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1月31日:パーキンソン病のL-ドーパ治療により誘発されるディスキネジアの原因究明(1月23日Cell Reports掲載論文)

2018年1月31日
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パーキンソン病の運動障害のメカニズムは複雑で、ドーパミンの分泌異常のみで説明することは難しい。例えば、先日紹介した立ちすくみでは(http://aasj.jp/news/watch/7912)、無意識に調節される運動に視覚や聴覚を介して方向性を与えることで、大きく改善する。病気が進行してドーパミンの補充療法が必要になった段階で問題になるのが、ドーパミンレベルが回復する際に起こる不随意運動で、線条体へ投射するグルタミン酸作動性の神経が興奮しすぎることによるのではないかと考えられているが、はっきりとわかっていたわけではないようだ。

今日紹介する米国エモリー大学からの論文はアカゲザルのパーキンソンモデルで線条体のグルタミン作動性の神経がディスキネジアの主役であることを突き止めた研究で1月23日号のCell Reportsに掲載された。タイトルは「Glutamatergic tuning of hyperactive striatal projection neurons controls the motor response to dopamine replacement in Parkinsonian primate(パーキンソン病のサルでドーパミン保潤療法により誘導される運動反応を線条体への投射神経の過興奮のグルタミン酸刺激をチューニングすることで調節できる)」だ。

実験はサルで行う大変さはあるが、手法は単純で、MPTPという薬剤を全身投与して黒質細胞を変性させたアカゲザルの被蓋に電極と微量注射装置を挿入し、NMDA型グルタミン酸受容体(NMDAR)抑制剤を局所的に投与した時、線条体投射ニューロン(SPN)がどう反応するか調べている。

期待通り、阻害剤投与によりSPNの興奮は低下し、L-ドーパを投与した時も興奮は安定性を保つことから、ディスキネシアを抑えられることがわかる。同様の効果が、AMPA型グルタミン酸受容体の阻害剤でも見られる。

実際SPNの興奮抑制がディスキネシアを抑えるかを次に調べ、 NMDARやAMPARの阻害剤を局所に投与することで、パーキンソン症状に対するL-Dopaの作用を阻害することなく、ディスキネジアを抑えることができることを示すのに成功している。

最後に同じ阻害剤の全身投与を行い、局所投与と同じ効果が見られることを確認して実験を終えている。

これまでディスキネジアにはアマンタディンという薬剤が処方されているが、この薬剤は様々な受容体に対して効果があり、その中にはNMDARも含まれる。したがって、今回の実験でNMDAR,AMPARが特定されたことで、より特異的な阻害剤によりディスキネジアを抑える可能性が生まれた。しかし、両方の受容体とも、脳の機能に極めて重要で、全身投与を続けるのは問題があるだろう。とすると、先日紹介したような、より局所的な持続投与の技術の開発が待たれる。他にも、SPN内でのAMPAR/NMDARにたいする様々な修飾を標的とする治療法開発も可能かもしれない。臨床までにはまだまだ時間がかかるとは思うが、一歩前進したいい研究だと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

1月30日:AIギャンブラー(1月26日号Science掲載論文)

2018年1月30日
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チェス、将棋、囲碁のように、ルールが明確で、一手一手について評価を下すことが可能な場合に、AIが機械学習を繰り返してプロを凌駕する力をつけてきたのは、数理の苦手な私にもある程度理解できる。しかし、ポーカーのような賭け事となると、何をdeep learningしたらいいのかなど、難しい問題が多いような気がする。もちろん確率のみで勝負したのでは話にならない。自分が悪い手の時、相手の賭け方や態度から手を推察して、必要なら悪い手でも勝負に出て勝つことができないとギャンブラーにはなれないはずだ。この相手の心の読みをAIで本当にできるのか?

昨年初め、カーネギーメロン大学が開発したLibratusと名付けられたAIが、Non-Limit Texas hold’emというポーカーゲームのプロ4人とそれぞれサシで対戦し、4人とも打ち負かしたというニュースが飛び込んできて、AIはギャンブルでも人間以上の能力を持ちうるのかと話題になった。

今日紹介するカーネギーメロン大学からの論文はまさにこのLibratusをどのように設計したのか開示した論文で1月26日号のScienceに掲載された。タイトルは「Superhuman AI for heads-up no-limit poker: Libratus beats top professional(Heads-up no-limit pokerのための超人的AI: Libratus がトッププロを破った)」だ。

と始めたが、私自身の最も苦手な数理分野で、さらにこのポーカーのルールを全く知らないときているので、正しく伝えられるとは思えないことをまず断っておく。

読んでみるとこの遊びは自分の持ち札2枚だけを判断材料に、最初はオープンの札なしに、次に3枚、そして最後に1枚追加のオープンの札を合わせた時、ポーカーのどの組み合わせが出来るか判断し、それぞれの段階で賭けを行い、相手が下りればその時点で、降りなければ最後にコールして勝負を決める。ポーカーの中でも、相手の手を読む要素が多いようにできている。

基本が理解できているわけではないが、Libratusは、オープンの札のない時は確率論に従った大局的な判断で賭けを行い、オープン札が示される3ラウンド目からは相手の可能な手を予想しながら少しでも正しい判断をしようとする局面に対応したアルゴリズムにスイッチする。そして、相手の動きに合わせて、どの時点で確率に基づく大局的判断だけではうまくいかないかを学習することで、判断の精度を上げるようだ。実際には、最初の方のラウンドでの相手の賭け方がAIが学習する最も重要なポイントになっているようで、自分が悪い手の時、そのまま降りるのではなく、相手の手の強さをなんとか判断し、負けていても強気の手を打つことを可能にしている。

詳細を問われるとお手上げなのでこの程度で止めておくが、私の理解が正しければ、今回うまくいったとしても、今後も絶対に勝ち続けられるかちょっと疑問に思う。要するに、自分が悪い手の時に、強気に出る方法を学習しているように思えるので、次の対戦になると、プロも機械の癖を学習できるのではないだろうか。また、ポーカーはもともと一対一のゲームではない。多くの参加者がいる場合に通用するAIを開発して初めてAIギャンブラー開発と言えるだろう。

とはいえ、ギャンブルにまでAIを適用しようとする研究には脱帽だ。というのも、ギャンブルに対応するということは、不確定要素の多い状況での人間の判断について、AIがより的確な判断をするようになるということで、チェスや将棋とは異なり、知能とは異なる人間の精神活動がAIでカバーできることになる。その意味で、この研究は重要だ。ぜひ専門の誰かに、もう少しこの設計の詳細をわかりやすく解説てもらいたいものだ。
カテゴリ:論文ウォッチ

1月29日:脳局所に薬剤を注入するデバイス(1月24日号Science Translational Medicine掲載論文)

2018年1月29日
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脳を操作する技術の開発が進んでいる。現在広く使われる深部刺激に始まり、昨日紹介した経頭蓋電磁波照射や、電流刺激などだ。経頭蓋脳操作に至っては、個人使用のための製品がすでに開発され、記憶を増強したり、あるいは運動機能を高めると宣伝して販売しようとする会社まであるようだ。ただ、これらはすべて物理的刺激で、もう一つの神経興奮を調節する化学物質を用いる方法は、全身投与、あるいは髄液投与に限られてきた。しかし素人でも、局所に薬剤を必要な量投与する一種の微量注射法が開発できれば、当然神経細胞特異性は高まるし、面白い可能性が開けるのにと思う。ただ、物理的刺激と異なり、脳組織への微量注入法の開発はそれほど簡単ではなかったようだ。

今日紹介するマサチューセッツ工科大学からの論文は長期間微量の神経作用物質を注入し続けその効果をモニターする装置の開発で1月24日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Miniaturized neural system for chronic local intracerebral drug delivery(脳内局所への薬剤投与のための小型化神経システム)」だ。

開発されたデバイスは電極と薬剤用注入用の針が組み合わさったもので、針の太さは外径30ミクロン内径20ミクロンという細いものだ。これに既存のマイクロポンプをつないでいる。

読んで感じるのは、要するにハリとポンプという簡単な組み合わせなのにこれまで実現していなかった点だ。開発までの苦労話が描かれるわけではないのでなぜそんなに難しいのか未だによくわからない。いずれにせよ、苦労の果てに(?)プロトタイプを完成させた。

まずこの針をラットに8週間留置し、組織反応が強くないことを確かめ、また期待通り正確にマイクロリットルレベルの薬剤の注入が組織内で可能であることを確認した上で、脳操作が可能か調べる実験に写っている。

まず抑制性GABA作動薬ムッシモールを片方の線条体に投与することで、局所の神経興奮を抑えることができることを確認し、これにより誘導されるラットが一つの方向だけに偏って動くかどうか調べ、期待通り片方の線条体の興奮が抑制されるとラットが円を一方向だけにぐるぐると回り続けることを確認する。

次に猿を用いて、やはりムッシモールで局所の神経興奮をほぼ完全に抑えることができること、またこの作用を人工髄液を用いて洗い流せることを示している。要するに月単位で薬剤を投与することが可能になることを示している。

話はここまでで、繰り返すがこれほどいろんな開発が進む現代、逆にこのような技術の開発ができていなかったのかと驚いた。しかし、この研究のおかげで、局所性が明らかな精神神経疾患の治療、幹細胞刺激因子による神経再生、がん治療など様々な可能性が開けるだろう。期待したい。
カテゴリ:論文ウォッチ

1月28日:ジェスチャーと言葉を統合する領域(Journal of Neuroscienceオンライン版掲載論文)

2018年1月28日
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言語はコミュニケーションのために誕生したと思っている。と言っても、人間特有の高次なコミュニケーションが言語を介してしか出来ないわけではない。おそらく最初は、ジェスチャーが中心だったかもしれない。あるいは、Mithenが提案する、一つの長い音楽的シラブルで相手に意思を伝えていたのかもしれない。実際、自発的な言葉を話す前の赤ちゃんで、同じようにポインティングや長いシラブルの音を使って命令しているのを見ることができる。いずれにせよ、言語は最後の最後に現れるコミュニケーション手段といえるだろう。おそらく言語が誕生して以来現在まで、私たちは言語を話すとき自然にジェチャーを交えるのが当たり前になっている。

話す方は当然このジェスチャーと言葉を自然に脳内で統合されて表現しているが、聞き手の側もそれぞれを独立に受け取るわけではなく、統合されたものとして理解している。相手のジェスチャーと言葉を脳のどこで統合させて理解しているのか、明確ではなかった。今日紹介する英国ハル大学からの論文はこの問題を、経頭蓋脳操作を用いて明らかにしようとした研究でJournal of Neuroscienceオンライン版に掲載された。タイトルは「Transcranial magnetic stimulation over left inferior frontal and posterior temporal cortex disrupts gesture-speech integration(左下前頭皮質及び側頭皮質の経頭蓋磁場刺激によりジェスチャーと言葉の統合が障害される)」だ。

この研究では、ジェスチャーと言葉を別々に収録して、ジェスチャーで表現されている内容と、聞こえる言葉の組み合わせが、一致している場合、意味的に食い違っている場合、そして身振りをしている人と、言葉を発している人の性別が異なっている場合など、様々な組み合わせで被験者に視聴させ、話しているのが女性か、男性かを答えるというややこしい課題を使っている。

もう少し説明しよう。ジェスチャーを見ないで、言葉だけ聞けば、普通男が話しているのか女が話しているのかすぐ判断できる。しかし、これにジェスチャーを同時に見ていると、もし言葉と全く異なる内容だったら、戸惑って判断が遅れる。同じように男の声なのに、女の人のジェスチャーの場合も同じような戸惑いが起こる。

このジェスチャーを見ることで戸惑う状態が、ジェスチャーと言葉を統合している脳領域の機能を抑えると、連合が外れるため戸惑いがなくなるかどうかを調べたのがこの論文だ。

この研究では頭蓋の外から電磁波を照射するTMSを用いて脳の機能を抑制している。結果は期待通りで、左下前頭皮質や側頭皮質に経頭蓋電磁波照射を行った後、この課題を行わせると、ジェスチャーと言葉の意味が食い違っていても戸惑いがなくなる。一方、話している声と、ジェスチャーを行っている体の性別が食い違っている場合は、この領域を抑制しても戸惑いは残る。すなわちジェスチャーと言葉の意味の統合を行っている脳領域を、初めてジェスチャーと言葉を統合する脳領域を特定したと結論している。

実験はこれだけだが、私たちの言語を考えるとき重要な発見だと思うと同時に、非侵襲的脳操作の利用がますます拡大していることを実感する。

ところが、先週Nature Neuroscienceに発表されたチューリッヒ大学からの総説(Polania et al, Studying and modifying brain function with non-invasive brain stimulation(非侵襲的脳刺激による脳機能のの研究と操作)、Nature Neuroscience in press)を読んで、経頭蓋操作研究は、この研究が少し乱暴すぎることも理解したので少し触れておく。

この総説では、電磁波照射、電流による刺激、random noise stimulation、さらにはより深い領域を刺激する方法など、続々非侵襲的脳操作の新しい方法が開発されていることが紹介されている。ただ、個別の神経細胞を刺激するものではないため、様々な機能の神経が固まって存在する脳では、興奮状態をモニターする方法と常に組み合わせて使わないと、操作が期待通り適切に行われたかどうか信頼できないことが多いようだ。すなわち、行動実験と経頭蓋操作だけを組み合わせただけの研究は慎むべきと注意を促している。

まさにこの論文はこの悪い例に当てはまることになり、面白いとはいえ、そのまま鵜呑みにするのは少し待った方が良さそうだ。
カテゴリ:論文ウォッチ

1月26日:超高度に保存されたエンハンサーは機能している(1月25日号Cell掲載論文)

2018年1月27日
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論文の中には、著者だけが盛り上がっていても、読んでいる方がなんとなく拍子抜けする研究がある。例えば、これまでの研究結果は、自然の摂理から考えてもおかしいと疑問を投げかけ、もう一度検討し直すと自然の摂理に合致していたという内容がそうだ。確かに自然の摂理に反している現象があれば、その原因を知りたくなる。しかし、この原因がこれまでの実験が不十分だったからと言われてしまうと、結局残るのは当たり前の結論になる。

今日紹介するローレンス・バークレイ研究所からの論文はこの典型的な例で、読者は盛り上がれない典型に思えたが、1月25日号のCellに掲載された。タイトルは「Ultraconserved enhancers are required for normal development(超高度に保存されたエンハンサーは正常発生に必要)」だ。

実際重要な遺伝子調節領域は進化で保存されていることが普通で、このタイトルを見たとき、何をいまさらと思ってしまう。事実、ゲノムプロジェクトの結果、マウスとヒトでDNA配列がほぼ完全に一致している調節領域が数多く発見された。私自身はこれらの進化で保存された領域は重要なのは当たり前だと思っていた。ところが著者らは、これまでの研究でノックアウトしても、マウスに異常が認められない超保存領域が結構あると問題を持ち出す。

確かに200bpもイントロンが完全に一致しているのに、ノックアウトして何も起こらないのは自然の摂理に反する。ぜひ原因を知りたい。そこで著者らは、Arx遺伝子の前後に存在している4つの超高度に保存された領域をモデルとして取り上げ、これらが遺伝子発現に関わるかどうかを、Arxを発現している終脳の細胞での発現、トランスジェニック作成を用いたプロモーターアッセイ、そしてそれぞれの領域のノックアウトの解析などの手法を用いて詳しく解析している。

あらゆる詳細を省いて結論に行くと、4つの領域は、腹側での発現に関わる2領域と、背側の発現に関わる2領域からなっており、それぞれの領域のノックアウトを組み合わせると、マウスは生まれてくるものの、Arxの発現は強く抑制される。さらにノックアウトマウスも、詳しく見ると例えばコリンアセチルとランスフェラーゼ陽性細胞の消失や、介在神経の減少、さらに体全体の成長の遅れなど、異常が認められる。

結果はこれだけで、だとすると保存程度が高い遺伝子発現調節領域は、脳の発生に機能しているという話になり、全く当たり前の結論で終わる。すなわち、これまでの研究が十分でなかったので、進化のルールに反するように思えるが、よく調べると進化のルールは揺るがないという話で終わる。

正直なところ、なぜこの論文がCellに掲載されたのかよくわからない。実際、なぜこれほど完全な一致がなぜ必要なのかについては何も答えていない。転写研究に用いた手法も超古典的で、3次元の染色体構造を含む、重要な可能性についても全く触れられていない。久しぶりに発生学の論文を読もうかと思って手にしたが、フラストレーションだけが残った。
カテゴリ:論文ウォッチ

1月26日:膵臓癌の発生・進化過程を再構成する(Natureオンライン版掲載論文)

2018年1月26日
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最近膵臓癌で亡くなった星野監督の例を出すまでもなく、この病気はあらゆる医学界の努力を今もあざ笑うかのように多くの人を絶望に落とし続けている。しかし、無力感がどんなに支配しようとも、医学は挑戦をあきらめない。常に新しい切り口を求め、膵臓癌に関する多くの論文が発表され続けている。この結果、間違いなく相手についての知識は増え続けている。

今日紹介するミュンヘン工科大学を中心に集まった多施設からの論文もそんな一つで、ヒトの膵臓癌とマウスの実験膵臓癌を比べながら、ヒトに近いモデルをマウスで再構成することを試みた研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Evolutionary routes and KRAS dosage define pancreastic cancer phenotype(進化経路とKRASの量が膵臓癌の性質を決める)」だ。

タイトルを見た時は、膵臓癌の発展過程などはとっくにわかっているのにと思った。実際、他の癌と比べても、KRASやp53を筆頭に膵臓癌で変化する遺伝子は共通のことが多い。しかし、論文を読むと、それでもこれまで気づかなかったことが多くあることがよくわかった。

この研究では、まずマウス膵臓にKRAS変異を導入して200日ぐらいから発生してくる膵臓癌と人間の膵臓癌を比べ、突然変異の数などでは人間の癌の方がはるかに多いものの、人間と同じような変異のパターンがマウスでも自然に見られることを明らかにしている。すなわち、マウスでも人の癌を再構成する可能性を確認している。

マウスとの共通性を確認した上で、次にマウスモデルを用いてKRASの状態をゲノムレベル、発現レベルなどを総合して検討すると、導入した変異KRASと正常KRASが1:1で発現しているタイプは30%だけで、、KRASの局所増幅が起こっているもの、変異染色体が増幅しているものなど、ほとんどの例でKRASの量が上昇していることを認めている。

同じことは人間の膵臓癌でも認められ、しかも早期の癌から同じような増幅が見られる。そして予想通り、増幅により転移を含むガンの悪性度も上昇する。すなわち、膵臓癌はKRASの増幅とともに悪性化していくことがわかる。

次に、他の遺伝子との組み合わせをマウスで調べ、膵臓癌で見られるMycやYapなどの増幅は、KRASの増幅前から見られることから、変異KRASの下流で活性化される一方、CDKN2aの欠損はKRAS増幅型のみで見られることを発見する。そして、CDKN2a欠損とKRAS増幅の組み合わせが人間のガンでも一致することを確認する。

これ以上詳細は省くが、このようにマウス実験モデルを用いて膵臓癌の進展過程を特定した上で、同じことが人間でも起こっているかを確認する作業を繰り返して、1)KRAS変異、2)CDKN2a欠損、3)KRAS増幅、4)悪性化と他の遺伝子変異蓄積という順番で進むのが、人でもマウスでも最も頻度の高い経路であることを示している。

重要なことは、マウスに様々な変異を加えることで、人間の癌と同じような性質を持った膵臓癌を再構成できることで、実際これまで行われた人の膵臓癌の遺伝子発現や組織像の分類をほぼ再現できる。

話はここまでで、この結果新しい治療戦略が生まれるのかと聞かれると、残念ながらNoだろう。しかし、RAS変異から、CDKN2a欠損と続いて初めて、RASの毒性への抵抗性が生まれ、KRASの増幅が始まるという経路は、今後ヒントになるように思える。というのも、この研究では触れていないが、先日紹介したようにKRASが働くとき2両帯を形成する必要があり、正常KRASがそれを抑制するという新しい研究結果(http://aasj.jp/news/watch/7935)は、KRAS増幅がないと悪性化が始まらないというこの論文の結果と一致する。その意味で、増幅タイプが何種類か存在し、それをマウスで比較的正確に再現できるという今回の論文は、RAS二量体を標的にする治療開発にとって重要な結果だと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

1月25日:他人の痛みを我がことのように感じられるか(Developmental Scienceオンライン掲載論文)

2018年1月25日
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私たちの社会性が成立するためには、他人と自分を区別しつつも、他人も同じように考え、行動するという確信を持つ必要がある。この条件を満たすため、私たちの脳には様々なメカニズムが備わっている。例えば他の個体の行動に反応するミラーニューロンは最も有名な例だが、theory of mind、そしてライプチッヒマックスプランク研究所のトマセロたちが提唱するゴールを共有する能力まで、それを支える多くの神経的相関(neural correlates)を探索していく必要がある。このために、発達期の人間の神経回路の研究は重要だ。(この分野の最近の動向については、JT生命誌研究館ウェッブサイトに一種の制作ノートとして書き溜めたものを集めてあるので、少し難しいが興味のある人は参考にしてほしい:http://www.brh.co.jp/communication/shinka/2017/

今日紹介するワシントン大学からの論文は7ヶ月児が他人の感覚を自分の感覚として再構成し直し共有できることを示す研究でDevelopmental Scienceオンライン版に掲載された。タイトルは「Infant brain responses to felt and observed touch of hands and feet:an MEG study(手と足の感覚を感じ、観察する時の幼児の脳の反応:脳磁図研究)」だ。

この研究は、手を使って物をつかんだりできるようになり、周りの人間を区別するようになる7ヶ月齢の赤ちゃんを使って、2種類の実験を行っている。

最初の実験は、手や足を触った時に興奮する場所を脳磁図で調べている。これまで私たちが持つような体性感覚野が、幼児では明確に認められないと考えられていたようだが、この研究では、大人と同じように手と足に対応する体性感覚野が形成されていることが確認されている。

その上で、触られる経験をした幼児に今度は他の人間の手や足が同じように刺激されている様子をビデオで見せた時に、同じように手や足に対応する体性感覚野が興奮するかどうかを調べている。

他人が刺激されているのを見て感じるという複雑なプロセスでは、様々な脳内領域が興奮する。例えば、視覚野の興奮、視覚と運動の統合にかかわる領域、自己と他人を区別する領域などだ。このため、このままでは体性感覚野の興奮を特定しにくい。この研究では、触られた感覚で生じる時に特徴的なベータ波を拾い出すことで、他人が触られているのを見たときも体性感覚野が興奮することを特定している。

実際には、脳磁図データの数理的処理を徹底的に行っているため、結論ありきという懸念も残るが、この結論が正しいなら、幼児期にすでに、他人への刺激を見ただけで、もう一度自分の体性感覚として再構築する能力があることを示しており、個人的には驚く。もし今回利用された方法の信頼性が確認されれば、他人の感覚を自分の感覚とする能力がいつから生まれるのか、類人猿ではどうなのかなど、言語誕生に至る人間の社会性に必要なneural correlates(神経的相関)として研究が進むと期待できる。
カテゴリ:論文ウォッチ

1月24日:T細胞と樹状細胞の相互作用を記録する(Natureオンライン版掲載論文)

2018年1月24日
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免疫反応の引き金はもちろん抗原だが、抗原に特異的な反応を維持するため、一つの免疫担当細胞上の様々な分子が、相手を変えて複雑な相互作用を行っている。これを研究するためには、セルソーターを用いた特定の分子を発現する細胞の精製と、調べたい遺伝子のノックアウトが最も重要な手法として用いられてきた。

今日紹介するロックフェラー大学からの論文は、免疫担当細胞上の機能分子が相互作用をすると、このイベントを一定期間、細胞上に記録して残しておく方法の開発研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Monitoring T-cell-denderitic cell interactions in vivo by intercellular enzymatic labeling(生体内でのT細胞と樹状細胞の相互作用を細胞間の酵素による標識方でモニターする)」だ。

この研究では黄色ブドウ球菌が発現しているソルターゼAと言うペプチド転移酵素が、LPETGペプチドが存在するとこれをグリシンが5個並んだG5を持つ分子に共有結合させる活性を利用して、分子間の相互作用が起こったかをモニターする方法を開発している。

具体的にはCD40にG5、CD40Lにソルターゼが融合した遺伝子を作成、それぞれの細胞に発現させ、CD40とCD40Lの反応が細胞上で起こるときに、ビオチンなどで標識したLPETGを加えるとCD40側に標識されたペプチドが共有結合して、反応した細胞だけをビオチンを指標に検出する方法だ。

この研究はCD40とCD40Lの反応に焦点を絞って研究しているが、予備実験としてCD80/CD86、CD28/CTLA4,PD1/PD-L1など他の分子にも応用できることを示している。

さて、T細胞が樹状細胞上の抗原により刺激される時、樹状細胞のCD40とT細胞上のCD40Lが相互作用を起こす。この研究で最も重要なポイントは、新しく開発した方法が体内でのT細胞と樹状細胞の相互作用をモニターできるかになる。

CD40-G5を発現してソルテーズで標識できる樹状細胞に抗原をロードし、これを足蹠に注射し、18時間後CD40L-SorAを発現するT細胞を静脈注射する。さらに10時間後やはり足蹠にビオチンかLPETGを注射した後、免疫反応が起こる局所リンパ節にビオチンラベルされた樹状細胞が存在するか調べている。

結果は期待通りで、抗原特異的反応が起こるときのみ、樹状細胞がラベルされ、このラベルはCD40Lに対する抗体を用いるとブロックできる。

前もって樹状細胞に抗原をロードするのではなく、樹状細胞とT細胞を注射した後、抗原を別に注射して反応を起こす方法でも標識が可能で、抗原注射後24時間ぐらいからCD40が標識された樹状細胞が現れ、72時間にピークになることも示している。そしてこの実験系で、最初は抗原特異的にT細胞と樹状細胞が相互作用するときだけに標識できるのが、72時間になると抗原が存在しなくとも樹状細胞のCD40がT細胞のCD40Lと相互作用することも示している。この分野はフォローしていないので、これが新しいことか、既に知られていることかわからないが、分子と分子の相互作用を記録することで今まで気づかれなかった現象が見つかることを強調している。

話はここまでで、なかなか面白い方法だと思う。実際には、同じような試みは行われていたようだが、幾つかの改良を加えて信頼できる方法に仕上げたところがポイントのようだ。ただ、ソルテーズを融合させることで分子自体の機能が変化する心配があるし、標識した側の分子の寿命もこの方法の成否を左右するだろう。もし反応後すぐに細胞内に移行し処理されるような分子は使いにくい。

いずれにせよ、PD1などガンの局所での分子間相互作用に関わる細胞の特定、反応後の細胞の運命の追跡など応用範囲は広そうだ。わざわざ予備実験でCTLA4やPD−1にも使えることを示しており、次の論文はガン免疫現場での細胞記録になるような気がする。
カテゴリ:論文ウォッチ

1月23日PD-L1阻害とTGFβ阻害剤を一体化したM7824への期待(1月17日Science Translational Medicine掲載論文)

2018年1月23日
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何度も繰り返すが、チェックポイント治療の登場でこれまでの治療では達成できなかった長期の寛解が可能になった。しかし現時点では一部のガンを除いて患者さんの2−3割にしか効果がない。これは、癌特異抗原が発現して免疫が誘導されているかどうか明確に予測できないためだが、突然変異が蓄積しやすい腫瘍ほど効果の得られる確率が上がることがわかってきて、癌のバイオマーカーとして利用する可能性が追求されている。他にも、癌組織に免疫反応の痕跡がなども効果予測に使えないか研究が進んでいる。

これらは、効果予測の精度を高める方向の研究だが、これに対し抗体自体の効果を高められないかという方向の研究も進んでいる。特に、癌や、癌抗原を提示する細胞が発現するPD-L1に対する抗体(抗PD-1治療と同等の治療として海外では利用されている)に、免疫システムを強めたり、癌の悪性度を抑えるような分子を結合させ、チェックポイント治療効果を高める試みだ。

今日紹介するメルク傘下セロノリサーチ社からの論文はPD-L1に対する抗体のC末端にTGFβ受容体を結合させることで、動物実験だがガンに対する免疫を著明に高められるという研究で1月17日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Enhanced preclinical antitumor activity of M7824, a bifunctional fusion protein simultaneously targeting PD-L1 and TGFβ(PD-L1阻害と、TGFβ阻害の2種類の機能を持つ融合タンパク質は抗腫瘍効果が亢進している)」だ。

この研究は動物を用いた前臨床研究なのだが、すでに安全性を確認する第1相の治験は終了し、論文になっている。さらに固形癌に対する治験が我が国の九州がんセンターなど15施設が参加して始まろうとしており、患者さんのリクルート中だ。他の国でも、準備が行われている。すなわちこの論文は、患者さんに説明するためには大変役にたつ論文として使える重要なデータになっている。

さて結果だが、まずこの融合抗体がPD-L1と3種類すべてのTGFβを阻害できるという基礎データを示した上で、マウス大腸癌、乳がんなどで抗腫瘍効果を確かめ、長期効果と共に、転移も抑制できることを示している。マウスの実験だが、データは極めて説得力のあるデータだ。

次にガン免疫機能について調べ、キラーT細胞と共にNK活性も高まっていることを示している。詳細を省くが、腫瘍周囲のCD8浸潤の数を見ると、驚くべき効果であることがわかる。さらに都合のいいことに、ガンの周りの線維芽細胞増殖を抑制することができる。また、放射線治療や抗がん剤治療との相性のいいことも示している。これらはすべてTGFβ抑制による結果として説明がつく。

現在、TGFβに対する治療も単独で投与が進められいるが、TGFβ自体が多彩な生物活性を持つため、予想しない副作用などが出るなど道は厳しい。ところが、PD-L1に対する抗体でTGFβ阻害作用が腫瘍周辺に限局されることでTGFβ阻害剤の持つ問題を大きく解決することになるわけだ。

要するに、次世代のチェックポイント治療が始まるぞと高らかに宣言しているような論文だ。しかし治験の結果が出るまでは、前臨床研究でしかない。ゆっくり治験結果を待とう。しかし、この融合タンパク質の値段はいくらになるのだろう?心配だ。
カテゴリ:論文ウォッチ

1月22日抗マラリア剤アルテミシニンが糖尿病治療に役立たない(1月9日号Cell Metabolism掲載論文)

2018年1月22日
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2016年12月9日、論文ウオッチで「抗マラリア剤アルテミシニンはα細胞からインシュリンを作るβ細胞への分化を誘導する」というタイトルで、オーストリア分子医学センターがCellに発表した論文を紹介した(http://aasj.jp/news/watch/6164)。

ArxとPax4が競合的にα細胞、β細胞への分化を調節するという大きな枠の中で、大人になった後も、このバランスを崩すとα細胞をβ細胞へ転換できることを示すとともに、背景のメカニズムを明らかにした大変な論文で、私も高く評価した。しかし、この論文の最も重要なメッセージ抗マラリア剤アルテメーターが糖尿病に効く可能性を否定する論文が発表された。2016年論文のほぼ全否定の論文で、紹介しないわけにはいかない。

同じようにβ細胞の分化を研究しているカリフォルニア大学デービス校からの論文でオーストリアからの論文の全否定研究だ。Cell Metabolism 1月9日号に掲載された。タイトルはズバリ、「Artemether does not turn αcell into β cell(アルテメーターはα細胞をβ細胞へと転換しない)だ。

オーストリアの論文の基本骨子はβ細胞株を用いた研究で、この結果が本当に生体内で起こっていることは、注意深く実験が行われていないというのがこの論文の著者らの見立てだ。これに基づいて、この研究では膵島中の細胞の系列をラベルしたトランスジェニックマウスにアルテメーターを投与した時の効果を調べている。もともとこのグループは、膵島の特別な場所で分化転換が起こることをこのトランスジェニックマウスを用いて研究しており、生体内で分化転換を検出できる。

まずオーストリア論文が示したように、アルテメーターはArxの発現を抑制する。ただ、期待とは異なりこれによりα細胞の分化転換は全く観察できなかった。それどころか、β細胞が不健康な外観を示す像が散見されることに気がついた。そこで、β細胞のアイデンティティー維持に重要な転写因子の発現を調べると多くが低下しており、細胞は死なないものの、機能の維持が難しくなっていることが示唆された。

これは、オーストリア論文でヒトの膵島を用いて行われた実験と真っ向から対立するので、彼らのヒト膵島の遺伝子発現データを再検討すると、実際にはアルテメーター処理でArxの発現ですら変化がないことを示しており、オーストリアのグループが自分のデータすらしっかり見つめていないことを暴いている。

結論的には、アルテメーターがArxを抑制する点では問題がないが、同時に実験に用いられた量ではβ細胞の機能維持に重要な分子も抑制して、最終的にインシュリン分泌を抑制することを示している。かといって、マラリア治療に用いる量ではこのような副作用は起こらず安心できることも示している。

詳細は省くが、この論文に従って前の論文を見直してみると、単一細胞レベルの遺伝子発現データのような確かに解釈するとき注意が必要な手法が用いられており、思い込みで結果が左右される可能性があることがよくわかる。とはいえ、読者の立場でそこまで吟味するのは不可能だろう。その意味で、このような競争は大歓迎だ。現時点では、アルテメーターを糖尿病に利用するのはストップが賢明な判断だと思う。
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