3月26日に、サルから人間への進化過程で、脳細胞の増殖に関わる遺伝子の発現を調節している領域が人間特異的な変化を遂げ、皮質の拡大に貢献していることを示した論文を紹介した。その時、転写調節領域の変化が積み重なってサルから人間へのスイッチが徐々に起こるだろうが、サルには存在しない新しい遺伝子の出現でこの進化を語ることは難しいと言ってしまった。しかし、1週間も立たないうちに、そんな遺伝子が存在することを示唆する論文がドレスデンのマックスプランク研究所から3月27日号発行のScienceに報告された。私の不用意な予想を訂正する意味でも是非紹介したい。タイトルは「Human specific gene ARHGAP11B promotes basal progenitor amplification (人間に特異的なARHGAP11Bは脳の基底部の前駆細胞増大を促進する)」だ。このグループは、人間への進化で脳の新皮質が拡大するためには、まずニューロンやグリア細胞へ分化できる多能性を持った前駆細胞の増殖が必要だと考え、胎児期皮質に存在する前駆細胞(RGC:radial glia cellと呼ばれている)に人類だけで発現している分子を探索していた。このRGCが皮質の表面にコンタクトしているという性質をうまく使って胎児皮質に存在する神経細胞を全て分別できるようにし、セルソーターでマウスとヒトから集めてきた細胞で発現する遺伝子を比べている。詳細は省くが、マウスとヒトとの比較の際にあらかじめ設定した条件に合う遺伝子は結局1つに絞られる。この遺伝子がARHGAP11Bで、なんとチンパンジーには存在しない、人間特異的遺伝子に到達できたのだ。進化的に見ると、ARHGAP11BはARHGAP11A遺伝子がヒトへの進化の過程で重複してできた遺伝子で、この過程で重複後遺伝子の4分の3近くを失い、代わりに新しい47アミノ酸がC末に付け加わった構造に変化している。この結果、元の遺伝子にあったRhoGAP活性は欠損し、まだ機能が完全に特定できてはいない全く新しい遺伝子に生まれ変わっている。さらに驚いたことに、この遺伝子はドレスデンの近く、ライプチッヒのマックスプランク研究所のペーボさんたちが核酸配列を決めたネアンデルタール人や、デニソーバ人ゲノムにも存在する。ついに、ヒト属に特異的遺伝子が発見された。この遺伝子をマウス胎児脳に直接導入すると、RGC細胞が増殖し、マウス脳にはないシワが発生する。試験管内でさらに詳しく調べてみると、マウスのRGCは対称的に分裂し非対称に分化するのが、分化しながら対称的に分裂するように変わる。まさに、細胞レベルでも大きな変化をもたらす分子であることが分かった。ついに人類だけに存在する、新しい機能を持つ遺伝子が見つかった。おそらく今ドレスデンは大きな興奮に包まれているだろう。サルからヒトへのスイッチ遺伝子があるという単純な信念を実現したグループにエールを送りたい。もうすでにサルにこの遺伝子を導入する研究が行われているはずだ。猿の惑星もエープリールフールの話ではなくなってきた。
4月1日:人類特異的遺伝子(3月27日号Science掲載論文)
2015年4月1日
カテゴリ:論文ウォッチ