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12月23日:脳障害により誘発される犯罪(米国アカデミー紀要オンライン版掲載論文)

2017年12月23日
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亡くなった義理の父が小脳に軽い梗塞発作を起こした後、怒りっぽくなったと周りが気にしていた。同じようなことは多くの人が経験すると思うが、私たちの行動は全て脳の活動により決まることを考えると、当然の話だ。実際には、もっとドラマチックな症例が存在する。鉄パイプが前頭葉に突き刺さって左の腹側正中前頭前皮質(vmPFC)が大きく障害されたあと、それまでは慎しみ深い紳士的性格が一変し、粗野で凶暴な性格に変わってしまったフィネス・ゲージの症例や、扁桃体の視床下部を圧迫する脳腫瘍が発生したあと性格が変わり、ついに母親、妻を含む16人を射殺したチャールズ・ウィットマンの症例は脳科学の本にもよく紹介されている。

今日紹介するバンダービルト大学からの論文は、これまで脳障害が犯罪を誘発したことが明らかな報告例40例をもう一度読み返し、現在進んでいる脳内各領域のネットワークと重ね合わせて犯罪につながる脳ネットワークを特定しようと試みた論文で、米国アカデミー紀要にオンライン掲載された。タイトルは「Lesion network localization of criminal behaviour(犯罪行動の病変とネットワークの局在性)」だ。

何よりも驚くのは、MRI検査が行われている症例報告を見直すことで、ここまで様々な分析ができることだ。
研究では犯罪者の脳イメージング検査を報告した論文を集め、まず脳に障害を受けた後、それまで問題なかった人が犯罪に走った例を17人集めている。これまで、ゲージなどについて書いている本では、犯罪や性格と、特定の脳領域の関係が注目されてきたが、17人集めてみると、障害部位は極めて多様で、特定の部位を犯罪行動と連関させるのは難しい。

著者らは、障害場所は違っていても、それぞれがネットワークされているのではと思いつき、1000人の正常人について脳内の結合性を調べたデータベースを利用して、17人の障害部位を重ね合わせると、ほとんどがゲージが喪失したvmPFCと結合しており、また多くはdmPFC(vmPFCの上方)とも結合していることを突き止めている。

あとは、見えてきたネットワークの性格や行動との関連を調べて、障害領域がつながる領域が、
1) これまで道徳に関わるとして特定されていた、価値判断に関わるネットワークやTheory of Mind(他人が自分と同じように考えているという認識位)のネットワークと深く関わること、
2) 功利主義的、非道徳的行動に関わる回路と、不公正を拒否する道徳的回路の両方に犯罪行動と関わるネットワークは連結しており、功利的or道徳的かの綱引きの最終判断をしていること、
を明らかにしている。 最後に、障害歴と犯罪歴の時間関係がわからないため、最初の解析から除いた23例について、今回明らかになったネットワークにそれぞれの障害領域が重なるかを調べ、障害領域が犯罪行為と関わるネットワークと重なることを確認している。

結果としては理解しやすく、結論先にありきかという印象は強いが、逆にこれまでのデータを掘り起こしてここまでの解析ができるのかと、ビッグデータ時代を感じる。

しかし読んだ後はたと考えると、もしこの話を受け入れて、すべての犯罪者を脳の多様性という枠で捉えるようになれば、犯罪者の何をどう罰すべきか考え直す必要があることに思い至る。自分もほんの小さな障害で、16人の人を殺すかもしれないと想像するなら、脳の多様性を受け入れる社会と懲罰的死刑を受け入れる社会は両立しないことをもう一度考える必要があると思う。
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