最初の生物ゲノムとしてインフルエンザ菌のゲノムが1995年に解読されて30年になるが、すでに5万を越す細菌のゲノム、2500を越す真核生物のゲノムが解読され、この勢いは今も止まらない。簡単になったとはいえ、しかしゲノムを解読することは今でも金も時間も必要な大変な作業だ。そして、解読できたからというだけでトップジャーナルに掲載される保証は全くない。おそらく珍しい生物のゲノム解読結果をどう論文にしようかと多くの研究者が苦労していると思う。ただ、読む側からみると、ゲノム研究のおかげで、思いもかけない生物の存在を知ることになる。今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、アフリカに生息する卵生メダカの一種African Turquoise Killifishのゲノムの話で12月3日号のCellに掲載されている。タイトルは「The African turquoise killifish genome provides insight into evolution and genetic architecture of lifespan(アフリカブルー・ターコイズ・キリフィシュのゲノムから寿命の進化と遺伝的構造についての示唆が得られる)」だ。この論文を読むまで私もこの魚のことについては全く知らなかった。この魚はアフリカ南東部に生息する全長5cm程度の卵生メダカで、生息する池に水が存在する期間が4−6ヶ月で、後は干上がるので、その間は長い休眠期間に入る。ただ、実験室の水槽ではこの休眠期間は必要なく、平均の寿命は4−6ヶ月と短い。おそらく早く生殖サイクルを終えるため寿命が短くなったと考えられるが、おそらく脊椎動物では最短の寿命を持つ魚らしい。ショウジョウバエの寿命が2ヶ月程度であるのと比べると、確かに短い。ただ同じ種の中でも5年近く生きる種もあり、環境に適応して寿命を縮めてきた面白い魚だ。したがって、この魚のゲノムから、寿命を決める遺伝子群のを特定できる可能性があり、また長い乾季を生き延びる休眠の秘密もわかるはずだ。この研究では、寿命が最短のキリフィッシュのゲノムを解読し、他の種や、同じ種で長い寿命を持つゲノムと比べ、寿命に関わる遺伝子リストを作ることを目的にしている。残念ながら、調べた遺伝子変化の性質についの機能的検証はないため、ゲノム比較から様々な推察を行うことでとどまっているが、私にとってはこんな魚を勉強できただけで十分だ。もちろんCellに掲載するためには、一般の興味を引く結論も必要だ。詳細を飛ばしてそのうちの幾つかを紹介しておこう。
1) 強く選択された形跡を残す遺伝子の中に、これまで長寿遺伝子として知られている遺伝子が多く含まれる。中でもインシュリン様増殖因子1は、長寿に関するこれまでのほとんどの論文で特定されている。すなわち、長寿に関わる遺伝子は、寿命を縮める時に変化する遺伝子だ。
2) 面白いのは、乾季に休眠する形質の進化に関連する遺伝子の中には、短命(長寿)で進化した遺伝子も含まれる。
3) こうして特定された短命遺伝子は、キリフィシュ間で変異が大きい。
4) 種内の変異が存在する寿命遺伝子は性を決定する遺伝子の近くに集中している。おそらく、性決定遺伝子と、寿命遺伝子は協調的に進化したと考えられる。
詳しい遺伝子の説明を全て省いてまとめたが、結論としては寿命、休眠、性決定の背景に、共通の進化圧力があるということになりそうだ。いずれにせよ、ゲノム情報は公開されており、寿命や休眠に興味のある研究者には有力な武器となるだろう。この様なデータベースが整備されると、高校生や、場合によっては中学生が面白い研究を行い論文にする時代もすぐ来る気がする。