6月10日 血中のDNAの分断のされ方でガンの診断精度をあげられる(Natureオンライン版掲載論文)
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6月10日 血中のDNAの分断のされ方でガンの診断精度をあげられる(Natureオンライン版掲載論文)

2019年6月10日
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ガン組織が破壊される時に末梢血に漏れ出てくるDNAを診断に使うことは実用に近づいている。例えばダウン症など胎児の染色体異常検査を羊水検査の代わりに行うことは実際の臨床で行われている。また、発ガン遺伝子の断片を探索してガンの存在を確かめる検査も進んできている。例えば先月紹介したマンチェスター大学の研究では、641遺伝子変異に標的を絞って検査した場合、バイオプシーによる遺伝子診断とくらべたとき、79%の一致率まで高まってきている。しかし、これだけでは6−8割の診断率で止まって、これ以上の精度を上げることが難しかった。

今日紹介するジョンホプキンス大学からの論文は、ガン組織から漏れ出たDNA断片の分断のされ方が正常細胞由来のDNAと異なることを利用してがんの診断率を上げる試みでNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Genome-wide cell-free DNA fragmentation in patients with cancer (ガン患者さんの末梢血に流れるDNAの全ゲノムレベルので分断化)」だ。

血中DNAの診断は、これまでは特定の領域に絞って行われてきたが、ガン組織と正常組織から漏れ出るDNAの分解のされ方がもし違っているなら、それを指標にガンを診断できるのではと着想したのがこの研究のきっかけだろう。

実際末梢血中に流れているDNAはズタズタに分断化されており、この分断化のパターンはヒストンや他の核内タンパク質との結合、またDNAの修飾のされ方で異なる。それぞれのガンに特徴的なエピジェネティックな変化が、遺伝子レベルの変化とともに必ず存在することは常識になっており、もしそうならDNAが分断化されるパターンが異なる可能性がある。

そこで、正常人とガン患者さんで血中に存在するDNA配列を網羅的に調べ、流れているDNAの長さを調べてみると、正常人では大体同じような長さの断片化が起こっているのに、ガン患者さんではこの長さの分布が大きく変動する。

これを正常組織とガン細胞のヌクレオソームの構造と対比させると、概ねこの違いが反映されており、全DNAの配列と長さの分布パターンがガンと正常を区別できる可能性を示している。

その上で、ガン患者さんと正常者のDNA断片の分布についていくつかの補正を加えて機械学習させると、大体30億リードでステージIでも7割の確率で診断が可能になっている。特に肺がんや、診断の困難な胆管がん、卵巣癌で9割を超えている。

ただ、この方法だけではガンのタイプなどを決定するのは難しいので、これまで開発されてきたガンの変異を検出する方法と組み合わせる診断法を確立すると、診断確率が平均で73%から91%に高まり、精度も98%に上昇している。

ガンが持っているあらゆる特徴を組み合わせて診断する極めて合理的な考え方で、言われてみるともっともな話だが、一つの方法にこだわらない柔軟な発想の研究だと思う。コストはともかく、血中のDNAでガンを正確に診断する段階にまた一歩近づいた。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月9日 新しい病気の理解も注意深い症状観察から始まる(6月5日号Science Translational Medicine掲載論文)

2019年6月9日
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病気の治療は、まず正確な診断を行い、それに基づき適切な治療を選ぶことだ。ここで重要なのは、診断ができたからといって、すなわち病名を確定したからといって、病気が理解できているわけではない。既存の診断基準で病名を確定した後も、注意深い症状観察により、新しい病気の側面が発見されることはいくらでもある。その結果、新しい治療法に思い至ることが、臨床医の醍醐味だろう。

今日紹介する米国NIH からの論文は病気の新しい側面の気づきが治療につながるという一つの例で6月5日号のScience Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Lymphocyte-driven regional immunopathology in pneumonitis caused by impaired central immune tolerance(中枢性の免疫トレランスの異常によって起こる肺炎に見られるリンパ球により誘導される病理)」だ。

この研究の対象は胸腺や骨髄でT細胞やΒ細胞の免疫トレランス誘導に関わる分子AIRE機能低下によって起こる、様々な臓器、特に内分泌臓器が影響される事故免疫病だ。中枢性トレランスの障害なので、あらゆる臓器で自己免疫性炎症が起こってもいいが、病名が自己免疫性多内分泌症候群という名前が付いているように、診断には副腎などの内分泌症状が重視されるため、これまで肺症状についてはほとんど問題にされていなかった。そのため、全身性の自己免疫病であるにもかかわらず、症状が出ている内分泌臓器ホルモンの補充療法が優先されてきた。

この研究では自己免疫性多内分泌症候群の患者さんでは早い時期から様々な呼吸器症状が現れることに気づき、これらの異常は肺のCTで捉えられることを確認する。

そして、患者さんの気管には好中球の浸潤が認められること、また好中球の浸潤蓄積がリンパ球、特にT細胞の肺実質への浸潤と関連していることを、バイオプシーによる組織検査で突き止める。すなわち、肺症状、好中球を含む痰が、特異的ではないがこの病気の重要な症状になることを明らかにしている。

この結果は、中枢性の免疫トレランスの破綻により肺実質へ浸潤した自己反応性リンパ球により、2次的に好中球の蓄積が誘導され、肺炎が起こることを示唆する。そこで、今度はAIRE欠損動物モデルのT細胞を除去する実験を行い、このシナリオを確認する。

そしてこのシナリオに基づき、リツキシマブによるΒ細胞抑制、アザチオプリン(ミコフェノール酸モフェチル)によるT細胞抑制治療を5人の患者に行い、肺炎をほぼ完全に抑えることに成功している。

話は以上で、注意深い観察に基づく臨床での気づきが、患者酸へ新しい治療をもたらした、さすがプロと思える研究だった。また、同じことはチェックポイント治療でも起こる。がんのチェックポイント治療の副作用をコントロールするためにも、重要な研究だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月8日 細胞増殖を変化させる変異は正常細胞に常に起こっている(6月7日号Science掲載論文)

2019年6月8日
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がん細胞が現れる前から、正常細胞で起こった遺伝子変異やエピジェネティックな変異によって細胞の増殖が高まり、他の細胞を押しのけてクローン性増殖が起こることはよく知られた事実で、食道のバレット症候群細胞のようにガンのドライバー遺伝子と、がん抑制遺伝子の欠損といった発ガンのための必要なセットがすでに揃ってしまっているケースすらある。この結果は、ガンと正常の境はガン遺伝子の変異といった以上に複雑であることを示しており、このような正常細胞の異常増殖を系統的に調べることの重要性を物語っている。

今日紹介するハーバード大学Broad研究所からの論文はなんと29箇所の異なる組織から7000近いバイオプシーサンプルを取り出して正常細胞の増殖変異を調べた研究で6月7日号のScienceに掲載された。タイトルは「RNA sequence analysis reveals macroscopic somatic clonal expansion across normal tissues (RNA配列解析により正常組織全体で体細胞のクローン性増殖拡大がみとめられる)」だ。

これまで同じような目的の研究は数多く報告されているが、クローン性増殖を調べるためにゲノムDNAの変異が調べられた。ただ、この場合異常細胞を詳しく調べるためにはDNA配列の解析を何百回も繰り返す(ultradeep sequencing)必要があった。今日紹介する研究の売りは、 DNAの代わりに、発現されているRNAの配列からゲノムでの遺伝子変異を推察する方法を開発したことで、詳細は省くがRNAをDNA変異の指標として用いる時の問題を、比較的簡単な条件の導入で解決している。従って、この論文の最初は新しいRNA-MuTectと呼ばれる方法が、DNA解析と同じレベルの変異解析精度を持っていることを詳しく示している。また、allelic imbalanceとして知られる対立染色体の変化もこの方法で検出できることまでしめしている。

あとは、29組織、7000近いバイオプシーサンプルをRNA-MuTectで解析し、ほとんどの組織で突然変異が起こった細胞がクローン性に増殖していることを明らかにしている。なかでも、皮膚、肺、食道ではこのような変異が最も多くみられるが、これはガン細胞での変異の数を調べたこれまでの結果と全く同じだ。

これも予想通りだが、変異は年齢とともに蓄積し、皮膚で見ると太陽にさらされたところが圧倒的に変異数が多い。

変異により細胞の増殖優位性が生まれる変異のなかに多くのガン遺伝子は含まれているが、ガンでは圧倒的に変異の数が多いRAS遺伝子の変異は思いのほか少ない。すなわち、増殖が高まっても、ガンとは異なるメカニズムによる増殖が起こっているようだ。ただ、p53とNotch1の変異は、他の遺伝子と比べて4倍近く認められることから、最初のクローン性増殖はまず増殖抑制メカニズムが外れることで起こることを示唆している。

話はこれだけで、ほぼ予想通りの結果で、要するに身体中で突然変異が蓄積していることを示している。従って、この研究の売りはあくまでRNA-MuTectの開発といっていいだろう。おそらくこのような結果は、外界の発がん物質との関係を深掘りするより、ゲノムレベルでのガンになりやすさと合わせてみていくことで、かなり重要な情報が得られるように思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月7日:新生児期の母子コミュニケーションの脳科学(6月27日号Cell掲載予定論文)

2019年6月7日
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東大と芸大の学生さんが中心になって、芸術と科学の融合を模索する活動がすすんでいる(AMS for Students:是非ホームページをみてください:http://ams-stu.com/)。チェリストの谷口賢記さん、東大医学部の栗原教授などがシニアメンバーとして学生さんたちに寄り添って支えておられ、最近では慶應大学も加わり素晴らしい活動になりつつある。

わたしもこのような活動を積極的に支援したいと思うのは、これまでの哲学や心理学の名著の理解が、現代脳科学についての知識によって高められるという認識を持っているからだ。脳科学の論文を読むたびに、この感触は強くなっている。嬉しいことに、この思いを「フロイトは脳科学の目で読むとおもしろい」というタイトルで、AMSの会で話させてもらった。

今日紹介するエール大学からの論文はまさにフロイトが母親へのBesetsungと呼んだ(Besetsung 備給と訳されているがもっとわかりやすい訳に変えるべきだろう)状態を、マウス新生児の脳で調べた研究で6月27日号のCell に掲載されている。タイトルは「Functional Ontogeny of Hypothalamic Agrp Neurons in Neonatal Mouse Behaviors (マウス新生児の下垂体Argp神経の機能的発達)」だ。

これまで多くの脳科学論文を読んだが、新生児の研究は考えてみるとほとんど読んだことがなかった。実際、マウスを飼育してみるとそれが簡単でないことはよくわかる。しかし、私たちの脳が最初に外界の表象を作り上げていくのはこの過程になる。

この研究は最初から食欲を調節する下垂体のAgrp神経に絞って、新生児の母親へのBesetsungのモティベーションが食欲ではないかと考えて始めている。実際、母親から新生児を90分離すと、Agrpが強く興奮する。普通この反応を、母親のミルクを求める食欲にかられているのではと納得してしまうのだが、著者らは本当に食欲なのか、ミルクを直接注入することでArgpの反応が収まるか調べてみて、この興奮が食欲とは全く関係ないことを発見する。

そこでAgrp神経の興奮を誘導する刺激を探し、ついにそれが温度であることを発見する。すなわち、母親の体温と同じ部屋で母親から話してもAgrpは興奮しない。この過程を、新生児脳に挿入したファイバースコープで継時的に記録し、話されるとすぐに興奮し、母親に戻されると興奮がおさまることを確認している。

次にAgrp神経のGABAが欠損したマウスでこの部位の興奮により誘導される行動を調べると、新生児の一種の声と言える超音波の発生を誘導することが突き止められる。しかも、超音波の発生ができないのではなく、ピッチが上がって下がるタイプの声を発声できないことまで明らかにする。

逆にAgrpを化学的に刺激する実験を行い、刺激により上がって下がるタイプの声の発生が上がることを示している。

これが新生児側の反応だが、この声を聞いた母親は子供を近くに寄せて乳を含ませることも示している。

以上をまとめると、新生児ではAgrp神経は、温度の変化を感知して母親から離れたことを認識した時に興奮し、特殊な声を出させる行動に関わっている。そしてこの声を聞いた母親が、子供を近くに寄せて乳を与える行動をとる。この時、温度変化を感じなくしておくと、声も出ず、その結果母親の反応も誘導できない。

面白いのは、新生児では温度に反応して、食べ物には反応しなかったAgrp神経が15日目には温度ではなく、食べ物に反応するようになる点だ。すなわちリビドーがリプログラムされるプロセスを観察できる。

この論文ではここまでだが、今後ますます面白い話が出てくる予感がする。是非一度、フロイトと脳科学がらみでジャーナルクラブで取り上げたい。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月6日 1型糖尿病発症の全く新しいメカニズム(5月30日号Cell掲載論文)

2019年6月6日
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1型糖尿病は膵臓のベータ細胞に対する自己免疫反応で起こることがわかっているが、自己免疫反応の引き金になる自己抗原についてはよくわかっていない。おそらくインシュリン自体が抗原になっているのではと考えられているが、1型患者さんのMHC抗原DQ8との結合が弱いためインシュリンに対する強い自己免疫反応の誘導が難しく、インシュリン特異的T細胞を誘導する引き金には他の抗原を探す必要があった。

今日紹介するジョンホプキンス大学からの論文はこの問題に対し「あ!」と驚く答えを示した研究で5月30日号のCellに掲載された。タイトルは「A Public BCR Present in a Unique Dual-Receptor Expressing Lymphocyte from Type 1 Diabetes Patients Encodes a Potent T Cell Autoantigen (T 細胞受容体と抗体の両方を発現した稀なリンパ球サブセットが発現する抗体が自己抗原になる)」だ。

タイトルからしてややこしいが、この研究を一言でまとめると、特定の抗体の可変部のペプチドが自己抗原になっているという話になる。

詳細を飛ばして、なぜこんな話になるのかを説明しよう。

  • まず1型糖尿病(T1D)の患者さんではT細胞抗原受容体(TcR)とB細胞抗原受容体(BcR)の両方を発現しているDE細胞が、正常の人より多く存在する。
  • この細胞はTcR刺激でもBcR刺激でも増殖することができ、これがT1Dで増加している理由。
  • 重要なのはこのDE細胞が発現しているTcR、BcRのレパートリーは限定されている。
  • 特に、BcRは特定のV、D、Jが集まったCDR3に限定されており、異なる患者さんからのDEも全く同じアミノ酸配列のDEを発現している。
  • このCDR3ペプチドが、なんとDQ8組織適合抗原にフィットし、しかも特定のCD4T細胞の増殖を誘導する。
  • こうして誘導されたCD4T細胞はインシュリンにも反応して、結果膵臓ベータ細胞をアタックしてT1Dを引き起こす。

だいたい、TcRとBcRを同時に発現する細胞が存在し、その細胞が生産する抗体が自己抗原になるというこの話は、ifを何回も繰り返す必要があり、にわかには信じがたい。しかし、そんな稀なDEを細胞株として分離しており、またT1Dの治療の観点からも、自己抗原にとどまらず、それを供給する細胞まで特定できている点で、極めて魅力的だ。

このCDR3ペプチドが抗原なら、できる限り早くこれを抑える臨床治験を進めてほしいと思う。

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6月5日 エイズ感染予防目的のCCR5変異導入は命を縮める?(Nature Medicineオンライン掲載論文)

2019年6月5日
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昨年ヒト受精卵のCCR5遺伝子をクリスパー/Cas9で変異を導入したあと、子宮に戻して出産させる実験研究が南方科学技術大学フー研究者らにより報告され、物議を醸した。

両親が感染しているエイズから守るためを目的としているとする話を聞いたときから、一般の人の無知につけこんだ稚拙なプランで、オフターゲットのDNA切断が否定できない現状で、倫理というより無知につけ込む犯罪として対応すべきだと思った。

ただ、CCR5をエイズウイルスが使って細胞内へ侵入することから、この分子が標的になることについては多くの物語が生まれてきた。一番ドラマチックな物語は、米国のエイズ患者さんが留学中に白血病に罹患、治療としてたまたまベルリンでCCR5変異を持つドナーから骨髄移植を受けて、白血病だけでなくエイズが根治したというTimothy Brownの物語だろう(Berlin Patientとして有名でこのブログで紹介した:http://aasj.jp/news/watch/2707)。

また2014年にはThe New England Journal of Medicineに患者さん由来のCD4T細胞に同じ変異を導入して患者さんに戻す臨床研究も行われている。

このような歴史を考慮して、エイズ両親からの子供を救う医療として考えると、まず妊娠経過を慎重に見守り、出産時の感染がないよう帝王切開を行い、それでも感染してしまった場合は、臍帯血を使った体細胞治療を新生時期に行うのが順番のように思う。

今日紹介するカリフォルニア大学バークレイ校からの論文はこれまでエイズ感染がおこらないとして物語になってきたΔ32と呼ばれる変異が両方の染色体に揃うと、発生や成長には大きな変化は認められないが、集団遺伝学的にネガティブな影響があることを示した論文でNature Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「CCR5-∆32 is deleterious in the homozygous state in humans (CCR5-∆32は人間のホモ接合個体では悪い影響がある)」だ。

この研究は英国の40万人のデータを擁するバイオバンクの中から、∆32変異のホモ接合体、ヘテロ接合体を抽出し、41歳から78歳まで、毎年の死亡率を調べて正常と比べた研究で、実際には76歳位まで生存できる確率を調べている。またまたUKバイオバンクで、その成果ははかりしれない。

CCR5はケモカイン受容体で、他の受容体による作用が補完されるため、欠損しても致死的ではないが、もちろん生体内で機能している証拠ははっきりしており、これが存在しないことで感染症などのストレスに対する脆弱性が生まれると予想できる。

結果は予想通りで、∆32ホモ接合体では生存確率がはっきりと低下していた。また、集団遺伝学的に∆32が負の選択を受けていることも、Hardy-Weinberg平衡からのずれとして確認している。従って、オフターゲットのDNA損傷という事故以外にも、この戦略は患者さんに不利益をもたらす可能性もあるという話になる。

実際我が国でもこの結果はいち早く報道され、「中国の双子の命が縮まる」という印象を持たせる見出しも存在する。しかし、∆32が生存にネガティブな影響があるというのはあくまでも先進国の話で、エイズが蔓延している地区ではひょっとしたら逆かもしれない。科学的には、致死的でない一つの対立遺伝子の選択は極めて複雑で、将来への影響など計算しきれるものではない。

やはり集団遺伝学的選択と、フー研究者の稚拙な実験とは違う話であることははっきりさせておく必要がある。

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6月4日:自閉症児によく起こる合併症(Autism Researchオンライン掲載論文)

2019年6月4日
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飛行機で長距離移動中で、予約投稿がうまくいかず、今帰国して投稿し直しました。公開が遅れました。

今日も自閉症スペクトラムの研究を取り上げるが、昨日のように動物実験を用いた生命基礎科学のトップジャーナルに掲載される研究の対極にある、調査研究を取り上げたいと思う。タイトルは「Clustering of Co-Occurring Conditions in Autism Spectrum Disorder During Early Childhood: A Retrospective Analysis of Medical Claims Data (ASDでは幼児期に合併症が集まる:保険請求データの解析)」で、Autism Researchオンライン版に掲載された。

タイトルからわかるように、この調査研究は被保険者が保険会社に対して請求した医療費のレセプトから、ASDと他の疾患が合併する確率を調べた研究で、いろいろなバイアスはあるとしても、大規模に病気の統計を取ることができる重要な方法だ。

この研究では28万人の一般児と、非保険会社がASDとして医療費を支払った児童3278人を、7種類の児童がよく罹患する7種類の病気(保険支払いが行われたケース)の罹患率を調べてまとめたものだ。

7種類の病気には、中耳炎などの耳の病気、発達遅延(言語の遅れを含む)、消化器病、アレルギー、精神疾患(ムード障害や、 ASDHを含む)、てんかん、そして睡眠障害が含まれている(これらは全て疾患コードの一致をもとに計算している。)

この7種の状態と、ASDの合併を調べると、一般児の合併率が2.3疾患であるのに対し、4疾患とASDのケースでは合併率が跳ね上がる。その内訳をみると、一般児の罹患の多い耳の病気、アレルギー、消化器の病気でも、罹患率はASDの方が多く、てんかんや、精神疾患の合併症はASDでさらに差が大きい。

重要なのは、合併症を多く持つASDでは、精神疾患と消化器病の合併率が強いことで、合併症の多いASD児童は別に考えていく必要があることを示している。

さらに5年の観察で見たとき、てんかん発作も含めほとんどの合併症は2年程度で落ち着いてくるのだが、ムード障害などの精神疾患の合併は年齢が上がるほど上昇する。

以上が結果で、合併症の出方でASDの児童を分けることができる可能性を示唆している、臨床的には大事な統計だろう。

しかし私がこの論文を取り上げたのは、論文の内容より、保険請求項目が医療統計に極めて重要であることを示すためだ。米国の場合、この請求は各保険会社により管理されていおり、最近ではビッグデータとして用いる研究をよく見かける。

もちろん我が国もこの重要性はよくわかっており、支払基金に溜まった膨大な請求データを、実際の医療データと連結させるための「次世代医療基盤法」が施行されて1年以上が経過している。ただ、この作業については、日本医師会が新しい法人を作って事業者として名乗りをあげるという話を聞いてはいるが、実際にはほとんど進んでいないのではないだろうか。おそらく、セキュリティーの敷居が高すぎて、なかなかうまくいかない。また我が国では、請求が医療機関によって行われることを考えると、医師会しか事業者がないことは大きな問題だと思う。

結局ビッグデータの掛け声は大きいが、この状況を見ていると、我が国がますます医療データの後進国へと落ちていくように感じてしまう。

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6月3日:再び自閉症スペクトラムと腸内細菌(5月30日号Cell掲載論文)

2019年6月3日
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自閉症スペクトラム(ASD)の症状に、腸内細菌叢の変化が関わっているという可能性を初めて読んだとき、細菌叢フィーバーを反映しているだけで、いつかこの熱も冷めるのではと思っていた。ところが、あれよあれよといううちにこの分野はASD研究の重要な分野として成長しており、いまやASD児への細菌叢移植治療が行われるようになっている。

今日紹介するカリフォルニア工科大学からの論文はこの分野での実験研究の一種の集大成ともいえる話で、初めは又かと読み始めたが、読んでいるうち結構真剣になってきた。ただ、結び合わされているデータは全て統計的解析で、結果を実感できない難点は感じてしまった。タイトルは「Human Gut Microbiota from Autism Spectrum Disorder Promote Behavioral Symptoms in Mice (ASDの腸内細瑾叢はマウスの行動学的症状を促進する)」で、5月30日号のCellに掲載された。

この研究は計画がよく練られているのに感心する。ASDの細菌叢の活性を、ASDの便を無菌マウスに移植して調べる点はこれまでの研究と同じだが、この研究では移植された細菌叢の胎児発生や発達期の影響を調べるため、便移植したマウスを掛け合わせてできた子供の行動を調べるという、念のいった研究を行っている。

結果だが狙った通り、ASD の便を移植された親から生まれ育ったマウスは、反復行動が高まり、自発運動は減り、社会性も低下する。ただ優位差はあっても、典型児の便を移植したマウスの子供と比べた時のデータの重なりは大きい。

次にこの変化の原因になった細菌叢の中で、ASDと強く相関しているバクテリア種を調べると、今度は明確にASDではほとんど存在しないバクテリア種、逆にASDのみで上昇が見られるバクテリアを特定できる。ただ、例えば免疫機能で慶応の本田さんが行っているような、特定の菌を移植してASDを誘導するという実験は行なっていない。将来ぜひこの方向の研究も進めてほしいと思う。

代わりにこの研究では、行動異常を示したマウスの脳での遺伝子発現を調べ、なんと560もの遺伝子の発現が変化していること、特にRNAスプライシングに関わる遺伝子の変化が大きく、詳細は省くが脳神経活動に関わる重要な遺伝子のスプライシングバリアントが行動異常と相関していることを示している。もともとゲノム研究からも、ASDではスプライシングに関わる遺伝子の多型が多いことが知られているので、納得しやすい結果だ。

次に、大腸と血清のメタボローム解析を行い、抑制性GABA神経の刺激や抑制物質が変化していることを発見する。中でも、GABA受容体を刺激する5-aminovaleric acid(5AV)とタウリンの低下が、大腸と血清で見られることを発見している。すでにASD児の血清中でタウリンが低下していることについては、我が国のグループも示しており、この状態が便移植でマウスで再現できていることを示している。また、このような代謝物の変化を腸内細菌叢の代謝の変化と相関させることも行なっており、5AV,タウリンの合成についてはっきりした差が見られているが、詳細は省く。

最後にこの結果から治療可能性を探るために、タウリンや5AVを妊娠中から発達期にかけて餌に混ぜて食べさせる実験を行い、どちらもASD様症状が改善し、しかも抑制性神経の活性が高まる結果、前頭前皮質の神経興奮性が高まることまで確認している。おそらく5AVの作用はこの論文が初めてと思うが、タウリンは何度も指摘されており、特に驚く結果ではない。

結果は以上で、結局この研究のハイライトは便移植したマウスを交配して生まれたマウスを調べたという徹底性で、この解析から示された結果は、タウリンの影響などこれまである程度知られていた現象をつなぎ合わせたという印象が強い。

基本的には、細菌層が変化して、GABA作動性の抑制神経の興奮が下がり、その結果神経興奮性が高まって、様々な症状が出るのがASDであるというシナリオを踏襲している。しかし、多くのデータは、典型児とASDでの重なりが多く、有意差検定のデータはなかなか直感しにくい。とはいえ、腸内細菌叢の違いが、脳の転写レベルの変化につながり、ASDの症状を誘導、あるいは悪化させることを示し得る実験系を用いており、腸内細菌の重要性を示すという点では包括的な良い研究だと思う。

このように、多くの論文は細菌叢への介入による治療法の開発の重要性を示している。ぜひ明確な介入プロトコルをこの分野の研究者が集まって決めて治験を進めることを強く期待している。

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6月2日 カビの一種メタリジウムを用いた蚊の撲滅(5月31日号Science掲載論文)

2019年6月2日
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実は今年、チンパンジーやゴリラの見られるウガンダと、ルワンダ旅行を計画している。9月なので充分時間はあるのだが、一つ心配が出てきたのが黄熱病のワクチン接種だ。受けていないと入国が許されないようで、当然受けるつもりだが、新しいタイプのワクチンに変わったらしく、品不足でギリギリになるまで接種してもらえるかわからないらしく、少しイライラしている。このようにアフリカでは、蚊が媒介する様々な感染症が蔓延しており、病原菌に対するワクチンだけでなく、それを媒介する昆虫の撲滅も重要な課題になっている。

蚊が媒介する感染症に対する最初の対策は殺虫剤で、これは先進国も同じだが、多くの耐性昆虫が発生しており、殺虫剤の効果が失われるのと蚊が減るのがいたちごっこになっている。この問題にたいしては、より生物学的な方法で撲滅する方法、例えば繁殖性を失わせた同じ種の蚊を野生に放出して、野生の蚊も繁殖できないようにする方法などが試みられている。

今日紹介するメリーランド大学とブルキナファソの衛生研究所からの論文は、昆虫に取り付いて殺してしまうメタリジウムを用いる方法の開発だ。タイトルは「Transgenic Metarhizium rapidly kills mosquitoes in a malaria-endemic region of Burkina Faso(マラリアが蔓延しているブルキナファソ地域で蚊を急速に殺す遺伝子組み換えメタリジウムの開発)だ。

メタリジウムにとりつかれると、全身がカビに覆われたミイラのようになって蚊が死ぬことから、メタリジウムを蚊の撲滅に使う試みは以前から進んでいたようだ。しかし殺すまでに時間がかかり、野生の蚊を撲滅するには毒性が低かった。この研究ではカルシウムチャンネル阻害剤ヘキサトキシンとよばれる毒素を導入して、蚊を殺す能力を高めたメタリジウムを創出している。

この研究は、こうして設計した組み換えメタリジウムの活性を、ブルキナファソの野外に設けたネットで区切ったコンパートメント内に、殺虫剤耐性の蚊を一定数導入して、これらに組み換え型メタリジウムを感染させて、蚊や幼虫の数の変化を調べ、撲滅に効果があるかを調べている。

論文を読んで、なるほどともっとも感心したのが、用いられた感染方法で、地元産のごま油にメタリジウムを浮かべそれを蚊が止まりやすい黒い脱脂綿に染み込ませ、蚊が休む場所に置いて感染させている。この記述だけで、そのままハエ取り紙のような簡単な駆除のための製品が念頭にあるのがわかる。

結果は明確で、40日でメタリジウムのコンパートメントからはほとんど蚊が消える。もちろん何もしないと蚊の数は増える。また、組み換え隊でないメタリジウムを感染させても、何もしないよりはましだが、根絶はできていない。

他にも様々なクライテリアを用いて、効果を確かめているが、詳細は省く。ブルキナファソにとっては、マラリアの撲滅に一歩近づいたといえるだろう。特に、これまで遺伝子組み換え蚊を用いる方法と異なり、様々な種類の蚊に対応できるので、マラリアにとどまらず他の感染症にも利用可能な点が大きい。

他の昆虫に対する脅威などについては、胞子が風で拡散しないことや、紫外線に弱い点などを示して、安全性は高いと主張しているが、これを実際のフィールドでの確認するには少し時間がかかるかもしれない。

このような論文を読むと、現代の科学技術の多様性を改めて実感する。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月1日 痛み感じなくなることが進化にとって都合のいいこともある(5月31日号Science掲載論文)

2019年6月1日
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私たちがもし痛みの感覚をなくしたとすると、おそらく様々な危険に気づかず、長生きができないように思う。すなわち、痛みは動物の行動にとって極めて重要な感覚として進化してきたはずだ。ところが、ハダカデバネズミを筆頭とするアフリカに生存しているネズミの仲間の中には、様々な痛み感覚を失ってしまっている種が存在する。今日紹介するドイツ・ベルリン・マックスデルブリュックセンターからの論文は、痛みを失うことがアフリカの生活環境では、進化にとって有利になる理由を考えた論文で、5月31日号のScienceに掲載された。タイトルは「Rapid molecular evolution of pain insensitivity in multiple African rodents(複数のアフリカ産げっ歯類に見られる痛み感覚の低下をもたらす急速な分子進化)」だ。この研究では、唐辛子成分カプサイシンによる痛み、レモンなどに含まれる酸による痛み、そしてマスタードの成分AITCによる痛みの感覚をアフリカのげっ歯類で調べ、それぞれの痛みに対する感覚が消失しているネズミが特定できること、そしてハダカデバネズミはなんとカプサイシンと酸に対する両方の感覚が失われていることをまず確認している。この研究で調べられたほとんどは、mole ratと名付けられているので、多くは地中で生活している種類が多いのだろう。

研究では、3種類の痛みへの反応について調べ、約2000万年の進化でそれぞれの痛みの感覚が独立して失われていることを示している。独立にというのは、種の近さとは全く無関係に、各感覚が失われることを意味している。例えばハダカデバネズミは、カプサイシンと酸に対する痛覚が鈍っているのに、アフリカで最も近縁な種類のモグラネズミは全ての痛覚が正常だ。すなわち、環境に応じて、生存に有利であれば痛み感覚がかなり早く失われることを示している。はっきり言って、こんな面白い形質の進化を見つけたことがこの研究のハイライトと言っていいだろう。ただ、それだけでは現象論にとどまるので、この進化の道筋を分子のレベルで明らかにしようと、痛み感覚神経細胞の遺伝子発現を詳しく調べている。

まず、感覚神経の発生自体は全てのネズミで正常に発生しており、発生異常は除外される。また、カプサイシンとマスタードに対する痛みで見ると、痛みを感じるイオンチャンネルは正常に存在しており、刺激の受容が原因でないこともわかる。実際正常の近縁ネズミと比べて発現が変化しているのは、カプサイシンでBMP結合タンパク質、マスタードでは常に開いている型のNa-leakチャンネルの発現が上昇していることがわかった。これに対し酸による痛覚を失ったネズミでは、40種類もの遺伝子の発現が変化していることが明らかになった。

ただ、この発現が変化した遺伝子がどのように痛覚の鈍化に関わっているのかは、機能アッセイまで試みてはいるが、結局特定できていないと言わざるをえないだろう。

カプサイシンと酸に対する痛覚についての進化は分子的に説明できなかったが、マスタードの方は、鈍化した種で痛覚受容体のアミノ酸変異が幸い特定され、この変化がNa—leakチャンネルと相互作用することで、興奮が低下することを明らかにしている。その上で、この進化を促したのが、穴の中で暮らしているうちに攻撃されるアリが原因になっていることを示している。すなわち、マスタードに対する痛みが低下している種の周りにはdrop-tail antが生息しているが、痛みが低下していないネズミの周りには同じアリは存在していない。また、アリのアタックがこの受容体を介して痛みを誘導することも確認している。

残念ながら、この研究では結局マスタード型の痛みについてのみ進化のシナリオを見ることができたが、おそらく同じような選択圧が他の受容体にも効いていると予期待できる。著者らは、食生活で痛みを伴う刺激物質を常食にすることで、このような進化が起こったと考えているが、証明は難しそうだ。

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