9月27日:歯のエナメル質の進化(Natureオンライン掲載論文)
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9月27日:歯のエナメル質の進化(Natureオンライン掲載論文)

2015年9月27日
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東大総合研究博物館に小藪さんという根っからの形態学者がいる。彼の論文がNature Communication (5:365, 2014)に発表された時、我が国にもここまで形態学マニアの若手がいるのかと感心した。このホームページで紹介してきたように、今はゲノム時代で、進化研究でも様々な種のゲノム解析がトップジャーナルに掲載されている。こんな時、形態学や生態学に関わる若手は少し焦ってしまうかもしれない。しかし、解読されたゲノム全体を比べたところで、人間とチンパンジーは2%しか違いがないといった話ができるだけだ。逆に結局形態学を極めた研究者はゲノム時代にこそ大きく活躍できる。そんなことをうかがわせる論文がウプサラ大学からNature オンライン版に掲載された。タイトルは「New genomic and fossil data illuminate the origin of enamel (新しいゲノムと化石のデータがエナメルの起源を明らかにする)」だ。この研究は、歯のエナメル質の進化過程を通して、エナメル質を持つ四足類と歯にエナメル質を持たない硬骨魚類の進化過程を解明することを目的としている。私が学生だった頃は歯の解剖や発生学を医学部で習うことはなかったので、この論文を読むまでは私もエナメル質の発生や進化について全く知識はなかった。しかし読んでみるとなかなか面白い。内骨格を持つ脊椎動物を横断的に見てみると、骨格以外にカルシウム沈着が起こっているのは歯と魚類に見られる皮膚の石灰化があるだけだ。ただ、エナメル質形成に必要な遺伝子の多くは、サメや硬骨魚で存在せず、また皮膚は上皮由来、歯は内胚葉由来であることから、魚類の皮膚の石灰化はエナメル質とは全く異なる起源と考えられていた。しかし魚類の中で四足類に近いシーラカンスではエナメル質様の構造とともに、ganoineと呼ばれるエナメル様の物質が皮膚を覆っており、ゲノムにもエナメル質を形成できる遺伝子が揃っていることもわかっている。従って、エナメル質形成という点で、四足類とシーラカンスは同じ系統に分類できる。次に著者らはこの系統に近い魚として最近解読されたガーのゲノムデータからエナメル基質蛋白EMPを検索したところ、歯にエナメル質を形成させるamel遺伝子以外のエナメル質構成分子が存在していることを発見する。また、このエナメル形成遺伝子は皮膚に発現していることも確認している。形態的にはガーの歯にもエナメル様の構造があるが、amel遺伝子がないことを考えるとガーは皮膚にエナメル質を形成しても、歯にはエナメル質を形成しないことがわかる。この結果から、皮膚のganoineと歯のエナメル質は同じ起源から進化しており、例えば軟骨魚の皮膚の石灰化とは全く異なるシステムだと結論できる。次に、中国から出土するシリル紀からデボン紀の化石に、エナメル質が最初はウロコに、次に顔面の骨に、そして最後に歯へと拡大する過程を見ることができることを示している。結論として、硬骨魚の進化ではエナメル形成能はまず皮膚のウロコ、次に頭部の骨に、最後に歯へ拡大した後、歯のエナメルを失ったガーの先祖と、歯のエナメルを維持したシーラカンスの先祖に分岐し、前者から全てのエナメル形成能を失った硬骨魚が、一方後者からは歯のエナメル質だけを残した四足類が進化したと結論している。おそらく化石の形態学から著者らの頭の中には最初からこの仮説が出来上がっていたのではと思える。そこにガーのゲノムが解読され、これをエナメル質形成という観点から検索し直すことで、化石に見られるエナメル質進化を見事に裏付けることに成功したのではないだろうか。ゲノム解読が終了した種の数が急速に増えている今、一番必要なのは形態学や生理学に裏付けられた視点の導入だろう。その意味で、形態学を極めた研究者がゲノムインフォーマティックスを身につければ、鬼に金棒となるのだろう。我が国からもそんな形態学者が続出するのを期待したい。
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9月26日:ガン免疫のチェックポイント治療効果を予測できるか?(Scienceオンライン版掲載論文)

2015年9月26日
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私たちの事務所で日本ガン楽会の中原さんが定期会合を持っておられるが、残念ながら私の時間の都合がつかず、いつも付き合えず申し訳ないと思っている。事務所で、日本ガン楽会の会合に同席させてもらっているメンバーから聞くと、最近はPD1抗体などのガン免疫のチェックポイント治療がやはり話題になっているようだ。ただ多くの患者さんが、抗PD1抗体を、他の標的薬剤と同じように考えられているのが気になると聞いている。実際には、この治療はガンを直接叩くのではなく、ガンを叩いている免疫機能を高めることで、間接的にガンを抑える治療で、一度このことを皆さんに伝える機会が必要だと思っている。直接ガンを叩くわけではないので、この治療が効果を持つかどうかは、ガンに対する免疫が成立しているかが鍵となる。もし成立していない場合、この治療は全くガンに効果がないだけでなく、逆に体内の免疫反応を高めて自己免疫病を発症させてしまう副作用がでる心配がある。したがって、できればチェックポイント治療を行う前に、ガンに対する免疫が成立していることを確かめるのが重要な課題になっているが簡単ではない。今日紹介する米国ハーバード大学と独デュイスブルグ大学の共同研究はガンで起こった遺伝子変異とガンの周りの組織の遺伝子発現から、チェックポイント治療の一つ抗CTLA4治療の結果予測の制度をあげられないか調べた研究でScience Express (オンライン先行公表)に掲載された。タイトルは「Genomic correlates of response to CTLA4 blockade in metastatic melanoma (転移性メラノーマに対するCTLA4阻害治療反応性と相関するゲノム要因)」だ。この研究では110人の患者さんのメラノーマ細胞をバイオプシーで採取し、たんぱく質に翻訳される全遺伝子の配列を調べ、その中からガン抗原として働いている可能性のある突然変異をリストしている。また40人の患者さんについては、発現しているRNAを調べ,ガンに対する免疫反応の状態も判定しようと試みている。ゲノム検査の後、CTLA4阻害治療を行い、2年目までの再発率、生存率と相関するゲノム要因を調べている。読んだ感想としては、正直まだまだ完璧な予想には程遠いと言わざるを得ない。まずこれまで言われていたように、アミノ酸の配列が変化する突然変異が多いガンほどチェックポイント治療が効く確率が高い。さらに、この突然変異が患者さんのHLA分子に結合してガン抗原として働き得ると計算ではじき出した突然変異の数と治療の効果も強い相関がある。すなわち突然変異が多いほどガン抗原ができている可能性がある。ただ、突然変異が多いのに効果がない例や、その逆もあるので、これだけで決めるわけにはいかない。このようにガンのゲノム上の突然変異だけからガン抗原の候補をリストしても、実際にその突然変異がガン細胞で十分発現しているか調べることも重要なことも示している。こうしてリストした発現の高いガン抗原候補の中から、複数の患者さんで共通に見られる抗原があるか調べると、メラノーマ共通の抗原と特定できるものはなく、結局ガンごとに違った抗原が免疫を誘導していると結論している。最後に、キラー活性が存在するか、チェックポイント分子が発現しているかなどを組織の遺伝子発現から免疫成立状態を調べ予後との相関を調べると、これまで言われていた通り免疫反応の形跡があるとCTLA4阻害の効果が見られるという結果だ。結局、共通のガン抗原がある確率は低く、個々のガンや患者さんの状態の総和として免疫反応が成立しているという結果になっている。今年4月、メラノーマの全遺伝子を調べ、その中からメラノーマに起こった突然変異の中からガン抗原として働いているペプチドを同定し、それを免疫することでメラノーマに対する免疫反応を誘導してガンを抑制することに成功した研究を紹介した(http://aasj.jp/news/watch/3176)。今回の結果も、結局このような究極の個別化医療が一番望ましいという結論になったように思える。とは言え、突然変異からガン抗原候補がリストでき、組織の遺伝子発現から免疫反応の形跡を検出できるなら、やはりメラノーマの患者さんの治療前に、ゲノム検査をやる意味は大きいのではないだろうか。今我が国では、効いた・効かない、副作用が出た、出ないといった結果ばかりが強調されているが、我が国発の治療も含まれる分野なら、ぜひゲノム検査を組み合わせて効果予測を確実にするための検討も進めて欲しいと思う。
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9月25日:乾癬性関節炎の抗IL-17抗体治療(9月19日号The Lancet掲載論文)

2015年9月25日
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ガンに対するPD1やCTLA4に対する抗体を始め、多くの抗体薬が臨床に使われているが、最初の口火を切ったのはリューマチなどの免疫系疾患に対する抗TNF抗体だった。実際、この抗体はリュウマチ治療を変えたと評価されている。その後我が国からの抗IL-6治療も加わり、それぞれが補完しあって、従来の方法ではコントロールが困難だった免疫疾患の治療が可能になってきた。さて、免疫学の論文を読んでいると、TNF,IL6に加えて、炎症の親玉のようなサイトカインとしてIL-17が出てくる。当然この分子に対しても抗体薬が開発されてきたようで、今日紹介する論文は乾癬性関節炎に対する抗IL-17A抗体の作用を調べた第三相の国際治験の結果だ。タイトルは「Secukinumab, a human anti-interleukin-17A monoclonal antibody, in patients with psoriatic arthritis :a randomized double blind placebo-controlled phase 3 trial (ヒトIL17Aに対するモノクローナル抗体セクキヌマブによる乾癬性関節炎の治療:偽薬を用いた無作為化二重盲検第三相治験)」だ。免疫疾患の抗体治療についてはすでに日常診療での治療として定着しているため、ほとんどフォローしてこなかったが、乾癬や乾癬性関節炎は抗体治療も含め、これまでの治療に抵抗性を示すものが多かったようだ。このため、抗IL17抗体の治験は乾癬と乾癬性関節炎に焦点を当てて行われている。乾癬性関節炎は乾癬の患者さんの3割程度に発症する関節炎で、リューマチ性関節炎より関節炎としては軽度なことが多い。これまで抗体薬としては抗TNFが主に使われているが、最近になって抗IL12/24もこの病気に効果があることが示されているようだ。ただそれでも治療に反応しなかったり、あるいは副作用が強い患者さんが存在し、抗IL17でコントロールできないかというのが今回の治験の目的だ。この抗IL17抗体セクキヌマブはすでに乾癬の患者さんを中心に登録されているだけで54の治験が行われている。ただ、これまで発表された結果は期待できるもので、その延長として今回の第三相治験が計画された。この治験では静脈に注射するのではなく、長期効果を得るため、最初は週1回4週投与した後は、月1回という投与スケジュールで24週目で効果を判定し、その後の経過は52週まで見ている。結果はこれまでと同じで、アメリカリュウマチ学会の治療による改善指標で20%改善する患者さんの率が6割程度、50%症状改善が35%程度あり、このレベルは月一回の抗体治療で維持できるという結果だ。先ず乾癬や乾癬性関節炎から入って、他の疾患にも適用拡大する戦略だ。ただClinical Trival gov.での登録を見るとほとんどが乾癬か乾癬性関節炎で、リューマチ性関節炎、強直性関節炎などが加わり始めた段階のようだ。その意味で、今回感染性関節炎への一定の効果の確認は開発会社(ノバルティス)にとっても朗報だろう。ただ同じ病気に対して異なる分子を標的にすることが進み、抗体治療は複雑になっていく気がする。その意味で、今後TNF, IL6, IL12, IL-17などに対する抗体の効果の差がどのように出てくるのか、差があるとしたらその背景は何かなど症例を集めて検討することで、エフェクターフェーズの炎症の個人差など面白い問題がわかるように思う。ヒトの免疫学が徐々に進展してきているが、様々な分子を標的とした抗体治療の患者さんから得られるデータの価値は計り知れないだろう。さて副作用だが、死亡例はなく重篤な副作用も1割程度で止まっているようだ。この副作用としてカンジダ口内炎が発症するのはわかるが、炎症を抑えているのに潰瘍性大腸炎が起こるケースがあるのは不思議な気がした。一方、扁平上皮癌が3例に起こっているのも、現在進んでいるガン免疫チェックポイント治療と合わせて見ていくと面白いヒントが得られる気がする。抗体薬はその特異性で際立っている。そのため、治療を受けた患者さんの経過や免疫状態を詳しく調べることは人間の免疫機能やその多様性を理解するために今後重要になると思う。効いた効かないにとどまらず、ヒト免疫機能の基礎に迫る研究が我が国の臨床研究者から生まれることを期待したい。
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9月24日:米国医学部での男女差別(9月15日号アメリカ医師会雑誌掲載論文)

2015年9月24日
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安倍内閣の一つの柱は「女性の輝く社会」だが、男性中心にすでに出来上がった組織を変えるためには綿密な戦略が必要だ。ただ、役所や産業界に女性登用を呼びかけるだけでなく、例えば「女性の活躍を妨げるあらゆる要因を、罰則を持って取り締まる」といった罰則を伴う対策が必要になる。女性の活躍を妨げる要因の一つは、組織の構成が男性をトップに階層化されていることなので、もしペナルティーが明確なら、あらゆる組織で一度は女性をトップに据えて見ることが可能か問われるだろう。ただ、女性なら誰でもいいという訳にはいかないだろうから、すでに女性が育っている組織、これから養成が必要な組織など詳細な分析が必要になる。あまり問題にならないが、我が国で男性優位が際立っている組織の一つは大学の医学部だろう。私が京大医学部教授会に属していた時、教授会に女性はいなかった。その後富樫さんや柳田さんが教授になったが、それでも際立って男性優位だ。一方講義をすると分かるが、京大医学部は女性入学者が2割程度で、他の大学と比べるとかなり低いように感じる。こんな現状を見ると、国立大学医学部は男性優位組織を変革する政策立案のモデルとしては格好の材料になる気がする。今日紹介するハーバード大学からの論文は米国医学部での女性の占める割合についての詳細な調査で9月15日号アメリカ医師会雑誌に掲載された。タイトルは「Sex differentces in academic rank in US medical schools in 2014 (2014年時点でアメリカ医学部での地位に関する男女差別)」だ。アメリカの医学部も1970年までは男性優位組織だったが、その後女性教授の比率も増え、現在ではフルプロフェッサーの数が男性17000人に対し、3600人にまで上がってきている。しかし40年たっても20%を切るということで、完全平等を目指して調査を続けているようだ。これまでの調査と違って、例えば大学のランクと女性比率、あるいは各分野の女性比率、教授になるまで、またなってからのNIH研究助成採択率など、詳細な調査が行われ、資料として手元に置いておく価値はある。裏返すと、いちいち紹介するにはあまりに詳細で、まとまりがつかない。したがって、面白いところだけつまみ食いして紹介するにとどめる。まず年齢で見ると、まだ教授にはなっていないがファカルティーの女性メンバーが若い世代ほど多い。したがって、これまでの取り組みが一応功を奏して、徐々にではあっても今後女性の数がさらに増えると予想できる。ただ内科・小児科の比率が多く、他の分野でもいい指導教官につけるようにするなど、今後改善する部分は多い。面白いのは、ファカルティーで比べた時グラントの採択率、論文数では男性が倍以上多い点だ。一方、治験への登録率ではそれほどの差がない。他に、内科でいうと血液学、腫瘍学、放射線学では男女の比率がほとんど同じになっている点だ。なぜこれが可能になっているのか、今後詳しく調べる価値はあるだろう。一方、トップランクの大学ほど女性が教授になれる比率が少ない。この点もそのメカニズムを明らかにする必要がある。最後に、この研究では1980,1990、2000年にレジデントになった医師のコホート研究を続けており、平等を目指して取り組みが始まってから30年たっても、まだ男性がファカルティーになりやすいという状況が見られることも指摘している。いずれにせよ、男女共同社会実現には、計画の進展とともに当然阻害要因も変化することを理解し、不断に阻害要因を洗い出す長期的視野の調査が必要だ。我が国でもこのレベルの調査を医学部でも進めるべき時がきたのではないだろうか。
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9月23日:母性の脳回路(9月16日号Nature掲載論文)

2015年9月24日
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マウスの脳に光ファイバーを留置して、光照射で特定の神経細胞を興奮させ、高次脳機能への影響を見る光遺伝学の開発は、これまで推定することしかできなかった、特定の神経と行動との相関を特定することを可能にした。この技術は記憶などの高次機能の研究に使われているが、素人が読んでわかりやすく面白いのはやはり行動の研究だろう。今日紹介するイスラエル ワイズマン研究所からの論文は子供を育てる母性特異的行動についての研究で、9月16日号Natureに掲載された。タイトルは「A sexually dimorphic hypothalamic circuit controls maternal care and oxytocin secretion(性に左右される下垂体神経回路が母親の子育てとオキシトシン分泌を調節している)」だ。もともと下垂体の神経細胞の構成はオスとメスで異なることが知られていた。このグループは中でも下垂体脳室周囲の腹側前方部にドーパミンを作るときに必要とするTHを発現した細胞がメスで多いことに注目した。さらにこのTH陽性細胞はメスの中でも出産の経験後に大きく増加することがわかった。そこで、細胞毒をこの部位に注射して行動を調べると、生理や性行動には影響がない一方、メスが子供の世話する母性に影響があることが分かった。逆にこの神経を光遺伝学テクノロジーを用いて刺激すると、普通なら子供のケアをしない出産経験のない若いマウスも、すぐに子供のケアを始めることを発見した。一方、神経細胞除去をオスで行うと、子供に対する攻撃性が上昇し、逆にTH神経細胞が興奮するとこの攻撃性が減少することが分かった。最後に、この行動の差を決めるメディエーターを探索し、最終的にこの神経が傍室核のオキシトシン分泌細胞を直接刺激して母性を誘導することを明らかにしている。この経路の最終結果は、オス、メスともに子供を守る行動に収束するが、オキシトシン分泌後の行動については今後の研究が必要だという結論で終わっている。オキシトシンが社会性を促進する効果の中に、母性や父性の獲得も加わったようだ。
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9月22日:え!こんな実験は許されるの?LPS投与により活性化されたヒト脳内のミクログリアをPETで可視化する。(米国アカデミー紀要掲載論文)

2015年9月24日
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動物実験でうまくいっていても、人間ではうまくいかないことは多い。逆に動物実験で何も起こらなくとも、人間になると大きな問題になることもある。従って、人体実験に進んでいいかどうかは、インフォームドコンセントをとればいいというものではなく、まず人体にほとんど害がないという状況で進める必要がある。私は倫理的な手続きが整っており、また研究者自身がその問題を十分認識している場合は、人体実験も可能だと思う方だが、今日紹介するエール大学からの論文を読んで、ここまでやっていいのか深く考えてしまった。タイトルは「Imaging robust microglial activation after lipopolysaccharide administration in human with PET (リポポリサッカライド注入にによるミクログリアの強い活性化をイメージングする)」だ。ミクログリアは脳内のマクロファージとも言える細胞で、脳内の炎症や変性細胞の処理に重要な役割を演じている。裏返せば、ミクログリアが活性化していることは、脳内に炎症や変性が起こっていることを示唆することから、脳内のミクログリアの活性化状態をモニターすることは、多発性硬化症やアルツハイマー病の病態診断にとって価値は大きい。ただ、脳内の細胞なので簡単に血液検査で調べるというわけにはいかない。これを克服するために、ミクログリアの状態をアイソトープでラベルしたプローブでモニターする方法の開発が行われてきた。この中で生まれたが炭素11でラベルしたリポPBR28を使う方法で、このプローブはミクログリアが活性化された時ミトコンドリア膜上に誘導される様々な機能を持つトランスポーターTSPOに結合する。すなわち、放射性プローブのミクログリアへの蓄積を指標に活性化状態を定量化できる。これらのことから、PBR28を用いたPET検査への期待は高く、これまでサルを使った実験も含む前臨床研究段階は終了している。臨床研究としては、初期段階のアルツハイマー病でも上昇が見られることも示されていた。私なら炎症再生を繰り返す多発性硬化症や、脳炎などを用いた臨床研究へとすすむと思うが、このグループはなんと、正常ボランティアを募り、大腸菌のLPSを静脈投与して急性のミクログリア活性化を誘導し、炎症誘導前後のPET検査を行っているのだ。結果は予想通りで、LPS投与すると自覚的にも多角的にも炎症症状が誘導され、血中の炎症性サイトカインも上昇する。それと同時に、脳内でのPBR28の取り込みが30−50%上昇するのが観察される。LPSで脳内ミクログリアが活性化されることは知られているので、この方法はミクログリア活性化を知る感度の高い方法になるという結論だ。いくら経過を注意深く観察していると言え、LPS投与が強い炎症を引き起こす、いわば毒であることはわかっている。いくら将来重要な検査へと発展して多くの疾患の早期診断に役立つかもしれないとはいえ、正常人にわざわざ炎症を誘導する処置をしていいのか疑問だ。もちろんインフォームドコンセントをとり、倫理委員会で審議したと書かれているが、臨床例を積み重ねて適用を決めることは間違いなくできたはずだ。アメリカの自由といえばそれでおしまいだが、いくら考えてもどこかで一線を越しているような気がするのは、現役を退いたからだろうか。
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9月21日:ピロトーシスのメカニズム(9月16日号Nature掲載論文)

2015年9月24日
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今日は24日でこの間、案の定ネットは繋がらなかった。書きためた論文ウォッチを順々に、書いた日付に合わせて掲載する。 細胞の死に方をネクローシスと、アポトーシスに分けて理解できていた頃は楽だった。私自身この分野をほとんどフォローしていなかったが、両者とは違う新しい死に方が定義され、ピロトーシスと呼ばれるようになっていたようだ。今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文はピロトーシスが誘導されるシグナル経路を特定した研究で9月16日号のNatureに掲載された。タイトルは「Caspase-11 cleaves gasdermin D for non-canonical inflammatosome signaling (インフラマソームの非主流シグナルをカスパーゼ11により切断されたgasderminDが担っている)」だ。一般の人でなくとも、このタイトルは分野がことなう研究者にとってもチンプンカンプンだろう。まずピロトーシスから説明すると、細胞内に取り込まれた細菌細胞壁に発現する内毒素により誘導される細胞死で、細胞が溶解する点ではネクローシスト同じだが、DNAの断片化が見られる点ではアポトーシスと同じであり、独立のシグナル経路が関わることがわかっていた。これまでの研究からカスパーゼ1が活性化されるとピロトーシスが起こることはわかっていたが、細胞内に取り込んだ細菌の内毒素によるピロトーシスの詳細はほとんどわかっていなかったようだ。タイトルにあるインフラトソームはこのシグナル誘導に関わる様々な分子の複合体で、この中に存在するカスパーゼ11が内毒素によるピロトーシスに関わることは知られていた。この研究の目的は細胞内内毒素の刺激からピロトーシスまでの経路の解明で、Pam3CSK4と共培養することで誘導されるIL-1βを指標に突然変異マウスを探索し、gasderminDとカスパーゼ11遺伝子突然変異マウスがこの経路に異常があることを発見する。このスクリーニングで使われた突然変異体は共著者のオーストラリアのGoodnowがずいぶん前に、マウスを使ってショウジョウバエと同じように全遺伝子について突然変異体の分離を行おうと始めたプロジェクトで、現在も粘り強くプロジェクトが進んでいるのを知ると感心する。はっきり言ってこの二つの分子を特定できたことでこの研究の大枠は完成している。インフラソゾーム構成分子のカスパーゼ11は予想していたかもしれないが、gasderminDが引っかかってきたのは驚きだったろう。というのも、この分子は哺乳動物にしかなく、またカスパーゼ1活性化によるピロトーシスにはgasderminDが必要ないことがわかっていたからだ。様々な遺伝子欠損マウスを使ったシグナル解析から、1)細胞内内毒素によるピロトーシスには、カスパーゼ11活性化と、それによるgasderminD分子の活性化が必要なこと、またこの経路が致死的敗血症の原因であることを明らかにしている。詳細は省くが、内毒素による活性化されたカスパーゼ11/gasderminDはカスパーゼ1の上流で働いているため、カスパーゼ1を直接活性化するとgasderminD非依存的にピロトーシスが起こるというシナリオを提案している。したがって、脊椎動物で一般的に見られるピロトーシスを細胞内内毒素の刺激とリンクさせたのがgasderminDの進化の結果ではないかと結論している。ますます細胞の死に方が複雑になっているという印象だが、細胞の死に方の調節がいかに重要かを実感する論文だった。
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論文ウォッチについてのお知らせ

2015年9月20日
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今Quito空港でガラパゴス行きの飛行機を待っています。ガラパゴス島ではネットにアクセスできない可能性があります。その場合は4日ほど論文ウォッチはお休みをいただきます。アクセスができればもちろん続けるつもりです。
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9月20日:高次機能解明のための市民参加型研究(9月16日号PlosOne掲載論文)

2015年9月20日
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このホームページでも紹介してきたが、市民参加型の研究が21世紀の科学の一つのトレンドになるのではないかと思っている。ハッブル望遠鏡が撮影したギャラクシーズーのように、実際市民の参加があって初めて成功した研究も続々報告されつつある。しかし、グーグル検索のようなPCへのアクセス、あるいは監視カメラ映像を通していやおうなしに研究に参加させられる事もあり、市民参加型の研究に対する懸念も持たれるようになっているのが現状だ。しかし私自身は、解析に主観的要素が入る認知科学はこういった懸念はあるものの今後市民参加型研究をますます組み入れるようになるのではと予想している。この方向性の一つの目標は、それぞれの心的自己、あるいは主観についての科学の始まりではないかと考えているが、今日紹介するデューク大学からの論文は、この方向性の入り口の研究と言えるのではないかと思った。9月16日付のPlosOneに掲載され、タイトルは「Citizen science as a new tool in dog cognition research(市民参加科学は犬の認知研究の新しい道具になる。)」だ。私は犬も飼っていないし、これまで犬の認知についての研究について全く知らなかった。類人猿と他の動物の間をつなぐ意味で、犬の心理実験の重要性が認識され、最近盛んに行われてるようだ。ただ、これまでの研究では、犬を研究室という特殊な設定に置いて調べていたため、実験的設定自体が実験結果にどの程度影響を持つのか検証が必要だった。この研究は、Dognitionというインターネットサイトを立ち上げ、そこに集まってくれる一般の犬の飼い主に実験を任せることで、犬の日常の中に無理なく実験を組み込む可能性が検討された。驚くのは、メンバーになるためにお金を払った上で、この実験を承諾し、参加する人が集まることだ。自分の飼い犬の認知能力を知りたいと思うのは愛犬家なら当たり前のことなのかもしれない。その上で、これまで研究室で行われてきた犬の認知機能や記憶を調べる課題を選び、飼い主が個人的愛情などの影響を受けることなく成し遂げられるか調べている。個人的バイアスを避けるため、実験プロトコルを犬の訓練士の犬を使って何度も検討し、ビデオも使ったインターネット上で飼い主の教育を行った上で、飼い主に実験を行ってもらい、結果課題を完遂できた約500頭の結果を、これまでの実験室で得られてきた研究結果比べることで、市民に実験者になってもらっても客観的実験が可能か検討している。どんな課題が与えられたかや結果の詳細はすべて省略するが、市民研究者に実験を任せることは可能かという問題については、十分可能だと結論している。例えば、これまでの実験室での研究結果と比べてもほとんど同じ結果が得られており、再現性は高い。逆に、例えば待てと命令したまま実験者が背中を向けて実験を中断するセッティングでは、飼い主が実験する方が長い時間食べ物に飛びつかずに我慢していることなど、飼い主との社会的関係が実験に影響することも明らかになっている。この実験の目的はあくまでも市民参加型研究が可能かの検証で、結果としては特に目新しいものはなかった。しかし課題次第で、出来上がった市民参加型ネットワークから、新しい発見が生まれる予感がする。オオカミの群れの行動から考えると、犬には社会を作りそれぞれの持ち場を決めて共同作業を行うための認知条件が整っている。この社会性を飼い主との関係に利用することで、犬を訓練して多くの仕事を任せることが可能になっている。今後おそらく、他の個体と情報を共有するためのコミュニケーション能力とは何かなど、面白い課題の研究が進む予感がする。是非次の論文を読んでみたい。
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9月19日:心筋細胞の再生の切り札?(9月16日号Nature版掲載論文)

2015年9月19日
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心筋梗塞は発作直後の死亡率が高い恐ろしい病気だが、命を取り留めることができても、一度死んでしまった心筋細胞は再生できず、機能の一部を失った心臓で残りの人生を送らなければならない。このため心筋の再生は、再生医学の最重要課題の一つになっている。魚類や両生類に見られる再生が哺乳動物ではなぜ起こらないのか、心臓にも骨格筋と同じような自己再生する幹細胞は存在するのか、再生がおこるならその増殖シグナルは何か、などの課題に対する挑戦が続けられている。今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文は基礎的にも臨床的にも全く新しい可能性を開くのではと期待が持てる研究で9月16日号のNatureに掲載された。タイトルは「Epicardial FSTL1 reconstitution regenerates the adult mammalian heart(心外膜のFSTL1を回復させると大人の心筋を再生させる)」だ。このグループは大人の心筋内にも自己再生可能な幹細胞が存在し、その増殖に心外膜が関わっているという可能性について研究を行っていたようだ。この論文ではまず、心外膜細胞が心筋細胞の増殖を促進すること、この効果が心外膜から分泌される分子によることを、ES細胞から誘導した心筋細胞で明らかにした上で、この分子をマトリックスに混ぜて心臓に貼ることで心筋梗塞後の心筋再生治療に使えることを示している。次に心外膜細胞上清に分泌される活性分子の探索を行い、Folistatin-like(FSTL1)と呼ばれていた分子こそが心外膜細胞が分泌する心筋再生を誘導する分子であることを突き止める。このリコンビナント分子を大腸菌に作らせ、これをマトリックスに加えて心臓に貼ると、心筋再生を促すことができる。また試験管内の実験系でもリコンビナントFSTL1は心筋の増殖を誘導する。最後に、ヒトの心臓に近いブタ心筋梗塞モデルでも心筋再生を誘導することができる。これらの全臨床実験の結果を見ると、FSTL1が今後心筋梗塞の急性期を狙った細胞治療に有望な分子であることが結論できる。一方基礎医学的にも面白い分子だ。まず、胎児心臓発生時は心臓全体で発現しているが、大人になると発現が心外膜に限局される。ところが心筋梗塞を起こしてやると、また発現が心筋に移行する。一見理にかなっているように見えるが、大腸菌に作らせて外から加えると強い心筋再生作用が観察できるFSTL1が心筋で発現しているなら、がなぜ心筋は再生できないのかという疑問だ。この研究では、心筋細胞ではFSTL1の糖鎖修飾が行われることで、再生誘導シグナルが失われ、代わりに心筋保護作用が現れるためではないかと結論している。これについてはまだまだ研究が必要だろう。特にこの分子について、心筋再生の起こる動物と、起こらない哺乳動物を比べることは面白いと思う。もし哺乳動物だけで心臓再生作用を抑えるFSTL1分子の糖鎖修飾が起こったなら面白いシナリオがかけるのではないだろうか。期待したい。
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