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9月27日:歯のエナメル質の進化(Natureオンライン掲載論文)

2015年9月27日
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東大総合研究博物館に小藪さんという根っからの形態学者がいる。彼の論文がNature Communication (5:365, 2014)に発表された時、我が国にもここまで形態学マニアの若手がいるのかと感心した。このホームページで紹介してきたように、今はゲノム時代で、進化研究でも様々な種のゲノム解析がトップジャーナルに掲載されている。こんな時、形態学や生態学に関わる若手は少し焦ってしまうかもしれない。しかし、解読されたゲノム全体を比べたところで、人間とチンパンジーは2%しか違いがないといった話ができるだけだ。逆に結局形態学を極めた研究者はゲノム時代にこそ大きく活躍できる。そんなことをうかがわせる論文がウプサラ大学からNature オンライン版に掲載された。タイトルは「New genomic and fossil data illuminate the origin of enamel (新しいゲノムと化石のデータがエナメルの起源を明らかにする)」だ。この研究は、歯のエナメル質の進化過程を通して、エナメル質を持つ四足類と歯にエナメル質を持たない硬骨魚類の進化過程を解明することを目的としている。私が学生だった頃は歯の解剖や発生学を医学部で習うことはなかったので、この論文を読むまでは私もエナメル質の発生や進化について全く知識はなかった。しかし読んでみるとなかなか面白い。内骨格を持つ脊椎動物を横断的に見てみると、骨格以外にカルシウム沈着が起こっているのは歯と魚類に見られる皮膚の石灰化があるだけだ。ただ、エナメル質形成に必要な遺伝子の多くは、サメや硬骨魚で存在せず、また皮膚は上皮由来、歯は内胚葉由来であることから、魚類の皮膚の石灰化はエナメル質とは全く異なる起源と考えられていた。しかし魚類の中で四足類に近いシーラカンスではエナメル質様の構造とともに、ganoineと呼ばれるエナメル様の物質が皮膚を覆っており、ゲノムにもエナメル質を形成できる遺伝子が揃っていることもわかっている。従って、エナメル質形成という点で、四足類とシーラカンスは同じ系統に分類できる。次に著者らはこの系統に近い魚として最近解読されたガーのゲノムデータからエナメル基質蛋白EMPを検索したところ、歯にエナメル質を形成させるamel遺伝子以外のエナメル質構成分子が存在していることを発見する。また、このエナメル形成遺伝子は皮膚に発現していることも確認している。形態的にはガーの歯にもエナメル様の構造があるが、amel遺伝子がないことを考えるとガーは皮膚にエナメル質を形成しても、歯にはエナメル質を形成しないことがわかる。この結果から、皮膚のganoineと歯のエナメル質は同じ起源から進化しており、例えば軟骨魚の皮膚の石灰化とは全く異なるシステムだと結論できる。次に、中国から出土するシリル紀からデボン紀の化石に、エナメル質が最初はウロコに、次に顔面の骨に、そして最後に歯へと拡大する過程を見ることができることを示している。結論として、硬骨魚の進化ではエナメル形成能はまず皮膚のウロコ、次に頭部の骨に、最後に歯へ拡大した後、歯のエナメルを失ったガーの先祖と、歯のエナメルを維持したシーラカンスの先祖に分岐し、前者から全てのエナメル形成能を失った硬骨魚が、一方後者からは歯のエナメル質だけを残した四足類が進化したと結論している。おそらく化石の形態学から著者らの頭の中には最初からこの仮説が出来上がっていたのではと思える。そこにガーのゲノムが解読され、これをエナメル質形成という観点から検索し直すことで、化石に見られるエナメル質進化を見事に裏付けることに成功したのではないだろうか。ゲノム解読が終了した種の数が急速に増えている今、一番必要なのは形態学や生理学に裏付けられた視点の導入だろう。その意味で、形態学を極めた研究者がゲノムインフォーマティックスを身につければ、鬼に金棒となるのだろう。我が国からもそんな形態学者が続出するのを期待したい。
カテゴリ:論文ウォッチ
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