3月11日 サソリ毒をリュウマチ治療に使う(3月4日号 Science Translational Medicine 掲載論文)
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3月11日 サソリ毒をリュウマチ治療に使う(3月4日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2020年3月11日
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昨日はサソリ毒クロロトキシンが悪性のガン、グリオブラストーマに結合することを利用したガン治療論文について紹介したが、同じ Science Translational Medicine に、別のサソリ毒 cystine dense peptides (CDP) を、今度は関節リュウマチの治療に使う可能性を示したシアトル・フレッド・ハチソン ガンセンターからの論文が発表されているので、昨日に続いて紹介することにする。タイトルは「A potent peptide-steroid conjugate accumulates in cartilage and reverses arthritis without evidence of systemic corticosteroid exposure (高い効果をもつペプチド〜ステロイド結合体は軟骨に集積して副作用なしに関節炎を治す)」だ。

この論文で初めて知ったが、CDPとは20-60アミノ酸でシステン同士が結合しあうSS結合を多く持つペプチドの総称で、サソリだけでなく、クモ、ヘビから毒のある食物やバクテリアまで多くの生物が合成している。この研究グループは20種類の生物から抽出された40種類のCDPをスクリーニングし、サソリ由来のCDP-11Rが体内の軟骨に選択的に結合するを突き止めている。

この結果がこの研究のハイライトで、この軟骨に集積するCDP-11Rの性質は、関節軟骨に薬剤を集積させ、リュウマチ治療に使えるのではと着想し、そのための様々な準備実験を行なっている。

まず、CDP-11Rが軟骨に集積し、しかも長期間結合し続けること、また動物に移植されたヒトの軟骨にも結合できることを確認し、またこの結合はCDP-11Rの強くポジティブに帯電している性質が関わるが、ペプチド内のSS結合も重要な役割を担っていることを確認している。

この基礎的検討の後、炎症を抑えるステロイド、デキサメサゾンをCDP-11Rと結合させ、関節に集積するか検討し、ステロイドを関節特異的に集積させるキャリアとしてCDP-11Rが使えることを確認している。

最後に、CDP-11Rとステロイドホルモンの結合が徐々に分解されるリンカーを用い、またリュウマチに使われるステロイドホルモンTAAを結合させたCDP-11Rを準備し、コラージェンに対する自己免疫をおこした関節リュウマチラットに注射すると、ステロイドホルモンによる全身副作用が全くないにも関わらず、関節の炎症を治すことができることを示している。

今後人間に応用するためには、定期的に注射して同じ効果が続くか。正常軟骨に副作用はないかなど調べる必要があると思うが、毒を使いこなすのが医学であることを示す面白い例だと思った。しかし、なぜこんな性質が生まれたのか、サソリ毒には興味が尽きない。

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3月10日 腫瘍に結合するサソリ毒を利用したCART (3月4日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2020年3月10日
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腫瘍特異的に結合する分子を使ってがんを治療するというと、まず抗体を思い浮かべるが、実際には様々な分子を使ったがん治療開発が進んでいる。中でも印象的なのは前立腺癌の表面分子PMSAに結合するペプチドにルテニウム同位元素を結合させてPSMAを発現している末期の前立腺癌を完全に消失させられるという症例報告で、量子科学技術研究開発機構の東先生から聞いた時、その効果に驚いた。

今日紹介するカリフォルニア・City of Hope研究所からの論文はなんとサソリ(オブトサソリ)のトキシン(クロロトキシンCLTX)が、最も悪性の腫瘍グリオブラストーマに結合することを利用してCART をデザインしたという研究で3月4日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Chlorotoxin-directed CAR T cells for specific and effective targeting of glioblastoma (サソリ毒を結合させたCARTはグリオブラストーマを特異的にかつ効果的に攻撃できる)」だ。

このグループはグリオブラストーマに絞って、様々なCARTを設計し実際の臨床テストを行ってきたグループで、これまでにIL-13受容体やEGF受容体に対するCARTを脳内に注射して治療する方法を開発している。ただ、B細胞系の腫瘍と異なり、標的抗原の発現を落とした耐性ガン細胞が早期に現れるという問題があった。

これまで開発されたCARTは抗原に結合する抗体かT細胞受容体を用いているが、この研究ではサソリ毒CLTXがグリオブラストーマに結合することを知り、CTLXそのものをがんを認識するキメラ受容体に使えるか確かめている。

この論文を読むまで全く知らなかったがCLTXをグリオブラストーマのイメージングに使ったり、ヨード131を用いたアイソトープ照射療法がすでに開発されるほどグリオブラストーマに対しては有望な分子らしい。とはいえCARTのキメラ受容体に使うのには様々な検討が必要だ。

まずほとんどのグリオブラストーマがCLTXに結合することを確認した上で、CLTX分子とT細胞受容体を結合するスペーサーについて検討し、最終的にCTLX-IgG4Fc-CD28-CD3ζの組み合わせが最もガン障害活性が強いことを確かめる。さすがCART開発に絞って研究しているだけに、このあたりの手際の良さには感心する。

あとはマウス脳に移植したグリオブラストーマの増殖を抑えるかどうか調べている。重要なことは、ガンに直接あるいは頭蓋内にCARTを注射するときには効果が見られるが、静脈注射ではダメなことだ。それ以外は抑制効果が強い。それでも耐性を獲得する細胞が出現するが、この場合CLTX結合分子がなくなるのではなく、PD-L1などの免疫抵抗性が発生することを確認している。

また、CARTの結合にはメタロプロテアーゼMMP2が必要なことも確認しており、この結果をもとにさらに改良を重ねる可能性は高いと思う。

この研究に注目するのは、ガン特異的結合分子がある時、CARTのような手間のかかる方法がいいのか、あるいはアイソトープで内部照射する方がいいのか、さらにはトキシンをつけた方がいいのかの比較だろう。PSMAの場合確実に細胞内にアイソトープが取り込まれることがわかっており、この場合はアイソトープやトキシンに軍配があがるのかもしれない。いずれにせよ、治療法のないガンであることを考えると、急速に比較結果が出てくると期待している。

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3月9日 リンパ組織誘導細胞と神経細胞の相互作用(2月12日 Nature オンライン掲載論文)

2020年3月9日
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現役の頃、IL-7R機能を抑制するとパイエル板が欠損するという発見を皮切りに、吉田さんや、大学院生の本田さん、端さんたちと始めたのが免疫組織を誘導するLTi細胞についての研究だが、LTiが胎児期に腸管の特定の場所だけに集まるプロセスについては納得できる説明はできなかった。ただ、吉田さんたちが最初の場所決めは神経走行で決まるかもなどと話していたのを覚えている。

今日紹介する論文はこの分野をリードするDan Littmanの研究室からの仕事で確かにILC3(LTiも現在はこの呼び名で総称されている)が腸管神経と相互作用して腸内の状態を指示することを示した論文でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Feeding-dependent VIP neuron–ILC3 circuit regulates the intestinal barrier (食物摂取によるVIP神経とILC3の回路が腸管のバリアー機能を調節している)」だ。

この研究はILC3が神経刺激因子とともに、神経ペプチドに対する受容体を発現しているという「気づき」から始まっている。実際示された組織写真を見ると素人でもILC3が神経と密接に相互作用していることを想像する。

そこで、ILC3は主に血管に作用するとされているVIPの受容体(VIPR2)を発現しているので、次にILC3のVIPR2をノックアウトすると、炎症性のサイトカインとともにバクテリアに対するバリアー機能を誘導するIL-22の発現が高まっていることを発見する。

次に本当にVIPを分泌する神経細胞がILC3のIL-22産生に関わるかどうか、CNOで刺激できるようにVIP神経の遺伝子を改変し、VIP神経を刺激すると、IL-22の発現を抑えることを明らかにしている。すなわち、ILC3はVIP神経か興奮してVIPが分泌されると、その刺激を受けてIL-22分泌を抑えるという回路が明らかになった。

すでにIL-22は腸管上皮のバリアー機能を高めることが知られているので、VIP神経を刺激したとき病原菌に対する抵抗力が低下するかどうかを調べると、期待通りマウスの死亡率は高まり、バクテリアは腸のバリアーを超えて脾臓や肝臓に移行する。一方、VIP神経の興奮を抑えると、バクテリアからマウスは守られる。すなわち、VIP神経が興奮すると腸上皮のバリアー機能が低下する。

しかし何故わざわざこんな危ない回路が存在するのか。Littmanらは食事を取った後の栄養摂取を高める目的で、バリアー機能を一時的に抑えるのではと考え、摂食の日内変動を解消した上で絶食させたマウスに食事を取らせたときILC3が刺激されIL-22分泌が低下し、バリアー機能が低下すること示している。そして最後に、このバリアー機能の低下は脂肪吸収を高めることも示している。

以上が結果で、神経―ILC3回路が食事で刺激され、バリアー機能を抑えて栄養摂取を高めることが明らかになった。うまくできているようだが、その結果リスクも高まり、腸内細菌叢、ILC3、神経細胞、そして食事という複雑な回路が出来上がったと考えればいいだろう。発生初期のパイエル板場所ぎめにも神経が関わる確率は高まった。

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3月8日 モノとコトの記憶(3月6日 Science 掲載論文)

2020年3月8日
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モノとコトになると、京大医学部の教授会でご一緒した精神科教授の木村敏先生を思い出す。以前何冊か読んだが、やはり客観世界をモノが代表し、主観世界をコトが代表し、それぞれが意識のなかで共生するという考えに「なるほど」と納得していた。最近はお会いする機会がないが、どう過ごしておられるのだろう。

今日紹介する米国国立衛生研究所からの論文は、人間の記憶はモノをコトとして再構成することで記憶が可能になっていることを示した研究で読みながら木村先生を思い出していた。タイトルは「Replay of cortical spiking sequences during human memory retrieval (記憶の想起時に起こる皮質のスパイクのシーケンス)」だ。

研究ではAを見たらBを想起するといったコンテクスト記憶を対象としている。もちろん木村先生のモノとコトというような話はおそらく著者は知らないと思ううが、言葉を用いたコンテクスト記憶課題の場合、必ずモノとコトが一体になって脳に提示される。すなわち、「ケーキ」と「キツネ」と順番に出てきた言葉のセットを覚える時点で、時間的要素、すなわちコトがそのセットに加わる。このこととしてのシークエンスがどう記憶に関わるか調べるのがこの研究だ。

人間や動物が記憶したり、記憶を想起したりするときリップルと呼ばれる周期の早い興奮が現れる。このリップルを捕まえるために、この研究では人間の脳皮質の中にクラスター電極を埋め込み単一ニューロンの興奮を記録するとともに、クラスター電極にかぶせて領域の脳波を拾う表面電極を設置し、脳波レベル、単一神経レベルでリップルを検出している。

この研究に参加したボランティアは、先に示したように「ケーキ」「キツネ」、「スチーム」「シール」、「シート」「バス」のように、単語のセットを聞かされ、片方が出たらもう片方が思い出せるよう記憶する。

このとき、そして思い出すときに、それぞれの電極で記録されたリップルを解析し、記憶とリップルの関係を探っている。詳細を省いて結果をまとめると次のようになる。

  • 記憶時、および記憶の呼び出し時にリップルが生じ、表面電極で拾える脳波上のリップルは、ニューロンレベルのリップルの記録を反映している。
  • 記憶時に2つの単語を覚えるとき、異なる神経細胞レベルのリップルが一連のシークエンスとして記録されるが、同じ細胞のリップル・シークエンスが思い出すときに現れる。
  • 記憶の正確さはリップル・シークエンスの一致度を反映する
  • 皮質のリップルシークエンスが内側側頭葉のリップル・シークエンスとカップルしたとき、呼び起こし時に起こるシークエンスが記憶時のシークエンスと一致する。

慣れないとわかりにくいかもしれないが、ようするに少なくとも2つの単語を関連づけるコンテクスト記憶の場合、単語だけでなく、単語が現れる順番がセットになったときに強い記憶が誘導できる。また、このシークエンスの記憶は、内側側頭葉のシークエンスとカップルすることでより高められる結論できるだろう。

木村先生の思想は精神医学者としての実体験に裏付けられているのが特徴だが、今日紹介した結果からもう一度精神疾患患者さんのモノとコトの認識を見直してみるのも面白い気がする。

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3月7日 進む眼科領域の遺伝子治療(2月24日 Nature Medicine オンライン版 掲載論文)

2020年3月7日
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おとといのNature ウェッブサイトの一面は、CRISPR/Cas9による遺伝子編集法が、レーバー先天性黒内障と呼ばれる疾患の治療に世界で初めて利用されたという記事が掲載されていた。結果はどうなのか全くわからないが、臨床研究がスタートした。すでに紹介したようにCRISPR/Cas9で操作したT細胞を癌患者さんに注射する臨床治験は行われているし、同じレーバー病をZinc Finger遺伝子編集で治療する試みも行われたが、CRISPR/Cas9を直接生体に注射するのはこれが初めてのようだ。

いずれにせよ治験一番乗り競争に遺伝性網膜疾患が選ばれるのは理解できる。我が国でiPS由来組織の移植を推進するプロジェクトが立ち上がったときも、最初の臨床テストは眼科領域と確信していた。安全性の問題もあるが、何と言っても眼科は治療効果を自覚できること、そして細胞レベルで変化を捉えることができる。今後、眼科領域は新しい治療法がテストされる最も活発な領域になるのではと期待している。

今日紹介する英国オックスフォード大学からの論文は、網膜色素変性症と分類される症候群の中の、RPGRと呼ばれるシグナル分子をコードする遺伝子変異をもつ患者さん18人の遺伝子治療治験で2月24日Nature Medicineにオンライン掲載された。タイトルは、「Initial results from a first-in-human gene therapy trial on X-linked retinitis pigmentosa caused by mutations in RPGR (X染色体上のRPGR遺伝子変異による網膜色素変性症の最初の臨床試験の報告)」だ。

タイトルでは「First in human」がついていて、これが最初の網膜遺伝子治療かと勘違いする向きもあるが、網膜色素変性症の50%以上で遺伝変異が特定されており、すでに様々な遺伝子治療が進んでおり、今やCRISPR一番乗りを競っている段階で、いわば百花繚乱段階に入ったと言える。この研究のFirst in HumanはRPGR変異についてという意味で、ここでも競争の激しさが伺い知れる。

ただ、RPGRの遺伝子治療が遅れた原因は、プリン塩基の多い繰り返し配列が遺伝子の安定を損なうからで、この研究ではコドンを工夫して安定化させた遺伝子を準備し、これを一般的アデノ随伴ウイルスベクターに組み込んで用いている。

治験はI/II相段階で、注射するベクター量の安全性を確認した上で、効果を確かめることが目的になっている。

全部で18人の患者さんに様々な量の遺伝子を注射して経過を見ている。網膜所見はかなり専門的なので全て割愛して結果をまとめると次のようになるだろう

  • 水泡を作ってその場所からベクターを供給する方法を取っているので、高濃度のウイルスの場合局所の炎症がおこる。それ以外の大きな副作用は認められない。
  • 6ヶ月後の網膜感度で見ると、6例の患者さんで回復が見られた。また、回復は1ヶ月目から見られる。
  • 視力回復がない場合も、視力の精度上昇は見られる。
  • 高濃度を注射した患者さんでは回復が見られず、中程度の遺伝子量が効果があった。
  • 最も回復した患者さんでは、維持的に視力低下が見られたが、これは炎症をステロイドで抑えると軽減した。したがって、高濃度の場合も含めて炎症を起こさない治療法を工夫すれば、視力回復も可能?

最終的な印象は、結果から次の段階のプロトコルが構想できる模範的なI/II相研究だと思った。競争にさらされた中で、冷静な分析が行われており感心した。

高橋政代さんも含め、我が国でも今後多くの新しい方法を用いた網膜疾患の臨床試験研究が発表されると思うが、一時的な評価にこだわらず、長期的な構想に繋がるいい論文を発表していってほしいと期待している。

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3月6日 分裂中のES細胞が幹細胞遺伝子を持続的に発現できるメカニズム(3月5日号 Nature 掲載論文)

2020年3月6日
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20世紀までは、分裂していると幹細胞状態が維持でき、分裂が止まると分化すると極めて幼稚な考えで済ませていた気がする。しかし、クロマチン構造と転写の関係を知り、また分裂ごとにクロマチン構造が再構成されることを理解すると、分裂自体が未分化性の維持に対する最も強い不安定因子であることがわかる。これが理解されると、分裂速度が高いES細胞が未分化性を維持できているのが逆に不思議に見えてくる。

今日紹介するカリフォルニア大学バークレイ校からの論文はES細胞が分裂中も未分化因子の転写を続けるメカニズムに迫った論文で3月5日号のNatureに掲載された。タイトルは「Gene expression and cell identity controlled by anaphase-promoting complex (遺伝子発現と細胞の特異性は後期促進複合体により調節されている)」だ。

研究はオーソドックスな手法を用いたかなりの力仕事である印象を受けた。まず、ES細胞での多能性維持遺伝子Oct4の発現に必要な遺伝子をshRNAスクリーニングで探索、様々な遺伝子の中から細胞周期の中期から後期の移行に関わることが知られているユビキチンリガーゼ複合体(後期促進複合体:APC/C)の構成成分に焦点を当てて研究を続けている。

まず遺伝子ノックダウンを用いた機能的検索から、APC/CがES細胞の分裂期に転写を維持するのに必須であり、ノックアウトされるとOCTやNANOG の発現低下が見られることを確認する。すなわち、APC/Cユビキチンリガーゼ活性により、転写開始点の機能を維持している可能性が高い。

そこで転写複合体とAPC/Cを結びつける分子を探索し、活性化されたプロモータに存在するメチル化ヒストンH3K4に結合するWDR5を突き止める。この発見が研究のハイライトで、WDR5とAPC/Cが分裂中のクロマチンと相互作用して、転写を止めずに分裂を進めるという図式が想定される。

これを確かめるため、APC/C-WDR5が分裂期のプロモーター領域に結合しているのか、その場所のヒストンのユビキチン化に関わるかなど、主に生化学的手法を用いて検討し最終的に以下のシナリオを提案している。

まず細胞分裂が始まる前から、WDR5がプロモーターに結合するTATA結合複合体と結合している。分裂期に入るとWDR5はAPC/C複合体を転写開始点にリクルートし、ヒストンのK11/K48にユビキチン分枝を加えることで、プロテアソームを連れてきてヒストンを不安化させて、分裂後期のクロマチンの変化から転写スタート部位を守るというシナリオだ。

現役を離れてだいぶ経つので、その後の進展を全てフォローできてはいないと思うが、WDR5の登場によって、分裂期の転写パターンの維持のメカニズムについて頭の整理ができた。おそらく、このスキームは山中4因子によるリプログラムを理解するにも大事な気がする。今後他の幹細胞でも検討が進むと期待する。

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3月5日 住血吸虫の感染実験(2月17日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2020年3月5日
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新型コロナウイルスがこれほどの騒ぎになるのは、今のところ治療や予防の手段がないためだ。しかし、近代細菌学以降の感染症に対する戦いを見ると、やはり基本は相手を知った上での、疫学、公衆衛生学的手段による押さえ込みと、ワクチンしかなかった。もちろんコロナも様々な治療薬がすぐに開発されてくると思うが、多くの感染症との戦いの歴史を見ると、治療薬の有無に関わらず流行を抑え切ることは難しい。

例えば我が国で風土病と言われた日本住血吸虫は、原因寄生虫の発見、中間宿主の発見、そしてライフサイクルの特定と長い研究の歴史の末、1980年以降、患者さんの発生がなくなった。撲滅できた原因を探ると、治水の変化により、結局、宮入貝のような淡水の貝が私たちの周りから消えたことが一番大きいだろう。実際、昨年旅行したウガンダを始めアフリカ諸国では、薬剤も開発されているが、大自然が残るが故に、感染者の数は減らない。

今日紹介するオランダ ライデン大学からの論文は、この住血吸虫についての研究で、なんと人間に感染させ病気を発症させるモデルについての研究だ。タイトルは「A controlled human Schistosoma mansoni infection model to advance novel drugs, vaccines and diagnostics (新薬やワクチン開発のためのコントロールされた住血吸虫感染モデル)」で、2月17日号のNature Medicineに掲載された。

この論文を理解するためには、住血吸虫のライフサイクルを知る必要があるが、人間に感染するのは淡水の貝の体内で卵から成熟したセルカリアで、これが皮膚から感染すると血中を通って肝臓に移行、そこでオス、メスが接合して卵を産み、これが便を通して宮入貝に感染する。

寄生虫の中には雌雄同体のものもあるが、住血吸虫はオス、メスが完全に分かれており、従ってオスのセルカリアを感染させても、卵を産むことはないので、次の感染を起こすことはない。ただ、感染すると当然病気が起こるはずだ。

この研究では、オスのセルカリアだけを皮膚から感染させて、病気が起こるかどうかを調べている。ある意味では極めて非人道的な実験で、病気が起こることは完全に予想される。ただ、2次感染がないこと、そしてPraziquantelで成虫を退治できるということを信じるボランティアを全体で38人も募って、感染実験を行なっている。

これにより、皮膚に30分セルカリアを晒した時の感染率、その後の皮膚炎症症状の発生、そして血中から肝臓へ移行し成熟した時の分子マーカーによる診断、それに合わせて起こる片山症候群と呼ばれる特徴的な症状の発生、そしてその原因がインターフェロンをはじめとする炎症性のサイトカインの分泌を反映していることなどを明らかにしている。じっさい、10匹のセルカリアでしっかり病気が起こるのを見ると驚く。

そして、ほとんどのボランティアで、最初はIgMクラス,のちにIgG1クラスの抗体が産生され、これがTh2型のT細胞反応で、抑制性T細胞の誘導は少ないことなどを示している。

最後に、Praziquantelを投与し、全員めでたく治癒しているが、必要な量が普通推奨されるより少し多めであることも示している。

話はこれだけで、石井部隊やナチスのような実験が、オランダで、その意味をよく理解したボランティアによって支えられていることに最も関心した。

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3月4日 MRIに基づく統合失調症の新しい分類(2月27日 Brain オンライン掲載論文)

2020年3月4日
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おそらく今でも、統合失調症は、妄想、幻覚など正常人には見られない陽性症状と、言葉数が減り、感情が現れず、引きこもるといった陰性症状、それに物忘れや注意力の低下など認知症状を組み合わせて診断するのだと思う。その結果、陽性症状の強い妄想型、陰性症状の強い破瓜型、そして興奮や混迷など特異的行動が目立つ緊張型に分けられる。とはいえ、ゲノムや脳画像による研究は、統合失調症として一括りにして調べることが多い。

統合失調症の脳画像解析研究は盛んに行われており、私もなんどもこのブログで紹介している。おそらく、ほとんどの研究で共通に示しているのが、脳全体にわたって灰白質の萎縮が見られるという結果で、患者間での多様性はこの共通性の中に押し込まれてしまっていた。

今日紹介する米国、英国、ドイツ、イタリアの4施設からの共同論文は307人もの統合失調症患者さんと364人の正常人の脳の解剖学的データを比べ、統合失調症に全く異なる2種類のタイプが存在することを示した面白い研究で2月27日Brainにオンライン出版された。タイトルは「Two distinct neuroanatomical subtypes of schizophrenia revealed using machine learning (機械学習により明らかになった統合失調症のはっきりと区別できる二つの神経解剖学的タイプ)」だ。

同じような研究はこれまでも繰り返し行われ、灰白質の萎縮が突き止められてきた。この研究では最初から、統合失調症として一括りにするのではなく、一種の機械学習を加えたHYDRAと呼ぶアプリケーションを用いて、統合失調症の特徴として抽出された変化が、全てのサンプルに見られるのか、あるいは一部の人にだけ見られた結果なのか、もし一部の人だとすると幾つのサブタイプがあるか探索させるところから始めている。

この結果、統合失調症のMRI形態画像は、

  • 皮質全体に灰白質の萎縮が目立つグループ(67%)
  • 皮質全体の萎縮はほとんど存在せず、逆に大脳基底核の増大がはっきりしているグループ

の2つに分けられることを明らかにする。

実際の画像を見ると一目瞭然で、2型では萎縮は全く見られないといっていい。

最後にそれぞれのタイプと症状を照らし合わせると、陽性症状、陰性症状にはっきりした差は認められないが、萎縮が見られるタイプでは最終学歴の達成度が低下している一方、2型では正常人と変わりがないことが明らかになった。

結果は以上で、ともかくMRIで分別できる病型が明らかになったことは大きい。おそらく、萎縮型は脳の発生障害を基盤としていると考えられる。重要なのは、萎縮型に基底核の増大が見られることは全くない点で、基底核増大型は最近注目されてきたドーパミン過剰型に対応すると考えられる(ドーパミン過剰型の動物モデルについては昨年秋紹介した:https://aasj.jp/news/watch/11332)。

今後伝統的な病型の見直しも含める大きな診断法の変化を予感させる論文だと思う。

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3月3日 思春期の脳発達(2月11日号 米国アカデミー紀要掲載論文)

2020年3月3日
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振り返ってみると、小学校時代までは「死んでも生き返ることがある」という幻想を持っていたように思う。しかし高学年から中学校にかけて、その最終性を理解できるようになり、キリスト教に惹かれるようになったのもちょうどその頃だ。しかし、大学で様々な思想に触れるようになると、宗教に幻想を持つこともなくなってしまった。その後は、一般の人から見たら、頭でっかちの生活を続けている。いずれにせよ、思春期の何年か、知性から感情まで大きな変化を経験したことは確かだ。

今日紹介するケンブリッジ大学を中心に多くの研究機関が集まって発表した論文は298人の思春期前から青年期までの機能的MRIデータをまとめて思春期に起こる脳内ネットワークの結合性をまとめた論文で2月11日米国アカデミー紀要に掲載されている。タイトルは「Conservative and disruptive modes of adolescent change in human brain functional connectivity (思春期の人間の脳に見られる機能的結合性の保守的および革新的変化)」だ。

この研究では、安静時の脳血流を調べ、反応の連動性から脳内各部の結合性を調べる方法を用いて、思春期前から思春期後の健常人のデータを集め、思春期で脳各部の結合性がどう変化したのかを調べている。ただ、この方法は何かの課題を行う時の機能的MRIとことなり、本当に結合性を反映できているのかなど様々な批判があった方法だ。特に一定時間記録を取り続けるため、頭が少し動くだけで結果が大きくずれるという問題があった。

専門外なので理解していないが、この研究のハイライトはこの問題を解決するための新しい手法を用いて補正してデータを集めた点にあると思う。結局は情報処理を重ねる研究なので、そうして出てきた結果がどのぐらい信頼できるかどうかは、私のような素人には評価できない。ここは信じて先に進む。

さて、こうして脳内330の大脳皮質領域および、16の皮質下領域との結合性の強さを計算すると、皮質同士の結合は年齢に比例して高まっていく保守的な変化を示すが、皮質下と皮質の結合は、急に強くなったり、弱くなったりと破壊的な変化が見られる領域が目立つ。

この研究では14歳時の各領域間の結合性と年齢による変化を変数にした成熟係数(maturational index)を考案し、これにより変化の意味がよりわかりやすくなるよう工夫している。特に、各領域の結合が受け持つ脳機能をこの変化に重ね合わせて、思春期に起こる心の変化がわかるようにしている。

これによると、例えば運動機能、感覚機能、感覚と運動の連携などは皮質各領域間の結合を反映し、成長とともにコンスタントに結合力が高まっていく。一方、自分を振り返る能力、社会性、記憶、他人の理解などは皮質と皮質下領域との結合性に関わり、破壊的な変化が見られることを示している。他にも多くの高次脳機能の変化が量的に示されており、じっと見ているだけで面白いが省略する。

最後にこの急速な変化の背景を探るため、データベースから得られる脳各領域の解剖学的変化や糖代謝活性や遺伝子発現と、各部の成熟係数との関連を調べ、破壊的な変化が見られる領域は、急速に領域が活動し、代謝活動が高く、好気的解糖活動が高く、またそれらに関わる遺伝子発現も上昇していることを示している。

すなわち、思春期に大きなエネルギーが必要な様々な脳活動が急速に高まることを示している。個人的には、頭でっかちの自分を作る基盤が思春期に形成されるのだと納得した。

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3月2日 全身麻酔の神経メカニズム(2月20日号 Cell 掲載論文)

2020年3月2日
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学生時代、麻酔学で何を習ったのか全く思い出せないが、意識が失われるメカニズムについてはまず教えてもらっていない、というよりわかっていなかったのだろう。その後はほとんど麻酔科との接点なく生きてきたので、知識は何十年もアップデートできていなかったが、現役を辞めてから意識についての論文を読むようになり、少しづつアップデートされつつある。

今日紹介するドイツ・フンボルト大学の日本人研究者(Mototaka Suzukiさん)の論文は麻酔全般のメカニズムを明らかにした説得力のある研究で、意識の問題を含めて自分の頭の整理を可能にしてくれた。タイトルは「General Anesthesia Decouples Cortical Pyramidal Neurons (全身麻酔は皮質の錐体神経をデカップルする)」で、2月20日号のCellに掲載された。

麻酔を神経活動全般の抑制と単純に考えることはできない。そんなことをしたら私たちは死んでしまう。実際には、大脳皮質と意識や覚醒に関わる視床に限局した過程だ。実際、麻酔中の覚醒体験はよく問題になるが、脳活動がちゃんと維持されていることの証拠だ。すなわち麻酔中も複雑な神経ネットワークが維持されているため、特定の回路で麻酔の効果だけを取り出すのは簡単ではない。

この研究では全身麻酔の標的と考えられてきた皮質第5層の錐体神経に焦点を当て、錐体神経から第1層に投射している樹状突起と錐体神経細胞との神経連絡を遮断することが麻酔のメカニズムではないかと仮説を立て、これを検証する実験系を作っている。

素人の頭で考えても、生きた動物で同じ神経細胞の樹状突起と細胞体の連絡を操作するのは難しそうだ。この研究では脳皮質の一層だけが照射される光を発するμペリスコープという機械を用いて、樹状突起だけを興奮させたとき、細胞体の興奮を電極で記録するという方法で、樹状突起と第5層錐体細胞体の連結を調べ、様々な麻酔薬がこの連結を遮断することを発見する。

これが証明できると、あとは光遺伝学に伴う様々な問題の影響がないことを確認した後、樹状突起の興奮が細胞体へ伝えられるときにムスカリン型アセチルコリン受容体と代謝型グルタミン酸受容体の刺激が必要であることを、阻害剤を用いた研究から明らかにする。すなわち、樹状突起から細胞体までの連結は、アクティブに維持されていることが明らかになり、この維持機構が遮断するのが麻酔の効果であることを明らかにする。

この代謝型グルタミン酸受容体への刺激は、意識の調節に関わる視床から投射されており、また視床の活動を低下させることで樹状突起と細胞体の連結が低下することから、樹状突起―細胞体連結は視床から投射する神経末端により維持されていると結論している。

もう一度まとめると、全身麻酔の皮質への効果は末端の樹状突起の興奮が細胞体に伝わらないようにすることで起こる。そして、両者の連結は視床から投射した神経のグルタミン酸シグナルにより維持されており、全身麻酔はこの視床の活動を抑えることで、皮質の樹状突起と細胞体の連結を切る、というシナリオになる。

この研究は表面上は全身麻酔の効果に関する研究になっているが、実際には意識の研究としても重要だと思う。実際、意識がどのように皮質を活動的に保つのかについて自分の頭の整理に役立った。

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