3月31日 静止期2題 2、キルフィッシュ(2月21日号 Science 掲載論文)
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3月31日 静止期2題 2、キルフィッシュ(2月21日号 Science 掲載論文)

2020年3月31日
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昨日は細胞レベルでの静止期についての研究を紹介した。今日は、キルフィッシュと呼ばれる魚の休眠についてのスタンフォード大学からの論文を紹介する。タイトルは「Vertebrate diapause preserves organisms long term through Polycomb complex members(脊髄動物の休眠はポリコム複合体の構成成分を通して長期間臓器を保存する)」で、少し古いが2月21日号のScienceに掲載された。

現在進んでいる自粛やロックダウンの問題は、一過性の経済収縮もあるが、その結果として様々なセクターが復元不可能なダメージを受けて、完全な正常化を妨げるため、間違うと社会全体の崩壊につながる点だ。これを防ぐため、社会の様々なセクターの機能を維持しながら、ヒト、モノ、カネの流通を絞ること(コロナの場合は人の動きでいいが、その結果モノ、カネの流通も細る)を目指す必要がある。おそらくどの政府も処方箋はなく、社会へのダメージを覚悟していると思うが、蓋を開けるまで結果はわからない。人の動きを止めて、それをどこまでお金の流通で代償できるかが問題になるだろう。

同じことは休眠や冬眠でも言えて、エネルギーの流通を止めて臓器の機能が戻らないと個体は死んでしまう。これを防ぐための絶妙なメカニズムが動物には備わっている。それが典型的に見られるのがキルフィッシュと呼ばれるアフリカに住む魚で、生息する池がしばしば乾燥してしまうので、卵から孵化した幼魚はすぐに休眠期に入り、長い場合は半年も雨を待つ。

研究では、休眠期のキルフィッシュ幼生を集めて、まず遺伝子発現を調べている。期待通り休眠に入ると、三分の一の遺伝子発現が変化するが、昨日の細胞レベルの話とは違い、闇雲に発現が低下するのではなく、筋肉発生に関わる遺伝子、オートファジー分子、そして核酸やアミノ酸代謝に関わる遺伝子発現は上昇する。要するに、メリハリをつけた再編を行い生命を守っていると言える(社会で言えば警察や医療の活動を高めて他のセクターを落とすといった話だ)。

この研究ではこの時クロマチン構造維持に関わるEZH1,CBX7,PCGF5などのポリコム遺伝子の発現が上昇していることに着目しさらに研究を進めている。

ポリコム遺伝子はヒストンのメチル化とそのマークに基づく転写の抑制を行う仕組みだが、面白いことにポリコムの標識になるH3K27me3のパターンは発生過程のパターンへとプログラムされ直している。すなわち、発生過程に必要な遺伝子を残して他の遺伝子を抑えることで、休眠が可能になっている。

なぜこれが休眠での生命維持につながるのかはわからないが、ポリコム遺伝子の一つCBX7をノックアウトした魚を作成して、その影響を調べることはできる。その結果、代謝、増殖、ホルモンなど流通に関わる遺伝子の抑制にCBX7が関わることがわかる。機能的には、CBX7が働かない魚では、休眠後筋肉が疲弊して回復できない。一方、脳など神経活動はCBX7と無関係に維持されることがわかった。

残念ながら、休眠の全貌がわかったという気はしないが、それでも休眠中にも手を掛けるシステムと、そうでないシステムがあって、一部はポリコムにより大きな遺伝子発現の再プログラムで乗り切っていることがわかる。

結果は以上で、2日にわたって紹介した論文から、エネルギーや物質の流通の縮小を耐えるため様々な戦略が進化してきたことがわかる。重要なことは、縮小した時に回復後に備えられるかどうかで、ひょっとしたら社会の維持も、生物から習うことができるかもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ