3月29日:有償の臓器提供の可否(3月23日号アメリカ医師会雑誌掲載論文)
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3月29日:有償の臓器提供の可否(3月23日号アメリカ医師会雑誌掲載論文)

2016年3月29日
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   我が国では透析患者数が30万人を越す一方、腎移植数は1600例近くで頭打ちになっている。したがって、腎移植自体は、腎不全に対する稀な治療の中に分類されてしまう。一方移植医療体制が整っているアメリカでの腎移植例は我が国の10倍、16000例に及んでいる。しかし、これでも腎移植を全ての患者さんに提供することは難しいようで、2013年には移植を待つ腎不全患者さんの数が10万人を超えたようだ。あらゆる臓器移植治療について言えるが、移植医療体制が整った国でも、ドナー不足が緊急の課題になっている。これを解消する一つの案として、ドナーに代償を支払いインセンチブを高める可能性が俎上に登り、様々な調査が行われ始めている。
  今日紹介するフロリダ大学からの論文は生体腎移植のドナーに代償を支払って良いかどうかを電話で無作為抽出した集団について行ったアンケート調査で3月23日号のアメリカ医師会雑誌に掲載された。タイトルは「Views of US voters on compensating living kidney donors (有償の生体腎提供に関する合衆国選挙民の見方)」だ。
   調査は乱数表で選んだ携帯番号に電話をして行ったアンケート調査で、16851人に電話かけ、1011の有効回答を得ている。アンケートはまず年齢、性別、収入など基本的な調査を行った後、自分の片方の腎臓を提供することができるか?できる場合、対象は家族友人か、あるいは見知らぬ人でもできるか?そして、もし健康保険から50000ドルの支払いが受けられるなら提供するインセンチブになるか?などを調べている。
  まず有償の話が出る前に生体腎移植のドナーになる気持ちがあるかどうかを聞いたところ、なんと914人がイエスと答えている。しかも、場合によれば見知らぬ第3者に提供してもいいと考えている人たちが689人もいる。当たり前と思う人もいるかもしれないが、私にとっては驚きの数字だ。おそらく我が国の調査なら、これほど多くの人が見知らぬ人に腎臓を提供していいと答えないように思う。格差が問題になるアメリカは今も他人へのチャリティーを重視している国であることがわかる。
  次に健康保険システムから5万ドルを受け取れるとすると、ドナーになるインセンチブが高まるか聞いている。結果は、親族友人にしか提供しないと答えたグループも含めて、60%程度がインセンチブが上がるだろうと答えている。   最後に、1011人からさらに選んだ635人に、有償の腎臓提供は社会の標準規範として良いかどうか聞いている。結果だが、635人全体では約60%の人が社会の規範にして良いと答えている。また、アメリカでは5万ドル以上を規範とすべきという意見が多数を占める。結果を見てアメリカがプラグマティズムの国であることを認識する。
   以前紹介したかもしれないが、有償の生体腎移植を認めている国は珍しくない。例えばイランでは、経済制裁等による透析の困難を、国と民間が一体となったチャリティーシステムで克服している。実際ほとんど待ち時間なしで腎移植が行われるようだ。重要なことは、臓器を得る人たちは貧困層に属するが、その上に貧富の差を問わず移植が受けられるように設計されている。すなわち、チャリティーの体制が先にあって、その上に代償を支払う制度をかぶせることの重要性が分かる。当分我が国ではこの問題は浮上しないと思うが、格差が臓器提供を促すという構造だけは避けられるよう、議論を前倒しでしたほうがいいと思う。
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3月28日:磁気遺伝学の応用(Nature オンライン版掲載論文)

2016年3月28日
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   我が国の研究助成政策はともするとテクノロジー開発を強調する傾向がある。はやぶさも、京コンピュータも、何をしたいからこの技術が必要かという点は後回しで、一般には技術競争の重要性が先に強調される。先日も批判したが、同じ傾向を光遺伝学を文科省が重点項目にしたことにも見ることができる。光遺伝学について言うと、我が国は開発者というより、消費者だ。とすると、脳高次機能研究のどの課題を21世紀、重点的に助成すべきかについての意図が明確にされないと、光遺伝学を使って論文が出ているグループを(通常はすでに力のあるグループだ)選んだだけで終わるだろう。
  開発についてみると、記録から刺激まで全て光を使う技術を開発したり、生きた動物の単一脳細胞のスパインを観察したり、あるいはクリスパーを使って光で転写を誘導したり、大きな可能性が広がり始めている。一方、光の様々な難点を克服する方法として、小さな力に反応するチャンネルに鉄と結合する分子を合体させ、磁力を使って特定の神経を調節できるようにした方法の開発が進んでいるようだ。どのチャンネルを使うかに工夫が凝らされているが、その一つを3月12日にここでも紹介した(http://aasj.jp/news/watch/4961)。磁力でのコントロールは、実験動物の行動の自由度が上げられることから流行るのではないかと思う。
   今日紹介するロックフェラー大学からの論文は、磁力を使って神経細胞を興奮させるだけでなく、抑制したり、変調させたりすることができ、それにより行動が変化することを示した研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Bidirectional electromagnetic control of the hypothalamus regulates feeding and metabolism(視床下部を電磁気的に抑制したり興奮させたりすることで摂食行動や代謝を調節する)」だ。
  この研究では、以前紹介した論文とアイデアは同じだが、違ったチャンネル分子の開閉を磁気でコントロールできるようにして、血糖に反応してインシュリンの分泌を促し、摂食行動を調節する中枢である視床下部の腹側中部の細胞に導入している。この研究ではTRPV1分子がチャンネル分子として選ばれているが、突然変異を導入してチャンネル特異性を変化させ、神経興奮を抑制することもできるようにしている。この結果、磁場に晒してこの細胞を興奮させると、血中グルコースとグルカゴンが上昇し、インシュリン分泌が低下するとともに、摂食行動が促進する。一方、同じ細胞の興奮を抑制すると、インシュリンの分泌上昇とグルコースの低下がみられるが、グルカゴン分泌は変化しないことを示している。これらの実験では電磁波の照射が刺激に用いられているが、磁場でも同じように調節が可能であることも示している。
  効果のわかりやすい細胞をうまく選んで、おそらく一生を通して、繰り返し脳細胞のリモートコントロールが可能であることを示した点で、重要な研究ではないかと思う。
   2番煎じでも光遺伝学という文科省の決定が変わらないなら、これまでここで紹介した世界のトレンドの上を行く研究グループが我が国から発掘されることを願いながら、選考を見ていこうと思う。
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3月27日:脳活動の復元力(3月24日号Cell掲載論文)

2016年3月27日
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    脳研究の論文を素人なりに読んでいると、この分野を大きく変革した原動力の一つが、脳内に埋め込んだ電極を使って、複数の神経細胞の興奮を同時に、しかも比較的自由に行動している動物から記録できるようになった技術であることがわかる。この技術のおかげで、睡眠と覚醒のサイクルの中でおこる神経過程の変化ですら記録が可能になった。私たちの脳は、アイデンティティーを維持するため、経験した様々な変化を自己として確立してきた脳内ネットワークに統合する。例えば記憶は夜作られると言われるのは、短期のワーキングメモリーを寝ている間に再統合し直していると考えるからだ。しかし、脳神経活動の長期連続記録が可能になったとは言え、これを動物で神経学的に証明することは至難の技だ。
   今日紹介するアトランタにあるエモリー大学からの論文は、経験により起こった神経変化を自己に再統合する脳の可塑性の問題に挑戦した研究で3月24日号のCellに掲載された。タイトルは「Neuronal firing rate homeostasis is inhibited by sleep and promoted by wake (神経興奮頻度の恒常性は睡眠で妨げられ、覚醒で促進する)」だ。
  この研究では、片方の目を塞いで視覚を奪ったラットの視覚野で起こる脳細胞レベルの変化の記録と、覚醒や睡眠状態の記録を丹念に比較している。それ以外は光遺伝学も磁気遺伝学もない、単純な実験だ。もちろん、記録しているのが単一細胞レベルの興奮であることを確認したり、様々な専門的な条件を満たす必要はある。しかしそれ以外は、観察と推論の積み重ねだ。詳細を省いて結果を紹介すると次のようにまとめることができる。
1) 視覚を奪うと、奪われた方の視覚野の神経の興奮頻度は低下する(予想通りだろう)。
2) この興奮頻度の低下は、3日ぐらいかけて徐々に元に戻る。(視覚野が、単純に感覚だけに反応するのではなく、神経ネットワークに組み込まれており、これにより興奮性が回復するようにできている。)この現象を著者らは可塑性と呼んでいる。
3) この回復は、覚醒して活動している時だけに起こり、寝ている時(レム睡眠でも、ノンレム睡眠でも同じ)、安静にしている時には回復が抑制される。
   話はこれだけだ。しかし、感覚に対応する個別の神経の興奮頻度の回復が、寝ている時にはわざわざ抑えられているというのは素人にも面白い。寝ている時に行わなければならない過程が、この回復過程に邪魔されるため、わざわざ積極的に抑えられているのかもしれない。次は、寝ている時だけに活動が回復するような神経過程を見つけることだろう。単純に見えるが、なぜ私たちが寝たり起きたりしながら、自己というアイデンティティーを維持できているのかの理解につながるかもしれない。単純だが、深い内容を含んでいる論文に思える。
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3月26日:肺ガン早期発見のための低線量CT検査の頻度(3月18日Lancet Oncology掲載論文)

2016年3月26日
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   私が受けている定期検診のX線検査が低線量CTに変わってからもう5年以上になる。幸い何事もないが、お盆前後にかみさんと検診を受けるのが年中行事になっている。私も肺の医者をしていたことがあるので、やはりCT画像は鮮明で、あらゆるものが隠れることなく現れるという印象は強い。またこんな検査が、当たり前の定期検診に加えられていることは心強い。もちろんこれまでの研究で、喫煙経験のあるハイリスクグループの肺ガン早期診断に役立つことは証明されている。
  今日紹介するデューク大学・放射線部門からの論文は低線量CTを毎年受ける必要があるのか、あるいはどの程度の頻度で受ければいいのかを調べた論文で3月18日号のLancet Oncologyに掲載された。タイトルは「Lung cancer incidence and mortality in national lung screening trial participants who underwent low-dose CT prevalence screening: a retrospective cohort analysis of a randomized, multicenter, diagnostic screening trial (低線量CT検査スクリーニングを受けた全国肺検診の参加者の肺ガンの頻度と死亡率:無作為化他施設診断スクリーニング治験コホートの後ろ向き解析)」だ。
  正直なところ、これだけ優れた検査なら別に毎年受けて問題ないのではと思う。また、肺ガンも分子標的薬を用いる治療が進んでいるが、手術不能例を薬剤だけで完治させることは難しい。すなわち、早期発見は完治の鍵を担っている。だとすると、定期検診は欠かせないと思うのが普通だ。しかし、被曝やコストの問題から徹底的に調べ直すという気概には感心する。研究では低線量CT検査を1年ごとに3回受けてもらい、それぞれの検査を受けたことによる肺ガンの発見率の上昇、その結果としての生存率を算出し、3回続けて検査を受けることの効果を評価している。まず、これまでの研究結果と同じで、低線量CT検査自体の効果は高い。最初の検査が陰性だった集団でのその後3年の肺ガン発症率は、通常の頻度の半分に減る。しかし、最初の検査で陰性と判断された人が、次の年の検査で新たに肺ガンを見つけられるのは1万9千人中たった28人で、毎年検査する必要はないのではという結果だ。28人を多いと見るか、少ないと見るかは難しいところだが、データを詳しく見ると、2回目の検査で970人が新たに陽性と診断されて精密検査を受けている。このように偽陽性が多いと、社会的コストが上がることは問題かもしれない。
  いずれにせよ、このような詳しい調査を重ねた上で、リスクとベネフィットをバランスさせた早期発見プログラムが出来上がっていくのだろう。しかし、2年に1回という話になったりすると混乱しないだろうかとも思う。惰性で毎年受けると決めている今のままが私には向いているようだ。
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3月25日:正常と異常の間(3月21日号Nature Genetics掲載論文)

2016年3月25日
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   今デカルトの残した課題、すなわち2元論の克服から21世紀の科学の課題を整理してみようとしているが、その準備に、久しぶりにヘーゲルの精神現象論を手にとって読み始めた。まあ、ヘーゲル先生も主観と客観の分離として現れる2元論を克服する糸口を求めていろいろ苦労しているのはわかるが、成果は上がっていないようだ。特に、どうしても精神を後生説的に理解するため、彼の言う身体的自己の多様性が無視されているように感じる。21世紀、この身体的自己を代表してくれるのがゲノムだが、この多様性の認識が21世紀のスタートラインになるだろう。
  今日紹介するハーバード大学からの論文は、おそらくヘーゲル先生も感じていても、思想の軸にはおかなかった身体的自己の多様性と精神の関連を扱った論文で3月21日号Nature Geneticsに掲載されている。タイトルは「Genetic risk for autism spectrum disorders and neuropsychiatric variation in general population (自閉症スペクトラム障害と一般集団の神経精神的多様性の遺伝的リスク)」だ。
   だれにでも、苦手な人やなんとなく付き合いにくい人がいる。自分は正常と主張する立場をとると、そんな人は「ちょっとおかしい」ということになる。実際、小保方事件の当時、「ちょっとおかしい人を採用しないためのアドバイス」までいただいたことがある。しかし現代の成熟社会は、このような状態を後生的には変化できないneurodiversity、すなわち身体的自己の多様性として捉え、その人に最も合った一生を送ってもらう方向に舵が切られているようだ。この一般人の中の多様性を、はっきりと診断された自閉症の遺伝子多型と、性格テストで比べ、ゲノムの多型を反映する精神的性格の多様性と相関させようとしたのがこの研究だ。
  このような研究を可能にするのが、性格とゲノムを調べたコホート研究だが、この研究では1991−1992年に生まれた子供の性格面を追求したコホート研究を用いて、自閉症と確定診断された子供の性格テストと比較している。この結果、自閉症と関連が示されるゲノムの多型は一般人にも分布しており、多型が陽性だと、性格も自閉症型になるという結果が統計的に示されている。もちろん多型を持っていても、一般集団と自閉症集団は性格テストでほぼ完全に分けることができるが、それでも境界領域に分類される子供も多く、そこに自閉症型多型を持つ人たちが存在する。自閉症の原因として注目されている新しく発生した遺伝変異もについても調べ、この変異が一般人集団に分布しており、性格テストの点数と相関していることを示している。すなわち、自閉症から正常まで、切れ目なく多様な個人が分布しているという結果だ。
   要するに、正常と異常の境を引くことはできない。当然といえば当然だが、今後もっと詳しい性格テストがわかることで、自閉症だけでなく、我々が性格と読んでいる精神のあり方も理解できるだろう。ヘーゲルも真っ青だ。多くの人は今後もこの境界領域を「ちょっとおかしい人」として選別しようとするだろうが、私はneurodiversityとして捉え相対論的に考える立場を貫こうと思っている。
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3月24日:腸管のアミノ酸センサーと炎症(3月24日号Nature掲載論文)。

2016年3月24日
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  引退してもう3年になるが、分野を限らず論文を読むようになって最初に強い印象を受けたのが、1)CRISPR、2)光遺伝学、3)腸内細菌叢の3分野だ。最近染色体のトポロジーの研究なども目をみはるが、上位3分野は当分揺らぎそうもない。そう思っていたら、文科省が今年のクレスト領域として光遺伝学を選び、AMEDが腸内細菌叢を選んだのを知って驚いた。確かに、細菌叢と免疫の分野では世界をリードする研究者がいるが、細菌叢でも代謝となるとほとんど日本人の優れた論文に出会わない。光遺伝学も、ここでも紹介したように磁気を使った磁気遺伝学まで出てくる盛況だが、我が国は圧倒的に技術の消費国だ。それぞれの分野が成長を始め5年経った後から世界の潮流に追随する2番煎じの計画と言える。オートファジーや、ERストレスなど、我が国の研究者が開発した分野もあるのにと思うと、誰がどこでこのような決定をしているのか、もっと顔が見えるようにして欲しいと思う。また、どんな連中が選ばれるのか、どのような成果が出るか注目し、今後も意見を述べていきたいと思う。私の懸念が杞憂であることを望む。
   今日紹介するエモリー大学からの論文は腸内の炎症に関わるアミノ酸センサーについての研究で、腸内の炎症にオートファジーが関わることを示す研究で3月24日号のNatureに掲載された。タイトルは「The amino acid sensor GCN2 controls gut inflammation by inhibiting inflammasome activation (GCN2アミノ酸センサーがインフラマトゾーム活性化を阻害して腸内の炎症を抑える)」だ。
  この研究は最初から、細菌以外の腸内のストレスが炎症に及ぼす影響、特に低栄養などに関わるアミノ酸センサーの機能に絞って研究を行っている。まず、アミノ酸センサーGCN2の欠損したマウスに硫酸デキストランで腸内炎症を起こすと、欠損マウスでは炎症性のリンパ球の浸潤が強く、炎症が激烈になっていることを突き止める。この現象は、GCN2に特異的で、ERストレスに関わる分子をノックアウトされたマウスでは観察できない。このメカニズムを調べると、オートファジーがこの炎症増強に関わることを、様々なノックアウトマウスを用いて明らかにしている。すなわち、GCN2が欠損して、オートファジーが働かなくなり、ミトコンドリアでの活性酸素が上昇して、炎症が促進されることを明らかにした。最後に、GCN2が何に反応して炎症を抑えているか、餌の中のアミノ酸を変化させて調べると、低タンパク食や、ロイシンの欠損した餌を与えると、GCN2が活性化し、炎症が抑えられることが明らかになった。もし人間も同じメカニズムを使っているとすれば、腸内の炎症を抑える一つの栄養経路が明らかになったと言えるだろう。
  オートファジー恐るべし。
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3月23日:遺伝子診断は生活習慣改善につながるか?(The British Medical Journal 掲載論文:BMJ 2016;352:i1102 | doi: 10.1136/bmj.i1102)

2016年3月23日
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  我が国でもDTCサービス(個人用遺伝子診断サービス)が始まって、主に一塩基多型を元に様々な病気のリスク診断が行われるようになった。このサービスは、ほとんどの場合リスク診断という意味で受け取られており、また提供する方も、遺伝子検査からリスクを算定して、生活習慣を変えて病気が予防できると宣伝している。しかし、自分でお金を払ってDTCサービスを受けた顧客が、その後さらに健康意識を高めて生活するようになるかどうか、各社もあの手この手で調べようと努力しているが、簡単ではない。
   今日紹介するケンブリッジ大学からの論文は遺伝子検査によるリスク判定では生活改善を促すほどのインパクトにならないことを示す調査研究で、英国医学雑誌に掲載された。タイトルは「The impact of communicating genetic risk of disease on risk reducing health behaviour: systematic view with metananalysis (遺伝子検査によるリスクを教えることがリスクを減らすための生活改善に与える影響:メタ解析を用いた総合的再調査)」だ。
   研究ではこれまで遺伝子リスクを伝えることが生活改善努力につながったかどうかを調べた18編の論文を選び出し、ここで記載されたデータを詳しく調べなおしている。この中には、遺伝子リスクと禁煙行動を調べた我が国の研究も含まれている。この18の論文を見てみると、ほとんどは特定の病気に関する遺伝子リスクで、一般に行われている様々な疾患リスクを同時に予測するDTCサービスではない。例えば我が国の研究では、L-mycという直接肺ガンに関する遺伝子の多型を調べ、そのリスクが禁煙につながるかの調査を行っている。それぞれの論文で対象にしている疾患は異なっており、調べられた行動変化も、1)禁煙、2)アルツハイマー病のリスクに基づくビタミン剤の服薬、3)アルコール摂取、4)紫外線防御行動、5)ダイエット、6)運動、7)サポートプログラムへの参加、と多岐にわたっている。
  結論は簡単で、すべての項目で、遺伝子検査だけでは人は動かないことを示した残念な結果だ。一方、ApoEが上昇していることを具体的に示された患者さんは、かなりの人が健康薬を常用するようになり、健康に気をつけるようになるようだ。
   この結果の背景にある人間の心理については今後よく検討することが必要だろう。DTCは現在2−3万円前後で販売されているが、提供企業にすれば受けてくれた顧客と長い付き合いをして、様々な有料サービスを受けてもらって初めて投資に見合うだけの利益が上がるようになっていると思う。ところが、多くの人が遺伝子検査の結果にほとんど影響されないとすると、このビジネスモデルは成り立たなくなる。また、全ゲノム検査が安価に提供される日が1日1日と迫っている。最初に設定したものとは異なる新しい出口を示す必要が出てくるだろう。
  私は全ゲノム解読が現在の価格の半分になれば、ぜひ多くの人が検査を受けて欲しいと思っている。この時、リスク判定など役にたつという考えで検査を受けてもらうようでは、普及しないだろう。ゲノム解読を21世紀を象徴する文化として推進する新しいアイデアが必要だ。
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3月22日:黄体ホルモンの第2の役割(3月18日号Scienceオンライン版掲載論文)

2016年3月22日
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   プロゲステロン(黄体ホルモン)というと、排卵後の卵胞が変化した黄体から分泌され、子宮を着床可能な状態に誘導するホルモンで、典型的女性ホルモンの一つだ。しかしこのホルモンは細胞に働きかける2種類のルートを持っていることをこの論文を読んで初めて知った。
  今日紹介するカリフォルニア大学バークレイ校からの論文は、プロゲステロンが、遺伝子の転写を直接調節する核内受容体以外にもう一つの受容体を通して反応の早いシグナルを誘導することを精子の活性化をモデルとして示した研究で、8月18日Scienceオンライン版に掲載された。タイトルは「Unconventional endocannabinoid signaling governs sperm activation via sex hormone progesterone (性ホルモンであるプロゲステロンを介した通常とは違う内因性カンナビノイドシグナルが精子の活性化を調節している)」だ。
  精子に限らず、核内受容体以外のプロゲステロン受容体が広く組織に分布していることは知られていたようだ。ただ、通常の細胞では核内受容体を介する活性が強いため、もう一つのシグナルを分離するのはなかなか難しい。そこでこの研究では転写活性のない成熟精子にプロゲステロンを作用させた時に何が起こるか調べ、秒単位でカルシウムチャンネルが開くことを発見した。次に、チャンネルが開くメカニズムを調べ、プロゲステロンが直接結合するのではなく、内因性のカンナビノイドによる抑制が外れてチャンネルが開くことを突き止める。すなわち、細胞膜に存在してカルシウムチャンネルを阻害していた内因性カンナビノイドがプロゲステロンの刺激により分解され、カルシウムチャンネルへの抑制が外れて、チャンネルが開くというプロセスが明らかになった。最後に、プロスタグランジンに結合して内因性カンナビノイドの分解を促進する分子を探索し、ついに加水分解酵素alpha/beta hydrolase domain containing protein 2 (ABHD2)を突き止める。
  この結果、精子が精巣上体へと移動していく過程で、1)プロスタグランジン刺激を受け、2)ABHD2酵素が活性化され、3)内因性カンナビノイドの分解を通して膜脂肪酸の再編成が起こり、4)この結果カルシウムチャンネルへの抑制が外れて、5)精子が活性化し人間の場合運動が高まる、というシナリオが示されている。他の細胞では何が起こるのか興味がある点だが、実際生理や妊娠でおこる説明のつかない変化の一部は、ひょっとしたらこのシグナルが関わっているかもしれない。
   驚きはないが、一つづつ物知りになれることを実感する研究だった。
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3月21日:B型肝炎ウイルスの強さの秘訣(3月17日号Nature掲載論文)

2016年3月21日
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  まだ臨床医をしていた時、人工透析のシャントを外して自殺未遂を図った患者さんからB型肝炎をもらった。今でもこの時の思い出は鮮明だ。ナースから呼ばれて病室に駆けつけると布団が血の海で、カルテを詳しく見る間もなく止血、輸液、そして最後に輸血をはじめ、処置が済んでほっとしてからカルテを見るとHB陽性だった。当時は手術処置以外手袋をする習慣がなく、やばいなと思っていたら、2ヶ月半後急性肝炎になった。幸い慢性化せず今もアルコールを楽しめるが、医療が危険と隣り合わせだということを思い知った。
  B型肝炎ウイルス(HBV)は極めて複雑な生活サイクルを持つ。原則的に1本鎖DNA で、これが核内で安定な環状の2本鎖DNAを形成し細胞内に長く維持され、そこから新しいウイルスを作るためのRNAを転写し続ける。この時HBVは、染色体外に独立して存在するウイルスの転写を優先するようホストの転写システムを変化させる。ウイルスゲノムがホストゲノムに組み込まれるとこの転写促進は消失することから、ホストゲノム外にあるエピゾームの転写だけが促進される。この現象にウイルスの持つHBx分子が関わることはわかっていたがメカニズムの詳細はわかっていなかった。今日紹介するジュネーブ大学からの論文はHBxの作用メカニズムを明らかにした研究で3月17日発行のNatureに掲載された。タイトルは「Hepatitis B virus X protein identifyies the Smc5/6 complex as a host restriction factor (B型肝炎ウイルスのXタンパクはSmc5/6分子を宿主のウイルスに対する防御因子として特定し処理する)」だ。
  これまでの研究でHBx分子はホストのDBB1と結合しタンパク分解システムを利用することで、ホスト内の邪魔な分子を処理することがわかっていた。この研究は、この処理される分子とは何かを検討している。方法としては、DDB1とHBxが結合しているキメラタンパク質を作り、これに結合する分子を生化学的に調べ、Smc5とSmc6を中心に複合体を形成している分子が、このキメラタンパクと結合していることを発見した。即ち、肝炎ウイルスにとって邪魔な分子がSmc5/6複合体で、HBxはこれと結合してホストのタンパク分解システムを使って分解していることがわかった。
  Smc5/6はもともとDNA切断による修復システムとして働いており、また核小体でのリボゾームDNAをRAD52分子から守っていることが知られている。B型肝炎ウイルスにとってどの機能が邪魔なのかはっきりしないが、Smc5/6を欠損させた細胞では、やはりエピゾーム型のウイルスゲノムの転写が上昇するので、この複合体をHBxが標的としていることは間違いないようだ。おそらく、Smc5/6複合体昨日の研究に取っても面白い系が出来たと思う。
  RNAウイルスであるC型肝炎では完治のための薬剤が開発されたが、B型肝炎を完全に除去する治療薬はない。この研究は新しい治療標的を示せた点で重要だ。しかし、またウイルスのスマートな戦略を思い知った。
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3月20日:古代人DNA解読の限界を極める(3月14日号Nature掲載論文)

2016年3月20日
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   以前このホームページで紹介したが、マイケル・クライトンが小説ジュラシックパークで描いた琥珀の中の生物からDNAを採取して解読する話は、科学的にありえないことが示されている(http://aasj.jp/news/watch/480)。しかし、この小説が出版されたあと、このアイデアに影響された研究者から、琥珀の中の生物のDNA解読の論文がトップジャーナルに相次いだのは、研究者の強い思い込みが科学を簡単に間違った結論に導くことを教えてくれた(http://bylines.news.yahoo.co.jp/nishikawashinichi/20151102-00051047/)。 現在、時間によってDNAが被る物理化学的変化については理解が進み、一定の割合でDNA情報が時間とともに失われることがわかっている。従って、どの年代の遺物まで解析を拡大できるのか、慎重な研究が続いている。今日紹介するライプチヒ・マックスプランク人類進化学研究所からの論文はスペイン・カスティーヤ地方のアタプエルカで発見された中期更新世の人類の骨のDNAを解読できるかどうかの挑戦についての論文で3月14日号のNatureに掲載された。タイトルは「Nuclear DNA sequences from the middle Pleistocene Sima de los Huesos hominins (Sima de los Huesosで発見された中期更新世時代の人類の核DNAの配列)」だ。
  Sima de los Huesosではこれまで中期更新世時代の人類の骨が40本以上発見されている。私たちホモサピエンス(HS)の祖先がアフリカからユーラシアに移動した7−10万年前よりはるかに古い40万年前の原人と推定されている。すなわち、もう一つの人類デニソーバ人とネアンデルタール人が別れた40万年前後に一致する。事実ここで出土した骨の特徴は、ネアンデルタール人に似ていると示唆されていた。ところが最初に解読されたミトコンドリアDNAは、スペインを含む西ヨーロッパに居住していたという証拠の全く見つからないデニソーバ人により近縁で、ネアンデルタール人とデニソーバ人の関係についての大きな謎が残った。そこでこの分野のパイオニア、ペーボさんたちは核DNAの復元に挑戦していた。論文のほとんどは実験上の困難の記載にさかれている。要するに、どれが骨の持ち主のDNAかを慎重に検証する作業の繰り返しだ。ようやく4万—200万bpの原人由来DNA配列を特定し、このうち100万bp以上の解読ができた配列を用いてネアンデルタール人、デニソーバ人、現代人のゲノムと比較、結局この場所から出土する原人はネアンデルタール人に近いと結論している。一方、新しく解析された原人もミトコンドリアはデニソーバ人に近かった。このミトコンドリアDNAと核DNAの矛盾については、ヨーロッパのネアンデルタール人が、アフリカから移住してきた母のミトコンドリアに由来しているからではないかと説明している。このように50万年前まで解析が拡大すると、さらに人類の相関図が詳しくなると期待できる。ペーボさんたちの頭には何万年前が標的になっているのだろう?   折しも3月17日Scienceオンライン版に掲載された同じ研究所からの論文では、現代人ゲノムの中のネアンデルタール人、デニソーバ人由来の遺伝子を拾い出して再構成する研究が行われている。すでに、現代人に散らばるネアンデルタールの遺伝子は、1300Mb、デニソーバ人の遺伝子は300Mb拾い出されてマッピングされている。その結果、ネアンデルタール人と我々の祖先が何回かにわたって交雑を行っていること、またメラネシアの人たちにはネアンデルタール人とデニソーバ人両方の遺伝子が残っていることが確認されている。他にも、知能に関わるネアンデルタール人遺伝子は現代人から完全に消えているようだ。我々とネアンデルタール人との戦いは、頭脳勝負だったのか、体力勝負だったのか興味は尽きない。    この研究所の発展を見ると、つくづく羨ましい。
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