I型糖尿病は一種の自己免疫病で、インシュリンを分泌する膵β細胞が細胞障害性の免疫反応で殺されることにより発症する。従って、病気の根本的治療は免疫反応を抑え、細胞障害を防ぐことになる。しかし、ほとんどのI型糖尿病患者さんでこの免疫過程は症状なく進み、気がついたらβ細胞が失われてしまって重度の糖尿病になっていたというのが現状だ。現在のところ、失われたβ細胞を再生する方法がないので、発症すると治療としてインシュリン補充療法か、β細胞移植しか残されていないことになる。もし免疫反応を早期に感知して、早期に免疫反応を抑えることができればI型糖尿病の多くの問題が解決する。このために必要なのは、1)リスク予測、2)自己免疫反応早期検出、3)β細胞機能モニタリングだ。リスク予測についてはゲノム研究が進んでおり、一部のタイプでは予測が可能になっている。ただ、複数の遺伝子が複雑に絡むため、まだまだ正確性に欠ける。免疫反応については、幾つかの抗原に対する自己抗体検査が行われるようになっている。特にインシュリン自己抗体は発症のかなり前から検出できることが知られている。β細胞機能については、インシュリン分泌能を直接測れるようになり、グルコース負荷後のインシュリン分泌などが早期診断に役に立つことがわかってきた。しかし、肝心のβ細胞が死んでいるかどうかを診断することは、組織を取らない限り不可能で、細胞障害を直接検出する方法の開発が急がれていた。今日紹介するエール大学からの論文は、β細胞死に直接関わる指標についての研究でJournal of Clinical Investigation2月号に掲載された。タイトルは「β cell death and dysfunction during type 1 diabetes development in at-risk individuals(ハイリスク患者さんのI型糖尿病進展に伴うβ細胞死と機能不全)」だ。このグループは1型糖尿病の早期診断に集中して研究を続けてきたようで、最近血液を流れるインシュリン遺伝子のメチル化されたものとされていないもの(非メチル化)の比がβ細胞死と相関することを実験系で見出していた。この研究では、この発見を実際の患者さんで検証するため、親戚に1型糖尿病患者さんの存在、自己抗体の存在などから、糖尿病発症の危険が高い人達を選んで、5年経過観察を行い、メチル化されていないインシュリン遺伝子を調べた研究だ。リスクが高いとして選ばれた20人のうち、10人は経過観察中に糖尿病を発症している。ただ、最初の診断では空腹時血糖、グルコース負荷試験では異常ない人達が選ばれている。詳細は省くが、結果は有望で、糖尿病を発症した人の中の3割ぐらいで非メチル化インシュリン遺伝子の量が上昇する。また、初期の機能検査であるインシュリン分泌能と、血中の非メチル化インシュリン遺伝子とは明らかに相関している。ではなぜ最終的に発症した全ての患者さんでこの指標は上がらないのか?これについて、細胞死が常に起こっているわけではないこと、また非メチル化遺伝子の寿命が短いのではないかと仮説を立て、膵島移植を受けた患者さんでの非メチル化インシュリン遺伝子測定から、この遺伝子の血中寿命が3時間程度しかないことも突き止めている(移植された膵島の多くは定着せずに死ぬため細胞死のモデルとして利用できる)。他にも様々な検査を行っているが、重要な結果はこれだけで、まとめると非メチル化インシュリン遺伝子が血中に多いと、β細胞がまさに殺されている時点であることの指標になるというのが結論だ。もちろんこの検査をマススクリーニングに使うのは難しい。しかし、リスクの高い患者さんを選び、幾つかの検査を組み合わせて早期診断し、自己免疫反応を標的とした治療を行うことがこの病気の重要なゴールであることを考えると、さらに大きな規模の地道な検証が行われることを望む。しかし、出口の治療から、入り口の診断まで1型糖尿病に関しては着実に根治に向けて進んでいる。期待していい。
2月5日:I型糖尿病早期診断(2月3日号Journal of Clinical Investigation掲載論文)
2015年2月5日
カテゴリ:論文ウォッチ