9月8日:ガン抑制遺伝子p53の2面性(Natureオンライン版掲載論文)
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9月8日:ガン抑制遺伝子p53の2面性(Natureオンライン版掲載論文)

2015年9月8日
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p53分子は最も有名なガン抑制遺伝子で、多くのガンでこの遺伝子の欠損や突然変異が見つかっている。恥ずかしいことに、私自身は欠損も突然変異も、結局はp53のガン抑制機能の欠損につながるだけだと理解していた。しかし実際には研究が進んでいて、点突然変異を持つ分子のいくつかは、ガン抑制機能が失われるだけでなく、ガン増殖を促進する新たな性質を持つことが徐々に明らかになっていたようだ。今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は点突然変異を持つp53が獲得した新しい性質についての研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Gain of function p53 mutants co-opt chromatin pathways to drive cancer growth (p53分子の機能獲得型突然変異はクロマチンを変化させてガンの増殖を駆動する)」だ。突然変異が起こった後でも、もちろんp53は転写因子として働いているはずだという考えのもと、この研究では突然変異型p53を発現しているガン細胞株を選び、p53分子が結合している部位を全ゲノムにわたって調べている。この結果、調べた全てのタイプの突然変異によりp53はETS2転写因子と相互作用する性質を獲得し、またその結合する部位はETS分子の結合部位と重複することを見つけている。次に、突然変異型p53の結合する遺伝子を調べると、正常p53の結合の見られない様々なクロマチン調節分子をコードする遺伝子に結合することを見出した。この中には、MLL1やMLL2のようなヒストンをメチル化する分子やMOZのようなヒストンアセチル化に関わる酵素が含まれていた。そこで、p53突然変異により実際にクロマチン構造が変化しているかどうか調べると、突然変異型p53の発現を抑えるとMLLやMOZなどの分子の発現も低下し、ゲノム全体に渡ってH3ヒストンの9番目のリジンのアセチル化が上昇し、また4番目のリジンのメチル化が上昇することを確認している。このクロマチンパターンは、p53の突然変異により多くの遺伝子の発現が異常に上昇することを示しており、実際ホメオボックス遺伝子をモデルに、遺伝子発現が上昇していることを示している。次に、このクロマチンの構造変化がガンの増殖に関わるのか、ガンで上昇しているMLL1の発現を抑えると、ガンの増殖が低下することを明らかにしている。この結果は、p53突然変異をもつガン細胞の増殖にヒストンのアセチル化やメチル化を抑制する薬剤がこのタイプのガンに効く可能性を示唆している。これを確認するため、最後にMLL1の機能を阻害する薬剤をp53突然変異をもつガン細胞に加えると、ガンの増殖が抑制できることを示している。したがって、突然変異型p53をもつガンの新しい標的としてMLL1などクロマチン調節分子を使うことができるという結論だ。もちろんこのような薬剤は、ガン特異的薬剤というわけではなく、正常の機能も抑制されるため副作用はあると思われる。しかし、メカニズムの違う新しい標的の発見は新たな治療可能性に繋がる。P53変異を十把一絡げに扱わず、正確に突然変異を調べるまさにプレシジョンメディシンの重要性を実感する研究だ。
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9月7日:アスピリンによるガン免疫の増強(9月10日号Cell掲載論文)

2015年9月7日
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アスピリンが発ガンを抑えることは様々な実験で示されている。これまで私は、この効果はアスピリンがガンの周りの細胞のCOX酵素に働きかけ、プロスタグランジン発現を抑制して炎症を抑えることで、ガンの進展を促す様々な分子を抑えるからだと理解してきた。今日紹介するロンドン・フランシスクリック研究所からの論文は、ガン自体もCOX/プロスタグランジンを使って宿主の免疫から逃れていることを示した、意外なガン増殖促進経路の存在を明らかにした研究だ。タイトルは「Cyclooxygenase-dependent tumor growth through evasion of immunity(COX依存性に免疫を逃れることで腫瘍は増殖する)」で、9月10日号のCellに掲載されている。このグループはガン自体によるプロスタグランジンがガンの環境に及ぼす影響を研究していたのだろう。その過程で、実験的メラノーマの発現するプロスタグランジンにより、炎症時に最初に浸潤する顆粒球に対する炎症性サイトカインの産生が誘導されていることを見出す。この反応を腫瘍のCox遺伝子やプロスタグランジン合成酵素遺伝子をノックアウトして抑えてやると、腫瘍自体の増殖には影響ないが、免疫系を刺激して体内での腫瘍の増殖が抑制されることを発見した。この現象を詳しく解析し、1)ガンが発現するプロスタグランジンは、顆粒球を中心とする炎症反応を上昇させる結果、ガン抗原を処理する重要な樹状細胞のガン周囲への集積を阻害することで、結果的にガンのキラー反応を抑制する、2)このメカニズムは様々なガンで共通に見られる、3)抗PD-1抗体でガンの免疫チェックポイントを抑制するときアスピリンを投与すると効果が著名に増強する、おそらく樹状細胞の浸潤を促すことで免疫自体を誘導してPD−1抗体が効く為の前提条件を準備するのだろう、4)人のガンでもプロスタグランジンのレベルと局所へのキラーT細胞の浸潤は逆相関する、ことなどを示し、ガン自体のプロスタグランジン産生が免疫反応を逃れるメカニズムになっていると結論している。最初ヒトでの治験データもあるかと思って期待したが、この結果がヒトに応用できるかどうかはわからない。ただ現在話題の免疫チェックポイントを標的とする治療法は、肝心の免疫が成立しないと意味がない。この点から言うと、ガンの周りに樹状細胞を誘導して免疫を成立させるのをアスピリンが助けるとすると、まさに鬼に金棒といったコンビになる気がする。今年の3月このホームページで樹状細胞による免疫療法を行うとき、破傷風トキソイドとCCL21ケモカインを前もって注射しておくと、グリオーマの患者さんが40ヶ月以上生存できているというNatureの論文を紹介したが(http://aasj.jp/news/watch/3061)、今回紹介した結果の多くはNature論文とも一致する点が多い。アスピリンにはもちろん副作用はあるが、治験をするという点では敷居は低い。メラノーマについてはチェックポイント療法のデータが蓄積しているので、抗体と組み合わせた時、効果の見られる確率が上がるか?組織学的に免疫が成立していないケースで、免疫を誘導できるか?など、新しいプロトコルの開発を早期に進めてほしい。
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9月6日:コリン作動性神経の機能(8月27日号Cell掲載論文)

2015年9月6日
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モリエールの戯曲の「病は気から」に、医学生が試問官から「なぜアヘンで眠くなるのか?」と尋ねられて、「アヘンには睡眠物質が含まれています」と答えて、試問官に感心されるという小話がある。当時のプライドだけ高いが非科学的な医師を風刺した戯曲だが、説明してわかったつもりになることは私たちもよくある。その一つがコリンエステラーゼ阻害剤のドネベジル(エーザイ、アリセプト)がアルツハイマー型認知症に効くのは患者さんの脳内のアセチルコリンの濃度が低下しているからという説明だろう。なぜこの説明が問題かというと、この現象の本質について答えていないからだ。というより、コリン作動性神経の脳内での活動を調べることができておらず、本質に応えようがなかった。今日紹介するハンガリー科学アカデミーと、米国コールドスプリングハーバー研究所からの論文はコリン作動性の神経の脳内活動を記録する研究で8月27日号Cellに掲載された。タイトルは「Central cholinergic neurons are rapidly recruited by reinforcement feedback (中枢のコリン作動性神経は強化フィードバックにより動員される)」だ。神経と筋肉との接合部で働くアセチルコリンについては理解が進んでいるが、中枢神経では刺激実験や神経抑制実験から可塑性、覚醒、報酬、そして注意力の維持などに関わることが現象的には知られていても、これらの反応とコリン作動性神経の反応との対応がついていなかった。この問題の解決にはコリン作動性神経の反応を脳内で記録するしかない。ただ、この神経が存在する大脳基底部には他の種類の神経も多く、どの神経の興奮を記録しているのか確認するのは簡単ではなかった。この研究では、コリン作動性神経特異的に光に反応するチャンネルを発現させる今大流行りの光遺伝学を用い、大脳基底部のコリン作動性神経だけを興奮させて挿入した電極で記録しているのがコリン作動性神経であることを確認したあと、同じ神経の活動をマウスの行動と対応させることで、生きたマウスの脳内でコリン作動性神経活動を記録することに初めて成功している。これがこの研究の全てで、後はこれまで議論になっていた問題を調べる行動実験系でこの神経の機能を調べている。詳細を全て省いて結論だけを述べると、1)コリン作動性神経は覚醒して活発に活動している時にもっとも活発に興奮を繰り返し、活動が低下すると興奮の回数は減る。そして睡眠中は興奮が活動時の半分以下になる、2)特定の音に反応するよう訓練したマウスが間違った反応をして罰を受けると全てのコリン作動性神経が急速に興奮する、3)一方正しい判断をした時の興奮様態は多様で罰を受けた時ほど揃っていない、4)一度罰を受けると、褒美に対する反応が早くなる、そして5)これまで示唆されていた注意力の維持には関係ない、になる。これらの結果から、コリン作動性の神経は予想外の結果(この実験では罰を受ける)に興奮して、大脳皮質の反応を変化させることで学習や記憶の強化に関わると結論している。大脳のコリン作動性神経の活動が記録できていなかったというのは素人の私にとっては意外だったが、これでようやくなぜドネベジルの効果があるのかを神経細胞レベルで詳しく調べることができるとともに、さらに新しい薬剤の開発も可能になるだろう。モリエールの笑い話の題材にならないよう、わかった気にならないで、本質を常に求めることは難しい。
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9月5日:ピオグリタゾン(武田薬品アクトス)を使った慢性骨髄性白血病根治の可能性(Natureオンライン版掲載論文)

2015年9月5日
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私が医学部を卒業してからほぼ40年、多くの病気で治療法が変化したが、私自身は血液幹細胞の発生に関わったこともあり、慢性骨髄性白血病(CML)の治療法の変化に特に強い印象を受けている。卒業したばかりの頃は、経過は長いとはいっても治療法のない病気だった。今でも患者さんたちが骨の痛みに耐えておられたのを覚えている。その後骨髄移植が定着すると、根治可能になったが、治療自体は患者さんに強い苦痛を強いるものだった。そこに病気の原因であるBcr-Ablキメラ分子の作用を抑えるイマチニブ(ノバルティスファーマ:グリベック)が登場し、経口薬を服用するだけで白血病の進行を抑えられるようになった。これで患者さんの苦痛は大きく軽減されたが、問題はこの治療では白血病が完全に治って薬の服用が必要なくなる人の割合が10%以下と低い点だ。これは、白血病の元となる幹細胞がもともと増殖していないため、イマチニブでは白血病を叩ききれないためだ。そこで、この幹細胞の増殖を促進してなんとかイマチニブで叩けないか研究が進んでいた。その一つがトランスレーショナル研究を目指すフランスのiMET研究所のグループで、これまでの研究でPPARγと呼ばれる分子を活性化することで幹細胞の増殖を活性化させイマチニブに感受性にすることでCMLの根治が可能になる可能性を示す前臨床研究を報告していた。今日紹介する論文はこの研究の延長で、PPARγ活性化剤として糖尿病に使われているピオグリタゾン(武田製薬アクトス)をCML患者さんに投与し、CMLが根治するかその効果を確かめた臨床研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Erosion of the chronic myeloid leukemia stem cell pool by PPARγ agonists(PPARγ活性化剤によりCML幹細胞のプールを侵食する)」だ。研究ではピオグリタゾンが患者さんの白血病幹細胞の活性化を誘導し、イマチニブに感受性に変化させる分子メカニズムについて詳しく調べ、PPARγの活性化がSTAT5転写因子の発現を抑え、その結果幹細胞を静止期に維持するために必要なHIF2αやCITED2遺伝子の発現が抑制され、結果幹細胞が分裂を始めイマチニブの標的になるというストーリーを確かめているが、患者さんにとってこれはどうでもいいことだろう。最後にイマチニブだけでは完全に白血病が消失しなかった患者さん3例でピオグリタゾン投与を始めると全てが完全寛解に到達し、なんと一人はイマチニブ投与をやめても再発が現在のところないという結果が示された。次に、24人の同じくイマチニブだけでは治療の難しい患者さんを用いた2相試験が始まり、これもピオグリタゾン投与後すぐから安定な完全寛解が57%の患者さんに導入されたようだ。最終結果を見るためにはまだ時間がかかるだろうが、この治験が成功すれば診断後すぐからこの治療でイマチニブも必要のない完治を目指す治験が始まるだろう。静止期にあるガンの幹細胞を活性化させ抗がん剤で叩く治療がガン根治には必要であることがますます認識されているが、この研究はこの分野に大きな希望を与えたと思う。ピオグリタゾン、すなわち武田薬品のアクトスは、この作用機序の薬剤が撤退していく中で、糖尿病の薬として世界中に販売された。ただ、膀胱癌を誘発するという訴訟が起こり、武田薬品を揺るがす問題に発展している。この研究が正しいなら、儲からなくてもガンの根治に貢献した重要な薬剤として歴史に名が残るだろう。もちろん、副作用を恐れて撤退した薬も、この目的なら利用できる可能性がある。個人的印象でしかないと断った上で述べるが、私の生きているうちにCMLの薬剤による根治が可能になること間違いないと確信している。
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9月4日:FOPの進行を抑制できる可能性を示す画期的発見(9月2日号Science Translational Medicine掲載論文)

2015年9月4日
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FOPは全身の筋肉が骨化する難病だが、ACVR1(ALK2)遺伝子の特定の突然変異によることがわかっていた。この突然変異により、BMPと呼ばれる骨化を促すサイトカインに対する反応性が上がることも生化学的に示されており、このシグナルを抑制する薬剤の開発が進んでいた。ただ病気の進行自体をよく見てみると、骨化サイトカインに対する反応が促進しているという説明だけでは不十分なことは誰もが感じていた。しかし従来の研究は、BMPシグナルが亢進しているという事実に完全に囚われて、他の可能性を考えることができていなかった。今日紹介するアメリカのベンチャー企業リジェネロンからの論文は、AASJの仲間藤本さんから昨日指摘され論文を読んだが、間違いなくFOPの病態理解に全く新しい道を示すだけでなく、骨化の進行を抑える新しい治療法を示した画期的研究で9月2日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「ACVR-R206H receptor mutation cause fibrodysplasia ossifyicans progresssiva by imparting responsivenesss to activin A (ACVR受容体のR206H突然変異はアクチビンに対する反応性を獲得してFOPを引き起こす)」だ。普通ACVR1はBMPと結合して細胞膜上でACVR2と会合し、smad分子を介して細胞分化を誘導するシグナルだ。ほとんどのFOPの原因であるR206H突然変異が起こると、BMPに対する反応が亢進する。ただ、もしこの亢進が骨化の原因なら、発生過程でもっと大規模な異常が起こっても良さそうだが、FOPは生後徐々に発症する。この著者らは、BMPシグナルの亢進という定説を一から洗い直し、この突然変異はBMPシグナルの亢進だけでなく、普通ならこの受容体を刺激しないアクチビンに反応することを突き止めた。その後、1)アクチビンはACVR1と結合するが、普通はBMPと拮抗してシグナルを抑えていること、2)R206H突然変異が起こると今度はアクチビンをBMPと同じように刺激シグナルとして間違ってしまうこと、を明らかにした。だとすると、アクチビンの作用を抑制することでFOPの骨化を防ぐことができるはずだ。これを証明するため、これまで作成されたよりはるかにレベルの高いマウスモデルを作成し、このマウスモデルで起こる骨化が、アクチビンを抑制する抗体でほぼ完全に抑えられることを明らかにした。マウスの作成の方法といい、多くの抗体を用意している点といい、まさにプロの仕事だ。この結果から、これまで開発されてきた化合物も骨化を抑える効果はあるだろうが、アクチビンに対する抗体がもっとも特異的で、副作用のない治療法になることが結論できる。もちろんここまでわかっても、薬にまで仕上げるにはまだ時間がかかるだろう。しかし共著者にもなっている、リジェネロンの創始者George Yancopoulousは、彼がコロンビア大学の大学院生だった頃から知っているが、学生の時から業績、頭のキレなど全てで群を抜いていた。その彼の会社のことだ、この結果から考えられるアクチビンの中和抗体薬の開発は急速に進められるだろう。FOPに間違いなく光が差したと思う。
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9月3日:遺伝子改変Tリンパ球治療の進歩(9月1日号Cancer Research掲載論文)

2015年9月3日
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昨年10月18日このホームページで、遺伝子改変自己Tリンパ球移植が、他の治療では手の施しようのなかった再発性のリンパ性白血病の患者さんに著効を示したというペンシルバニア大学からの治験を紹介した。(http://aasj.jp/news/navigator/navi-news/2309)。この方法は、CART(chimeric antibody receptor T )法と呼ばれ、ガンに対する免疫を自由に操作する論理的治療法として今もっとも期待されている治療だ。普通ガン免疫というと、ガン細胞が特異的に発現している抗原に対するキラーT細胞を誘導することを意味するが、免疫誘導に関しては個人差があり操作が難しい。この治療では、ガンが発現している細胞表面分子に結合する抗体の抗原結合部位遺伝子をT細胞受容体遺伝子と結合させたキメラ遺伝子を作り、その遺伝子を導入した自己T細胞を使ってガンを攻撃させる。従って、ガン細胞表面に特異的に発現している分子に対するCAR遺伝子を用意しておけば、原理的に誰もが同じ治療を受けることができる画期的な治療だ。最初の治験は確かに目覚しい結果だったが、この方法が他のガンに拡大できるかどうかは、1)ガン特異的な抗原が見つかるかどうか、2)白血病以外の固形ガンにも適用できるかにかかっている。今日紹介するこの治療法開発の前線にあるペンシルバニア大学からの2編の論文は1番目の問題に対する一つの解決方法を示した論文でともにCancer Research9月1日号に掲載された。論文のタイトルは「Affinity-tuned ErbB2 or EGFR chimeric antigen receptor T cells exibit an increased therapeutic index against tumors in mice (ErbB2やEGFRに対する親和性を調節したCAR-T細胞はマウスのガンに対する治療指標を改善する)」と「Tuning sensitiveity of CAR to EGFR density limits recognition of normal tissue while maintaining potent antitumor activity (EGFRの分子密度に対するCARの感受性を調整することでガンに対する活性を保ったまま正常組織への免疫反応を制限できる)」だ。最初の治験論文を読んだ時誰もがその効果に驚いたが、それとともに治療を受けた全ての患者さんでB細胞が消失してしまったことに強い印象を受けた。これはCARに使われた抗体がCD19抗体で、白血病だけでなく正常B細胞にも発現しているからで、正常の細胞までガンとともに完全に除去してしまうという凄まじい威力に目を見張った。しかしB細胞の欠損はなんとか対応できるが、例えば消化管上皮などに発現している抗原に対するCARを使うと全体が壊死するという大変なことになる。これらの論文では、正常組織に発現しているErbB2やEGFRをあえて選び、この抗原に対する親和性を落とすことで、高いレベルで同じ抗原を発現しているグリオブラストーマなどのガンだけを攻撃するCAR-T治療が可能かどうか調べている。詳細は全て省くが、結論は期待通り、モデル実験レベルではこの戦略が有効であると結論している。ただ、データを見てみると親和性を落とすと、CAR-Tの効きが落ちている。また、両方とも固形ガンに対する治療だが、白血病と比べると治癒率が低いように思えた。したがって、今回開発されたCARをそのまま臨床応用できるか疑問がある。しかし、正常組織に発現があっても、その分子に対する抗体を全く使えないわけではないことがわかったことは重要だ。また一つの論文では脳内で増殖するグリオブラストーマにもCAR-Tが有効であることが示され、脳腫瘍にも使えることが示されたのも期待できる結果だ。今後、抗体自体の親和性を操作する方法と並行して、ガンだけに発現している抗原の探索も進むだろう。また固形ガンへのCAR-Tのアクセスについてもこれまでとは異なる発想の研究が進むだろう。例えば、ガンを支持する血管はガンを助けると考えて治療が行われる。しかし免疫細胞のアクセスを考えると、ひょっとしたらもっと血管やリンパ管を増やす方がいいかもしれない。これまでの抗がん剤治療は、免疫治療の後に来るようになるかもしれない。このように、免疫治療はガンの治療を根本的に変える可能性を秘めている。このホームページで繰り返してきたが、今年はCAR-T、ガンゲノムに基づく個人用ワクチン、免疫チェックポイント操作などガンの免疫療法が大きくクローズアップされる1年になるだろう。期待したい。
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9月2日:科学の危機に対する大人の対応(8月28日号Science掲載論文)

2015年9月2日
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我が国の科学政策に関わる研究者や官僚なら読んだ人がいると思うが、今年4月27日に米国科学アカデミーの年次総会で会長のRalf J Cieroneが行ったスピーチは、私達が当たり前のこととして軽く口にしていた「科学研究の再現性」の問題について、科学界の危機としてとらえた優れた演説だった。特にこの中で、彼が紹介していた2つのプロジェクトが興味を引いた。2013年のエコノミストの記事の中で重要なガン研究論文の実験をアムジェンやBayerなどの製薬会社が再現しようとした時、53論文のうち6編の結果しか再現が取れなかったということが指摘された。この再現性の危機問題に対し、科学界がReproducibility project: Cancer Biology, とReproducibility project Psychology、すなわちガン研究と心理学研究の再現性を確かめる研究を組織し、多くの研究者の参加を得て、再現性の検証を大規模にはじめたという画期的活動だ。いつ結果が発表されるかと待っていたところ、心理学分野の再現実験の結果が8月28日号のScienceに掲載された。136人、125施設が参加した研究でタイトルは「Estimating the reproducibility of psychological science(心理学の再現性を評価する)」だ。この研究では2011年から、心理学のトップジャーナル3誌の中に掲載された論文をなるべく先見を排して検討し、最終的に100論文については計画通り再現実験を行い、論文の結果と比べている。基本的には論文の結論を得るための実験のバラツキや分散など、統計的指標を比べているのだが、詳細はいいだろう。これだけ大規模に、しかも実験自体が大変な心理学実験の再現性を科学的に評価すること自体に、危機意識がしっかりと共有され、自分の時間をそれに費してもいいという研究者の連帯と熱意が感じられる。しかも、この研究に対して私的な財団が助成している点にも頭がさがる。結果はこれまで指摘されている通り、論文の結論を支持する結果がえられる率は全体で36%、特に社会心理学の実験になると23−29%と、再現できる可能性の方が低いという結果だ。特に論文に掲載されたオリジナルな結果ではデータのバラツキが少なく有意性が高い一方、再現実験ではバラツキや分散が大きく広がることが特徴として示されている。もちろん由々しき結果だが、では再現性がないからこれらの論文は間違っているのかと問いかけている。そして、短絡的な思考を排して、科学自体の本質をしっかり理解し直し、論文掲載という科学研究にとって中核になる客観性の獲得過程を位置付けなおしていけばいいと結論している。この深い内容を短い文章で紹介することは難しく、現在捏造の構造について分析するため準備中のブログで順次紹介する予定だ。しかし、小保方事件を含む様々な捏造問題に対して、我が国の学術会議や学会も多くの声明を出したが、Cierone演説と比べて読み返してみると、捏造問題を構造と捉えず、事件とだけ捉え、倫理と研究機関のコンプライアンスだけに頼って、調査や検証だけを要求する薄っぺらい意見でしかなかったように思える。声明を出すという科学者自身の見識が問われる重要な行為が、分析も思想性もない意見表明では困る。大阪大学の蛋白研の篠原さんが分子生物学会として出した声明では、確かに問題を構造問題として捉えるという視点が表明されているが、学術会議を始め日本の学会がその後、構造問題として取り組んでいるようには到底思えない。それと比べると、Cieroneの演説や今日紹介したScience論文は、アメリカの科学界が大人として成熟していることを示している。論文数やノーベル賞の数だけで一国の科学の成熟度は測れない。やはり我が国の科学界は子供の国でしかないのか問い直す時がきた。次に発表されるガン研究の再現実験の結果を心待ちにしている。
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9月1日:ホヤから脊椎動物への進化(8月27日号Nature掲載論文)

2015年9月1日
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進化の過程で体の体制が変わるためには、様々な新しい構造が生まれることが必要だ。もちろんその背景には、先行するゲノムの配列や構造の変化がなければならない。例えばこのホームページでも、魚のヒレが足に変わっていく過程についてのポリプテルス(http://aasj.jp/news/watch/2107)を用いた研究を紹介した。ヒレから四肢への進化からわかるのは、全く新しい構造にもその元となる構造や細胞集団が存在し、発生過程で関わる分子の多くも共通なことだ。このような起源構造の発生過程を新しい構造の発生過程と比べ、その背景にあるゲノム変化を調べる順序で進化発生学の研究は進められる。さて、脊椎動物にもっとも近い動物はホヤなどが属する脊索動物だ。ゲノムについて言うと、脊索動物から脊椎動物で2回の全ゲノムレベルの重複が起こっている。一方、構造レベルでは、例えば閉鎖血管系が進化なども挙げられるが、ほとんどの進化発生学者が興味を持っているのは神経管から発生する神経堤細胞と、感覚器官の原基になるプラコードの発生だ。今日紹介する米国・フランス・日本の研究所が共同で発表した論文は脊索動物にも脊椎動物と分化過程が類似したプラコードに相同する構造が存在することを丹念に示した研究で8月27日号のNatureに掲載されている。タイトルは「The pre-vertebrate origins of neurogenic placodes(脊椎動物以前の神経原性プラコード)」だ。元々我が国は脊索動物の研究をリードしており、脊索動物にプラコードが存在する可能性については京大の佐藤さんたちも論文を発表していた。基本的にこの論文は、これまでの研究の延長と言えるが、最終的にプラコードの細胞に由来する神経細胞の運命を最後まで追跡したという点でNatureに掲載されることになったと思う。後は極めてオーソドックスな発生学の研究なので詳細は全部省くが、脊索動物にもプラコード相同の構造が発生し、発現遺伝子や、誘導に必要なシグナルも共通することをまず示している。その上で、このプラコードを形成する前駆細胞が、性ホルモンを分泌し、化学物質を感知する両方の性質を持った繊毛を持つ神経細胞へと分化することを新しく発見した。脊椎動物では、プラコードから分化する神経細胞は、ホルモン分泌性の脳下垂体神経と、匂いを感知する嗅細胞へと分かれていることから、今回新しく脊索動物で定義されたホルモン分泌・感覚細胞は、機能が分化する以前の起源細胞に当たると結論している。すなわち、元々一つの細胞に統一されていたホルモン分泌と感覚機能が脊椎動物では機能が分離した回路へと進化することで、より複雑な機能を獲得したのではないかと考察している。わかりやすい面白い論文だが、この結果をゲノム変化と対応させるというもっとも重要な研究が残っている。論文を見ると、鍵になる遺伝子や、その調節領域がわかっていると思うので、この研究を手掛かりに、大きな挑戦に挑んで欲しいと思う。ホヤゲノムでも日本はリーダーシップを発揮してきた。この蓄積を味わいつくせる若手はもっとも幸運な世代といえるだろう。頑張って欲しい。
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8月31日:直腸ガンに対するメチル化阻害剤の予想外の効果(8月27日号Cell掲載論文)

2015年8月31日
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5アザシチジンという化合物はDNAのメチル化阻害剤として古くから実験に使われてきた薬剤だ。最近この薬剤が骨髄異形成症候群や骨髄性白血病をはじめとして、様々なガンの増殖抑制に効果があることがわかり、実際の臨床に使われ始めている。私も現役時代、長崎大学医学部の宮崎さんたちと共同で、この薬剤の投与を受けた骨髄異形成患者さんの白血病細胞のDNAのメチル化状態を調べたことがある。というのも、メチル化阻害という非特異的薬剤がなぜガンを選択的に叩くのか、そのメカニズムは極めて興味深いからだ。ただ研究を進める間、ガンに関わる遺伝子DNAが脱メチル化されることで効果が生まれるという点は疑わなかった。今日紹介するトロント大学からの論文はこの思い込みを見事に覆す研究で8月27日号のCellに掲載された。タイトルは「DNA-demethylating agents target colorectal cancer cells by inducing viral mimicry by endogenous transcripts (DNA脱メチル化剤は内因性の転写を誘導してウイルスを真似ることで直腸ガンを叩く)」だ。このグループは研究の途中で5アザシチジンがガンに関わる遺伝子の脱メチル化とは無関係にガン増殖を抑制するのではないかと着想したようだ。特に、一度だけ低い濃度でがん細胞を処理することで、長く続くガン抑制効果がゆっくりと現れる効果の出方と、薬剤効果の分子機構から予想される効果のパターンとが異なっていることに注目した。そこで、1回5アザシチジンで処理しただけで変化が40日以上続く遺伝子を探索した結果、これらの遺伝子がウイルス感染時に誘導されるインターフェロンに反応して誘導される遺伝子であることに気づいた。しかし、インターフェロン自体は分泌されていないので、5アザシチジン自体がウイルス感染により誘導されるインターフェロンと同じ効果を持つことが示唆された。この5アザシチジンがウイルス感染を真似るメカニズムについて様々な実験を重ね、次に述べる結論を導いている。5アザシチジンを処理すると、ゲノム内に存在する内在性レトロウイルスなど繰り返し配列のRNAポリメラーゼIIIによる転写が起こり、結果2重鎖RNAの細胞内濃度が上昇する。これをウイルス感染と間違って防御機構が活動化され、ミトコンドリア膜状のMAVSの重合、IRF7の活性化の結果、様々なインターフェロン反応性分子が誘導され、細胞の増殖を止めるというシナリオだ。実際、MAVS分子の発現を抑制すると、IRF7の活性化も、それによる遺伝子誘導も消失し、ガン増殖は抑制されない。さらに都合のいいことに、この効果は増殖するがん細胞を供給する元の細胞にもっとも顕著に現れる。なぜ内在性遺伝子のPolIIIによる転写が誘導されるのかなど、不明な点も多いが、この結果は、今後のガン治療に重要な様々な示唆を与えている。まず、もしガン抑制が5アザシチジンの脱メチル化作用と直接関わらないなら、現在のように長期に投与するのでなく、一回だけ投与して経過を見るという治療プロトコルも可能なはずだ。おそらく副作用は、はるかに少ないだろうから、試す価値はある。また、最終結果がインターフェロン反応性の分子によるガン増殖の抑制なら、5アザシチジンではなく、このシグナル経路をブロックする薬剤で治療することも可能だ。以前ガン幹細胞をインターフェロンで叩く可能性を示した論文があったと記憶しているが、この結果と一致する。このように詳細まで完全に明瞭とは言い難いが、思い込みを戒める重要な貢献だと感心した。
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8月30日:ドイツからの論文3編(Scientific reports、米国アカデミー紀要、Deutches Aelztblatt International掲載論文)

2015年8月30日
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私事になるが、私は31歳のとき当時西ドイツケルン大学に留学した。当時、臨床教室に所属し学位もなかった私だが、アレクサンダーフンボルト財団には、2年間、本当に痒いところに手が届くような支援をしてもらった。今こうして気楽に暮らせているのも、フンボルト財団のおかげだと思い、日本フンボルト協会の理事としてお手伝いをさせてもらっている。この協会のホームページは会員同士の交流だけでなく、新しくドイツに留学したいという若い学生さんに様々な情報を発信し、留学説明会を年一度開催している。東京医科歯科大学教授の鍔田さんの骨折りに完全に依存しているサイトだが、是非一度訪れて欲し(https://avh-jp.com/)。  ということで宣伝の後は、印象に残った(科学的な意味ではない)ドイツからの論文3編を紹介する。   最初は8月27日Scientific Reportsオンライン版に掲載された論文で動物園のシロクマに起こった脳炎の原因について特定できたという話だ。タイトルは「Anti-NMDA receptor encephalitis in the polar bear (ursus maritimeus) Knut(シロクマのクヌートに見られた抗NMDA型受容体脳炎)」。このクヌートというのはベルリン動物園で生まれ、飼育係の献身的な努力により成長することができたシロクマの愛称で、この生い立ちから世界中の人気となった。2011年急に癲癇様の痙攣を起こして溺死するが、その原因を徹底的に確かめたのがこの研究だ。結果だが、1)脳炎が起こっていた、2)脳脊髄液中にNMDA型グルタミン酸受容体に対する抗体が存在した、3)この抗体はクヌートの脳組織に結合した、などから、ヒトでも見られるNMDA型グルタミン酸受容体に対する抗体による痙攣とともに、抗体により誘導される脳炎が死の原因だと結論している。さらに、他の動物の原因不明の痙攣による死亡例でも同じ原因を疑うことの重要性を強調している。有名なクマだけに、ここまで調べることができたのだろう。ただ、それを一般紙に掲載できるところまで徹底して行っているのに頭がさがる。この研究はベルリンの神経研究所と動物園と野生動物研究所の共同研究だが、動物園と野生動物研究所という公的機関があることにも驚く。  次は米国アカデミー紀要オンライン版に掲載されたマインツ大学やドイツの様々な博物館からの論文で新石器時代初期に見られる大量虐殺の証拠についての研究で、タイトルは「The massacre mass grave of Schoeneck-Kilianstedten reveals new insight into collective violence in early Neolithic central Europe (Schoeneck-Kilianstedtenで発見された大量虐殺被害者が埋められた墓地は新石器時代初期の中央ヨーロッパの共同体による暴力について新しい示唆を与える)」だ。この研究ではドイツ新石器時代初期の発掘現場の一つSchoeneck-Kilianstedtenで発見された26体の虐殺死体の分析が行われ、線状の陶器で特徴付けられる中央ヨーロッパの新石器時代文化では、戦いで一つの共同体全体を虐殺することが珍しくないことを示す論文だ。子供も大人も全てがまず逃げられないように下肢を折られ、さらに多くの死体に拷問跡があるという記述は、人間の持つ残虐性を思い知らされる。我が国の新石器時代はどうだったのか気になるところだ。   最後は8月号のドイツの医学誌Deutches Aerzteblatt Internationalに掲載されたベルリン工科大学からの論文でタイトルは「Deaths following cholecystectomy and herniotomy(胆嚢切除術及びヘルニア切開術後の死亡)」だ。この研究では、ドイツ全土で行われ登録されている、胆嚢切除術15万例とヘルニア切開術20万例のうち術後死亡した例を詳しく分析した研究だ。難しい手術の場合、手術がリスクを伴なうことはよくわかるが、数多くの手術が行われる一般的手術では死にたくないと誰しも思うはずだ。ここで取り上げられた手術は、急性の腹部疾患に対して行われる緊急手術の典型例で、実際ドイツ全土の統計で見ると胆嚢切除術で退院せず死亡する例は0.4%、ヘルニア切除では0.13%で、医師から見るとほとんど問題がないと言える。しかし一般人の感情から言えば、250人に一人が亡くというのはまだまだ心配で、死亡率を減らす努力を進めて欲しいと思うだろう。この研究では死亡例を詳しく分析し、死亡例のほとんどが65歳以上で、心不全、呼吸器疾患、肝疾患、低栄養などが基礎疾患にあることを明らかにし、健康な人はまず心配がないことを示すとともに、基礎疾患がある場合いくら緊急手術でもまだまだ死亡率を減らせることを強調している。このような登録と統計は我が国でもどの程度行われているのだろうか。医師が患者さんの立場に立って考えると言う点でも重要な仕事だと思う。  以上、最近読んだ気になる論文を紹介した。医学研究としてもちろんドイツを代表しているものではないが、しかしなんとなくドイツ全体の雰囲気は代表しているように感じた。
カテゴリ:論文ウォッチ
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