今日紹介するダナファーバーガン研究所からの論文は、変異型rasガン遺伝子のシグナル経路の複雑性とともに、Rasについてまだまだ理解できていないことが多いことを思い知らされる論文で、2月8日発行予定のCellに掲載されている。タイトルは「KRAS dimerization impacts MEK inhibitor sensitivity and concogenic activity of mutant KRAS(KRASの2量体形成がMEK阻害剤感受性と変異型KRASの発がん性に影響を及ぼす)」だ。
この研究は、変異型KEASをドライバーとするガンで、変異のない染色体から正常型のKRASが発現するとガンの増殖力が弱まる、すなわち正常型KRASが変異型KRASの活性阻害因子として働くという現象に注目し、RASの活性化には変異KRAS分子の2量体化が必要ではないかという着想から始まっている。
まずKRASシグナルだけを抜き出して調べるため、KRAS以外のRASファミリー分子が欠損する細胞株を樹立、この細胞で変異型、正常型KRASが共存する細胞と、変異型だけが存在する細胞で増殖能を比べると、確かに正常型KRASが変異型の活性を抑える働きがある。生化学的にもGTP結合RASが上昇し、下流のリン酸化ERKも高まる。
ところが同じ細胞で、KRAS下流で活性化されるMEK阻害剤の効果を調べたところ、今度は正常KRASが存在しているときのほうが阻害剤の効果が落ちる。すなわち正常型KRASと2量体を作ると、変異KRASシグナルが低下するが、逆に下流のMEK経路は阻害剤に抵抗性を持ってしまうという2面性が明らかになった。残念ながら、MEK阻害剤の抵抗性の原因については解析は中途半端で終わっているが、治療を考える上で極めて重要な結果だ。
次に2量体が実際に形成されることでこのシグナル変化が生まれているのかを知るため、構造解析から2量体形成に必要な部位を特定し、この部位を変異させると、正常型のKRASの増殖抑制効果が消失することを確認している。すなわち、変異型KRASは2量体を形成することで活性化するが、正常型が変異型同士の2両体形成を阻害することを明らかにした。また、2量体が形成できないKRASではMEK阻害剤の効果を抑えることもない。
最後に、2量体が形成できない変異型KRASだけが存在する細胞では、下流のMEKの活性化も強く低下していることを明らかにし、下流シグナルの活性化には2量体系性が必須であることも示している。
実験がごちゃごちゃして、筋を追うのに苦労するが、要するに少なくとも変異型KRASの活性化には2量体形成が必須で、これにより下流のMEK経路が活性化されることは明確だ。さらに、2量体形成は、下流のMEK活性化に必須だが、 この活性化された2量体KRASを核として、MEK経路にポジティブ、ネガティブ効果のある複雑な分子複合体が統合され、この複合体の安定性がKRASの組み合わせで微妙に変化するため、一見矛盾するような阻害剤の効果の増減が生まれるというシナリオを提案している。
以上の結果は、まず変異型KRASの2量体形成過程は創薬ターゲットになる可能性があることを示すとともに、KRASが活性化しているからと闇雲にMEK阻害剤を使うことは意味がなく、細胞内に存在するKRASのゲノタイプを詳しく調べて治療戦略を立てることが重要であることを示している。
私は素人でこれまでの研究について把握できていないが、変異型RAS分子の2量体形成の必要性がこの研究で初めて明らかになったと聞いて、これほど研究の厚みのある分子でもわかっていないことがあるのかと驚くとともに、RAS シグナルの奥の深さに感銘すら覚えた。
カテゴリ:論文ウォッチ