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1月22日抗マラリア剤アルテミシニンが糖尿病治療に役立たない(1月9日号Cell Metabolism掲載論文)

2018年1月22日
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2016年12月9日、論文ウオッチで「抗マラリア剤アルテミシニンはα細胞からインシュリンを作るβ細胞への分化を誘導する」というタイトルで、オーストリア分子医学センターがCellに発表した論文を紹介した(http://aasj.jp/news/watch/6164)。

ArxとPax4が競合的にα細胞、β細胞への分化を調節するという大きな枠の中で、大人になった後も、このバランスを崩すとα細胞をβ細胞へ転換できることを示すとともに、背景のメカニズムを明らかにした大変な論文で、私も高く評価した。しかし、この論文の最も重要なメッセージ抗マラリア剤アルテメーターが糖尿病に効く可能性を否定する論文が発表された。2016年論文のほぼ全否定の論文で、紹介しないわけにはいかない。

同じようにβ細胞の分化を研究しているカリフォルニア大学デービス校からの論文でオーストリアからの論文の全否定研究だ。Cell Metabolism 1月9日号に掲載された。タイトルはズバリ、「Artemether does not turn αcell into β cell(アルテメーターはα細胞をβ細胞へと転換しない)だ。

オーストリアの論文の基本骨子はβ細胞株を用いた研究で、この結果が本当に生体内で起こっていることは、注意深く実験が行われていないというのがこの論文の著者らの見立てだ。これに基づいて、この研究では膵島中の細胞の系列をラベルしたトランスジェニックマウスにアルテメーターを投与した時の効果を調べている。もともとこのグループは、膵島の特別な場所で分化転換が起こることをこのトランスジェニックマウスを用いて研究しており、生体内で分化転換を検出できる。

まずオーストリア論文が示したように、アルテメーターはArxの発現を抑制する。ただ、期待とは異なりこれによりα細胞の分化転換は全く観察できなかった。それどころか、β細胞が不健康な外観を示す像が散見されることに気がついた。そこで、β細胞のアイデンティティー維持に重要な転写因子の発現を調べると多くが低下しており、細胞は死なないものの、機能の維持が難しくなっていることが示唆された。

これは、オーストリア論文でヒトの膵島を用いて行われた実験と真っ向から対立するので、彼らのヒト膵島の遺伝子発現データを再検討すると、実際にはアルテメーター処理でArxの発現ですら変化がないことを示しており、オーストリアのグループが自分のデータすらしっかり見つめていないことを暴いている。

結論的には、アルテメーターがArxを抑制する点では問題がないが、同時に実験に用いられた量ではβ細胞の機能維持に重要な分子も抑制して、最終的にインシュリン分泌を抑制することを示している。かといって、マラリア治療に用いる量ではこのような副作用は起こらず安心できることも示している。

詳細は省くが、この論文に従って前の論文を見直してみると、単一細胞レベルの遺伝子発現データのような確かに解釈するとき注意が必要な手法が用いられており、思い込みで結果が左右される可能性があることがよくわかる。とはいえ、読者の立場でそこまで吟味するのは不可能だろう。その意味で、このような競争は大歓迎だ。現時点では、アルテメーターを糖尿病に利用するのはストップが賢明な判断だと思う。
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