7月31日 新型コロナウイルスのプロテアーゼ(7月29日 Nature  オンライン掲載論文)
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7月31日 新型コロナウイルスのプロテアーゼ(7月29日 Nature オンライン掲載論文)

2020年7月31日
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このブログで論文紹介を続けてすでに7年を超えている。ほぼ毎日紹介しているので2500以上の論文を紹介しているが、紹介した中からウイルスと検索をかけると、274論文がヒットする。もちろん全てがウイルスに直接関わるわけではないが、医学研究の多くがウイルスに向けられていることが改めてわかった。

しかし新型コロナウイルス登場以来、研究スピードは倍加している。その結果、これまであまり興味を持たなかったウイルスがコードするタンパク質について、多くの論文を読むことができ、ほんの一握りの分子しか持っていないウイルスがホストの中で増えるために進化させてきたメカニズムに驚嘆している。

中でも自然免疫を逃れるメカニズムを何重にも備えているのに驚く。一つは以前紹介した核内輸送システム、インポーチンの阻害作用で、これによりインターフェロンの転写を抑える(https://aasj.jp/news/watch/12749)。もう一つがウイルスRNAをメチル化する酵素で、これによりウイルスRNAは自然免疫感知機構の網をくぐることができる。

今日紹介するフランクフルトのゲーテ大学からの論文は、新型コロナウイルスはさらにインターフェロン刺激に関わるインターフェロンにより活性化されウイルス防御に関わるタンパク質のISG15化を抑制することで自然免疫から逃れていることを示した研究で7月29日Natureにオンライン掲載された)。タイトルは「Papain-like protease regulates SARS-CoV-2 viral spread and innate immunity (パパイン型プロテアーゼはSARS-CoV2の伝搬と自然免疫に関わる)」だ。

恥ずかしいことにここまで新型コロナウイルス(CoV2)の論文を読んでいても、CoV2がM-プロテイン以外のプロテアーゼを持っているということは知らなかった。しかしSARSの研究からこのパパイン型プロテイン(PLpro)も、ウイルスRNAのポリメラーゼコンプレックス形成に関わり、ウイルスの増殖に必要であること、さらにISG15をタンパク質から切り離して自然免疫抑制に関わることが知られていた。

ISG15はユビキチンと同じようにタンパク質を修飾して、分解の目印になる分子だが、この研究ではPLproを精製し、このISG15をタンパク質から切り離す活性をSARSのそれと比べることから始め、Cov2のPLproのほうが強いISG15をタンパク質から切り出す活性を持つことを明らかにしている。一方SARSのPLproはISG15より、ユビキチンをタンパク質から切り離す活性が強い。すなわち、ユビキチン化を標的にしていても、Cov2-PLproはISG15を標的にし、SARS-PLproはユビキチンそのものを標的にしていることが明らかになった。(高い相同性を持つウイルス間で、すでにこのような大きな基質の違いが出ていることに驚く。)

この結果、SARS とCoV2は同じ自然免疫でも、SARSはTNF―NFkb経路、CoV2はIRF3を介するインターフェロン経路をより強く抑制することがわかった。

SARSのPLproに対してはすでにGRL-0167が開発されているが、上記の検出系でGRL-0167がCoV2―PLpro活性を阻害することを確認した後、ウイルス感染細胞をGRL-0167で処理する実験を行い、ウイルスの増殖伝搬とともに、インターフェロンによる自然免疫系を抑制する二重の効果があることを明らかにしている。

以上の結果は、新型コロナウイルスに対して増殖と自然免疫の両面から攻めることができる薬剤が開発できることを示唆しており、GRL-0167がそのまま利用できなくとも、開発は時間の問題だろうと期待している。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月30日 放射線照射による脳幹細胞ダメージをメトフォルミンで軽減する(7月27日号 Nature Medicine 掲載論文)

2020年7月30日
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メトフォルミンは肝臓での糖新生を抑制し、インシュリン抵抗性の改善することから2型糖尿病の安全な治療として最もよく使われている薬剤だが、他にも抗炎症作用や、脳細胞の活性化など、魔法の薬といってもいいような作用を持つ薬剤だ。この不思議については、「西川伸一のジャーナルクラブ」でも一度議論した(https://www.youtube.com/watch?v=FBBh8JsJguQ&t=315s)。

今日紹介するトロント大学からの論文はメトフォルミンが放射線でダメージを受けた脳の幹細胞の回復を高め、記憶障害の出現を抑えるという研究で7月27日号のNature Medicineに掲載された。タイトルは「Assessment of cognitive and neural recovery in survivors of pediatric brain tumors in a pilot clinical trial using metformin (小児脳腫瘍の生存者のメトフォルミンのパイロット治験で見られた認知機能と神経細胞回復)」だ。

20世紀、脳研究のうち概念が大きく変化したのは、成人になっても脳の神経細胞が幹細胞からの供給を受けるという発見だが、もちろん発達期の幹細胞システムはもっと活発だ。実際、小児の脳腫瘍などで放射線照射を受けた後、細胞数が低下し、脳機能障害が後遺症として残ることが知られている。

この研究ではまず、放射線照射を受けたマウスの幹細胞活性を試験管内で測定する実験系と、照射後50日前後での認知機能テストを行うモデル系で、メトフォルミンの作用を調べている。

試験管内での結果は明瞭で、放射線後減少する幹細胞の数は、50日で回復するが、歯状回では回復が遅く、細胞数の減少が後遺症として残るが、メトフォルミンはこの後遺症の発症をほぼ完全に回復させる。また、脳組織の幹細胞数を調べても、同じように放射線照射により幹細胞の回復が遅れるが、メトフォルミンはこれを正常化する。

最後に、では作業記憶について調べると、面白いことにオスでは放射線による後遺症はほとんど出ないが、メスでは放射線による後遺症として記憶障害が残り、これをメトフォルミンは回復させることがわかった。

メトフォルミンはこれまでも小児に投与しても問題がないことが知られているので、前臨床結果を基礎に、治験に進んでいる。ただ、マウスではメスで効果が強く見られてはいるが、この前臨床では男女を問わず、放射線照射を受けた平均7歳の子供について、メトフォルミンが脳機能の回復に効果があるか調べている。

無作為化されてはいるが、治験プロトコルは複雑で、基本的には放射線照射を受けた全ての治験者にメトフォルミンを投与するが、照射後12週間メトフォルミンを投与し10週間の間隔をおいて偽薬を12週投与するA群と、最初の12週は偽薬を投与、10週間の間をおいて、メトフォルミンを12週投与する
B群にわけ、12週目と、34週目で、脳の認知機能を調べている。

複雑なので簡単にまとめると、メトフォルミンは照射直後から投与すると、記憶機能の障害を抑止する効果がある。ただ、最初の12週間偽薬投与された群では、後半に投与したメトフォルミンの作用はほとんど見られないことがわかった。この機能的効果は、脳梁の白質の体積から見られる、神経細胞の回復とも一致しており、メトフォルミンが神経幹細胞機能を助けて、脳障害からの回復を促進する可能性が強く示唆されたといっていいだろう。

今後、女性、男性に分けて、もう少し単純な治験プロトコルで、効果を検証してほしいと思う。効果が確かめれば、小児ガン治療に大きな貢献になると思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月29日 ヒストン3バリアントリン酸化による機動的遺伝子誘導(7月22日号 Nature 掲載論文)

2020年7月29日
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染色体の構造による遺伝子発現調節は、周りからのストレスにも関わらず細胞の性質を一定に保つ、すなわち安定的に特定の遺伝子発現パターンを維持するために適していると感じる。しかし、その細胞が特定の刺激を受けて、それに対して新しい遺伝子セットを誘導して対応すると言った状況では、染色体で固められた転写パターンを迅速に変化させることは至難の技だろう。

このために様々な機構が存在するが、今日紹介するコーネル大学からの論文は、普通使われるヒストンとは少し違うヒストンバリアント、この研究ではH3のバリアントH3.3を使った転写活性化について解析した研究で7月22日号のNatureに掲載された。タイトルは「Histone H3.3 phosphorylation amplifies stimulation-induced transcription (ヒストンバリアントH3.3のリン酸化は刺激により誘導される転写を増強する)」だ。

わざわざ異なるバリアントが維持されているということは、ヒストンバリアントを組み込むことで生まれる不安定性の利用が重要であることを意味している。例えばガン細胞ではH3.3 転写が外界からのシグナルで高まることでプログラムが代わり、転移が起こることが示されているし、さらにはH3.3により正常のプログラムが不安定化して、異なる系統へプログラムが書き換わることも知られており、たしかにH3.3が転写プログラムを不安定化してくれることがわかる。この研究では、H3.3の31番目のアミノ酸がアラニンからセリンに変わっており、リン酸化を受けることに注目し、刺激依存的リン酸化カスケードによるH3.3リン酸化が、特定領域の染色体構造をリプログラムして、迅速な遺伝子誘導に関わる可能性を追求している。

まず血液や神経細胞をサイトカインなどで刺激すると、確かにH3.3がリン酸化を受けること、そしてリン酸化されたH3.3は刺激により誘導される遺伝子上に結合していることを明らかにしている。すなわち、H3.3はあらかじめ刺激で誘導されるべき遺伝子領域に取り込まれており(このメカニズムは解析されていない)、これをリン酸化することで、転写が高められるメカニズムが示された。

次にどの分子によりリン酸化が起こるのかシグナル経路の阻害剤を用いた検討を行い、LPSによるマクロファージの刺激の場合は自然免疫回路の中核IKKαが関わることを突き止めている。

次にH3.3のリン酸化がどのように迅速な転写を誘導するのか、ある程度あたりをつけた研究を行い、H3.3がリン酸化されると、ヒストンメチル化酵素の一つSTED2を活性化してH3K36をメチル化、これにより染色体構造が開くのを助けることを示している。

加えて、RNA ポリメラーゼの転写反応を止めているZMYNDT1もH3.3 がリン酸化されると染色体から追い出されるため、ポリメラーゼがDNA上を動けるようになることも示している。

すなわち、染色体をon型に変え、抑制を外して転写を迅速に高める機構の一つにH3.3リン酸化があるという結果だ。もちろん、あらかじめH3.3が刺激反応遺伝子領域に導入されているメカニズム、エンハンサーとの関係など知りたいことは山ほどあるが、サイトカインストームも巧妙な仕組みの上にあることがよく理解できた。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月28日 細胞のサイズと細胞周期(7月24日号 Science 掲載論文)

2020年7月28日
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リン酸化、ユビキチン化、タンパク質分解が組み合わさった細胞周期の調節機構は、私が基礎研究を始めた頃から急速に明らかになり、頭の中には分子ネットワークによる分子機能調節のイメージが染み付いた。そのためか、細胞の大きさにより細胞周期機構が影響されるとは考えたことがなかった。ただ言われてみると、細胞分裂時に細胞の大きさは変化するのに、それ以外では一定の大きさが保たれることは、不思議といえば不思議だ。

これを説明する一つのアイデアが、細胞周期のタイミングを、細胞のサイズに依存して濃度が変わる細胞周期調節分子が存在すれば、細胞分裂のタイミングを決めて、細胞の大きさを一定に揃えることができるというものだ。すっかり忘れていたが、確かに昔このような調節機構について読んだことがある。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、細胞のサイズによる濃度変化で細胞周期を調節している分子こそがRb1分子であることを示した研究で7月24日号のScienceに掲載された。タイトルは「Cell growth dilutes the cell cycle inhibitor Rb to trigger cell division (細胞の増殖は細胞周期阻害分子RB1を薄めて細胞分裂を誘導する)」だ。

まさにタイトルに書かれていることがこの研究の結論のすべてで、Rb1は細胞周期の阻害を通じて、細胞のサイズを一定に保つ主役であることを示している。話は簡単だが、このことを証明するためには細胞内での正確な分子数の測定と、正確に細胞内の分子発現量を調節する実験系の確立が必要になる。

この研究ではRB1遺伝子に蛍光遺伝子をノックインで融合させ、蛍光を正確に測定する方法で様々な細胞について細胞内の分子の量を測定し、細胞周期進行中にRb1の発現量は上昇するが、細胞のサイズの増大がそれを上回り、ある時点で分裂が起こることを明らかにした。すなわち、Rb1の転写は細胞周期がS期に入ると核の膨張とともに濃度は少しづつ薄められ、ある時点で分裂が抑えきれなくなり分裂し、娘細胞では半減することを示している。一方、他の細胞周期分子にはこのような現象は見られない。

重要なことは、細胞のサイズがRB1の転写を決めているのではない点で、細胞周期の進行中は細胞のサイズとは独立に比較的コンスタントにRb1の合成が続くことで、逆に細胞のサイズをモニターする一種のレファレンスの役割を持つ。さらに、ほとんどが染色体に結合して、正確に娘細胞に分配されることも、Rb1の細胞内濃度を一定にする役割を演じている。

最後にこの仮説を確かめるために、まず染色体上のRb1遺伝子をノックアウトして、Rb1(-/-),Rb1(+/-),Rb1(+/+)マウスの肝細胞の大きさ(肝細胞の場合4倍体、8倍体細胞が存在し、を比べると、予想通りRb遺伝子数に比例して大きさが変わる。

また生後のRb1量が正確に変えられる細胞株を用いて、細胞内でのRB1合成量を変化させると、Rb1量に応じて細胞周期が遅延し、それに伴い細胞の体積も増大することを示している。すなわち、Rb1は細胞周期の時間を調節することで、細胞の大きさを決める要因になっていることを示している。

読み終わって、このような実験がこれまで行われなかったことに驚いた。しかし、しっかり問題を設定すれば、特殊なテクノロジーを使わず面白い研究ができることがよくわかる論文だった。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月27日 脳研究のための分子マーカー探索(7月22日 Nature オンライン掲載論文)

2020年7月27日
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光遺伝学が開発されてから、脳研究では各細胞を特定し操作するための分子マーカーを準備することが必要になる。ただ、血液や発生過程の細胞表面マーカーを長年扱ってきた経験から考えると、yes or noの質的差に見えても、強弱といった量的差を反映しており、オーバーラップがあるため、細胞操作に使うときには注意が必要なケースが多いのではと気になっている。

今日紹介するMITブロドー研究所からの論文はまさにそんな例で、分子マーカーを用いた細胞操作にまでは至らなかった研究だが、その過程から脳研究の大変さがよく理解できた。タイトルは「Distinct subnetworks of the thalamic reticular nucleus (視床網様体核の異なる神経サブネットワーク)」だ。

視床はほとんどの感覚神経が一度集まり大脳へリレーされる場所だが、視床から大脳皮質の間に存在するのが視床網様体核で、基本的には感覚器から直接神経支配を受けるfirst order(FO)神経と、逆に大脳皮質から支配を受けるhigher order(HO)神経の2種類のGABA作動性の抑制ニューロンの集まる核だ。このように、感覚器と皮質をつなぐ構造から、注目度が高いが、FOとHOを分けるマーカーがなく、研究が難しい。

この研究ではFO,HOに対応するマーカーを探索するため、まず視床網様核のGABA作動性神経の遺伝子発現をscRNAseqで調べると、多くの遺伝子で量的変化は見られるものの、陰性、陽性と明確に分けることが難しいことを発見する。

このマーカーの中からとりあえずSpp1とEcel1という神経機能とは関係なさそうだが、最も量的さが大きな遺伝子を選び、それぞれの発現を組織学的に検索すると、Spp1が神経核の中央部、Ecel1が周辺部に強く染まることがわかる。

この写真を見ると、組織学的に分かれているように見えても、実際には量的差が反映されているだけで、現在の光学的テクニックのトリックを感じてしまう。

とはいえ、解剖学的にも発現の差が見られたので、本来FO/HOが定義された神経支配をたどるラベル方法で網様核をラベルすると、中央に発現が高いSpp1神経はFOで感覚神経支配を受ける細胞がほとんどで、逆に周辺部に多いEcel1陽性細胞はHOであることがわかる。

この神経支配との対応関係は、それぞれの神経の興奮特性からも確認される。例えば睡眠のリズムに関わると考えられているレベルの低い集中的興奮は中央部のFOに強く見られることがわかる。実際この実験では、神経興奮を記録した後細胞の内容物を吸い取り、遺伝子発現まで調べる念の入りようで、大変手間のかかる実験を行なっているのがわかる。

しかしながら、マーカー探しはここまでで、結局睡眠のリズムとHO/FOの関係を調べる機能的研究では、全く分子マーカーは利用できず、それぞれの支配神経から遺伝子操作を加える方法を用いて、カルシウムチャンネルを阻害する実験を行い、FO/HOが睡眠のリズム形成に異なる役割を演じていることを示している(例えばデルタリズムはFOのカルシウムチャンネル阻害で低下、またノンレム睡眠時の集中的興奮はFOで見られること)。

大変な思いをしてマーカー検索を行っても、本来の目的には利用できなかったという研究だが、神経科学の現状を知る意味では面白い研究だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月26日 腫瘍が自分のニッチを形成するメカニズム(7月17日号 Science 掲載論文)

2020年7月26日
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最も未熟な幹細胞から分化した細胞までの階層性を持つ幹細胞システムのように腫瘍にも階層性が存在し、化学療法が効きにくいのは、最も未熟な細胞がもともと治療抵抗性を持つようプログラムされているからだという概念は広く受け入れられており、この治療抵抗性の幹細胞を抑制してガンの根治を目指す治療法も開発されてきたが、まだ一般治療にまで浸透していない。

その中でぼちぼち使われ始めたように感じるのがTGFβ阻害で、免疫療法と組み合わせた治療法は治験段階にある(https://aasj.jp/news/watch/7964)。今日紹介するオレゴン健康科学大学、押森さんの研究室からの論文は、TGFβが薬剤抵抗性の腫瘍細胞のプログラムに関わるという可能性から、腫瘍細胞が特別なニッチを形成する分子メカニズムを明らかにした論文で7月17日号のScienceに掲載された。タイトルは「Tumor-initiating cells establish an IL-33–TGF-b niche signaling loop to promote cancer progression (ガンの幹細胞はIL-33とTGFβシグナル回路によるニッチを形成し、ガンの進行を促進する)」だ。

この研究ではRASを導入して発生させる扁平上皮癌がTGFβに反応した時、蛍光分子が誘導されるようにして、ガン細胞の中からTGFβに反応している細胞だけを精製し、これをTumor Initiating Cell(TIC)として、残りのガン細胞と比較するところから始まっている。

これまで知られているTICの特徴から予想される例えば抗酸化作用に関わる分子などの発現上昇が確認されるが、IL-33遺伝子発現がTIL で上昇していること、また組織内でTGFβがIL-33を誘導していることを確認し、これらのサイトカインのTILとその微小環境の成立への機能を追求している。

最近の傾向としてこのような課題にはすぐにsingle cell 解析などが使われがちだが、この研究ではオーソドックスな手法を用いて細胞と組織を行きつ戻りつしながら、一つのシナリオを紡ぎ出している。そのために多くの実験が示されているので、詳細は割愛して最終結論だけを紹介しよう。

  • 扁平上皮癌は何らかのきっかけでストレスを感知するとNRF2を介して、活性酸素防御プログラムが走り出すが、そのとき貯蔵されていたIL-33が周りに分泌される。
  • IL-33はST2受容体を介するNFκbシグナルを介して周りのマクロファージに作用し、TGFβを誘導する。この結果、IL-33-TGFβのシグナル回路が成立し、ガンと微小環境の関係が成立する。また、このTGFβの作用は扁平上皮癌の薬剤耐性を誘導する。
  • IL-33に反応してTGFβ分泌微小環境を形成するのは、Fcε受容体を発現したマクロファージのサブセットで、このことは骨髄由来のマクロファージを用いた試験管内実験系でも確かめられる。

他にも紹介しきれないぐらい実験で、シグナルや組織学的詳細を詰めているが、大枠は上のようにまとめていいと思う。

マクロファージに作用する分子IL-33が特定されたことで、単純にガンと微小環境の関係を超えて、免疫反応の調節も含めた総合的な治療法構築に寄与できたらと期待する。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月25日 CD4T細胞が脳の発生に関わる(8月6日発行 Cell 掲載論文)

2020年7月25日
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多発性硬化症のような脳の免疫疾患が存在することから、リンパ球が脳実質内に侵入することは間違いがないが、正常状態でもT細胞が存在するのかどうかは昔から問題になっていた。

今日紹介するベルギー・Leuven大学からの論文は、少ないとはいえCD4T細胞は脳実質内に存在し、血液から供給を受けることで少しづつ置き換わっていること、そしてこの存在が脳の発達に重要な働きをしている可能性を示した研究で8月6日号のCellに掲載された。タイトルは「Microglia Require CD4 T Cells to Complete the Fetal-to-Adult Transition (ミクログリアの胎児型から成人型への転換にCD4T細胞が必要)」だ。

この研究ではまず、注意深く脳の実質内にCD4T細胞が存在するか調べている。組織学的、脳の還流による細胞採取などのデータから、マウスの脳内には約2000個程度のCD4T細胞が存在することを確認する。

次に細胞レベルの遺伝子発現をsingle cell RNA sequencingやフローサイトメータによる質量分析器などと組み合わせて調べ、組織滞在型のCD4T細胞が脳では多数を占めること、そして2匹のマウスの血管をつないで一体化させるパラビオーシスを用いて、CD69を発現した滞在型のCD4T細胞は7週間ぐらいで、それ以外は2−3週間で置き換わっていることを明らかにする。すなわち、常に末梢から供給され維持されている。

脳内のCD4T細胞は、末梢と比べると活性化マーカーの発現が高いことから、脳内へは抗原刺激されたT細胞が侵入できると考えられるが、これを確かめるため、脳内あるいは末梢の抗原反応性T細胞の数をコントロールできるトランスジェニックマウスを用いて検討し、末梢で刺激されたCD4T細胞だけが脳内に侵入できることを示している。

とすると、正常マウスでT細胞が刺激を受けるのはどこかという問題が生じるが、無菌マウス、SPFマウス、そして一般環境で飼育したマウスを用い、腸内細菌叢による刺激がT細胞の脳への侵入を後押ししていることを示している。

ここまではなるほどでいいのだが、ここからこの研究は佳境に入る。すなわち、クラスII MHCをノックアウトしたCD4T細胞数発生を抑えたマウスを用いると、なんとミクログリアの成熟が停止することを発見する。同じ現象は、CD4T細胞を除去する抗体を生後5日目に注射してもみられることから、活性化CD4T細胞は脳内でミクログリアの成熟に必須であることがわかる。

成長期にミクログリアの機能が抑えられると、必要ないシナプスを剪定することができなくなり、脳機能に影響があることがわかっているが、CD4T細胞の発生を抑制したマウスでも、シナプスの密度がほとんど低下せず、その結果自発運動が低下、さらに作業記憶も低下することを示している。

結果は以上で、本当かなと疑うような結論だ。信じるかどうかはともかく、このシナリオが正しいと、免疫不全では脳発達も阻害されること、さらにはCD4T活性化に必要な細菌叢が発達しないと、CD4T細胞の脳への移行が抑えられやはり脳発達に影響があることが予想される。事実、これらの可能性を示唆するデータもあるので、このシナリオで説明できるのか検討すれば、自ずとこのシナリオも検証されるように思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月24日 MeCP2分子の機能を支える相分離 (7月22日号 Nature オンライン掲載論文)

2020年7月24日
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このブログを読んでいただいている方から、紹介する論文を毎日どのように選んでいるのかよく聞かれる。特に基準はなく、何編か読んでみて自分が面白いと思った論文を選んでいる。と言っても、「面白い」程度も様々で、どの論文にしようかいつも選択に迷っている。

そんな中で、タイトルを見た時から明日はこの論文と思える論文に当たることが年に数回はある。面白いを超えて、興奮してしまう論文だが、今日紹介する両巨頭Rudolf JaenishとRichard Youngの研究室からの論文は、そんな例で、今日は論文選びに時間はかからなかった。タイトルは「MeCP2 links heterochromatin condensates and neurodevelopmental disease (MeCP2はヘテロクロマチンの濃縮と神経発生異常を結びつける)」だ。

著者の中のRudolf Jaenischは現役時代親しくしていたが、彼のライフワークの一つがメチル化されたDNAに結合するタンパク質、MeCP2の変異により起こるレット症候群の研究だと思う。最近の研究で、MeCP2がヘテロクロマチンと呼ばれる閉じられた構造の染色体に濃縮していることが明らかになり、なぜメチル化DNA結合性という非特異的な性質が、レット症候群やMeCP2重複症のような特異的症状につながるのか少しづつわかってきたが、MeCP2のヘテロクロマチンへの濃縮に、相分離と呼ばれる特定のタンパク質が濃縮された液滴を形成する現象(白い画面に分子が集合して画像が形成される液晶をイメージしてもらえればいい)が関わることを見事に示したのが、この研究だ。

読んだ時からYouTubeのジャーナルクラブで紹介しようと決めたので、使われた方法などはその時に詳しく紹介することにして、ここでは結果だけを要約する。

まず生きた細胞を観察して、ヘテロクロマチンがMeCP2や、やはりヘテロクロマチンに存在するHP1分子が周りから相分離してできた液滴であることを確認してから、MeCP2自体が液相の中で相分離する性質を持っており、この性質はメチル化DNAを加えることで高められる(より大きな相分離した液滴を形成する)ことを、試験管内で示している。すなわち、メチル化DNAと結合することでMeCP2の相分離が誘導され、HP1などを巻き込んで遺伝子発現が抑制されるヘテロクロマチン染色体構造が形成される。

メチル化DNAへの結合能が失われると、相分離能が消失するのは、相分離をメチル化DNAが媒介するからだが、相分離のためのタンパク質の相互作用を媒介する領域がIDR-2と呼ばれる領域で、この部位が失われると相分離能が消失する。

重要なのはMeCP2が相分離してできる液滴に、同じヘテロクロマチン分子HP1は合体・同化することができるが、転写が活性化される部位(ユークロマチン)を決めるMED1やBRD4などは液滴から排除されることから、MeCP2がヘテロクロマチンとユークロマチンの境が曖昧にならないように分離していることがわかる。

そして、レット症候群で見られる突然変異は、メチル化DNA結合部位と、IDR-2領域に限定されており、患者さんで見られる変異があると、相分離能が低下し、ヘテロクロマチン形成が障害される。さらに、これまでレット症候群で見られる転写異常や染色体構造異常を全て相分離で説明することができることを、いくつかの変異について丁寧に実験的に説明している。ただこれらについては、ジャーナルクラブの時に回したい。

以上が結果で、相分離の概念が、決してマニアックな話題ではなく、病気の理解に大きく貢献するとともに、相分離を定量的に調節することで病気の治療が可能であることも示唆しており、本当に興奮した。

この研究ではMeCP2重複症についての説明は全くないが、おそらく新しい治療標的も含めて、今後理解が進むと思う。例えば、MeCP2はユークロマチンにも結合していることが知られているが、この領域のメチル化DNA濃度だけでは相分離がおこるほどMeCP2分子の濃度が上がらないと考えてみよう。もしそうなら、重複症では普通ならユークロマチン状態が維持されている領域にヘテロクロマチンが形成され、遺伝子発現が低下する可能性も考えられる。素人でも色々考えられるのだから、RudolfやRichardがより詳しい説明を実験的に示してくれるのも時間の問題だろう。期待したい。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月23日 RNA polymerase IIの核小体内での機能 (7月15日号 Nature 掲載論文)

2020年7月23日
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相分離概念が導入された今は、核小体はリボゾームを合成するための分子が相分離で濃縮された区域と考えられ、そこではリボゾーム形成に必要なDNA、RNAそしてタンパク質が相転換で濃縮している。そこで合成されたリボゾームは核小体という相分離区域から分離され、最終的には核外へと移行しmRNAと結合して翻訳を行う。すなわち、相分離した区域は渦のように、ダイナミックに成分が変化しつつ、形態を維持していることになる。

今日紹介するトロント大学からの論文は、核小体という相分離体のダイナミックスを垣間見ることができる研究で7月15日号のNatureに掲載された。タイトルは「Nucleolar RNA polymerase II drives ribosome biogenesis(核小体内のRNAポリメラーゼIIはリボゾーム合成を推進する)」だ。

教科書的には、核小体でポリメラーゼI(pol I)が18S、5.8S、28SリボゾームRNAを合成し、そこに核小体の外でPol IIIにより合成された5SrRNAが移動して60S、40S リボゾームが合成され、相分離体から分離すると言えるが、この研究は核小体に普通のmRNA転写に関わるPol IIも局在しているという発見から始まっている。

核小体でPol IIは何をしているのか調べるために、短い時間Pol IIを阻害する実験を行うと、rRNA合成が低下することから、何らかの機能があることがわかる。さらに、免疫沈降で見るとrRNA遺伝子がコードされた領域の間にPol IIは結合し、Pol Iは期待通りrRNAの上流に結合していることがわかる。

次にpol IIが結合している領域はPol Iによりセンスnon coding RNA(ncRNA)が転写されていること、そしてpol IIは同じ領域のアンチセンスncRNAの転写に関わることが明らかになった。すなわち、pol Iとpol IIが同じ領域で一見拮抗しているような結果になった。

もちろんどちらもrRNA合成に必要なので、センス/アンチセンスそれぞれのncRNAが核小体維持にどう関わるかを次に調べ、

  • Pol IIはPol IによるセンスRNA転写を抑える。
  • センスncRNAは核小体の相分離構造を不安定にするが、Pol IIによりこれが抑えられることで核小体構造を安定化する。
  • Pol IIによるアンチセンスRNAはDNAとRループと呼ばれるトリプレックス構造を形成することでセンスncRNAの合成を抑制する。
  • このようにこのDNA領域にはPol I, Pol II, そしてヘリカーゼSenataxinがPol IIとこの領域との結合を調節している。
  • 多くのガンではセンスncRNAの転写が高まっており、この結果核小体相分離体が不安定化することが、ガン細胞で核小体の構造が複雑化する原因になっている。

なぜ核小体を不安定化する要因をわざわざ維持しているのかなど、まだすっきりしないところもあるが、しかし核小体でのリボゾーム合成のダイナミズムを考えると、わざわざ不安定化させることの重要性もわかるような気がした。

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7月22日 炎症性腸疾患と抗生物質(8月12日発行予定 Cell Host & Microbe 掲載論文)

2020年7月22日
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大学生時代私もその傾向があったが、慢性的に排便異常が持続するにも関わらず検査で異常が認められないと、過敏性腸症候群(IBS)と診断される。これに対し、明らかに炎症症状が見られる場合は炎症性腸疾患(IBD)と診断されるが、実際には両者を診断するのは簡単ではない。

今日紹介するカリフォルニア大学デービス校からの論文はこの境を超えるメカニズムを探った研究で8月12日にCell Host & Microbeに掲載予定だ。タイトルは「High-Fat Diet and Antibiotics Cooperatively Impair Mitochondrial Bioenergetics to Trigger Dysbiosis that Exacerbates Pre-inflammatory Bowel Disease(高脂肪食と抗生物質は強調してミトコンドリアのエネルギー代謝を変化させ、腸内細菌叢の変化と炎症性腸疾患前段階を悪化させる)」だ。

炎症か過敏かの境を診断するためのマーカーの一つが便中に排出されるcalprotectinだが、まだ過敏症の段階(IBS)と診断された患者さんの中でcalprotectinが高い患者さんを選んで食事の傾向、および抗生物質投与歴などを調べると、高脂肪食と最近抗生物質の投与を受けた経歴が強く相関ししていることが明らかになった。このグループをIBDの前段階(pre-IBD)と分類して腸内細菌叢を調べると、IBSの段階で既にビフィズス菌や乳酸菌が低下し、pre-IBDになるとclostridiaが低下、Enterobacteriaceaeが上昇するという、IBDの特徴を示すようになることがわかった。

人間ではこれ以上の解析は難しいと、今度はマウスに高脂肪食と抗生物質を投与する実験を行い、両者を投与した時ほぼ人間と同じcalprotectinの上昇を伴うpre-IBD状態が誘導できることを示している。

同じ病態が再現できると、pre-IBDに至るメカニズムを調べることが可能になり、

  • 高脂肪食に抗生物質(この研究ではストレプトマイシン)が加わると、上皮のミトコンドリアのエネルギー代謝がoxgenationの方向に移行し、腸内での酸素濃度が高まる。
  • この結果、好気的条件をこのむE coliが増殖し、腸内に炎症が誘導される。
  • 抗生物質と高脂肪食は協調して腸上皮のPPARγの発現を低下させ、細胞代謝をoxigenation側へリプログラムするが、PPARγをamino salicylic酸で刺激すると、腸上皮の代謝は正常化し、炎症も抑えられる。
  • おそらく抗生物質は腸内細菌叢を除去することで、PPARγシグナルに関わるブチル酸を低下させ、高脂肪食は直接ミトコンドリアのエネルギー生産に作用して、pre-IBDを誘導する。

以上が結果で、特に新しい発見はないが、IBS段階でIBDへ悪化させないための介入については重要な情報だと思う。

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