昨日紹介した2編の論文は、ともに身体的思春期を扱い、思春期が脳と身体にとって子供から大人への時期をつなぐ質的な転換期で、この発達で心と体は切り離すことができない。すなわち、身体の発達が遅れれば、脳の発達が遅れ、脳の発達の遅れが、身体の発達を阻害することを議論していた。言い換えると、発達生物学に基づいて思春期の行動を理解し直すことがいかに重要かを強調する論文だった。これに対し、今日紹介する3編の論文は、少し神経生物学を離れ、より発達心理学的、社会学的、行動学的研究をまとめた総説と言える。この3編のタイトルだけもう一度掲載しておく。
Natureから
2)Dynamics of body time, sociall time and life history at adolescence(思春期の生命史での体の時間と社会の時間)
3)Adolescence and the next generation(次世代と思春期)
Nature Human Behaviorから
5)Male antisocial behaviour in adolescence and beyond(男性の反社会的行動:思春期とその先)
まず最初の論文では、pubertyから続く思春期を子供と大人の時期をつないで、社会における自分の居場所であるニッチを確立する戦略的時期と位置づけ、この時期を身体的思春期を調節する内分泌の観点からまとめようとしている。例えば思春期の身体的発達に人種(遺伝)を超えた傾向がある。男性の身長だが、身長の基本は遺伝的要因で決まるが、各国での身長の年次変化を見ると、遺伝的に決まる身長とは無関係に、同じように時代とともに身長が伸びていくのがわかる。初潮の時期も同じで、1840年のヨーロッパではなんと17歳前後だった初潮が、2000年には調べたすべての国で12歳前後に集中している。この結果は、思春期の内分泌を調節する基本システムが、栄養や環境で大きく影響されるだけでなく、大人への過程に関わるadolescence過程を支える社会システムによっても大きく影響されることを示している。すなわち、過去の社会システムは、思春期の始まりを抑えていたと言える。
このように、社会システムの違いを思春期がより拡大してみせることを知ることで、思春期を助ける社会のあり方が見えてくるというのが、この総説の結論と言って良いだろう。ちょっと議論が上滑りしている印象だった。
次の論文は、この大人へ移る戦略期間と言える思春期を、次の世代を産み育てる親としての準備期間と捉え、この時期がどうあるべきか議論した総説で、多くのデータが示されている。
初産の年齢は、経済発展とともに急速に高齢化している。例えば開発途上の南アジアでは、30%が18歳までに出産を経験するが、先進国では2%以下になっている。
では、最初の出産までの期間は、生まれてくる子供にどのような影響があるのか?これについては発達途上国で多くの調査が行われている。結論的に言うと、10代での出産では新生児死亡率は高く問題が多い。これは決して途上国に限った現象ではなく、一定の母体保護が行われている先進国でも同じ傾向が見られ、途上国で母体を保護しても、若い出産による様々な問題を解決することは難しい。このことから、出産までの成熟には時間が必要であることがわかる。
一定の思春期の長さが重要なのは精子を提供する男親にも言える。この原因の一つは配偶子の成熟にエピジェネティックな過程が関わることが考えられるが、現在ガンビアやバングラデッシュなどの開発途上国の思春期の若者から配偶子を採取し、成熟個体の配偶子とエピジェネティックな違いを調べる研究が進んでおり、生物学的年齢と、環境との関わりが明らかにされると期待できる。もう一つの要因として、著者らは精子や卵子形成で十分なRNAが配偶子に用意できていないことも重要な要因として考慮すべきだと結論している。もちろん着床など、母体側の要因も無視するわけにはいかないが、研究は進んでいない。
一方、思春期が早く始まり、大人への過程が長くなった先進国では、この準備期間の精神的状態が子供の健康に大きな影響を及ぼすこともわかってきた。事実先進国では、妊娠までに半分以上の女性が様々な精神的ストレスにさらされ、最も重要な子供の健康のリスク要因になっている。特に先進国では思春期のうつ病の発症率は途上国の2倍近い。さらに現代では、この長い期間に喫煙、アルコール、あるいは様々な薬剤により影響される確率も上がる。
もう一つ先進国の重要な問題が肥満だ。これまでの研究で、肥満の女性から巨大児、肥満児、代謝異常の子供、行動異常児が生まれる頻度が優位に高いことがわかっている。
このように、短い思春期も、長い思春期もそれぞれ独自の問題を抱えている。エビデンスに基づいてそれぞれに対する処方箋を早急に確立することが求められる。
最後の論文は、思春期にみられる男性の反社会性についての総説だ。特に、Dunedin研究という40年以上続けらたコホート研究からのデータを参考に書かれている。
私自身は学園紛争の中で大学時代を過ごし、ヒッピーなど反社会的であることが若者として当たり前と考える世代だった。しかしこの総説の最も重要な主張は、思春期に始まる反社会性には2種類あり、我々が学生時代に考えていたのとは質的に異なる反社会性が存在し、それぞれを明確に区別して対応することの重要性を示している点だ。驚いたが、犯罪の絶対数で言えば15−20歳が最も高い。これは、思春期での反社会的行動の高まりと相関する。結論を急ぐと、反社会的行為を示す時期が早いほど、反社会性の治療は困難になる。言い換えると大学生のような思春期後期に現れた反社会性は決して長く続かない。一方、反社会的行動が早く始まるほど、反社会的態度は長く続く。そして、最も問題なのは、5歳前後に反社会的行為をすでに示す集団で、これは元に戻ることなくほぼ一生続くことになる。すなわち、反社会的行為には、大学紛争時の我々のような遅く始まる一過性のタイプと、物心ついた時から始まる持続的タイプに分かれる。
このように、反社会性がこのような二つのグループに分けられる事を示した点で、この研究は重要だが、残念ながら明確な原因や処方箋は示されていない。ただ、持続的に反社会行為を続ける人の多くが、刑務所に入るという行動学的問題を示すだけでなく、身体的にも様々な異常を示すことから、これを突破口に、治療標的の特定や、治療法の開発につながる可能性はある。
それぞれの論文の要点だけを独断で抜き出して紹介したが、昨日の生物学的側面についての総説と比べると、研究はまだまだという印象を持った。
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