4月23日ウェッブ利用社会統計(American Journal of Preventive Medicineオンライン版掲載論文)
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4月23日ウェッブ利用社会統計(American Journal of Preventive Medicineオンライン版掲載論文)

2014年4月23日
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4月20日Wikipediaを疾患や健康の社会統計に利用している論文を紹介した。今日はGoogle上の検索データの社会統計利用について紹介する。論文はAmerican Journal of Preventive Medicineオンライン版に掲載されたサンディエゴ州立大学の調査で、「What’s the healthiest day ?(何曜日が一番元気?)」がタイトルだ。調査ではGoogle上で検索できるhealthyから始まる言葉を検討し、この中から全く健康とは関係ない項目を除外する。その上で、健康関係の検索数を曜日毎にまとめ、検索数の曜日毎の変化を調べている。結果は明快。検索のピークは月曜日と火曜日で、その後徐々に検索数が低下し土曜日が最低になる。そして日曜日に入ると急に検索数が上がり月曜日へと上昇して行く。これが何を意味するのかはまだまだ解析が必要だ。いい仮説が思いつけば、違う検索ワードを使って検証できるかもしれない。おそらく、この結果を起点に面白い調査が進む事だろう。ただ、一般メディアの健康情報提供はアメリカでは水曜日に行われるそうだ。とすると社会のリズムとは逆のリズムで情報が提供されている事になる。今日本でもビッグデータ利用は流行語になるほどで、国も研究促進を図っている。ただ情報処理法の研究だけでは片手落ちだ。社会動態について柔軟な頭で問題や方法を探し出してくる人材の発掘が大事ではないかと思う。もう一つ重要なのはデータの公開だ。もしプライバシーと言う言葉でほとんどのデータが公開されなくなると、この分野の発展はない。21世紀こそ「私たちが何を隠したいと思うのか?なぜ隠したいのか?」を真剣に問う事から始めなければならない。
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4月22日:コホート、長期に記録し続ける事(American Journal of Psychiatryオンライン版掲載論文)

2014年4月22日
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昨日知人と我が国のコホート研究の現状について話す機会があった。もちろん我が国にも地道で長期にわたって維持されているコホート研究は数多くある。しかし何十年にもわたって集団を追跡する仕組みを最初から組み込んだ緻密な計画の提案はほとんどないのではないだろうか。一つの問題はコホートに目的が要求され、対象をただ記録し続ける事自体があまり評価されないためではと危惧する。この点で今日紹介する論文は学ぶべき所が多い。いじめの影響について調べた英国の研究でAmerican Journal of Psychiatryオンライン版に掲載された。タイトルは「Adult health outcomes of childhood bullying victimization:evidence from a five decade longigudinal British Birth Cohort (学童時のいじめが大人になった後の健康に及ぼす影響:英国の出生後50年追跡コホートからの証拠)。」だ。このコホートは英国で1958年に生まれた約17000人の子供を,11,16,23,33,42,45,50歳時点で様々な項目について調査を行う大規模なコホートだ。この対象集団が学校へ通う7、11歳の時点で聞き取り調査を行いいじめの有無を記録しておき、その時のいじめの影響を23歳、50歳時点で調査している。結果は深刻で、いじめを受けたグループは成人後も様々な精神的症状を示し、45歳以上で鬱病の頻度や自殺率が高い。しかし予想に反し、アルコール依存症とはあまり相関しない。また異常は精神状態にとどまらず、一般的な健康状態も侵される。更にいじめを頻回に受けたグループの男性は50歳時点で失業率が2倍弱高く、所得も約10%低い。この結果を見ると、今からすぐに学童期のいじめ防止に務めなければならないと確信する。我が国でもいじめは重要問題だが、これほど長期にわたる調査は進んでいるのだろうか?この様な調査がないと、いじめにあった子供達の心や身体の長期ケアのための体制を構想する事は出来ない。この論文を読んで感心するのは結果だけではない。最初から50年を超える調査期間を設定し、年齢に応じた様々な問題を調査できるように設計されている。即ち、プロジェクトを計画した人達が自分が結果を見るために努力したわけではない事だ。記録する事からしかわからない事があると言う強い信念に突き動かされてこのプロジェクトを構想し進めている。私たちAASJの目的の一つはシンクタンク活動だ。昨日議論した知人達と、今後時間をかけて我が国のコホート研究を独自に調査し、高い意志に裏付けられた研究か、自分のための個人研究かどうかという視点で検証評価を進め、結果を公表したいと思う。
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4月21日強皮症治療の新しい可能性(4月16日発行The Science Translational Medicine掲載論文)

2014年4月21日
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一昨日は京大思修館熟議で16人の若者、昨日は岸田さんを迎えたAASJチャンネルにネット接続してくれた282人の来場者の方々と時間をかけて話す事が出来た。熟議3時間、AASJチャンネル2時間と大分疲れたが楽しんでいる。この様な活動を通して自分自身の視野が開けるのを実感する。事実岸田さんと出会わなかったらAYA世代のがんについてまとめて論文を読む事など思いつきもしなかったはずだ。岸田さん初め参加していただいた皆さん「本当にありがとう」。同じように、このコーナーのために様々な分野の論文を読んだおかげで俯瞰的に物を見る事が可能になって来た。報道ウォッチは終了するが、論文の紹介は自分のためにも続けるつもりだ。今日紹介する研究からも様々な事を学んだ。強皮症は様々な臓器で線維化が進む病気で、線維化のために皮膚が硬くなるのでこの名前がついた病気だ。我が国でも約2万人の患者さんがいる。自己免疫病と考えられており、免疫抑制剤を用いる治療が行われているが、進行を完全に止めるには至らない。この研究は強皮症での線維化に関わるシグナルの一つを明らかにするもので、シカゴのNorth Western 大学から4月16日発行のThe Science Translational Medicineに掲載された。タイトルは、「Fibronectin-EDA promotes chronic cutaneous fibrosis through toll-like receptor signaling (ED型Fibronectin分子はToll-like受容体を刺激し、皮膚の慢性的線維化を促進する)」だ。多くの実験結果が示されているが、ストーリーはわかりやすい。まず、強皮症の患者さんを調べると、正常人と比べた時ファイブロネクチンの特定の型(ED型)が平均で5倍近く上昇している事を発見している。この分子は、発生時や皮膚の修復時に上昇するが、成人では通常低いレベルで収まっている。ED型ファイブロネクチンはTLR4と呼ばれる受容体を刺激し、炎症や線維化を誘導する事が知られている。この研究でもED型ファイブロネクチンがコラーゲンの生産や線維芽細胞の増殖を促進する事が示され、強皮症の線維化にこのシグナル経路が寄与している事を示している。もちろんなぜED型ファイブロネクチンがこの病気で上昇するのかなど、病気の本当の原因が突き止められたわけではない。しかしこのシグナル経路を遮断すると、線維化を押さえる事が出来ること、またTLR4受容体の機能を抑制する薬剤も同じ効果を持つ事が示されている。原因を断つ根本治療は難しいが、これまでより病気に特異的な治療の可能性を示唆している。日々研究が進んでいる事を実感する。
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4月20日:疫学=WiKi学?(Plos Computational Biology4月号掲載論文)

2014年4月20日
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今日紹介する論文は誰もが膝を打つ。インフルエンザの流行予測は社会にとって重要なテーマであり、様々なモニターシステムが生まれている。我が国では厚労省が定期的に直前のインフルエンザ発生状況を公表している。ただ残念ながら1週間程度の時間差が生じるのは仕方ない。これに対する新しい方法として、グーグルはインフルエンザを調べるネットへのアクセス回数を処理してインフルエンザの流行をリアルタイムで調べる方法を開発し、Google Flu Trendサイトに情報を提供している。しかし、情報処理については全てグーグルの手の中で、例えば行政が利用するのは困難だ。今日紹介する論文は病気が増えるとその病気についてのサイトへのアクセスがリアルタイムで増える事を利用して流行を予測しようとしている点ではGoogle Flu Trendとアイデアは同じだ。違いは、アクセス回数も含めて全てが公開されているWikipediaを使う点で、自分で情報処理が出来る点で、処理方法がより透明になる。論文はハーバード大学のグループからフリーアクセス雑誌の一つPlos Computational Biologyに掲載された。タイトルは「Wikipedia usage estimates prevalence of influenza-like illness in the United States in Near Real-Time(Wikipediaを使って、インフルエンザ様病気のアメリカでの流行をほぼリアルタイムで測定する)」だ。研究は簡単で、Wikipediaにある16種類のサイトのアクセスを処理するアプリケーションを開発し、それから予測されるインフルエンザ様疾患の流行状態と、政府情報、Google Flu Trendを2007年から2013年まで比較している。さて結果だが、少なくともアメリカ合衆国ではWikipediaの公開情報を処理したアプリを使って予測した流行は政府発表とほとんど一致する。重要な事は政府発表がアメリカでは2週間後に示される事で、Wikipediaを使うと1日程度のずれで済んでしまう。また情報処理法が公開されていないGoogle Flu Trendと比べても予測率が約17%向上していると言う。Wikipediaでは情報が公開されているので、より素晴らしい予測アプリケーションを作れば更に正確な予測が可能になるだろう。この研究から学べるのは、情報が公開される事の重要性で、これにより始めて利用法は競争し合って改善していける。更に信頼できるしかしわかりやすい情報を提供するサイトの重要性だ。大事な時にアクセスされて初めて、新しい社会統計の核になる。疫学をWiki学にする新しいアイデアが我が国で噴出するのを夢見ている。
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4月19日ダウン症候群の遺伝子発現(Natureオンライン版論文)

2014年4月19日
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我が国の再生医学やiPS研究のプロジェクトの総括を務めたが、最も楽しかったのは科学技術振興機構のさきがけ事業「iPSと生命機能」だった。独立した若手研究者の研究を支援する事業で、年に2回全体会議で研究を聞き、選ばれた研究者にアドバイスする中で交流を深める事が出来た。うれしい事に現役を退いた今でも当時のメンバーから相談を受けたりすると、出来る限り多くの論文を読み少しでも役に立つ知識を集めようと励みになる。とは言え、さきがけメンバーの競争相手になりそうな論文を見つけると少し心配する。今日紹介する論文はそんな一つだ。スイスジュネーブ大学のグループがNatureオンライン版に発表した。タイトルは「Domains of genome.-wide gene expression dysregulation in Down’s syndrome (ダウン症で見られる全ゲノムにわたる遺伝子発現異常調節を示す領域)」だ。ダウン症候群は言うまでもなく21番染色体が1本増え3本になるトリソミーで起こるが、これがダウン症の症状にどうつながるのかはまだ明らかでない。ただ、ダウン症の細胞では21番染色体だけでなく、他の染色体にある多くの遺伝子の発現に全体的異常があるのではと疑われていたが、ダウン症を特徴付けるはっきりとした異常を見つけるには至っていなかった。ダウン症と言ってもその背景のゲノムはそれぞれ異なっており、共通の異常がマスクされてしまっている可能性がある。この研究は、トリソミー以外はゲノムがほぼ同じと考えられる一卵性双生児(片方はダウン症、もう一方は正常)の線維芽細胞を使う事でこの問題を解決している。研究自体は単純でダウン症と正常線維芽細胞で発現している遺伝子を比べ、両者の発現量の差を染色体上にマップしている。すると驚くべき事に、染色体に沿って、遺伝子の発現がダウン症で発現が高い領域、低い領域と交互に繰り返している事がわかった。これは遺伝子発現自体の高低ではなく、ダウン症と正常を比較した比の高低で、一卵性双生児の細胞同士を比べた時しかわからない。一卵性双生児で比べると言う着想が重要だったわけだ。事実ゲノムがほぼ同一と思われるマウスダウン症モデルでも同じ現象が見られる。更に同じ線維芽細胞からiPS細胞を誘導して調べた所同じ現象が見られている。従って細胞特異的ではなく、どの細胞にも見られる染色体のクセの様な物だ。理解のため誤解を恐れず要約すると、21番染色体が3本に増える事で、原因ははっきりしないがゲノム全体にわたって染色体構造に規則正しい乱れが生じて、遺伝子発現の機動性が損なわれると言う結果だ。そして、ダウン症の症状の多くも、ひょっとしたらこの染色体につけられてしまったクセから総合的に発生しているのかもしれない。もちろん他にも様々な実験を行っているが、結局一卵性双生児を比べてこの染色体のクセを現象として示した仕事で、メカニズムの解明はこれからだ。大変面白いヒントが得られたので、準備がしっかりできてヒントを探していた研究者達の研究は加速するはずだ。最初、私のさきがけメンバーの研究への影響はと心配したが、冷静に見ると逆にいいヒントを得たのではと胸を撫で下ろした。北畠君、頑張れ!
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4月18日ダイエットの心理学(The Journal of Consumer Research オンライン版掲載論文)

2014年4月18日
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コンビニで弁当を買う時私はカロリーを気にする。ただ、小さなカロリー表示がどこに書いてあるかを探しだすには時間がかかる。次にカロリーを優先するか、食品の内容を優先するか考えながら、忙しく棚の弁当を物色し最終決定に至る。しかしよく考えてみると、時間がなく急いでいるときなど最後に何を決め手にしているのか結局良くわからない。今日紹介する論文はレストランのメニューを選ぶと言うセッティングを選んでこんな心理を分析した研究だ。私が普通は読む事のない経済関係の雑誌The Journal of Consumer Research オンライン版(8月に出るらしい)に掲載された論文で、「How and when grouping low-calorie options reduces the benefits of providing dish specific calorie information (食品毎のカロリー情報の便宜がメニューをグループ化する事でどのように損なわれるか)」がタイトルだ。経済関係の論文はほとんど読む事がないが、仮説を最初から提示するなど書き様がずいぶん違う。正直少しだらだらしすぎていて読みにくい。医学や生物学とはずいぶん文化が違うなと言う印象を持った。ただ研究は明快だ。大きなファミリーレストランの仮想メニューを3種類用意する。一つはカロリー表示のないメニュー、もう一つはそこにカロリー表示を加えたメニュー、そして最後に例えば700Kcal以下の特別低カロリー食品だけを別に提示したメニューだ。軽めのランチをとると言う想定で被験者にそれぞれのメニューを見て昼食を選ばせ、選んだ食品のカロリーを計算する。結果が面白い。全ての食品にカロリーが書いてあると確かに選んだ昼食の総カロリーは低くなる。ところが低カロリー食品だけ特に選んでメニューの端に提示しているメニューを示されると、何故かカロリー表示のないメニューで選んだのと同じカロリーの昼食になる。色々仮説を検討して、最後に選ぶのに時間をかける場合とかけない場合にわけて選ばせると、時間をかける事でどちらのメニューを使っても同じようにカロリーの低い昼食を選ぶようになる。要するに、低カロリーメニューだけを別に表示すると、低カロリーへの選択に悪い影響があるが、この効果はゆっくり時間をかけて選べば消えると言う結果だ。使われたメニューを見てみると、特に低カロリー食グループとして示されているのはほとんどチキンかターキーで、普通のアメリカ人には選ばれない様な食品が示されている。その結果、カロリー問題を忘れて好きなハンバーガーが1200でも1000でもどうでも良くなり、結局好き嫌いだけに任せて選んでしまう。しかし、時間を与えるとカロリー問題を思い出し、冷静な選択ができる。納得の結果だ。この研究から得られる教訓は、「食べ物を選ぶときは時間を惜しむな」だ。私も急がずコンビニの棚をゆっくり物色する事にする。
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4月17日研究が趣味 or 趣味が研究?(PlosOne誌4月号掲載)

2014年4月17日
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趣味をそのまま研究に生かすのはなかなか難しい。昆虫採集が趣味と言う研究者はずいぶん回りにいるが、そのまま昆虫を研究対象にしているケースは少ない。研究対象として物足りなかったりする場合もあるが、研究に必要な資金が趣味の延長にはなかなか集まりにくいからだろう。今日紹介する論文はちょっと変わっている。プロスワン誌4月号に掲載された英国のグループからの論文でタイトルは「Effect of prolonged exposure to hypobaric hypoxia on oxidative stress, inflammation and gluco-insular regulation: The not-so-sweet price for good regulation(長期間の低圧・低酸素状態が酸化ストレス、炎症、インシュリン依存性糖代謝に及ぼす影響:調節のための苦い代償)」だ。研究では24人の英国人ボランティア(?)が集められ、全員カトマンズからエベレスト中腹5300mのベースキャンプ(BC)まで登り、8週間滞在する。その間14人は頂上アタックを試み、8人がエベレスト登頂に成功している。この8週間、血液サンプルを採取し特に糖代謝について調べている。BC滞在で当然長期の低圧・低酸素にさらされる事になり、低酸素により上昇する乳酸はBC到着後1週間で高いレベルに到達しそのまま維持される。これは当然の事だが、驚くべき結果が糖代謝に現れていた。血中ブドウ糖濃度はロンドンからベースキャンプ滞在までほとんど変わっていない。うまく調節が出来ているようだが、血中のインシュリン濃度は頂上アタックグループも、BC滞在グループも2倍以上に上昇していた。血中グルコース調節に正常より多くのインシュリンが必要になる、インシュリン抵抗性と言う状態が引き起こされている。インシュリン抵抗性のこれまでの研究から、この背景にIL-6などの炎症を引き起こすサイトカインの上昇が存在する事が知られているが、実際IL-6の血中濃度は低地の3倍にもなっている。まとめると、低圧・低酸素によりIL-6などの炎症性サイトカインが誘導され、その結果インシュリン抵抗性状態に陥ると言うシナリオだ。このシナリオはこれまで実験動物で明らかにされていたが、今回の研究でヒトでも同じ事が起こる事が確かになった。しかしこれを確認するためにエベレストに登る必要があったのか素朴な疑問がわく。早速研究資金をどのように得ていたのか調べてみると、研究はThe Caudwell Xtreme Everest Research Groupによって行われたとなっている。さらにウェッブでこのグループについて調べると、要するにヒマラヤ登山での経験を医学に生かすと言う目的で活動する団体のようだ。従って、運営資金は寄付や企業スポンサーから得ている。おそらく趣味と研究を直結させるために団体を作り、資金を調達し、研究を行い、論文を書く。行動力や組織力には脱帽だ。新しい研究のあり方を感じる。
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4月16日インフルエンザビールスの進化(4月14日読売新聞記事)

2014年4月16日
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「今」起こっているニュースに参考になる科学的研究がタイムリーに発表される事はなかなかない。また、メディアもそれを報道しようと思うと世界に広いアンテナを張って待っている必要がある。そんな例が4月14日付けの読売新聞の「鳥インフル、感染力決める遺伝子変異5か所特定」と言う記事だ。折しも熊本の養鶏場で鳥インフルエンザが発生し、感染の拡大防止に県が必死の努力を続けている。しかしニュースの映像は、養鶏場でと殺した全てのニワトリを埋めるための穴を掘るシーンと地域全体の消毒のシーンのセットで、過去のニュースと全く変わっていない。即ちどのように感染が拡がるのか明らかになっていないと言う事がわかる。さて読売新聞が報告した論文は4月10日付のCell誌に掲載されたオランダのグループの研究で、タイトルは「Identification, characterization, and natural selection of mutations driving airborne transmission of A/H5N1 virus(A/H5N1飛沫感染に必要な突然変異の特定と、その性質や選択過程の研究)」だ。しかし極めてタイムリーな記事で、世界の重要な研究に目を配れる読売の能力を示している。記事は淡々と、飛沫感染に必要な5種類の突然変異が特定された事を記載しているだけだ。しかし科学は手続きだ。ここではどのようにこの結果が得られたのか簡単に紹介しておこう。これまでの研究で様々な性質を持ったインフルエンザビールスの遺伝子が比べられ、フェレットへの飛沫感染能力の差は9種類の突然変異で説明できる事が明らかになっていた。この研究では、この9種類の突然変異を遺伝子工学で野生型に戻し、どの遺伝子が元にもどると感染性が無くなるか調べる実験を最初に行い、記事で報道されている5種類の遺伝子に行き着いている。言い換えると、野生型の3種類の分子に計5種類の突然変異を導入するだけで感染性が獲得される事になる。次に、それぞれの突然変異によりどのような機能変化がビールスにもたらされるかを検討した。すると、ポリメレースと呼ばれる2つの酵素の突然変異によりビールスの複製と転写の速度が上がり、ヘムアグルチニン分子の一つの突然変異はビールスの熱安定性とビールス侵入に必要な膜融合の至適pHの低下をもたらした。また同じ分子の他の2種類の突然変異はビールスリセプターへの結合を促進する事が明らかになった。即ち、飛沫感染にそれぞれの分子のどの機能を変化させればよいのかを明らかにした研究だ。記事にも書かれているように、この結果をそのままヒトへの飛沫感染へ拡大する事は出来ない。しかしがんと同じで、ゲノムを理解して病気と闘う事が可能な時代がやって来た事を実感させる。
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4月14日:治験データの開示(4月11日朝日新聞記事)

2014年4月14日
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報道ウォッチと称して新聞報道と実際の論文を比較して来た。科学報道の問題を整理し、新しいあり方を提言したいと続けて来たが、大体初期の目的を果たしたので、報道ウォッチ自体は中止して、科学の話題や患者さんへの情報中心にこのコーナーをリニューアルしようと計画している。これまで調べて来た結果は「科学報道を問う」と言う本にまとめる予定だ。折しも私も個人的に関わった小保方問題が勃発した。これまで書こうと考えていた問題が一挙に噴出し現れてたと思っている。手持ちの資料でしっかり分析して、この本で取り上げるつもりだ。期待して欲しい。   さて今日は少し古くなったが先週金曜日の朝日新聞に掲載された大変重要な記事を取り上げたい。記事は「抗インフル薬タミフル「効果は限定的」英医学誌など」が見出しで、ロッシュ社の抗インフルエンザ薬タミフルが、症状改善には効果があるが、重症化予防に効くと言うデータがない事を伝えている。British Medical Journalにオックスフォード大学のグループが発表した「Oseltamivir for influenza in adults and children:systematic review of clinical study reports and summary of regulatory comments (大人と小児に対するタミフルの効果:臨床研究報告の再調査と規制についてのコメント)」論文について伝えている。論文の内容は朝日新聞に書かれた通りだ。しかし実際は、この記事にはほとんど触れられていない製薬業界とコクラングループとそれを支持する研究者との間で熾烈なバトルがあった。その結果が今回の論文だ。実際紹介されている論文のintroductionでロッシュに対して治験の生データを公開する様要求を続けた結果ようやく生データが公開された事についても書いている。今回の論文はこの生データも含めた再調査の結果だ。我が国には約5000万人分の備蓄があることからわかるように、学会やWHOの提言を行政当局がまじめに遂行した事で、ロッシュは巨額の利益を得ている。しかし取り寄せた1300ページにも及ぶ生データを仔細に検討すると、効果、特に予防効果が水増しされ、副作用は低めに見積もられている事がわかったと言う事だ。一種の改ざんが行われ、学会、WHO、行政すべてがそれを見抜けなかった事になる(コクラングループはしかし問題を早くから指摘していた)。この反省から、同じ様な間違いが繰り返されない様システムを確立する事こそがこの研究の本当の目的だ。従って、記事ではこの問題を取り上げ果敢に戦ったコクラングループについての説明もほしかった。このグループは、患者団体も含む医療従事者のために、証拠に基づいたデータを提供する事を目的に活動している世界規模の団体だ。また、British Medical Journalも今回の戦いを学界代表として後押ししている。私たちが薬剤に対する情報を得るのはもっぱら論文を通してだ。製薬会社の生データは規制当局とのやり取りに用いられても、公表される事はなかった。コクラングループが追求したのは、結果が改ざんされ間違って解釈されていた点だけではなく、許可に至るまでに行った治験の完全な生データは公開されるべきであると言う点だ。同じ号のBritish Medical Journalにはエディターのコメンタリー、及び学会有識者のコメンタリーも掲載され、この地道な戦いの結果、欧州では、薬剤の治験については登録し公開する事がようやく原則となる事を伝えている。我が国でもディオバンからSTAPまで捏造が大きな問題になっているが、委員会の調査とメディアの大騒動のあと何も残らないのは困る。この意味で今回朝日新聞に是非伝えて欲しかったのは、論文の結果だけからは見えないこのような背景の方だった。
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4月13日:人間の抗体を作るマウス(4月8日号アメリカアカデミー紀要掲載論文)

2014年4月13日
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レミケード、リツキサン、我が国発のアクテムラと抗体薬の比重はますます高まっている。事実現在200を超える抗体薬が開発途上にあり、我が国の製薬も抗体薬を重点分野として大きな投資を行っている。通常抗体薬は、先ず標的分子を免疫したマウスから、その分子に特異的に結合する抗体だけを大量に作るハイブリドーマと呼ばれる細胞を樹立する事から始まる。標的分子と結合する点ではこのハイブリドーマが作る抗体で十分なのだが、このままではマウスの抗体なので、ヒトに注射すると異物として認識され、抗体活性が抑制されアレルギー反応を起こす。そのため、遺伝子工学を使って抗体の標的と結合する部分以外をほとんど人の抗体と置き換える。この時、どこまでヒトの遺伝子を置き換れば活性が維持できるか試行錯誤が必要だ。この過程をスキップするため、マウスの抗体遺伝子をヒト遺伝子で置き換え、最初からヒトの抗体を作れるマウスを作成しようという試みが世界中で行われた。この競争での我が国企業の存在はかなり大きかったように覚えている。おそらく世界にさきがけて、全ての抗体遺伝子がヒトで置き換わったマウスを作ったはずだ。ただ残念ながら、このマウスは抗体をうまく作る事が出来なかった。抗体反応の主役B細胞の機能が低下していたからだ。これを解決したのが今日紹介する論文で、アメリカのリジェネロンという製薬ベンチャーの研究で、4月8日付けのアメリカアカデミー紀要に掲載された。タイトルは、「Mice with megabase humanization of their immunoglobulin genes generate antibodies as efficiently as normal mice (普通のマウスと同じ効率で抗体を作る事の出来るヒト抗体遺伝子を持つマウス)」だ。この研究が行った工夫は簡単だ。これまでのヒト化マウスは全ての抗体遺伝子をマウスからヒトに置き換えている。一方、今回報告されたマウスは、抗原と結合する可変領域(V領域)遺伝子だけを交換している。抗体はC領域とV領域からで来ており、抗原に結合するのはV領域だ。しかしC領域は抗体の持つ様々な生物活性を担っている。この生物活性の中には、B細胞の分化や生存に関わる機能が含まれている。正常機能を発揮するためには、C領域と細胞内分子との相互作用が必要だが、もしマウス内のC領域がマウスB細胞内のシグナル分子とうまく結合できないとB細胞の分化や生存が阻害される。今回報告されたマウスではC領域遺伝子を残しておく事で、この問題を解決できた。もちろんこのC領域は最後にヒト遺伝子に置き換える必要があるが、これは簡単な事だ。この競争では、誰もが全ての遺伝子をヒトに置き換える技術競争と考えて、それに邁進した。幸いこの競争では我が国がリードした。しかし、ヒトの分子が全てマウスの細胞内で同じように働くと言うのは甘い期待だった。この当たり前の知識を思い起こし、単純な小さな工夫で最後まで粘ったリジェネロンが最終勝利を手にする事になった。もちろん理屈がわかると、我が国で作られたマウスを復活させる方法は私でも思いつく。是非あきらめずチャレンジを続けて欲しい。事実リジェネロンはこのマウスから作った抗体を既に10種類治験へと進めていると言う。抗体薬開発を掲げて柳の下のどじょうを狙うのではなく、独自の技術や材料を開拓する事しか勝利の処方箋はない。
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