3月16日 MERSについて学ぶ( The Lancet オンライン掲載総説)
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3月16日 MERSについて学ぶ( The Lancet オンライン掲載総説)

2020年3月16日
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新型コロナウイルスについて理解するとき、やはり強い肺炎を引き起こすことが知られているSARSやMERSなどのコロナウイルスについて知っておくことは重要だが、両方とも我が国では流行が起こらなかったため、専門家を除くと知識が欠けていることは確かだ。幸いThe Lancetのオンライン版にMERSについての総説が発表されたので、自分の頭の整理を兼ねて今日はこの総説を下敷きにMERSについてまとめておく。

ウイルス学

30-31Kbの大きなRNAウイルス。すでに名前から分かるように、新しいコロナウイルスはSARSの仲間として分類され、これらと比べるとMERSウイルスは少し遠縁になる。

  最も面白いのは、スパイクがSARS と異なりDPP-4に結合する点だ。ただ、違うと言ってもDPP-4はSARSスパイクが結合するACE2と同じ膜型エンドペプチダーゼだ。スパイクの結合にエンドペプチダーゼが必要なのか不思議だ。またインシュリン分泌に関わるインクレチンを標的にしている点でも、ACE2がアンギオテンシンIを対象にしているのと似ている点もあり、治療標的として期待されるスパイクの進化を考える意味で面白い。

疫学

ラクダがウイルスのキャリアーで、その結果中東に流行が限られている。ただ、人から人への感染があり、ラクダからを一次感染、人から人へを二次感染と呼んでいる。二次感染症例は大体50%。

 この結果、人から人への多くは医療施設で多発する。韓国での流行も、中東からの帰国者が入院した施設から始まっている。すなわち、感染クラスターの重要性は全てのコロナ感染症共通だ。例えば韓国で起きた中東帰国者からの流行では、16の医療施設を巻き込んだ5人のスーパースプレッダーに由来することが突き止められている。

病理

信仰上の理由から報告された剖検例は2例しかない。ウイルス粒子は肺だけでなく腎臓などからも検出されるが、呼吸器のみで病理変化が認められる。基本は、出血性壊死性肺炎で、肺胞への浸出がつよい。動物モデルがあるので、期待できる。

免疫反応

免疫反応はウイルス防御と炎症誘導という諸刃の剣。

すなわち、抗原特異的免疫反応と自然免疫がうまくバランスされて初めて防御が成立する。

  MERS の場合まずCD8T細胞が、その後CD4T細胞と抗体反応が続き、2−3週間で免疫反応が見られる。回復が早い場合は、抗体反応も一過性だが、重傷者では長く続く。一方、CD8T細胞反応は重症度にかかわらず長く続く。

  SARSでは面白い現象として自然免疫が感染後長く続くと、抗体の産生が遅れ重症化する(これは新型コロナでも重要な点のように思える)。しかし、MERSではこのようなケースは見られない。かわりに、MERSはT細胞に感染し、サイトカイン反応も抑えられる代わりにウイルスへの反応も低下する。この差は、SARSとMERS で重症化機構が少し違う可能性を示唆して面白い。

感想だが、重症化の引き金を理解する意味でもsingle cell transcriptomics を用いた研究が大活躍すると思う。

臨床像

潜伏期間5−7日だが、免疫能力が低い高齢者などではもっと長い潜伏期間があり得る(ちょっと不思議な現象で、最初のウイルス増殖に免疫が役立っているのだろうか?)。

 新型コロナと違い、無症状は5割以下。症状は熱、悪寒、こわばり、頭痛、空咳、喉の痛み、関節痛、筋肉痛などのあと呼吸困難。新型コロナと違い、消化器症状も多い。 

  高齢者や基礎疾患のある場合重症化し、ウイルス感染が遷延する。一方、子供の感染は少ない。

  個人的印象では、X線所見は新型コロナとかなりよく似ている。

ウイルス診断。

MERSもSARSも最終診断はウイルス感染の証明だが、DPP-4の分布などからわかっているのは、スワブのような上部の検査だけでなく、痰に存在するウイルス検査が確定診断には必要な場合が多い。

  検査自体は通常のPCRから、35分で終わる温度を変えないアイソサーマル検査、そして抗体検査まで全て開発されており、これが新型コロナ検査にも生かされている。

治療

現在新型コロナウイルスについて利用されているほとんどの治療方法はすでに試されている。

トリアージだが、56歳以上、高熱、血小板減少、リンパ球減少、CRP2mg/dL以上、痰中のウイルス濃度が高い場合は入院治療。残りはは自宅隔離。

抗ウイルス剤は、インターフェロンも含めて使われているが、科学的治験は現在進行中。おそらく、今回の新型コロナについては患者数も多いことからはっきりした結果が出てくると期待される。一般抗生剤は全く効果がない。また、新型コロナと同じで、ステロイド全身投与もあまり効果がない。

回復患者さんの血清療法は、ウイルスに対する抗体価が1/80以上の血清は確かに効果がある。また、すでにウイルスに対するモノクローナル抗体が開発され、治験中。エボラの経験からも、これは期待できる。

新型コロナ感染で我が国でも効果が示されている体外式人工肺(ECMO)は対症療法としては最も効果がある。

ワクチン

様々なワクチンが開発中だが、多くはスパイクとDPP4の結合を標的にしている。

以上、新型コロナと共通点が多く、学ぶところは多い。ただ、違いも確かにあり、ここからも多くのヒントが得られると思う。研究の第一線では、当然MERS の経験は織り込み済みと思うが、ニュースを判断する意味でもMERSで何がわかって、また何が行われているかを知ることは参考になる。

カテゴリ:論文ウォッチ