールスリセプターへの結合を促進する事が明らかになった。即ち、飛沫感染にそれぞれの分子のどの機能を変化させればよいのかを明らかにした研究だ。記事にも書かれているように、この結果をそのままヒトへの飛沫感染へ拡大する事は出来ない。しかしがんと同じで、ゲノムを理解して病気と闘う事が可能な時代がやって来た事を実感させる。
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4月14日:治験データの開示(4月11日朝日新聞記事)

2014年4月14日
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報道ウォッチと称して新聞報道と実際の論文を比較して来た。科学報道の問題を整理し、新しいあり方を提言したいと続けて来たが、大体初期の目的を果たしたので、報道ウォッチ自体は中止して、科学の話題や患者さんへの情報中心にこのコーナーをリニューアルしようと計画している。これまで調べて来た結果は「科学報道を問う」と言う本にまとめる予定だ。折しも私も個人的に関わった小保方問題が勃発した。これまで書こうと考えていた問題が一挙に噴出し現れてたと思っている。手持ちの資料でしっかり分析して、この本で取り上げるつもりだ。期待して欲しい。   さて今日は少し古くなったが先週金曜日の朝日新聞に掲載された大変重要な記事を取り上げたい。記事は「抗インフル薬タミフル「効果は限定的」英医学誌など」が見出しで、ロッシュ社の抗インフルエンザ薬タミフルが、症状改善には効果があるが、重症化予防に効くと言うデータがない事を伝えている。British Medical Journalにオックスフォード大学のグループが発表した「Oseltamivir for influenza in adults and children:systematic review of clinical study reports and summary of regulatory comments (大人と小児に対するタミフルの効果:臨床研究報告の再調査と規制についてのコメント)」論文について伝えている。論文の内容は朝日新聞に書かれた通りだ。しかし実際は、この記事にはほとんど触れられていない製薬業界とコクラングループとそれを支持する研究者との間で熾烈なバトルがあった。その結果が今回の論文だ。実際紹介されている論文のintroductionでロッシュに対して治験の生データを公開する様要求を続けた結果ようやく生データが公開された事についても書いている。今回の論文はこの生データも含めた再調査の結果だ。我が国には約5000万人分の備蓄があることからわかるように、学会やWHOの提言を行政当局がまじめに遂行した事で、ロッシュは巨額の利益を得ている。しかし取り寄せた1300ページにも及ぶ生データを仔細に検討すると、効果、特に予防効果が水増しされ、副作用は低めに見積もられている事がわかったと言う事だ。一種の改ざんが行われ、学会、WHO、行政すべてがそれを見抜けなかった事になる(コクラングループはしかし問題を早くから指摘していた)。この反省から、同じ様な間違いが繰り返されない様システムを確立する事こそがこの研究の本当の目的だ。従って、記事ではこの問題を取り上げ果敢に戦ったコクラングループについての説明もほしかった。このグループは、患者団体も含む医療従事者のために、証拠に基づいたデータを提供する事を目的に活動している世界規模の団体だ。また、British Medical Journalも今回の戦いを学界代表として後押ししている。私たちが薬剤に対する情報を得るのはもっぱら論文を通してだ。製薬会社の生データは規制当局とのやり取りに用いられても、公表される事はなかった。コクラングループが追求したのは、結果が改ざんされ間違って解釈されていた点だけではなく、許可に至るまでに行った治験の完全な生データは公開されるべきであると言う点だ。同じ号のBritish Medical Journalにはエディターのコメンタリー、及び学会有識者のコメンタリーも掲載され、この地道な戦いの結果、欧州では、薬剤の治験については登録し公開する事がようやく原則となる事を伝えている。我が国でもディオバンからSTAPまで捏造が大きな問題になっているが、委員会の調査とメディアの大騒動のあと何も残らないのは困る。この意味で今回朝日新聞に是非伝えて欲しかったのは、論文の結果だけからは見えないこのような背景の方だった。
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4月13日:人間の抗体を作るマウス(4月8日号アメリカアカデミー紀要掲載論文)

2014年4月13日
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レミケード、リツキサン、我が国発のアクテムラと抗体薬の比重はますます高まっている。事実現在200を超える抗体薬が開発途上にあり、我が国の製薬も抗体薬を重点分野として大きな投資を行っている。通常抗体薬は、先ず標的分子を免疫したマウスから、その分子に特異的に結合する抗体だけを大量に作るハイブリドーマと呼ばれる細胞を樹立する事から始まる。標的分子と結合する点ではこのハイブリドーマが作る抗体で十分なのだが、このままではマウスの抗体なので、ヒトに注射すると異物として認識され、抗体活性が抑制されアレルギー反応を起こす。そのため、遺伝子工学を使って抗体の標的と結合する部分以外をほとんど人の抗体と置き換える。この時、どこまでヒトの遺伝子を置き換れば活性が維持できるか試行錯誤が必要だ。この過程をスキップするため、マウスの抗体遺伝子をヒト遺伝子で置き換え、最初からヒトの抗体を作れるマウスを作成しようという試みが世界中で行われた。この競争での我が国企業の存在はかなり大きかったように覚えている。おそらく世界にさきがけて、全ての抗体遺伝子がヒトで置き換わったマウスを作ったはずだ。ただ残念ながら、このマウスは抗体をうまく作る事が出来なかった。抗体反応の主役B細胞の機能が低下していたからだ。これを解決したのが今日紹介する論文で、アメリカのリジェネロンという製薬ベンチャーの研究で、4月8日付けのアメリカアカデミー紀要に掲載された。タイトルは、「Mice with megabase humanization of their immunoglobulin genes generate antibodies as efficiently as normal mice (普通のマウスと同じ効率で抗体を作る事の出来るヒト抗体遺伝子を持つマウス)」だ。この研究が行った工夫は簡単だ。これまでのヒト化マウスは全ての抗体遺伝子をマウスからヒトに置き換えている。一方、今回報告されたマウスは、抗原と結合する可変領域(V領域)遺伝子だけを交換している。抗体はC領域とV領域からで来ており、抗原に結合するのはV領域だ。しかしC領域は抗体の持つ様々な生物活性を担っている。この生物活性の中には、B細胞の分化や生存に関わる機能が含まれている。正常機能を発揮するためには、C領域と細胞内分子との相互作用が必要だが、もしマウス内のC領域がマウスB細胞内のシグナル分子とうまく結合できないとB細胞の分化や生存が阻害される。今回報告されたマウスではC領域遺伝子を残しておく事で、この問題を解決できた。もちろんこのC領域は最後にヒト遺伝子に置き換える必要があるが、これは簡単な事だ。この競争では、誰もが全ての遺伝子をヒトに置き換える技術競争と考えて、それに邁進した。幸いこの競争では我が国がリードした。しかし、ヒトの分子が全てマウスの細胞内で同じように働くと言うのは甘い期待だった。この当たり前の知識を思い起こし、単純な小さな工夫で最後まで粘ったリジェネロンが最終勝利を手にする事になった。もちろん理屈がわかると、我が国で作られたマウスを復活させる方法は私でも思いつく。是非あきらめずチャレンジを続けて欲しい。事実リジェネロンはこのマウスから作った抗体を既に10種類治験へと進めていると言う。抗体薬開発を掲げて柳の下のどじょうを狙うのではなく、独自の技術や材料を開拓する事しか勝利の処方箋はない。
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4月12日 より良い抗がん剤を求めて(4月号、Blood誌及びアメリカアカデミー紀要掲載論文)

2014年4月12日
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このホームページでも紹介したが、慢性骨髄生白血病はがんの標的薬が大成功をおさめた最初の病気だ。白血病に限らず多くのがんで、細胞の異常増殖を調節する主役の遺伝子異常がある。これをドライバー突然変異と読んでいるが、このドライバーの機能が抑制できると、がんの増殖を止める確率が上がる。ゲノム研究が進んだおかげで多くのがんで働くドライバーが見つかって来たが、残念な事に、重要なドライバーの多くは、その活動を抑制できる薬がまだ発見されていない。最も典型的な例がRASと呼ばれる遺伝子で、直腸がん、肺がん、膵臓がんなど多くのがんのドライバーである事がわかっていても、薬剤の開発には至っていない。もしRAS活性を直接阻害できる薬剤が開発されれば、がんとの戦いは大きく前進する。急性骨髄生白血病(AML)もまだドライバー阻害剤が使えない腫瘍の一つだが、約3割のAMLがFlt3と呼ばれる受容体の突然変異をドライバーとして使っている事がわかっている。この事はずいぶん前から知られていたため、この分子に対する標的薬が開発され、現在第2相の臨床治験が進んでいる。ただこれまでの治験から、現在治験中の薬の問題点が見えて来ている。先ず特異性に問題があり、Flt3以外のキナーゼ分子を抑制してしまい、副作用が出る。また、Flt3遺伝子を活性化させる幾つかの突然変異が知られているが、現在治験中の薬剤は一部にしか効果がないと考えられている。もちろんそれでも大きな前進で、早期に治験が終わり、薬が効くドライバーを持つAMLを選んだ治療が一刻も早く進む事を願う。高齢者のAMLは骨髄移植が困難なだけでなく、薬剤の副作用が出やすいため標的薬の開発は急務だ。もちろん問題があれば、新しい挑戦が始まる。今日紹介する2編の論文は、第一世代の薬剤の治験が進む一方で、より良い薬剤がしっかりと開発されている事を示す論文だ。一編は4月号のBlood誌、もう一編はやはり4月号のアメリカアカデミー紀要に掲載されている。最初はジョンホプキンス大学の研究でタイトルは「TTT-3002 is a novel FLT3 tyrosine kinase inhibitor with activity against FLT3-associated leukemias in vitro and in vivo (TTT-3002は新奇のFLT3チロシンキナーゼ阻害剤で、FLT3と連関する白血病に効果がある)」で、もう一編はカリフォルニア大学からの論文で「Crenolanib is a selective type I pan-Flt3 inhibitor (クレノラニブは特異的1型のFlt3阻害剤で、ほとんどのFLT3突然変異に効果がある)」だ。   これらの研究はまだ実験段階だが、TTT3002とクレノラニブがともに、第二世代のFlt3阻害剤として、これまで開発された薬剤より優れた特徴を持っていると言う結果だ。特異性は極めて高く、安心して高齢者にも使えるのではと期待をいだかせる。更にこれらの研究で調べた全ての異常FLT3及び、正常FLT3にも効果がある事から、FLT3をドライバーとして使う全てのAMLの標的薬になり得る。Flt3自体は全くなくともマウスが生存できる事から、ともかくFLT3なら特異的に阻害する薬はAMLに特異的に聞く可能性が高い。患者さんにとって、がんの治療薬は少しでも高い効果を持ち副作用が低い薬剤が望ましい。第一世代の治験が進む間にも新しい薬が開発されているスピード感には勇気づけられる。日本の製薬も、切り札と呼ばれる薬がどれほど市場に出回ろうと、より良い抗がん剤を求めて果敢にチャレンジして欲しいと願っている。
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4月11日 普遍文法(アメリカアカデミー紀要オンライン版掲載)

2014年4月11日
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多くの読者にとって「普遍文法」は聞き慣れない言葉だろう。これはノーム・チョムスキーにより提唱された20世紀後半の言語学をリードした概念で、私たちが頭の中に生まれつき備えている文法構造のことだ。即ち、普遍的文法構造とは、生まれつき脳のネットワークとして存在している「意味を持った形で単語を並べる(統語・文法)能力」と言える。私が読んだ事のある何人かの現代の言語学者はほとんどこの理論の影響を受けている。確かに説得力のある魅力的理論だが、脳科学的に検証するのは簡単ではない。今日紹介する論文はこの難問に地道なチャレンジが進んでいる事を実感させる。イタリア、アメリカ、フランス、チリの国際チームによる論文で、アメリカアカデミー紀要オンライン版に発表されており、タイトルは「Language universals at birth(生下時の普遍言語)」だ。研究は生後2−5日目の赤ちゃんにblif, lbif, bdifなどの音を聞かせ、脳の言語野の反応を流れる血液のヘモグロビンの酸化の程度として測定している。赤ちゃんの頭蓋が薄いおかげで、カメラを用いて血液の色を調べる事が可能で、活動している脳領域ではヘモグロビンが酸化する。聞かせる音だが、ほぼ全ての言語に通用する「sonority sequencing principle (SSP):聞こえ方の配列原理」に従う音節と、従わない音節を使っている。SSPとは音節の中心の音(普通母音)の前は小さい音から始まり、後ろは大きい音を経て終わると言う原理で、blifはこの原理にかなう。一方lbif,bdifは読んでみるとわかるがこの原理に合わない。従って研究で問われたのは、SSPは生後既に存在しているかどうかだ。結果は明瞭で、SSPに合わない音(lbif, bdif)を聞かせると脳の言語野は強く反応し、SSPにあった音(blif)を聞かせると反応は弱いと言う結果だ。即ち、生まれた時には既に聞いた音がSSPに合うかどうかを判断できると言う結果だ。SSPが胎児期の経験により発生したとも疑われるが、胎教説では母国語に特徴的なシラブルの学習が生後1年までかかる事を説明できず、この可能性は低いと考えている。チョムスキーは普遍文法や生成文法理論を脳科学で検証するのをあきらめていた節もあるが、この論文にはどう反応するのだろう。今後は統語理論などの本質的理論にどう迫るのかまだまだチャレンジが必要だ。
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4月10日スポーツで鍛えた骨は長持ちする。(4月8日号アメリカアカデミー紀要掲載論文)

2014年4月10日
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先日ニュースで元巨人の桑田投手が投球をしているのを見て、プロを辞めた後も凄い球を投げるなと感心した。そんな感想を裏付ける論文が4月8日付けのアメリカアカデミー紀要に掲載されていたので紹介する。インディアナ大学からの研究でタイトルは「Physical activity when young provides lifelong benefits to cortical bone size and strength in men (若いときの運動は生涯続く皮質骨の大きさと強さをもたらす)」だ。研究はプロ野球の投手の腕の骨をX線などで調べ、大きさ、密度、強さなどを調べている。研究のアイデアは面白い。投手は利き腕を酷使するため、反対側を鍛えていないコントロールの骨として使える。また、野球を辞めると大体現役時代の様な投球を続ける事はないので、運動を辞めた後の影響を見やすい。約100人の引退後様々な年数を経たプロの元投手の上腕骨について調べており結果はわかりやすい。もちろんトレーニングを辞めて時間が立つと、普通の人と同じように皮質骨の量や運動能力は落ちて行く。これは普通考えられているのと同じだ。しかし一定(最盛時の半分程度)のレベルに達すると骨のサイズは運動に関わらず維持されるようになり、また骨の強さも維持されると言う結果だ。これをそのまま解釈すると、若い時に鍛えれば強さはある程度維持できると言う事になる。しかし正直に言うと、論文のレフリーは少し甘いと感じる。プロの選手の鍛え方は尋常ではない。また元々遺伝的に選ばれた人達である可能性も十分ある。私がレフリーなら、アマチュアも含めて対象を拡げろとコメントするだろう。アマチュアの元投手の方も安心するのはまだ早い。
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