3月12日:主観性の研究に向けて?(米国アカデミー紀要オンライン版掲載論文)
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3月12日:主観性の研究に向けて?(米国アカデミー紀要オンライン版掲載論文)

2014年3月12日
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今日紹介する論文は少し専門的すぎると思う。それでも是非紹介したいと取り上げた。デカルト以来私たちは、主観性は科学の対象にならないという2元論に縛られて来た。わざわざ「クオリア」と主観的感覚に対して特別な言葉を用いるのもこの縛りのせいだ。しかし科学は必ずここに踏み込む。私は21世紀の科学はこの問題に必ず挑戦できると期待しており、ことあるごとに若い人達をアジっている。また、この大きな課題へ挑戦への手がかりとなる研究に出会いたいと思って論文に目を通す。そんな時飛び込んで来たのがこのスウェーデンカロリンスカ研究所の仕事で米国アカデミー紀要に掲載されている。タイトルは「Out-of-body-induced hippocampal amnesia (肉体離脱による海馬性健忘)」だ。これはデカルト流に言うと「心と身体」の統一性と記憶についての研究だ。あるエピソードを経験する際、身体感覚と経験が解離していると経験を記憶に留めにくいという仮説が検討されている。ではどのように身体から経験を離脱させるのか?これを実現する手法がこの研究のキーで面白い。実験に参加する被験者はテレビゴーグルを通してしか自分と周りの状況を知る事が出来ないようにされている。こうする事で自己と周りの関係の認識のセッティングを変える事が出来る。普通誰かと話をする時対面し目と目を合わせる。この研究ではこれ以外に、対面している側の視点で自分を見たり、あるいは斜めから自分と対面者が入ったシーンを見せる事で、我々が通常主観的に認識するのとは異なる状況を体験させている。それぞれのセッティングで対面者(実際には学生に対する教授)との対話を通して経験したエピソードを1週間後どれほど鮮明に覚えているかを調べている。結果は仮説通りで、1)生活でのエピソード記憶には主観的観点に合致した身体感覚が必要で、2)主観性が侵されると海馬左後方で行われている身体認識とエピソードを結合させる活動が特異的に障害されると言う結果だ。主観性への道のりはまだまだ遠いが、確かに挑戦は始まっていると言う実感を持つ論文だ。今後続々この様な研究を読める事を期待したい。さて余談だが、デカルトの死んだのはなんと真冬のストックホルムだった。もし今から50年後にデカルト2元論の克服につながる最初の仕事がこの研究だったことになったら面白いのにと一人で楽しんでいる。
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3月11日:東日本大震災と原発事故が残した心の爪痕(3月号Psychiatry and Clinical Neuroscience掲載論文)

2014年3月11日
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前に私が在籍していた理研発生再生科学総合研究センター(CDB)には今激震が走っているようだ。一段落した所で私もこの問題は総括しなければならない。ただまだ新しい資料は揃っていないのでもう少し時間がかかりそうだ。   さて、東日本大震災が襲った時、私はCDBで春のシンポジウムの準備をしていた。地震後シンポジウムを開催するかどうかなど様々な決断を迫られたが、一番困ったのは欧米から招待していた研究者の多くから尋ねられた「日本は原発をコントロールできると思うか」と言う質問だった。電話で答えている最中にも水素爆発をテレビが報じる有様で、多くの研究者が結局来日をキャンセルした。しかしこの程度の事は小さな思い出でしかない。地震、津波に襲われ、その後原発事故で家を追われた多くの人達が今も仮設住宅などで暮らしている。今日紹介するのは、この苦しみを科学的記録として残そうとしている活水女子大、佐賀大医学部の研究で日本精神神経医学会の英語専門誌Psychiatry and Clinical Neuroscienceの3月号にタイムリーに掲載された論文だ。タイトルは、「Trauma,depression, and resilience of earthquake/tsunami/nuclear disaster survivors of Hirono, Fukushima, Japan(地震、津波、原発事故を経験した福島県広野住民に拡がるトラウマと鬱病及び回復力)」だ。研究手法は一般的健康状態及び精神状態を調べるアンケート調査で、地震から9ヶ月後、2011年12月に実施されている。広野は現在原発で働く人の基地Jビレッジがある町で、事故後全住民が退去を余儀なくされた。この調査では仮設住宅に住んでいる人が対象で、子供のいる世帯などは仮設住宅以外に移住するケースが多いため、対象者が58歳と比較的高齢者に偏っている。とは言え、出来る限りこの様な科学的調査を残し、しっかりと論文に残す事は重要だ。サンプリングに問題があるとは言え、結果は予想をはるかに超えている。アンケートからPTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状が読み取れる人が53%,そのうち医学的症状を示しているのが33%もおられる。更に鬱症状を示す人は6割を超え、14%が重度の鬱病と診断されている。これは1年目の調査で、是非今後も定期的に同じ方々の調査を続けて欲しい。今広野では住民の帰還が始まっている。より決めの細かい調査が大事だ。この様な調査が論文として残ることを行政も積極的に支援して欲しいと思った。この研究の重要な点は、将来へ向けた回復力についても数値化しようと努力している点だ。この結果では、回復力につながる一番重要な要素は雇用で、一人暮らしかどうかや、年齢・学歴などはあまり相関していない。原因か結果かははっきりしないが、よく食べ、よく動く人に回復力が高い。この様な結果は、住民の健康に何が大事かをはっきり示している。ぜひ行政にも生かして欲しい。以前、前ニューヨーク市長が、衛生局の役人に論文を読み、論文を書く事を奨励した事を紹介した。調査は専門家にと大学に丸投げするだけでなく、行政でしか出来ない調査も是非論文として残して行って欲しいと期待している。
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3月10日:65歳までは低タンパク食がお勧め(3月4日Cell Metabolism掲載論文)

2014年3月10日
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遺伝的にがんや糖尿病になりにくい人達がいる。この原因になる遺伝子を突き止めることで、普通の人の生活改善のヒントになる事がある。そんな仕事が今日紹介する研究で、南カリフォルニア大学のグループにより3月4日号のCell Metabolismに掲載された。タイトルは「Low protein intake is associated with a major reduction in IGF-1, cancer, and overall mortality in the 65 and younger but not older population (65歳以下での低タンパク摂取はIGF-1の低下とともに、がんや全般的な死亡率の低下につながるが、65歳以上ではそうではない)」だ。この研究グループは既に、IGF-1や成長ホルモン受容体遺伝子の変異が発ガンを抑制する事を突き止めていた。この遺伝学的研究を一般の人の健康について拡大できないか調べるため、先ずがんの頻度と相関する食生活について、50歳以上の健康コホート解析データを6000人程度集め検討している。その結果65歳までにがんや糖尿病で亡くなる頻度がタンパク質摂取と最も相関している事を見つけた。ただ、65歳がポイントで、この年齢をすぎると今度は高タンパク食を取っている方ががんで死ぬ確率は減るようだ(糖尿病で死ぬ確率は65歳以上でも高タンパク摂取群の方が高いようだが)。では高タンパク食を取ると言う事と、血中のIGF-1は相関するのだろうか?次にこの点について調べ、蛋白摂取量と血中のIGF-I濃度が比例している事を示し、高タンパク食がIGF-Iを上昇させる事でがんのリスクを上げているとするシナリオを提案している。このグループは、更に統計データを一般的な実験データとして確かめるため、マウスを用いた実験も行っている。結果はヒトでの統計データと一致し、高タンパク食を長期に与えるとがんの発生は上昇すると同時に、血中のIGF-I濃度が上昇する。残念ながら動物タンパク質を植物タンパク質に変えた所で、この傾向を止める事は出来ないようだ。また、酵母を使った実験で培地のアミノ酸量を上げると遺伝子突然変異の発生率が3−4倍増える事を示し、発ガンが上昇する一つの原因が突然変異の誘導である事も示唆している。いずれにせよこの研究から得られるアドバイスは、中年期にはあまり高タンパク食は取らないこと。しかし65歳からはタンパク質の吸収が低下するため、元気で暮らすためにはタンパク質はある程度頑張って取った方が良いと言う結果だ。常識的な結論だが、統計データとマウスの実験データを単純に組み合わせているのは、疑り深い私には少しこじつけがすぎるように思える。ただ、IGF-1の血中量は次の検診から是非調べてみたい。
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3月9日:怒りと心臓発作(3月3日発行European Heart Journal掲載論文)

2014年3月9日
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私が期待していた若手が怒っている最中にくも膜下出血を起こしたと言う知らせを聞いて驚いた。気持ちが塞ぐ。しかし、怒りから心臓発作を起こしたり、脳出血が起こると言う話は医師としても納得できる。特に交感神経を介して心拍数や血圧が上がり、血管の抵抗も増す。しかしこれは医師の先入観で、実際怒りは心臓発作の危険因子かどうか科学的検討が必要だ。などと考えていたら、3月3日号のEuropean Heart Journalにドンピシャの論文を見つけた。ハーバード大学のベスイスラエル病院のグループの研究で「Outbursts of anger as a trigger of acute cardiovascular events: a systematic review and meta-analysis (怒りの爆発は急性の心臓発作の引き金になる:体系的再調査とメタ解析)」がタイトルだ。タイトルからわかるように、この病院で研究を行った訳ではなく、これまでの論文を集めて再調査し、新たに分析したのが今回の研究だ。実際には1966年以来このテーマについて発表された5000を超す論文の抄録を読み、その中から科学的に研究が行われていると判断した論文を9編選び出し、そのデータを再解析している。この怒りの程度を評価する点数制の指標があり、Onset Anger Scoreと呼ばれているが、結果は予想通りで、選んだ全ての論文で怒りを爆発させた後2時間に心筋梗塞を含む急性冠動脈症状約4倍、狭心症などがやはり4倍程度、そして脳内動脈瘤破裂が6倍、また不整脈が2−3倍上昇すると言う結果だ。怒りを爆発させたら2時間は安静にする事を怒りっぽい人は心すべきだろう。私自身今回の研究から学んだもう一つの事は、大量の論文が記録されている現在は、素朴な疑問でもそれを科学的に調べる方法があると言う事で、この様なメタ解析なら私たちのシンクタンク活動の一環として十分出来ると思った。
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3月7日:遺伝子ノックアウトによるAIDS治療 (3月6日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2014年3月7日
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細胞の遺伝子操作の中でも、持って生まれた遺伝子を改変するのは最もハードルが高い。しかし最近になって、ここでも紹介して来たCRISPRを始め、ハードルを低くする方法が開発されて来た。その中の一つがZincFingerNuclease(ZFN)と言う酵素を使う方法で、基礎研究では広く利用されている。今日紹介する論文は、この方法をAIDSの根治に使えないかを試みるペンシルバニア大学などの第一相の臨床研究で、3月6日号のThe New England Journal of Medicineに報告された。タイトルは「Gene editing of CCR5 in autologous CD4 T cells of persons infected with HIV (HIV感染自己CD4 T細胞のCCR5遺伝子改変)」だ。どうして遺伝子改変でエイズが治せるのか?HIVはCD4T細胞の発現するCCR5という受容体を通って細胞内に侵入する。エイズになりにくい方の遺伝子解析から、この分子をコードする遺伝子に32塩基対の欠損があるとエイズビールスが侵入しにくい事がわかっている。また、ベルリンのエイズ患者さんが白血病にかかった際、この突然変異を持ったドナーから骨髄移植を受けてエイズがなおってしまったと言う例が報告されている。このため、骨髄幹細胞の遺伝子を改変して患者さんを治そうとする方向の研究がこのZFNを用いて進んでおり、2010年7月号のNature Biotechnlogyに報告されていた。そして今回、骨髄幹細胞ではなく患者さん自身のCD4T細胞のCCR5分子をエイズ抵抗性にする欠損を遺伝子に導入し、もう一度患者さんに戻すと言う臨床治験が行われた。12人の患者さんに遺伝子改変された自己細胞を一回だけ注入し、その後の経過を2群にわけて、1群は経過を見るだけ、もう1群はエイズ薬を途中で止めてビールスが上がってくるかどうかを調べている。これは第一相試験なので、先ず安全性が大事だ。一人の患者さんで、細胞注入後の急性反応が見られたものの、これまでエイズが悪くなったり副作用が出たと言う事はなく、この治療は安全に行う事が可能だ。さらに、注入した遺伝子改変細胞の末梢血中の数は最初の1週間をピークに減るが、CD4T細胞全体は維持されている。さらに、大腸からサンプルを取って調べると、注入した遺伝子改変細胞が腸管の粘膜層に定着している事も明らかになった。残念ながらほとんどの患者さんで抗エイズ薬を止めると血中のビールスの上昇が見られ、治療自体を更に工夫する必要がある事も明らかになった。ただ大きな光は、この遺伝子改変で両方の染色体でCCR5遺伝子に32塩基対の欠損を導入できた1例の患者さんでは、治療を止めてもビールスの上昇が見られない事がわかった点だ。もし遺伝子改変の効率を上げる事が出来れば根治も可能である事を示していると思う。例えばiPS技術を使えば自由に遺伝子を改変する事が可能だ。その上でCD4T細胞を調整して注射する事も将来は可能だろう。エイズの根治が視野に入って来た画期的な研究ではないかと思う。
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3月6日 子宮移植(Fertility and Sterilityオンライン版掲載論文)

2014年3月6日
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子宮が原因の不妊はこれまで治療法がなかった。そのため、養子やある場合には代理母に頼る事になるが、後者は我が国では原則禁止されており、あるタレントが外国の代理母を利用したと大騒ぎになった。スウェーデンでも代理母は禁止らしい。ではどうするか?これを解決する医学側の答えとして子宮移植の可能性を示したのが今日紹介する論文だ。スウェーデン・ヨテボリ、スペイン・バレンシア、オーストラリア・ゴールドコースト、そしてアメリカ・フロリダの国際チームの研究でFertility and Sterility誌オンライン版に掲載された。「The first clinical uterus transplantation tiral:a six-month report(最初の子宮移植臨床治験:6ヶ月目のレポート)」がタイトルだ。この論文を読むと、これまでも1例報告的には子宮移植の報告が出ており、2013年にはトルコのグループが子宮移植後妊娠にまで至った(出産には至っていない)ケースが報告されているらしい。それに対してこの研究は小動物、大動物、サルと10年を超す動物実験を経てプロトコルを作成し、臨床研究として登録した治験だ。ゴールは子宮移植後、人工受精卵を着床させ、出産に至るかにセットしている。従って今回のレポートは途中経過になる。驚くのは、生体移植が適していると言う動物実験の結果に従って、脳死移植ではなくボランティアから子宮を摘出して使っている点だ。論文の随所に、倫理的・科学的妥当性についての記述がある。私も知らなかったが、アメリカでの腎移植の4割は生体腎移植らしい。また、移植後免疫抑制剤を服用している母親から生まれた子供は既に15,000人を超しているようだ。やはり生体肝移植のような命の危険があるわけではない不妊治療にボランティアとは言え生体から取り出した一個しかない子宮を使う事に大きな懸念が示される事は覚悟しているようだ。これら施設全体で、2012年から9例の手術を行い、6ヶ月時点で7例の子宮が生着、生理も正常にあると言う結果だ。生着を促進するためドナーからの子宮摘出には特別の注意を払っているようで、摘出手術に10−13時間をかけているのに対し、ホストへの移植手術は4−6時間で終わっている。術後1年から1年半で人工受精胚の移植が最初から計画されている事から、実際に移植された子宮が妊娠に耐えるかどうかはもうすぐわかるだろう。新聞も大騒ぎになるかもしれない。   実を言うと2年前ある財団の研究助成の審査をしていたとき、某大学産科の若手研究者がサルを使って移植子宮での妊娠可能性を調べている研究を提案しているのを読んで、ここまで研究が行われているのかと驚いたが、実際にはもっと進んでいた事を思い知らされた。1年ほどして出産が可能だと言う結果が出た時、日本ではどう受け取られるのだろう。もう少し待ってみよう。
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3月5日:中世の歯石の史跡(2月23日Nature genetics掲載論文)

2014年3月5日
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普通は中世の「史跡」だろうが、今日紹介するのはタイトル通り中世の「歯石」の話だ。これまでゲノム情報が歴史記述を変革しつつあることを紹介して来た。当然ヒトゲノムに関わる話が中心だが、博物館の標本に残っているコレラ菌のゲノムも歴史を理解するためには重要な資料となることも紹介した。さて、今日はドイツのダルハイムと言う町にある修道院に眠っている中世の人骨の顎骨に残る歯石内に保持されていたタンパク質やDNAを解析したチューリッヒ大学の仕事で、2月23日発行のNature Geneticsに発表された。「え!歯石!」と叫んでしまった面白い仕事だ。タイトルは「Pathogens and host immunity in the ancient human oral cavity (古代人の口内に見られる病原菌と宿主の免疫)」だ。歯石は付着したら削る物だと思っているが、昔はほとんど放置されていた。歯石は決してカルシウムがただ沈着しただけではない。歯肉周囲の歯石は特に炎症から発展してくるため、口内細菌、宿主の様々な細胞、更には食物の残さが混じった戦跡だ。そこにリン酸カルシウムが蓄積する事で、逆に内部の生物由来の有機物を守ると言う、考古学者に取っては理想的な材料なのだ。火山灰で覆われて保存されたポンペイの遺跡を思い出す。この論文でも歯石には死後腐敗過程で侵入してくる細菌などの混入が極めて少ない事が示されている。研究では歯石に残っている全てのDNAの配列決定を種を問わず、ともかく全て読んで、どのような生物が中に存在するかを調べている。同時に残っているたんぱく質も質量分析機を使って調べ、当時の口内で起こっている事を推定している。950−1200年に埋葬されたと推定される骨の中から、明らかに中程度から高度の歯肉炎があったと推定できる骨を選びそこから歯石を得る事で、口内で起こっていた細菌とホストの戦いの有様を再構成しようとする研究だ。示されたデータは豊富で紹介するにはこの紙面では到底足りないが、面白い点だけつまみ食いしてみよう。先ず、歯石中に含まれる99.3%は細菌由来で、ホストの細胞由来の物は0.5%。うまく調べれば抗体やT細胞受容体の遺伝子も調べられる量だ。そして残りのほとんどが食事に由来しており、食生活もある程度推察できる。驚くべき事に、2000を超す異なる生物由来のDNAが認められ、人間が細菌と共生していた事がわかる。とは言え、ほぼ9割近くのDNAが大体100種類程度の口内細菌に由来しており、種類も現代人とあまり変わらないようだ。一種類だけ現代人には存在しない菌もあるようだが、しかしその意味は不明だ。その中で虫歯や歯周病の重要な原因と思われる細菌を探索すると、現代人と基本的には変わらない。私たちが長年ほぼ同じ細菌に悩まされて来た事がわかる。研究では更にタンパク質の解析も行っており、実際に感染現場で細菌から分泌された分子や、それに対する宿主側の反応の一端も捉えている。現在のように口内衛生が行き届いていない時、私たちはどのように細菌に対応して来たのか、更に詳しい解析が進む事を期待したい。幸い読んだ配列を集めて当時の人達の口内衛生を侵していた細菌の全ゲノムを再構築できる量のDNAが歯石内に存在する事も示している。中世の細菌と現在の細菌との比較から多くの事が学べるはずだ。この仕事はおそらくスタートラインで、今後歯石を用いた解析が進むと考えられる。ゲノム解析という自然科学が歴史という人文科学と一体化し始めている事を実感する。「歯石」が「史跡」になる瞬間だ。21世紀ゲノム文明の幕開けを示す論文だとおもう。
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3月3日 日経記事、白血球など作る遺伝子を発見 京大 白血病・がん治療へ道(Natureオンライン版掲載)

2014年3月3日
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幹細胞研究にとって、幹細胞を支える環境側の細胞(ニッチと言う)は最も重要な課題だが、どの幹細胞系でも研究の進展は遅い。そのため少し頭のいい人が気のきいたアイデアを出すと、多くの研究者がそこに流れる流行が生まれてしまう。しかし、本当に科学的な厳しさがないと流行は流行で終わりいい雑誌に論文は出るだろうが、ほとんど残らない。そんな中で、時間をじっくりかけて独自の証拠を積み重ねて研究を進めるプロの仕事は重要だ。骨髄で血液産生を支えるニッチ細胞についても状況は同じで、私から見て結局は概念先行で長続きしないなと思える仕事が本当に多い。そんな中、今日、日経が紹介した京大再生研の長沢さんはニッチ研究を支える数少ないプロだ。私事になるが、私は長沢さんが阪大の大学院のときから知っている。岸本忠三先生のラボで大学院を始めた長沢さんは、岸本研のメインの仕事ではなく、岸本先生を説得して造血幹細胞のニッチ機能に関わる分子を研究する許可を得た。この研究材料として、当時私たちが樹立していた造血を支持する細胞株に白羽の矢をたてリクエストして来たのを覚えている。人一倍のがんばりで、現在CXCL12として知られるケモカインを発見し、その後も他の問題には見向きもせず、大学院時代に掲げた目標、造血幹細胞ニッチを明らかにするために研究を続けている。一段一段研究を進め(その間多くの論文をコンスタントに発表している)、そして生まれたのが今日紹介する研究でNatureのオンライン版に掲載された。タイトルは、「Foxc1 is a critical regulator of hematopoietic stem/progenitor cell niche formation」(Foxc1は造血幹細胞・前駆細胞のニッチ形成に必須の調節分子)だ。長沢さんは大学院時代に発見したCXCL12が造血細胞のニッチ細胞に特異的な分子である事を多くの証拠を重ねて示して来た。この仕事ではCXCL12を発現している彼がCAR細胞と読んでいるニッチ細胞と、それ以外の脂肪細胞や骨になる骨芽細胞の遺伝子を比べ、Foxc1遺伝子がCAR細胞に強く出ている事を発見し、この分子が造血幹細胞のニッチ形成に関わるかどうかを検討した。期待通り、この遺伝子の機能をCAR細胞を含む間質細胞で発現できなくすると、造血が低下し、幹細胞だけでなく様々な前駆細胞の産生が押さえられる。一方、造血を支持する細胞にこの分子を発現させると、CXCL12やSCFなど幹細胞の増殖に関わる分子の発現が亢進すると言う結果だ。またマウスの遺伝子操作を駆使して、Foxc1が間質細胞の脂肪細胞への分化を抑制する事で、CAR細胞へ誘導する事も明らかにした。もちろんこの分子が完全に無くなっても、かなりの数の造血幹細胞がまだ骨髄には残っているようだ。従って、ニッチの全貌が明らかになるにはまだまだ時間がかかりそうだが、造血細胞ニッチに関する研究の中では、最もオーソドックスで重要な研究だと思う。今回の結果を見た気のきいた研究者達も、今後は間違いなくFoxc1を念頭において仕事をするだろう。ようやく骨髄の造血細胞ニッチも全貌が明らかになるのではと言う確かな感触を得る事が出来た。更に、論文に書かれているように白血病や再生不良性貧血を理解する重要な手がかりになる事は間違いない。素晴らしい仕事だ。さて報道だが、この仕事が血液自体ではなく、それを支持するニッチ細胞に関する研究である事が全く表現されていない。やはり、ある程度内容を理解してポイントを紹介できる能力が記者にも求められていると思う。
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3月1日:がん治療としてのオートファジー抑制(2月25日発行Journal of Clinical Investigation掲載論文)。

2014年3月1日
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私たちのNPO、AASJの運営資金のほとんどは、活動を理解していただいている製薬メーカーのコンサルテーションを行う事で得ている。と言うと私の方から一方的に様々なアドバイスをしているように聞こえるが、実際には私自身がこの活動を通して学ぶ事も多い。仕事の一環として企業の研究員の人達と論文を読みながら創薬可能性について議論する会はいつも楽しみにしている。というのも、現役を辞めた後も新しい情報を仕入れる事が出来るので本当にありがたい。先週この抄読会でSさんから、オートファジーと抗がん剤抵抗性の論文を紹介され、不勉強を思い知ると同時に大変興味を持った。このコーナーでも一度解説したと思うが、オートファジーと呼ばれる現象は現東京工大の大隅先生のグループが世界にさきがけて見つけた現象だ。今や医学生物学の分野で最も大きな注目を集めている現象で、なんと今年の2月だけでも200を超える論文が発表されている。がん治療の抵抗性の一つのメカニズムとしてオートファジーが注目されている事を知ると、このフィーバーも当然の事だと納得する。新しい知識を念頭に論文を読んでいると、確かにこの問題を扱った論文は多そうだ。今日紹介するのは、悪性黒色腫のBRAF標的治療とオートファジーの関係を調べたペンシルバニア大学の研究で、2月25日発行のJournal of Clinical Investigationに掲載された。タイトルは “Targeting ER stress-induced autophagy overcomes BRAF inhibitor resistance in melanoma” (ERストレスによって誘導されるオートファジーを標的にする事で悪性黒色腫のBRAF阻害剤の抵抗性を克服できる)だ。悪性黒色腫の半分弱はBRAFと呼ばれる遺伝子の突然変異によって起こる事が知られている。この分子の活性を押さえるBRAF阻害剤、あるいはその下流のシグナル伝達経路の阻害剤が、がんに対する分子標的薬剤として用いられており、高い効果を上げている。しかし標的薬剤と言っても、薬剤抵抗性のがん細胞が残ってしまって根治を妨げる。なぜ抵抗性が獲得されるのかを調べる事で、薬剤抵抗性細胞の出現を克服できないかと言うのが今回の研究だ。研究では、最初悪性黒色腫の細胞を阻害剤で処理するとオートファジーが著明に上昇すると言う現象からスタートしている。次にBRAF阻害によりオートファジーが誘導される経路を調べ、阻害剤により先ず小胞体ストレスが起こり、この結果オートファジーが誘導される事を実験的に確定している。小胞体ストレスは糖尿病や神経死との関わりで何回か紹介したが、異常たんぱく質の小胞体での蓄積等により小胞体がストレスを受けると起こる反応で、その際オートファジーが誘導される事も知られている。この結果に基づき、オートファジーを抑制するハイドロオキシクロロキン、あるいは小胞体ストレス誘導シグナルの阻害剤をBRAF阻害剤と組み合わせると、薬剤抵抗性のがん細胞を殺せる事が示され、新しい治療法の可能性を期待させる。これだけならただの期待で終わるが、クロロキン剤は網膜への副作用のためあまり利用されなくなっているが、抗マラリア薬として開発され、腎炎や自己免疫病に使用された歴史があり、がん患者さんへ転用する事は容易な薬剤だ。このため既に悪性黒色腫の治療にハイドロオキシクロロキンを組み合わせる治験が開始されようとしていることが論文でアナウンスされている。最終結果が出るには5年はかかるだろうが、中間報告も含めて結果が待たれる。ウェッブで調べてみると、悪性黒色種だけではない。直腸がん、骨髄腫、など様々ながんについて、オートファジー抑制を抗がん剤と組み合わせる研究が始まっている。もしこれらの治験が大成功に終われば、大隅先生の株は更に急上昇する事間違いない。期待したい。
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2月27日朝日新聞記事(野中):関節リウマチ「主犯」を特定 大阪大、根治薬開発に期待

2014年2月28日
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私は基礎に移った時、免疫学の研究から始めた。その後、熊本大学時代までは免疫関係の学会に出席していたが、京大に移ってから免疫学とは疎遠になった。しかし、免疫システムは進化の究極にあり、その多様性は興味が尽きない。現在もなお、これまでの考えを覆される論文が多く生まれている。例えば、Nature誌1月9日号に掲載されたゾウザメの全ゲノム解明もそうだ。最も原始の顎口類、ゾウザメにはCD4陽性T細胞を分化させ利用するために必要な全ての分子が欠損している事が明らかになった。ほとんどの脊髄動物にとって、このT細胞は、我々にはクラスIIの組織適合抗原分子と抗原の複合体を認識するために必須のシステムだが、この分子無しにどう抗体が作られるかは新しい問題だ。ただ心配なのは、この話を知り合いの免疫学者にしても、ほとんどこの論文に気づいていない。進化研究となると無関係として済ますほど日本の免疫学者は忙しいのかもしれない(裏返せば私が暇)。27日朝日新聞野中さんが紹介した荒瀬さんの仕事もこのクラスII分子に関わる研究で、アメリカアカデミー紀要オンライン版に掲載された。タイトルは「Autoantibodies to IgG/HLA class II complexes are associated with rheumatoid arthritis susceptibility (IgGとクラスII、HLA結合体に対する自己抗体はリュウマチ性関節炎に関連している)」だ。この仕事は少なくとも私のこれまでの考えを覆した。少し込み入った話になるが、クラスII-HLA抗原の役割は、細胞内に取り込んだ外来のたんぱく質を分解した後の小さな断片を銜えこんで、細胞表面に提示する事で、CD4陽性T細胞に外来抗原を認識させる事が役目だ。荒瀬さんの仕事は、リウマチの関節に存在するB細胞は、自らが作る抗体分子の全体を、分解する事なくそのまま銜えこんで表面に運び提示することができるという全く新しい発見だ。このHLAに結合したままのIgGが今度は他のB細胞を刺激して、自己のIgGに反応する自己抗体が出来る事が、リウマチでIgGに対する自己抗体が出来る原因だと結論している。もちろん普通のIgGは体中に大量に流れているし、また正常B細胞で作り続けられているがHLAと結合する事はない。まだ良くわからない原因でたんぱく質の折りたたみがうまく行かなかったIgGだけでこれが起こると言うのがこの研究のポイントだ。患者さんで調べたとき、B細胞上にIgGがそのまま提示されている事とリウマチ関節炎とは密接に関わっており、普通の人のB細胞で同じことはみられない。もちろんこれがリウマチの原因か、あるいはリウマチで起こる症状の一つかはまだわからない。もちろん荒瀬さんは後者の可能性が実際に起こっていると疑っており、新しい治療の可能性も生まれると期待している。これまでたんぱく質がうまく折り畳まれない事で起こる病気を幾つか紹介して来たが、荒瀬さんの言う通りなら、分子シャペロンなどを使う事で病気のサイクルを断ち切れるかもしれない。面白い仕事だと思った。野中さんの記事は簡潔で、内容を十分伝えている。ただ、これが「主犯」と特定するにはまだまだ時間がかかるだろう。調子が強すぎると感じた。
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