1月4日にここで紹介した「がんの危険性は分裂回数で決まる」と言ってのけたVogelsteinたちの論文は(ガン発生リスクの組織差:思い切った仮説を元に考えてみる)、あまりにも単純化していると真面目な先生方の批判の的になっているようだ。ただ、2月4日に紹介したように(岡崎フラグメントと遺伝子変異)、複製の度に、不正確なポリメラーゼαで複製した部分が残るなら、当然分裂が一番の危険因子になることは間違いない。即ち分裂というより、不可避な複製時のエラーがガンの一番の原因になるわけだ。今日紹介するカナダ・トロントの小児病院からの論文は複製時のエラーを修復する分子に突然変異が起こった患者さんのガンのゲノムを調べることで、複製時のエラーがいかに重大な問題かを示した研究で、Nature Geneticsオンライン版に掲載された。タイトルは「Combined hereditary and somatic mutations of replication error repair genes result in rapid onset of ultra-hypermutated cancers (エラー修復遺伝子の遺伝性と体細胞突然変異が組み合わさると超変異ガンが急速に発生する)」だ。一つだけ予習が必要なのは、ミスマッチ修復という概念だ。2月4日に紹介したように、DNAポリメラーゼε、δによる複製はかなり正確だが、それでも間違うことがある。間違うと鋳型に存在する塩基と相補性のない塩基がもう一方のDNA鎖に来てしまう。これがミスマッチで、普通はこのようなミスマッチは、それを見つけて正しい塩基に替える酵素で修復される。これがミスマッチ修復だ。この酵素が両方の染色体で欠損すると複製時のエラーが増加すると予想できる。しかし、このような患者さんから例えばポリープをとってきてゲノムを調べても突然変異が極端に増えていることはない。これは、ミスマッチ修復を何重にも保証するメカニズムが備わっているからだ。ところが、このような突然変異を持つ患者さんの中に、極めて悪性の腫瘍が発生してくることがある。この研究では、このような脳腫瘍17例のゲノムを調べ、突然変異の数を比べたところ、驚くべきことに10例で、1Mbに平均250の突然変異という、膨大な数の変異が見つかった。あまり変異のない残りの例と比べると、超突然変異型腫瘍の全てでDNA複製に関わるポリメラーゼεかδの突然変異が、ミスマッチ修復の遺伝的変異に組み合わさっていることを発見した。生化学的な研究から、この突然変異により複製のエラー率が10倍以上に跳ね上がることが明らかになった。経時的に組織が得られた患者さんで調べてみると、ポリメラーゼの突然変異が起こった途端にガンが悪性化し、突然変異の数が跳ね上がることがわかった。実際この患者さんでは、ポリメラーゼに突然変異が起こると、72354箇所で新しい突然変異が新たに蓄積している。実に一回分裂で608個の突然変異が起こる凄まじさだ。これまで、細胞の増殖や細胞の生存に関わる遺伝子を発がんに重要な遺伝子として紹介してきたが、これを見ると複製メカニズムの異常が本当は最も恐ろしいことがわかる。患者さんを見ていると、ある時急速にガンが増大するという経験をすることがある。今振り返ると、そんな時は複製メカニズムに破綻が生じていたのかもしれない。最も恐ろしいがんを理解すると、心は重い。
2月10日:最も恐ろしい腫瘍(Nature Geneticsオンライン版掲載論文)
2015年2月10日
カテゴリ:論文ウォッチ