カテゴリ:論文ウォッチ
4月27日:年齢と突然変異、115歳のゲノム(4月25日号Genome Research掲載論文)
2014年4月27日
最近は100歳を超して生きる方の数が増え続けているようで、昨年は我が国でも5万5千人近くに達した。この様な方のゲノムにどんな変化が蓄積するのか興味はあるが、いくら遺伝子解析が進んでもこれを調べるのは実は簡単ではない。というのも、元々突然変異の頻度は低く、同じ突然変異が複数の細胞に同時に起こる事はほとんどない。このため、年とともに細胞に蓄積する突然変異を調べるためには、一個一個の細胞のゲノムを別々に調べ、統計的に処理するという途方もない作業が必要で、現在では技術的にもほぼ不可能だ。しかしあきらめる必要はなかった。今日紹介する論文は、115歳まで生きた女性の血液細胞のゲノムを調べてみたら、これまで不可能と思われていた一個の細胞に積み重なる突然変異の質と量を明らかにする事が出来た事を示すオランダのグループの研究だ。タイトルは「Somatic mutations found in the healthy blood compartment of a 115yr old woman demonstrate oligoclonal hematopoiesis(115歳の正常血液細胞に見られる体細胞突然変異から血液が少ないクローンから造られていることがわかる)」で、4月25日号Genome Research誌に掲載された。この女性が115歳でなくなった後、脳組織と血液細胞を採取し、それぞれのゲノムのDNA配列を調べている。既に述べた理由で正常細胞に蓄積される突然変異は薄まって通常ほとんど見つける事は出来ない。従ってここでは脳組織は持って生まれたゲノムを代表している。一方、体中を流れる血液は全て造血幹細胞に由来しており、働いている幹細胞の数が少ないと生涯を通して蓄積される突然変異を見つける事が出来るかもしれない。結果は予想以上で、なんとこの方では多くの造血幹細胞が年とともに消失した結果(白髪になるのと同じように血液幹細胞も年齢を重ねると失われるようだ)、亡くなる時に存在した血液細胞のほとんどは2個の幹細胞に由来する事がわかった。染色体の両端にあるテロメアと呼ばれる部分が血液では他の細胞と比べて短くなる速度が速いからだと考えられている。いずれにせよほとんどの血液細胞が2個の幹細胞由来なら115年を経て蓄積される突然変異の全貌を明らかにする事が出来る。まず明らかになったのは一つの細胞に約450種類の突然変異が蓄積する事だ。「え?そんなにたくさん?」と思われるかもしれないが、私たちのゲノムは巨大であり、年5個程度の突然変異が起こるのではと推定されていた。とするとこの数は驚くほどではない。幸い、一つ一つの突然変異を調べると、懸念する異常を引き起こす変異ではない。もちろん運悪く重要な遺伝子に変異が起こると白血病を引き起こすのだろう。専門的すぎるので詳しく紹介するのを差し控えるが、この論文では突然変異の起こりやすい場所、この方が生まれついて持っていた幾つかのDNA修復遺伝子の突然変異についても結果を詳しく示しており、読んでいて様々な想像を廻らす事の出来る面白い論文だった。元血液学者のはしくれから見ると、この研究は特に高齢の原爆被爆者の方に増加している骨髄異形成症候群を考えるための多くのヒントを提供してくれているように思える。高齢者の血液に蓄積された突然変異を明らかにする可能性が生まれた今、広島や長崎の被爆者の方の血液のゲノムを調べるプロジェクトを是非加速させるべきだと思った。我が国は大きな資金を福島の方々のゲノム解読に使っている。しかし被爆者の方が高齢になり亡くなって行く今、原爆による被爆の効果をゲノムレベルで調べる事が最優先で、長い目で見れば福島の方々にも役に立つと思う。またゲノムを比べる事で、被爆者だけでなく高齢発症の白血病全般を救うための新しい方策が生まれる効果も期待できる。被爆後70年を迎える今こそ、優先して広島・長崎の被爆者に目を向けるべき時だと思う。