7月4日:近親交配の影響(7月1日号Nature掲載論文)
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7月4日:近親交配の影響(7月1日号Nature掲載論文)

2015年7月4日
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交配による品種改良経験から、近親交配を続けることは動植物の生存にとって悪い影響があることは理解されてきた。理由として、劣性遺伝する様々な遺伝変異が両方の染色体で揃うホモ接合性の確率が近親交配で上がる結果、子孫が淘汰されるからと考えられてきた。事実、孤立して暮らす小さな集団(例えばアメリカのアーミッシュ)は遺伝病の罹患率が高い。従って、私たち人間も近親交配でゲノム上のホモ接合部分が増えると淘汰されることを繰り返し、現在に至っていると考えられている。今日紹介するのは、ホモ接合性の悪影響を受けやすい性質について調べた我が国も含む236施設が協力した国際共同研究についての論文で7月1日号のNatureに掲載されている。タイトルは「Directional dominance on stature and cognition in diverse human population(多様なヒト集団の体格と認知機能の遺伝的優性性)」だ。これまでホモ接合性の影響の調査は、家族歴を元に行われていた。この研究では、354224人という膨大な数の様々な民族の全ゲノムレベルの一塩基変異(SNP)を調べ、両方の染色体に見つかる同じ由来のホモ接合領域を全てリストし、ホモ接合部位の長さ及び数からホモ接合性を算定し、16種類の形質との相関を調査している。まず民族ごとにホモ接合性を調べると、長さと数は相関し、予想通りアーミッシュや、シチリアの村のように他の社会から孤立して生きてきた集団はホモ接合性が高い。一方、私には意外だったが、アフリカ人は多様性が高く、ホモ接合部位が低いことがわかる。さて、この調査から明らかになった形質との相関だが、1)背の高さ、2)呼吸機能(1秒率)、3)認知機能、4)教育期間(程度)は、ホモ接合性と逆相関する。すなわち、ホモ接合性が高い人ほど劣る。例えばいとこ同士結婚による子供にみられる程度のホモ接合度に換算すると、身長で1.2cm、教育達成度では、教育を受ける年月が10ヶ月少なくなっている。一方、血圧、血統、血中脂質などは全く相関がない。従って、人間の場合ホモ接合性が高まると体格と知能に悪影響があると結論できる。「なんだ、それだけのことか」と、わかっていたことだが、ゲノム研究が発展し、膨大なデータが集まって来たおかげで、素朴な疑問に真正面から取り組むことができ、人間のことをますます深く理解できるようになっている。このようなデータベースがさらに整備されると、人間についての研究が、実験室だけのものでなくなり、アカデミズムにとらわれない研究が進むような予感がする。
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7月3日:低線量被曝による白血病発症リスク(7月号Lancet Hematology掲載論文)

2015年7月3日
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放射線がDNAを切断することで突然変異を誘発することは、疑いようのない科学的事実だ。とすると、放射線を浴びると遺伝子の変異が引き起こされ、一定の確率でガンが発生することも間違いがない。事実、広島、長崎の被曝者の追跡調査で、被曝後数年して白血病発症数の増加が見られている。問題は、原爆のような大規模被曝ではなく、低線量を長期にわたって浴び続ける影響だ。我が国のデータは手元にないが、一般のアメリカ人は1年間に6ミリシーベルトの放射線を浴び(2006年調査)、そのうち半分が医療による被曝だ。低線量の場合、身体に備わった放射線修復機構、組織の複雑さなどから単純に被曝量に比例しない。また、人間のように生活習慣が多様な場合、その差による要因も大きく作用する。そのため、長期低線量被曝により発がんの危険性が上がるかどうか常に議論になってきた。実際2007年に発表された原子力施設で働く労働者40万人についての15カ国共同追跡調査では、肺がんと、骨髄腫に弱い相関が見られるだけという結果だった。今日紹介する論文はこの調査の延長でフランス、イギリス、アメリカに絞りより長期の追跡を行った結果で、The Lancet Hematology7月号に掲載された。タイトルは「Ionizing radiation and risk of death from leukemia and lymphoma in radiation-monitored workers ( INWORKS) an international cohort study (被曝量が記録された労働者の白血病とリンパ腫の発症リスク:国際コホート研究)」だ。この研究では原子力施設で働き毎日の被曝量が計測・記録された労働者30万人を平均で27年追跡しており、おそらくこれまで最も長期間の追跡調査だろう。障害被曝量は極めて多様で、0−1200ミリシーベルトと幅がある。平均値で大体16ミリシーベルトだ。対象者のうち531人が白血病(慢性リンパ性白血病は除いてある)で亡くなっており、以前の15カ国共同研究の196人と比べると統計的により正確な推定が可能になっている。結果をまとめると、白血病による死亡と低線量被曝は明確な相関があり、特に慢性骨髄性白血病ではその相関がよりはっきりするという結果だ。この結果から生涯被曝量が200ミリシーベルトを超えると明確な白血病リスクがあると結論できる。重要なのは、それより低い線量でも危険性があることで、わかりやすく言うとばらつきは大きくなるが、危険はあるということだ。他の生活要因の差を見ているだけではないかという可能性もあるが、今回算定された相関は喫煙との相関よりは高い相関があるようだ。要するに、調べる母数を増やし、長期間追跡すれば被曝のリスクは統計学的にも検出されるという結果で、物理学的にも当然の結果だろう。また、被曝者追跡調査の結果とも一致する。このことを頭に入れて各人が放射線検査を受けるかどうか判断すればいい。私はこれを理解した上で、これからも低線量CTを検診で受けようと思っているし、この歳になれば少々被曝しても問題ないと思っている。ただ、自分の頭で考えられない子供達、そして何よりも生活の場が汚染されてしまった福島やチェルノブイリの人たちは、リスクを強いられているのだということを忘れてはならない。住み続けるにせよ移住するにせよ、できる限り自分でリスクが取れるように情報を提供する努力をするのが科学の唯一行えることだろう。この問題に関して安全と危険のどこかに線を引く議論だけは避けるべきだと思う。もう一つ驚くのは、この研究をフランスのアレバ社が助成していることだ。アレバ社は世界最大の原子力産業複合体だ、その会社が助成した研究が、被曝のリスクを認める論文を書いたことになる。我が国で言えば、東電や日本たばこが放射線や喫煙リスクについて認める論文を助成するようなものだ。これが大人の企業コンプライアンスと言っていいだろう。我が国の状況は把握していないが、政府任せでなく、是非企業も同じように長期のリスク算定を支援して欲しい。特に福島では、内部被曝の問題もある。30年以上誰が追跡するのか、明確な責任体制を国民に見えるようにして欲しい。
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7月2日:麻酔薬ケタミンがうつ病に効くメカニズム(6月30日号米国アカデミー紀要掲載論文)

2015年7月2日
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今年1月8日号のNatureにRave drug tested against depression (うつ病に試された期待の薬剤)というタイトルのレポートが掲載された。内容は、Murroughらが2013年American Journal of Psychiatryに発表した、グルタミン酸受容体拮抗剤ケタミンが他の薬剤が効かないうつ病症状を改善するという画期的な論文により、ケタミンがうつ病治療の切り札として注目を集め、長期経過を確かめることなく特効薬として利用され始めている状況についてのレポートが出ていた。うつ病は我が国でも罹患率が高く、患者さんが自殺する危険といつも隣り合わせだ。ケタミン注射後24時間で症状が改善するなら、ケタミンの副作用には目をつぶって使ってみたいと思う気持ちはわかる。レポートでは、製薬会社も久々の大型新薬として開発にしのぎを削り始めたことも紹介されていた。ただ、即効性の麻薬として利用されるケタミンがなぜうつ病を長期間抑制できるのかなど、理解できない点も多い。今日紹介するエール大学からの論文はラットを用いてケタミンが下辺縁皮質神経細胞を興奮させることで、脳回路を変化させうつ病症状を抑制することを示すタイムリーな研究で6月30日号の米国アカデミー紀要に掲載された。タイトルは「Optogenetic stimulation of infralimbic PFC reproduces ketamine&s rapid and sustained antidepressant action (光遺伝学による下辺縁皮質の刺激はケタミンの即効性で長期間の作用を再現できる)」だ。この研究はうつ病に関わる下辺縁皮質領域(IF)がケタミンの効果の標的であると狙いをつけ、まずこの領域の神経細胞を抑制してケタミンの効果を調べると、期待通りラットうつ病モデルに対するケタミンの効果がなくなる。領域が特定できると様々な実験が可能で、ケタミンの効果が領域内の神経興奮と相関していることを確かめた後、最期にIF領域の神経を光遺伝学的に興奮させればうつ病を抑えられるかを検討している。すると、片方だけの刺激でも、両方の刺激でも、IF領域の細胞を興奮させると急速に症状は改善し、2週間以上にわたって抗うつ効果が続くことを確認している。さらに、昨日も紹介した神経接合に関わるスパインがケタミン投与で著明に増加することがこの効果に関わることも示している。すなわち、ケタミンによるグルタミン酸受容体の抑制は、結局IF領域の神経細胞興奮を誘導し、その結果神経軸索のスパインが増えることで、神経接合が亢進し、長期の抗うつ効果が発揮されるという結果だ。この結果を受けて、この部位の神経細胞をより選択的に興奮させる薬剤の探索が加速するだろう。重要な結果だと思う。しかし、そんな薬剤が開発されるには時間がかかるだろう。それまでは、自殺の危険性が高い場合に限って、ケタミンを患者さんに投与するのもいいのではないかと個人的には思っている。いずれにせよ、新薬開発にしのぎを削るだけでなく、ケタミンの長期的副作用などについても早期に結論を出して欲しいものだ。
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7月1日:生きたマウスの脳神経接合を観察する(Natureオンライン版掲載論文)

2015年7月1日
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科学の進展はいつも新しい方法の開発とセットになっている。例えば免疫学や血液学は2013年に亡くなったHerzenbergらが開発したFACSと呼ばれるセルソーターにより大きく変革した。わたし自身も、臨床医を辞めて基礎研究を始めた時から第一線を退くまでこの技術のお世話になった。脳研究でこれに匹敵するのがDeisserothの光遺伝学だろう。最近の論文を読んでいると、この技術を使わないのは脳科学者ではないという印象すら受ける。この技術を見て個人的に興味を惹かれるのは、両方の技術がスタンフォード大学で開発され、HerzenbergもDeisserothともドイツ語由来の名を持っていることだ。おそらくスタンフォード大学にはこのような伝統が息づいているのだろう。ドイツ語名の方はわたしの深読みかもしれない。Herzenbergは個人的にも親しく、もちろん生粋のユダヤ系アメリカ人だと知っている。とはいえわたしにはZeissやLeicaを生んだ、物を観察するドイツの伝統の血が流れているように思える。前置きが長くなったが、今日紹介するのもスタンフォード大学からの論文で、しかもSchnizerというドイツ語名の研究者が責任著者で、脳内の神経細胞の軸索を生きたまま観察する方法の開発だ。タイトルは「Impermanence of dendritic spines in live adult CA1 hippocampus (CA1海馬の樹状突起スパインは永続的ではない)」だ。海馬は記憶を理解する鍵として最も研究されている領域で、そこでの伝達は神経細胞の樹状突起から飛び出すスパインという細胞突起により担われている。このスパインを生きたマウスの脳内で長期観察するというのがこの研究の目的だ。従来のスパイン研究は、切りだした脳を培養しそれを観察する方法が主流だった。この論文に引用された論文から、組織の深い部位を観察する2光子顕微鏡の開発後は、生きた動物の脳内で観察するための挑戦が進んでいたことがわかる。これらの挑戦の中で、2光子顕微鏡と、直径1ミリのGRINレンズと呼ばれる一種の内視鏡を組み合わせた技術を開発した点がこのグループの売りのようだ。この論文では生きたマウスの海馬の一本の神経樹状突起から出るスパインを22日にわたって観察している。さらに、このマウスを、好奇心を刺激する環境で過ごさせてから、元のケージに戻すなどの行動実験も行える。ただ観察自体は連続ではない。3日おきに観察しているので、同じ細胞を見ているのかどうか検証が必要だ。研究ではまずこの検証が行われている。その上で、刺激的環境に置かれた時や、グルタミン酸受容体の阻害によるスパインの変化を観察して、海馬神経細胞のスパインと新皮質のスパインの動態を比べている。実際には何千ものスパインを計測し、モデリングを元に評価するという作業を行う膨大な研究で、見えないとできないが、見えればそれで済むというものではない。詳細は全て省いて結果をまとめると、スパインの動態は海馬と新皮質で異なり、新皮質のスパインは変化のない安定したスパインと、出たり入ったりする動的なスパインに別れる一方、海馬のスパインは全て動的で安定しないという結果だ。この動態は、海馬がとりあえず記憶を一旦中継させる短期記憶に関わり、新皮質は出入りする不安定な記憶の中から安定した記憶を固定させる過程に関わるというこれまでの考えに合致しており、めでたしめでたしだ。しかしこのような結論より、何と言ってもこの仕事のハイライトは1月近く脳の中の細胞を見続けたことにあるだろう。この技術を核にこれから何が明らかになるのか、楽しみな技術だ。当分スタンフォード大学ドイツクラブの伝統は続くように思える。
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6月30日:タイムリーなコメント2題(6月25日号Nature掲載記事)

2015年6月30日
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NatureやScienceは研究論文を掲載するだけでなく、その時々に重要と考えられる問題について専門家の意見を求めて掲載したり、ミーティングにエディターを参加させ、その紹介記事を掲載している。これら記事は、我が国の政策や文化を、他の国と比較するのに格好の材料になる。今年3月25日ここで紹介したヒト受精卵の遺伝子編集にモラトリアムを呼びかけたNapa会議についてのScienceの記事(http://aasj.jp/news/watch/3113)は、そんな記事の典型だろう。この会議に集まった科学者の結論は「クリスパーテクノロジーを進化させると同時に、世界的な会議を組織化して議論を深める」というものだった。早速これを受けて今年の秋アメリカアカデミーが主催する会議が開かれるようだが、Natureは政治的・文化的対策を最終的に決めるのは科学者でないと警告を発するDaniel Sarewitzの論文を掲載した。誤解を恐れず一言で紹介すると、この人は、科学というイデオロギーを、民主主義社会に位置づけ直すため、ピアツーピア型の解決が可能か模索している人で、我が国の倫理学にはない新しい発想をする人だ。米国アカデミーの会議の呼びかけに対しSarewitzは「Science can’t solve it(科学では解決できない)」というタイトルでコメントを書いている。コメントの要点は、1)米国アカデミーが「クリスパーによる遺伝子編集をいつどこで利用するかは共同体の意思にかかっている」と言いながら「決断をガイドする」と言って、最後は科学者が決めるという態度をとっているのは間違いだ、2)科学者が誰かを代表していることはない(我が国にも、国民のために私は頑張っていると思っている科学者は多いのではないだろうか)。この多様な文化や価値の絡み合った社会での最終意思決定に科学者は参加できない、3)実際、遺伝子組み換えや温暖化などの問題は、欧州など多様な文化が共存する国では議論が決着することはない、4)テクノロジーのリスクについて科学が答えることは本来できず、あたかもそれができるように振舞うことが反科学に火をつける、と論じた後で、ボトムアップ型、コレクティブインテリジェンス型の新しい議論のためのプラットフォームを構築することの重要性を指摘している。その例として、デンマークのThe World Wide Views allianceやNASAのThe Expert and Citizen Assessment of Science and Technologyをあげている。我が国でもクリスパーについて議論すべきだという話が盛り上がってきたようだが、生命倫理に携わる人たちが是非そのために全く新しいプラットフォームを形成する気概を持って会議を主導するぐらいの気持ちを持って欲しい。   同じ号のNatureにもう一つ「Urbanmicrobes unveiled(大都会の細菌叢がベールを脱いだ)」というタイトルで、6月19日ニューヨークアカデミーが主催した「大都会の細菌叢」という1日ミーティングのレポートが掲載されていたのでついでに紹介しておく。と言っても、ニューヨークアカデミーが細菌叢研究者を集めて、ニューヨーク市民がどのような細菌叢と共に暮らしているのかについて議論した以外何も紹介していない。もう少しすれば正式な記録が出ると思うので、1度目を通して紹介しようと思う。ただ、細菌叢という言葉を、ここまで拡げて議論できる頭の柔らかさには驚いた。背景には、バイオテロ対策という衛生局のアクションプランがあるのだろうが、家庭、地下鉄、下水、ネズミやラットなどの動物など大都会の細菌叢のマップを作りたいという壮大な構想がうかがわれる。このような構想を政治家が出すことはない。結局役所の中で知識を蓄積し、将来を議論する中で生まれる構想だが、我が国の役所もこのぐらいの構想力を示せるようになって欲しいと思う。
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6月29日:T−PLL白血病のエピジェネティック治療:臨床治験と臨床研究(6月24日号Science Translational Medicine掲載論文)

2015年6月29日
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成人のT細胞性白血病というと、我が国ではHTLV-1ウイルスによる白血病が真っ先に来るが、それ以外にもT細胞性前リンパ性白血病(T−PLL)と呼ばれる病気が存在する。もともとまれな疾患で大規模治験が難しいため特異的治療法開発は難しく、一般的な抗がん剤も効かなかった。幸い、最近になって慢性リンパ性白血病治療薬として開発された抗CD52抗体アレムツズマブがこの白血病にも効果を示すことがわかり、完全寛解が得られる場合も出てきた。しかし、アレムツズマブだけで根治することはなく、短期間に治療抵抗性が発生することもわかってきた。今日紹介するペンシルバニア大学からの論文はT−PLLのアレムツズマブ治療に、DNA及びヒストンのメチル化阻害剤と、ヒストンの脱アセチル化阻害剤を併用して、細胞のエピジェネティックな状態を変化させると寛解期間が長引くことを示す研究で、Science Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Epigenetic therapy overcome treatment resistance in T cell prolymphocytic leukemia (エピジェネティック治療がT細胞性前リンパ性白血病の治療抵抗性を克服する)」だ。この論文は医師の思いつきをまず臨床的に確かめる典型的研究で、一般臨床紙では医師の裁量によるさじ加減として認めないことも多い。とはいえ、この研究で使われた全ての薬剤はFDAにより認可されており、エピジェネテイック薬として使われたクラドリビン、ボリノスタットはともに白血病治療薬として我が国でも使われている。この研究では、55−77歳のT-PLL患者さん8例にアレムツズマブとクラドリビンとボリノスタットを併用して経過を観察し、併用により生存期間を大きく伸ばすことができることを示している。特に薬剤を中止した後白血病細胞が増えてきた時点で同じ治療を繰り返すことで、寛解を誘導できるという症例報告は、この治療の有効性を示唆している。しかし副作用は当然覚悟しなければならず、1例ではエピジェネティック薬の副作用と思われる脳出血で死亡している。今後、さじ加減を治療プロトコルへと転換させる必要があるが、期待は持てるように思う。もう一つ臨床的な成果として示されたのが、ブレンツキシマブベドチンと呼ばれる抗CD30に微小管阻害剤を組み合わせた複雑な薬剤が、白血病細胞の皮膚浸潤の抑制法に効果があることを示した結果だろう。エピジェネティック薬は特定の遺伝子を標的にするわけではなく、DNAやヒストンのメチル化過程、あるいはヒストンの脱アセチル化を阻害するため、その効果がどの遺伝子に現れるか予想がつかない。この研究では、エピジェネティック薬剤を使った時どの遺伝子に大きな変化が見られるかを調べ、半数の患者さんでCD30発現が大きく上昇することを発見し、この細胞を狙ったブレンツキシマブベドチン投与を行ったところ、治療になかなか反応しなかった白血病細胞により誘導される皮膚病変が大きく改善することを見出した。他にもエピジェネティック薬投与の影響を調べる様々な検査が行われ、白血病細胞で様々な遺伝子発現が変化していることが示されているが、基礎研究としてみても完全とは言えず、結局この論文から学べるのはこの2つの臨床的結果だろう。特に、エピジェネティック薬を用いた時、思いもかけない標的分子がガンに新たに現れるということを頭において、今後患者さんを見ていくことは重要だ。これら薬剤を使用する他の疾患でも是非詳しく調べて欲しいと思う。   医師の裁量による少数例の結果を報告するスタイルは医学の伝統で、重要な発見につながることも多いが、最近は薬の効果を示す論文としては採択されることが少なくなった。しかし昨年12月に紹介したScience論文では悪性黒色腫3例についての治療だったし(http://aasj.jp/news/navigator/navi-news/2585)、また3月15日に紹介したグリオブラストーマの樹状細胞治療に関するNature論文は6例についての研究だった(http://aasj.jp/news/watch/3061)。このように、少数例についての臨床研究を一般のトップジャーナルが掲載する傾向が出てきたように思える。ただ、これまで議論されてきたように医師の裁量を自由に認めることは時代逆行になる危険もある。もう一度医師の裁量に基づく臨床研究の位置付けをしっかり議論しておく時がきたように思う。
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6月28日:リベラルはカフェラテを飲む?社会学の論文を読んでみた(American Journal of Sociology Vol120, No.5 :1473, 2015)

2015年6月28日
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ソーシャルネットを通したネットワーク形成について調べる目的で、American Journal of Sociologyという雑誌に掲載された論文を検索していた時、目的としていた論文と同じ号にコーネル大学からの「Why do liberals drink lattes?(リベラルはなぜラテを飲むのか?)」という論文に出会ってしまった。「出会ってしまった」と書いたのは、タイトルに惹かれて結局読まされる羽目に陥ったからだが、読んでみると面白いというより、こんな話を強引に論文にし、またそれを受け入れている社会学に驚いた。調べてみると、この雑誌は社会学114誌のうちランキングが2位のトップジャーナルらしく、一応社会学を代表していると考えられるのではないだろうか。40ページに近い論文で、この分野の概念が数多く議論され、知識がないとなかなかついていけない。さらに、苦手な数学モデリングまで出てくる論文で、正しく紹介できているかわからないので、論文紹介というより読後感としておこう。   まず「リベラルはなぜラテを飲むのか?」と惹きつけておいて、イントロダクションの最後に、論文はこの謎に直接答えるものでないと言い放つのにも驚いた。とは言っても、この論文の目標は高い。我が国では顕著でないと思うが、アメリカでは思想や政治信条がそのままライフスタイルの差として現れ、異なる考えの人たちがグループを形成し、他から分離してしまっているという状況の原因を探るのが研究の目的だ。研究では大規模調査で聞き出した国民の様々な好み、意見、生活スタイルと、家族歴、教育、収入、そして政治信条などとの相関を調べている。マルコム連鎖解析から、多くのライフスタイルに関する結果からリベラルか保守かという政治信条と強く相関することがまず示される。すなわち個人のライフスタイルと政治信条の相関は、例えば、我が国で言えば尖閣列島問題といったホットな話題にとどまらず、広範な問題に対する意見の差のある集団に分離していることを示している。なぜこのような相関が生まれるのか、教育、家族、収入などいろいろ調べても完全に説明はできず、結局個人が社会と関係することで自然に生まれる分離ではないかと結論している。これを証明(証明にはならないのだが)するため、モデリングを行い、人間が持つ同じ信条を好むという傾向のため、相互作用の中で自然にこの差が増幅され、ライフスタイルに至るまで同化していくのではないかと結論している。そして、これまでの個人レベルの大規模調査の限界を指摘し、背景にある関係性が見えるような調査が必要だと終わっている。率直に言うと、結果より結論が先にある論文に思う。ただ、このままグループが分離し続ければ、いくら共和制のアメリカでも大変なことになるだろう。だからこそ、このような論文が掲載されるのだと思った。翻って我が国を考えると、政治信条と生活スタイルがそれほど強く相関しているようには思えない。大学で講義するとき、自分たちの頃の方が、服装と政治信条が相関していたような気がする。逆に、ソーシャルネットが小さな差を増幅しあって、同じ意見の持つ居心地の差が増幅し、仲良しグループへの分離が加速しているように思える。我が国も、アメリカも、異なる意見がしっかり向き合える社会を維持することの重要性を感じる。そしてそれが国会でないことは確かなようだ。  最後に記載されていた具体的質問についての相関は面白いのでいくつか挙げておく。 1) 民主党、共和党各支持者は自分の子供が違う党の支持者と結婚してほしくないと思っている。 2) リベラルは神に祈ることは少なく、銃の所持率は低い。 3) リベラルは動物も人間と同じ権利を持つと考える。 4)  リベラルの好む音楽は、ニューエージ、ブルース、レゲー、ジャズの順。 5) リベラルはロックは子供にいい影響があると思っており、ライブにも出かける。 6) リベラルは現代美術が子供にも描けるという意見に賛同しない。 7) 保守は今の時代が科学に信頼を置きすぎて宗教に十分敬意を払わないと考えている。リベラルはそうではないが、驚くことに星占いを読むのはリベラルの方が多い。 8) リベラルは好きなら結婚する前から一緒に住めば良いし、また嫌いになったら離婚した方が子供のためにもいいと考えている。 などなどだ。それぞれの意見と照らし合わせて考えたら面白いだろう。ちなみに私はリベラルの方で、音楽以外は全部当たっていた。
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6月27日:ニキビの研究(6月24日号Science Translational Medicine掲載論文)

2015年6月27日
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医師免許は持っていても、私にとって全く利用価値のないものになって久しい。言って見れば、運転免許を持っていても、視力が障害されれば意味がなくなるのと同じだ。とはいえ、仕事がら様々な病気について今も学び、また人に説明したりしている。ところが、当たり前の病気については以外と知らないし、論文を読む機会もない。例えばメラノーマについて知っていても、ホクロの本当の原因について説明せよと言われると困る。今日紹介するUCLAからの論文が扱っているニキビもそうだ。毛根に付属する皮脂腺がニキビ菌(アクネ菌)による炎症を起こしているといえるのが関の山だ。6月24日号に掲載された論文、「Vitamin B12 modulates the transcriptome of the skin microbiota in acne pathogensis(ビタミンB12は皮膚細菌叢の遺伝子発現を変化させニキビ発症に関わる)」は、皮膚常在菌として健常人に存在するアクネ菌がどうして元気な若者の皮脂腺の炎症を起こすのかという最も素朴な疑問から始めている。これに答えるために、ニキビを発症した人と、発症していない人の鼻部毛根に存在する細菌が発現するRNA量を調べ、ニキビ発症の人に特徴的な違いがないか調べている。調べたニキビ患者4例全てで、アクネ菌のビタミンB12産生につながる代謝経路に関わる遺伝子の発現が低下していることを発見した。私は全く知らなかったが、ビタミンB12を服用すると人によってはニキビになることが知られていたようで、この結果は患者のビタミンB12レベルとニキビのビタミンB12レベルに逆相関がある可能性を示している。そこで、健常人にB12を服用させアクネ菌の遺伝子発現を調べると、2週間ほどで予想通りB12合成経路の発現が低下してくる。ただ、この低下が見られるのは10%程度で、このアクネ菌の変化を誘導するホスト側の要因はB12以外にも存在するため、一部の人だけでニキビが発症するという結論だ。ただ、アクネ菌のB12産生の低下がニキビにつながるとは考えにくい。この研究では、ホスト側からB12が供給されると、アクネ菌でグルタミンからB12合成経路に関わる遺伝子発現を調節するオペロンに作用し、B12産生を抑制する一方、その時同じグルタミンから産生される、ニキビの炎症原因になることが知られているポルフィリンの産生が上昇することを突き止めた。繰り返すと、ホストのB12がアクネ菌に作用すると、アクネ菌は自分のB12産生を抑制し、その代わりにポルフィリンを多く分泌することが、B12服用によりニキビができる原因になるという結論だ。これまでニキビというと、抗菌療法が中心だったと思うが、この話が本当なら、自分の体にいいと思っていることが、もう一つの自分細菌叢にひっくり返される例がまた増えたことになる。しかし、当たり前のニキビの話をうまくScience Translational Medicineが掲載する気にさせる論文に仕上げたと感心した。
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6月26日:膵臓癌の早期発見を可能にするエキソゾーム(Natureオンライン版掲載論文)

2015年6月26日
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今月後半立て続けに九大、神戸大の臨床の方々と話す機会があったが、皆さんが一様に驚いているのが、CellやNatureに掲載される人間を扱った研究が増えたことで、れっきとした臨床論文が掲載されることも普通になってきた。この傾向はこれら雑誌の編集方針の変化によるところも大きいだろうが、ゲノムを始め人間を研究するための手段が増えたことも一因だろう。今日紹介するテキサス大学MDアンダーソン癌研究所からの論文もそんな一つで、血中に分泌されるエキソゾームを使った膵臓ガンや乳ガンの早期診断法の開発だ。タイトルは「Glypican-1 identifies cancer exosomes and detects early pancreatic cancer(Glypican-1はガン由来のエクソゾームの検出に利用可能で、膵臓ガンの早期診断を可能にする)」だ。タイトルにあるエキソゾームは細胞から吐き出される膜で囲まれた小胞のことで、神経伝達に関わるシナプス小胞のように細胞間の情報伝達に関わっているのではと盛んに研究が行われている。例えばこのホームページでもガン細胞から吐き出されるエキソゾーム中のマイクロRNAが正常細胞のガン化を促すという恐るべき研究を紹介した(http://aasj.jp/news/navigator/navi-news/2450)。実は今日紹介する論文もこのセンセーショナルな研究を発表した同じグループからの仕事で、論文が扇動的に書かれているのも同じだ。研究は、膜貫通型のヘパラン硫酸プロテオグリカンの一つ、Glypican-1の膵臓ガンや乳ガンでの上昇が、血中を流れるエキソゾームに反映さているのではと狙いをつけて、ガン患者さんと正常人とを比べることから始めている。期待通り、膵臓ガン190例全例、乳ガン32例中20例でGlypican-1陽性のエキソゾームが検出され、一方正常人100例では全く検出されない。驚くべきことに、膵臓ガン患者血清中から取り出したエキソゾーム中に含まれるRNAには膵臓ガン由来と思われる変異型RAS遺伝子が31例で検出できる。このことから、Glypican-1陽性エキソゾームはガン特異的に血中に存在すると結論できる。さらに驚くべきことに、これまで利用されているガンのバイオマーカーでは全く発見できない、膵臓ガンに発展することの多い前癌状態も検出できる。他にも、手術を受けた患者さんではすぐに低下するが、予想通り完全に切除しきれていないこともわかる。術後の低下の程度で患者さんを分けて予後を調べると、低下がはっきりした患者さんの半分以上は40ヶ月生存しており、膵臓ガンとしては画期的な結果だ。最後にガン遺伝子を導入したマウスの発ガン過程を追跡し、まだガンが組織学的にもよくわからない時点からこの方法で検出できることを示している。以前紹介した論文も、今回の論文も扇動的すぎるのではという懸念はあるが、現在もなお膵臓ガンに対する手段が早期発見しかないことを考えると、大きな期待が持てる結果だ。おそらくすでに検査法としての確立、大規模治験も進んでいるだろう。このように、メカニズムは問わず、臨床に重要であればトップジャーナルも飛びつく時代が来ている。
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6月25日:意外な膵臓β細胞増殖因子(6月7日号Cell Metabolism掲載論文)

2015年6月25日
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1型、2型を問わず、糖尿病の治療としてインシュリンを産生する膵臓β細胞を増殖させる方法の開発が現在も続いている。インシュリン分泌を上昇させ、β細胞量を増やすとして最も研究されてきたのが消化管ホルモンGLP-1で、この受容体のアゴニストは2010年前後から我が国でも利用が始まっている。これ以外にも、2年前Doug Melton達によってインシュリン飢餓に陥った肝細胞から分泌されるホルモンベータトロフィンが同定され期待が集まった。メドラインでベータトロフィンと入力すると、44報の論文がリストされ、一見期待は続いているようだ。しかし、2014年、ベータトロフィンがトリグリセリド代謝に関わるホルモンで、β細胞増殖に全く関与しないという論文が報告され、ベータトロフィンという名前はメルトンの勇み足と考えられている。今日紹介するニューヨーク、マウントサイナイ医科大学からの論文もβ細胞増殖因子探索研究の一つだが、もし本当なら明日からでも臨床応用が可能な研究結果で6月7日号のCell Metabolismに掲載されている。タイトルは「Osteoprotegerin and Denosumab stimulate human beta cell proliferation through inhibition of the receptor activator of NFκB ligand pathway (OsteoprotegerinとDenosumabはRANKシグナル経路を抑制してヒトβ細胞の増殖を刺戟する)」だ。GLPやベータトロフィン以外にも、これまでβ細胞増殖を誘導するホルモンとして胎盤由来のラクトゲンが知られている。ただラクトゲンはプロラクチンと同じで、乳腺刺激や多彩な作用があり、膵臓だけを標的にするホルモンとしての利用は難しかった。このグループはラクトゲンがβ細胞増殖を誘導するメカニズムを探索する中で、ラクトゲンによりOsteoprogegerin(OPG)が膵島で発現することを発見した。OPGはもともと破骨細胞の研究から発見されてきた分子で、RANKLとRANK分子の結合を阻害することで破骨細胞分化を抑制する。RANKLに対する抗体薬はアムジェンにより開発され、すでに骨粗鬆症やmyelomaなどに利用されている。意外な分子が浮き上がってきて驚いたと思うが、マウスを用いて本当にOPGがβ細胞増殖を誘導するか調べ、試験管内でも、体の中でもOPGがβ細胞増殖因子として働くことを確認した。また、試験官内でヒトベータ細胞株の増殖も誘導できる。この実験系を用いてOPGが作用するメカニズムを調べると、破骨細胞分化と同じで、RANKL/RANKシグナル経路を阻害する作用を通して、β細胞増殖を誘導している。ここまでくればシメタもので、臨床応用が進んでいるDenosumabがヒトβ細胞増殖を誘導するか調べるだけだ。ヒト膵島をマウスに移植後7日目で1回Denosumabを投与すると、期待通り膵島の増殖を3倍に増強できることを示している。話はこれだけだが、OPGが引っかかってきたおかげで、すでに安全性が確認された薬剤を利用した新しい治験が可能になる。まず、すでに骨粗鬆症でDenosumab投与を受けているヒトのインシュリン産生を調べる必要があるだろう。もちろん抗体治療を一般の2型糖尿病の治療として軽々に行うべきではないと思うが、急性のβ細胞障害や、膵島移植後の増強など様々な利用可能性があるだろう。ベータトロフィンのような勇み足にならず、早期に様々な治験が進むと期待できる。
カテゴリ:論文ウォッチ
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