5月26日:ミトコンドリアヘテロプスミーの遺伝形式(5月24日号Science掲載論文)
AASJホームページ > 2019年 > 5月 > 26日

5月26日:ミトコンドリアヘテロプスミーの遺伝形式(5月24日号Science掲載論文)

2019年5月26日
SNSシェア

ミトコンドリアは16Kbほどの独立したゲノムを持ち、ヒトの場合37種類の遺伝子をコードしている。独立して細胞内で増殖するとともに、母親からのみ遺伝することから、ミトコンドリアの遺伝学は複雑だ。独立して複製することから、個々のミトコンドリアゲノムが独自に突然変異を起こし、その結果同同じ細胞内に異なる配列を持ったミトコンドリアが並存するヘテロプラスミーと呼ばれる状態が形成される。そしてこの状態は、細胞の増殖や分化に伴い刻々変化する。

このヘテロプラスミーの状態のダイナミズム、すなわち母親からの伝達、新しい突然変異、そして遺伝した突然変異の消失の総和が特定の細胞のミトコンドリア機能になるが、これを正確に予想してミトコンドリア病の発生を予想することは難しい。この状態を一歩でも前進させるために、1500人近い親子のペアについて、ミトコンドリアの状態を詳しく解析したのが今日紹介するケンブリッジ大学を中心とする英国の研究で5月24日号のScienceに掲載された。タイトルは「Germline selection shapes human mitochondrial DNA diversity (人間のミトコンドリアの多様性は生殖細胞分化過程で調整される)」だ。

この研究では1526組の母親と子供について、全ゲノムとともに、ミトコンドリアのゲノムを数百回から数千回のカバレージで遺伝子配列を決め、母親と子供のミトコンドリアの違いを詳しく解析し、どのヘテロプラスミーが遺伝子、どのヘテロプラスミーが失われ、また新しく誕生しているかを調べている。そして、それぞれの変異の遺伝性と、ゲノム配列との関係も調べ、ヘテロプラスミーの遺伝や拡大に及ぼすゲノムの影響も調べている。

結果は、これまで考えられてきた可能性を確認するもので特に新しい話はない。結論をまとめると、

  • これまで知られていない変異がミトコンドリアに起こることはあるが、これらは、すでによく知られた変異と比べると遺伝性が低い。
  • ミトコンドリアにコードされたリボームRNA遺伝子の変異も遺伝しにくい。
  • 逆に遺伝子の存在しないDループと呼ばれる領域の変異は遺伝しやすい。ただ、転写や増殖に関わるDループ領域の変異はやはり遺伝しにくい。
  • 以上の結果は、たんぱく質をコードする遺伝子やミトコンドリアの増殖に関わる変異は淘汰されるが、機能に影響がない部位は淘汰されないことを示すが、親と子供を比較する研究から、淘汰は親の生殖細胞中で起こっている可能性が高い。
  • 新しいヘテロプラスミーが発生し、遺伝するためには、ゲノムにコードされているミトコンドリア遺伝子のマッチングが必要。

このように、すでに知られていることがしっかり確認されただけの研究だが、この研究で形成されたリストは、今後ミトコンドリア病を理解するための基礎となると思う。ゲノム研究が終わったように見えても、このような地道なしかし大規模研究を着実に進めている英国が、今ブレクジットで国が割れているのをみると、全員がまとまって長期的に行うプロジェクトの重要性を示しうるセクターとしてのアカデミアの役割の大きさを実感する。

カテゴリ:論文ウォッチ