6月7日:新生児期の母子コミュニケーションの脳科学(6月27日号Cell掲載予定論文)
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6月7日:新生児期の母子コミュニケーションの脳科学(6月27日号Cell掲載予定論文)

2019年6月7日
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東大と芸大の学生さんが中心になって、芸術と科学の融合を模索する活動がすすんでいる(AMS for Students:是非ホームページをみてください:http://ams-stu.com/)。チェリストの谷口賢記さん、東大医学部の栗原教授などがシニアメンバーとして学生さんたちに寄り添って支えておられ、最近では慶應大学も加わり素晴らしい活動になりつつある。

わたしもこのような活動を積極的に支援したいと思うのは、これまでの哲学や心理学の名著の理解が、現代脳科学についての知識によって高められるという認識を持っているからだ。脳科学の論文を読むたびに、この感触は強くなっている。嬉しいことに、この思いを「フロイトは脳科学の目で読むとおもしろい」というタイトルで、AMSの会で話させてもらった。

今日紹介するエール大学からの論文はまさにフロイトが母親へのBesetsungと呼んだ(Besetsung 備給と訳されているがもっとわかりやすい訳に変えるべきだろう)状態を、マウス新生児の脳で調べた研究で6月27日号のCell に掲載されている。タイトルは「Functional Ontogeny of Hypothalamic Agrp Neurons in Neonatal Mouse Behaviors (マウス新生児の下垂体Argp神経の機能的発達)」だ。

これまで多くの脳科学論文を読んだが、新生児の研究は考えてみるとほとんど読んだことがなかった。実際、マウスを飼育してみるとそれが簡単でないことはよくわかる。しかし、私たちの脳が最初に外界の表象を作り上げていくのはこの過程になる。

この研究は最初から食欲を調節する下垂体のAgrp神経に絞って、新生児の母親へのBesetsungのモティベーションが食欲ではないかと考えて始めている。実際、母親から新生児を90分離すと、Agrpが強く興奮する。普通この反応を、母親のミルクを求める食欲にかられているのではと納得してしまうのだが、著者らは本当に食欲なのか、ミルクを直接注入することでArgpの反応が収まるか調べてみて、この興奮が食欲とは全く関係ないことを発見する。

そこでAgrp神経の興奮を誘導する刺激を探し、ついにそれが温度であることを発見する。すなわち、母親の体温と同じ部屋で母親から話してもAgrpは興奮しない。この過程を、新生児脳に挿入したファイバースコープで継時的に記録し、話されるとすぐに興奮し、母親に戻されると興奮がおさまることを確認している。

次にAgrp神経のGABAが欠損したマウスでこの部位の興奮により誘導される行動を調べると、新生児の一種の声と言える超音波の発生を誘導することが突き止められる。しかも、超音波の発生ができないのではなく、ピッチが上がって下がるタイプの声を発声できないことまで明らかにする。

逆にAgrpを化学的に刺激する実験を行い、刺激により上がって下がるタイプの声の発生が上がることを示している。

これが新生児側の反応だが、この声を聞いた母親は子供を近くに寄せて乳を含ませることも示している。

以上をまとめると、新生児ではAgrp神経は、温度の変化を感知して母親から離れたことを認識した時に興奮し、特殊な声を出させる行動に関わっている。そしてこの声を聞いた母親が、子供を近くに寄せて乳を与える行動をとる。この時、温度変化を感じなくしておくと、声も出ず、その結果母親の反応も誘導できない。

面白いのは、新生児では温度に反応して、食べ物には反応しなかったAgrp神経が15日目には温度ではなく、食べ物に反応するようになる点だ。すなわちリビドーがリプログラムされるプロセスを観察できる。

この論文ではここまでだが、今後ますます面白い話が出てくる予感がする。是非一度、フロイトと脳科学がらみでジャーナルクラブで取り上げたい。

カテゴリ:論文ウォッチ