発ガンに関わる突然変異の検索が進み、現在ではほとんどの腫瘍で発がん性突然変異のカタログ化が進んでいる。しかし、同じ突然変異を持っていても、個人の遺伝的体質の違いで病気になりにくかったり、あるいは悪性度に差が生まれたりする。こういった体質の差を明らかにしようと、遺伝子多型(SNP)が精力的に調べられてきた。しかしSNPと病気との相関は見つかっても、なぜそのSNPががん発生を促進するのか明確になっている例はまだまだ少ない。今日紹介するフラデルフィア子供病院からの論文は小児の神経芽腫の発症率や悪性度と強く相関しているSNPが神経芽腫発生に関わるメカニズムを調べた研究で11月11日号のNatureに掲載されている。タイトルは「Genetic predisposition to neuroblastoma mediated by LMO1 super-enhancer polymorphism (LMO1 のスーパーエンハンサー多型が神経芽腫の遺伝的体質を決めている)」だ。これまでの研究でLMO-1遺伝子領域に神経芽腫発生や予後と強く相関するSNPが存在することが知られていた。この研究では、様々なゲノムデータベース、特にENCODE計画と呼ばれる遺伝子発現に関するデータベースを使って、このSNPがGATA3の結合するエンハンサー部位に一致することを見出す。すなわちこの分子が結合するGATA(G型)部位がTATA(T型)に変化している人では神経芽腫の発生率は低く、悪性度も低い。このことから、GATA3結合性が消失すると、LMO1の発現が低下し、神経芽腫になりにくくなることが予想される。これを確かめるため、G型とT型の神経芽腫細胞株を用いて、遺伝子発現やエンハンサー活性を調べると、G型のSNP部位だけがGATA3と結合することでスーパーエンハンサー活性を発揮し、LMO1やGATA3など様々な遺伝子発現を上昇させていることが明らかになった。事実G型神経芽腫のGATA3発現を阻害すると腫瘍増殖は低下するが、T型の腫瘍は影響を受けない。以上の結果から、G型のSNPが神経芽腫の悪性度と相関する理由は、この部位が神経芽腫のスーパーエンハンサーとして機能するためであることを示した。今後このスーパーエンハンサー活性に神経芽腫の原因遺伝子の一つMYCNがどう関わるかなど研究が進むと思うが、スーパーエンハンサー活性を標的にする阻害剤がすでに開発されていることから、悪性の神経芽腫でスーパーエンハンサーを狙った治療が進むと期待できる。また、神経芽腫にかかった子供がG型かT型かを調べることは治療方針を立てたり予後判定に重要な情報になっていくだろう。
誤解して欲しくないのは、この研究で扱われたSNPは神経芽腫特異的ではなく、誰もが持っている。もともと人類は神経芽腫になりやすい方のG型だったと考えられ、黒人のほとんどはG型だ。従って、人類進化の過程でT型の神経芽腫になりにくい人たちが生まれたと考えられる。事実T型の人がほとんどいない黒人の神経芽腫の予後は悪いことが知られている。
スーパーエンハンサーはガンだけでなく発生にも重要な働きを演じているが、このSNPが感覚神経節の発生異常と関わるという報告はなく、この部位が感覚神経節の発生時にスーパーエンハンサーとして機能している可能性は少ないように見える。このように、ガンになりやすい体質を追求することから、新しい治療法が開発される可能性もある。これまで特定されたSNPの機能的意義を明らかにする地道な研究が進むことを期待する。また、多くのデータベースがそれを可能にするところまで来たことをこの研究は示している。