6月30日 穏やかな環境で進化すること(7月11日号Cell掲載論文)
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6月30日 穏やかな環境で進化すること(7月11日号Cell掲載論文)

2019年6月30日
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2015年12月7日に、魚類では最も短命のキルフィッシュのゲノムを調べ、寿命に関わる遺伝子が、短命にするためにも、長命にするためにも、進化により選択されることを示した論文を紹介した(http://aasj.jp/news/watch/4519)。この時は、珍しい習性のゲノム研究の範囲だったが、同じグループはその後この珍しい魚の進化過程を解明しようと、環境の異なるアフリカ各地の魚のゲノムを調べ、厳しい環境と優しい環境での遺伝子進化を比べていた。

今日紹介するドイツ ケルンにあるマックスプランク老化研究所からの論文は、同じグループが2015年以来、アフリカ各地から集めた45種類のキルフィッシュの全ゲノムを解析した結果を、魚の住む環境と相関させた研究で、7月11日号のCellに掲載される。タイトルは「Relaxed Selection Limits Lifespan by Increasing Mutation Load(選択圧の低下は、突然変異の負荷を高めて寿命を制限する)」だ。

キルフィッシュのなかには、毎年繰り返す乾季と雨季のサイクルに合わせて世代が交代していく魚で、言いかえると水のあるうちに孵化、成長、交尾、産卵を行い乾季を卵で乗り切る、したがって、寿命は雨季に合わせた数ヶ月と極めて短い種が存在する。ただ、場所によっては乾季が長い厳しい環境と、水の多い優しい環境の両方に、同じように寿命の短い種が存在する。優しい環境なら、もっと寿命の伸びた種類が進化しても良さそうだが、この疑問に挑戦したのが今回の研究だ。

数理的な解析なしに現在の進化学は存在しないが、詳細は割愛して結論のみ以下にまとめる。

  • キルフィッシュには毎年世代が変わる1年型と、多年型、中間型に分れるが、ゲノムサイズは1年型が5割程度大きい。また、この増加のほとんどは、トランスポゾンの割合が増えることが原因。
  • 遺伝子を、強く選択されている遺伝子と、選択圧の低い遺伝子に分けられる。一年型のキルフィッシュで強く選択圧のかかる遺伝子は、発生から成長初期に必要な遺伝子で、孵化後急速に成長して産卵するという必要性を反映している。
  • 強い選択圧にさらされていない特定の遺伝子に進化が収束することはないが、成熟後の生命機能に関わる遺伝子ほど選択圧が低い。
  • 乾季の長い地域と、短い地域で同じ種類の1年型キルフィッシュを比べると、乾季の長い厳しい環境ほどゲノムサイズが大きく、またあまり致死的ではない遺伝子の突然変異の数が増えており、一定の方向への選択が起こっていることを示している。
  • この厳しい環境で選択にさらされる遺伝子に対応する遺伝子を、人間とチンパンジーの遺伝子で見直すと、寿命に関わる遺伝子が多く存在し、厳しい環境で生きているチンパンジーほどそれぞれの遺伝子の機能が失われる変異が多く存在している。
  • 選択圧の低い遺伝子には、寿命、神経変性、ガンなど、私たち高齢社会の重要な病気に関わる遺伝子が存在し、それらがどのように進化に関わるかを知る標的になる。
  • キルフィッシュでは、これらの成熟後に必要となる遺伝子に多くの突然変異が蓄積することで、厳しい環境で短い寿命のライフサイクルが維持されている。

などが重要なメッセージだろう。 もともと自然選択は遺伝子情報から見ればエントロピーを下げる方向に働く。しかし、これを繰り返して起こるのは種の多様性であり、ゲノムの多様性で、すなわちエントロピーは増大する方向に進む。この種分化の特徴を理解するには、環境の多様性を熟知したシステムで研究する必要があるが、キルフィッシュの系はなかなか優れものであることがよくわかった。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月29日 色と形の認識メカニズムの再検討(6月28日号Science掲載論文)

2019年6月29日
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網膜での入り口から1次視覚野(V1)まで、色と形は別のシグナルとして抽出され、その後より高次の視覚野に投射されて統合されると習ってきた。この根拠は、V1のCO blobと呼ばれる領域の神経は色と光の強さには反応するが、形の変化には反応しない一方、Blobの間に存在する神経は形に反応し、色に反応しないという結果だ。しかし、その後の研究で、本当にそんなに綺麗に分かれているのか疑問が生まれていた。

今日紹介するソーク研究所からの論文はサルのV1に存在するニューロンの興奮をカルシウムセンサーの発光を数千個単位で同時記録できる方法で観察し直し、ここの神経の色と形(線の傾き)に対する反応を記録した研究で6月28日号のScienceに掲載された。タイトルは「Color and orientation are jointly coded and spatially organized in primate primary visual cortex (サルの視覚野では色と傾きは連合してコードされ空間的に組織化されている)」だ。

すでに説明したように、この研究ではこれまでマウスでは普通に用いられている多くのニューロンの活動をカルシウムイメージングを用いて同時に測定する方法をサルにも使えるようにして、色と線の傾きが変化する図形を見せた時の個々のニューロンの反応をすべて記録し、V1での色と形に対するニューロンが完全に分かれているか解析している。この時、on/offといった反応ではなく、形や色に対しての反応の程度を定量化して記録している。

結果は予想通りというか、これまで電極で記録した個別のニューロン記録から提案されてきた通説とは違い、形にも色にも個々のニューロンは異なる強さの反応を示す。このスコアをもとに、色の選好性の強さの指標(CPI)と傾きに対する選好性の指標(OSI)を計算し、また色調に対する選好性も同時に記録すると、確かに色や形にだけ反応する神経も多く存在するが、様々な程度で両方に反応する神経も存在することがわかった。

面白いことに、両方に反応するニューロンは色調に対する選好性が強く、これらは色に選択制の反応がある神経が集まるCO-Blobとは異なる場所に存在することがわかった。

他にも色々調べられているが、専門的なので割愛する。要するに、形と色は決して最初から別々に認識されるのではなく、それぞれに対する選好性が様々な程度の神経が存在して、連続的に認識されるという話になる。このことから、V1から次の高次視覚野V2との投射を、視覚認識の量と質といった両面からもう一度見直して再構成する必要がある。もちろんこれまでも視覚の認識回路は複雑だったが、今後はこれまで以上に複雑な回路を描き出す必要が出てくる。面白いけれども大変だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月28日 農家の環境が喘息を防ぐメカニズムを探る(Nature Medicineオンライン掲載論文)

2019年6月28日
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わが国でのアトピー患者の増加と石鹸の消費量が正比例していることを、現役時代、第一三共株式会社の後援で開催していた六甲カンファレンスで聞いたとき、清潔な環境がアレルギーを招き入れるのかと不思議に納得したが、この現象については皮膚のバリアー機能強化として臨床応用が進んでいる。

同じような話は他にも指摘されており、都会の環境に比して農家の環境が喘息などのアレルギーを予防する効果があるという疫学的調査はその例だ。今日紹介する東フィンランド大学からの論文は部屋の中の細菌叢に着目してアレルギー予防に関わる農家の環境をより明確化しようとした論文でNature Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「Farm-like indoor microbiota in non-farm homes protects children from asthma development (農家ではないが室内の細菌叢が農家型の家庭の子供は喘息から守られている)」だ。

この研究はフィンランドで行われている半分以上が農家で生まれた子供のコホート研究と、ほとんどが都会で生活している子供のコホート研究を利用して行われた調査だ。2ヶ月時に家庭内の細菌叢を調査し、その後の喘息の発生比率と相関を調べている。

まず農家と都会の家庭の細菌叢を比べると、はっきり差が見られる。簡単に言ってしまうと、細菌叢に含まれる細菌の多様性が農家では高く、家畜についている細菌が農家で多く存在する一方、人間についている細菌は都会の家庭環境に多い。

このような差の中から喘息の発生率と相関する要因を抽出して、都会の家庭の環境を農家型とそうでない型に分けられるか調べ、バクテリアと古細菌の存在比率をモデル化した指標が農家の喘息を予防する家庭環境と相関していることが明らかになった。この結果をもとに、FaRMIと名付けた家庭環境が農家にどれだけ近いかを測る指標を開発している。この指標には様々な要素が寄与しているが、これまで指摘されていたバクテリア量や、エンドトキシン量などはあまり寄与していない。

一方、バクテリアの細胞壁の成分のムラミン酸には相関が認められた。都会の家庭で家の中でも靴を脱がない、兄弟が多い、室内の湿度が高い、家が古いなどがFaRMIが高くなる原因として関与している。

この指標はフィンランドのコホート調査をもとに開発されたので、同じ手法でドイツのコホート調査からFaRMIを算出し、FaRNI指標と喘息について確かめている。ドイツの家庭をフィンランドのFaRMIで調べても、フィンランドの家庭をドイツのFaRMIで調べても、農家の環境に近いほど喘息が低下していることを示している。これを血液検査指標で検出できるかも調べているが、一言で言うと可能だが簡単な方法では難しそうだ。

結果は以上で、要するに都会でも外の土が入ってくるような自然により開かれた環境が作れれば喘息はある程度予防できるという話だ。靴のまま家に上がるとはわが国ではほとんど難しい。もちろん、農家の環境を売り出すのはかなりハードルが高いことだが、テレビコマーシャルを見ていると、今だに自宅の環境は外部と遮断することが重要で、そのため帰宅した子供にスプレーするなどが推奨されているようだが、考え直す時期に来ているかもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月27日 米国の個人ゲノム事情(7月3日号The American Journal of Human Genetics掲載論文)

2019年6月27日
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今我が国が陥っている袋小路は、21世紀に入っても、世の中が20世紀と同じ階層性を維持して発展できると考えていることだろう。ジェレミー・リフキンの「第三次産業革命」では、20世紀の階層性の象徴が、地方に設置した巨大発電所から順番に電気を配分する構造をもつ原発として描かれている。しかし、21世紀は多くの分野でこの階層性が自然消滅する。例えば、個人が電気を生産し、peer-to-peerのネットに提供する構造には階層性がない。彼にとって原発が問題なのは、安全性でも経済性でもなく、それにしがみついておれば未来を失うからだ。このように様々な領域で階層性を排することが21世紀なら、原発に代表される階層性にしがみつこうとしている我が国は、21世紀型発展のチャンスを失うことになる。

同じ様に、健康や医療の領域でも、同じ問題が生じている。一番わかりやすいのが個人ゲノムデータで、自分でお金を払ってDNA解析を依頼しても、解釈については返事を受け取るが、生のゲノムデータを受け取ることはない。

一方米国では自分の生データは自分でダウンロードできる様になっているのが普通だ。すなわち、わが国では個人ゲノムといえども個人に返却しないのが当たり前になっている。結局、一回の検査として個人ゲノムが一般検査と同列で捉えられており、自分のことを何回もゲノムに戻って調べるという当たり前のことができない。当然面白くないから、わが国では個人ゲノム検査数は、延べでも100万に到達できていないのではないだろうか。一方アメリカでは2000万人を越し、3000万人に到達する勢いだ。

サンプル数は少ないがこの米国での状況を調べたのが今日紹介するワシントン大学からの論文で、7月3日号のThe American Journal of Human Geneticsに掲載予定されている。タイトルは「Third-Party Genetic Interpretation Tools: A Mixed-Methods Study of Consumer Motivation and Behavior(ゲノム解釈のサードパーティーサービス:顧客の動機と行動についての混合研究)」だ。

調査は個人ゲノムサービスを購入した顧客1000人余りに、以下の3つのトピックスに関わる問いに答えてもらい、個人ゲノム検査をどの様に使っているか調べている。

  • どのゲノム解析サービスを使っているか?
  • 生の結果をダウンロードしたか?
  • ダウンロードした結果を、他の会社のサービスを利用して使っている?

結果だが、テストを受けている人の7割が大学以上の学歴で、36%の人が1社だけでなく、複数の会社のテストを受けていることで、関心の高さをうかがわせる。

自分の遺伝的背景について知りたいという動機が1位で、病気のリスクを知りたいというのは3割しかない。驚くことに81%が生データをダウンロードするためにテストを受けている点で、個人にデータを返すことの重要性示している。

そしてほとんどの人が、自分のデータを他のサービスにアップロードして、その意味を調べようとしている。しかもそのうち8割近くが複数の会社を用いている。例えばプロメテウスは、健康についての情報を知らせてくれる会社で、GEDmatchは親戚探しの会社としてよく利用されている。また、この様なサービスにおおむね満足している。顧客も賢いと思うのは、健康リスクに興味のあるの年齢が若く、親戚探しの方は年齢が高い点だ。すなわち、高齢者のゲノム検査に対する需要もしっかり取り込んでいる。

他にも様々なデータが示されているが、要するにゲノム検査サービスを受けている人の大半が、自分のゲノム情報を自分で所有し、もし面白いゲノム解析サービスがあれば、積極的に利用している。

個人ゲノム検査だけでなく、ガン・ゲノム検査を見ていても感じるのは、21世紀に入ってもなお上から下という階層性にしがみついている我が国の姿だ。これは役所、政治家にとどまらず研究者も全く同じだと思う。知り合いの若者M君は個人ゲノムサービスに夢を抱いていたが、我が国の現状に幻滅して、アメリカで起業し個人ゲノムの情報を提供するサービスを続けている。

このような若者が失われる前に、個人のゲノムや健康データを自分で管理できるようにする一歩について真剣に議論しないと、我が国の活力はますます低下するだろう。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月26日 鹿の角が進化した分子シナリオ(6月21日号Science掲載論文)

2019年6月26日
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我が国で「基礎だ、応用だ」と、しかし補助金のみの配分方法以外に案が聞こえてこない不毛の議論が進んでいるうちに、中国の生物科学、特にゲノム研究は様々な生物へと広がりを見せ、他国には追いつけないところまで到達した様に思える。例えば、シロクマの進化を調べた論文や、高地に住む動物のゲノムを比べた論文はここまで研究が広がっているのかと驚いた記憶に新しい。配列決定をするだけの研究だと見下す人もいるかもしれないが、配列がないと、インフォーマティックスも進まない。国家的に計画しているというより、科学に対するエネルギーがほとばしっているのだろう。結局基礎、臨床を問わず、我が国の現状を変えるには、補助金行政では得られないエネルギーの爆発をもう一度点火する方法を考える必要があると思う。

そんな例が先週号のScienceの3編の論文にはっきりと現れた。全て中国からの論文で44種類の反芻動物のゲノムを比べた研究だ。ともかく数多くのゲノムを比べることで、反芻動物特異的な臓器の進化についてシナリオを創造することができる。3編のうち最後の北西大学からの鹿の角がどう進化したかのシナリオについての研究を紹介する。タイトルは「Genetic basis of ruminant headgear and rapid antler regeneration(反芻動物の頭飾り鹿角の迅速な再生能力の進化)」だ。

私たちは鹿の角も、牛の角も同じ角として扱っているが、再生能力があるのは鹿の角だ。この研究では、頭飾りとしての角全体の進化と、鹿角にみられる再生能力を持った角の進化を、44種類の反芻動物のゲノムから推察した研究だ。

具体的には角の発生時に発現する遺伝子の中から、角の進化とともに最も強く選択された遺伝子を探す手法で、進化のキー遺伝子をリストし、現在知られているそれぞれの遺伝子の機能を考慮して、進化のシナリオを書いている。詳細は省いてシナリオだけを紹介しよう。

角の進化で選択される遺伝子リストを動物間で比べると、おそらく一回のイベントで角の進化が始まると考えられる。なかでも、本来はカエルの神経提細胞の分化に関わっていたOTOP3遺伝子とOLIG1に角を持つ動物に共通の変異が生まれて、角ができたと考えている。

このイベントをきっかけにして神経提細胞の移動に関わる重要な遺伝子が、角の原基に集まる様にプログラムし直される。これらの変化が集まって、角進化が可能になっている。

次に、角のある種が進化してから、それぞれ独立に角を失ったの種類のゲノムを調べると、もともと生殖細胞分化に関わるシグナル分子RXFP2の遺伝が偽遺伝子になっていることを発見する。このことから、生殖細胞発生遺伝子も、角発生に動員されていることがわかるとともに、この分子により角のオス・メスの差が生まれることも想像できる。

次に、鹿で角の再生能力に必要な遺伝子の進化も検討している。簡単に言ってしまうと、私たちが骨肉腫で遭遇する癌遺伝子のいくつかを、急速な角の再生に利用していることがわかる。ただ、そのままだと癌になるので、鹿ではがん抑制遺伝子と、増殖に伴うDNA 損傷の修復遺伝子が変化して、コントロールの効いた角の再生を可能にしている。これが、鹿では癌の発生が普通の反芻動物より強く抑制されている原因の様だ。

話は以上で、よくできたシナリオだ。もちろんこのシナリオが正しいか、実験的に調べることが今後行われるだろう。様々な動物へのクリスパーを使った遺伝子改変も中国の得意分野だ。おそらくこのエネルギーで、角の生えたマウスをつくろうと工夫を重ねる研究者もいる様に思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月25日:サルを用いた遺伝的発達障害モデル(5月20日号Nature掲載論文)

2019年6月25日
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先日もこのブログでNMDA型グルタミン受容体の機能異常が、自閉症を含む様々な発達障害の原因を示す論文を紹介したが(http://aasj.jp/news/watch/10416)、このタイプの異常の中で多い遺伝的発達障害が、グルタミン酸受容体が形成される時の基質となるSHANK3遺伝子が片方の染色体で機能を失う変異で、Phelan-McDermid症候群と呼ばれている。自閉症様症状だけでなく、筋力低下、睡眠障害、様々な程度の知能発達障害を示すが、同じ様な症状は多くの遺伝性発達障害でもみられる。

自閉症スペクトラム(ASD)全体から見ると、遺伝的な発達障害は一部に過ぎないが、原因となる機能分子がわかっているという意味で、遺伝的ASDは疾患メカニズムの研究に欠かせない。ただ、ほとんどのモデル動物はマウスを中心とするげっ歯類で止まっていた。たしかにSHANK3欠損マウスは社会性や学習異常を示すが、しかし人間と異なりヘテロではほとんど症状がない。したがって、もっとヒトに近いモデル動物が求められていた。

昨年はクリスパー遺伝子操作を行ったクリスパー遺伝子操作受精卵を移植、出産させたとして中国の研究が一躍注目を浴びたが、これからもわかる様に中国はこの技術の利用の幅広さでは世界一といってもいい。今日紹介する深圳先端科学研究所からの論文はSHANK3遺伝子変異サルを作成し、自閉症モデルとして使えることを示した研究で、先週号のNatureに掲載された。タイトルは「Atypical behaviour and connectivity in SHANK3-mutant macaques(SHANK3変異を持つカニクイザルは非典型的行動と神経結合の異常を示す)」だ。

この研究では受精卵のSHANK3遺伝子のエクソン21にCRISPR/Cas9を用いて機能欠損変異を導入し、最終的に5匹のSHANK3変異サルを得ている。それぞれゲノムレベルで起こっている変異は多様で、2匹は異なる変異が両方の染色体で起こったcompound ホモになっていた。さらに、2匹のサルから精子を採取し、同じ様にSHANK3変異のヘテロ個体を繰り返して作れることも示している。すなわち、金はかかるが、ASHNK3モデルサルを欲しいだけ作れる体制が整った。

さて、症状だが、個体ごとに多様な症状と、全ての個体で一様に存在する症状がある。例えば活動性は全ての個体で低下しており、睡眠障害でも、特に寝るまでに時間がかかる。

社会性で見ると、正常では多様だが、変異サルでは全ての項目で一様に低下している。

また筋肉の低緊張もヒトと同じで一様にみられる。

マウスではほとんど不可能な視線を追いかける実験も行える。この結果、視線が落ち着かないという特徴が一様に存在することがわかった。ただ、同じ様な症状はASDでは指摘されているが、SHANK3変異では調べられていないので、ヒトでも調べる必要があるだろう。

最後にテンソルMRIで各領域間の結合性を調べ、感情やモチベーションに関わる領域と前頭葉や運動野との結合が低下していることを示している。一方、やはりヒトで指摘されている様に、各領域内での結合性は高まっている。

まだ始まったばかりだが、ヒトの症例をかなり反映したモデルができたと言えるだろう。また、サルで初めて見つかる症状も存在することから、今後詳しい解析が進めばそのままヒトの症例へフィードバックできる可能性がある。

そして最も期待されるのが、発達過程の解析、そして介入実験だ。マウスSHANK3変異を用いた研究からロイテリキンの効果が示されている(http://aasj.jp/news/watch/9990)。ぜひ、サルを用いて組織レベルの変化まで詳しく調べ、新しい介入法の開発につなげて欲しい。

しかしこの分野の中国の実力はすごいと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月24日 顕微鏡を一切使わず、細胞の構造をDNAの配列データだけで画像化する(6月27日号Cell掲載論文)

2019年6月24日
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チューリング以来、論理的情報は、機械の動きに変えられることが明らかになり、情報から現象を再構成する技術が急速に進んでいる。その結果、この分野に明るくない私は、AIに限らず、最近の多くの生命科学の論文を、隅々まで完全に理解することが極めて困難になった。しかし、そんなことにはお構いなく、情報科学を用いた思いも及ばなかった論文が相次いで発表される。

そんな論文の中でも今日紹介するハーバード大学からの論文には驚いた。細胞の構造を顕微鏡なしに観察する可能性を示した研究で、6月27日号のCellに掲載された。タイトルは刺激的な「DNA Microscopy: Optics-free Spatio-genetic Imaging by a Stand-Alone Chemical Reaction (DNA顕微鏡:光学機器の必要ない空間的遺伝的イメージングを化学反応だけで可能にする)」だ。

乱暴に言ってしまうとこの研究では、ある領域に分布する人間の数と、その中の個人同士の物理的距離がわかれば、その場所の地図が描けるという、最近利用され始めた情報処理技術を利用している。ただ、地図を描くことも、距離を測ることもこれまで全て視覚を通して行われてきた。ただ、最近だとスマフォ同士の距離は電波の強さでわかる。

この研究で場所にあたるのが組織で、人間にあたるのが任意に選んだ複数の遺伝子のmRNAだ。と言われてもよくわからないと思うので、実際に論文に使われている例で話を進める。

まずGFPとRFPを別々に導入した細胞を用意し、混合して培養する。こうして、GFP+細胞と、RFP+細胞が混合する一種の組織ができる。この組織でGFP、RFP、そしてアクチン、GAPDHの4種類のmRNA(個別の)の間の距離を調べ、それを情報処理して細胞の分布地図を作っている。

と聞いても。本当にできるのかにわかには信じられないが、例えば核内で染色体の各部の接触確率を調べるHiCを用いて核内の染色体地図を書く様なイメージで、ネットに繋がる携帯電話の分布地図を描くために開発された技術らしい。

では組織上で各mRNA間の距離を見るという過程なしにいかに測定するのか?この研究ではcDNAを結合させる反応の起こりやすさを距離の近さとして用いている。

まず末端を特異的配列でラベルしたプライマーを用いて、組織上でcDNAを合成し、次にそれぞれのcDNAを標識配列ごと増幅する。すると、増幅されたDNAはその場所からゆっくり拡散で広がり始め、距離に応じて他の場所から拡散してきたRNAと混じることになる。そこでOverlap-extension PCRを用いて、異なるcDNAが近くに来た時だけ一本のcDNAとして結合させると、距離に反比例してoverlap-extensionされたcDNAの数が増える。この時overlapしたcDNA同士の間に、個々のextension反応を示すユニークな標識がランダムに挿入される様にしておくと、個々のoverlap-extension反応の個別標識として解析できる。

こうして合成されたoverlap-extension DNAの配列を決定することで、最初にcDNA合成されたmRNA同士の距離が計算でき、この結果を処理すると地図がかけるというわけだ。原理はおわかりいただいただろうか?

残念ながら細胞内のmRNAの分布を示すだけの分解能はまだないが、もっとmRNAの種類を増やしていけば、原理的に解像度は上がる。しかし、全く顕微鏡なしに細胞を見る(?)ことができる日が来るとは想像しなかった。

しかし、自分が何かを見て認識しているという脳の過程を考えると、かなり近いことが行われている。とすると、脳と同じである程度トップダウンで形態の類型を加えてやれば、顕微鏡のいらない日が来るのかもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月23日 トランスポゾンから学ぶ新しいクリスパーテクノロジー(Natureオンライン版掲載論文)

2019年6月23日
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クリスパーはもともとバクテリアが、外来のウイルスやプラスミドから自分のゲノムを守るために進化してきたシステムだが、逆にウイルスに取り込まれて、バクテリアの免疫を抑える方向にすら使われている、融通無碍のシステムだ。従って、クリスパーの利用法を学ぶ目的で、今も自然に存在するクリスパー/Casシステムを探索して、新しい機能を探す研究が行われている。

今日紹介するコロンビア大学からの論文は、クリスパーシステムを特定の遺伝子サイトに潜り込むために使っているトランスポゾンの発見でNature オンライン版に掲載された。タイトルは「transposon-encoded CRISPR–Cas systems direct rNA-guided DNA integration(CRISPR-Cas システムをコードするトランスポゾンはRNAのガイドによるDNAへのインテグレーションを可能にする)」だ。

この研究では、自然に存在するCRISPRシステムを探索している中で、コレラ菌に存在するトランスポゾンが、CRISPR/Casを持っているが、DNA切断活性を持つCas9は持っていないことを発見する。

もともとトランスポゾンは、自身でDNAを切断し、ホストゲノムと統合できる活性を持っている。ただ、これには全くゲノムの場所特異性はない。著者らは、新たに見つけたクリスパーシステムを持つトランスポゾンが、クリスパーをゲノムへの統合場所の特異性を決めるのに使っているのではと考えた。

詳細は全て省くが、まずこのトランスポゾンのコードするTniQとCas8,Cas7, Cas6が繋がった分子が、ガイドRNAに導かれてバクテリアゲノムの特定の場所に結合し、次にその場所にトランスポゾン分子tnsCをリクルートしてトランスポゾン複合体が集められ、自らのDNAを統合させる過程を明らかにした。

実験のほとんどはこの生化学過程の解析だが、最後にガイドRNAを用いて、狙ったところに正確にトランスポゾンが挿入されていることを示している。

本当は大事な生化学的過程の詳細は省いてしまったが、この論文のメッセージは、ゲノムへの侵入を防ぐ目的のクリスパーを、ゲノムへ統合するために用いているシステムがあるということで、バクテリア間での重要な遺伝子のやりとりができる新しい系が進化したと言えるかもしれない。

ただ、クリスパーを技術として見る観点から言えば、トランスポゾンと組み合わせると、これまで悲願だった大きな遺伝子の狙った場所への挿入が可能になったことになる。おそらくこのためには、システムを2−3個の独立したベクターに組み込む必要があると思うが、近いうちにそんなシステムが販売される様な気がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月22日 発達障害とNMDA型グルタミン受容体(6月18日Science Signaling掲載論文)

2019年6月22日
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Rett症候群は運動障害、知能発達障害、自閉症様症状などの発達障害を示す病気で、DNAのメチル基に結合するタンパク質をコードする遺伝子MECP2の機能が片方のX染色体で失われることで起こる。この病態を理解するためにはMECP2が脳神経細胞で何をしているのか理解することが必要だが、MECP2自体は多様な過程に関わっており、特定の機能とピンポイントで結びつけるのは難しい。

最近ゲノム解析が進み、これまでRett症候群として分類されていた中にCDKL5やFoxG1の様な分化誘導因子の変異が存在していることがわかり、この発達過程で多くの遺伝子が働いていることがより明らかになってきた。今後、一つ一つの遺伝子のRett症候群での機能を解明することが、治療法開発につながる。ただ、この様な臨床例を基礎的に調べなおす力がある研究グループは多くない。

今日紹介するバロセロナ大学からの論文は、GRIN2に変異を持つ極めて稀なRett症候群を生理学的に詳しく解析し、症状を改善させる治療法を開発した研究で6月18日号のScience Signalingに掲載された。タイトルは「L-Serine dietary supplementation is associated with clinical improvement of loss-of-function GRIN2B-related pediatric encephalopathy (GRIN2B遺伝子欠損による小児の脳症をL-serineを混ぜた食事で改善する)」だ。

この研究は一人のRett症候群の子どもから始まっている。症状からRett症候群と診断されたが、MECP2遺伝子は正常だったため、エクソーム検査を行い、グルタミン酸受容体を構成するGRIN2B自体に変異が発見された。この遺伝子の変異はウェスト症候群や巣てんかんなどの原因遺伝子として知られていたが、553番目のプロリンがスレオニンに変わる変異はほぼRett症候群に近いことがわかる。

そこで、この変異を片方の染色体に持つ場合、何が起こるかを、細胞学的、生理学的に調べ、グルタミン酸への結合力が低下してチャンネルのコンダクタンスが低下すること、またこの結果としてシナプス形成が低下することを発見する。

NMDARはグルタミン酸だけでなくセリンのラセミ体D-serineやグリシンによって側面から活性化されることでシグナルの調節が行われていることが知られている。そこで、試験管内でD-セリンを加える実験を行うと、変異による様々な異常を改善することがわかった。

最後にこの結果を受けて、患者さんの症状をセリン投与で改善できないか調べている。D-セリンは薬剤として使われ始めてはいるが、子供に投与する時の予想できない副作用を考慮し、この研究では普通のL-セリンを食べさせている。事実、D-セリンはL-セリンより脳内で合成できることがわかっており、この患者さんでもL-セリン投与でD-セリンが上昇することが確認できる。投与量は、500mg/kgなので、5歳児(20kg)とすると、10gという大量の投与が必要だが、食事に混ぜて食べさせることで行動異常が大きく改善したことを示している。

話は以上で、一人の臨床例をここまで解析できた研究グループには頭がさがる。結果については、一見NMDARの変異に限った話と思われるが、MECP2の変異によるRett症候群でもNMDAR受容体の活性が低下しているという指摘もあることから、他の様々な発達障害の治療方法になる可能性がある。RettやMECP2重複症はiPSも存在し、神経を誘導できる。是非この可能性も積極的に調べて欲しいともう。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月21日 皮膚の上から血中のメラノーマ細胞を検出する(6月12日号Science Translational Medicine掲載論文)

2019年6月21日
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毎日論文に接していると、専門の医学に限っても、全く知らないところで新しい技術が生まれていることを実感する。今日紹介するアーカンサス医科大学からの論文は、1860年にグラハムベルによって原理が発見された光のパルス・エネルギーを音に変換する光音響効果を用いて、血中を流れるメラノーマを検出しようとする技術の開発で6月12日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「In vivo liquid biopsy using Cytophone platform for photoacoustic detection of circulating tumor cells in patients with melanoma (Cytophoe技術を用いた生体中のliquid biopsyによりメラノーマの患者さんの血中を流れるガン細胞を検出できる)」だ。

今回私が驚いた技術が、光音響効果を用いた技術なので、少し解説しよう。実際、我が国も含め世界中で研究が進んでいるようだ。分かりやすくいうと、超音波を照射し返ってくる音波を検出して体内の様子を画像化する超音波診断と同じようなものだ。ただ、超音波を照射する代わりに、パルスレーザーを照射し、レーザーがぶつかった細胞が温められた時に発するナノバブルの音を検出して、体内の様子を調べるものだ。したがって、特定の波長のレーザー光の吸収とそれによる超音波発生の細胞ごとの効率が検出されることになる。

ただ、超音波診断が聴診器の代わりになり始めている現状で、この技術の優位性を見つけるのは容易ではない。色々試行が重ねられて、ついにこのグループは血中を流れる色素を持ったメラノーマ細胞の数を血液を抜かずにカウントするという、ドンピシャの適用法を着想した。

最近になって血中を流れるガン細胞を検出して、ガンの状態をモニターする方法が続々開発されているが、流れていると言っても血中のガン細胞の数は少なく、採血可能な血液量では検出に限界があった。一方、直径1mmぐらいの血管を1時間近くモニターすると、なんと1リットルの血液に相当する量をモニターすることができる。

この研究では、最適なレーザー波長、エネルギー、データ処理システムなどを至適化して単一のメラノーマ細胞、メラノーマ細胞の固まり、メラノーマ細胞と白血球の塊、白血球などを、連続してシグナルを送る赤血球の中から区別して検出できるようになった。そしてこの方法をメラノーマの患者さんで試してみると、18例中17例で間違いなくメラノーマ細胞を検出することができた。

最後に同じプラットフォームでもう少し強いレーザーを当ててメラノーマを血中で殺せるかという実験も行っている。驚くことに、18例中6例でたしかに処理後、血中のメラノーマ数が減少したことを示し、治療にも役立つと結論している。

しかし、わざわざ2兎を追わなくても、持続的モニターだけでも十分価値があると思う。特にメラノーマはチェックポイント治療、ガンの標的療法など、最先端の治療法が使われている分野だ。しかも、皮膚に病巣があり、支配血管を特定することもできる。とすると、治療効果をガンの周りの血管で調べる新しい研究が可能だ。この分野でまず技術を磨いて、その後適用を拡大すればいいと思う。

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