3月24日:ジュラ紀の化石にDNAは残っているのか?(3月21日号Science誌掲載論文)
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3月24日:ジュラ紀の化石にDNAは残っているのか?(3月21日号Science誌掲載論文)

2014年3月24日
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私たちAASJも小保方さんの論文についてニコニコ動画も含めて独自の発信を行ってきた。そのせいか取材申し込みを様々な形で受ける。実際家の前で記者の方が待っていたりすると、世の中の関心の高さが理解できる。ただ私自身は、取材に応じて何かを話す事はしないと決めている。じっくり独自の調査を続けて、計画中の本の中で取り上げようと考えている。また分析に十分な確信が持てた時点で、ニコニコ動画等を使って、しかるべき人と対談してそれを公表したいと思っている。期待して欲しい。    こんな折なので少し世間離れした話題を取り上げよう。遺伝情報解読はどの時代の化石まで可能か?あるいは限界はないのか?この問いに対する研究は今多くの期待を集めている。この一年だけでも70万年前の馬の化石の全ゲノム解読、45万年前の原人のミトコンドリア全ゲノム解読等を紹介して来た。一方琥珀の中に閉じ込められた昆虫や植物の遺伝情報を読む事は全く不可能で、DNAは50年も経てば完全に分解されるという残念な結果も報告して来た。噂によると、この分野の次の目標は既に1000万年前の生物のゲノム情報解読に拡大されているようだ。どの生物を選べばそれが可能になるのか?今日紹介する論文は一つの可能性を示しているかもしれない。スウェーデン自然史博物館からの研究で3月21日号のScienceに掲載された。タイトルは「Fossilized nuclei and chromosome reveal 180 million years of genomic stasis in royal ferns (化石化した核と染色体はシダ類ゲノムの安定状態を明らかにする)」だ。これまでジュラ紀の化石と言うと骨が中心で、皮膚や羽などが見つかれば大喜びだった。ところがこの研究で扱われたシダの化石は火山砕屑岩層から採取されており、カルシウムを多く含む熱水により急速にカルシウム沈着が細胞内にも起こる事で細胞内の様々な器官が保存されている化石だ。結果は単純で、この化石に含まれる一個一個の細胞は、核や核小体の形態は言うまでもなく、分裂期の染色体の構造まで、現存の細胞を顕微鏡下で観察するのと同じ分解度で観察できると言う事が示されている。その上で、核の大きや、染色体の数や形などを現存のシダと比べ、シダ類のゲノム量は2億年にわたってほとんど変わらず安定して現在に至っていると結論している。掲載された写真を見ると、本当に2億年も経っているのか不思議な気分になる。DNAの分解が最終的には分子衝突が積み重なって起こる事を頭ではわかっていながら、この特殊な保存のされ方ならひょっとしてDNAも残っているのではと期待してしまった。雑誌の編集者もひょっとしたらそんな気持ちで採択したのかもしれない。
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3月23日:ヒトは何種類の臭いを嗅ぎ分けられるか(3月21日号Science掲載論文)

2014年3月23日
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「一体何種類の色を見分けられるのか?」「一体何種類の音を聞き分けられるのか?」「一体何種類の臭いを嗅ぎ分けられるか?」と言った疑問を私自身いまだだかっていだいた事はなかった。しかし広い世界にはそんな疑問をいだくだけでなく、科学的に検証しようとしている人が必ずいる。今日紹介する論文は「何種類の臭いを嗅ぎ分けられるか?」についてのロックフェラー研究所からの研究で、3月21日号のScience紙に掲載された。タイトルは「Humans can discriminate more than 1 trillion olfactory stimuli(ヒトは1兆種類以上の臭いを嗅ぎ分けられる)」だ。   これまでの研究でヒトは750万の色彩、35万の音を区別できる事が示されていたが、臭いについては1927年の研究で約1万種類と決められた後ほとんど調べられていなかったようだ。しかし今、臭いの感覚機構についての理解は急速に深まっている。臭いは様々な脂溶性の化学物質が混じりあったものだが、私たちのゲノムの中にある1000種類以上の臭いセンサーを別々に発現している臭い細胞が様々な組み合わせで反応する事によりそれを嗅ぎ分けている。従って、臭いの嗅ぎ分け実験も一個一個の異なる臭い分子を分別できるかではなく、どれほど多様な分子の組み合わせを区別できるかを調べるべきだと言うのがこの研究の動機だ。研究では、128種類の単一分子を集め、その分子を組み合わせて臭いを作り、組み合わせる分子の数を10、20、30と増やす事で臭いの複雑度を上げている。実験では、26人のボランティアを用いて、2種類の違った組み合わせで調合した臭いを区別できるかどうかを調べている。10、20、30種類の組み合わせを作る際、分子の3割、6割、9割が重複する様にサンプルを調合する。要するに分子の重複度が大きいほど臭いの差が少ないと期待している。さて結果は驚くべき物で、確かに30種類の分子混合で90%分子の重複がある場合は誰も区別できないが、それ以外の組み合わせはかなりの人が区別できると言う結果だ。この結果から計算すると人間は少なくとも1兆種類の臭いを嗅ぎ分けられるといううれしい結果だ。しかしもっと驚くのは、26人程度の小さな集団の中でも大きな嗅ぎ分け能力の差が見られる事で、今回の実験では1000万種類をようやく嗅ぎ分けられる人から、10の28乗種類のようにとてつもない種類の臭いを嗅ぎ分けられる人が見つかっている。なら、次は職業と嗅ぎ分け能力の関係を調べるともっと面白いい研究が出来るのではと思った。
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3月21日遺伝子検査による大腸がんスクリーニング(3月19日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2014年3月21日
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抗体を使って行う便の潜血検査は有効性が最もはっきりしているがん検査の一つで、アメリカ国立衛生局も強く推薦している。ただ3割程度のがんが見落とされる事も事実だ。この発見率をがん特異的なDNA検査を使って上げられないかを大規模調査で調べたのが今日紹介する研究で、一万人近くの人を、DNA検査、免疫検査、及び直腸鏡で調べて、最終診断と言える直腸鏡による診断率と比較している。論文は3月19日号のThe New England Journal of Medicineに掲載され「Multitarget stool DNA testing for colorectal-cancer screeing(便に含まれる複数の遺伝子を標的とした直腸結腸がんの集団検診)」がタイトルだ。   がんの遺伝子診断は、がんからこぼれ落ちる細胞が壊れた後も便の中に残っているDNA断片を標的に行う。さて直腸がんではどの遺伝子を使っているのかと論文を読んで、不勉強を思い知った。多くのがんで定番の突然変異型KRAS遺伝子は納得だが、他に用いられているのがNDRG4とBMP3遺伝子の発現調節に関わる部分で、しかもメチル化されたDNAだけを特異的に検出する検査だ。事実あらゆる細胞のゲノム上にはこれらの遺伝子は存在しており、がん特異性はない。ただこれらはがんに対して抑制的に働くため、がんがこの遺伝子をDNAメチル化と言う手段を使って不活性化している。従って、がんではこれらの遺伝子が特異的にメチル化されているが、正常細胞ではメチル化されていない。この差をPCRで検出している。調べてみると、2012年に実験的に可能性が検証された方法で、迅速な開発が行われている事がわかる。結果は診断率が直腸鏡診断を100%としたとき、ガンで92.3%、高い異型性を示す前癌状態で69.2%と、これまでの免疫法のそれぞれ73.8%、46.2%をはるかに凌いでいた。特異性や偽陰性率ではDNA検査は多めに検出してしまうようだが、検診目的を考えると納得できる範囲だ。もちろん問題もある。論文を読むと、便を検査に使う場合DNA量が足りなかったりする結果、検査不能率が抗体によるテストの20倍に達する点だ。もちろんコストもかかると思われるが、論文からははっきりわからなかった。しかしコストが見合えば優れた検査で、広く普及すると思う。考えさせられるのは、メチル化を利用してガンのスクリーニングを行おうと考える日本の企業がどの位あるかだ。引退してから論文を読み始めてわかるのは自分が不勉強であった点で、様々な分野で医学が急速に進展していることを思い知らされている。医療産業振興のかけ声はわかるが、企業がこの進展を取り込んでいるのか心配だ。
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3月20日二次進行期多発性硬化症に対するスタチンの効果(3月19日号The Lancet掲載論文)

2014年3月20日
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多発性硬化症の薬剤についてはフィンゴリモド(8月28日)や、まだ動物段階ではあるがベンズトロピン(10月10日)などを紹介して来た。ただこれらの薬剤は炎症が繰り返す第一期の患者さんが対象で、二次進行期に入ると、有効な薬剤はまだ見つかっていない。今日紹介する論文はこの二次進行期の患者さんを対象にした臨床研究で、これまでコレステロールを下げるために普通に使われて来たスタチンがこのステージに一定の効果があるかもしれないと言う結果を報告している。論文は3月19日号のThe Lancetに掲載され、タイトルは「Effect of high-dose simvastatin on brain atrophy and disability in secondary progressive multiple sclerosis (MS-STAT): a randomized,placebo-controlled, phase2 trial.(二次進行期多発性硬化症の脳萎縮と障害に対する高用量シムバスタチンの効果)」だ。スタチンは最初当時三共製薬の研究所の遠藤章さん等により開発されたHMG-CoA還元酵素阻害剤で高コレステロール血症の治療薬として世界中で使われて来た薬剤だ。今回使われたシムバスタチンも遠藤さんが開発した薬剤とは構造は違うが同じ作用を持つ薬剤で日本ではリポバスとして知られている。これまで長く使われて来た薬剤であるため、他の用途にも迅速に使用が可能だ。この治験では、140人の患者さんを選んで、半分に偽薬、残りの70人にシムバスタチンを80mgと高用量で25ヶ月投与し、12ヶ月、25ヶ月で詳しく調べている。臨床試験としては無作為化した2重盲検で厳しい基準で研究を行っているが、あくまでも効果を見るパイロット実験と言う事で治療を受けた人数は少ない。薬剤の効果が最もはっきりしたのは、MRIによる脳画像で、シムバスタチンを服用する事で脳萎縮が対象に比べ50%近く遅らせる事が出来た。自覚、他覚症状も驚くほどではないが統計的に改善が見られるようだ。免疫機能など他の検査にはほとんど差を認めていないが、更に大規模で長期の治験を是非進めて欲しいと思わせる結果だ。無論脳画像だけで将来を判断する事は難しく、スタチンの作用を否定する結果も報告されている事を考えると、早く第三相の治験を進めて欲しいと感じる。
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3月19日:細菌に腸内環境を記録する(アメリカアカデミー紀要オンライン版)

2014年3月19日
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最近腸内細菌と病気との関係が注目を集めているが、これにはDNA配列決定の技術進歩が大きく貢献している。例えば腸内内容物のリボゾームRNA遺伝子の配列を次世代シークエンサーを使って決定すると、調べたい場所に存在する腸内細菌の種類を正確に知る事が出来る。一昔前は、細菌の特定には菌の培養が必要だったが、これと比べると多くのサンプルを迅速に処理出来る。事実3月12日号のCell Host & Microbe紙に掲載されたハーバード大学を中心とした研究グループでは、450例近くの若年性クローン病患者さんから、 大便だけでなく、回腸や直腸のバイオプシーサンプルを集め、その中に含まれる腸内細菌叢の種類を調べている。これまでの研究では、大便の腸内細菌叢とクローン病とのはっきりとした相関は見られないとされていたが、今回の研究では回腸や直腸の細菌叢の中にクローン病で増える細菌の種類を特定しており、将来の治療も含めて期待が持てる結果だった。とは言え、次世代シークエンサーやバイオプシーを一般臨床に使う事は難しい。より簡単に腸内の状況を調べる方法がないのだろうかと思っていたら、今日紹介する論文を見つけた。これもハーバード大学からの研究で、米国アカデミー紀要オンライン版に掲載されている。タイトルは、「Programmable bacteria detect and record an environmental signal in the mammalian gut (プログラムした細菌を使って腸内環境を検出し記録する)」だ。方法の細部は全部省くが、外界のシグナルを感受して標識遺伝子を安定に発現する様なスウィッチ回路遺伝子を組み込んだ大腸菌を作成する。例えば、一定量のアルコールにさらされると光を出す大腸菌を飲んで(実際の実験ではテトラサイクリンと言う抗生物質をシグナルに使っている)、何日後かに大便が光っておればアルコールが消化管のどこかに存在していた事の証拠になると言うアイデアだ。実際にマウスにこのレポーター細菌を飲ませて、腸管内に存在するテトラサイクリンの検出に成功している。ただ、本当の目的はこの様な単純なレポーターではなく、腸管内に生息する悪玉菌と接触すると光る様な仕掛けを組み込んで、最終的には疾患に関わる菌の存在を検出する検査系の確立を目指している。患者さんが組み換え細菌を飲んでもいいと思える様なレポーターを完成させるためにはまだまだ多くのハードルがある。しかし論文を読んだ後、色々工夫をすれば可能ではないかと思えてくる。最初に紹介した論文からわかるように、大便に存在する腸内細菌叢は疾患との相関がないが、直腸や回腸などの奥深くの細菌叢は相関性が見られる場合がある。とすると、何回もバイオプシーを繰り返す代わりに、この様なレポーターが活躍する場合も十分あり得る。面白い研究が世界では進んでいる。
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3月18日:全ゲノム配列決定を臨床で使うにはまだ準備が整っていない。(3月12日発行JAMA紙掲載論文)

2014年3月18日
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このページでがんと戦うためにタンパク質に翻訳される遺伝子部分全て(エクソームと呼ぶ)の配列決定をする重要性について紹介して来た。がんだけでなく、臨床医学の様々な領域でエクソーム解析は標準になりつつある。しかしエクソームは私たちの持つ全遺伝子のほんの1%強にすぎない。では残りの99%も含めて全ゲノム遺伝子配列を決定する事はまだまだ時間がかかるのだろうか?実を言うと配列を読むだけなら10万円近くまでコストが下がって来ている。私にでも奮発すれば出せる額だ。更に、IBMとロッシュはこれを100ドル(約1万円)にまで下げる技術開発を進めている。とすると、手軽に全ゲノム配列を決めてもらう時代はすぐそこに来ている。しかし臨床現場に全ゲノム解析を導入するにはまだ準備が整っていないのではと疑問を投げかけたのが今日紹介するスタンフォード大学の研究で、3月12日発行のアメリカ医学会雑誌(JAMA)に掲載された。タイトルは「Clinical interpretation and implication of whole-genome sequencing(全ゲノム配列解析の臨床的解釈と意味)」だ。   研究では12人のボランティアーを選び、2種類のシークエンサーとソフトを使って全ゲノム解析を普通行われるより更に念入りに行う。その上で、現在利用できるソフトでどの程度正確に遺伝子異常を見つける事が出来るかを調べている。残念ながら自動的に異常を見つける事は現段階では簡単でなく、1割から2割の疾患遺伝子が最初から読めていない。さらに、病気などに重要だと思われる遺伝子断片の挿入や削除の診断率は低く、それぞれの人のゲノムの違いが現在知られている病気と相関するかどうかを決めるためにはまだまだ多くの人手がかかり、結局一人のゲノムの解析に100−200万円近いコストがかかると言う結果だ。要するに臨床に導入して患者さんにしっかり内容を説明できるのは困難であり、配列決定のコストが低下しても解釈のために必要なコストは変化せず、当分安くならないと結論している。この論文の他にも情報科学の雑誌に、250人の全ゲノム解析を比べるためには市販のスーパーコンピュータを駆使して50時間かかると言う結果も報告されている。   さてこの結果をポジティブに取るか、ネガティブに取るかで対応が大きく違う。ポジティブに捉える場合は、情報処理人材やコンピューターソフトの開発が遅れているため、この分野の人材を育成し、結果を問わず試行錯誤が必要だと言う事になる。一方、ネガティブに取ると、まだ全ゲノム配列を行っても意味がないので、その時が来るのを待とうと言う事になる。私は前者を取りたい。何故なら専門家のわたしも2004年アメリカで1000ドルゲノム計画が始まるまで、私自身の全ゲノムを自分がお金を払えば解読できるようになるなどと夢にも思わなかった。しかしそれが今可能になっている。37億年に一回きりのゲノムが少なくとも情報として残せる。これまで出来なかったなら、是非読んでおこうと考えるだけで十分だ。役に立つを超える視点が21世紀の科学、医学、そして文化を創ると思っている。
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3月16日:科学的議論の重要性(アメリカアカデミー紀要掲載、福島事故による被爆についての京大研究)

2014年3月16日
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自分の論文に対して公式の反論が雑誌に発表され、それに更に反論するのは疲れる作業だ。また雑誌の編集委員として論文を扱っていたときも、論文に対する反論、レフリーの意見に対する反論をどのように扱うかには頭を悩ました。反論が理不尽だと思っても、単純に無視するのは避けなければならない。というのも、このような公開の科学的議論の場を守る事が科学雑誌にとって最も重要な事だからだ。一つの例が3月14日発行のScienceに掲載された反論意見だ。1月13日このページで大型肉食動物の減少について報告した総説を紹介した。この総説では個体数の密度を維持するかが減少を止めるために取り組まなければならない課題である事が強調されていた。これに対し、野生動物の社会性や感染について調査を行って来た研究者が、更に重要な要素がある事を自分の論文を引用して反論している。今後もこのような公開の議論を維持し、その結果として新しい研究が行われ、動物保護を実現させるのが科学の使命だろう。   おなじ事は東日本大震災について行われている研究にも言える。3年経ったこれからは、査読を経た論文発表を通した公開の科学的議論が重要だ。このため3月11日、活水女子大の避難地区のPTSDの話をこのページで紹介した。この研究では震災と原発事故の経験が住民の健康に深刻な影響を及ぼしている事が示されている。同じように被爆自体が「科学的には懸念するほど深刻ではない」ことを示す研究もある。それが今日紹介する京都大学グループがアメリカアカデミー紀要オンライン版に発表した研究だ。タイトルは、「Radiation dose rate now and in the future for residents neighboring restricted areas of the Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant (福島第一原発の規制区域に隣接する地域住民の現在と将来の被爆量)」だ。研究は事故後約1年半の2012年7−8月、原発から20−50km圏内の避難準備地区にある川内町、相馬市玉野地区、南相馬市原町の住民483人について、外部被曝測定のためのモニターを常時携帯して生活してもらうとともに、食事を各家庭で一人前余分に作ってもらい、食事による放射性物質の取り込み、及び地域の大気に含まれる放射性物質を測定し、外部、内部被曝の総量を積算した。2ヶ月間とは言え、調査自体は相当に準備され徹底的だ。そしてその結果は、食事、大気からの内部被曝はほとんど許容限界以下だ。もちろん、外部被曝は玉野地区で2.5ミリシーベルト/年と望ましい年間許容量(1ミリシーベルト/年)よりは高い。ただこれも我が国の年間被爆量の地域差の範囲に収まっていると言う判断だ。もちろん除染を進めて、1ミリシーベルトの目標を目指す事の重要性も説いている。現在の結果に基づいて計算すると、がんが増える可能性はほとんどなく、調査した2012年8月以降で言えば3地区に住み続けても放射能の影響は少ないと冷静に結論している。少し前ならこの様な結論は「東電よりの結論」などと批判されたかもしれない。これまでこの調査については各紙も報道しているようだが、この論文についての報道はまだないようだ。論文が掲載された事も報道して欲しいと思う。むろん異なる科学的考えもあるはずだ。是非あくまでも科学的議論として自由な議論が展開される事を望む。小泉さんもこの研究を更に長期に続けて欲しい。調査に参加した方々が原発事故直後に受けた被爆なども統合した上で、予想が正しかったかを確かめる必要がある。福島での経験は「追試」できる事ではない。この一度きりの経験についてどれだけ科学的調査を積み重ねられるのかは、日本の科学全体の問題だ。今後も多くの研究論文が発表され、議論が進む事を期待したい。
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3月14日:論文データは信用できない?(3月12日号JAMA掲載論文)

2014年3月14日
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多くの患者さんが参加して行われる臨床治験はお金と時間がかかる。ただ昨年問題になったように、データが簡単に操作されると患者さんの命に関わるだけに事は重大だ。そのため2007年から治験を行う場合前もって米国国立衛生研究所のClinicalTrial.gov(http://www.clinicaltrials.gov/)に登録し、結果も報告しなければならないようになっている。またThe New England Journal of Medicine, The Lancet, The Journal of American Medical Association(JAMA)などの有名臨床雑誌ではこの登録が行われていないと治験研究として認めないようになっている。今日紹介する論文はこの登録されたデータと論文として発表されたデータが一致しているかどうかを調べたエール大学からの意地の悪い研究だ。3月12日号のJAMAに掲載されタイトルは「Reporting of results in ClinicalTrials.gov and High-impact Journals (ClinicalTrials.govとインパクトの高い雑誌に発表された結果)」だ。しかし結果には驚く。96論文のうち93論文でClinicalTrial.govに記載された報告と、論文の結果に少なくとも1カ所は矛盾があると言う結果だ。矛盾の内容について詳しくは述べないが、幸い見つかった矛盾のほとんどは結果の解釈を大きく変える事はない。しかし6報の論文で見られた矛盾は明らかに結果の解釈に影響し、読者を間違った結論に導く可能性があると断じられている。確かに読んでみると、例えば抗がん剤の比較が行われた論文で、再発までの平均日数がClinicalTrial.govへの報告と比べて論文の方がかなり長くなっている。医師・研究者のほとんどは臨床治験について論文から情報を得て、登録サイトのデータと確かめる事はしない。5%以上の論文で、結果の解釈に影響のある矛盾が見つかった事は、医師や患者を欺くだけでなく、登録制度や雑誌の信頼性に及ぶ。早急な対応が必要だ。
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3月14日ムコ多糖症の遺伝子治療(Human gene therapyオンライン版掲載論文)

2014年3月14日
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ムコ多糖症は細胞内器官リソゾームにムコ多糖類が蓄積するため全身の臓器が進行的に侵されて行く病気で、基本的にはリソゾームで働いている分解酵素をコードする遺伝子の突然変異が原因だ。欠損する遺伝子に応じて異なる病像を示す。遺伝子欠損であるため、これまで欠損している酵素の補充療法が行われて来た。ただ最も深刻なのが脳障害であるため酵素を脳内に投与する事は困難で、新しい治療法が求められていた。遺伝子欠損が原因であるため、当然考えられるのは遺伝子治療で、欠損した遺伝子を脳内に導入して治療できない検討が進んでいた。中でもフランスは遺伝子治療に力を入れている。ネッカー病院で行われた小児の先天性免疫不全の治療は世界的にも有名だ。今日紹介する論文もネッカー病院からの報告だ。ムコ多糖症のなかでNsulfoglycosamine sulfohydrolaseが欠損している4人の子供の脳内に、アデノ随伴ビールスベクターを使ってこの遺伝子を導入し、1年まで経過を見た臨床研究だ。第1相/第2相治験として位置づけられており、研究の主目的は安全性の確認だ。また、アデノ随伴ビールスベクターの場合ベクターに対する免疫反応の可能性があり、この治験では免疫抑制剤タクロリムスが使用されており、この副作用も考慮しなければならない。結果だが、1年の経過観察期間、気道炎症など幾つかの治療を要する症状が起こったが、基本的には遺伝子治療自体の副作用はないと言う結論だ。では患者さんに取って最も気になる効果はどうだろう。残念ながらコントロールがないため効果があったのかどうかを科学的に検討する事は難しいようだ。ただ治療を2歳8ヶ月で受けた最も若い患者さんは、様々な脳機能テストで明らかに改善が見られたとしている。希望が生まれた事は確かだ。この希望を科学的に確認する必要がある。治療法自体は論理的に納得できる。この方法の安全が確認された事で治験を次の段階へと進める事が出来る。特に今回の治験で治療開始が早いほど効果が得られる可能性が高いことが示唆されている。この点を勘案した新しいプロトコルでの早期治験を望みたい。遺伝子治療も一歩づつ前進していると言う実感を持った。
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3月13日:医療技術の進歩(3月号The Journal of Thoracic and Cardiovascular Surgery)

2014年3月13日
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今日朝日新聞、毎日新聞で京都府立大学の木下さんの培養角膜内皮移植が報じられている。現役時代ディレクターを務めていた再生医学実現化プロジェクトからのうれしい成果だ。木下先生のプロジェクトと平行して、iPSを用いる内皮移植プロジェクトも支援したが、進展は遅いように思える。実現化プロジェクトでは角膜内皮細胞移植実用化と言う目的達成のためにiPSと培養角膜の間で競ってもらった。医療技術はどの細胞から始めるかが問題ではなく、患者さんに安全で安価な治療をどう届けるかが勝負だ。これからもこの勝負の行く末を見て行きたい。この報告の元になる論文を探したが、見つける事が出来なかった。まだ学会発表の段階なら、是非論文発表を急いで欲しい。再生医学実現化プロジェクトは論文発表がゴールではなく、基礎的技術を速やかに臨床研究へ進める事だが、臨床研究が進めば当然臨床論文として発表してもらう事は重要だ。   このように患者の視点から言えば、多様な技術が競争し合って安全・安価な技術へと発展する事が重要なのに、我が国では何故か切り札は何かと言った議論が先行して、多様な技術間の競争が遅れている観がある。例えば内視鏡手術などは機器と技術が同時に進む必要があり、医師と技術者の対話が重要だ。今日本の医療機器シェア低下が問題になっているが、軟性の内視鏡で高いシェアを持つオリンパスは別として、内視鏡手術等の器具ではJ&Jなどの国外企業のシェアは圧倒的だ。そんな一端を伺わせる論文が3月号のJournal of Thoracic and Cardiovascular Surgeryにでていた。タイトルは「First human totally endoscopic aortic valve replacement: An early report(大動脈弁の内視鏡下置換:早期報告)」だ。米国で開発されたニチノールと呼ばれる形状記憶合金を使うことで、縫合の必要のない小さく折り畳める人工弁を作る事が出来る。小さく折り畳める事で内視鏡手術で使う筒を通して弁を体内に入れ、手術を行う事が可能になる。もちろん人工心肺を使い、大動脈切開を行うのだが、開胸は必要ない。この研究では82歳、83歳の男性が選ばれ手術を受けている。最初の例と言う事で、大体2時間半位人工心肺につなぐ必要があるが、2例とも置換した弁は正常に機能し、7日で退院したと言う報告だ。もちろん医療として普及するまで、症例が重ねられ、長期経過の観察が必要だ。ただ、既に論文に書かれているように、新しい内視鏡手術を始める事で、工夫すべき点など新しい技術のアイデアが蓄積されて行く。このため普及後もずっとリードを保って行く事が可能でより安全な方法として圧倒的な強さを保って行くだろう。実を言うと私の連れ合いも大動脈弁閉鎖不全で、今は山歩きも普通に楽しんでいるが、いつか手術が必要になるのではと覚悟している。患者と家族の視点から見ると、他を圧倒する技術で負担のない手術を受けたいと思っており、この技術の発展を期待を持って見続けるつもりだ。内視鏡ではこれを行ったからこそ圧倒的シェアを我が国のメーカーが獲得している。医師と技術者の連携のあり方から見直す時が来ているのかもしれない。
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