アップするのが遅れましたが、明日13時、生命誌研究館1階で、ゲーテ自然科学の集い主催のシンポジウム「生命論の歴史を探る――カントからオートポイエーシスまで」が開催され、理事の西川が「18世紀有機体論から考える21世紀の課題」というタイトルで話をします。他の演者として、東大名誉教授佐藤泰邦さん「ヘーゲルから現代に至る生命論の系譜」、河本英夫さん「ゲーテ自然学とオートポイエーシス」でお話をされます。主催の高橋先生のシンポジウムの狙いを掲載しておきます。
今日、文理融合の必要性が一部で唱えられていますが、ゲーテ時代において自然科学はまだ哲学の一部をなしていました。特に生命論や有機体論は哲学と自然科学を結ぶ重要な媒介項をなしていました。そこで今回は医学と哲学のコラボとして生命論のシンポジウムを開くことになりました。まず哲学にも造詣の深い西川伸一先生(医学)に、カントを中心とした18世紀の有機体論から現代における生命論の課題について問題提起していただいた後、和辻哲郎からルーマンにいたる幅広い守備範囲をもたれる佐藤泰邦先生(哲学)に、カント『判断力批判』を中心にしながら生命論の系譜をご考察いただき、最後に「オートポイエーシス」に関する10冊以上の著作によって生命論と哲学の新しい地平を切り開かれた河本英夫先生(哲学)に、ゲーテ自然学とオートポイエーシスの関係について論じていただきます。
シンポジウムではカントからオートポイエーシスまで多岐にわたるテーマが取り上げられますが、その中心にはやはり自然科学者としてのゲーテがいます。みなさまとご一緒に生命論に関する考察を深めたいと存じます。皆様お誘いあわせの上、ご参加くださいますよう、ご案内申しあげます。
MycやRasは発ガン遺伝子として研究の歴史も長く、また多くのがんのドライバーとして働いている。ただ分子構造上薬剤の開発が難しく、これらの分子の機能を直接抑える薬剤はまだ実用化できていない。代わりに、この分子によって活性化される下流の分子を標的にした治療薬の開発が進んでおり、Rasについては幾つかの薬剤が実用化されている。一方Mycは多くの遺伝子に働くため、下流で転写が活性化される分子も多く、臨床応用へと進める標的を見つけることは容易ではない。昨年11月17日このホームページで紹介した研究では(http://aasj.jp/news/navigator/navi-news/2442)発想を転換させてCDK17というMyc自体の転写を促進する分子を標的にした治療法を開発していた。
今日紹介するオーストラリア・ニューサウスウェールズ大学からの論文は粘り強くMycにより転写が誘導される分子を探索し新しい治療法を開発した研究で11月4日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Therapeutic targeting of the myc signal by inhibition of histone chaperone FACT in neuroblastoma (神経芽腫ではヒストンシャペロンFACT阻害によりMycシグナルを抑制できる)」だ。
この研究ではまず649人の患者さんの神経芽腫の遺伝子発現データを調べ、Mycとともに発現して悪性度ともっとも関わっている遺伝子を洗い出し、最終的にDNAがヒストンと結合してヌクレオソームを形成する時ヒストンのリクルートや交換に働くヒストンシャペロンと呼ばれる分子複合体の一つFACTが見つかった。この分子はMycによって転写が活性化されるとともに、シャペロン機能を通してMycの転写をあげることから、両者が促進しあう関係にある。幸いこのシャペロンに対しては米ベンチャー企業がCBL0137という阻害剤を開発しており、この阻害剤を使って神経芽腫の発生、腫瘍増殖の抑制などについて検討している。この薬剤投与でMycを強制発現させたマウスの神経芽腫発生を抑えることができるとともに、すでに発生したMycの発現が亢進している神経芽腫の増殖も抑えることができる。おそらく臨床的に重要なのは、FACTを抑制するとDNA損傷修復が抑制されるため、DNA損傷を誘導してガンを叩く薬剤との相性が良いことだろう。残念ながら、経口投与ではこの薬剤は効果がなく、すべて点滴で投与する必要があるが、抗がん剤との併用で最初から使う方法は期待が持てる。
ClincalTrial.gov.で調べると、ようやく固形癌やリンパ腫の第1相試験のリクルートが始まったところだが、神経芽腫の治験も視野に入っているのではと期待する。ただ、このような標的薬剤のほとんどは根治に至らず、最終的に再発することが経験から明らかになってきている。その意味で、多くの標的薬が開発された今、根治をキーワードに開発方法を一度見直すことが必要ではないだろうか。アカデミアもメーカーも特定の標的分子に対する化合物が発見できれば良いと、このためにひた走っているが、そろそろ視点をずらせてこれまでの開発手法を再検討する時が来たような気がする。