ヒトの高次脳機能を調べるために、脳内に直接電極を埋め込んで、脳活動をリアルタイムに計測する事が行われている。もちろん研究のために電極を埋めるわけではなく、てんかん発作の始まる場所を正確に特定するために行われる検査の一つだが、この機会をとらえて、例えば言葉を話すような複雑な脳機能を調べるために、患者さんの協力を得ることが欧米では行われている(我が国についてはよく知らない)。このホームページでも昨年1月22日に、言語に関わる領域は決して左脳に限局しているわけではないことを示した、これまでの通説を完全に覆す論文を紹介した。今日紹介するカリフォルニア州立大学バークレー校からの論文もこの方法を用いた言語野に関する研究で、米国アカデミー紀要オンライン版に掲載された。タイトルは「Redefining the role of Broca’s area in speech (発語の際のブロカ領域の役割を再定義する)」だ。研究では、脳内に電極が埋め込めこまれた7人のてんかん患者さんに発語に関する課題を行わせ、その時の上側頭回(STG)、ブロカ領域、そして運動野での神経活動を記録している。STGは言葉の音認識や理解に関わる領域、ブロカ領域は言葉を発する課程に関わる領域であることが、それぞれの部分が障害されたことにより起こる失語の症状からわかっていた。今回の研究は、単語を聞いて発語するまでの、どの課程にブロカ領域が関わるかを詳しく調べることを目的としており、そのための3つの課題が設計されている。一つは、聞いた1音節の単純な単語を復唱する課題、複雑な音節の単語の復唱、そして、意味のある単語と意味のない単語を聞かせて復唱させた時の反応が調べられている。結果は明快で、一音節の単語を聞くとまずSTGが活性化する。その途中でブロカ領域が興奮しだし、言葉を復唱するときには運動野が興奮する。この研究のハイライトは、復唱が始まると、すなわち具体的に発語が行われるときはブロカ領域が全く活動していないという発見だ。これまで機能的MRIなどを用いた研究から、ブロカ領域は発語時に音の順序などを調節し続ける役割があると考えられていた。しかし、電極を使って直接神経活動を調べると、発語時には全く活動がないことがわかった。活動の因果性を調べる統計的方法を用いて神経伝達の方向性を調べると、単語を聞き始めるとSTGからブロカ領域へと伝達が起こり、次にブロカ領域から運動野、STGへと伝達が進むようだ。最後に、意味のない単語を聞かせて復唱させると、意味のある単語と比べてブロカ領域の活動時間が長くなる。すなわち、単語の音節を構成するのに時間がかかる。これらの結果から、著者らはブロカ領域の役割は、感覚や記憶など、多くの大脳皮質領域から集めた情報に基づいて、発語に向けた単語の構成を決め、運動野に伝えることで、発語自体には直接関わらないという結論を得ている。しかし、40年前に大学で習ったことが、一つ一つ改定されていくのを見ると、どんなに脳活動記録法が進んでも、最も単純な電極による記録法にはまだ敵わないことを実感する。次は文章を復唱するとき、文章という全体と、単語という部分をブロカ領域がどう処理しているか知りたいものだ。
2月20日:発語と大脳ブロカ領域(米国アカデミー紀要オンライン版掲載論文)
2015年2月20日
カテゴリ:論文ウォッチ