4月17日:メラノーマに対するPD1阻害抗体の効果をCSFR-1 抗体が促進する(4月11日号Science Translational Medicine掲載論文)
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4月17日:メラノーマに対するPD1阻害抗体の効果をCSFR-1 抗体が促進する(4月11日号Science Translational Medicine掲載論文)

2018年4月17日
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この歳になって振り返ると、現役時代を楽しんで過ごせたのは、あまり業績もないのに、ポテンシャルだけで教授の席を提供していただいた熊本大学の教授会のおかげだと本当に感謝している。そして、その熊本で始めた何もない教室に、当時オクラホマに留学していた林君が参加してくれたことが、その後の教室の発展に最も大きな転機になったと思っている。彼が持ち前の洞察力をもとに、大理石病マウスがCSF1の突然変異であることを示してくれたおかげで、この分野で仕事をするための場所代を払うことができた。私自身はCSF1の研究はその後もほとんど行っていないが、CSF1に関する面白い研究が発表されると、他の分野より興味を惹かれることが多い。

中でも最近報告が続く、CSF-1抑制により、ガンの予後が改善されるという論文には特に興味を持って読んでいるが、今日紹介するスイス・ローザンヌにあるルードビッヒがん研究センターの論文は、特に印象が強かった。タイトルは「T cell induced CSF1 promotes melanoma resistance to PD1 blockade.(T細胞により誘導されるCSF1はメラノーマのPD1阻害治療の抵抗性を促進する)」で、4月11日号のScience Translational Medicineに掲載された。

すでに述べたように、CSF1が様々なガン細胞の増殖促進に関わることは、広く認められるようになっており、実際CSF1受容体の阻害剤をガンに用いる治験が行われている。また、辞めた後でも、私たちが樹立したCSF1R抗体AFS98のリクエストは多い。

この研究ではメラノーマを対象に、臨床とマウス実験を行き来しながらCSF1の作用を調べている。驚くことに、メラノーマが進展すると、血中CSF1濃度が上昇する。この原因を探ると、CD8陽性のキラー細胞がメラノーマに作用するとき、インターフェロンγやTNFを分泌し、それがメラノーマに働いてCSF1を誘導し、その結果腫瘍の増殖を促進するマクロファージを集めてしまい、キラーT細胞への抵抗性が獲得されることがわかった。同じようなメカニズムで、他にも様々なサイトカインが誘導されることから、PDL1が誘導されて直接キラー活性を弱めるだけでなく、実際には様々なサイトカインが腫瘍の免疫抵抗性に関わるようだ。

そこで、CSF1がどの程度キラー活性を弱めているのか、マウスの実験系を用いてPD1に対する抗体とともに、私たちが作成したCSF1Rに対する抗体AFS98を同時に注射すると、PD1抑制だけでは殺しきれなかったメラノーマが完全に消失することがわかった。実際、Yummer1.7という細胞株では、8割近くのマウスが100日以上再発なしに生存する。そして、この効果は腫瘍の免疫抵抗性を付与するマクロファージの腫瘍間質への移動が抑制されるためであることがわかった。

では通常2割程度の患者さんしか反応しないPD1阻害治療を、CSF1R阻害と組み合わせて全ての癌を制御できるようになったのかと言うと、事はそう簡単でないようで、メラノーマによってにCSF1R抗体も効果が全くないのもあることも明らかになった。すなわちガンによってはキラー活性を弱めるのにCSF1を使わず、他の抵抗性に関わる因子を介して、免疫抵抗性を維持していることもわかった。

話はこれが全てで、あえて結論を述べると、CSF1の役割を前もって調べておけば、よりPD1療法の効果が予測できるという結論になる。CSF1Rに対する抗体を作成していた頃は、ガンにまで効果があるとは想像だにしなかったが、もし癌を制圧する研究に役立つなら、嬉しい限りだ。
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4月16日:ジカ熱のアカゲザルでの再現(5月17日Cell掲載予定論文)

2018年4月16日
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京大にいた頃、私の教室の隣がエイズウイルスについて研究されていた速水さんの教室だった。動物実験施設では安全性を保った飼育が難しいため、特別に猿の飼育施設を持っておられて、感染実験を行っておられた記憶がある。いつも廊下を通るたびに、維持は金も人手もかかってさぞ大変だろうなと思ったのを思い出す。このように、いくらネズミは進化的に人に近いと言っても、系統的にはほぼ1億年前に別れており、2500万年前に別れた実験によく用いられるアカゲザルとは比較にならないほど離れている。従って、感染症など、どうしても猿を持ちいて研究する必要があるケースは、苦労しても猿が用いられる。

今日紹介するハーバード大学からの論文はジカウイルスにより引き起こされる胎児脳の発生異常の原因を探るためアカゲザルを用いた感染実験で5月17日発行予定のCellに掲載される。タイトルはそのものズバリ「Fetal neuropathology in Zika-virus infected pregnant female Rhesus monkeys(ジカウイルスに感染した妊娠アカゲザルの内の胎児の脳病理)」だ。

ブラジルでジカウイルスによる小頭症が発見されてからのジカウイルス研究の速度は凄まじく、ある意味で現代医学の力を示すといつも思う。症例が報告されて一年もたたたいうちに、クライオ電顕、iPSなどを駆使して、ウイルスの構造や感染の標的細胞などが特定され、またワクチンの準備もできるようになった。ところが、肝心の胎児に対する影響を見るための感染実験系が、免疫不全マウス以外に存在せず、これまで行われた猿を用いた研究は、人間の病態を反映できなかったようだ。

この研究ではアカゲザルで人間と同じ病態を再現できることが結論だが、サルでは再現が難しかったという前提を知らないと、どこが新しいのかおそらく不思議に思ってしまうだろう。

研究では、受精後6−7週の妊娠早期と、12−14週の後(アカゲザルの妊娠期間は23週程度)に、通常の量のジカウイルスを感染させ、その後の胎児の発育を徹底的に調べ、出産時期が来ると帝王切開で出産させ、新生児の脳の病理を調べている。結論としては、小頭症をはじめとする人間で見られる病態がほぼ完全に再現できるというものだが、実験系を用いることでよくわかった点だけまとめておこう。

1) ウイルスは母親の脳など様々な組織で持続的に増殖する。抗体が作られるが、出産後もウイルスは作り続けられる。
2) 胎盤の絨毛細胞と血管に強い異常が誘導され、流産、胎児発育低下を来す。胎盤にウイルスが検出できる。
3) ほぼ100%の胎児の脳と脊髄に病理的異常が見られる。これは、早期に感染した場合により強い症状がある。他にも、筋肉炎なども見られることから、ほぼ全身に感染すると考えられる。
4) 病理的には、強い血管障害、神経前駆細胞の過剰増殖と移動の異常、細胞死の増加、その結果起こる脳構築の形成不全、
とまとめられるだろう。これまでの人間での報告より、より強く血管障害が強調されているのが印象的だ。いずれにせよ、母親の抗体ができる前に感染して、抗体ができてもウイルスが出続けているとすると、ワクチンなど戦略が難しくなる。最初、ジカウイルスはそれ自体問題ないと考えられたが、結構深刻な感染症であることがよくわかった。いずれにせよ、感染症に関しては世界の総力を挙げて研究する体制ができていることは間違いない。
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4月15日:温暖化研究に記録を続けるヨーロッパの伝統を見る(4月12日号Nature掲載論文)

2018年4月15日
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嬉しいことに、今でも若い学生さんへの講義を依頼していただく大学や機関がある。もちろん、自分自身は研究をしているわけではないので、研究の話はできない。かわりに、自分で考え、権威に頼らず、21世紀の科学を切り開く若者が一人でも多く生まれることを願って、近代科学誕生から、ダーウィンを経てゲノム情報科学が生まれた「過去」、特に人間についての情報が統合される「現在」、そして生命や言語誕生などの情報の自然発生が理解される「未来」について話をしている。

ただ、科学は独立して競争することだけではないことも理解して欲しいと思っている。この目的で、「現在」について教えるとき、記録し続けるコホート研究の伝統と、コレクティブインテリジェンス(集合の知)について話をする。例えば、2014年に紹介した「外国語ができるとボケにくい」という論文では(http://aasj.jp/news/watch/1660)、なんと1936年に始めたコホート研究が2014年に論文として発表された。すなわち、研究者が課題を次世代へとつなぎながら研究を完成させていく姿に感銘を受ける。もちろん、我が国でも科学界としての伝統が生まれ始めたと思うが、21世紀になって崩壊したように見える。これも我国が学力低下の重要な一因のように思える。

これに対し、今日紹介する論文は、欧州の山々の頂上の植物相と気温を、なんと19世紀、我が国で言えば明治維新から最長145年にわたって観察し続けた記録で、欧州の様々な大学が共同で4月12日号のNatureに発表した。タイトルは「Accelerated increasee in plant species richness on mountain summits is linked to warming(山の頂上で起こっている植物種の増加の加速は温暖化と関連している)」だ。

もちろん最初から温暖化問題を調べるために行われた研究ではないだろう。ただ、山の頂上は地理的に一定していることから植物種の多様性を調べる最も安定した場所であるとするBraun Blanquetという植物学者に賛同して、302のヨーロッパの山々の頂上をなんと最も早い観察は1871年(明治3年)、から現在まで続けられている。

論文の最初の図では、この観察の創始期をリードした研究者の写真や活動の様子が掲載されており、この研究が代々受け継がれてきた研究であることがわかる。

結果は、予想通りというか、全ての頂上でほぼ同時に植物種の数の増加が加速し、これは頂上で記録された温度と相関している。そして、この増加の速度は、2000年以降1950−60年代の速度と比較して5倍以上になっていることが示されている。並行して、山頂の温度の変化も2000年前後から急速に上昇しており、植物相の変化が温度の変化を完全に反映していることがわかった。

もう一つ重要なのは、これまで種の数の増加として進んできた植物相の変化が、頂点に達して高地の植物が置き換えられる、植物相全体の転換ポイントに達してきていることで、実際サイズの大きい、葉っぱの大きな植物が急速に優勢になりつつあることもわかる。

山頂の気温だけでなく、それがもたらす効果の両方を最も明瞭に示した研究で、温暖化の深刻さを教えてくれるとともに、科学者の連帯を象徴する論文だと感銘を受けた。
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4月14日:タスマニアデビルに流行する感染性ガンに対する戦いはなかなか終わらない(4月9日号Cancer Cell掲載論文)

2018年4月14日
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タスマニアデビルを絶滅の危機に追い込むかもしれない顔面に発生する流行生ガン(DFT:Devil facial tumor disease)については、2016年9月3日(http://aasj.jp/news/watch/5723)、そして2015年12月30日に紹介している(http://aasj.jp/news/watch/4641)。このガンの恐ろしさは、口から口へと他の個体に感染することで、この結果個体数が3割以下に減少してしまった。これまで犬の性的接触で感染するガンの存在は知られていたが、組織適合性の壁を超えて爆発的な感染力をもつガンはDFTだけで、絶滅を防ぐためにもガンの特徴を明らかにし、治療法を確立することが求められている。

今日紹介する英国ケンブリッジ大学からの論文は、異なる集団に独立に発生した2種類のDFTを徹底的に調べてその由来や治療法を探した論文で4月9日号のCancer Cellに掲載された。タイトルは「The origin and vulnerabilityies of two transmissible cancers in Tasmanian Devils(タスマニアデビルの2種類の感染性ガンの起源と弱点)」だ。

DFTの謎は、
1) どうして同じような伝搬性のガンが独立に発生したのか?
2) どうして免疫監視機構を逃れているのか?
の2点に絞っていいだろう。特に独立して同じようなガンが存在することは、この2種類を比べ、また正常細胞とも比べることで、ガン発生につながる変化を見つけやすい。そう考えてこの研究は行われたが、結論的に言ってしまうと、それでも完全な答えは遠いということがわかる。これは人間のガンでも同じで、最初ゲノム研究が進んでガンの成り立ちが数年で理解できるようになるのではと期待したが、ゲノムは複雑すぎてまだそこまで至っていない。

この研究では、ゲノム解析を通して、
1) DFTの変異の入り方から、ウイルス感染や、紫外線や発ガン物質などの外的要因で起こったものではないこと、またタスマニアデビル特有の遺伝子変異機構があるわけではないこと、
2) 両方のDFTに共通の遺伝子変異はないが、ともにHippo経路に関わる分子の変異が見られ、またDFTではこの経路が活性化されている証拠があること、
3) 転座やテロメアなど染色体構造に関わる変異で、両方に共通の変異メカニズムがありそうだが、完全に特定はできないこと、
4) PDGF受容体のコピー数の増加が両方で認められること、
5) 免疫監視機構をすり抜ける機構については、一つのガンでβ2ミクログロブリンの片方での欠損が見つかったが、両方に共通のメカニズムについては理解できなかったこと、
が結論として得られている。結局、2種類しかないガンでも、完全に理解することは難しいことがよくわかる。ましてや、人間のガンになるとさらに難しいと思う。

ただ、これで終わっては研究者魂が満足しない。著者らは、多くの抗がん剤をDFT細胞に試し、チロシンキナーゼ阻害剤の中に、人間のガンと比べてもはるかに効果が高い薬剤があることを発見している。これは、今後の治療を考えると大変重要なことだと思う。

この研究から見えてきたDFTの発生を考えると、人間の進出などでタスマニアデビルの生存環境が変わり、高い密度で群れて生活するようになり、もともと持っていた口をかみ会う習性により顔面の損傷と再生の頻度が上がった。この結果増殖を繰り返した神経堤由来の細胞がガン化し、その中から免疫機構をすり抜ける変異体が発生して、感染が拡大したというシナリオになる。

残念ながら、このガンがなぜ免疫監視をすり抜けられるのか、わからずじまいで終わるが、おそらくこれは、現在最も期待されている免疫療法を理解する上でも最も重要な課題だと思う。研究の進展を願う。しかし、タスマニアデビルの絶滅を防げないようでは、私たちはガンを制圧することなど到底出来ないだろう。
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4月13日:母体のIL-6濃度の胎児脳への影響(Nature Neuroscienceオンライン掲載論文)

2018年4月13日
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ウイルス感染を含む炎症が妊娠中におこると、胎児の脳の発達に影響して自閉症などの発症率が上がることは広く認められている。従って、妊婦さんはできる限り炎症の原因を遠ざける必要があり、多くの機関では妊娠を希望する女性にワクチン接種を呼びかけている。
昨年9月、炎症により起こる脳の変化を詳しく調べた論文を紹介した(http://aasj.jp/news/watch/7378)。この研究によると、炎症で上昇するサイトカインの中でもIL-17が神経細胞に直接働く張本人であり、これを抑制できると炎症が起こっても脳への影響は最小限に止めることができる可能性がある。このように、メカニズムの研究は治療法の開発にとって必須でさらに進むことを期待する。

しかしほとんどの研究は、動物モデルで行うしかない。この動物実験と、疫学による調査をつなぐ研究が必要になるが、今日紹介するオレゴン健康・科学大学からの論文はそれにあたると思い紹介する。タイトルは「Maternal IL-6 during pregnancy can be estimated from newborn brain connectivity and predicts futuree working memory in offspring(妊娠中の母体のIL-6濃度は新生児の脳の結合と将来の作業記憶に相関する)」だ。

この研究では母体の炎症をIL-6濃度で代表させて、生まれてきた子供の新生児期の脳のMRI検査、そして2歳時点での作業記録のテストの間で相関を調べている。IL-6が炎症を反映することはよく知られた事実で、例えば2型糖尿病でのインシュリン抵抗性がIL-6と相関することなどは、2型糖尿病への炎症の関わりを示すと理解されている。

MRI検査は睡眠時に撮影をして、脳の各領域内外の結合性を調べ、これを数値化してIL-6濃度との相関を調べている。そして画像解析を行った対象の中から40人近くを選んで、各瞬間での入力の統合性を支える作業記憶テストを行いっている。

IL-6濃度は単純な指標だが、MRI検査は情報量が多いため、対象にする領域を最初から絞って数値化している。実際には10領域について、領域内、領域間の結合性をデータ化している。結果的に領域内の結合性で10指標、領域間の結合性で45指標を弾き出し、相関を調べている。これにより、IL-6濃度と相関する領域として、1) Salience Networkと呼ばれるある対象にフォーカスを当てるときに働く領域内及び脳活動の安定性維持に関わるCingulo-opercular network、2)空間的注意を向けることに関わるsubcortical netowork, dorsal attention netowork, そしてventral attention network、cellebellar network内外の結合性、そして3)視覚を介した注意に関わるvisual netowork, fronto-parietal network、そしてdorsal attention netoworkの結合性が特に低下することが明らかになった。 これらの領域の機能を確認するため、MRI検査と脳の機能検査が調べられたデータを用いて相関を調べ、これらのネットワークが、各瞬間での入力を統合し、選択するときに必須の作業記憶機能と関わる領域であることがわかる。そこで、MRI検査を行った新生児の中から選んだ46人の作業記憶検査を行い、特に妊娠第3期のIL-6濃度と作業記憶に因果的相関があることを示している。 今流行りのAIを用いて、モデリングと予想性を調べる手法が駆使された研究で、解析データを信じるほかないが、この方法はIL-6だけでなく、ほかのパラメーターについても適用できることから、大変だが期待したい方向の研究だ。特に、自閉症スペクトラムや注意障害などを理解するためにも、ハイリスクグループを早期に特定して、このようなコホートを行うことは重要だ。もし、特定のネットワークを生後に成長させる方法が見つかれば、治療が可能になるかもしれない。
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4月12日:ヒゲクジラのゲノム解析(4月4日Science Advances掲載論文)

2018年4月12日
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ヒゲクジラの仲間には、世界最大の哺乳動物シロナガスクジラが含まれる。いつも不思議に思うのだが、こんな大きなクジラなのにヒゲ板でこしとれる小さなオキアミなどで体を支えている。現役の時、当時東工大の岡田先生のグラントヒアリングに参加し、トランスポゾンを標識にゲノムを調べると、クジラはカバから分離してきたことを聞き、なんとなく納得したが、なぜこのような巨大な哺乳類が誕生できたのかなど、まだまだわからないことは多い。当然多くの研究者が殺到して、ゲノム解析はとうの昔に終わっていたのかと思っていた。

今日紹介するフランクフルトの生物多様性と気候研究センターからの論文は、6種類のヒゲクジラのゲノムを解析して、その系統関係を解析した論文で4月4日号のScience Advancesに掲載された。タイトルは「Whole-genome sequencing of blue whale and other rorquals finds signatures for introgressive gene flow(シロナガスクジラと他のナガスクジラの全ゲノム解析により、種間の遺伝子移入の痕跡が見つかった)」だ。

研究ではカバと6種類のヒゲクジラの全ゲノムを6−27coverageの精度で解析し、それぞれの系統関係、遺伝子移入の有無、そして個体数の変遷について解析している。実際には、クジラのゲノムはこれまでも研究されており、特にヒゲクジラの仲間は、形態的系統分類とゲノムによる系統分類の間で矛盾が多く、一般的な種分化の様式が適応しにくいことが指摘されていたらしい。

この研究では、全ゲノム解析に基づきSNPがはっきりした約35000のゲノム断片を比較して系統樹を書き、シロナガスクジラとイワシクジラのグループ、コククジラ、ナガスクジラ、ザトウクジラのグループ、そしてミンククジラのグループにとりあえず分けられるが、コククジラの位置関係がまだはっきりしないことを見出す。

そこで次にそれぞれの種間の遺伝子移入の有無を調べると、それぞれの種間で遺伝子移入が検出されるが、種分化の早い段階で起こったミンククジラとの交雑がコククジラで検出できないために、おそらくコククジラの系統だけが、別系統に分類されるたと結論している。一方、コククジラとシロナガスクジラ、イワシクジラ間では遺伝子移入が検出できる。

このように遺伝子移入が起こると、順々に種分化が進むとするモデルが成立しないため、これを勘案して系統関係を計算する必要がある。そしてカバから約5千万年前に分離したクジラから約3千万年前にヒゲクジラが分離、1千万年前にミンククジラとそれ以外のヒゲクジラが、8百万年前にシロナガスクジラ、イワシクジラの仲間と、ザトウクジラ、ナガスクジラの仲間、そしてコククジラが分かれたという最終的系統樹に到達している。

あと種内での多様性から、ヒゲクジラは1千万年前位に最も栄え、その後ずっと個体数を落としてきていることも示されている。ヒゲクジラを守ることは私たちの使命だ。

これまで、1千万年というスケールの種分化研究で遺伝子移入を問題にしている研究に出会ったことはなかった。陸上動物ばかりに目がいってしまうと、生息圏が隔離され、交雑の機会が失われるといった状況を種分化の要因として考えてしまうが、海の中にはなんの境界もない。そう考えると、広い海を北極や南極から赤道まで回遊を繰り返すクジラが交雑を繰り返しながら多様化することも納得する。

我が国は捕鯨を文化として位置付けて調査捕鯨に50億円近い予算が支出されているが、このようなゲノム研究にどれだけ本腰を入れているのか知りたいところだ。
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4月11日新しい血液細胞Ter細胞(4月19日号Cell掲載論文)

2018年4月11日
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私事になるが、ドイツから帰ってきた後数年、当時胸部研の桂先生の教室にお世話になり、ストローマ細胞依存性の造血やリンパ球分化の研究を始めた。まず造血を支持するストローマ細胞を株化することが重要な目標だったが、それと並行して、血液やストローマ細胞に対するモノクローナル抗体作成も行った。同じ時、桂研究室で助手をしていたのが喜納君で、彼が作った抗体の中に赤血球を他の血液から区別できるTer119があった。彼がなぜTerという名前をつけていたのか、忘れてしまったが、Ter119よりTel119の方が覚えてもらいやすいのではないかなどと取るに足らないアドバイスをしたことがある。最終的に、喜納君はこの抗体が認識する分子が赤血球特異的グライコフォリンに結合する分子であることを決めたと思う。いずれにせよ、Ter119はマウスの血液学ではもっとも利用されている分子マーカーになっている。

今日紹介する上海第二軍医大学からの論文はTer119を発現するこれまで見つかってこなかった血液細胞系列を発見しTer細胞と名付け、そのガン細胞の増殖に関わる機能を明らかにした論文で4月19日号のCellに掲載され、懐かしいので取り上げることにした。タイトルは「 Tumor-induced generation of spleenic erythroblast like Ter cells promotes tumor progression(ガンにより脾臓で誘導される赤芽球様のTer細胞はガンの進展を促進する)」だ。

この研究では、肝臓ガン細胞を移植したマウス特異的に脾臓で誘導される細胞を探索し、Ter119陽性だが、血液細胞マーカーCD45陰性細胞がガンの増大とともに誘導されることを発見する。この細胞はCD71抗原も発現していることから未分化な段階の赤血球系細胞で、同じ細胞は胎児肝臓細胞でも見られ、遺伝子発現から巨核球と赤血球に分化する細胞から誘導されたと考えられる。

この細胞は癌の種類は問わないが、ガンにより分泌されるTGFβにより赤血球分化が促進することで誘導される。そこで、ガンの進展に対するTer細胞の関わりを検討し、Ter細胞が神経増殖因子の一つArteminを分泌し、この血中濃度が高いとガンがより悪性化することを明らかにしている。すなわち、ガンが大きくなり、TGFβが誘導されると、脾臓の赤血球増殖が高まり、その結果Ter細胞が誘導され、これがArteminを分泌してガンの増殖を高めるという、一種の悪性のサーキットができることになる。

さらにArteminがその受容体を介してガン細胞の細胞死を防ぐ経路も明らかにした後、マウスモデルでArtemin注射によりガンの進行が早まること、逆にArteminに対する抗体を注射することでガンの進行を遅らせることを明らかにしている。

話はこれだけで、不思議な細胞がいるという意味で面白いが、通常ガンが大きくなると造血は抑えられるし、治療によっても貧血になることを考えると、この経路が本当に長いガンの経過で常に働き続けるのかどうかは疑問に思う。その意味では、まだまだキワモノの域を出ないと思うが、Ter細胞が存在することは間違いなさそうで、喜納君も喜んでいるだろう。
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4月10日:腎臓癌に対して免疫チェックポイント治療を組み合わせる(4月5日発行The New England Journal of Medicine掲載論文)

2018年4月10日
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私の小学校時代からの友人はこの数年、腎臓癌で治療を受けている。再発、転移などがある割には、質の高い生活が送れているのは、おそらく元のガンの性質が良い方だったのだろう。もちろん、主治医の適切な処置にも感謝すべきだと思う。ただ、いつか現在の薬剤でコントロールがきかなくなったら、次ぎは免疫チェックポイント療法かなとメールで話している。腎臓癌もオプジーボ使用が承認されているガンだ。

私の友人が経験してきたように、腎臓癌に対しては、これまで様々な治療法が存在し、IL-2やインターフェロンのように免疫を標的にする治療が効果を示すこともわかっている。一方、進行した外科治療が適応にならない腎臓癌に対するもう一つの薬剤として現在スニチニブが認可され、効果の高さから世界的にも標準治療になりつつある。血管増殖因子受容体VEGFRとそれに近縁のチロシンキナーゼ受容体に効果がある飲み薬で、ガンへの血管の供給を止める一種の兵糧攻めだ。このため、わが国でもオプジーボなどの免疫チェックポイント治療が認められるのはあくまでも、スニチニブなどの効果が見られない場合に限られる(私の印象で確かめてはいない)。

このように、さまざまな治療薬が認可されていることは、もちろん患者さんにとっては嬉しいことだ。ただ、私は臨床に関わっていないので間違っている可能性もあるが、様々な薬剤が、しかも組み合わせて用いられる腎臓癌は、今や製薬企業がそれぞれの薬剤の優位性を示す戦場になっている気がする。新しい組み合わせで、現時点での標準治療を置き換えるための競争だ。実際、血管新生を標的にする薬剤だけでも現在何種類も利用できるはずだ。

今日紹介するスローンケッタリング癌研究所を中心に214人が参加した臨床治験は、まさにこんな例で、現在進行腎癌の標準治療になりつつあるスニチニブをコントロールにして、なんとオプジーボとともに、同じ会社から発売されているもう一つのチェックポイントCTLA-4を標的にしたイピリムマブを組み合わせた2重チェックポイント治療の優劣を比べている。タイトルは「Nivolumab plus Ipilimumab versus Sunitinib in advanced renal cell carcinoma (進行性の腎臓癌に対するニボルマブ+イプリムマブ対スニチニブ)」で、4月5日発行のThe New England Journal of Mediineに掲載された。

対象は、未治療の進行性腎臓がんの患者さんで、約500人づつ平均で25ヶ月追跡している。

詳細は省くが、腎臓がんに対しては最初から免疫チェックポイント治療は効果を示す。しかも、スニチニブと比べると、癌が完全に消えるケースが1%に対して9%、癌が縮小した率は27%に対し42%、癌の進行を抑えることができた期間は8.4ヶ月に対し11.6ヶ月、そして18ヶ月目の生存率は60%に対して75%だ。加えて、治療による副作用はチェックポイント治療の方が少なく、生活の質も守られるという結果で、下世話な言い方をすれば、チェックポイント治療の圧勝と言っていいだろう。

もちろん、この結果は私の友人も含め、患者さんにとっては素晴らしい結果だ。健康保険に収載されれば、患者さんの負担はとくに変わることはない。私も患者の立場なら、この方法の早期承認を求めるだろう。

それでも何か気になるのは、新しい薬剤の価格が高騰していることと、効果のある薬もさらに効果がある薬に短期間で置き換わる状況が生まれていることだ。すなわち新薬が次々と開発されるのは、患者にとっては喜ばしいことだが、一つの薬の寿命が特許期間よりはるかに短くなると、それを見越して初期価格が高騰していく心配だ。さてどうするのか、処方箋がないのが最大の問題だ。
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4月9日:なぜ生ワクチンの方が効果があるのか(Nature Immunologyオンライン版掲載論文)

2018年4月9日
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医療費が高騰する中で、国民全体の健康という中では、ワクチンの重要性が強く認識されている。これは細菌や、ウイルスに対してだけではなく、例えばアルツハイマーや、動脈硬化に対してもワクチンの開発が進んでいる。しかし、免疫反応はただ抗原を注射すれば良いというものではない。抗原が樹状細胞に取り込まれた後の、様々な炎症反応により、免疫誘導が決まるが、このプロセスを最適化する必要がある。このことが最もよくわかるのが、ワクチンに使うとき病原体が生きている方が明らかに免疫能が強いことで、天然痘撲滅もおそらく生きたワクチンを使ったお陰で達成されたと思う。

自然免疫の研究がこれほど進んだので、生きた病原体がなぜ免疫誘導が高いのかについてはとっくにわかっていると思っていたら、案外そうではなかったらしい。今日紹介するベルリンのシャリテからの論文は大腸菌をモデルに生菌と死菌の免疫誘導能の差を調べた研究で4月号のNature Immunologyに掲載された。タイトルは「Recognition of microbial viability via TLR8 drives Tfh cell differentiation and vaccine response(TLR8を介して微生物の生死を認識することで濾胞型Tヘルパー細胞の分化が誘導されワクチン反応が成立する)」だ。

研究では、毒性を遺伝操作で除去した大腸菌に対する免疫反応をモデルに、まずヒトの単核球に死菌と生菌を取り込ませ、ヘルパーT細胞の誘導脳を調べ、生菌を取り込んだ単球だけが濾胞型の強いメモリーT細胞を誘導できることを示している。

あとは、生菌と死菌を取り込んだ単球の遺伝子発現を比べ、最終的にIL-12とTNFの発現が生菌を取り込んだ時だけに上がること、また濾胞型のT細胞の誘導にはIL-12を中心に、TNFなど幾つかの補助的サイトカインが必要であることを明らかにする。

最後に、このサイトカイン反応の誘導には細胞内リソゾームで発現する自然免疫受容体、TLR8が必須で、おそらく生菌の場合のみRNAを感知してIL-12分泌を誘導すると結論している。

話はこれだけで、ではこれで生菌と死菌の差を説明できたかというと、私は一部しか説明できていないと思う。一本鎖RNAは死菌にも存在する。また、天然痘や狂犬病などウイルスの場合と、肺炎球菌のような細菌の場合で、結果は同じなのか明らかにする必要がある。もちろん、TLR8のアゴニストをアジュバントにして、死菌でも同じ効果を持つユニバーサルなワクチン作成法が開発できればそれでもいい。

論文としては少し足りないと感じたのか、研究では豚をモデルにしたワクチン摂取実験、また人間のTLR8受容体で強い反応を示す多型を発見したことなどを合わせているが、本質ではないと思う。この研究は、アジュバント開発に至って初めて、その意義が出てくる。
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4月8日:SLEは常在細菌刺激により始まるのか?(3月28日Science Translational Medicineオンライン掲載論文)

2018年4月8日
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SLEは全身性の自己免疫病で、私が医学部を卒業して以来、病気を管理するという点では一貫して改善してきていると思う。しかし、残念ながら多くの自己免疫疾患と同じで、根本的な治療についてははっきり言ってまだ先が見えないと言ってもいい。一つの原因は、なぜこのような全身性の自己免疫性の炎症が誘導されてしまうのか、未だにはっきりした答えがない点にある。ただ、かなり前から、ウイルスや細菌に対する免疫反応が病気の引き金になる可能性が議論されてきた。

今日紹介するエール大学からの論文は、この引き金が細菌に発現するRNA結合タンパク質Ro60ではないかと検討した研究で、3月28日にScience Translational Medicineにオンライン掲載された。タイトルは「Commensal orthologs of the human autoantigen R060 as triggers of autoimmuneity in lupus(人間のRo60に対応する常在細菌の相同分子はSLEの自己免疫の引き金になる)」だ。

Ro60はRNA結合タンパク質で、病原体やトランスポゾン由来を始めとするノンコーディングRNAの検出に何らかの役割を果たしているのではと考えられている。このタンパク質に対する自己抗体が、SLEの半数、亜急性SLEの90%、シェーグレン病の80%に見られることから、Ro60は病気の引き金として疑われてきた。

Ro60はほとんどの生物に保存されていることから、この研究では常在細菌のRo60が免疫の引き金になっていると着想し、3種類の細菌のRo60がヒトのRo60抗原ペプチドとほぼ同じペプチドを持っていること、SLEの患者さんではこの3種類のうちいずれかが、常在菌として存在していることを見出している。

あとは患者さんの血中の自己のRo60反応性のT細胞が細菌由来のRo60と反応すること、また自己抗体も細菌のRo60と反応することを示した後、無菌マウスにこれらの細菌を移植することで、自己反応性のT,B細胞が誘導されることを示している。

以上から、著者らはRo60が引き金になる可能性を強調しているが、因果性という点ではまだまだはっきりしない。というのも、自己免疫病が誘導された免疫システムを移植し直して、病気が起こるかどうかを調べないと100点の答案にはならない。実際、Ro60 ノックアウトマウスでは自己免疫病が起こるが、これはRo60の作用が失われ、異常RNAが自然免疫を刺激して、炎症が起こるからだと考えられている。とすると、Ro60に対する抗体は、一種の2次産物と言え、引き金ではない。その意味で、不完全という印象が否めない論文だが、根治のためには、このような地道な研究の繰り返しが重要だと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ
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