Cosmic convergence:中性子星の衝突
1億3000万光年離れた宇宙で、2個の超高密度の中性子星が合体する過程で発生した重力波を含む様々なシグナルが、多くの天文学者の協力で観察されたことが、今年最大のニュースに選ばれている。
2016年のニュースも重力波の検出だが、これはブラックホール合体による重力波で、後には何も残っていない。一方、中性子星の合体過程での重力波は衝突による破片を他の方法でも捉えることができるため、世界中の天文台が前代未聞の規模でリレー研究を行った。
最初はフランス・イタリアが設置した重力波検出装置だった。このチームからの連絡を受けて、衛星の観測器がこの過程で出てきたガンマ線をもとに、場所を特定する。その後多くの天文学者が一斉にこのイベントの観察を始め、まず光学望遠鏡と赤外線望遠鏡を使って、そして最後は多くの電波望遠鏡が参加して、このスペクタクルのいわばリレー観察が行われる。今後、集まったデータの解析が進めば、さらに世紀の大発見が生まれる可能性があると期待されている。また今回示された重力波検出に始まるリレー観察体制は、銀河衝突や、中性子星とブラックホールの衝突などにも役に立つと期待されている。(この要約は、元の文章を訳し、まとめているだけで、理解については責任が持てないことを告白しておく)
この発見以外の残りの9ブレークスルーはほぼ同列として扱われている。記載されている順に紹介しておこう。
A new great ape species:新しい類人猿種の発見
これまで類人猿は、オラウータン、ゴリラ、ボノボ、チンパンジーの4種類だったが、インドネシアスマトラ島でDNA、解剖学、生態学的にはっきり他の種と区別できる新しいオラウータンの種が発見された。ゲノム解析から、340万年前に現在のオラウータンから分岐したが、最終的な種分化は68万年前と推定されている。現在800個体に減少しており、保護政策が求められる。
Life at the atomic level: クライオ顕微鏡による分子構造解析の進展。
今年のノーベル化学賞はクライオ顕微鏡開発に与えられたが、この技術の核はハードの開発より、多くの分子の画像を集めて一つの画像にまとめる計算技術の発展に負うところが大きい。この技術を用いて、RNAスプライシングに関わるタンパク質複合体、アルツハイマー病で蓄積するプラーク、遺伝子編集過程に関わるタンパク質の構造など、他の技術では難しいタンパク質構造解析が、今年も進んだ。
Biology preprints take off: 出版前の論文の公表
発表前のドラフトの段階で論文内容をシェアすることは、物理学や数学では当たり前になっていたが、生物学では反対も多く、4年前にこれを目指したbioRxivはなかなか受け入れられなかった。今年に入って多くの雑誌が、出版前にbioRixivなどへのアップロードを認めるようになり、この動きはついに市民権を得始めた。現在bioRixivにアップロードする論文は全体の1.5%に満たず(物理学では70%)、生命科学研究者の意識改革にはまだ時間がかかると思われるが、それでも間違いなくこの動きは加速している。
Pinpoint gene editing: 一塩基レベルの遺伝子編集。
DNAの2重鎖を切断するCasを用いる遺伝子編集では、一塩基レベルで遺伝子を編集することは難しかった。ハーバード大学のDavid Liuはクリスパーシステムを切断ではなく、2重鎖をほどいて化学的に塩基を修飾することで一塩基レベルの書き換えを可能にした。すでに中国ではこの技術の人胚の遺伝子変種に使えることが示されている。
A cancer drug’s broad swipe:ガン・チェックポイント治療対象の新しい選択法
抗PD-1抗体を用いるチェックポイント治療はずっと昔にブレークスルーに選ばれている。今回ブレークスルーとして評価されたのは、このチェックポイント治療を、特定のガンではなく、特定の遺伝子変異を持つガン全てに適用することがFDAにより認められた点だ。この申請はメルクが、自社の抗PD-1抗体キートゥルーダについて行ったもので、突然変異が急速に蓄積するミスマッチ修復に関わる遺伝子変異を持つガンでは、ガンの起源を問わずこの治療が有効であることを示して認可を得た。今年発表されたジョンホプキンス大学からの論文では、12種類のガンでミスマッチ修復酵素の欠損がある場合、なんと53%の患者さんに効果があることが示されている。チェックポイント治療のメカニズムをちょっと考えれば当然の話で、この論文を読んだ時、本家本元の我が国で、この発想での適用申請が行われていないことにがっかりしたぐらいだ。個人的には、方向性は正しいが、本当にブレークスルーか疑問は残る。
Earth’s atmosphere 2.7 million years ago:270万年前の大気を調べる
今年プリンストン大学とOrono海洋大学は南極の氷のボーリングにより、270万年前に氷結した氷を採掘するのに成功した。この解析から、当時の炭酸ガス濃度は300ppm以下で、現在の400ppmよりはるかに低いことがわかった。今後さらに掘削を進め、500万年前の氷を採掘できると、過去の地球温暖化時代と現在を比べることができ、現在始まっている地球温暖化について理解が深まると期待される。
Deeper roots for homo sapiens: ホモサピエンスの起源の見直し
1961年モロッコの鉱山で発見され、長くネアンデルタール人と分類されてきた骨が、実際にはネアンデルタールと、ホモサピエンスの両方の形態を示し、30万年前のホモサピエンスの骨であることが新しい年代測定技術で確認された。この結果に触発され、モロッコで新たな発掘が行われ、ついに30万年以上前のホモサピエンスの骨が発見された。この結果、アフリカでの人類誕生は少なくとも30万年以上前で、ここから広くアフリカに分布したことが想像される。この結果は、アフリカでのホモサピエンス誕生の歴史の再考を促し、新しいホモサピエンス史が着々と準備されている。
Gene therapy triumph:遺伝子治療の勝利
アデノ随伴ウイルスを用いた遺伝子治療の小規模臨床治験が今年急速に進展した。特に注目を集めたのが、脊髄性筋萎縮症の遺伝子治療で、従来の方法では2年生きるのがやっとだった患者さんの多く(11/12)が生長し、そのうちの一部が歩いたり走ったりする姿が公開された。同じ病気に対し、脊髄注射でウイルスを注入する治療も認可されている。同じように、CAR-T治療も今年FDAにより認可された。今後、希少遺伝子疾患などの治療が続々可能になると期待されている。(このレポートでは触れていないが、どちらの治療もその価格が数千万円レベルに設定され、今後このような治療をどう広めるのか、重大な問題になりつつあり、手放しで喜べない状態ではないかと思う)。
A tiny detector for the shiest particles:小さなニュートリノ検出器
このニュースも専門外で、ただ訳してまとめているだけで、誰か専門の方に解説してもらってほしい。
我が国でニュートリノ検出というと、ノーベル賞の小柴先生のスーパーカミオカンデを思い浮かべるのが普通だ。超大規模検出装置建設の苦労話は何度聞いても面白く、基礎科学振興のシンボルになっている。
このエネルギーの殆どないニュートリノは量子波として振る舞い、他の原子核と相互作用しコヒーレント散乱が起こることが予想されていた。この予想が、今年ついに実験的に証明された。このとき使われたニュートリノ検出器はたったの14kgと小さなもので、ニュートリノ観察法が大きくかわることを示唆している。ただ、ニュートリノのコヒーレント散乱が証明されたことで、ニュートリノも他の物質の観察の邪魔になることがわかり、今計画されている暗黒物質の検出法の見直しが必要になる(ようだ)。
カテゴリ:論文ウォッチ