カテゴリ:論文ウォッチ
12月11日:うつ病の神経幹細胞を増殖させる薬剤の治験(Molecular Psychiatryオンライン版掲載論文)
2015年12月11日
1987年創立のギリアドサイエンス社はこれまでウィルス感染症に的を絞って標的薬の開発を続け、エイズ、インフルエンザ、C型肝炎に対する薬剤を立てて続けに市場に提供してきた。2014年にはなんと24億ドルの収入で製薬トップ10入りを果たした。創立後30年経っていない会社が、我国トップの武田薬品の2倍を売り上げる会社になっている。2015年には多くの国で2種類のC型肝炎薬が売り上げに貢献するだろうから、トップ5に入る勢いだ。我国では国を挙げて、創薬だ、再生医学だとイノベーション推進を宣伝しているが、アメリカのベンチャーの躍進を見ていると、助成のあり方の根本的な構造改革が必要な気がする。
ギリアドサイエンスと比べるとまだまだ卵の段階だが、神経幹細胞だけに絞ったアメリカのベンチャー企業がNeuralStem社だ(http://www.neuralstem.com/)。最近、我国再生医療実現までの工程表見直しがメディアで取り上げられていたが、見直しが死を意味するベンチャー企業からは悠長な話に見えるだろう。このNeuralStem社は胎児神経脊髄から採取した神経幹細胞を使って、脳卒中、脊髄損傷、ALSなどの治験を進めている会社だが、同じ強みを生かして幹細胞増殖に効果を有する薬剤の開発も行い、NSI-189と名付けた神経幹細胞特異的化合物を開発し、アルツハイマー病を含む様々な精神疾患を対象に治験を進めている。今日紹介するマサチューセッツ総合病院からの論文は、NSI-189のうつ病に対する効果を調べた治験でMolecular Psychiatryオンラン版に掲載された。タイトルは「A phase 1B, randomized, double blind, placebo controlled, multiple-dose escalation study of NSI-189 phosphate, a neurogenic compound, in depressed patients(神経増殖性化合物NSI-189のうつ病患者を対象にした2重盲検無作為化1B相治験)」だ。この研究ではあらかじめ設定した条件に合ったうつ病患者さん24人を、無作為化、2重盲検で、1日1錠(40mg)、2錠、3錠、そしてコントロール群に割り振り、28日後の自覚的、他覚的状態をMontogomery-Asberg Depression Rating Scale, CGI-S improvement scale, SDQ、MGH-CPFQなどの指標を用いて調べるとともに、海馬や扁桃体のサイズをMRIで測定している。これを聞くと一般の読者は「神経増殖誘導化合物がどうしてうつ病に聞くのか?」と疑問に思われるはずだ。実は最近の研究で、うつ病患者さんの海馬や扁桃体の大きさが小さいことが示され、うつ病の一つの原因が神経幹細胞の増殖が低下するからではないかと考えられるようになっている。NSI-189はまさにこの可能性を追求した、これまでの抗鬱剤とは全く異なるメカニズムの薬剤と言える。結果だが、まず頭痛が一部の患者さんに見られるが、28日間の投与では副作用は十分許容できる範囲だ(もちろん論文だけでは信用できないが)。そして何よりも、自覚的、他覚的な評価方法を問わず、全ての評価で改善がみられる(どの程度の改善かは私にはわからない)。1日1錠でも効果があるが、2錠のほうが効果は高い。ただ、期待していたほど海馬や扁桃体のサイズが増えるということはないので、実際に幹細胞が増殖したか確認はできていない。普通使われるセロトニンなどを対象にした生理学的な薬剤との比較が欲しかった気はするが、これまでとは全く異なるメカニズムの薬剤ができたのは重要だ。もしさらに効果が示されると、うつ病患者さんの数から考えると、NeuralStem社もギリアドのように大きく躍進する可能性がある。また、同じ薬が他の変性性疾患に効く可能性もある。このような前向きの治験論文には多くの落とし穴があることもわかった上で言うが、真剣勝負の気迫が伝わらない研究を対象にするなら工程表など作る意味はない。