カテゴリ:論文ウォッチ
4月30日:体細胞核移植によるヒトクローニング(Natureオンライン版掲載論文)
2014年4月30日
2004年3月、サイエンス紙に体細胞核移植によるヒトクローン胚由来ES細胞樹立の成功を報告するソウル大学・黄禹錫さん達の論文が掲載された時は今も覚えている。文科省などの倫理委員会でも新しい技術に備えて議論を行った。私の研究所にも招待して直接話を聞いた。当時私はISSCR(国際幹細胞研究学会)のボードメンバーで、ここでも緊急に黄さんを招待し講演を依頼した。人当たりのいい奢らない研究者の印象で、講演も大きな喝采を得ていた。しかしこの論文にはその後卵子売買、捏造疑惑が生じ、2006年12月には作成されたES細胞がクローン由来でない事が調査委員会により報告された。この世界を巻き込んだ捏造事件は、しかし、ヒトクローン胚作成が不可能である事を示したわけではない。ただ続く2007年山中さんがヒトiPS樹立を発表してから、わざわざ困難を引き受けてヒトクローン胚作成に挑戦しようという研究者は間違いなく減ったはずだ。何よりも多くの国でこの研究に対する助成額は大きく減少したと思われる。そんな困難にめげず、体細胞核移植によるヒトクローン胚作成に関わる問題を一つ一つ検討し、ついに黄禹錫さんの出来なかったヒトクローン胚由来ES細胞樹立のための方法を確立したのが今日紹介する研究だ。研究はニューヨーク幹細胞研究所のEgliさんの研究室からNatureオンライン版に発表された。なんと筆頭著者は山田さんと言う日本人だ。タイトルは「Human oocytes reprogram adult somatic nuclei of type 1 diabetic to diploid pluripotent stem cells (ヒト卵子は1型糖尿病の体細胞核をリプログラムして2倍体の多能性幹細胞へ至る)」だ。論文は技術的検討に終始しており、詳しい条件の紹介は控える。技術に終始うぃた論文になるのは当然で、多くの動物で既にクローン化の報告があり、黄禹錫さん自身もクローン犬の樹立に成功している。問題は、ヒトクローンを成功させるために立ちはだかるヒト卵子特異的な障害の解決だ。この論文では多くの条件を一つ一つクリアしている。だからこそ、黄禹錫事件から7年もたってしまったのだろう。いずれにせよその粘りに頭が下がる。実際には10種類以上の様々な変更や改良を加えた結果、ヒトでも他の動物と同じように10%近くの核移植クローン胚からES細胞を樹立できるようになっている。そして、1型糖尿病患者さんの体細胞核を移植して、疾患ES細胞の樹立にも成功している。素晴らしい仕事で、心からおめでとうと言いたい。「iPSがあればESやクローンは必要ないのでは?意味のない努力では?」と思われる人も多い事だろう。しかし意味があるかどうか、クローン胚由来ES細胞とiPSを比べないと結論できる事ではない。iPSは今やどの研究所でも簡単に作成できる。とすると、例えばミトコンドリアの初期化の問題などは、この技術を持つ研究グループでしか進まない。この意味で、研究を支え続けたニューヨーク幹細胞研究財団及びニューヨーク州の研究助成の貢献は大きい。また論文を掲載したNatureにも喝采を送りたい。国家が助成を行わない分野を守るために地方自治体が助成するこの様な仕組みはうらやましい。カリフォルニア州も同じ様な助成システムを設立し、国が助成を禁止しているヒトES細胞研究を支えて来た。これこそがアメリカの科学の強さの根源だと私は確信している。我が国の科学の将来にとって多様性が失われる事が最も危険だ。その意味で私は大いにSTAP研究に期待していた。細胞質によらないリプログラムの研究によりこの分野は多様になって行くことが期待できるが、今となっては逆に多様性が消失する方向へと収束してしまう様な気がする。ともすると科学者も含め日本人は同質性に安住したがる傾向がある。この状況を変えるためには、他人とは違う事を考えたがる元気な若い人が育つ以外に我が国に多様性は根付かないと思う。そのために、講義などあらゆる機会を使って若い人を煽動していきたいと思っている。