4月28日 我々の中の古代人類(4月22日号 Nature 掲載論文)
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4月28日 我々の中の古代人類(4月22日号 Nature 掲載論文)

2020年4月28日
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今年の日本国際賞はネアンデルタール、デニソーワ人のゲノムを初めて解明したスバンテ・ペーボさんに授与されることになった。お会いしたことはないが、彼が切り開いた分野から連日発表される驚きの論文のおかげで、引退後の私も随分楽しませてもらった。頭の中も十分アップデートしたおかげで、飽和に近づいたのか、最近は私もこの分野の論文を紹介することがなくなっている。

しかし解析された個体数が増え、情報処理技術は着実に進んでおり、解析の制度は着実に上昇している。今年も必ずあっと驚く論文が期待できるだろう。そんな中で今日紹介するデンマーク・オーフス大学と、ライプチヒのマックス・プランク人類進化学研究所からの論文は、古代人の化石だけに頼らず、現代人のゲノムに存在する古代人遺伝子断片を特定して、ゲノム進化を調べた地道な研究で4月22日号のNatureに掲載された。タイトルは「The nature of Neanderthal introgression revealed by 27,566 Icelandic genomes (27,566人のアイスランド人ゲノムに見られるネアンデルタール人からの遺伝子流入の性質)」だ。

古代人ゲノムが解読され、そのゲノムが我々ホモ・サピエンスの中に存在するという発見は今世紀の大発見だが、実際には数万年前のゲノムを現在のゲノムと比べているわけで、古代人と交雑して我々に流入したゲノムも我々の歴史とともに進化し、化石のゲノムとは当然変異しており、この方法だけでは流入した多くの古代人ゲノムが発見されないままで終わる。

この研究では、アイスランドで進んでいるデコード社による全ゲノム解読データを利用して、古代人ゲノムの流入がほとんどないアフリカ人のゲノムデータと比較して、現代人ゲノムの中かの古代人ゲノムを推定する方法を用いている。同じ方法はなんども使われてきたが、この研究では27,566人という多くのアイスランド人ゲノムを用いてこれを行なっている。我々のゲノムには1.5〜2%程度古代人ゲノムが含まれているが、どの断片を持つのかは個人個人で異なっており、調べられるゲノムの数が多いほど、多くの古代人ゲノム断片を集めることができる。そして何よりも、流入後に我々の先祖の歴史とともに発生した変異についても個別の断片について計算することができる。2万人ものゲノムを処理するだけでも簡単ではないはずだが、最終的に古代人ゲノム全体の半分近くを特定している。

論文のほとんどは、方法の検証に当てられているが、その中から面白い話だけをピックアップすると次の様になる。

  • 古代人ゲノムの変異は近くのサピエンスゲノム断片とリンクして子孫に伝わるケースが認められ、我々のゲノムに統合されることで独自の進化を遂げる。
  • アイスランド人について言えば少なくとも6種類の古代人ゲノムが流入しており、中でも最も多いのがクロアチアビンジャのネアンデルタール人由来の断片。
  • デニソーワ人のゲノムが広く分布していることから、サピエンスがアフリカから出た直後に直接、あるいは間接(ネアンデルタールを通して)に流入したと考えられる。これはデニソーワ人もシベリア以西にも多く存在したと考えられる。
  • おそらく現代人に流入すると淘汰される相性の悪い遺伝子が存在しており、それは古代人ゲノムが全く見られない領域として残る。この様な領域はX染色体に多い。
  • ほとんどのゲノム領域はサピエンスに流入後、他の遺伝子と同じ様な速度で変異している。
  • 変異のタイプを調べることで(例えばCからGなどなど)、特にネアンデルタール遺伝子で多い変異を眺めると、ネアンデルタール人は若い男性が年上の女性とペアを組んでいたと想像できる。
  • 古代人ゲノムのなかで形質に直接関わる多型を特定できるが、例えば前立腺源の診断に使われるPSAに関わる変異などいくつかをのぞくと、直接進化に寄与したものは少ない。
  • これまでの研究で、現代人の形質に大きな影響を持つとされた遺伝子多型の多くは、今回の研究で確認できなかった。

などなど盛りだくさんだ。かなりアカデミックな仕事で、一般受けはしないと思うが、今後さらに数を増やし精度を上げることの重要性がよくわかる、この分野のウォッチャーとしては満足できる面白い論文だった。

カテゴリ:論文ウォッチ