6月1日 痛み感じなくなることが進化にとって都合のいいこともある(5月31日号Science掲載論文)
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6月1日 痛み感じなくなることが進化にとって都合のいいこともある(5月31日号Science掲載論文)

2019年6月1日
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私たちがもし痛みの感覚をなくしたとすると、おそらく様々な危険に気づかず、長生きができないように思う。すなわち、痛みは動物の行動にとって極めて重要な感覚として進化してきたはずだ。ところが、ハダカデバネズミを筆頭とするアフリカに生存しているネズミの仲間の中には、様々な痛み感覚を失ってしまっている種が存在する。今日紹介するドイツ・ベルリン・マックスデルブリュックセンターからの論文は、痛みを失うことがアフリカの生活環境では、進化にとって有利になる理由を考えた論文で、5月31日号のScienceに掲載された。タイトルは「Rapid molecular evolution of pain insensitivity in multiple African rodents(複数のアフリカ産げっ歯類に見られる痛み感覚の低下をもたらす急速な分子進化)」だ。この研究では、唐辛子成分カプサイシンによる痛み、レモンなどに含まれる酸による痛み、そしてマスタードの成分AITCによる痛みの感覚をアフリカのげっ歯類で調べ、それぞれの痛みに対する感覚が消失しているネズミが特定できること、そしてハダカデバネズミはなんとカプサイシンと酸に対する両方の感覚が失われていることをまず確認している。この研究で調べられたほとんどは、mole ratと名付けられているので、多くは地中で生活している種類が多いのだろう。

研究では、3種類の痛みへの反応について調べ、約2000万年の進化でそれぞれの痛みの感覚が独立して失われていることを示している。独立にというのは、種の近さとは全く無関係に、各感覚が失われることを意味している。例えばハダカデバネズミは、カプサイシンと酸に対する痛覚が鈍っているのに、アフリカで最も近縁な種類のモグラネズミは全ての痛覚が正常だ。すなわち、環境に応じて、生存に有利であれば痛み感覚がかなり早く失われることを示している。はっきり言って、こんな面白い形質の進化を見つけたことがこの研究のハイライトと言っていいだろう。ただ、それだけでは現象論にとどまるので、この進化の道筋を分子のレベルで明らかにしようと、痛み感覚神経細胞の遺伝子発現を詳しく調べている。

まず、感覚神経の発生自体は全てのネズミで正常に発生しており、発生異常は除外される。また、カプサイシンとマスタードに対する痛みで見ると、痛みを感じるイオンチャンネルは正常に存在しており、刺激の受容が原因でないこともわかる。実際正常の近縁ネズミと比べて発現が変化しているのは、カプサイシンでBMP結合タンパク質、マスタードでは常に開いている型のNa-leakチャンネルの発現が上昇していることがわかった。これに対し酸による痛覚を失ったネズミでは、40種類もの遺伝子の発現が変化していることが明らかになった。

ただ、この発現が変化した遺伝子がどのように痛覚の鈍化に関わっているのかは、機能アッセイまで試みてはいるが、結局特定できていないと言わざるをえないだろう。

カプサイシンと酸に対する痛覚についての進化は分子的に説明できなかったが、マスタードの方は、鈍化した種で痛覚受容体のアミノ酸変異が幸い特定され、この変化がNa—leakチャンネルと相互作用することで、興奮が低下することを明らかにしている。その上で、この進化を促したのが、穴の中で暮らしているうちに攻撃されるアリが原因になっていることを示している。すなわち、マスタードに対する痛みが低下している種の周りにはdrop-tail antが生息しているが、痛みが低下していないネズミの周りには同じアリは存在していない。また、アリのアタックがこの受容体を介して痛みを誘導することも確認している。

残念ながら、この研究では結局マスタード型の痛みについてのみ進化のシナリオを見ることができたが、おそらく同じような選択圧が他の受容体にも効いていると予期待できる。著者らは、食生活で痛みを伴う刺激物質を常食にすることで、このような進化が起こったと考えているが、証明は難しそうだ。

カテゴリ:論文ウォッチ