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9月5日:ピオグリタゾン(武田薬品アクトス)を使った慢性骨髄性白血病根治の可能性(Natureオンライン版掲載論文)

2015年9月5日
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私が医学部を卒業してからほぼ40年、多くの病気で治療法が変化したが、私自身は血液幹細胞の発生に関わったこともあり、慢性骨髄性白血病(CML)の治療法の変化に特に強い印象を受けている。卒業したばかりの頃は、経過は長いとはいっても治療法のない病気だった。今でも患者さんたちが骨の痛みに耐えておられたのを覚えている。その後骨髄移植が定着すると、根治可能になったが、治療自体は患者さんに強い苦痛を強いるものだった。そこに病気の原因であるBcr-Ablキメラ分子の作用を抑えるイマチニブ(ノバルティスファーマ:グリベック)が登場し、経口薬を服用するだけで白血病の進行を抑えられるようになった。これで患者さんの苦痛は大きく軽減されたが、問題はこの治療では白血病が完全に治って薬の服用が必要なくなる人の割合が10%以下と低い点だ。これは、白血病の元となる幹細胞がもともと増殖していないため、イマチニブでは白血病を叩ききれないためだ。そこで、この幹細胞の増殖を促進してなんとかイマチニブで叩けないか研究が進んでいた。その一つがトランスレーショナル研究を目指すフランスのiMET研究所のグループで、これまでの研究でPPARγと呼ばれる分子を活性化することで幹細胞の増殖を活性化させイマチニブに感受性にすることでCMLの根治が可能になる可能性を示す前臨床研究を報告していた。今日紹介する論文はこの研究の延長で、PPARγ活性化剤として糖尿病に使われているピオグリタゾン(武田製薬アクトス)をCML患者さんに投与し、CMLが根治するかその効果を確かめた臨床研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Erosion of the chronic myeloid leukemia stem cell pool by PPARγ agonists(PPARγ活性化剤によりCML幹細胞のプールを侵食する)」だ。研究ではピオグリタゾンが患者さんの白血病幹細胞の活性化を誘導し、イマチニブに感受性に変化させる分子メカニズムについて詳しく調べ、PPARγの活性化がSTAT5転写因子の発現を抑え、その結果幹細胞を静止期に維持するために必要なHIF2αやCITED2遺伝子の発現が抑制され、結果幹細胞が分裂を始めイマチニブの標的になるというストーリーを確かめているが、患者さんにとってこれはどうでもいいことだろう。最後にイマチニブだけでは完全に白血病が消失しなかった患者さん3例でピオグリタゾン投与を始めると全てが完全寛解に到達し、なんと一人はイマチニブ投与をやめても再発が現在のところないという結果が示された。次に、24人の同じくイマチニブだけでは治療の難しい患者さんを用いた2相試験が始まり、これもピオグリタゾン投与後すぐから安定な完全寛解が57%の患者さんに導入されたようだ。最終結果を見るためにはまだ時間がかかるだろうが、この治験が成功すれば診断後すぐからこの治療でイマチニブも必要のない完治を目指す治験が始まるだろう。静止期にあるガンの幹細胞を活性化させ抗がん剤で叩く治療がガン根治には必要であることがますます認識されているが、この研究はこの分野に大きな希望を与えたと思う。ピオグリタゾン、すなわち武田薬品のアクトスは、この作用機序の薬剤が撤退していく中で、糖尿病の薬として世界中に販売された。ただ、膀胱癌を誘発するという訴訟が起こり、武田薬品を揺るがす問題に発展している。この研究が正しいなら、儲からなくてもガンの根治に貢献した重要な薬剤として歴史に名が残るだろう。もちろん、副作用を恐れて撤退した薬も、この目的なら利用できる可能性がある。個人的印象でしかないと断った上で述べるが、私の生きているうちにCMLの薬剤による根治が可能になること間違いないと確信している。
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