低グレードグリオーマの遺伝的多様性(サイエンスオンライン版掲載論文)
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低グレードグリオーマの遺伝的多様性(サイエンスオンライン版掲載論文)

2014年1月1日
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正月なのにめでたい話が出来ないのは残念だ。しかし、病気になると盆も正月もなくなる。出来るだけ多くの情報を届ける事を今年も心がけたい。しかし、今日紹介する論文は、明らかにされた事実に戸惑う典型だ。論文は先週サイエンス誌のオンライン版に掲載されたグリオーマのゲノム研究で、カリフォルニア大学サンフランシスコ校を中心に我が国からは東京大学のゲノムサイエンス研究室や脳外科等も加わった国際共同研究だ。タイトルは「Mutation analysis reveals the origin and therapy-driven evolution of recurrent glioma (再発グリオーマの起源や治療により誘導される進化が突然変異解析で明らかになった)」で、これもガンのエクソーム解析の例で23例のグリオーマを発生時と再発時で比べている。私はこれまで、ガンのエクソーム解析によりうまく行けば次の手を打つチャンスがある事を強調して来た。この背景には、再発してくるがんは、元のがんが時間とともに新しい変異を積み重ね進化した結果だという考えがある。しかし、同じ話は低グレードグリオーマでは通用しないことがこの論文で明らかにされた。グリオーマと言うと悪性で予後の悪い腫瘍の代表だが、その中で低グレードグリオーマは進行も遅く、手術が治療の中心になる腫瘍で、患者さんも手術を繰り返しながら長期に生存される事が多い。ただ、なかなか完全に切除する事が困難で、再発・再手術が必要な事が多い。このゆっくりと進行するグリオーマの再発はただの取り残しなのか、あるいはグリオーマが進化して新しい突然変異を蓄積しているのかということをこの研究は調べている。結果は、驚くべき物だ。まず、最初切除された腫瘍と再発腫瘍に明らかな連続性が見られる(即ち多くの同じ遺伝子突然変異を共有している)ケースもある。しかし、半分(43%)近くの再発腫瘍では1−2の遺伝子変異は別として、最初切除した腫瘍の持っていた突然変異とは全く異なる遺伝子が突然変異を起こしていたという結果だ。更に重要なのは、初回手術後テモダールというお薬を投与した10人の患者さんのうち6人で、薬剤を投与しない場合には見られないより悪性のグリオーマへの進化を示す遺伝子の変異が誘導されており、この治療がより広範な突然変異を誘導してしまう事を示した結果だ。残念ながら今回の研究から、この腫瘍がゆっくり進行するとはいっても発見時に既に多様な腫瘍細胞が脳内に撒かれている厄介な物で、これまでの方法では、その中から別の細胞が選ばれ再発する事を防げない事、そしてアルキル化剤の投与は突然変異を誘発して逆行化である事がわかってしまった。物事が明らかになる事で気分が暗くなる典型の仕事だが、ただ光がない訳ではない。例えばIDH1遺伝子突然変異のように初発腫瘍から再発腫瘍まで共通に見られる変異もある。今後はこのような標的の機能を調節する治療の開発が待たれる。

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CRISPRを網羅的遺伝子改変による網羅的分子探索(Science誌オンライン版)

2013年12月31日
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素晴らしい技術は様々なテクノロジーや分野を統合するハブになる力がある。12月26日ここで紹介した、生きた細胞で特定の遺伝子を視覚化することを可能にしたCRISPRという技術はその典型だ。これまで困難であった事を一つ一つ見事に可能にしていく。先週サイエンスオンライン版に掲載された2編の論文では、この技術を使ってほぼ全ての遺伝子にまんべんなく突然変異が導入された細胞のライブラリーを作成し、細胞の機能に関わる遺伝子をしらみつぶしに見つける方法を報告している。両方ともマサチューセッツ工科大学からだ。タイトルは一つが、「Genetic screens in human cells using the CRISPR/Cas9 system (CRISPR/Cas9系を使ってヒト細胞の遺伝的スクリーニングを行う)」、もう一つが「Gnenome-scale CISPR-Cas9 knockout screening in human cells (DRISPR-Cas9システムを使った、ヒト細胞での全ゲノムスケールの遺伝子ノックアウトスクリーニング)」だ。
   前にも述べたが、この方法では短いガイドRNAを変異を導入するホストゲノムの場所決めに使う。このRNAの配列をヒトゲノム配列を参考に設計すれば、ほとんどの遺伝子に高率に変異を導入するためのガイドRNAライブラリーを作る事が出来る。このライブラリーを調べたい細胞に導入すると、別々の箇所に変異が入った何万種類の細胞ライブラリーを用意出来る。この細胞集団を例えば抗がん剤で処理すると、それに抵抗性の突然変異を持った細胞だけが生き残る。両方の研究とも、このガイドRNA配列に、遺伝子変異のためのガイドと、どの遺伝子に変異を入れたかを知るためのバーコードの両方の目的を担わせている。このため、残った細胞でどの遺伝子が欠損しているかを次世代シークエンサーを使って簡単に見つける事が出来る。同じ様な試みは他の遺伝子改変テクノロジーを使って試みられて来たが、それ等と比べてこの実験系の凄いのは、変異が導入される効率が高く、両方の染色体とも特定の遺伝子に同じ変異を入れる事が出来る点だ。このおかげで、遺伝子の機能を両方の染色体で完全に欠損させる事が簡単にできる。一つの論文ではこの方法を使って、前に紹介した悪性黒色腫がガンの標的治療に抵抗性を獲得する過程に関わる遺伝子を調べ、これまで知られていなかった薬剤抵抗性に関わる分子を発見している。これらの分子から薬剤抵抗性の黒色腫を治療できる新しい薬剤が開発される事を期待する。また、同じ方法でこれまで治療の困難であった細胞の増殖に必要な分子も簡単にわかるようになるだろう。CRISPRといいiPSといい、世紀が変わって、新しいハブが急速に発展している実感を持っている。

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遺伝子異常 卵子で一括診断 高い精度、命の選択懸念も(12月30日朝日新聞(大岩)記事)

2013年12月30日
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朝日の大岩さんは日本以外で行われた研究で市民の関心の高いものを選んで紹介しているようだ。今回も、基本的には北京大学で行われた卵子の単一核のゲノムを調べる研究について紹介している。論文は「Genome analysis of single human oocytes (一個のヒト卵子のゲノム解析)」とタイトルがついており、12月19日号のCell誌に掲載された、ハーバード大学と北京大学を兼任しているXieさんのグループの研究だ。この研究の根幹は、単一細胞のゲノムを正確に調べる事を可能にする新技術の存在だ。Xieさん達はMALBAC(方法の詳細は専門的なので省く)と言うこの新技術の開発者で、これまでも精子を含む様々な細胞を調べてトップジャーナルに続々論文を発表している。私たちの身体は約50兆個の細胞からで来ているが、どの細胞でも一個の細胞だけでゲノム遺伝子を正確に調べる事ができる様になると、個々の細胞の個性や、ガンの危険がどの程度早くから用意されているのかなどを明らかにできるため、様々な分野への波及効果が大きい。その意味では、MALBAC法の開発はこの分野への重要な貢献と言える。この技術を卵子について応用したのが今回の研究だ。材料としての卵子はこの方法の評価にとっての最高の応用問題だ。何故なら、受精後の一個の卵子には2つの極体と、2つの前核と呼ばれる別々の核が存在しており、この4種類の核は卵子が2回の減数分裂という染色体の数を減らす特殊な分裂過程で起こったゲノム変化の記録になっている。実際、この過程では染色体同士での交叉と呼ばれる種に取って重要な遺伝子の交換が行われる。また、染色体重複などの異常もこの過程で生まれる事が知られている。従って、この極体と、前核のゲノムを別々に解析出来るようになった事は基礎研究としても極めて重要だ。事実この研究のハイライトはまさにこの点で、卵子での染色体組み替えの様子や、そのためにヒト卵子に備わっている様々なメカニズムが現象的にではあるが明らかになっており、予想されている結果とは言え基礎研究として高く評価できる。

   さて、2個の極体は結局卵から排出され子孫に伝わる事はない。しかし、極体にはお母さんのゲノムの全て(第一極体)と、子孫に伝わらなかったゲノム(第2極体)が残っている。従って、両方別々に調べれば、卵に残った子孫に伝わるゲノム(雌性前核)の構成を予想できる。一種廃物利用により卵の雌性核の遺伝子診断が出来ると言う訳だ。朝日の大岩さんの記事はこの点を取り上げている。図入でうまくまとめてあり、特に新技術が使われている事も図を見るとわかるようになっている。ただ、単一細胞ゲノム研究が生殖補助医療にとどまらず、ガンなど多くの分野で如何に重要な技術であるかも紹介して欲しかった。Xieさん達もせっかく基礎的にも面白い結果を示しているにもかかわらず、ディスカッションではこの基礎的な結果はそっちのけで、生殖補助医療への応用ばかり強調している。このディスカッションを読めば、大岩さんが生殖補助医療部分を強調する記事にするのも仕方ないかもしれない。それを認めた上でそれでも、卵の遺伝子診断問題をデザイナーベービーに関連させるのは違和感がある。しかも専門医のコメントの中にこの言葉が使われるとよけいだ。この言葉はダーウィンの進化論の根幹に関わる問題なので議論は控えるが、デザインすると言う前向きの過程と、異常を見つけて選択すると言う後ろ向きの過程の間に横たわる大きなギャップを認識すると、軽々にデザイナーなどと言う言葉は使えない。デザイナーと言う単語の問題は、反ダーウィン主義の人達がよりどころにしている「インテリジェントデザイン」と言う言葉を見ても明らかだ。最後に一言。見出しはひどい。前回の自閉症に対するオキシトシンの効果についての朝日の記事もそうだった。ただ、友人から見出しはデスクがつけると聞いた。従って、大岩さんや今さんの問題ではなく、デスクの責任だろう。やはり見出しも記者が書いて欲しい。

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家族性アミロイド症のジフルニサル治験で有効判定(アメリカ医師会雑誌12月25日号掲載)

2013年12月29日
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家族制アミロイドーシスはトランスサイレンチンという分子をコードする遺伝子の突然変異による希少疾患で我が国では難病指定されている。突然変異によってこの分子の4量体の正しい構造の崩壊が促進し、代わりに異常な重合体が形成され全身の組織にアミロイド沈着が起こり、多発性神経炎をはじめ心臓、消化器などの全身症状を示す。この分子のほとんどが肝臓で造られる事から、肝臓移植が有効である事が証明されているが、日本では困難な治療法だ。ただ最近トランスサイレンチンの4量体の崩壊を止める薬剤の開発が進み希望が生まれている。事実2011年にはファイザーから新薬が発売され、本年我が国でも承認されている。ただ1カプセル5万円を超える高価な薬剤だ。利用される患者さんの少ない希少疾患に対する薬剤はどうしても高価になる。これに対し、アメリカ国立衛生研究所では既に承認利用されている特許切れのジェネリック薬剤を他の病気に利用できないか調べる再目的化(repurposing)研究を推進している。期待される薬剤の一つがジフルニサルで、サリチル酸系の抗炎症剤で歴史の古い安価な薬だ。この薬剤がなんと家族性アミロイドーシスの進行を止める可能性が報告され、小規模のパイロット研究でも患者さんへの効果が確認されていた。我が国の難病班の報告でも、この薬剤の治験が進行中である事が記載されている。今回効果を確かめる目的で、日本を含む5カ国にまたがる大規模臨床治験が最も厳しい条件で行われ、その報告がアメリカ医師会雑誌12月25日号に掲載された。「Repurposing diflunisal for familial amyloid polyneuropathy, A randomized clinical trial (ジフルニサルを家族制アミロイド多発性神経炎の治療へ再目的化する。無作為化臨床治験)」がタイトルだ。結果は明確で、神経症状にとどまらず、生活の質まで向上する期待以上の結果が得られ、有効と判断できると言う結果だ。ファイザーの新薬と比べると、既にジェネリック製剤として使われており、サリチル酸剤としての副作用はあるものの極めて安価である点が大きい。従って、まずジフルニサルから治療を始めてもよいと言う結果だ。折しも12月25日号と言う事で患者さんにはすばらしいクリスマスプレゼントになった。
  この論文は1987年から約7年を熊大で過ごした私にも感慨が深い。当時熊本大学はこの病気の研究の中心だった。この疾患の世界の第一人者であった荒木淑郎先生や、この病気のマウスモデルを作成した山村研一先生とは教授会でご一緒した。今回も熊本大学は、我が国のセンターとしてこの治験に参加し、この結果に大きな貢献をした事を知って、伝統が生きている事を実感した。

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がんゲノム解読ラッシュ:子宮頸癌(12月26日:Natureオンライン版掲載)

2013年12月28日
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毎週がんのゲノム配列解読の論文が続く。今日紹介するのは子宮頸癌についての研究で、「Landscape of genomic alterations in cervical cancer (子宮頸癌のゲノム変異の全像)」とタイトルのついた、ハーバード大学、ダナファーバーがん研究所などからの論文だ。研究自体はこれまで紹介した他のがんについての論文と同じで、多くの患者さん(この研究の場合は115名のがんのゲノム配列(主に全翻訳部位の配列(エクソーム)が調べられている)を調べて、発がんに関わる遺伝子突然変異を特定している。勿論これまでの研究でも子宮頸癌でいくつかの突然変異が既に報告されており、同じ遺伝子の変異が今回確認された。ただ、エクソーム配列を調べる今度の研究では、それ以外に5種類の新たな遺伝子の突然変異が見つかっており、全遺伝子の配列決定が強力な方法である事がまた証明された。新しく見つかった遺伝子の中には、発がんのシグナルとして基礎的には良く研究されて来たMAPK1遺伝子や、肺がん等で既に分子標的として治療が行われているERBB2遺伝子等も含まれており、治療計画にとっても重要なヒントになる。ここまではこれまでのがんゲノム研究と同じだが、子宮頸癌にはもう一つ調べるべき項目がある。即ち、パピローマビールスのゲノムへの組み込みだ。子宮頸癌の発症にはパピローマビールスの関わりがドイツのツルハウゼンらの研究で明らかになっており、ワクチンによりガン発症を押さえられるという医学上の貢献にノーベル賞が与えられている。ただ、エクソーム解析は翻訳される遺伝子について調べているため、ビールスの組み込みについてはわからない。そのため、この研究では一部のガンではエクソームだけでなくそれ以外のゲノム領域も調べてビールスの組み込みがないかを調べるとともに、がんが発現しているRNAも調べてビールスの組み込みが特定の遺伝子の発現量を変化させていないかを調べている。結論は予想通りで、調べた全てのガンでパピローマビールスの組み込みが認められ、その付近の遺伝子の発現が上昇していることを確認している。専門的になるので詳しくは述べないが、パピローマビールスのゲノム組み込みによる発がん性のある遺伝子の発現上昇、特定された遺伝子の突然変異、更に免疫反応の修飾に関わる突然変異等の蓄積が子宮頸癌の発症に必要である事が理解出来て来た実感がある。最初の引き金を断つワクチンの重要性を認識するとともに、今後、がんのエクソーム解析がルーチンの検査になって行く事を予想させる。

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ミトコンドリアが原因の老化は元に戻る?(Cell誌12月19日号掲載論文)

2013年12月27日
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12月15日、埼玉県永井クリニックで行われた、卵子若返りのための核交換技術についての毎日新聞の記事を紹介した。この話の背景には、ミトコンドリア異常が老化の一つの原因だと言う考えがある。この考えは広く受け入れられているにも関わらず、老化に伴うミトコンドリア異常の本態については明らかではなかった。今日紹介する論文は、この異常の一端を明らかにしたハーバード大学の研究で、12月19日号のCell誌に掲載されている。タイトルは「Declining NAD+ induces a pseudohypoxic state disrupting nuclear mitochondrial communication during aging (老化に伴うNAD+の低下により擬似的低酸素状態が引き起こされ核とミトコンドリア間の連絡が途絶える)」。ミトコンドリアは細胞から独立して増殖出来る細胞寄生体としてよく知られている。とはいっても、細胞内に寄生してから進化の長い時間の間に、ほとんどの遺伝子はホストの核に移り、現在では13種類の遺伝子がミトコンドリアゲノムに残るだけになっている。このグループは元々老化に伴って、ミトコンドリア遺伝子にコードされている酸化的リン酸化システムの選択的低下が起こることを発見していた。今回の仕事では、この異常に関わるミトコンドリア側の遺伝子と、ホスト側の遺伝子にコードされた分子の相互ネットワークの詳細を明らかにしている。それぞれの分子の詳しい説明は専門的すぎるので省くが、老化によって、酸素消費型の呼吸に必須の電子伝達体NAD+が低下することがそもそもの異常の始まりであることを明らかにしている。この結果、酸素消費型の呼吸が低下するが、この異常を細胞は酸素がないと間違った解釈をし、酸素はあるにもかかわらずHIF-1aという低酸素に反応する分子を上昇させて、低酸素に対する防御反応を起こしてしまう。この結果細胞の核とミトコンドリアの連絡が絶たれてしまって、細胞の様々な異常が引き起こされるという結論だ。重要なのは、メカニズムがわかると老化防止も可能になることだ。カロリー制限が老化防止に役立つことは知られていたが、老化マウスのカロリーを6週間制限することで、低酸素状態と錯覚する反応が止まり、ミトコンドリア機能が正常化することが今回示された。さらに、引き金になるNAD+を補ってやっても同じようにミトコンドリア異常が元に戻ることもわかった。残念ながら筋肉の機能低下までは正常化しなかったようだが、今後、より長期の実験がヒトでも行われると、若返りのための科学的方法として定着するかもしれない。また、冒頭で引き合いに出した卵子若返り術も、核交換等しなくとも卵子にNAD+を補給するだけで解決する可能性は十分ある。一つ重要な問題が解決した。

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細胞の中の遺伝子を生きたまま見る(12月19日号Cell誌掲載論文)

2013年12月26日
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山中iPS論文に少し遅れた2007年、CRISPRと呼ばれる、生きた細胞の遺伝子を高効率に編集するテクノロジーが報告され、今や大フィーバーになっている。サイエンス誌でも今年の十大ニュースのトップにあげており日本語版では、「大衆のための遺伝子マイクロサージェリー」と紹介されている。この技術のお陰で、どんな細胞でも遺伝子のノックアウトや入れ替えが簡単に出来るようになった。勿論山中iPS等にも利用され、遺伝子を元に戻して患者さんに移植する可能性についての論文が既に発表されている。しかしこの方法は遺伝子改変にとどまらない。詳しくは述べないが、この方法を基礎に細胞の遺伝子発現調節を中心に多くの更なるテクノロジーが生まれることが期待されている。今日紹介する論文は12月19日号のCell誌に掲載されたカリフォルニア大学サンフランシスコ校の研究で「Dynamic imaging of genomic loci in living human cells by an optimized CRISPR/Cas system (CRISPR/Casテクノロジーを至適化して生きたヒト細胞で遺伝子座のダイナミックな動きを観察する)」がタイトルだ。CRISPRの原理をここで詳しく述べることはしないが、操作したいホストゲノム部分に相補的に結合するガイドRNAに結合するCASという蛋白によって遺伝子を切断することが基礎になっている。このことはCAS蛋白が標的遺伝子部分に結合したガイドRNAに結合することを意味するので、このCASを使えば生きた細胞の標的遺伝子部分を標識できることになる。ただ、CAS蛋白はホスト遺伝子に切れ目を入れる機能があるので、この研究ではこの活性をつぶしたCAS蛋白に蛍光蛋白が連結したキメラ遺伝子を作り、CASが結合する遺伝子座、すなわちガイドRNAが結合している部分が光って見えるようにした。一般の人にはなかなか理解してもらえないだろうが、生きた細胞の核の中のどこに調べたい遺伝子が位置しているのかがついに見えるようになったかと思うと、急速に科学が進んでいることを感じて興奮する。しかし、このCAS分子自体は日本で発見されたことを知ると、これを今あるようなテクノロジーにして行くために必要な科学者間のコミュニケーションに日本は難点があることも理解出来る。いずれにしても、次にどんなテクノロジーがCRISPRから生まれるか、当分目が話せない。

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古い創薬手法の復活(Nature Chemical Biologyオンライン版掲載)

2013年12月24日
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ほとんどの公職を辞した後も、実は後藤先生率いる理研創薬プログラムには積極的に関わっている。というのも、患者さんが本当に待ち望んでいるのは新しい薬の開発なのに、私自身の創薬経験は皆無だ。その意味で、藤沢薬品時代にFK506を開発し臓器移植をより安全な治療にするのに多大な貢献をされた後藤先生のチームの活動を見ることで学ぶことは大だ。こんな訳で、新しい創薬手法については大変興味がある。以前(12月8日)、なぜ骨髄腫にレナリドマイドが効くのかを明らかにした論文を紹介した時、細胞に対して効果がはっきりしている化合物があれば、異なる重さのアイソトープを用いるSILACという方法で標的分子を明らかにする方法があることを知った。今日紹介する研究は、activity based protein profiling(ABPP)というタンパク質の活性を用いることで迅速に化学化合物の標的蛋白を特定出来るという論文だ。サンディエゴにあるスクリップス研究所の研究で、「Integrated phenotypic and activity based profiling links Ces3 to obesity and diabetes(形質と活性に基づく蛋白のプロファイリングを統合することでCes3を肥満と糖尿病に関連づけることが出来た)」というタイトルがついている。
   SILACとは異なり、この方法は最初どのような分子を標的にするかある程度あたりをつけておく必要がある。しかし、元々薬剤になりやすい標的の活性はある程度限られてくるので、この方法も今後十分期待出来る。この研究ではセリン加水分解酵素を標的にしている。論文では、脂肪細胞の分化培養を用いて、セリン加水分解酵素を抑制する化合物をスクリーニングし、有望な化合物をいくつか選んだ後、次にABPPを用いてどの分子が選んだ化合物の標的かを決めると言う順序で、肥満や糖尿病に有効な薬剤開発が出来ることを示している。私に取ってこの仕事の重要性は、肥満の薬剤が出来たということではない。それよりも細胞自体の活動変化を指標に化合物を見つけてしまえば、迅速に標的分子を特定し化合物が効くメカニズムを明らかに出来る時代が来たという点だ。現在分子生物学が発達して、分子の機能を指標に化学化合物を探す方法が創薬のための柱になっている。しかし、分子レベルではっきりした効果があっても、複雑な細胞で検査すると効果が出なかったり、副作用が出ることが多かった。この論文でも、1999年から2008年で創薬に成功したお薬の6割近くがまだ細胞の活性を指標にした古い手法を用いていたことを紹介している。勿論後藤さんのFK506も細胞活性を抑制する分子として見つかっている。即ち、細胞の活性でスクリーニングした方が、良い薬剤に当たる確立が高いということだ。ただ、発見出来た化合物がなぜ効くのかを明らかにするために今度は時間がかかってしまっていた。この意味で、SILACや今日紹介したABPPが利用出来ることで、古いとされて来た細胞活性を指標にする薬剤の開発がもう一度表舞台に登場し、さらに有望な化合物を発見するための時間も短縮すると期待出来る。そしてこのことは患者さんたちにとっての朗報だ。今後も新しい創薬手法を学んでここで紹介しようと思う。

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前NY市長の健康政策評価(Frontiers in Public Health Services and Systems Research誌掲載論文)

2013年12月23日
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新しくニューヨーク市長になったデブラシオ氏は黒人の奥さんのいること、一貫したリベラル政策などで話題を呼んでいる。特にその庶民性から、富裕層の典型だった前職のブルームバーグ氏と対比され、全米中が興味津々だ。同じようなことになれば日本でも大騒ぎだろう。しかし、新しい都知事候補の名前としてメディアに上がる名前を聞くと、まあこんな熱狂は望みようもない。
  今日紹介する論文を見るとアメリカの底力にさらに驚いた。論文はEvidence Use in New York City Public Health Policymaking (NY市公衆衛生政策へのエビデンスの利用)」というタイトルのコロンビア大学からの仕事で、Frontiers in Public Health Services and Systems Researchという雑誌に先週掲載された。短い論文で、ブルームバーグ市長の公衆衛生政策の成果を聞き取り調査で調べた論文だ。論文自体はシンクタンクの意見と言った感じで他愛無い。しかし、ブルームバーグが押し進めた公衆衛生政策については(それが本当なら)感心する。要するに科学的エビデンスを重視した政策を行ったということだが、その徹底ぶりは我が国とはだいぶ異なる。論文であげられた政策の5本の柱は以下のようだ。
1)公衆衛生政策担当者は論文の見出しやサマリーだけでなく、あまり有名でない論文の方法論や項目ごとのデータにもしっかり目を通すことを推進。(日本の自治体の役人がどのぐらい生の論文を読んでいるのだろう?)
2)地域レベルの健康データを出来る限り集めて対策を打つ。例えば、ある地域でのタバコの消費が上がっていることがはっきりしたらすぐにキャンペーンを打つ。
3)地域住民に対して具体的に役に立つ政策のために、小規模の調査を積み重ねる。例えば、NY市は他地域と比べ外食が多いことがわかると、レストランの健康メニューのサンプルをNY中のレストランに送る。
4)部局間の風通しを良くして政策を実行する。例えば、健康のため自転車使用を推進するとき、各道路の自転車事故率がすぐわかり、それに会わせて道路局が道路の改善や自転車レーンを整備する。
5)公衆衛生担当部局に査読がある雑誌に論文を出すことを推進し、就任期間中に300以上の論文が発表された。
   経営者としてのブルームバーグならではの思想の一端を示す政策だと思う。しかし、これは日本の自治体でも可能で、行うかどうかは首長の意志一つだろう。厚生労働省の号令のもと、我が国の自治体でも特定検診等様々な市民の健康を促進するための政策が行われている。ただこの論文に紹介されているNYの取り組みと比べた時、中央主導でほとんど自治体としてのアイデアが見えない。特に見習わなければならないのは、最後の柱だ。自治体行政からしっかりした論文が生まれるということは、自治体自体がしっかりとしたシンクタンク機能を持つということだ。私の持論だが今我が国に最も必要なのは、国や自治体自体が政策立案のためのシンクタンクとしての自らの能力を磨くことだ。その意味で、5番目の目標はどの自治体にとっても挑戦する意味は大きい。ただ、査読を受けて批評にさらされる論文でなければならないと釘を刺しておく。

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12月20日朝日新聞記事 自閉症ホルモンを鼻に噴射して改善 東大チーム

2013年12月22日
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私自身の興味もあって、このコーナーで自閉症の最新研究を紹介して来た。読んでいるうちに、将来は必ず治療の可能性が生まれるという確信を持てるようになった。アメリカアカデミー紀要に発表されたエール大学の仕事も、12月3日ここで紹介した。この仕事は、自閉症の子供に表情を見て他人の心を読む課題を行うときの脳の活動をfMRIで調べた研究で、オキシトシンが社会性に関わる脳機能を確かに促進するということが示されていた。この研究を紹介したあと、日本での研究状況はどうだろうかと気になっていた。しかし心配することはなかった。12月19日のJAMA Psychiatry誌に発表された東大精神科からの仕事は日本もこの分野をリードする研究が我が国で行われていることを示していた。研究からのメッセージは、私が12月3日に紹介したエール大学の仕事とほぼ同じだ。しかし、臨床研究として無作為化された研究で、対象として調べた患者さんの数も多い。しかも論文を送った日付はエール大学より半年も早い。要するに東大の研究の方が早く完成している。それだけではなく、研究の内容もより包括的な印象だった。さらに、文科省もこの分野を支援していることを知ってはっきり言って安心した。ただ一つ気になったのは、エールは思春期の児童について調べているのに、東大の研究は軽度自閉症の成人だ。ひょっとしたら、インフォームドコンセント等で日本の規制があまりに厳しすぎて、自閉症の児童を調べることが難しいのではないのかと心配する。少子高齢化が進む我が国で発達は最も重要な課題だ。以前も述べたが、オキシトシンの長期効果については否定的な論文が多い。これを克服するには、発達期の神経回路形成に介入することが必要になる。是非長期的研究も日本から生まれることを願う。
   朝日の今さんの記事は正確で良くまとまっていると思う。(http://digital.asahi.com/articles/ASF0TKY201312190021.html?_requesturl=articles/ASF0TKY201312190021.html&ref=comkiji_txt_end_s_kjid_ASF0TKY201312190021)しかし欲を言えば、自閉症研究についてのある程度の背景説明がないと、本当の内容は理解されないのではないだろうか。見出しについても、「自閉症:ホルモンを鼻に噴射して改善」は見出し用語としても何か変なことをしている印象がある。是非小児の脳研究等のあり方も含めた良い記事を目指してほしい。

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