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12月10日:禁酒剤ジスルフィラムの抗がん作用のメカニズム(12月6日発行Nature掲載論文)

2017年12月10日
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多くのトップジャーナルでは論文の査読過程で編集者は大きな権限を持っている。このため、編集者が一般向けに面白いと判断した論文は、レフェリーの厳しい意見(おそらく最初は極めてネガティブな)を経ながら、なんとか雑誌の基準を満たすところまで引き上げてもらえる場合がある。その場合は投稿から掲載までに時間がかかる。

今日紹介するチェコPalacky大学、デンマークがん研究センター、そしてカリフォルニア工科大学からの共同研究は、投稿から採択まで2年を要しており、最近話題になっている禁酒剤ジスルフィラムの抗がん作用の生化学についての研究で12月6日号のNatureに掲載された。タイトルは「Alcohl-abuse drug disulfiram targets cancer via p97 segregase adaptor NPL4(禁酒剤ディスルフィラムはp97セグリガーゼのアダプターNPL4を介して抗がん作用を発揮する)」だ。研究自体は特に驚くほどではないため、おそらくレフリーは採択にネガティブだったのだろう。ただ、ジスルフィラムの抗がん作用は最近注目されてきたことから、なんとか採択にこぎつけたように思う。

ディスルフィラムはアルコールでハイドロゲナーゼの作用を抑制し、悪酔いを起こさせることでアルコールを嫌にさせる禁酒剤として現在広く使われている薬剤だ。名前の通り硫黄を多く含む化合物で、タイヤに硫黄を加える作業過程に従事する労働者が悪酔いすることに気づいて開発され、70年近く処方されてきた歴史ある薬剤だ。ところが最近、ディスルフィラム(DSF)に抗がん作用があることがわかり、肝臓癌に対する治験が始まるなど注目されている。

この研究では、アルコール中毒でDSFをかって投与された人と、今も飲み続けている人を比較し、飲み続けているとガンの発生が著明に低いことを示すところから始めている。ただ、正直医療統計学的にはもう少し詳しい検討が必要だろう。

いずれにせよ、DSFには抗がん作用があるということで、あとはそのメカニズムを探索したのがこの研究だ。まずガン移植モデルにDSFを投与する実験を行っているが、確かによく効いており、また人間にすでに何十年も使われていることから、抗がん剤の候補としては可能性が高い。

あとはガンの細胞株を用いて、DSFを銅イオンと結合させ活性化させたCuETの直接のターゲットがNPL4と呼ばれるセグリガーゼで、この阻害により分子シャペロンp97の活性が阻害され、これまでp97-Ubfl1-NPL4経路として知られてきたタンパク質の分解経路が止まり、小胞体内でのタンパク質の分解、ERストレス、ヒートショック反応などが起こって最終的に細胞死に至るという経路を明らかにしている。しかし実験自体は、堅実な生化学で、特に驚くほどのことはない。おそらくこれだけでは論文は採択されなかっただろう。

ただガン治療の新しい薬剤としては希望の「旧人」と言ってよく、そのメカニズムが明らかになった意義は極めて大きい。現在骨髄腫治療の最も重要な薬剤としてプロテアソーム阻害剤が使われているが、これとは異なるタンパク質分解経路を標的とする治療薬としてDSFは期待したい。とはいえ、50年以上、これほど効果の高い薬剤が、禁酒薬としてだけ使われてきたのにも驚く。なぜガンにより強い効果があるのかについても知りたい。
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