7月18日 Ki67の機能(7月14日号Nature掲載論文)
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7月18日 Ki67の機能(7月14日号Nature掲載論文)

2016年7月18日
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   増殖している細胞を特異的に特定する方法の一つにKi67に対する抗体を用いた細胞染色がある。細胞生物学だけでなく、ガンの悪性度を図るマーカーとしても多用されている。研究や診断に用いられる抗体の中では、抗Ki67抗体は最もよく使われている抗体の一つだろう。
   ところが、これまでの研究にもかかわらずKi67が細胞分裂期に何をしているのか明確に示した研究はなかった。今日紹介するウィーンにあるバイオセンターからの論文は、ついにKi67の機能を突き止めたという論文で7月14日号のNatureに掲載された。タイトルは「Ki-67 acts as a biological surfactant to disperse mitotic chromosomes (Ki67は分裂期染色体の分離に生物学的表面活性剤として働く)」だ。
  この研究の本来の目的はKi67分子の機能を明らかにすることではなく、分裂期に核膜が壊れた後、多数の染色体がからみ合わずに他の染色体から分離されるメカニズムを明らかにすることで、このためにAuroraBによってリン酸化を受けたヒストンH3Bを可視化し、分裂期の細胞をビデオで追跡できる実験系を構築している。次に、この系でノックダウンすると染色体の分離に異常が起こる遺伝子をsiRNA法でスクリーニング、検討した1300近い分子の中で唯一異常をおこしたのがKi67だった。
   その後この分子の機能を、分裂期の各段階で調べ、Ki67が染色体の絡まりを防ぎ、一本一本分離する過程に関わることを突き止める。
  分子の作用する過程を明らかにした後は、この過程でKi67と相互作用する様々な分子を特定する実験に進む。通常この目的で、Ki67を完全欠損し染色体が分離できなくなった細胞に、様々な部分を欠損させたKi67遺伝子を導入して、正常化のためにどの部分が必要かを特定する。
   この実験により普通はKi67の機能ドメインが特定され、相互作用する分子が特定できるのだが、結果は驚くべきもので、染色体と結合する部分と荷電したタンパクが存在して両親媒性の性質さえ存在すれば、特定の部分がなくても機能を発揮できるということが分かった。これを確かめるため、同じように両親媒性を持つコアヒストンを用いてKi67欠損を正常化できるか調べ、Ki67でなくとも両親媒性を持つ分子を大量に発現させれば染色体が分離することを確認している。
   以上の結果から、Ki67の機能は、形成されつつある染色体をコートして界面活性剤として働くことで、染色体同士を反発させ、絡み合いを防いでいると結論している。すなわち、この反発作用は磁石と同じで、染色体全体の荷電量が重要で、Ki67は他のタンパクと比べると最も効率の良い構造をしていることがわかる。
   ちょっと驚きの結果だが、分裂期に大量に必要とされる分子だったために、最適のマーカーになっていたことが納得できた。
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7月17日:マイノリティーへの眼差し:区別と融合の両立(7月14日The New England Journal of Medicine 、7月9日The Lancet、掲載論文)

2016年7月17日
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   アメリカのオバマ大統領は、欧米各国が進めてきたマイノリティーに対する差別との戦いの象徴だったと思っている。同じように、英国のロンドン市長パキスタン系移民2世、またドイツの緑の党(同盟90/緑の党)の党首にトルコ系移民2世が選ばれているのを見ると、この傾向が着実に進んできたように思える。とはいえ、差別克服には自然感情を超える理性が必要だ。そのため、トランプ現象に見られるように、この努力はあっという間にポピュリズムに飲み込まれる。こんな時こそ、社会の理想とは何かを常に指し示そうとする努力は重要だ。
   その意味で、The New England Journal of MedicineとThe Lancetに掲載された、それぞれボストン小児病院のShuster氏らの意見と、メルボルン大学を中心とする国際研究チームの論文は、考えさせることの多い論文だった。   Shuster氏らの論文のタイトルは「Beyond bathrooms –Meeting the health needs of transgender people (トイレ問題を超えて〜トランスジェンダーの人々の健康ニーズに答えるために)」だ。
  昨年の5月、アメリカ最高裁で同性婚を認める画期的判決が出された。その時の判決文の格調の高さはアメリカが理想を求める国であることを明瞭に示している。(「No union is more profound than marriage, for it embodies the highest ideals of love, fidelity, devotion, sacrifice and family (結婚より深いつながりはない。なぜなら結婚には愛、信頼、献身、犠牲、そして家族のもっとも高い理想が実現している)(拙訳)」)。
  とはいえ、トランスジェンダーが社会に融合するには、トランスジェンダー以外の人間が理性で差別を克服することが必要になる。アメリカでは、トランスジェンダーの希望する側のトイレを使用させていいのか議論が進んでいる。事実、トイレの利用がトランスジェンダーが暴行を受ける最も多い原因になっている。さらに、学校でのトランスジェンダーの問題はもっと深刻で、イジメを避けるため我慢して尿道炎になったり、水を飲むのを我慢して脱水になったりする子どもがいるようだ。アメリカでは国を挙げてこの問題に取り組み、12の州政府が、この対策が適切でないと学校長を相手に訴訟を起こしているらしい。また、トップ500社のうちトランスジェンダーを認める企業が、2002年には15社しかなかったのが、現在では375社に達している。
   トランプ大統領が選ばれれば、これらの努力は水泡に帰すのではと懸念するが、それでも官民あげて理性でマイノリティーを受け入れるアメリカの努力は我が国のずっと先を言っていることを知る必要がある。
  この論文は、医師や医学者に対し、トランスジェンダーに対する準備を呼びかけるとともに、心や体についての研究を加速する必要を訴えている。実際、アメリカでさえトランスジェンダーの19%が診療を拒否され、28%がハラスメントを受けていると感じている。したがって、医療従事者がトランスジェンダーを知り、病院を変えることが必要になる。例えば、患者さんを呼ぶときMr/Ms、あるいはHe/Sheを使い分けることの重要性から、性転換手術後子宮頸部が残存することも考慮して、ガン検診を行うことまで、患者さんの側に立つ医療を徹底するため、理性に基づく徹底的な自己努力が必要だと説いている。そして、トランスジェンダーが、いつか右利き左利きの区別と同じように扱われる社会を目指すべきだと理想を指し示している。
   次の大統領選挙でもアメリカがこの理想を守り通すことを期待している。
   とはいえ、マイノリティーと社会を完全に融合する政策だけでは、マイノリティーの問題の最終解決にならない可能性を議論したのが次に紹介するThe Lancet論文で、タイトルは「Indigenous and tribal peoples’health: a population study(原住民、部族民の健康)」だ。
   2015年国連が理想として掲げた17の解決すべきゴールには、貧困、栄養、健康、教育、そして国内での格差問題が含まれる。この理想がどのように解決されているのか調べる一つの指標に、各国が抱える先住民、部族民の置かれた状況がある。先住民は例えばアメリカ、カナダのような高所得国のイヌイットから、パキスタンのような低所得国の遊牧民まで、ほとんどの国が抱える問題だ。もちろんわが国でもアイヌは私たちの子供の頃は重要な問題になっていた。
   この研究では、国際チームが組まれて、23カ国、28の先住民について、平均寿命、幼児死亡率、新生児体重などの健康指標を調べ膨大なデータを示している。長くなるので詳細は省き結論を述べると、「予想通り、先住民は所得を問わずほとんどの国に存在し、高所得国でさえもその健康状態は一般の国民と比べ劣っている。ただ、状況は国によってバラバラで、各国独自の取り組みが必要だ」になる。
   膨大なデータの中で私が個人的に気になったのが、北欧各国に住む原住民のケースだ。これらの国では、当然先住民を差別することがないよう、完全に融合政策が徹底している。例えばスウェーデンのサーミ族が住む地域でさえ、その割合は18%程度で、住所も含めて完全融合が進んでいることがわかる。国勢調査でもサーミ族がわかるような調査は行わない。しかし今回サーミ族を区別して調べた調査で、例えば新生児死亡率は、明らかに一般国民より悪いことが明らかになった。以上のことから、差別を撤廃して完全に融合することだけがゴールではなく、マイノリティー自身の協力のもと、特別の政策をとることの重要性も示唆している。
   このように、マイノリティー問題は、マイノリティーが見えなくなればいい話ではない。特に医療はこの問題を避けることはできない。これらの論文を読むと、医師や医学研究者は、高い知識を持つだけでなく、高い理想を掲げるべき仕事であることを強調しており、両方の雑誌の良心が伝わって来る。トランプ旋風の最中にこそ紹介したいと思った。
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7月16日 Cloche(釣鐘)変異(7月14日号Nature掲載論文)

2016年7月16日
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    血液は血管と同じ前駆細胞から発生してくる。このため血液の発生の研究は、血管発生とオーバーラップする。私たちも、熊本大学から京都大学に移った頃から血管が研究対象に入ってきた。幸いSmavkalov君,片岡君、田中君たちのおかげで、自分では納得できる独自の発生のシナリオが描けて現役を終えることができたが、唯一心残りは私たちのシナリオと、Clocheと呼ばれるゼブラフィッシュの突然変異の関係を説明できなかったことだ。
   ゼブラフィッシュのCloche突然変異は、血液と血管ともに完全に欠損していることから、中胚葉が血管血液系列へ分化する時のスウィッチになると考えられ、この分野の研究者はその遺伝子クローニングを首を長くして待っていた。事実、京都で血液と血管共通の前駆細胞の研究を始めた時、cloche変異は常に頭の中心にあった。それから私が現役を辞めるまでの20年以上、一度中国のグループがクローニングに成功したという勇み足の論文を発表した以外、この遺伝子はずっと幻のまま現在に至っていた。
   今日紹介するドイツ バート・ナウハイム・マックスプランク心肺研究所の論文は、Cloche突然変異の本体を明らかにした、この分野の画期的な研究で7月14日号のNatureに掲載された。タイトルは「Cloche is a bHLH-Pas transcription factor that drives hemato-vascular specification(Clocheは血液血管への分化を誘導するbHLH-Pas転写因子)」だ。
   この研究を行ったStanierはゼブラフィッシュを用いた血管研究を常にリードし続けている研究者で、最近このマックスプランク研究所に移ってきた。この研究所は、亡くなったWerner Risauのグループが多くの業績をあげたこの分野の重要な研究所だったが、最近は低調で、この再生プログラムの目玉としてStanierをリクルートしているが、その成果が早くも出たというところだろう。
   研究のほとんどは、Cloche遺伝子特定の苦労話だ。突然変異の誘導、掛け合わせによる遺伝子マッピング、遺伝子発現データの組み合わせなどを経て、幾つかの候補を特定し、最終的にCloche突然変異体を正常化できるかを指標にして、bHLH-pas(npas4)転写因子に行き着いている。もともとテロメア近くにある遺伝子は特定が難しいが、大変な努力を傾注していることがよくわかる。Congratulation.
  論文を読んで、今回はもう間違いがないことを確信する。
機能については、血液血管発生を決定するEtv2,Tal1より早く発現すること、また強制発現させるとEtv2の発現が上昇することなどを示して、血液血管前駆細胞分化のスウィッチであることを示している。
  私たちはマウスの系でEtv2が中心として働くシナリオを提案したが、Etv2をClocheが誘導すると考えれば話はつながる。ただ、マウスでnpas4をノックアウトしても発生は正常に進み、現在この分子は脳記憶との関連で盛んに研究されている。Stanierは同じファミリー分子ARHが補償しているのではないかと示唆しているが、よくわからない。ゼブラフィッシュとマウスの中胚葉分化がもともと違っているのか、あるいはマウスではスウィッチが複雑化しているのか、今後研究が必要だろう。これも時間の問題だろう。    一つの時代が終わった気がする。
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7月15日:科学の衣をまとったスポーツドリンクに潜む危険(7月24日号British Dental Journal 掲載論文)

2016年7月15日
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   医学雑誌には、医師向けというより、一般の方に読んでもらったほうがいいと思える論文や意見が載せられることが多い。このような論文を紹介するのは一般メディアの役目だが、企業批判に直結する論文も多く、紹介されることは少ない。当然SNSの役割は重要だ。その意味で、一般の人にもわかりやすい医学論文紹介の最後はスポーツドリンクに潜む危険の問題を取り上げる。
      普通の食品や飲み物に、極めて限定された実験データを加えて科学の衣を着せて、「科学」の部分を切り売りするトクホや機能性食品が我が国では溢れかえっている。このような「食品+小さな科学」に惹かれるのは決して日本人だけではない。欧米でもっともポピュラーな「科学食品」の一つがスポーツドリンクだ。
  いつ頃スポーツドリンクが私たちの生活に入ってきたのか記憶はないが、私もランニングやウォーキングの際飲むこともあったし、問題があるとはあまり感じなかった。
   ところが2012年The British Medical Journal に掲載された、スポーツドリンクの様々な危険性を指摘するDeborah Cohenさんの記事「Cohen, Truth about sports drinks (スポーツドリンクの真実)」BMJ」(2012;345:e4737 doi: 10.1136/bmj.e4737 ) は衝撃的で、スポーツドリンクに対する私の見方を完全に変えた。
   この記事を紹介するのが今日の目的ではないので、要点だけ手短に紹介すると、次の2点になる。
   まずスポーツドリンクに科学性を付与するため、企業がなりふり構わず御用学者、専門雑誌、メディア、そしてIOCを含むスポーツ団体を巻き込み、「小さな科学」を武器に脱水にもっとも効果のあるスポーツドリンクというイメージを作り上げセールスを行っている点だ。BMJの調べでは、このような科学的データを提供したほとんどの研究者は多くの助成金をスポーツドリンク販売会社から得ている。
   一方、このようなつながりのない研究者がマラソン選手について行ったThe New England Journal of Medicineに掲載された論文では(N Engl J Med 2005:352:1550-6)、ドリンクの中身ではなく、一番重要な要素は水であることが示され、腎臓機能の研究者も、ドリンク中の電解質は低ナトリウム血症防止に役立たないという論文を発表している(Clin J Am Soc Nephrol2007;2:151-61.)。
このように都合のいい「科学」は金で買えることは、捏造以上にタチが悪いことを私たちは認識すべきだろう。
  今日問題にしたいのはCohenさんが指摘したもう一つの問題だ。すなわち、スポーツのための飲み物をうたいつつ、セールスの標的が一般の少年に向いている問題だ。スポーツドリンクには多くの砂糖が含まれており、さらに悪いことに酸性だ。従って、子供が体にいいと思って飲むと、肥満だけでなく、虫歯の原因になる。
 その後スポーツドリンクについての疫学調査が行われ、多く摂取する少年少女には虫歯や肥満が多いという論文が出されている。

  今日紹介するウェールズ・カーディフ大学公衆衛生学教室からの論文は、では、実際子供たちがどの程度スポーツドリンクを飲んでいるのかを調べた研究で7月24日発行のBritish Dental Journal に掲載されている。タイトルは「A survey of sport drinks consumption among adolescents(青少年のスポーツドリンク消費についての調査)」だ。
   研究では、12−14歳の少年少女にアンケート調査を行っただけの研究だが、青少年にスポーツドリンクが予想以上に浸透しているのがわかる。まず1日500ml以上飲む子供たちが14%に登り、70%近くが週に一回は飲んでいるという。しかもほとんどが、スポーツとは関係なく「おいしい」に加えて、エネルギーや脱水に対する効果があるという小さな科学に惹かれて、自ら小売店やスーパーマーケットで買い求めて飲んでいるという実態を明らかにしている。
  この論文は医学論文なので「歯科医は青少年が虫歯と関連するスポーツドリンクを想像以上に飲んでいることを知るべきだ」という結論で終わっている。しかしこのような論文こそ多くの市民に読んでもらうべき論文だと思う。
  英国売り上げトップのスポーツドリンクLucozadeを販売していた製薬会社グラクソ・スミス・クラインはBMJが追及を始めてから、彼らの製薬会社としての「大きな科学」のイメージが損なわれることを心配してか(?)、ロンドンオリッピックを機に、このブランドを我が国のサントリーに売却している。しかし、論文を読んでいるとBMJも今日紹介したBritish Dental Journalは今後も追及の手を緩める気配はない。
   英国のスーパーマーケットは、すでにカフェインを多く含むエネルギードリンクの少年への販売を自粛している。おそらく、同じ運動がスポーツドリンクにも及んでいくだろう。だからこそ、この論文でも青少年がどこでドリンクを購入するか詳しく調べている。今後もBMJの追及に目が離せない。
 これと比べると我が国は無風状態だが、少子高齢化社会、青少年の健康を優先するなら、議論が始まってほしいと願っている。
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7月14日:休日の救急医療(7月9日The Lancet掲載論文)

2016年7月14日
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   2日目の話題は救急医療体制だ。    我が国の場合、救急医療体制の構築は、それぞれの自治体が計画を策定し、主に開業医が輪番で行う初期救急、入院治療が可能な2次救急、そして高度な救急医療に対応する救命救急センターなどの3次救急のように階層性を設けて対応している。しかしどの自治体も、1年中休みなく、24時間体制で患者を受け入れることができる病院をどう確保するかは常に問題だ。また、計画はできても、それがうまく機能できるのかも問題だ。これまで救急患者のたらい回しなど、様々な問題が指摘されてきたはずだが、ネット検索で調べる限り、計画が機能しているかどうか、病院の体制に立ち入って大規模に検証した調査を見つけることはできなかった。
   今日紹介する英国バーミンガム大学からの論文は、救急体制の検証を行う一つの試みで、臨床では最も権威のあるThe Lancet7月9日号に掲載された。タイトルは「Weekend specialist intensity and admission mortality in acute hospital trusts in England: a cross-sectional study(イングランドの救急病院組合での週末での専門家の数と入院後の死亡率:病院横断的調査)」だ。
   英国は一般医制度など、完全自由診療を制限して医療費増大を抑える代わりに、医療の完全無料化、患者登録による予防医療の充実など最新の医療をどう平等に提供するかを模索している。この医療行政のもう一つの柱が、重点配置された専門家による救急医療体制の構築だ。この構想は一定の評価を得ているが、週末には患者死亡率が上昇することが指摘されて、専門の医師の配置などまだまだ解決すべき問題があると指摘されてきた。
   この指摘にエビデンスを示して答えるべく、週末に専門家は救急病院に配置されているかの一点に絞って、イングランドの115の救急指定病院、15000人の医師について調査したのがこの研究で、焦点が明確で、行政にもすぐ反映されるいい研究だと思う。
   調査は、2014年6月15日日曜日と、18日水曜日の朝8時から夜8時までの12時間の救急対応で専門家がどのように配置されていたかを、主に聞き取り調査で行うとともに、その時入院した患者の死亡率を比較している。
   結果だが、予想通り日曜日の専門家の配置は全医師の11%で、水曜日の42%と比べると極端に低い。その代わりに、一人の専門家が日曜日は1.7倍過重な労働を行って穴埋めをしているが、それでも患者あたりの専門家の参加は平日の40%程度で止まっている。
   一方、患者の死亡率を調べると日曜日はやはり高い。ただ、この死亡率が専門家の配置によるのかどうか詳しく調べると、明確な関連は見つからない。従って、専門家の配置だけでなく、病院全体の機能がどうしても日曜日は低下すると考えたほうが良いという結果だ。
   この結果を受けて、鉄道などの交通機関と同じで、365日全く同じように機能する病院体制を作るのか、ほとんどの市民のサイクルに合わせた病院を作るのか、これは行政の問題だ。しかし、一般の方にはほとんど知られていないが、医学雑誌を見ると、医師が過重な労働のために燃え尽き症候群に陥る問題についての論文が散見される。したがって、この問題を医師にだけ押し付けるのは間違っていると思う。
   いずれにせよ、焦点を絞ってこのような調査が行われ、多くの病院がそれに協力するのを見ると、あまり根拠のない専門家の意見にだけ頼って医療行政が決まっていく我が国はまだまだ後進国から抜け出せていないと思う。
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7月13日:指しゃぶりとアトピー(Pediatrics8月号掲載予定論文)

2016年7月13日
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   今日から3回、医学雑誌にはこんな調査まで掲載されているのかと驚いた論文を3編紹介しようと思っている。1日目はニュージーランドとカナダのグループが行った、幼児期の指しゃぶり、爪噛み習慣と、成長後のアトピーの頻度を調べた研究でPediatrics8月号に掲載予定だ。タイトルは、「Thumb-sucking, nail-biting, and atopic sensitization, asthma, and hay fever(指しゃぶり、爪噛み、アトピー感作、喘息、そして枯草熱)」だ。
   「指しゃぶりとアトピーの関係」と初めて聞いた読者は「なんと馬鹿な調査が行われているのか」という印象を持つはずだ。しかし、アトピーの原因があまりにも清潔な環境を求める我々の気持ちにあることを知っている私には、特に違和感はない。
    戦後ほとんどの先進国でアトピーの数は増加の一途をたどってきたが、この増加は石鹸の使用量と正比例すると言われている。すなわち、皮膚の防御機構をゴシゴシと洗い流して様々な抗原を体内にわざわざ侵入させているということになる。この考えが間違っていないことは、国立成育医療センターのグループが新生児に保湿オイルを塗り続けることで皮膚の防御層を守り、アトピーを防げることを示した論文でも示されている。
  もう一つアトピー増加の要因になっていると考えられているのが、腸内細菌叢の変化で、寄生虫の感染がアトピーを予防していることは科学的に証明されている。
   このように、清潔な生活を求めれば求めるほど、アトピーが増えているなら、不潔な習慣「指しゃぶりや爪噛み」は、子供をより不潔な環境に慣らしてアトピーを防いでいるのではと考えてもおかしくはない。
   研究ではニュージーランドDunedinで生まれたヨーロッパ系の乳児1037人を38歳まで追跡し続けた長期コホート調査で、5歳から11歳まで4回親に聞き取り調査を行い、指しゃぶりや爪噛みなどの習慣についての情報を集めている。アレルギーについては、様々な抗原に対する皮膚反応を13、32歳で調べると同時に、観察期間中に喘息や枯草熱を発症したかどうかを調べている。
  さて結果だが、13歳で皮膚反応テストが実施できた724人についてみると、指しゃぶりなどの「悪癖」のない子供の皮膚反応陽性率は49%に達した一方、「悪癖」を持つ子供は38%にとどまったという結果だ。内訳をみると、指しゃぶりか爪噛みかどちらか片方を持つ場合は40%、両方持つ場合は31%で、「悪癖」を持てば持つほどアトピーにならないという結果だ。同じ傾向は32歳時にも見られるが、有意差は境界領域で、結論としては少年期のアトピー防止に指しゃぶりは効果があるということになる。
   並行して調べられた喘息と枯草熱の発症頻度では、指しゃぶりと爪噛み両方の悪癖を持つ場合のみ、枯草熱の発症が低下しているが、これもアトピーテストほど明確な有意差がない。
   結論としては、期待通り、アトピーの発症に限れば「不潔」と思われる習慣も役に立つという結果だ。
   最近一緒に仕事をしている仲間から、親子のキスは歯周病菌を移植することになるから避けるようになっているという話を聞いた。逆に、スウェーデンの調査では、子供が落としたおしゃぶりをお母さんが舐めてから子供に渡すと、腸内細菌叢の多様性が上がるらしい。歯周病は歯磨きを真面目にやれば防げる。清潔を求めるあまり親子の絆まで不潔と排除してしまうと、とんでもないしっぺ返しがくるように思える。    清潔・不潔をもう一度科学的に見直すべきときがきたように感じている。
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7月12日:T細胞とミトコンドリア(6月30日号Cell掲載論文)

2016年7月12日
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   学生時代から代謝の勉強には熱が入らなかった方だが、最近は生命誕生を考えたり、ミトコンドリア病について理解する必要から、少しずつこの分野にもアレルギーはなくなってきた。こうして得てきた知識の中でも最も驚くのは、細胞内での独立器官ミトコンドリアのダイナミズムだ。2014年10月19日にこのホームページで紹介したが、卵子発生時にミトコンドリアの数はなんと40個以下にまで低下し、そこから増殖し直すことで機能が低下したミトコンドリアをふるいにかけている(http://aasj.jp/news/watch/2311)。
   今日紹介するドイツフライブルグ・マックスプランク免疫・エピジェネティック研究所からの論文は、ミトコンドリアの形態がエフェクターT細胞 (Te)と記憶T細胞(Tm)状態を決めているという研究で6月30日号Cellに掲載されている。タイトルは「Mitochondorial dynamics controls T cell fate through metabolic programming (ミトコンドリアのダイナミズムが代謝プログラムを通してT細胞の運命を決定する)」だ。
   T細胞は抗原刺激後、刺激されるサイトカインに応じてTe,Tmへと分化する。Teは抗原に反応して様々な免疫反応に関わり役目を終えると死ぬが、Tmは次の抗原刺激に備える一種の記憶反応に関わる。この状態変化に、ミトコンドリアを中心にした代謝状態の変化が重要な働きをしていることはこれまでもわかっていた。これは100m競争と長距離走でミトコンドリアの機能が変化するのと同じことで、Teには100m走と同じ状態が求められる。
  この細胞のエネルギー代謝の変化が、ミトコンドリアの形態変化と対応しているという発見がこの研究の発端だ。即ち、Teではミトコンドリアが分裂により小型の形態を維持している。一方、Tmではミトコンドリアが融合して細長い形態を維持している。これはそれなりに面白い発見だが、著者らはさらに進んで、ではこの形態変化自体を刺激にしてTeとTmの状態変化を誘導できないかと考えた。
   実際、ミトコンドリアの融合に必須の分子Opa1遺伝子をノックアウトした細胞ではTmが欠損するが、Teは正常のままだ。次に、ミトコンドリアの分裂を阻害する方法、あるいはOpa1などのミトコンドリア融合を促進する分子を強制発現させる方法を用いてT細胞内のミトコンドリアを融合させると、Te誘導条件でもTmが出現することを明らかにしている。普通ミトコンドリアの変化や代謝は刺激による2次的変化と考えてしまうが、ミトコンドリア代謝自体がT細胞分化を決めることを示したのがこの研究のハイライトだ。
   もちろん詳細な実験により、代謝、ミトコンドリアの形態、T細胞の機能が対応付けられているが、詳細を省いて提案されたシナリオを紹介すると次のようになるだろう。
   ミトコンドリアの分裂が抑制され、融合が進むと、ミトコンドリア膜がタイトになり、電子伝達系が互いに近接することで酸化的リン酸化が高まり、脂肪酸化が高い状態が維持される。この代謝状態が記憶T細胞の状態を誘導するのに十分な条件になる。一方、細胞が活性化されると、ミトコンドリアの分裂が進み、この結果膜が緩むことで、電子伝達系の活性が低下する。これにより、酸化的ブドウ糖分解が進み、速やかなT細胞反応が可能になる。
   おそらくT細胞にとどまらず、幹細胞など様々な系に研究が広がることを予感させる論文だった。   
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7月11日:神経芽腫とlet7(7月6日号Nature掲載論文)

2016年7月11日
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   21世紀に入って、生命科学領域では様々なデータベースが整備され、自分で実験をしなくても、自分の疑問を念頭にデータベースと向き合うだけで様々なことがわかる様になった。これは私の様な年寄りには本当に驚きで、なによりも研究費が不足している時も、データベースを活用するとなんとか研究を続けられる可能性を示している。これを実感したのが、神経堤細胞が増殖する時に発現している分子arid3Bが神経芽腫で強く発現していることをガンのデータベースから見つけた時だ。これには教室の仲間のJaktさんと小林さんの貢献が大きい。現役の最後に病気の発症に関わる分子をほとんど費用をかけず一つ発見できたのは嬉しかった。
   とはいえ、引退後arid3Bとガンを結びつける話はあまり着目されず進展していなかった。ところが論文を読んでいると、最近台湾のグループがlet7-miRNAによりarid3Bが調節され、この経路の異常が発がんに関わる可能性を示す研究を発表して、個人的に注目していた。
   今日紹介するハーバード大学からの論文はlet7とneuroblastomaの関わりを調べた研究で、arid3Bとlet7が結びついたかもしれないと個人的興味で読んだ。タイトルは「Multiple mechanisms disrupt the let-7 microRNA family in neuroblastoma(神経芽腫では複数のメカニズムでlet7マイクロRNAが破壊されている)」だ。
   この研究は様々なタイプの神経芽腫で腫瘍化に関わることがわかっているMYCNを抑制するmiRNA、let7の発現を調べた仕事だ。はっきり言って、研究そのものはそれほど高いレベルでなく、これまである程度知られている現象について、力仕事を展開した印象で、スマートな感覚は全く感じない。
   Let7がMYCNを抑制することはわかっているので、おそらく発端は神経芽腫でも調べてみようか程度で始めたのだろう。
   重要なメッセージがあるとしたら、神経芽腫とlet7の関係は、let7の機能が低下してMYCNが上昇してガンになるという単純な話ではないことを示したのだろう。即ち、let7を抑制するLin28を抑制しても神経芽腫にはなんの影響もない。そこでlet7がなぜMYCN遺伝子が増幅している神経芽腫でうまく働かないのかを調べ、今度はMYCNmRNAそのものがlet7の働きを抑制していることを示している。この結果、let7が抑制している標的mRNAが抑制できなくなり、他のガン遺伝子が上昇するというシナリオだ。嬉しいことにこの標的にarid3Bがリストされており、私の頭の中では話がつながったという実感を得た。
   一方、MYCN遺伝子増幅のない神経芽腫でのlet7の関わりも調べられ、この場合let7をMYCNの転写物が抑制することはない代わりに、遺伝子欠損が高い確率で起こっていることを示している。
   まとめると、let7を様々な方法で抑制することがMYCNをドライバーとする神経芽腫の発生にとって必須であるという結論になり、これだけではちょっと物足りない印象を受けるだろう。
  ただ個人的には、arid3B+MYCNによる神経芽腫と多能性幹細胞の増殖調節というシナリオがlet7を介してより明確になったのではと喜んでいる。
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7月10日:抗がん治療のゲノミックスとインフォーマティックス(7月28日号Cell掲載予定論文)

2016年7月10日
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    まずガン治療の将来を思い描いてみよう。ガンは遺伝すると思っている人も多いが、双生児についてのコホート研究から、遺伝性の高いガンと、環境や生活習慣の影響が多いガンに別れることがわかっている(http://aasj.jp/news/watch/4688)。例えば我が国で罹患率の多い肺がんや直腸癌では遺伝性の貢献は低いため、様々な予防手段を講じることがまず大事だ。
   それでも1/3の人はガンにかかる。そしてガンの背景にはまずゲノムの様々な変化が伴っている。しかも、同じ種類のガンでもゲノムの変化が大きく違うケースも多い。従って、不幸にもガンにかかった場合、そのガンの様々な性質をできるだけ詳しく調べ、その個性に合わせた治療を行うことが望ましい。原理的には、これは可能になってきたが、しかし一人の診断に膨大なコストがかかることになり、一般人の治療としては現実的でない。その代わり、多くのガン細胞について、できるだけ網羅的に性質を調べ、ガンに関わる分子の関わりをパターン化し、このパターンと、抗がん剤の効果を確かめやすいがん細胞株のパターンを対応させて、細胞株の薬剤の反応性から対応するガンの薬剤反応性を予測、ガン治療戦略を立てるための研究が進んでいる。
  今日紹介する英国サンガー研究所を中心にした英・米・蘭・独・西・仏・中の7カ国共同論文はガンの個別医療を実現するための基盤作りを行った研究だ。タイトルは「A landscape of pharmacyogenomic interactions in cancer(ガンの薬剤・ゲノム相互作用の全体像)」で、7月28日発行予定のCellに掲載されている。
   研究では、これまでガンやガンの大規模国際データベースTCGA, ICGCに蓄積されてきたガン細胞のゲノム・遺伝子発現・エピゲノムの結果と、1000種類に及ぶガンの細胞株のゲノミックスデータを比較して、実際のガンとがん細胞株とを対応させた後、ガン細胞株を用いた様々な抗がん剤の効果から、実際のガンに効果のある薬剤を予測できるデータベースを構築している。
   この研究の結果はウェッブサイト(http://www.cancerrxgene.org)に収められているので、最終的には医師が治療戦略を立てるときにこのサイトを参照する様になるのが目的だろう。
   膨大なデータを簡単にまとめると次の様になる。
1) ほとんどのガンは、1000種類のがん細胞株パネルのどれかと対応させられる。
2) 一般的な抗がん剤の効果は、ゲノムより遺伝子発現パターンと相関することが多い。例えばp53欠損とゲムシタビン。
3) いわゆる標的薬は、ドライバー突然変異の特定、遺伝子コピー数の変異、そしてメチレーションの順番で選択の確率と相関する、
4) ドライバー突然変異と薬剤の標的は必ずしも対応せず、例えばスプライシングに関わるU2AFの突然変異はFLT3阻害剤に感受性が高い場合が多い、
などが示されている。
   さらに、実際の臨床でこのデータベースを利用するための示唆について図を用いて示して、臨床応用がこの研究の目的であることを明言している。今後さらにこのデータベースを洗練させ、多くの医師が使える様にして欲しいと思う。
   世界レベルのプレシジョンメディシンの進展の様を見るにつけ、我が国の遅れが目につく。
   小手先の対応ではなく、一般病院で、ガンの患者さんがプレシジョンメディシンを受けられるためにはどうするか、明確な戦略をたて、これを実現しようとする強い意志を持った研究者を集めるところから始める必要がある。急がば回れ。
カテゴリ:論文ウォッチ

7月9日:膵臓癌に対するFAK阻害剤の効果(7月4日Nature Medicineオンライン版掲載論文)

2016年7月9日
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   ガンの治療成績は着実に進歩しているが、膵臓癌だけは何十年もほとんど治療成績の変化が見られず、医学研究をあざ笑っている。しかし論文を読んでいると、医学界も膵臓癌を重要な標的として研究を集中させているように思える。まだまだ前臨床段階なため、治療成績改善につながるところまでには至っていないが、将来は期待できそうだ。
   今日紹介するワシントン大学からの論文はマウス膵臓癌モデルを使った研究ではあるが、現在ある治療法の組み合わせを調べた研究で、比較的臨床に近いところにある研究だと思う。タイトルは「Targeting focal adhesion kinase renders pancreatic cancer responsive to checkpoint immuneotherapy(接着斑キナーゼは膵臓癌のチェックポイント免疫療法の効果をあげる)」だ。
   膵臓癌の特徴の一つはほとんどがras遺伝子の変異をドライバーとしていることで、多様性の面からみれば単純なガンだ。しかしrasに対する標的薬がないため、標的治療の対象にはなって来なかった。6月30日号のNatureには肺がんを対象としてras変異を、MEK阻害剤とFGF阻害剤の組み合わせで抑えられる可能性が報告されており(Manchado et al, Nature 534, 647, 2016)、ひょっとしたら膵臓癌や肺がんの治療を変えるかもしれない。
  もう一つの特徴は、ガンの周りの間質反応が強いことだ。ただ、この反応が膵臓癌を助けているのか、あるいは膵臓癌を抑えているのか、相反する意見がある。ただはっきりしているのは、このような間質反応が強いガンほど予後が悪い。
   この研究の発端は、間質反応の強い膵臓癌で細胞がマトリックスと相互作用するときに活性化される接着斑キナーゼ(FAK)が強く発現しているという発見だ。幸い、FAKに対しては阻害剤が存在し、さらに最近の第1相治験でも膵臓癌に対して効果があることが明らかになっている。そこで、マウス膵臓癌モデルを用いて、他の薬剤とFAK阻害剤の組み合わせを試したのがこの研究だ。
   様々な検討を行っている。FAK単独でも、あるいは膵臓癌に最も使われるゲムシタビンと組み合わせても、抗腫瘍効果を高める。ただ最終的にこの研究が標的にしているのは、膵臓癌で間質反応が誘導されコラーゲンの沈着が増えると、膵臓癌のFAKが活性化され、その結果分泌される主にCXCL12などのケモカインを介して、ガンの周りの炎症を誘導するが、この炎症ではガンに対する免疫を抑える細胞の浸潤が強く、ガンに対する免疫反応が起こらないという経路だ。要するに、FAKを抑制すれば、ガンに対する免疫を高めることが期待できる。
   結果は期待通りで、FAK抑制剤は間質反応を低下させ、ガンの周りにキラー細胞の浸潤を助ける。また、人工的な抗原を発現したガンを用いた実験で、ガンに対する免疫が高まっていることも観察している。
  最後に、低濃度のゲムシタビン+抗PD1抗体にFAK阻害剤を加える組み合わせでガンが強く抑制できること、またゲムシタビンを使わず、FAK阻害剤と抗PD1抗体+抗CTLA4抗体という最強免疫組み合わせでも、効果が上昇することを示している。ただ、どちらの治療も完全に治る割合はまだ低い。これは免疫療法の宿命で、ガン抗原ワクチンなどによる免疫を成立させることが今後の課題になる。
  これは動物を用いた前臨床研究でヒトに応用するにはまだ時間がかかるだろう。しかしやる気になれば明日からでも治験を始められる治療の組み合わせだ。ただ、これほど高価な、しかも異なる会社から提供されている薬剤を組み合わせる治験をどの体制でやればいいのか、難しい問題が残ってしまった。国の支援が必要な分野だと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ
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