わが国ではPD-1のニュースというと、もっぱら特許訴訟の話で、めったに出ない公の場に出ると、京大教授会時代本庶先生と親しかったからか、訴訟の話が向けられることも多い。ただ隠居の身では、報道以上のことは知らないし、そもそも報道自体も真面目にフォローする人間ではない。
しかし論文を読んでいると、チェックポイント治療が新しい拡大フェーズを迎えていることはひしひしと感じる。例えば治験登録機関であるClinical Trial Gov.
サイトでPD-1とインプットすると1438の治験がヒットし、その多くが他の治療との併用療法の治験だ。もちろんトップジャーナルを飾るPD-1治療の研究論文も高止まりしたままだ。本当は、このような状況を的確に伝えて、新しい治療を待つ人たちに届ける方が、特許訴訟よりずっと重要だと思う。
この併用療法の可能性を探る研究の例が今日紹介するオランダ癌研究所からの論文で、トリプルネガティブ乳がんにPD-1抗体を利用するための条件の検討だ。タイトルは「Immune induction strategies in metastatic triple-negative breast cancer to enhance the sensitivity to PD-1 blockade: the TONIC trial (転移性トリプルネガティブ乳ガンに対する免疫を誘導してPD-1阻害治療の感度を高める:TONIC 治験)」だ。
PD-1治療は、誘導されたガン免疫にブレーキがかからないようにする治療で、免疫の成立していないガン、すなわち走っていない車でいくらブレーキを外しても何の効果もない。そのためどうしても効果がある人とない人に分かれる。この問題を解決するには、効果を予測できる検査を開発するか、あるいは免疫を誘導して、効果が出る患者さんを増やす必要がある。当然製薬会社にとっては、後者で抗体の使用が増えることが望ましい。
この研究では、もともと突然変異が少なくネオ抗原が得難い乳ガンを選び、トリプルネガティブという比較的性質の似ている極めて悪性の腫瘍を選び、薬剤や放射線を、ガン免疫誘導に使えるかに絞ったプロトコルをもちいて、PD-1抗体に最も相性のいい治療法を探索している。
前処置は2週間だけで、患者さんをランダムに、1)局所放射線3回照射、2)サイクロフォスファマイド、3)シスプラチン、そして4)ドキソルビシンに分けた後、前処置は完全に中止し、その後一般的なPD−1抗体治療を行なっている。そして、転移巣を、前処置前、前処置後、PD-1抗体3サイクル後にバイオプシーを行い、ガン組織の免疫状態を見ている。
詳しい話は全て省略して面白いと思った結果だけリストしておく。
- このトライアルでは前処置なしの結果が結構よく、17%の人がPD-1に反応している。一方、放射線やサイクロフォスファマイド前処置群ではPD-1治療に反応する人が半減し、逆にシスプラチンやドキソルビシンでは上昇する。特にドキソルビシン群では37%の患者さんが反応する。
- 肺がんやメラノーマでは反応するケースは突然変異を多く持っているが、乳ガンでは突然変異数とは無関係。
- ほぼ全例で、効果は抗体治療によりゆうどうされており、反応した人ほど、組織の免疫反応が強まっていることが様々な指標からわかる。
- この結果から、ドキシソルビシンに絞った第二相治験進んでいる。
結果は以上で、要するに現象論・経験論で、メカニズムはこれからだが、PD-1を中心に持ってきて他の治療を前処置にまわすというはっきりした目的で治験が行われている点が成功したのだろう。
この研究で、サイクロフォスファマイドのように免疫抑制活性が強い薬剤との併用がわざわざ行われたのは解せない。一方、わが国でも治験が多く進んでいる放射線との併用が、やはり逆効果であったことは驚きだ。今後なぜポリメラーゼ阻害剤の併用が乳ガンの免疫を誘導できたのか、面白い問題だと思う。 いずれにせよ、まだまだPD-1抗体治療は拡大すると予想させる論文のひとつだ。
わが国でも、独自の方法でPD-1抗体を用いている医師の方々がおり、話す機会もあるが、ぜひ最初から治験を登録して、赤ひげより、一般治療を目指して欲しいと思う。