10月28日:除草剤グリフォサートの体内への蓄積(10月24日号米国医師会雑誌掲載論文)
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10月28日:除草剤グリフォサートの体内への蓄積(10月24日号米国医師会雑誌掲載論文)

2017年10月28日
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私自身は、遺伝子組み換え食物(GMO)を食べたところで、組変わった遺伝子が直接体に悪さをすると思ったことはない。しかし、GMOによって農業体系そのものが変化することで、人間に思わぬ影響が及ぶことがある。

今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文はGMO開発後急速に使用が拡大した除草剤がカリフォルニアのホワイトカラーに蓄積し続けていることを明らかにした研究で10月24日号の米国医師会雑誌に掲載された。タイトルは「Excretion of herbicide Glyphosate in older adults between 1993 and 2016(1993年から2016年の間の高齢者でのグリフォサートの分泌)」

グリフォサートは米国の農業コンツエェルン・モンサント社により開発された最も成功した除草剤だ。特に、遺伝子組み換えによりグリフォサート耐性食物が開発されてから、その使用量は増加している。これまで食品衛生上ほとんど毒性がないとされてきたが、2015年アメリカ及びヨーロッパで農業とは無関係の一般市民にグリフォサートが蓄積していることが明らかになってから、毒性を再検討する必要が認識されてきた。実際、カリフォルニア州では発ガンを誘導する可能性がある薬剤として指定された。

この研究では、カリフォルニアのランチョ・ベルナルドに住むほぼ全員が大学卒のホワイトカラーを対象に1972年から追跡が続けられているコホート集団の中から、1993−1996年の第一回調査から、2014-2016年の第5回調査まで、尿サンプルが得られた100人の、尿中のグリフォサートとその代謝物AMPAの量を検査している。

結果だが、両化合物ともこの50年で尿中の量は増え続け、例えばグリフォサートでは最初0.024μg/Lだったのが2014-2016年の調査ではなんと10倍を超え、0.314μg/Lに増加している。分解産物のAMPAに至っては、0.008μg/Lから0.28μg/Lと40倍近くに増加している。また、尿中にこれら化合物が検出できた人の数も最初の10%程度から、70%に増加している。

すなわち、カリフォルニア州に限った調査だが、20年間に除草剤の蓄積が私たちの体で進んでいることを示している。このことは、GMO自体の普及より問題が深刻だと思う。最初健康に安全とされてきたグリフォサートも脂肪肝からNASHを引き起こす可能性が示されている。ただ、蓄積がはっきりしたことで、ある程度暴露の続いた個人と、そうでない個人を分けることが可能になっており、暴露による長期効果を調べる糸口が得られたと思う。すでに蓄積が起こった世代はともかく、次世代に同じ問題を残さないことが重要だ。

それにしても、必要に応じてすぐこのような調査が可能なコホート研究が行われているのには頭がさがる。
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10月27日NK細胞を標的とするチェックポイント治療の可能性(Natureオンライン版掲載論文)

2017年10月27日
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我が国ではチェックポイント治療というと、PD-1分子に対する抗体治療とほとんど同義だが、T細胞が長期間刺激されっぱなしにならないよう調節するチェックポイント分子の数は多く、免疫反応を一過性で終わらせるために、二重、三重の安全機構が働いている。現在臨床応用されているチェックポイント治療はPD-1とCTLA-4が標的だが、今後さらにいくつかの分子を標的とした抗体が出てくる可能性は高い。

今日紹介するイタリア・ミラノにあるHumanitas大学からの論文はNK細胞にもチェックポイント機能が存在しガン治療の標的になることを示した論文でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「UK-1R8 is a checkpoint in NK cells regulating anti-tumour and anti-viral activity(IL-1R8はNK細胞のチェックポイントとして抗腫瘍免疫及び抗ウイルス活性を調節している)」だ。

NK細胞は肝ガンの発生やガン転移を防ぐ役割を持っていることが従来から知られているが、NK細胞を直接操作してこの活性を高めようという研究はあまり見かけなかった。この研究は、おそらくIL-37の受容体として炎症の持続を抑えると考えられてきたIL1受容体の一つIL1R8の機能を調べるところから始まったようだが、最初ほとんどの血液細胞で発現が見られるIL1R8がとりわけNK細胞で強く発現しているという発見に端を発しているようだ。そこで、IL1R8ノックアウトマウスを用いてNK細胞の変化を調べると、ほんの少しだがNK細胞、特に成熟した段階が増加していることに気がつく。実際、よく気づいたなと思うぐらいの差だが、IL-18で誘導されるキラー活性はノックアウトマウスで一段と高いことを発見する。
次に肝ガンを用いた発ガン実験で、IL1R8ノックアウトの影響を調べると、8ヶ月まではガンの発生を抑えることができる。また直腸癌の肝臓転移を調べる系でもIL1R8がノックアウトされると転移を強く抑えることも示している。そして、この抗がん作用が100%NK細胞に依存していることを示している。

以上がガンについての結果で、 NK細胞にも活性の持続を抑えるチェックポイント機能があり、IL1R8がこの機能を媒介するシグナル分子で、この機能を抑制することでNK細胞活性を高められるという結果だ。

NK細胞の多い肝臓での発ガンや、肝臓転移を抑制するための一つの手段として期待できるが、データを見ると効果はそれほど高くなく、PD-1やCTLA4を標的とするチェックポイント治療と比べると、大きく見劣りがする印象を持つ。おそらく、異なる標的に対する治療で、一般炎症を抑える効果があることを考えると、チェックポイントの併用療法の方向で、活路を見出してくるような気がする。
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10月26日:GvHの腸管症状をR-spondinで抑える(Journal of Experimental Medicineオンライン版掲載論文)

2017年10月26日
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Graft versus Host reactionは、移植した骨髄細胞に含まれるT細胞がホストの細胞をアタックする病気で、骨髄移植に限らず、様々な移植医療の現場で重要な問題になっている。皮膚、肝臓、腸管が障害される重要な臓器だが、中でも消化管症状は多彩で、出血性で重篤化する症例も多い。免疫抑制剤を投与する移植医療で起こる病態のため、決め手になる治療法が現在も治療が難しい場合が多い。この問題に対して結構ナイーブな発想の研究が北大から出ていたので、久しぶりに我が国の研究を紹介することにした。

今日紹介する北海道大学からの論文は、少なくともGvHによる腸管症状を腸管幹細胞のパネット細胞への分化増殖を誘導することで抑えることができることを示した研究で、動物モデルでの結果とはいえ、重要な研究だと思い紹介する。論文のタイトルは「R-spondin1 expands Paneth cells and prevents dysbiosis induced by graft-versus-host disease(R-spondin1はPaneth細胞を増やしてGvHにより誘導される腸内毒素症を防ぐ)」で、Journal of Experimental Medicineオンライン版に掲載された。

もともとこのグループは、マウスで組織適合性が一致しないT細胞を移植してGvHを起こすと、細菌に対する防御因子であるディフェンシンを分泌するPaneth細胞が強く障害されることを明らかにしていた。一方、腸管の幹細胞のWnt依存性の増殖をR-spondin1が誘導することはCleaversらの研究を中心に明らかにされていた。そこで、GvHの障害を腸の幹細胞刺激で治せないかとまずR-spondin1を正常マウスに投与してみると、期待どおりPaneth細胞が増殖し、またデフェンシンの発現が高まることが明らかになった。

この結果から、GvHによる腸管症状が、Paneth細胞の損傷と、それによるデフェンシン分泌の低下、その結果起こる腸内細菌藪の変化により起因すると仮説を立て、次にこの可能性について実験している。期待どおり、GvHを誘導したマウスでもR-spondin1を投与すると腸管の障害を、特にPaneth細胞のロスを抑える。その結果、GvHにより起こる腸内細菌叢の構成の変化をほぼ元に戻すことができることを示している。一方、正常マウスの腸内細菌叢に対してはR-spondin1はほとんど何の効果もないことから上記の効果がGvHにより喪失するPaneth細胞の再生を促す効果であることを確認している。

このシナリオが正しいとすると、デフェンシンを投与するだけでGvHの腸管症状を抑えることができるはずで、この可能性について確かめている。GvHを誘導したマウスに経口でデフェンシンを投与すると、1週間目にはBactericidesやEnterobacterialesなどの増殖を止め、注射したドナーのT細胞の浸潤を低下させるが、R-spondinと比べるとその効果は低い。

以上のことから、R-spondinの効果は腸内細菌叢の変化を介してだけではなく、腸上皮の再生を促すことで起こる要素も大きいと結論している。この研究では、腸管の解析のみが行われており、Wntを刺激してGvHの全身症状はどうなのかなど、明確でない点も多い。従って、そのまま臨床に持っていけるかどうかよくわからないが、局所的に腸の幹細胞に対する刺激が可能になれば、GvHにR-spondinも悪いアイデアではない。
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10月25日:核膜マトリックスによる遺伝子発現調節機構(10月19日号Cell掲載論文)

2017年10月25日
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細胞のアイデンティティーの維持には、転写のネットワーク、クロマチンやDNAの修飾によるエピジェネティックコントロールとともに、核膜直下のnuclear laminaと呼ばれるラミンを中心としたマトリックスとの結合が重要な働きをしていることがわかっている。実際遺伝子発現が強く抑制されている領域はほとんど例外なくnuclear laminaと結合していることが、in situ hybridizationやLaminBとの結合によって確認されている。このため、細胞が分化して新しいセットの遺伝子が発現する転写ネットワークが成立するためには、遺伝子がnulcear lamina(NL)から解放される必要がある。

今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は心筋細胞の分化過程でNLによる心筋発生に関わる遺伝子群の捕捉にヒストン脱メチル化酵素Hdac3が関わっていることを示した論文で10月19日号のCellに掲載された。タイトルは「Genome-nuclear lamina interactions regulate cardial stem cell lineage restriction(ゲノムとNuclear Laminaの相互作用が心臓幹細胞の発生を調節している)」だ。

おそらくこの研究は、Hdac3の機能をES細胞の分化系で調べようとする動機から始まったのだろう。ES細胞培養で調整した、心筋、血管内皮、平滑筋へ分化能を持つ前駆細胞から、それぞれの系列への分化誘導時にHdac3を過剰発現、あるいはノックアウトしてその機能を調べ、Hdac3が心筋分化を抑制していることを示している。すなわち、ノックアウトすると心筋細胞への分化が強く誘導され、心筋分化に関わる遺伝子が誘導される。そして、この抑制にはHdac3のヒストン脱メチル化活性が必要ないことを発見している。

このHdac3が脱アセチル化以外の機能を持つというのはこの論文の重要なメッセージで、ヒストン修飾による転写の調節とは違うメカニズムを介してHdac3が心筋分化を抑制していることを示唆している。これまでの研究でHdac3がNLに結合していることが分かっており、Hdac3がNLへゲノムを補足するのに関わっている可能性を確かめる実験を行い、この分化実験系でHdac3が確かにNLに局在していること、そして心筋細胞への分化決定とともに多くの心筋発生遺伝子がNLから解放されることをLaminBとの結合アッセイにより示している。

ただHdac3は心筋特異的遺伝子領域に直接結合しているわけではない。従って、心筋特異的遺伝子は何らかの方法で標識され、NLの捕捉する、あるいは解放することが必要になる。このメカニズムとして、ヒストンH3K9me2(9番目のリジン残基にメチル基が2個付いている)がNLに存在し、分化前のES細胞では心筋特異的遺伝子にはH3K9me2が結合していることを示し、H3K9の修飾のon/offが遺伝子をNLに補足するのをコントロールしている可能性を示している。実際、Hdac3がノックアウトされると、心筋分化に関わる遺伝子はNLから解放され、心筋への分化が促進する。

結果は以上で、Hdac3が心筋への運命決定を心筋分化遺伝子をNLへ補足して抑制することで発現を抑制すること、この活性に脱メチル化酵素活性は必要ないことを明らかにした点は新しい。ただ、ではなぜ心筋特異的遺伝子が特にこの調節を受けるようになっているのかはよく分からない。この研究からES細胞段階から心筋遺伝子特異的にH3K9me2修飾が行われるメカニズムが示唆されるが、これについては明確な答えを出さずに終わっている。また、他の系列のヒストン修飾についての結果もほとんど示されていないため、最後はフラストレーションが残る仕事だった。
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10月24日:統合失調症の理解を深める拡散テンソル画像検査(Molecular Psychiatryオンライン版掲載論文)

2017年10月24日
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私が学生だった時代、統合失調症を理解するために、患者さんとの会話を通じて病気が発症する要因を探り、それを取り除く社会精神医学という分野についての本が多く出版されていた。中でもRD レインの「引き裂かれた自己」やH グリーンの「デボラの世界」を夢中で読んだのを覚えている。結局精神科医を目指すことはなかったが、学生時代に読んだ多くの精神医学の本は、私自身の文科系指向の根っこにあるように思う。しかし、最近の論文を読んでいると、統合失調症の理解に、解剖学やゲノム科学、さらには新しい技術を用いた人間の行動記録が欠かせないことがはっきりわかる。特に最近、脳内の各領域の結合性を調べる拡散テンソル画像検査が可能になって、統合失調症の背景に前頭前皮質や側頭葉を中心とする脳内各領域のネットワークを維持する神経結合の異常があることがわかってきた。ただ、これまでの研究のほとんどが少数例で、また検査方法もまちまちで、この方法を疾患の診断や、病態理解に使うためには、標準化のための共同作業が必要だった。

今日紹介する世界各国29施設の協力による論文はこの拡散テンソル画像解析をなんと2000人近い統合失調症の患者さんと2000人を超す正常人で行い、その差を調べた研究でMolecular Psychiatryオンライン版に掲載された。我が国からも、生理学研究所や大阪大学が参加している。タイトルは「Widespread white matter microstructural difference in schizophrenia across 4322 individuals: results from the ENIGMA schizophrenia DTI working group(4322人の解析から明らかになった統合失調症での広範な白質微小構造の違い:統合失調症DTIワーキンググループENIGMAの結果)」だ。

私も含めて、結果の詳細を完全に理解するのは難しい。ただ、定性的な理解とはいえ、統合失調症が確かに脳のネットワークの異常を背景に持つことはよく理解できたので、以下のようにまとめてみた。

1) 調べられた25箇所の領域のうち20箇所でFraction Anisotoropy(FA)と呼ばれる方法で定量できる神経の方向を持った結合性が低下していることが、大規模試験で確認され、統合失調症が脳領域の神経結合の低下を背景としていることが明らかになった。中でも、脳梁を介する両方の脳半球の結合低下が最もハッキリしている。今後、今回大規模かつ詳細に検討された結合性の低下と、症状との対応関係を調べることが重要になる。例えば視床と脳皮質をつなぐ放射冠の減少は幻聴などと対応できる。
2) FAの低下で見る限り、女性患者の方が低下の程度が強い。
3) 症状の程度と領域間の結合性の低下は平行する。特に脳梁、内包、視床での変化との相関が強い。
4)FA低下に対する有病期間、治療、生活習慣などの影響は少ない。すなわち、診断的価値も高い。
要するに、大規模調査で神経結合を反映するFA値を統合失調症の診断や理解に使える値として使えるところまで持ってきたという研究で、今後はこの結果と、患者さんの脳の解剖学的変化を対応させること、そして精神医学的症状と対応させることが必要だろう。

最初社会精神医学の話を出したが、この考えを信奉する多くの医師は主に政治的な理由で、統合失調症は社会が誘発する病気で、遺伝的、器質的疾患とすることを完全に拒否していた。統合失調症を社会的差別から守ろうとしての考えだが、やはり政治的理由で一つの病気を断じるのは間違っていた。現代では、器質的変化を認めた上で、社会の役割など多くの要因を総合的に考え、差別を排除することが普通になっているだろう。卒業して45年になるが、この分野の著しい進展を実感している。
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10月23日:医学的原因が不明な現象:妊娠経験のある女性から男性への輸血の危険性(10月17日号米国医師会雑誌掲載論文)

2017年10月23日
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「研究が進めば進むほど謎が深まる」ことは普通のことだが、それでも論文を読んで分かったという気になることの方が多い。これは、生命科学の研究論文が 一定レベルの因果性についての説明を目標としているからだ。もちろんその説明が正しいかどうかはさらに研究が必要になる。そんな一つの例が、以前から医療現場で指摘されてきた女性から輸血を受けると死亡率が高いという観察だ。さらに、女性というだけでなく、妊娠経験のある女性から血清ごと輸血を受けると危険性が高まるという論文が発表され、妊娠により誘導された抗体やリンパ球が輸血された人に悪さをするのではと納得していた。

今日紹介するオランダ・ライデン大学を中心にした論文は、赤血球から白血球も取り除いて免疫機構が関与しにくいオランダの輸血システムでもこの問題があるのかを調べた大規模調査で10月17日号の米国医師会雑誌に掲載された。タイトルは「Association of blood transfusion from female donors with and without a history of pregnancy with mortality among male and female transfusion recipients(輸血を受けた男女の死亡率と女性輸血ドナーの妊娠経験の相関)」だ。

研究はシンプルで、オランダの大きな医療組織6カ所で初めて輸血を受けた患者さんの記録を2005年から、2015年まで10年にわたって調べ、単一のドナーから輸血を受けたケースを拾い出して、ドナーの性別、女性の場合は妊娠経験と、輸血を受けた後約1年目の死亡率を病気や死亡原因に関わらず算定している。したがって、ほとんどは輸血が原因で死亡したとはされていないと思う。

現代の医学で輸血を受けるということ自体が深刻な事態であることを反映して、単一ドナーからの輸血を受けた患者さんの1年目の死亡率は17%と高い。その中で、死亡率が統計的に間違いなく高いといえる組み合わせは、妊娠経験のある女性から男性の組み合わせであることが明らかになった。
内訳を詳しくみると、50歳以降に輸血を受けた男性ではほとんど死亡率は上がらず、若い患者さん、特に17歳より若い場合はオッズ比で、単一ドナー複数回輸血で1.65、単一ドナー一回輸血でなんと2.84に上昇している。

以上が結果で、妊娠経験のある女性の血液を50歳までの男性に輸血すると死亡率が高まること、白血球を除去する操作で血清の持ち込みが低い今回の研究でも確認されるため、この現象を単純に抗体や混じっているリンパ球のせいにすることが難しいことが明らかになった。

では何が原因か?例えばドナーが鉄欠乏症に陥っている確率が高いことや、赤血球自体に男女差があるのかなど様々な可能性は考えられるが、謎は深まるばかりだ。

ただ妊娠経験のある女性からの輸血はできるだけ避けるとなると、病気の我が子への母親からの輸血ができなくなる。悩ましいところだ。現実的には、母親から輸血するとちょっと副作用が高いことを念頭に置いて、父親など代わりがあればそちらを選ぶが、止む上ない場合はお母さんからの輸血を躊躇する必要はないだろう。
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10月22日:p53機能を復活させる創薬(Natureオンライン版掲載論文

2017年10月22日
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Ras分子と共に、多くのがんで変異が見つかるのがp53だが、前者はガンのドライバーで増殖を促進する一方、p53は増殖抑制するガン抑制遺伝子として知られる。変異により機能を失うことで増殖抑制のはずれるガン抑制遺伝子の治療にはその機能を回復させることが必要になる。この目的で、遺伝子治療に期待が集まっているが、これまでの研究で詳細が明らかになったp53のユビキチン化による分解を行う主要分子MDM2機能を阻害して、p53分解を抑える方向の創薬開発も進められている。

今日紹介するのはCancer Research UK傘下のバイオベンチャーCRUK Therapeutic Discovery Laboratoriesを中心に、英国の大学、そしてアメリカのバイオベンチャーが協力してp53活性を上昇させる化合物を特定した研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Molecular basis of USP7 inhibition by selective small-molecule inhibitors(特異的低分子阻害剤によるUSP7阻害の分子基盤)」だ。

まずタイトルにあるUSP7について説明しよう。P53はMDM2によりユビキチン化され分解される。このMDM2が自分でユビキチン化して分解されるのを脱ユビキチン化して防ぎ、p53の脱ユビキチン化にも関わる2面性を持った脱ユビキチン化酵素がUSP7だが、がん細胞を用いた研究からUSP7を阻害してMDM2が分解されれば、p53の分解は押さえられることがわかっている。またユビキチン化経路は創薬標的となることがわかってきたため、多くの製薬会社がUSP7阻害剤の開発に関わってきている。

この研究グループの用いた方法は極めてオーソドックスだ。まず、アメリカのFORMA Therapeuticsの持つ50万の低分子化合物をユビキチン化阻害アッセーを用いてスクリーニングし、2種類の化合物がヒットしてきている。そのうちFT671はナノモルレベルの阻害活性を持ち、38種類の脱ユビキチン化酵素のパネルで調べると、USP7特異的であることがわかった。

次に、FT671が結合したUSP7を結晶化して構造解析を行い、詳細は省くが、なぜFT671が高い親和性を持ち、またUSP7特異的なのかを明らかにしている。おそらくこのデータは、今後この分子をさらに効果の高い薬剤へと仕上げるためには重要な役割を果たすと思う。

さらに念の入ったことに、構造からわかったUSP7部位の変異体を作り、USP7が作用するメカニズムを解明するとともに、確かにFT671がUSP7の不活性化型から活性化型への変化をブロックすることを確認している。

その上で、これまでUSP7をノックダウンすると細胞の増殖が止まるがん細胞株を用いて、このリガンドがp53の発現量を回復させ、下流の遺伝子が活性化され、増殖を抑えることができることを示している。また、毒性も確かめるために、マウスにガンを移植して、ガンの増殖は抑制されても1ヶ月経た段階ではマウスに毒性は見られないことを示している。

示されたデータをみると、増殖抑制効果は完全でなく、この治療だけでは再発すると思うが、ドライバーとガン抑制遺伝子に対する同時治療という見地からは大きな前進だと思う。これほどオーソドックスな方法で見つかるなら、多くの製薬企業でも開発できているはずで、多くのガン患者さんに使われる日を期待している。
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10月21日:ゲノムによる発ガンの疫学(10月18日号Science Translational Medicine掲載論文)

2017年10月21日
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現役の頃、上海であった会議の後、中国の医学研究者達と一緒に、先日地震で大きな被害を受けた九寨溝や黄龍を駆け足で回ったことがあるが、九寨溝から黄龍までの途中の峠に大きな漢方薬の材料を得る店があり、一緒に旅行した近代医学の先頭に立つ研究者達も、結構真剣に冬虫夏草や様々な薬草を買っていたのを見て、漢方薬が中国に根付いていることを認識した。今中国や香港では、漢方薬にわざわざ医薬品を混ぜて効果を上げた製品が売られているのが問題になっているが、長年治療に使われてきた薬草の多くは、伝統に根付いた安全性があると確信されているようだ。

しかしすぐに副作用が現れず、伝統でも安全性を保証しきれない薬草もある。そんな一つが、2003年に台湾で腎不全という重大な副作用が指摘され使用が禁止されたウマノスズクサ科の植物だ。ただ副作用の原因として特定されているアリストロキア酸(AA)はDNAに特徴的な突然変異を誘発して、膀胱や尿道ガンを起こすことも分かっており、台湾での膀胱癌の大多数はこのAAが原因とされている。今日紹介するシンガポール大学と台湾・長庚大学からの論文は代謝経路にある肝臓にもAAの影響があるのではないかを調べたゲノム疫学研究で10月18日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Aristolochic acid and their derivatives are widely implicated in liver cancers in Taiwan and throughout Asia(アリストロキア酸とその誘導体は台湾及びアジア全体の肝臓ガンに関係している)」だ。

ガンゲノム研究の大きな成果は、ガンに見られる突然変異のパターンから、その成立機序がわかることだ。これまでの研究で、AAによる膀胱癌や尿道ガンの塩基変異の特徴が分かっている。今回ゲノムが調べられた台湾の肝がん患者さんでは、なんと78%がこの変異の特徴を持っており、変異の種類に基づく主成分解析で、一般の肝がんではなく、尿道ガンに近いクラスターに属することが確認された。
その上でこの特徴を持つ肝臓ガンの頻度を各国で調べると、中国でも4割以上、南アジア各国で6割程度、さらにベトナムでも2割程度の肝がんにこの特徴が見られている。一方幸いなことに、我が国ではほとんどこの特徴は存在しない。もちろん米国やヨーロッパも同じだが、米国での中国人患者さんでは2割近い頻度で見られることが示された。このことは、中国の伝統に根付いた薬草であるため、中国人の多い地域、あるいは文化の影響が強い地域でこの問題が発生しているのがわかる。
膀胱癌や、尿道ガンではAA自体による変異誘導が発ガンの原因になっているが、肝がんではどうか知るため、ガンのドライバー遺伝子や、ガン抑制遺伝子上でAAによる変異があるか調べたところ、多くの遺伝子の変異でこの特徴が見られることから、発ガンの危険因子として考えるべきだと結論している。
話はこれだけだが、アジア各国でガンゲノム解析が進んでいることがわかるとともに、確かにゲノム疫学研究が面白い領域になっているのを実感した。実際、薬草でも食品でも、あるいは放射線被曝でも長期的影響を調べるのは簡単でない。それをゲノムから疫学的に解析できるようになると、実験室と疫学フィールドの直結した面白い分野に発展すると思う。
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10月20日:なぜ夕暮れでも真昼でも本を読めるのか(11月2日号Cell掲載論文)

2017年10月20日
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歳をとると目の調節機能が落ちてきて、あまり明るい場所や、暗い場所で本を読むのが難しくなる。幸い、タブレットやKindleなど一定の光量で活字を読むことが可能になって、本当にありがたく思っている。しかし改めて考えると、私たちは昼から夜まで、大きな輝度の変化に対応して、視覚の感度を調整できるのには驚く。カメラを例えに言うなら、全体の光量を感知して、画像センサーの閾値を普段に調整している。この輝度センサーに当たる細胞が15年前発見されipRGCと名付けられた。

これまで、ipRGCはカメラの輝度センサーと同じで、広い輝度のダイナミックレンジをカバーして、視細胞を調節していると考えられてきたが、今日紹介するハーバード大学からの論文はこの考えを覆した研究で11月2日発行予定のCellに掲載された。タイトルは「A population representation of absolute light intensity in the mammalian retina(哺乳動物の網膜で光の絶対量は集団的に表象されている)」だ。

多くの細胞を同時に記録する方法が全盛のこの時代に、この研究では一個一個のipRGCを丹念に記録する方法だけを用いている。しかし、考えてみると網膜は複雑な組織で様々な細胞が入り混じっており、この方法が最も信頼できる。さらに、光を感じる時の変化を安定な信号に変えて次のシナプスに伝達する軸索でのシグナルを明確に区別することも重要になる。

この研究ではipRGCに特異的に発現するメラノプシンを発現する細胞を蛍光ラベルで特定し、一眼について一本づつ、ipRGC軸索のシナプス端末近くでパッチクランプよう電極で興奮を記録している。これだけで、途方もない努力であるのがわかる。パッチ電極を設置後、網膜にゆっくり段階的に輝度を上昇させた光を照射し刺激に対する反応を調べると、 1)輝度の上昇に対するipRGCの反応パターンはほぼ同じだが、反応が始まる輝度はまちまちであること、
2)それぞれは輝度に対する感受性に応じた閾値にに達すると活動を停止するが、また暗くなって自分の感度に戻ってくると活動を始める、
ということがわかった。すなわち、同じダイナミックレンジの広い輝度センサーで調節する代わりに、異なる閾値を持った細胞集団で広い輝度レンジをカバーしていることがわかった。

この発見がこの研究のハイライトで、これは一本の神経を丹念に記録することでしかわからない。あとは、それぞれの神経が光による刺激に極めて敏感に反応することで、一定の輝度に達すると軸索のナトリウムチャンネルを抑えるように働くこと、この閾値はメラノプシンの産生量によること、このシステムのおかげで高輝度の光で全ての神経が過分極することなく、急に周りが暗くなっても、これまで抑制されていた神経が活動できることなど、詳しい特性を明らかにしているが、詳細はいいだろう。数理が全く使われず、素人にもわかりやすい力作だと思う。


もともと神経生理学は一本の神経の活動を記録することから始まったが、この伝統を守りつつ、新しい方法を取り入れて領域が急速に進歩していることがよくわかる。いずれにせよ、視覚認識の仕組みを知れば知るほど、それを記憶できている自分の脳に驚嘆する。
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10月19日:脳内の2領域の活動を電磁場でシンクロさせて結合を高める(10月9日号米国アカデミー紀要掲載論文)

2017年10月19日
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今週「レナートの朝」の著者・オリバー・サックスが書いた、「音楽嗜好症」という本を読んだが、この中に雷に打たれた後、急に音楽に目覚め、ピアノが弾けるようになった整形外科医の話が紹介されていた。この例は、私たちの脳がもつ隠された能力を、外部から電気的な刺激で解放できることを示している。事実、2014年9月に紹介したように、頭蓋の外から電磁波を照射して脳機能を操作する研究が急速に進んでいる(http://aasj.jp/news/watch/2132)。私たちの神経がvoltage gated channelによって興奮する性質を考えるとこのような可能性が追及されるのは当然のことだが、これまでの研究では特定の場所一箇所に刺激を与えた後、脳機能を調べるというのが普通だった。ただこの方法だと、刺激された領域とつながる領域が全て変化させられ、特定の領域間の結合のみを特異的に高めることは難しい。

これに対し今日紹介するボストン大学からの論文は、神経結合があることがわかっている脳の2領域を同時に刺激して同期させたり、同期を阻害することで領域間の結合をポジティブにも、ネガティブにも特異的に操作できることを示した研究で10月9日号の米国アカデミー紀要に掲載された。タイトルは「Disruption and rescue of interareal theta phase coupling and adaptive behavior(領域間のΘカプリングを混乱させたり復活させて適応行動を操作する)」だ。

この研究では、情報に合わせて行動を適応させる反応が起こる時、同じΘリズムで同期する内側前頭皮質と(MFC)、外速前頭皮質(LFC)を選んで、電磁波で刺激し、刺激の適応行動への効果を調べている。刺激はΘリズムと同じ6HZの電磁波を用いるが、それぞれの領域を同じ位相の電磁波で刺激するグループと、位相が逆の電磁波で刺激するグループに分けている。前者では両領域の活動リズムの位相の同期は強まり、後者の場合は同期が阻害される。

この処理を20分続けた後、1.7秒のインタバルを「早い、遅い」という情報に従って正しく推定するゲームを行わせている。このゲームでは、正しい推定ができるまで、早い、遅いと情報を与えてフィードバックを行うが、この時MFCとLFCがΘリズムで同期することがわかっている(この研究でも確認している)。従って、もし両領域を位相をそろえたΘリズムで同期させれば、フィードバックを助けることになり、逆位相の刺激で同期を阻害するとフィードバックが邪魔され正解が出にくくなると予想される。

結果は予想通りで、位相をそろえた電磁波で刺激すると、テストの成績は上がり、逆の位相の刺激を与えると、間違いが増え、最後はやる気をなくしてしまう。さらに、逆の位相の刺激を与えて、両領域間の同期を阻害し、課題がうまくできないようにした後、強制的に電磁波で位相を同期させると、課題を処理する能力を回復させることも示している。

この研究では、行動テストだけで刺激の効果を判断しているため、本当に解剖学的に結合性が上昇したのかなどは分からない。しかしここまで期待通りの結果が出ると、今後MRIの検査などを用いた研究が行われるのも時間の問題だろう。 残念ながら、現在はまだ操作のしやすい、前頭前皮質の領域の刺激が行われているが、今後感情に関わる辺縁系や脳幹など脳の深い領域の刺激が可能になると、自閉症などの結合性を変化させ、社会性を回復させる可能性も出てくるのではないかと、私は大きな期待を寄せている。 最初に述べた例のように、電磁波を用いて能力開発が可能になることがわかってくると、遅かれ早かれ実際の臨床応用に踏み出すだろう。計画どうり安全にこのような脳操作が可能なら、発達障害などの治療には確かに朗報だが、倫理的な問題も間違いなく生じる。何が正常で、何が異常かを含め、そろそろ脳操作についての倫理問題を議論する時期が来たと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ
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