5月16日:バクテリオファージを用いた感染症治療(Nature Medicine5月号掲載論文)
AASJホームページ > 2019年 > 5月 > 16日

5月16日:バクテリオファージを用いた感染症治療(Nature Medicine5月号掲載論文)

2019年5月16日
SNSシェア

私たちが医学部に入った50年前はちょうど最初の世代の分子生物学が最盛期を迎えていた頃で、それを牽引したのがバクテリオファージだった。私も様々な本を読んだが、中でも富沢、小関両先生が和訳したウォルマンの「細菌の性と遺伝」はバイブルといってもいい本だった。しかし、月面着陸機のような形をしたファージがバクテリアに遺伝子を注入している像は、自分の前に開ける生命の探求の象徴だった。

考えてみれば、このようにバクテリアを溶かしてしまうバクテリオファージはもっと臨床応用されてもいいと思うが、おそらくクリスパーをはじめとするバクテリア側の免疫機能が明らかになり、簡単ではないと考えられるようになったのだろう。今日紹介するピッツバーグ大学とロンドンオルモンドストリート病院からの論文を読むまで、ファージによる感染症治療の論文を見ることはなかった。タイトルは「Engineered bacteriophages for treatment of a patient with a disseminated drug-resistant Mycobacterium abscessus (全身に広がった薬剤抵抗性の非定型性抗酸菌症を遺伝子操作したバクテリオファージで治療する)」だ。

この論文を読むと、ファージを使った感染症治療についてはすでに昨年、一昨年と論文が出ているようだ。いずれも多剤耐性の緑膿菌やアシネトバクターなど、いわゆる現在最も問題になっている感染症の治療で、いずれも治療が成功していることからもっと真剣に使用を考えてもいいように思える結果だ。

今日紹介する論文は嚢胞性線維症の治療目的で肺移植を行なった患者さんに発生した全身に拡がる非定型抗酸菌症で、移植による免疫抑制で通常病原性の弱い非定型抗酸菌の感染が拡大するケースで、治療の手段はほとんど残されていない。実際、この論文の図を見ると、皮膚にまで肉芽を伴う膿瘍が拡大している。

通常お手上げと思ってしまうのだが、しかしこのグループは違った。すでにストックされているゲノムが完全に解読された1800種類のファージの中から、抗酸菌に感染することがわかっているファージを選び、さらに患者さんから分離した抗酸菌に感染し、溶血活性が高まるよう遺伝子操作や、培養での選択を行なって、3種類の異なるファージを分離し、皮膚病巣で効果を確かめた後、静脈注射している。

結果は素晴らしく、注入直後から効果がみられ、1ヶ月で腎臓、肺、肝臓、皮膚の膿瘍は全て消失し、また血中や痰からも抗酸菌は消失している。

3種類同時に投与することで早期の免疫を阻止するなど色々考えたのだろうと思うが、なによりも、ファージの可能性に思い当たった臨床医の知識水準の高さと、あきらめず究極のテーラーメード医療を短期間で成し遂げたことに感心する。

他のファージを使った論文も、患者さんのマネージができなくなった時点でファージを用意していることから、分子生物学の創生期、遺伝的変異のスピードから選ばれたファージの特徴を生かして、実際に治療が可能であることは示された。ぜひ拡大できる体制をとってほしいと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ